2021年9月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30    

« ご本人登場サプライズ動画集 | トップページ | アンチエイジングの女性⑥ »

2016年2月15日 (月)

若くして亡くなった有名人~シンガー編~

 このシリーズ記事は、過去3回(前編・後編・続編)に渡って掲載したが、今でも毎日100件以上のアクセスがある。そこで久し振りにこのタイトルで記事を書いてみたくなった。今回は、夭折した有名人の中で、シンガーに絞ってお送りしたいと思う。ただし、これまで何度も特集を組んだ坂井泉水と尾崎豊、村下孝蔵については割愛したい。ご了承願います。

 1 松原みき

 1959年11月28日大阪府岸和田市に生まれ、堺市 西区平岡町で育つ。母親がジャズシンガーだった影響で、3歳からピアノを習い始め、ジャズに親しんだ。1977年高3の時に歌手デビューのため単身東京へ行き、文化女子大学附属杉並高等学校に転校。米軍キャンプなど各地で演奏し、六本木のジャズスポット「バードランド」に飛び入りしたところを世良譲に絶賛される。
 1979年11月5日にファーストシングル「真夜中のドア〜Stay with me」でデビュー。複数の新人賞を受賞した。以降1991年1月21日までにカップリング曲を含むシングル17枚、ベスト盤を含むアルバム15枚を発表。全国各地で演奏活動を展開した。
 2001年にがんを告知され、すべての音楽活動を休止し闘病生活を送っていた。2004年10月7日、子宮頸癌のため44歳で死去。
 個人的に彼女の声が大好きだった。山下久美子や尾崎亜美と重なる。NHKの「あなたのメロディー」や「みんなのうた」に出演することもあった。血液型はO

https://www.youtube.com/watch?v=kZXKhC5NUy4

 2 毛利公子(シュガー)

 彼女は1981年に「ウェディングベル」が大ヒットした3人組の女性バンド「Sugar」の一員。愛称はモーリ。代表曲『ウエディング・ベル』は、きれいなコーラスと、自分を振って別の女性と結婚した元恋人に悪態をつく歌詞で一躍注目された。ボーカル、ベース、 リーダー。神奈川県横浜市出身。
 解散後は、タレントとして活動していたが、結婚して第一子の出産直前に、胎児が死亡し老廃物が母体に逆流する病気(常位胎盤早期剥離による羊水塞栓症と言われる)により1990年4月7日に逝去。29歳没。

https://www.youtube.com/watch?v=JkOYOwdL3go

 3 川村カオリ

 父親が日本人で母親がロシア人のハーフ。モスクワで生まれる。11歳の時に家族と共にモスクワから千葉県に移住。

1988年、辻仁成プロデュースによりシングル「ZOO」、および同名アルバムでデビュー。1990年、「神様が降りてくる夜」が『邦ちゃんのやまだかつてないテレビ』のテーマ曲となりヒットする。1991年には「翼をください」もヒット。
2004年、乳癌が発覚。左乳房の切除手術と抗がん剤治療を経て、2005年に芸能活動を再開した。
2008年10月1日、ブログで癌の再発を発表。同日に参加したピンクリボンフェスティバル終了後の記者会見では、昨年関節炎と診断された胸の痛みの原因が実際は癌である事が1月に判明、リンパ節・骨・肺の3ヶ所に転移しており、手術が不可能なため点滴での抗がん剤治療を続けている事を明かした。
2009年5月27日、13年ぶりのフルアルバム『K』を発売。同年7月1日、ブログで癌の新たな転移が見つかったことを報告。
7月28日午前11時01分、乳癌のため都内の病院にて永眠。38歳没

 彼女は確かシングルマザーで、一人娘がまだ幼くてこの世を去った。愛娘の成長を見届けられず、どれほど無念だったことか。そして残された子供はどうなったのか気がかりだ。

https://www.youtube.com/watch?v=4Rfmr-YMkYM

 ファンには失礼かもしれないが、彼女の晩年のお姿と、土屋アンナがどうしてもダブって見えてしまう。

  若くして亡くなったのは不幸なことだが、彼女たちの頑張りは、映像となって残り、ファンは決して在りし日の姿を忘れない。彼女たちの歩んだ道しるべを私たちは時々追いかけ、そして偲ぶ。天国へ旅立った彼女たちの心からのご冥福をお祈りし、結びとしたい。

 記事作成:1月19日(火)

« ご本人登場サプライズ動画集 | トップページ | アンチエイジングの女性⑥ »

芸能・アイドル」カテゴリの記事

福島県の天気


無料ブログはココログ