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2016年1月10日 (日)

伝説の男⑯~夭折した孤高のカリスマシンガー~

 1983年12月、世の中がアイドルブームで席巻する中、彼の登場はまさに衝撃的だった。青山学院大学高等部を中退し、学校や社会への反抗心や権力への反逆を全面に押し出した過激な歌詞が躍り、当時の若者は、それに同調し、時には共感し、彼を神格化、つまりカリスマとして崇拝するようになった。そう、ここで述べた彼とは、神として崇められた孤高の天才シンガー「尾崎豊」だ。

 「盗んだバイクで走りだす・・・」 「夜の校舎 窓ガラス壊してまわった・・・」

 破滅的で体当たりなパフォーマンスや自己の内面を抉り出すような赤裸々な歌詞の中で、真実の愛や夢、生きることの意味や居場所を追い求め、学校や社会の不条理な支配に立ち向かう心の叫びのようなその音楽の世界が1980年代から1990年代初頭にかけての若者を中心に 多くの人から共感を呼び、カリスマ的存在となる。その作品と活動と精神性は、日本の音楽シーンに多大なる影響を与え、作品に迸るメッセージは、亡くなってから20年以上経過した現在でも多くのファンやミュージシャンからリスペクトされている。
 

 しかし、常に自由を求める真っすぐな気持ちとは裏腹に現実との狭間で苦悩する硝子のような心。自身の葛藤や世間への隔絶などから、精神的に追い詰められて薬物にも頼るようになり、突然、野獣のように叫び狂い、暴れることもたびたびあったという。そうした心の内側に抱えた鬱積を歌で表現した。「十五の夜」、「十七歳の地図」、「卒業」などは10代の若者が抱える心の内、悩み、しかし解決できない悶絶を歌に託したものだ。
 時には勢い余ってライブ中に照明塔に駆け上がり、7m下のステージに飛び降りて大けがすることもあった。それほどファンを熱狂の渦に巻き込むパフォーマーでもあった。

https://www.youtube.com/watch?v=1-6HV96FqYc

https://www.youtube.com/watch?v=K1qv7p-SVN0

 やがて10代の代弁者として一世を風靡した尾崎は、20歳になり方向性を見失い突然無期限活動休止を宣言し単身渡米する。当時曲を生み出せないことに苦悩していた尾崎は、何の収穫もないまま半年後に帰国する。そんな中でレコード会社移籍が決定、懇意にしていた音楽スタッフとも離れてしまい、さらには覚せい剤取締法違反で逮捕され精神的に低迷、バックバンドのメンバーとも関係が悪化する。
 復帰後リリースした「太陽の破片」がヒットし、そして東京ドームにて復活ライブをった。
その後『放熱への証』の制作に取り掛かるが、1991年末に母親が急死、交友関係も狭くなっていき、再び精神的状況は悪い方向へ向かっていた。

 20代になってからの尾崎は、かつての「自由」「反支配」といったものとは違い、「真実の愛」「贖罪」「罪」といったものを主題にした歌を多く作っていった。

 そんな中で、ファンにとってあまりにも衝撃的なあの不幸な事件が起きたのだった。

 その一報に耳を疑った。10代若者の神として君臨していた若き反骨の孤高シンガー・尾崎豊が急死したとの知らせだった。「人違いか何かの間違いだろう」と誰もが思った。しかし、それは「間違いであってほしい」という願いから絶望へと変わってしまった。

 1992年(平成4年)4月25日早朝、当時の尾崎の自宅であるマンションから約500メートル離れた、足立区千住河原町の民家の軒先に全裸で傷だらけで倒れていたところを住人に発見され、5時45分ごろ、通報で墨田区内の白鬚橋病院に運び込まれる。診察した医師は「生命に関わることも考えられるので、専門医に見てもらった方がいい」と診断したが、尾崎は妻と兄ともに自宅マンションに戻る。しかし、10時ごろになって容体が急変、呼吸が止まっているのに気がついた家族が約1時間後の11時9分に119番通報。搬送先の日本医科大学付属病院で手当を受けるも、午後0時6分に死亡した。最期の言葉は「僕、本当に勝てるかな」だったという。
 彼の突然の夭折は、多くのファンに衝撃を与えただけではなく、日本のミュージック界の大きな損失となった。そして謎の死が彼をますます神格化させていったのだった。

 26歳での突然死(閲覧注意)

 告別式の模様はコチラ

https://www.youtube.com/watch?v=ARkgihHYotw

 尾崎豊の死後、彼の妻と愛息は、死の真相を詮索する週刊誌やマスコミの執拗な取材やいわれのない中傷などから、我が子を守る意味からアメリカに渡り、そこで長年暮らし、息子には父親が歌手であったことを伏せていた。しかし、或る日、強い絆を感じさせる運命的な出来事が起きた。
 父親の歌手としての姿など記憶にはない筈の幼少期を過ごした息子・裕哉が、突然、カラオケで知る由もない父親の曲「十五の夜」を歌い出した。母親は、まるで夫と生き写しにような声と歌い方をする息子の姿を見て、鳥肌が立ち、言い知れぬ「父子の絆」を感じ取ったという。

 尾崎豊と息子を結ぶ不思議なエピソード はコチラ

「エピソード1」 https://www.youtube.com/watch?v=02Yiu6vaTN8

「エピソード2」

「エピソード3」 https://www.youtube.com/watch?v=UMUQDQHXNIo

 彼が逝ってから、今年4月で24年が経つ。彼の残した愛息は、父親そっくりの風貌と声を携え、再びファンの前に姿を見せたのだった。そして神曲とも言える「I Love You」を披露した。追悼セレモニーに集まったファンが彼の歌声を聴いた瞬間の様子はコチラです。

 受け継がれたDNA 息子・尾崎裕哉が歌う父の魂

 歌い出しから彼の歌声を聴いたファンの轟く歓声とざわめき。あまりに父親そっくりの声質。そして歌い方に騒然となる会場。あたかも24年前に自分たちがタイムスリップし、尾崎豊自身の歌声を聴いているかのような錯覚を覚える。たぶん、息子の歌声を聴きながら、生前の尾崎豊と重ね合わせたに違いない。 
 ファンは、決して尾崎を忘れはしないし、彼の人生を懸けて訴えた魂のメッセージは、未来永劫、ファンの心の中で生き続けていくし、永遠に語り継がれていく証にさえ思える。

https://www.youtube.com/watch?v=38hgHa6T-DI

 この動画を見た人の感想

 ほんとすごい。ちゃんと愛して愛された豊の息子 裕哉くんに尾崎の魂、想いが受け継がれてる。豊さん、あなたの死は早すぎました。ですが、裕哉くんがちゃんと豊さんの分まで生きて、そしてまた子へつながっていくでしょう。ありがとう、豊さん、この曲を作ってくれて。ありがとう、裕哉さん この曲を歌ってくれて・・・。

 ヤバい涙出てきた。。あの頃の思い出が一気に蘇った。。お父さんも天国できっと息子の成長を心から喜んで涙してるだろうね♪本当にありがとう!

 ファンの方にとっては、裕哉さんの存在が心の救いになっているでしょうね。尾崎豊がこの世に残した最も大切なものですものね。


 蛇足だが、ファンがアップした尾崎豊自身と彼の息子が歌う「I Love You」の親子共演コラボ動画をどうぞ!そっくりな歌声に、尾崎豊の再来を彷彿させる動画です。
(削除されてしまいました・・・すみません。)

 おそらく、今の10~20代の若者たちは、彼の名曲は聴いたことがあっても、その壮絶な生き様は知らないだろう。挫折と苦悩を味わい、心の闇や葛藤を経験しないと、あれほど緊迫した臨場感あふれる歌詞や作風は生み出せはしない。彼は自分の作品を自らの死をもって完結させたが、現代の若い人には、ぜひ彼の魂の叫びを聞き届け欲しいと思う。あの時代、若者たちがどんな人生観を持ち、どんな思いで押し付けられる社会と格闘し、学生時代を生きて来たかを。世代を超えて彼の魂は心に響くに違いないと確信している。

 尾崎豊の絶唱に驚くperfume,香取慎吾 (必見です)

 最後に、彼のコンサートで語った、人生観をお送りして結びとしたい。彼は、6年ぶりに代々木のステージに立った意味、その間の苦しんだ日々をふり返り語る。そし­て、「君たちのためにいつまでも歌い続ける」と約束したのだった。

 <尾崎豊の人生を伝える特番>

 スーパーテレビ情報最前線 https://www.youtube.com/watch?v=QHB_JNdd8xQ

 驚き桃の木20世紀 https://www.youtube.com/watch?v=896mm6By94k

 記事作成:1月9日(土)

 <編集後記>

 この記事は、当初2月7日での掲載を予定しておりましたが、リンクした映像が私が動画サイトにアップしたものではないため、いつ削除されるかわからない状況だったことから、本来のこの記事の主旨を早めにご覧いただきたいと考え、急遽1月10日に公開することにしました。
 昨年の11月で彼は生誕50年を迎えた。もし彼が存命であれば、50歳になっていた。孤高の天才シンガーにして若くして夭折した尾崎豊の魂。当時、多くの若者たちに生きる道しるべを与え、希望を与えてくれた尾崎豊の生き様を、明日成人式を迎える方々にお知らせしたく、ここに掲載した次第です。新成人を迎えられた方たちが、この記事を見て、少しでも励みになってくれたら幸甚に思います。

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