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2016年3月

2016年3月31日 (木)

2016年3月期のCMベスト5

 昨年から2か月に一度ずつお送りして来た、その時期に流行ったり、何度も繰り返し放送され、注目を浴びた見慣れたCMを特集して掲載しているこの記事。しかし、あまりにも秀作が多いため、今年からは毎月末に傑作CMを5作品ずつ紹介します。

 1位  ドコモの学割「斉藤さんゲーム」

 今年大ブレーク中のテーブルゲーム。女子中高生の間で大人気。このノリの良さと一体感が人気の秘密だ。綾野剛と高畑充希の記者コンビが織り成すシリーズCMに登場。

 2位 i-phone6 ドコモの学割 「感情のすべて/男女」篇   

 若いカップルにありがちな喧嘩の原因。デートの待ち合わせに遅刻。怒って帰る彼女。焦る彼氏。それが仕事の都合だとわかっていても、約束を守れない人を許せない。しかし、冷静になって気が付くと、「私にはあの人しかいない」と気づく。待ち合わせ場所に戻る彼女と、必死で彼女を探す彼氏。そんな若いカップルのお互いの気持ちの揺れ動くのを巧みに描写している。

 今回はワンツーフィニッシュを飾った「Docomo」のCM。他にも「高畑充希」と「堤真一」が登場する「特ダネじゃないか」のCMも繰り返し放送され、記憶に残っている。

 春は新入生のシーズンで、卒業し、社会人や高校生になるフレッシュマンが大量にケータイやスマホを購入したり、買い替える季節。そこにターゲットを絞って、明るく愉快なCM制作してPRするというのが例年の企業戦略だ。

 3位  Y!mobile  「素晴らしいワイモバイル」編

 15秒はコチラ https://www.youtube.com/watch?v=NE6Vky-o71U

 ドコモに負けまいと、格安携帯をうたい文句にしているYmobileが逆襲に転じた。マスコットの三毛猫「ふてニャン」がついにステージに立ち、主演の桐谷美玲とあばれる君と共演。新CM「素晴らしいワイモバイル」編では、チアガール風の衣装を着た桐谷さ­んが、歌手の西城秀樹さんの名曲「ヤングマン」のメロディーに乗せ、オリジナルの歌詞­を歌う姿や可愛い「Yポーズ」も披露する。

 4位 「ただいま!いわき」

 このCMは今年ではないが、震災5周年を迎えた月にあたり、どうしても掲載したかった。蒼井優主演の「ただいま!いわき」のCMは50秒後から。

 5位 モノタロウ

 いろいろな業種はあるもので、製造業のプロにターゲットを絞り、まるでASKULの如く、ネットで注文して即発送といううたい文句で売り上げを伸ばしている。逆に、町工場や自動車整備業の強い味方と言える。

 次点 「SONYプレイステーションポータブル」

 昔の「火曜サスペンス劇場」のような設定で、消えたお年玉を巡り、子供探偵が崖っぷちで母親を追い詰める。彼はゲーム機欲しさに、頑張って逆上がりができるようになった。そのご褒美にプレゼントしてもらえる場面を夢に見る。

 さて、お気に入りのCMをお送りしている記事だが、それにしても最近のTVCMを見ていると、広瀬すずと有村架純の露出度は半端ない。彼女たちをテレビで見ない日はないくらいの売れっ子だ。このテーマ記事でも何度も取り上げた。今をときめく旬な若手女優から今後も目が離せない。

 昨年までは流行のCMを2か月に1回取り上げて来たこの記事。今年から毎月更新としたが、その年の世俗・流行などを知る手がかりとなると思い、このようなテーマを設定した次第だ。むろん、個人的な趣向が強いものの、世間的に流行が窺い知れる。そのための資料としたいと考えている。

 記事作成:3月中

2016年3月30日 (水)

旅の目的~日本文学の舞台を旅する~

 私の趣味のひとつに旅行がある。おそらく人は多かれ少なかれ旅が好きな生き物かもしれない。見知らぬ土地に身を置くことで、自分を見つめ直す契機ととらえたり、都会で生活している人は、日々の喧騒や雑踏を離れ、田舎の長閑な風景に触れることで、癒されたり、あるいは未知の場所を訪ねて、新たな発見があるかもしれない。予期せぬ出逢いを期待するのも旅の醍醐味のひとつと言えるだろう。
 ところで、旅の趣旨や楽しみは人それぞれだが、私がこれまでにテーマにした旅を幾つか紹介すると・・・

 1 北海道バイクツーリング(離島以外はほぼ網羅)
 2 映画やドラマのロケ地めぐり(北海道・東京・尾道)
 3 有名人の墓参り(天知茂・坂井泉水・石原裕次郎)
 4 古都めぐり(奈良・京都・鎌倉)
 5 震災遺構を訪ねて
 6 震災支援感謝のための台湾ツアー
 7 北海道回帰旅行
 8 奥の細道の足跡を辿る
 9 戦地を訪ねて(広島・沖縄)
 
 ほかにも修学旅行や職場旅行、新婚旅行など、旅の種類は多様にあった。何十年振りかで再訪した観光地が、以前の訪問時とどれだけ変化しているのかを確認する旅もまた面白い。最近は、テレビの影響か、路線バスだけを使った旅行や、ヒッチハイクや徒歩だけで日本を縦断する若者さえもいるようだ。

 最近、この歳になって思うのは、ことのほか古典的な日本の純文学に登場する舞台を自分の足で歩いてみるのも乙ではないか?と思い始めてきた。私は純文学にはさほど造詣があるわけではない。むしろ学生時代は、あまり読書に勤しまなかった部類だ。
 しかし、年齢を重ねるうちに、有名な物語の舞台になった場所を訪ねてみたいという衝動に駆られている。例を挙げれば下の通り。
 
 1 武蔵野  (東京)     4 城の崎にて (兵庫県城崎温泉)
 2 金閣寺  (京都)     5 伊豆の踊り子(静岡)  
 3 夜明け前 (木曽・馬籠) 6 智恵子抄  (福島・草津・東京都品川区)

 では主な日本の文豪と呼ばれる有名作家の文学作品の舞台となっている場所を備忘録を兼ねて列挙したい。

      
 1 こころ            夏目漱石     東京都神田・本郷・水道橋周辺
 2 暗夜行路        志賀直哉     東京・金刀比羅宮・尾道・京都・城崎・大山
 3 河童            芥川龍之介   上高地梓川
 4 細雪            谷崎潤一郎   大阪船場
 5 雪国            川端康成     新潟県湯沢温泉   
 6 檸檬            梶井基次郎   京都市中京区二条寺町
 7 黒い雨          井伏鱒二     広島県小畠村・広島市横川駅・比治山公園
 8 津軽・斜陽       太宰治       青森県津軽半島・金木町
 9 潮騒            三島由紀夫   三重県神島(伊勢湾歌島) 
10 たけくらべ        樋口一葉     東京都台東区竜泉・吉原遊郭
11 山椒大夫        森鴎外       京都府由良安寿汐汲み浜
12 カインの末裔     有島武郎     北海道
13 恩讐の彼方に    菊池寛       大分県中津市本耶馬渓町
14 浮雲            二葉亭四迷   東京都神田見附・小川町
15 破戒            島崎藤村     長野県飯山市・千曲川
16 高瀬舟          森鴎外       京都府木屋町・高瀬川
17 野菊の墓        伊藤左千夫   千葉県松戸市矢切
18 風立ちぬ         堀辰雄       富士見高原
19 五重塔          幸田露伴      江戸谷中の感応寺
20 樹木の二人      高村光太郎   福島県安達太良山
21 風の又三郎      宮沢賢治     奥州市江刺区・旧木細工中学校
22 吉里吉里人      井上ひさし     岩手県上閉伊郡大槌町近辺 
23 一握の砂        石川啄木     東京都・岩手県日戸村・渋民村・北海道函館市
24 やわ肌のあつき血潮 与謝野晶子  福島県福島市飯坂温泉
25 ノルウェイの森     村上春樹     東京都飯田橋・水道橋・市ヶ谷周辺     
26 遠野物語         柳田国男     岩手県遠野郷
27 思ひ出           北原白秋     福岡県柳川市水郷
28 田舎教師         田山花袋     埼玉県羽生市
29 金色夜叉         尾崎紅葉     静岡県熱海市
30 二十四の瞳      壺井栄      瀬戸内海

 最後に、本旨は外れるが、私が個人的に是が非でも訪ねたい場所を列挙して締めとしたい。

 1 倉敷(ドラマ「同窓会へようこそ~遅すぎた夏の帰郷~」ロケ地めぐり)
 2 天空の城めぐり(竹田城・大野城)
 3 長崎端島(軍艦島) 世界遺産になるずっと前から40年越しの悲願  
 4 三大合戦地(関が原・壇ノ浦・桶狭間)
 5 京都(新撰組・坂本龍馬の足跡を尋ねる。池田屋・寺田屋・近江屋)
 6 小京都巡り(角館・飯山・小浜・津和野など)

   

 記事作成:3月22日(火)

2016年3月29日 (火)

美的センスが光る黒板アート

 最近、「黒板アート」と呼ばれる芸術分野が脚光を浴びている。教室の黒板にチョークを使って描く、メッセージ性の強い絵画だ。黒板をキャンバスに見立て、そこに学校生活のかけがえのない一瞬を切り取り、その思いのたけを描く。誰もが息をのむ美しさと気の遠くなるような時間の経過を感じ取る。そこには涙に溢れるほどの感動が渦を巻く。
 今日は、卒業シーズンに打ってつけの黒板アートを取り上げ、特に美的センスが高い作品を紹介します。

1 黒板アート

 卒業が近い学校のとある教室の黒板に描いたアート作品。とても情緒豊かで、その季節を描写するのにぴったりの情景は、卒業を迎える生徒たちの琴線にきっと触れる筈。何時間も費やして心を込めて描いたアート作品も、消される定め。時が来れば卒業を余儀なくされる切ない胸の内と似て、心のキャンバスに刻まれることを願いたい。

 ポカリスェットのCMになった受験生へのエールを描いた黒板アート

 受験会場にたどり着くまでの試練を重ねた生活をひとつひとつ丁寧に振り返って、そのひとコマ一コマを切り取って描き上げた力作。製作時間2,623時間、総枚数6,328枚、総勢34 人の美大生たちによる動く黒板アートアニメーション!カロリーメイトのイメージキャラ­クター・平祐奈出演の新CM『見せてやれ、底力。』篇。
 

 【黒板ジャック】凄すぎる黒板アートまとめ【武蔵野美術大学・ムサビ】   


 
 武蔵野美術大生が小中学校の黒板に内緒で絵を描き、子どもたちを驚かせる「黒板ジャッ­ク」が話題になっている。
子どもたちに美術の楽しさを知ってもらいたいと始まったこのプロジェクト。
そんな素晴らしく、そして凄すぎる黒板アートをまとめました。

 チョークで絵画を書く高校教師 衝撃作品   

 スタジオ騒然の黒板アート作品。神に選ばれし天才という印象だ。誰もが書けるものではない。美術の先生であっても、これほどの絵は一筋縄で描けるものではない。空間認識能力や想像力、そして創造力など、五感をフルに駆使して描かないとこのような作品は完成しない。研ぎ澄まされた感性、心の中に完成した絵が浮かんでいないとこのようには仕上がらない。天はニ物を与えてしまったようだ。

 世界が驚いた日本人の芸術的センス



 黒板アートは、時間をかけて描く心の芸術。これを見る人の心情を考えながら、心を込めてチョークを走らせる。思いがけない出来事に、これを見たものはサプライズし、そして書き手の苦労を想い、涙に暮れる。これほど心が通い合った美しき芸術作品もない。それがいずれ消される運命ならばさおさらその価値は高い。

 さて、いかがでしたでしょうか?書き手の思いを感じ取っていただけたでしょうか?このような芸術性を感じる試みは、最近増えており、ほかにも、鉛筆1本で写実的に描く似顔絵や地面に描くトリックアートもこの範疇に入る芸術だと思う。ぜひ、みなさんもこういう新手の芸術を楽しんでみてはいかがでしょうか?目から鱗、新たな創造性が磨かれること請け合いです。

 記事作成:3月24日(木)

2016年3月27日 (日)

2016年春・福島の女子アナ異動

 毎年お送りしているこの種の記事は、正直執筆するのが寂しい。長く、福島県民に親しまれ、愛されたアナウンサーが退社し、福島を巣立っていくからだ。ルーティーンとして生活の一部だった、「テレビの顔」が4月から見られなくなると思うと、生活に張りを無くしてしまいそうだ。
 しかしながら、彼女たちが自ら下した決断を尊重し、これまでの労苦に報いる意味では、感謝して笑顔で送り出すのが視聴者の役目でもある。
 そこで、今日は、これまでの出演場面を振り返りながら、福島県での功績を讃えたい。

 梅田澪理 A型

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 彼女に関しては、3月25日(金)の「げっきんチェック最終回」で、特集記事を掲載したので、詳細はそちらをご覧ください。

 記事ははコチラ→ http://tsuri-ten.cocolog-nifty.com/blog/2016/03/post-0d4e.html

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 続いて退社はしないが、長く親しまれた「番組の顔」を卒業する女子アナを紹介します。

 猪俣理恵 A型

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 1982年8月27日会津若松市出身の33歳。日大東北高校、関西大学を卒業し、KFBのアナウンサーとして入社。2012年4月から「ドミソラ」のメインキャスターに就任した。丸4年を迎え、このたび、番組を卒業することとなった。
 A型らしく、姉御肌で、常に明るく振舞い、細かい気配りと共演者を立てる物腰で存在感があった。同じA型の女優・秋野暢子に似ていると思う。



 最終回の挨拶では、泣くつもりはなかったが、感極まる場面もあった。

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 「ドミソラ」では30分番組だった時から、そして第1回目の放送から見続けてきた。高島英里奈アナ、千原礼子アナが卒業し、メインMCだった猪俣アナまで見送ることになるとは・・・。彼女も数年前に結婚し、そろそろおめでた?かなと思っていた。もしかすると出産のために番組卒業?。彼女はもともと会津若松市出身なので、もし出産ならば、仕事復帰もあり得る。本人はKFBのブログで、退社するわけではないと力説していた。番組間の配置転換だけだったかもしれない。下の画像はKFBのアナブロから引用させて頂きました。

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 KFBのアナブロはコチラ https://www.kfb.co.jp/ana/inomata/2016/03/26/009696.html

 上のお二人はいずれも存在感があり、局アナの中でも中心的な立場だった。彼女たちの出演番組だった「げっきんチェック」、「ドミソラ」は全番組を録画してあった。それは、いつの日かこんな日が来ても、彼女たちを追憶できるようにという思いからだった。

 「ドミソラ」の後任には、ベテランの笠置アナが務めることになり、番組名も「ドミソラⅡ」となる見込み。

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 松永安奈 A型

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 1年前、名切万里菜アナと同様、NHKから異動してきた契約アナ。彼女もまたメインMCを務めていた「サタふく」を僅か1年で卒業し、夕方のニュースへ異動となった。番組の顔がすげ変ることに一抹の寂しさを感じる。彼女も以前FTVに在籍していた名和田アナに雰囲気が似ていて、天真爛漫の明るさと愛嬌を振りまき、癒しを与えてくれている。私はかしこまったニュース報道より、「サタふく」のようなバラエティーに打ってつけと思っていた。退社する訳ではないので、局内の配置転換ということで、また彼女の姿を拝見できるのが嬉しい。名切アナも短くてあと1年、長くてもあと2年で福島を去るのではないかという不安がある。ぜひ福島に一日でも長くいてほしいと思う。

 3月は日本では卒業や転勤などのシーズンとなっていて、旅立ちと別れの季節となっている。文字通り人生の節目を迎える。梅田澪理アナは、福島を旅立ってもぜひ、福島のことを忘れずに新しい場所で頑張っていただきたいと思う。

 なお、これ以降の異動が生じた場合には、記事の途中に差し込んで追記し、更新したいと思います。

 記事作成:3月26日(土)

2016年3月26日 (土)

プロ野球に関する素朴な疑問(続編)

 昨年の同じ時期(3月24日付)に同じタイトルで記事を書いた。野球が開幕に近づくとこの手の話題に触れたくて体がうずうずしてしまう。プロ野球は高校野球とは異なり一度負けてもまだ次がある。チャンスは一度だけではない。しかし全国各地あるいはMLB などで腕に覚えがある実績十分な選手だらけの世界で、そこで成功を収めるのはほんの一握りである。その厳しくも華やかな世界において、長年野球を見続けた私が疑問に思う出来事やルールなどを率直に書き表したのがこの記事だ。今回も思うままに書き出して、知恵袋や教えてgooなどにそれにふさわしい回答例がある場合には、それを転記したい。

 疑問1  野球で右投手対右打者はさほど苦にならないのに、左対左は打者不利になる
      のはなぜ?
 

 なるほど回答1(ヤフー知恵袋)  

 変化球、例えばカーブを左投手が投げた場合、左打者の体から逃げるようにボールが曲がっていきます。体から離れているのだから、当然距離感覚もズレやすくなり打ちづらくなります。
  右投手対右打者でも同様ですが、右投手は左投手よりも私の経験上数が多いため、対戦回数が多くなるので右打者が不利と言われないのです。
  左投手に右打者が有利と言われている理由は、不利と言われている理由と逆で、体にボールが向かってくるためボールを捉えやすいからです。  

 なるほど回答2(ヤフー知恵袋)

 投手とはプレートの真ん中で球を離すわけではないですよね?つまり右も左も同じ利きの場合は「リリースは体より」インからアウトにボールが来ます。これは外から入ってくるより見辛く打ちづらいのてすが、この条件は右対右でも同じです。しかし、なぜ左対左だけが不利と言われるのかと言うと「経験値」か圧倒的に違うからです。打撃には経験値が必要です。リリースから1秒かからずに来るボールはどんなに運動能力が高い人でも考えてたら打てません。生理学的に無理なのです。野球選手は多くのトレーニングを行うことによりボールの質や軌道を記憶し予測することにより反応出来る様になります。だからいんはいの後のアウトローが有効なんです。 

 そして左投手の軌道と言うのは圧倒的に不足しているのです。元々不利な右同士は普段から軌道に、慣れる事が出来ますし、右打者対左投手は打者が慣れてなくても元々が有利な立場ですが左対左は不利な上に慣れてないので、打者に不利な条件しか無いのです。これが左対左は打者が不利と言われる由縁です。

 私が個人的に思った理由は、右投手対右打者の場合、例えばスライダーで外角に流れていくボールにも、一塁に向かう方向に踏み出せるので、おっつけて右に流すバッティングが可能であるのに対し、左投手対左打者は、横に曲がるスラーダーは、おっつけることが出来ず、体が開いてしまい、その分、ミートできる範囲が狭くなる。したがって、泳がされて、バットの芯でボールを捉えられない。しかも走る方向は、ボールの曲がる方向と逆になるため、ますますボールから視線も体も遠のいてしまう。よって線ではなく点で捉えるしかないため、打つのが難しくなるという理由。しかも左打者にとって左投手のボールは、球の出所が見にくい。特に左投手のカーブやスライダーは背中から球が出てくるように見えるのだ。  

 かつて西武に永射保というサイドから投げ込む左キラーの投手がいた。日本シリーズでも、ミートが上手く、バットコントロールが巧みで首位打者を獲ったことのある篠塚利夫がいたが、まったく歯が立たなかった。体を泳がされて面白いようにバットが空を切った。クロスオーバー気味にボールがホームベース上を横切るため、左打者には攻略不能のように思えた。  
 他にも打ちづらい左投手の代表格は、このようにスリークォーター気味やサイドからボールを繰り出す阪神の山本和行や福間、湯舟もそうだった。
 また、ボールの出所が見えづらく、打ちづらい左投手には、ソフトバンクの和田やオリックスの星野、さらには中日の今中、広島の川口らがいた。  

 疑問2 プロ野球ではめったにバントやスクイズをやらないのはなぜ?

 プロ野球の世界ではチームプレーはもちろん大事だが、それ以上に個人の給料に響いてくる。自己犠牲を払ってまで、進塁や得点を狙うのは監督としてサインを出しづらいのか?しかし、選手というのは監督やヘッドコーチのサインで動く。サインを無視して悪い結果が出れば罰金を取られることもある。矛盾といえば矛盾だが、アマチュア以上に生活がかかっているプロは、多くの時間を割いて打撃練習を行っている分、いくらチームプレー優先とは言え、難しいのだ。犠牲バントは成功すれば打数に入らないし、スクイズなら打点になる。何も引け目を感じる必要はないのだが、それ以上に、あまりバントの練習をしていないため、失敗したときのリスクの大きさを考えれば、思い切りの判断に欠けるのだろう。

 疑問3 先発投手の権利はなぜ5回なのか?  

 これは野球は延長戦がなければ9回までであり、その過半数を投げぬくという発想。もし先発投手が4回を投げ、そのままリードし、2番手投手が5回を投げて、そのままリードを保って終戦となった場合、投球回数の多い2番手が勝利投手になれないのは不公平になる。また、先発投手はローテーションで多くても週一回ペースの当番で、次の登板まで休める期間が長くなるが、中継ぎ投手の場合、毎試合ベンチ入りするため、休める期間が少なくなる。先発投手の権利が5回というのは妥当なところだ。

 疑問4 勝利打点が消えた理由 

    勝利打点は1989年に廃止されました(1981~1988年までは公式記録) 廃止の理由は、勝利打点となる得点が、試合の展開によってはチームの勝利に効果的な得点だったと判断できない事もあり評価基準として?なので廃止となったようです。セ・リーグは非公式に2000年までは表彰していました。 より詳しい記載は「ベースボール速報」というHPにその記載がありました。  

 1981年3月1日に発行された「公認野球規則」、その「記録に関する規則 得点打」に以下の条文が追加された。
  《最終的に、チームに勝ちをもたらすこととなった得点を記録した得点打に対して勝得点打(勝利打点)を記録する》  

 これによって日本のプロ野球は81年シーズンから勝利打点を公式記録に取り入れた。その経緯を日本野球機構の公式記録員・山田繁氏が明かす。

「そもそも日本の野球規則は、アメリカのルールブックを基にしたもの。野球規則の改正などはおおむね、ルールブックに記載された翌年に反映されます。 勝利打点についても、80年にルールブックに新規追加されたことを踏まえ、プロ野球は81年シーズンから適用としました」  

 ちなみに、81年4月4日のセ・パ両リーグ開幕試合ではロッテの落合博満、巨人のホワイト、ヤクルトの大杉勝男らが勝利打点を記録している。 しかし、88年のシーズン終了をもって両リーグの公式記録から勝利打点は姿を消した(セ・リーグは2000年まで特別賞として表彰)。なぜか――。 「理由は明らかにされていませんが」と前置きし、前出の山田繁氏が言う。 「野球規則を言い換えれば、勝利打点は“最後に勝ち越し点を決定した打点”ですから、例えば1─0でも10─0でも、10─0から10─9に追い上げられた試合でも、1点目をたたき出した選手に記録されます。こうした10─0や10─9のケースであっても、先制点は貴重です。 ただ、同じ1点なのに重みが違いすぎますよね。そうした価値基準をアメリカは再考し、88年のルールブックから削除したのではないでしょうか」

 もちろん、89年の野球規則に“勝利打点”の文字はない。

 さて、まもなく今年もプロ野球シーズン到来だ。今年は野球賭博問題、円陣声掛け、賭け麻雀など不祥事が相次いでいる。子供たちが夢見るスポーツで、目標とされる職業である以上は、襟を正し、自らの生活を律した振る舞いをしてもらいたい。それが無ければファンは離れていくに違いない。
   

 記事作成:3月7日(月)

2016年3月25日 (金)

梅田澪理アナが福島で過ごした日々

 福島県の人気女子アナがまたひとり、この春、福島県を巣立っていった。この時期は人事異動の季節で、契約アナウンサーにとっては、任期満了に伴って、このように新天地を求めて他県に移る方々がいる。
 県内の女子アナで、私が個人的にお気に入りのアナウンサーはFCTの小野紗由利アナ、FTVの名切万里菜アナ、そしてTUFの梅田アナだった。なぜか3人とも血液型がA型。この型ならではの気配り、優しさ、細やかさ、女性らしさに加え、おっとり感やふんわか感といったものを感じる。
 今回、福島県民に愛され、惜しまれながら福島県を離れたのはTUFの梅田澪理アナ。「梅ちゃん」の愛称で、2年半前から「はぴスタ」や「げっきんチェック」にメインで出演し、県民に愛嬌を振りまいて来た。彼女の退社は私がもっとも恐れていた別れだった。
 今回は「梅田澪理アナメモリアル」にあたり、彼女を忘れないために「梅田澪理アナが福島にいた日々」と題し、ここにしたためたい。

 まずは彼女のプロフを改めて掲載したい。

 梅田澪理

 1990年6月15日生まれの25歳。血液型はA型。大阪府箕面市出身。
 大阪府立箕面高等学校を経て青山学院大学法学部法学科を卒業。
 TBS アナウンススクール出身でもある。
 青山学院大学在学時に、日本テレビイベントコンパニオン28期生を務める。
 2013年4月、テレビユー福島に契約アナウンサーとして入社。情報番組『はぴスタ』のメインMCや、『TUFニュース』などを担当。
 趣味は買い物とひとりカラオケ、書道、ランニングであり、大学時も陸上部のマネージャーとして活動する。秘書検定2級の資格を持つ。
 チャームポイントは笑うと左頬にできるえくぼ。
  番組内で明かした好きな男性のタイプは向井理。

 げっきんチェック(2015年3月30日 -2016年3月25日)メインMC担当。
 
 TUFプロフ http://www.tuf.co.jp/announcer/index.cgi?rm=detail&id=19

 TUFブログ http://www.tuf.co.jp/blog/?author=21

 <彼女の想い出の名場面>

 げっきんチェック第1回放送(H27/3/30)

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 梅ちゃんもぞっこんの看板男子(H27/6/24)

 5分23秒からの梅ちゃんの発言に注目!

 浴衣で登場(H27/6/29)

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   大好きな向井理をイメージして枕を抱く梅ちゃん(H27/7/21)

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       サンドウィッチマン生放送乱入(H27/10/5と11/19)

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実家への帰省で夏休みをとった筈の梅ちゃんが海外旅行を暴露され苦笑・・・。

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          青学出身の同級生女子アナ対決

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 マツコデラックスと福島県物産館(東京)からの中継(H27/12/31)

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    梅ちゃん最終回放送(H28/3/25)でのひとコマ

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       梅ちゃんが人生初の運転士に挑戦!(飯坂線)
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      アナウンサーになりたての頃の可愛い梅ちゃん
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         テレビ初登場時の初々しい梅ちゃん!
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    最後の挨拶のシーン 結婚を機に退社することを公表
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 最後まで涙は見せず、笑顔でのお別れとなった。

 私は昨年春の「げっきんチェック」放送開始から、すべての放送をブルーレイに録画してきた。東芝の機器が不調で保存されなかった回数が3~4回あったが、それ以外は全部彼女の出演場面を中心に編集して保存している。それほど彼女の存在は大きいものがあった。
 放送中に、サンドウィッチマンの突然の訪問やマツコデラックスのマイペースな行動に振り回されても、常に笑顔を絶やさず、県民に明るい話題を提供し、何を隠そう私自身も録画した番組を夕刻に見て癒されていた。

 彼女の今後だが、私の予想では福島を離れた後は、4月から「セント・フォース」のようなアナウンス専門の事務所に所属し、全国区のフリーの女子アナとして活躍するか、また彼女の故郷である大阪近辺に赴任されるのではないかと考えていた。
 ところが、3月23日(水)放送の「げっきんチェック」で、久本雅美がゲスト出演し、梅ちゃんに向かって「結婚おめでとう!」と拍手をして賛辞を送った。ということは、寿退社ということもあり得る。だとしたら、私は嬉しいし、素直に結婚を喜びたい。

  そして、最終回の放送では、彼女は自分の口から「結婚を機に福島を離れることになりました。アナウンサーの仕事を続ける予定は今のところはありません」と話した。ということは、結婚後は、しばらくは家庭に入られるようだ。どこに嫁ぐかは番組では公表しなかった。私の予想では、学生時代からお付き合いしていた彼氏さんがお相手ではないかと思ってしまう。でも年齢的に考えても、あの美貌を考えても、結婚するのは当然。ぜひ彼女には幸せな家庭を築いて欲しいと思う。そして3年間を過ごした福島のことを時々思い出して、また訪れて欲しいと願う。彼女にとって福島が第二の故郷になってくれれば本当に嬉しい。

 春は出会いと別れの季節。彼女を失うことは大ショックで、ある意味、来週から「梅ロス」に陥り、生きる生き甲斐をなくしそうだが、彼女の決断や福島を愛してくれた彼女のこれまでの恩に報いる意味でも、明るく見送りたいと思う。そして次の新天地での活躍をお祈りしたい。

 「ありがとう梅ちゃん!」 

 これからも福島で過ごした時間を忘れず、健康に気をつけてお過ごし下さい。お幸せに!

Umeda2

Umetyann

 TUFの彼女の挨拶の記事はコチラ http://www.tuf.co.jp/blog/?p=14913

 ヒッキー北風さんのブログとTUFのアナブロから引用させていただきました。

 記事作成:3月21日(月)~25日(金)

 関連記事

 「プレイバック梅ちゃんPart 1」 

 http://tsuri-ten.cocolog-nifty.com/blog/2016/04/post-e908.html

 「プレイバック梅ちゃんPart 2」

 http://tsuri-ten.cocolog-nifty.com/blog/2016/04/post-27d3.html

 追記

 春は卒業シーズンであり、アナウンサーの異動の季節でもある。梅田澪理アナに限らず、3月26日(土)にはKFBの「ドミソラ」のMCを5年間務めてきた猪俣理恵アナも番組卒業となる。
さらには「サタふく」の松永安奈アナも卒業し、夕方のニュースへ配置転換となった。

 春は卒業と異動の季節。会社の方針で転勤などはやむを得ないが、これまで親しんできたアナウンサーがその番組で見られなくなるのは寂しいとしか言いようがない。

2016年3月24日 (木)

心を打つ鉄拳のパラパラ漫画(続編)

 鉄拳という人は人間の深層心理を知り尽くしているのか?人生の悲哀だったり、喜びであったり、如実な描写で独特の世界観を表現している。それはパラパラ漫画。彼の描く世界は、まぎれもなく人間の真理を突き、嘘偽りのない人生そのものだ。年を重ねると、素直に泣けなくなったり、つまらぬ意地を張って失敗したり、余計なことを言って相手を傷つけたり、周囲に自分を支えてくれる大切な存在に気づかない振りをしてみたり、後悔先立たずというのはいつになってもついて回る。しかし、鉄拳の漫画を見ると、心なごみ、素直になれる自分がいる。ずいぶん前に同じタイトルで記事を書いてから早3年4か月。今日はそんな気持ちに戻りたくて再び続編を掲載します。

 『キズナ』

 名曲「思い出のアルバム」に乗せて、人のとして歩む道を描いた秀作。

 両親へ感動サプライズ!パラパラ漫画で親孝行!   

 この動画に寄せられた感動コメント

 お母さん、ありがとう。   

勉強は嫌い。お母さんはうるさい。
でも、やっぱり僕の事をいつも一番考えてくれていたのは、お母さんだった。心配ばっか­りかけて、ごめんね。味方でいてくれて、ありがとう。

 「約束」

この動画に寄せられた感動コメント

自分の気持ちをわかってくれるのはやっぱり親しかいないんですね。親がどれだけの苦労をしてるか知らずあーだこーだいう自分がほんとに情けない。

絵と、動きと、BGMの合い具合が半端なくやばい。何ないみても涙かこぼれそうになる。はじめみた時は号泣しました。この動画をみて自分も両親を大切にして行きたいなと思いました。

 記事作成:3月8日(火)

 なお、明日掲載の記事は、TUFの梅田澪理アナウンサーが番組を卒業する最終回の「げっきんチェック」のため、編集後に掲載いたします。遅くに更新となりますことを予めご報告いたします。

2016年3月23日 (水)

芸能人の意外な才能

  以前にも似たような記事を掲載したことがあったが、その後、発掘した芸能人の意外な才能を続編として掲載したい。芸能人というだけあって、さすがに芸に長けているし、本業以外にも唸るような天賦の才能を発揮している。では早速ご覧ください。

 長野美郷のピアノ演奏

 アナウンサーでは「山岸舞彩」が出現するまでは、私の中でNo.1のお気に入りアナウンサーだった。もうお年頃なのに、浮いた話がなかなか出てこない。上智大学卒の才媛だが、おっとり系で丸顔色白は、O型の典型的な女性そのもの。私の好みにぴったり。今は「サンデーモーニング」でアシスタントを務める「伊藤友里」アナと双璧。彼女もO型で、セント・フォース所属まで一緒。
 その彼女が嗜んでいるピアノは本格的で、Teppanに出演し、あの難しい「子犬のワルツ」をほぼ完璧に演奏しきった。ますます惚れ直した。知性と教養、そしてまるでドラえもんの静香ちゃんのように、女性らしい才能をいかんなく発揮してくれ、驚きの連続だった。

 山本耕史のものまね

 彼は昨年、女優の堀北真希と電撃結婚。いかにもB型同士らしいなれそめ。瞬間湯沸かし器の如く、セオリー無視の一気に燃え上がる恋愛模様はB型そのもの。その彼は、ところどころでものまね上手な一面を見せている。それがなかなかの完成度。もとからものまね芸人はB型が圧倒的に多い。青木隆治、清水ミチ子、コロッケ、栗田貫一などはB型。根っからのエンターテイナーなのだ。もっともこの型は、他人を喜ばせたりもてなすのではなく、自らが楽むという理由でものまねを行う。相手を思いやって楽しんでもらうという腹などもとからない。だからわざとらしさもなく自然な振る舞いに映る。

 ダレノガレ明美の野球センス

 モデルの稲村亜美のピッチング&バッティングは凄いが、ダレノガレの野球センスは女性とは思えないほど。それもそのはず、学生時代は4番で捕手だった彼女。キャッチボールやバッティングセンターでの打撃はお手の物。腰が据わったプレーはお見事としか言いようがない。

 榮倉奈々の歌唱力

 彼女は歌手ではなく女優だ。なのに「涙そうそう」を三線の弾き語りで歌っているその歌唱力は、本職顔負けの上手さだ。こぶしがころころ回るし、ビブラートも伸びが違う。民謡歌手や演歌歌手でも売り出せただろう。

 レイザーラモンHGの絵画

 2013年11月22日 東京・渋谷デスペラード 両手を広げて「フォー!」のポーズで大人気となったが、現在は一発屋芸人と言われてい­るレイザーラモンHGさん。初個展「レイザーラモンHGの絵うまいでしょ」を開催しま­した。会場のすぐ近くにあるシュートボクシングジムに通っている際にこちらの洋服店(­ギャラリー付き)に入ってスタッフと付き合いを始めたのが個展するきっかけ。「個展を­するとしても新宿2丁目のこじんまりとしたスペースだと思っていた。」
 ライブペインティングとしてウィンドウの中で筆を進めるHGさん。およそ1時間で作品­は完成。ハードゲイとファッションを融合した作品だといいます。

「パソコン悪魔」はコチラ→ https://www.youtube.com/watch?v=ZQ89ZXjOkXM

 画家として活躍しているのは、前回に掲載した工藤静香、五月みどり、八代亜紀がいる。

 他にも個展を開くほどの腕前は、片岡鶴太郎、木梨憲武、大野智が秀逸している。

 やはり芸能人は才能の塊だ。芸は身を助くを地で行くのが彼ら。天はニ物も三物も与えてしまっている。一見華やかな世界だが、流行り廃りが激しいのもまた芸能界の常。そんな激しい競争で生き残るのは、カッコ良さではなく、自らが苦労して磨き上げた芸であったり、本業とは違う分野で、好きで長年継続してきた芸術性溢れる長所である。もちろん生まれながらの才能も一理あるが、それを生かした本人の決断や努力も必要不可欠だったに違いない。
 

 記事作成:3月20日(日)

 

2016年3月21日 (月)

歴代の話題作となったドラマ

 各テレビ局のテレビはそれぞれ特徴と言うか特有の傾向がある。もちろん、テレビ局自体が制作するのではなく、ドラマの制作会社に委託し、演出家や脚本家などを選定し、撮影を手がけるのが通例だ。

 しかし、各局には独自色というのがある。下の例を見て欲しい。

 <日本テレビ>

 青春学園ドラマや家族のふれあいなどを描いたアットホームな印象がある。「飛び出せ青春」「われら青春」、「ゆうひヶ丘の総理大臣」、「俺たちの旅」シリーズ、「熱中時代」など日テレは特定の世代にターゲットを絞るのではなく、家族ぐるみで楽しめるような明るいドラマが多かった。
 刑事ドラマでも「太陽にほえろ」や探偵の「俺たちは天使だ」などが印象に残る。最近では「あぶない刑事」シリーズだろう。

 ほかには話題作として挙げられるのは「同情するなら金をくれ」という名台詞で高視聴率を叩き出した「家なき子」。しかし、21世紀以降は「家政婦のミタ」以外の高視聴率のドラマはなく、不作状態。唯一「ごくせん」や「金田一少年の事件簿」くらいが記憶に残る程度。

 やはり日テレはドラマ部門は昔から不調で、ドキュメンタリーや19時台に放送されたバラエティ部門、娯楽系エンターテイメントに力を入れすぎる。
 「木曜スペシャル」、「びっくり日本新記録」、「それは秘密です」、「天才たけしの元気がでるテレビ」、「鉄腕DASH」、「笑点」、「スーパーテレビ情報最前線」などがいい例だ。

 <TBS> 

 昔から話題作はTBSだった。人間の本質に焦点を当てたドラマが多かった。

 「ありがとう」、「積み木くずし」、「時間ですよ」「3年B組金八先生」、「寺内貫太郎一家」、「ムー一族」、「スチュワーデス物語」、「スクールウォーズ」、「渡る世間は鬼ばかり」、「金曜日の妻たちへ」、「高校教師」、「誰にも言えない」、「魔女の条件」、「ずっとあなたが好きだった」など、人生そのものを包み隠さず泥臭く描写したり、家族とは何かとか時節の社会問題を取り上げ社会風刺を巧みにドラマの題材として利用した。したがって、その時代の話題作になることが多かった。
 「金妻」の不倫や「冬彦さん」などがブームになったのもTBS作品からだ。

 最近でも「半沢直樹」や「下町ロケット」などの話題作を世に送ったのは記憶に新しい。
 TBSは昔からJNNで報道に力を入れてきたが、実はドラマの分野でも問題提起して力を
注いできた。大映テレビの無理があるコンセプト設定や台詞の臭さはどうかと思うが、歴代ドラマでは、人間の心理を突いたり、情に訴えるような番組が多かった。その最たるものが坂上二郎主演の「明日の刑事」だった。

 <テレビ朝日>

 アクション系やシリアスな刑事ドラマ

 「大都会」や「西部警察」シリーズに代表されるようなド派手な爆破やアクション系の刑事ドラマのイメージが強い。1970年代以降、「土曜ワイド劇場」にあるような殺人事件や探偵シリーズの作品が目を引く。
 ほかにも「特捜最前線」や、「科捜研の女」「相棒」などが一種独特な作風を醸すのがこの局の特徴だと思う。


 

 <フジテレビ>

 昔は「白い巨塔」のような大作があったが、1980年代頃からは、月9に代表されるように、若いカップルの恋愛模様を描いたトレンディドラマがまず目に浮かぶ。
 「あすなろ白書」、「東京ラブストーリー」、「愛という名のもとに」、「逢いたい時にあなたはいない」、「ラブジェネレーション」、「やまとなでしこ」、「プライド」、「101回目のプロポーズ」 

 木村拓哉、織田裕二、鈴木保奈美、柳葉敏郎、三上博史、江口洋介、中山美穂、小泉今日子、松嶋菜々子

 申し訳ないが、私が居住する福島県では「テレビ東京系」の番組はネットしていないため、ドラマはほぼ見られないので、今回は割愛させていただいた。
 NHKもまた同様で、「連続テレビ小説」や「大河ドラマ」と民放ドラマでは比較にならないからだ。

 ではここで、これまでにいったいどの放送局のドラマが人気を博し、国民的支持を得たかたか「視聴率のランキング」をご覧いただきたい。

 「歴代ドラマの視聴率ランキング」

 1位 積み木くずし        1983年   45.3% TBS
 2位 水戸黄門9部        1979年   43.7% TBS
 3位 半沢直樹          2013年   42.2% TBS
 4位 ビューティフルライフ    2000年   41.3% TBS
 5位 熱中時代             1979年    40.0% 日本テレビ
 5位 太陽にほえろ          1979年    40.0% 日本テレビ
 5位 家政婦のミタ           2011年    40.0% 日本テレビ
 8位 3年B組金八先生       1980年    39.9% TBS
 9位 ひとつ屋根の下        1993年    37.8% フジテレビ
10位 GOOD LUCK!         2003年    37.6% TBS
11位 赤い激流             1977年    37.2% TBS
11位 家なき子              1994年    37.2% 日本テレビ
13位 HERO                2001年    36.8% フジテレビ
14位 江戸を斬る            1979年    36.7% TBS
14位 101回目のプロポーズ   1991年    36.7% フジテレビ
14位 ロングバケーション      1996年    36.7% フジテレビ
17位 男女7人秋物語        1987年    36.6% TBS
18位 GTO                 1998年    35.7%  フジテレビ 
19位 ドラマ人間模様        1978年    34.8%  NHK
19位 3年B組金八先生第2シリーズ1981年 34.8% TBS

 ざっと20位までの歴代高視聴率の順位を見たが、TBSの上位が目に付く。半分の10作品がTBS系列のドラマだ。しかも10位以内には6作品というひとり勝ちの様相。フジテレビの恋愛シチュエーションドラマは、1990年代以降で、大掛かりなてこ入れによって改革が奏功した結果だ。しかしここ数年は大苦戦。奥様世代に迎合し、韓国ドラマばかりBSで放送してきたツケが回って来た。
 上位を見てもわかるように、恋愛ドラマは10~20代限定のターゲットであり、やはり全世代に幅広く見て貰える話題作の番組でないと高視聴率を残せない。そのことを念頭に置いて製作者側は番組コンセプトを考えて貰いたいものだ。

   記事作成:2月18日(木)

2016年3月18日 (金)

華麗なるイメチェン

 これまで恐るべきイメージチェンジを遂げた人たちがいる。それは女性に多い現象と言えるが、たとえばヘアースタイルのチェンジやダイエットで激ヤセする人もいれば、韓国に多く見られるように「美容整形」で外見を変える人もいる。究極的には「同一性障害」によって、やむを得ず性転換する人もいる。
 また、昔の「OLから突然プロゴルファーへ(村口史子)」のCMのように、転職で劇的に変貌を遂げた人もいる。今日はそうした「劇的ビフォーアフター」のような、イメージチェンジに成功した方々をセレクトして紹介したい。

 性転換(3人娘?)

 最近、自分の生来の性に違和感を覚え、性転換する人が多い。それは芸能界だけの出来事ではなく、大きな社会問題になりつつある。1970年代頃までは、その代表格は「ピーター」と「カルーセル麻紀」だった。そうした方々は、「オカマ」と呼ばれ、どちらかといえば忌み嫌われる存在だったが、その後、「ニューハーフ」として市民権を勝ち得た。多くの「オカマバー」が繁華街を賑わすようになり、この問題を抱えた方々が多く存在することがわかり、公然とした問題として個々が共感し、社会が共有する事象となった。そんな中、数多くテレビに出演するそれ系の芸能人で、特に有名な3人娘?をピックアップすると・・・。

 佐藤かよ 1988年12月26日生まれ 27歳 愛知県出身 A型
 はるな愛 1972年7月21日生まれ  43歳 大阪市出身 O型
 IKKO    1962年1月20日生まれ  54歳 福岡県出身 A型

 男性として生まれ、そのシンボルを切除するのは並大抵の決断ではなかったと思う。それ以上に自分の気持ちに素直でありたいという決意のほうが大きかったのだろう。

 ポップス歌手から演歌歌手へ

 長山洋子

 デビュー当時はバリバリのアイドルだった。洋楽をカバーした「VENUS」は大ヒットし、荻野目洋子と並んで華麗なるステップを振り付けに取り入れ、注目された。しかし、その後、ヒット曲に恵まれず、彼女が生き残りをかけて選択した賭けは、なんとよりハードルの高い演歌歌手への道だった。もちろん、そのほうが息の長い歌手活動が遅れることは一目瞭然だった。和服を着込み、純日本風の美人で、落ち着いた物腰で再デビューを図った。

 ヴィーナスを歌う長山洋子のアイドル時代と現在のコラボ映像

 演歌を熱唱する現在の長山洋子

 清純派シンガーからSEXYシンガーへ

 アメリカが生んだブロンドの清純派シンガーだった「オリビア・ニュートン・ジョン」。1970年代にデビューし、そのを象徴するような美少女歌手で、代表作が「そよ風の誘惑」や「カントリーロード」がある。ロングスカートにワンピース姿が印象的だった彼女が、突如、トレードマークだった美しい長い髪をバッサリ切り、妖艶なセクシー系のシンガーに変貌したのには驚いた。意味深な「ザナドゥ」やレオタード姿でエアロビ体操を披露するPVに登場する「フィジカル」の彼女には驚いたとともに魅せられた。

 「そよ風の誘惑」の頃のオリビア

 ショートヘアーでセクシーシンガーにイメチェンしたオリビア

https://www.youtube.com/watch?v=6zwPVU92-XQ

 いきなりの大股開きの大胆すぎるPVにショックを受けたオリビアファンも多いことだろう。かくいう私も「ザ・ナ・ドゥ」の頃からその変貌振りに驚愕し、この「フィジカル」でダメを押された感じだった。あの清純そうなイメージを払拭し、円熟したシンガーへ大変身した。
  世代的にはあのブロンズの美しい髪や色白で青い瞳が、故ダイアナ妃とダブって見えてしまう。

 国民的アイドルからAV女優へ華麗なる?転身

 元AKBグループのメンバーでAV出演したアイドルは7名。中西里菜、鬼頭桃菜、菜橘梨紗、成瀬理沙、米沢瑠美、野々山茉琳、仲西彩佳

 詳しくは→ http://matome.naver.jp/odai/2143047134163431201

 昔、売れなくなったアイドルが、ヌード写真集やヘアヌードになって話題を作ったりしたが、現代の子は、AVに出演することに抵抗はないのか・・・。
 自分の存在や頑張りを誰かに認められたいからなのか、それとも単にチヤホヤされたいとか、注目されたいと思うのか?
 実際、AKBグループ在籍時には、人気を得られなかった反動で、脱いでまでして注目してほしいのか?乙女心はわからない。
 なお、不思議なことに、AKB出身でAV女優に「華麗なる?転身」を果たしたのはA型が圧倒的に多い。負けず嫌いで目立ちたがり屋の性格がこんなところに出ている。プライドは高いが、一皮むければ大胆行動に出るのもこの型の特徴のようだ。ファンだった男の子の気持ちを考えれば、相当のショックに違いないし、裏切られた感は半端ないと思う。

 ほかにも清純派アイドルでデビューしたが、ポルノやヌードになった人気タレントには、天地真理、畑中葉子、宮沢りえなどがいるが、いずれも生き残りを賭けて決死の覚悟だ。

 政治家になった元タレント

 男性・・・青島幸男(東京都知事)・横山ノック(大阪府知事)・森田健作(千葉県知事)
      東国原英夫(宮崎県知事)・橋下徹(大阪府知事・大阪市長)

 女性・・・扇千景(参議院議員)・三原じゅん子(参議院議員)ほか

 ほかにもスポーツアスリートから引退後、政治家になった猛者も多い。アントニオ猪木、橋本聖子、馳浩、谷亮子などがそうだ。知名度抜群で、政党でも売名で欲しがるところだ。

 しかしながら、政治家は公人であり、国民が選挙で選出する代表者でもある。したがって、超個性的なパフォーマンスで選挙戦を繰り広げたり、有名芸能人でネームバリューに惑わされて投票するのではなく、その人が目指す政治思想や哲学、マニフェストを吟味して、自分たちの暮らしを改善してくれる実行力のある人を選んでほしい。でなければ、政府方針を無視して韓国に単身乗り込み、勝手に土下座する無責任極まりない元総理大臣や、大泣きして喚き散らすアホな元県議、そして不倫で議員辞職に追い込まれた元自民党議員、暴言や失言ばかりする傲り議員ばかりを生み出すようになる。議員としての自覚や誇りもなく、ただ党の方針にYESマンの如く従う腰抜け議員はいらない。

 さて、今日の記事は劇的なイメチェンを取り上げたが、現状維持では進歩は望めないと悟った人物の、いわざ捨て身の策がこうした劇的な変化だと思う。生き残るためには手段を選んでいる場合ではないのだ。それが流行り廃りが著しい芸能界ならなおさらのことで、もちろん芸を磨く努力も怠れないが、自分自身の強力な武器(若い女性ならその肉体がその手段にも成り得るが・・・)があれば、捲土重来を期す手立てになるのは前述の例をみれば納得してもらえると思う。「芸は身を助く」。これが芸能界の掟らしい。

 記事作成:2月22日(月)

2016年3月15日 (火)

私が好きな番組OP&EDテーマ

 本日は、これまでテレビドラマの主題歌は、当ブログで何度も取り上げて来たのだが、それ以外の番組のテーマ曲はあまり無かった。今回は個人的な趣向ながら、私が好きなスポーツ番組やドキュメンタリー系の番組のOP&ED曲を取り上げたい。

 1位 サタデースポーツ&サンデースポーツ 「Walk on」

 2位 NEWS ZERO オープニング&エンディング

 1位も2位も山岸舞彩絡みだ。彼女が芸能界を引退して5か月余り。先だって結婚式が営まれたが、いまだに「舞彩ロス」の兆しが・・・。23時にZEROを見ても、彼女はそこにはいない。残念でならない。

 この曲は、今でもニュースZEROのエンディングで使われている。その日のニューストピックを回顧しながらBGMで流れ、何か世の中の動きとか生きていることを実感させるエンドロール。ミスチルの桜井の歌声が心に響き渡る。

 3位 Another Sky 葉加瀬太郎

 これは日テレ系の「アナザースカイ」のテーマソングではなく、ANAのイメージソングとして葉加瀬太郎が作ったオリジナルテーマ曲だ。大空を駆け、明日への翼として旅のパートナーの責任を果たす全日空。ドラマ「GoodLuck!」のテーマ曲として使われた「Departure」と同様、感動を誘う名曲だ。

 4位 情熱大陸

 やはり葉加瀬太郎。ヴァイオリンの音色がたまらない。この人は人間の奥底にある頭しいを揺さぶる曲であったり、琴線に触れるような名曲を生み出す天才だ。

 5位 プロフェッショナル~仕事の流儀~Progress

 

 こちらはドキュメンタリー番組。すでに放送を終えた「プロジェクトX~挑戦者たち~」の後継番組として生まれた。毎回ある仕事にスポットライトを当ててその仕事に情熱を傾ける“プロフェッショナルの中のプロフェッショナル”をスタジオに招き、その仕事振りや仕事における信念などをドキュメンタリー映像とインタビューで多角的に紹介する。ドラマ仕立てで、人間が苦難を乗り越えて成功した道のりや、その人の人生の秘訣や秘策、生きる術なるものを内面から捉えた秀作番組。主題歌はkōkua(コクア)の「Progress」。

 さて、今回は5作品について取り上げたがいかがでしたか?NHKが多く入ったということは、若い時分はあまり視聴しなかったドキュメント系が多いとことで、人生を実感させてくれる番組に傾倒してきたということで、自らの年齢を感じてしまう。
 好きなテレビ番組で人生の変遷を辿ることも出来るようだ。

 記事作成:3月10日(木)

2016年3月14日 (月)

反日の韓国人が訪日数1位の矛盾

 これまで当ブログでは、「嫌韓」記事を何度も掲載してきた。それは70年以上も前の出来事に固執し、その事実を歪曲し、誤った反日教育を施しては執拗に日本バッシングを繰り広げる韓国人に嫌気が差してのことで、その結果、日本人の間でその気運が盛り上がり、韓国への渡航観光客数が激減したのは周知のところだ。「韓流ブーム」などは遠い昔の話で、もはや「韓国ドラマ」や「K-pop」ファンは、単なるイケメン好きの歴史認識も政治問題も無い無教養な輩しか存在しない。まっとうな日本人なら、反日を叫び、国民の8割が日本を嫌いと謳っている国をどうして好きになれようか?韓国人がその気なら、国交断裂しても、日本は痛くもかゆくもない。長年のバッシングのツケを思い知ればいいとさえ思う。国際社会から孤立し、北朝鮮の脅威に晒されても日本は助けない。後で泣きついても遅い。それが日本人の常識になりつつある。

 しかしながら、一方では、日本を訪れる韓国人観光客は増加の一途を辿っている。

 昨年訪日した外国人観光客の第一位は、爆買いで脚光を浴びた中国人ではなく、韓国人であるという結果に驚いた。韓国・観光知識情報システムの統計によると、昨年1?7月の韓国人海外旅行者数は1082万人で、前年同期(906万人)より19.4%増加。同時期の訪日韓国人は216万3100人で、前年同期比41.7%も増えた。

 あれだけネットやテレビで反日を叫び、ことあるごとに日本を痛烈に批判している国が、どうしてぬけぬけと日本を訪れるのか?アンケートでは、韓国人の8割が日本を嫌いと答えている。にもかかわらず、大嫌いな日本を観光目的で訪れるのはなぜなのか?誰もが疑問に思うところだ。普通の感覚なら、8割もの国民が日本を嫌いと言っておきながら、その嫌いな国をわざわざ訪れるには如何なる理由があってのことなのか?首をかしげずにはいられない。
 賢い日本人は、反日思想と政治問題で日本を非難しつづける韓国に見切りをつけ、韓流ブームに乗ったおばさま達ですら冷めた目線で韓国をみるようになった。
 これはまっとうな日本人の感覚なら当然で、嫌いな国にわざわざ行こうとは思わない。ではなぜに韓国人は日本に来るのか?日本の優れた科学技術や製品を盗む産業スパイ目的なのか?はなはだ疑問だ。
 そこで、ヤフー知恵袋やQ&Aサイトにあった秀逸した回答を紹介したい。

 回答1

韓国人は反日教育の影響から日本を嫌っている人が多いでしょうが、全員が真剣に意識していないとも言えます。しかし、明らかに日本を嫌っている人が日本観光に来るのも事実です。

原因は、韓国人は常に自分が正しいと思い込んでいる場合が多く、また韓国の主張が正しいと思い込んでいるため、まさか日本に来ても自分たちが批判されることはないとの上から目線でいるからなんです。
また、あれほど韓国内の反日活動が報じられても、日本人は韓国人観光客に対して常に礼儀正しく接しているため、韓国人の思い込みを助長している感があります。

韓国が反日を強烈に主張しても日本人は真摯に接してくるのは、大多数の日本人は韓国の主張を認めているんだと誤解しているのです。実体のない虚偽で固めた優越感に浸れるというのが根底にある。もし逆の立場なら韓国人は日本を許す筈がないから、そう思い込めるのです。

国家レベルで見ても、常に自分が正しく、アメリカやヨーロッパに行って反日発言をしても当然自分たちに同調してくれると思い込めるから見苦しい程の告げ口外交を行える。
自分たちが正しいのだから、大多数の日本人は韓国に謝罪をしたいと思っており、だから韓国人観光客にも低姿勢で接して来るんだ。なのに安倍首相だけが反韓を主張しているとの発想です。

韓国人の気質として、強いものが大好き。勝ち馬に乗るのと虎の威を借る狐で、勝った負けたの世界観と上下(主従)関係しかない。 人をもてなすとか、相手を思いやる心など微塵もない。ずけずけと他人の批判はするが、自らを省みることがないために、衝突しやすい。早い話が自分のことを棚に上げて他人を非難する性質ということ。
 このような考えは朝鮮人特有で、海外に留学し、自分達がいかに愚かで国際的に認められていないことを悟ると、精神疾患に追い込まれ、火病を発症する。

 韓国は自殺者が世界第3位でもわかるように、とことん責任を追及することで相手を追い込み、完膚なきまでに叩き潰す社会構造だ。しかも慰安婦問題をカードに日本に脅かしをかけるくせに、女優などには性接待を強要するなど、性犯罪がやたらと多い国だ。ネット批判も激しく、これまで何人の芸能人が自殺したことだろう。
 
 韓国人の大多数は、自分達は先進国家で、世界一優れている民族と言う誤った思想を植えつけられており、日本より上の立場にいると思い込んでいる民族なので、日本に来て、優越感に浸りながら観光したいのだと思う。
 心の底では日本には「馬鹿な日本人が大勢いる」ことを自らの目で確認したいのだろう。

 回答2

 私は時々、韓国に行きますが、日本と韓国は似ているようで全然似ていないので、街を歩くだけでいろいろな発見があって楽しいですよ。見るからに傾いたビル、段差が一段一段違う階段、歩道の端からタイルを貼っていって真ん中あたりが盛り上がった歩道、色彩感覚、市場に並んでいる食材(豚の頭など)、ファッション感覚、街の臭いなどなど。それと同じで韓国人も日本の街を歩くだけでいろんな発見があって楽しいと思います。

 私は仕事とプライベートで台湾、香港、シンガポール、タイなどに行きますが、あちらの方では日本の物をデパート、コンビニなどで普通に売っていてあちらの人も日本の物だと知っていますが、韓国だけは日本の物にそっくりな物が韓国発の製品として売っています。当然、韓国人にすれば、日本に来れば、韓国の物にそっくりな物があちこちで売っているということになり、それらを発見するのが楽しいのだと思います。しかし、日本旅行などがきっかけで日本に留学する韓国人は日本に住むことで、韓国製品は日本製品のコピーだとか、歴史認識をはじめ韓国で教えられたことが、世界の認識と違うということを知って、韓国人としての自尊心が崩壊する人も出てきます。

 回答3

 韓国の人の書いた本などを見ると、韓国の人は
(1) 日本の温泉は好き
(2) 日本のスキー場は好き
(3) 日本の工業製品は大好き
(4) 日本人は嫌いだが、一旦仲良くなると「おまえは日本人じゃない」とか言って、凄く仲良くなれるそうです。

 かなり昔ですが、私が韓国に行った時、ガイドさんに、「韓国の○○仏像は今日本に持って行かれて、どこどこ寺にある。日本は湿気があふれているから、仏像の保存には大変向いている」「秀吉などの侵略で壊されたり持ち去られたりして韓国にはなくなったものが多い。日本にはそれがある」というたぐいの話を散々聞かされて閉口しました。

 その時、ガイドさんがチラリと言ったのですが、「日本に行って、韓国の物を見るのは楽しい」そうです。それが忘れられません。

 最近の韓国の観光客も、日本の中の、韓国の伝統(韓国が日本に教えてやった)文物を見て、優越感に浸ったり楽しんでいるのかもしれません。

 韓国では、何十年も昔に日本と仲良くして財産もらったとかで、何十年もたった今法律を作って財産を没収してますからね。日本でそれをやったら大問題です。

 なんだろうが「日本」が相手だと、罪刑法定主義、刑の不遡及など近代法の原理を無視したようなことを平然とやる、それに対して異論が出ない、というお国柄を見ていると、日本を観光する姿にもなにか裏があるような気がして、素直になれない私です。

 回答4

 特亜3ヵ国が政府主導の反日思想教育をしているからと言っても、その国民全てが強固な反日意識を持っているわけでもない。 中には思想的親日家や日本活用家もいる。

韓国保守派は戦略上で親日傾向がある。つい最近逝ってしまった金大中は韓国の代表的な左翼政治家だったが、韓国左翼は反日で親北。韓国右派は親日で反北。原則的にこう。
韓国では長い間左翼政権が続いたのでその為に反日感情が強烈になった。だが今は右派政権の時代だからかなりの親日振りを示している。

韓国右派は日本と手を組んで北朝鮮と中国に当たるのが基本戦略。海洋国家側に付く。
韓国左派は北朝鮮と手を組んで日本と米国に当たるのが基本戦略。大陸国家側に付く。
この二つの間をさまよってるのが韓国。

そして韓国国民はその時の政権に靡いて良い目を見ようとするから今は親日振りを示す
のが立身出世になる。

 それで韓国人も中国人も、反日反日と口を極めて言っていても、実は日本は理想の国
家なのですよ。日本が羨ましい、日本人になりたい、と。
丁度30年以上前の日本が米国に憧れていたのと同じような感覚で日本を見ている。

中国の若い男性がどの国の女性と結婚した以下といえば、ダントツに日本女性と結婚し
たいんだそうだ。綺麗で知的でセクシーだから・・・だって。

 回答5

 まず、日本に対して韓国の人が悪いイメージを持っているとしたら、

・戦前の植民地時代のこと
・戦後の日本企業や駐在員の言動(20年位前までは、労働問題も多かったし、韓国に行
く=女の人を買いにいく(人身売買ではなく買春ですけど)だったことはご存知ですか?)
・韓国・朝鮮人や韓国・朝鮮系日本人への差別が酷かったこと
等によるものが主であり、「反日「教育」されている」ことを理由にするというのは、ち
ょっと事実に反すると思いますよ。

で、それはさておき、韓国から来る人が多いのは、
・何より、隣国であり近いこと。
・日本語を学ぶ人も多く、釜山等は日本のテレビ放送が写ったりして馴染みがある
・日韓の間の物価の差も縮小しており、買い物が楽しめる
・韓国よりスキー場やゴルフ場が多い。

というようなことが挙げられると思いますよ。

 回答6

 韓国人や在日の人直接会うと良い方もおられます。しかし、私は、このやり方は関係者の方に失礼ですが、創価学会のやり方にとても似てます。 彼らは、他の宗教である神社仏閣を異様にこきおろして、地獄に落ちると教えこみます。学会員はそれを信じ込み、自分達が被害者でまわりの宗教が自分達に攻撃してると教え込まれるのです。

反日教育も同じです。自分たちがしているにも関わらず、されている被害者と思い込ん
でる。洗脳です。日本人からすれば、韓流ブームに韓国旅行、韓国ドラマに親しくしてきたつもりなのに、いくらしても、韓国の教育では右から左にそんなことなかったという国民です。確かに、日本人の中にも一部差別的な人がいるのも原因ですが、過剰なほどに、戦争や日本人に対して、偏見を植え付けられすぎです。もちろんそれは、創価学会同様、その組織に縛り付けるために、敵を仮想で作ってるにすぎません。
でも、洗脳されてる人は、本当にそう思ってるのです。信じられないですが。こちらからすれば、何もしてないのに、勝手に悪者にされていい迷惑です。

 だから、そんな仮想宗教洗脳的なことにふりまわされなくていいのです。いくら脅かしをかけても、嘘を言っても、中国は日本に対して暴動を起こし日本企業を不法に乗っ取り、韓国は異常なほどに日本に対して闘争心をスポーツにも経済にも張り合ってくるのは、だれがみてもわかることだし、日本は正々堂々としていればいいんです。ただ、民主党も在日?オバマの弟、妹も中国人と結婚してるんだから、内部にも外にも反日の洗脳者はいるとわかって、また報道人にも。富裕層にもたくさんいます。おかしいと思う情報は気にしないことです。
  尖閣への攻撃はあっても、まだ、現状、日本の世界への影響力や経済力は強く、味方はあると思います。

回答7

 やはり日本の素晴らしさを認めているからです。本当に日本が嫌いならば、日本へは来ません。 政府レベルでは反日を掲げていますが、民間レベルでは日本の優位性を認めています。 韓国国内には日本メーカーの製品が溢れており、一般国民は日本と馴染み深い生活を送っています。また、自国の歴史が捏造されている事も本音では認識しています。
 しかし、韓国社会全体が親日を表現出来ない雰囲気となっており、韓国国内で日本が好きだと言わないだけです。韓国は日本と違って言論の自由が有りません。
 親日的な発言は全て封殺されているのです。

 回答8

 韓国人の修学旅行の目的は、「日本の中の韓国を見るためのツアー」です。

具体的には、

・日本のあの寺も韓国由来のもの
・この仏像も韓国のもの
・この文化も韓国のもの
・優秀なるK-popや韓国ドラマに日本人がこんなに陶酔している

といったことを修学するための旅行です。

だから対馬の仏像盗んでも、韓国人はさも当然の態度、一抹の反省もない。

修学旅行生のツアーガイドの案内を聞いてみてください。 韓国起因説の案内しかしてないですよ。決して、日韓友好などではありません。

 そして最後に、日本の各景勝地で、政治的主張を掲げた横断幕とともに集合記念写真を撮ることが一種のステータスとなっています。

簡単に言えば、犬が散歩中、小便をかけまくって縄張り主張するのと一緒です。

↓政治主張目的でどんどん来日する韓国の修学旅行生(奈良の東大寺前にて)
↓人殺しを容認する反日教育下の韓国の今時の小学生の絵

こういう教育下で成長した子供達が、
富士山に野糞したり、神社に小便かけたりしたことを自慢する輩や、
「日本の大震災を お祝いします」
の例の横断幕を掲げる青年らに育っているのですね。

 もう韓国との戦争は始まっていると考えたほうがよいかと。

 回答9

 結論から申し上げれば、韓国内だけでは生活ができないからです。韓国は人口が4800万人です。K-POPなどは海外に行かないと、国内の売り上げだけでは成り立たないのです。そして日本は、2倍以上の人口と一人当たりGDPでも1.5倍という巨大市場です。反日感情以前に、経済的な理由から日本に進出をしなければ芸能界も産業として成り立ちません。
 また、韓国内の市場は小さいため、当然、海外ブランドなども韓国に店を出すのではなく、日本に店を出します。ディズニーランドも同じです。韓国人は、シルク・ド・ソレイユを見たければ日本に来るしかありません。海外有名ブランドが欲しければやっぱり、日本に来るしかないのです。

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 このテーマに関しての韓国人の反応

 「日本の悪口を言いながら、日本食、日本文化、日本製品に熱狂する韓国人たち。首脳同士も仲良く過ごせばいいのに」
 「反日はネット上だけ。実際はみんな日本旅行に行きたくてうずうずしている」
 「まだMERSのせいにしているの?観光名所が少なく、人々が不親切だから観光客が
離れていくんでしょ?」
 「私が外国人でも絶対に韓国には行かない。東アジアの中なら日本か中国を選ぶ」
 「自国民お断りの店があるのは世界中で韓国だけじゃない?」
 「せっかくの休日はストレスを感じない場所で過ごしたい」 などとコメント。

 訪日韓国人の増加は観光収入の面で日本にとって悪い話でないはずだが、日本のネットユーザーから「歓迎」の声はなく

「韓国人だけは来てほしくない」
「別に来ていただかなくてもいいんですけど…」
「北とのチキンレースに集中してください(笑)」
「こちらも付き合う人間は選びます。勝手なことを言わないでください」
「港と空港に旭日旗を飾っときゃいい」
などの書き込みが相次いだ。

 さて、どの回答にも一理ある。しかし、私が思うに、いかに国際化の時代とはいえ、自分の殻に閉じこもり、過去にばかり目を向け、底から脱却できない国家や、広い視野で自分の立ち位置を判断できない国家は先が知れているし、発展は望めない。
 執拗なバッシングを繰り返し、日本を批判し続けたツケはもう顕著に現われている。世界中で日本を悪者にするためのロビー活動を実行中だが、国際社会は誰も相手にしていない。
 よって、自業自得で墓穴を掘るだけの反日行動は無意味で、それも70年経過した今でも、繰り返しバッシングを繰り広げる国家とは金輪際断交すべきだ。
 北朝鮮の脅威にさらされても、日本は助けない。理由は反日を叫ぶ国家を救う理由がないからだ。友好国でもない国家にはかかわらないほうが無難だ。経済危機にさらされようが、身から出た錆で、これまでの長年の非礼を詫びない限りは、日本は何も支援などする必要はない。危機的状況においつめられようが、それが韓国の末路だ。

 最後に、今回のテーマである「なぜ反日を叫ぶ韓国人が日本に観光で訪れるのか」に対する答えだが、韓国人は、自己中心的発想がゆえに、国際情勢や周囲の空気を読む能力が著しく欠如している。国際社会が韓国をどうみているかという客観的見地がない。常に自分達が世界でNo.1の民族と勘違いしている以上は、誰も相手にしない。観光客が嫌いな日本へ押し寄せるのも、日本人が韓国をどう思っているか察するような感情がないからだ。幼少から反日教育を展開し、日本人を鬼畜のような悪者に仕立て上げている教育体制では、いじめや暴力はあっても他者をおもいやる気持ちや慈しみの心は育たない。
 それは韓国人特有の「辛いもの好き」文化がそうした攻撃的な性格を生み出したと言える。学説では、大脳は理性や思考活動を支える場所で、ここの働きが生まれつき鈍いと、衝動的で反社会的な人格が形成される可能性が高い。だから累犯犯罪者や人格障害者は、健常者より辛い食べ物、ヘビメタ、絶叫マシン、ギャンブル、酒、ホラー映画を好む傾向にある。過剰に辛いモノを摂取し続けると、この様に脳に影響が出ると、学説が発表されたのだ。
 私の地元では「辛いものを食べ過ぎるとバカになる」という教えがある。辛いものを食べると「血圧が上がる」とも「痔になる」とも言われる。確かに唐辛子を始めとする香辛料は、食べると体温が上昇し、血圧が高くなったような気分になる。唐辛子を例にとれば、カプサイシンを摂取することで血流が改善され、末梢血管が膨張します。血流が改善されるということは「血管内を流れる血液量が単位時間内に増大する」ことだ。
 韓国人が毎日食卓に出すほど愛してやまないキムチは、激辛料理の典型で、これを食べ過ぎると舌が痺れ、味覚が麻痺する。体温が高くなるため、攻撃的な性格になりやすい。朝鮮民族特有の「火病(ファビョン)」は、こうした激辛食物の摂りすぎが原因。

 日本人は、温厚な性格が国際問題を考える場合には災いし、寛容にそれらを受け入れてしまうのもよくない。自己主張が控えめで右倣えの思想では、愚直な韓国の思う壺で、それらと渡り合えるだけの素養と思想、正しい判断力、そして情報発信力と発言力を身につけなければならないのである。
 韓国人は自分達が日本の悪口を並べ、痛烈に批判を繰り返した反動で、韓国嫌いになったことに気づいていない。日本では、一度失われた信頼や信用を取り戻すのはほぼ不可能に近いということを肝に銘じるべきだ。

 記事作成:2月17日(水)
 
 

 
 

2016年3月12日 (土)

福島県有名人ランキング

 本日は、福島県出身の私が、個人的に独断と偏見で選ぶ福島県出身者の有名人を100位までランキングしてお送りしたい。

 1位 野口英世・・・黄熱病の研究で世界的に有名。千円札。猪苗代町出身。

 2位 古関裕而・・・作曲家。「嗚呼栄冠は君に輝く」で有名。福島市出身。

 3位 西田敏行・・・郡山市小原田出身の実力派俳優。 

 4位 草野心平・・・いわき市出身の詩人。中原中也らと詩誌『歴程』を創刊

 5位 斎藤 清・・・柳津町出身の版画家。

 6位 円谷英二・・・ゴジラやウルトラマンの生みの親。須賀川市出身。

 7位 加藤 茶・・・福島市出身。ザ・ドリフターズのメンバーで国民的人気を誇る。

 8位 伊東正義・・・大平首相が死去した際、首相代行を務めた。首相の椅子を蹴った男

 9位 円谷幸吉・・・1964年東京五輪の男子マラソンで銅メダル。過度の期待で自殺。

10位 春日八郎・・・別れの一本杉がヒットした坂下町出身の大御所演歌歌手。

11位 佐藤 慶・・・会津が生んだ名優。任侠映画や時代劇など幅広く活躍した。

12位 江川 卓・・・作新学院出身だが、生まれはいわき市。初代の怪物。

13位 川島廣守・・・セ・リーグ会長からNPBのコミッショナーに就任

14位 市川昭介・・・郡山市出身の作曲家

15位 白虎隊・・会津戊辰戦争の悲劇の主人公

16位 湯浅譲二…名作曲家。郡山市出身。

17位 田母神俊雄・・・自衛隊幹部から政治家に転身した。

18位 柏原竜二・・・東洋大学4連覇の立役者。箱根駅伝5区で「新・山の神」と呼ばれた。

19位 大山忠作・・・日本画家。高い描写力で人物画・宗教的作品・花鳥・風景と多岐に
            渡る題材に取り組み、特に鯉を得意とする。

20位 佐藤栄佐久・・・元県知事。全国副知事を務め15年の長きに渡る県政の功労者。

21位 高村智恵子・・・高村光太郎夫人。日本画家。

22位 丘灯至夫・・・作詞家。小野新町出身。

23位 玄侑宗久・・・三春町の「福聚寺」住職で、芥川賞作家。

24位 フラガール・・・復興支援のためにひと役買い、福島県民を元気づけている。

25位 今井正人・・・順天堂大学当時、箱根駅伝5区で力走。「元祖・山の神」

26位 ディーン・フジオカ・・・須賀川市出身のイケメン俳優。朝ドラに出演し話題に。

27位 白鳥久美子・・・郡山市出身の芸人。富田小、富田中学校、日大東北高校卒  

28位 猪俣公章・・・作曲家。演歌を中心に数多くの大物歌手に楽曲を提供している。
            坂下町出身。

29位 三瓶明雄・・・鉄腕DASHでは、福島DASH村で農業指導を行い有名に。

30位 栃東・・・元大関。父方が相馬出身で、琴奨菊が優勝するまで日本人最後のV力士

31位 佐藤B作・・・福島市出身。芸人から俳優へと転身。

32位 梅沢富美男・・・飯坂温泉出身。女形として活躍。「夢芝居」が大ヒット。

33位 中畑 清・・・80年代に巨人の中心選手として活躍。DeNAの監督としても活動

34位 鈴木尚広・・・巨人軍の足のスペシャリスト。

35位 唐橋ユミ・・・喜多方出身。あいづほまれの令嬢。サンデーモーニングのスポーツ
            コーナーを担当。フリーになる前はTUFの契約アナだった。

36位 平忠彦・・・オートバイWGPレーサー。原町市出身。

37位 坪井栄孝・・・坪井病院名誉院長 元世界医師会会長 2016 2/9逝去

38位 あばれる君・・・矢祭町出身のピン芸人。愛されキャラ。

39位 まこみな・・・ネットで話題の双子ダンスのパイオニア。郡山在住の高校生。

40位 つのだ☆ひろ・・・歌手。「メリージェーン」が大ヒットした。塙町出身。 

41位 佐藤敦之・・・会津出身のマラソンランナー。オリンピックにも出場した。

42位 鈴木 心・・・郡山市出身の写真家。神明写真館

43位 片平里菜・・・シンガーソングライター。福島市出身。安達高校卒。

44位 白羽ゆり・・・元宝塚の娘役。震災後は故郷のために激励活動を行った。

45位 優希美青・・・ホリプロタレントスカウトキャラバンでグランプリ獲得して芸能界へ。 

46位 大熊正二・・・郡山市出身の元プロボクサー。世界チャンピオンに輝いた。

47位 斉藤 暁・・・郡山市出身の俳優。「踊る大捜査線」に出演。名バイプレーヤーだ。

48位 大野 均・・・清陵情報高校から日大に進み、日本代表ラガーマン。

49位 大八木弘明・・・駒澤大学駅伝部の監督。会津河東出身。

50位 武田玲奈・・・いわき市出身のヤングアイドル。めざましテレビにも出演中。 

51位 本名徹次・・・指揮者。

52位 酒井俊幸・・・東洋大学駅伝部監督。学法石川監督から母校の監督に。柏原を発
    掘した。東洋大学の黄金期を築いた。

53位 遠藤一彦・・・元横浜のプロ野球投手。先発、リリーフとエース級の選手だった。

54位 本田武史・・・男子フィギュアスケート選手。郡山市出身で郡山二中卒。

55位 田村隆寿・・・小さな大投手と呼ばれ、甲子園準優勝投手となった。

56位 植木安里紗・・・郡山市出身のタレント。ミスにも複数回選ばれ地元をPR。 

57位 伏見俊昭・・・競輪選手であり、オリンピックでも活躍した。白河実業卒。

58位 小野美希・・・会津若松市出身。TUFの美人アナウンサー。

59位 小野紗由利・・・いわき市出身のFCTの人気アナウンサー。

60位 三瓶・・・本宮市出身のピン芸人。

61位 あかつ・・・裸芸人。相撲取りのようないで立ちで登場する。

62位 小松 聖・・・オリックスバファローズの投手。エース級の成績を上げた年があっ
           た。

63位 伊東美咲・・・いわき市出身の女優。2000年代、ドラマや映画に多数出演した。

64位 芦名星・・・郡山市出身のトレンディ女優。 

65位 箭内道彦・・・クリエイティブディレクター。震災以降「LIVE福島」と銘打って、多数の
            イベントを開催。中3の頃、私の同じクラスの同級生でもある。

66位 野村佐知代・・・ノムさんの奥さん。タレントとして毒舌辛口評論で話題になった。

67位 相楽晴子・・・郡山市出身の元女優。「スケバン刑事」でビー玉使いで出演した。

68位 松井愛莉・・・いわき市出身のアイドルタレント。長身で八頭身のスタイル抜群。

69位 なすび・・・ピン芸人。福島東高校卒。 

70位 舞木香純・・・AKBチーム8 県内のテレビ局に多数出演。血液型はO 18歳

71位 猪俣理恵・・・KFBアナウンサー。ドミソラのメインMCで、会津若松市出身。

72位 高橋政和・・・オリエンタルランド社長

73位 田部井淳子・・・三春町出身。エベレスト登頂

74位 酒井美紀・・・いわき市出身の女子プロゴルファー。血液型はA型。嵐の大ファン。 

75位 児玉誉士夫・・・「右翼活動家」だった。「ロッキード事件」で黒幕と言われた。

76位 萩原美樹子・・・バスケットボールアトランタ五輪代表 福島市出身

77位 小林浩美・・・いわき市出身 女子プロゴルファー。現女子プロゴルフ協会会長

78位 丸山夏鈴・・・郡山市出身のアイドル。若くして夭逝

79位 ゴー☆ジャス・・・いわき市出身のコスプレピン芸人

80位 藤田敦史・・・マラソンランナー。白河市出身。清陵情報、駒大、富士通

81位 鈴木博美・・・世界選手権女子マラソン金メダル

82位 遠藤純男・・・郡山出身の柔道家。世界選手権無差別級金メダル。山下のライバ
            ル

83位 yammy・・・白河市出身のシンガーソングライター、O型

84位 玉乃島新・・・元関脇力士、泉崎出身

85位 二本松少年隊・・・会津戊辰戦争の悲劇の象徴

86位 掘下さゆり・・・相馬市出身のシンガー。げっきんチェック主題歌。血液型はO

87位 西郷四郎・・・会津若松市出身の柔術家。姿三四郎のモデル。

88位 千葉麗子・・・元タレント、実業家、ヨーガ講師、生まれは大阪市

89位  菅家ゆかり・・・1980年代の元日本テレビの美人アナ。「おしゃれ」などを担当。 

90位 松鶴家千とせ・・・南相馬市出身の漫談家 血液型はO

91位 高宮祐樹・・・今年の東京マラソン日本人トップの成績。二本松出身

92位 エンペラー吉田・・・80年代、元気が出るテレビで有名になった常葉町の素人。
              「偉くなくとも正しく生きる」がモットーで入れ歯を外す。故人

93位 松平容保・・・江戸幕府最後の将軍・徳川慶喜を守るため、薩長と決戦決意

94位 きよ彦・・・西会津出身の料理研究家。血液型はO

95位 佐藤真瑚・・・ミスユニバース日本代表第3位 サタふくで準レギュラーだった。

96位 霧島 昇・・・戦前から戦後にかけて活躍した流行歌手。双葉町出身。

97位 ご当地アイドル・・・せせらぎ小町・Loveit!・アイくるガールズ・KIRA☆GIRL

98位 玄葉光一郎・・・船引町出身で民主党所属の衆議院議員、

99位 渡部恒三・・・元衆議院議員・会津選挙区、厚生大臣を歴任

100位 高倉麻子・・・元女性サッカー日本代表 次期なでしこJAPAN監督候補 

 ほかにも佐藤陽子(ヴァイオリニスト)が有名どころ。

 さて、今日は我が故郷・福島県出身の有名人にスポットを当ててお送りしました。意外な方々の名前を見つけ、驚いたかもしれない。福島=被災地、福島=原発というイメージが全国の方々にはこびりついているかもしれないが、実際には有名観光地が点在し、風光明媚な美しい景色があちらこちらで見られる大自然の風土に育まれた土地柄だ。そして、本日取り上げた有名人たちが生まれ育った場所でもある。

 私は郡山市で生を受け、途中、大学で4年間抜けたが、延べ半世紀近くも暮らしている愛すべき故郷だ。この大自然に囲まれて、余生を思う存分満喫したいと考えている。

 記事作成:2月7日(日)

2016年3月11日 (金)

3.11あの日を忘れない(震災5周年)

 今日であの未曾有の大災害をもたらした「東日本大震災」から丸5年が経過し、6年目を迎えることとなった。2万人近い人々が地震や津波によって命を落とした。街を見渡せば、未だに瓦屋根があの日のまま放置されていたり、ブルーシートがかけられたままの光景があちこちに見られる。一見、表面上は平静を取り戻したかのように見えるが、主な施設や公園には忌々しい放射線値を測るモニタリングポストが立ち、未だに農業・水産業は大打撃を受けたままである。外部&内部被曝によって、いつ甲状腺がん発病するかわからない状況下で、我が故郷・郡山は、あまりニュースで取り上げられなくなった「原発」の見えない恐怖と背中合わせの中で、生活しているのである。今日は、丸5年を迎えた震災日にあたることから、早く忘れたい記憶ではあるが、決して忘れてはならぬあの日の出来事を記憶の中に残すべく、震災の日のことを回顧し、亡くなられた方々のご冥福を祈り、合わせて黙祷を捧げ、追悼も行いたい。

 平成23年3月11日(月)午後2時46分

 その日は休暇を貰い、午前中、息子の中学校の卒業式に参列した。その後、和風レストラン「まるまつ」で昼食をとり、その後、「ケーズデンキ」でブルーレイデッキの商談をし、時間潰しに思いつきで「ブックマート」に立ち寄り、立ち読みをしていたのだった。

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左上の場所で携帯の「緊急地震速報」が鳴り、急いでカウンター左側の出口へ駆け足。

                     ↓

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間髪入れずに体験したことがないような大きな揺れが襲いかかった。外では車が前後に激しく揺れ、今にも飛び出しそうだった。大きなガラスにヒビが入った。長くてなかなか収まらなかった。

                     ↓
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この外灯が倒れてきそうな感じだった。ほどなく入口から次々と人が外へ飛び出してきた。車に飛び乗り、車が前に飛び出ないように必死でブレーキペダルを踏み続けた。

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車内から見ると、目の前の4階建てマンションが前後に傾くように大きく揺れ、隣りの和風レストランの瓦屋根が次々と落下。運転席で必死にブレーキをかけながら「早くおさまれ!」と祈りながら「うわっうわっ!」としか言葉が出て来なかった。この時、とんでもない大変な出来事が起こってしまったことを悟った。

 そして突如周辺は猛吹雪に・・・。この世の終わりを思わせるような長くて激しい揺れが続いた。3分くらい大きな揺れが続いた後、ようやく収まってきたところで、自宅や実家の状況が気になり、ひとまず自宅へ向かう。信号が消え、かっぱ寿司の東側の狭い通路を迂回した。ファミマの交差点から左折し、R49に入り、バイパスを駆け上がってとにかく自宅まで飛ばして帰った。すると幸いにも自宅は崩れてはいなかった。断続的に大きな揺れが襲いかかり、自宅前の電柱が大きく揺れる余震が続いた。家具が倒れ、玄関から容易に室内に入れない状況だった。やがて昼食から息子たちが帰宅し、家族の無事を確認した。更にワンセグで状況確認。次々飛び込んでくる情報で、災害の状況が明らかに。「大津波警報」という聞きなれない文言がテロップで流れ、アナウンサーの必死の形相で事の重大さを認識したのだった。幸い自宅は停電は免れたが、水道がストップした状態だった。電話は震災直後からまるで通じず、実家の安否は不明だった。

 動画で振り返る福島県(郡山中心)の状況

 ① ラジオ福島(2分41秒から)

 スタジオの物音から判断すると、2分41秒から5分24秒までずっと大きな揺れが続いていたことが解る。つまり2分43秒もの長い間、震度6クラスの大地震が継続して発生していたことになる。深作アナウンサーは努めて冷静に身の安全の確保を訴え続けた。一切取り乱すこともなく、アナウンサーの鑑だ。

 ② 郡山市内の店舗のカメラ

http://www.youtube.com/watch?v=iuL5szlZIkY

http://www.youtube.com/watch?v=RAA18wCKpzw

http://www.youtube.com/watch?v=FX7l1-0CXRc

http://www.youtube.com/watch?v=w3dy4DUPH88

 ③ 堂前の小料理屋の客が撮影した動画

http://www.youtube.com/watch?v=FqQIc0Jic0g

 ④ アミューズパーク郡山(旧郡山スケートセンター)

http://www.youtube.com/watch?v=DwP5VLVonJ4

 ⑤ FTVの社内カメラ

http://www.youtube.com/watch?v=bAlrizLNN9M

 ⑥ 4号バイパス(日和田のJUSCO前付近)

http://www.youtube.com/watch?v=hJvidAganrc

 ⑦ うすい百貨店周辺

http://www.youtube.com/watch?v=J7yubGtkKMQ

http://www.youtube.com/watch?v=QK2O5lrRurk

 ⑧ 郡山駅

http://www.youtube.com/watch?v=NWuwHtZtHfY

http://www.youtube.com/watch?v=emyJZTklhhs

 ⑨ 富田町界隈(カインズホーム)

http://www.youtube.com/watch?v=RUY5buYYLWM

 ⑩ 震災後の状況(外国人撮影)

http://www.youtube.com/watch?v=zUGs3V85uAo

http://www.youtube.com/watch?v=jWfNct5imr8

 ⑪ 福島第一原発の水蒸気爆発

http://www.youtube.com/watch?v=r3tG_E0XGck

http://www.youtube.com/watch?v=eLr5_UxhoTA

http://www.youtube.com/watch?v=7V-0XBdS86A&list=PLD19730E43CC6D63F

 「東日本大震災120秒で振り返る衝撃映像集」 *閲覧注意

 「東日本大震災」国家存亡の危機180秒映像! *閲覧注意

 「1000年後に残したい映像」

http://www.youtube.com/watch?v=dkdHZKefQOI

 今も放射線被害が続き、風評被害にも苛まれている状況が続いている。農業、水産業は再開の目処が立たない状況が続いている。原発周辺の町(大熊・双葉・浪江・富岡)は未だに立ち入り制限されたままで、誰も住めない状態である。避難所生活や仮設住宅に移住したままである。県外に散らばった県民は、一体いつになれば故郷に戻れるかわからない。この2年、未曾有の災害だったこともあり、政府の対応は後手後手で、未だに私が暮らす郡山市は除染が進まないでいる。いつになったら元の平穏な生活に戻れるか先が見えないが、福島県民としてプライドを失わず、前を向いて協力しながら一歩ずつ前進していきたい。

 最後に被災者の皆さんに激励のソングをお届けしたいと思います。

 <普天間かおり 「Smile Again」

  ♪負けないで 負けないで 生きてゆくこと あきらめないで

           がんばって がんばって たくさんの愛が見守っているよ♪

 未来へつなぐメッセージ

  「群青」

 福島第一原子力発電所から半径20km圏内に位置する福島県南相馬市小高(おだか)区­は、東日本大震災による原発事故のため全住民が今なお避難生活を余儀なくされており、­小高中学校も市内の別の学校に間借りをして授業を行っています。
「群青」は、その小高中学校の生徒たちが、離ればなれになってしまった仲間を思って、­つぶやいたり、書き留めた言葉の数々を同校の小田美樹教諭が綴って曲をつけた作品です­。
(パナムジカのHPより抜粋)

 洗足学園合唱バージョンはコチラ
 岩手県立不来方高等学校音楽部バージョンはコチラ
 周南市 中学校音楽祭 2015はコチラ

  福島県で亡くなられた方、1,612人、行方不明者202名 

 また東日本大震災で犠牲になられた方々のご冥福をお祈り申し上げます。合掌

 記事作成:平成27年2月8日(月)

2016年3月10日 (木)

ドラフトよもやま話~1位指名選手は大成しない?~

 日本のプロ野球はONの活躍でもわかる通り、人気球団の巨人に有望選手が集まる傾向があり、1強5弱の時代だった。そこで、実力の均衡を図る目的で導入されたのが「ドラフト制度」だった。プロ野球選手になりたかったら、NPBのルールに従いなさい。という選手側からしたら入りたい会社(球団)に行けない、なんとも不平等で、不合理な制度が導入された。しかも、一生を左右する人の運命をくじに託す、人身売買のような悪き制度を立ち上げたのだった。
 しかし昔は「人気のセ、実力のパ」と呼ばれるほど、実力派の選手がこぞって在京セ・リーグを熱望していた。巨人に入りたいがために浪人したり、社会人や大学に進学し、次回のチャンスに賭ける選手も多数現れた。そこでその対策で選手会の要望でFA制度が導入されたり、プロ野球界の入団システムは改革の連続だった。
 第1回目のドラフト会議が昭和40年(1965年)に始まり、昨年で半世紀が経過した。そのドラフトでは桑田・清原の運命の悪戯が話題になったり、何かとドラマを生み出す国民注目のイベントになっている。その長い歴史の中で、ドラフトに纏わるよもやま話を、個人目線でお送りしたい。 

 1.ドラフト1位は大成しない?

 昨秋行われた第51回ドラフトまでの中で、必ずしも1位指名選手が活躍しているという訳ではない。各球団で1位選手で一流の活躍をした選手のリストを見れば一目瞭然だ。

 <セ・リーグ>

 巨人1位 堀内恒夫(第1回)      河原純一(第30回)
        高田  繁(第3回)      高橋由伸(第33回)
        定岡正二(第10回)     上原浩治(第34回)
        篠塚利夫(第11回)     阿部慎之助(第36回)
        山倉和博(第13回)     内海哲也(第39回)
        原  辰徳(第16回)     坂本勇人(第42回)
        槙原寛己(第17回)     長野久義(第45回)
        斎藤雅樹(第18回)     沢村拓一(第46回)
        桑田真澄(第21回)     菅野智之(第48回) 
        松井秀喜(第28回)     

 球界の盟主の巨人でさえ、51回の歴史の中で及第点と言える選手は半数に満たない。中には逆指名で入団したつわものがいる。また、どうしても巨人に入団したいがゆえに、他球団の1位指名を蹴って、浪人したり、ノンプロで充電した選手も数多い。

 2位以下で活躍している選手はというと

 2位・・・駒田徳広、仁志敏久、二岡智宏、久保裕也、西村健太朗
 3位・・・淡口憲治、中畑清、角三男、吉村禎章、宮本和知、岡島秀樹、清水隆行
      岡崎郁、松本哲也、高木勇人
 4位以下・・・河埜和正、小林繁、山本功児、松本匡史、村田真一、川相昌弘、緒方耕
       一、鈴木尚広、亀井義行、脇谷亮太

 阪神1位  江夏 豊(第2回)      湯舟敏郎(第26回)
        田淵幸一(第4回)      藪 恵一(第29回)
        山本和行(第7回)      今岡 誠(第32回)
        岡田彰布(第15回)     藤川球児(第34回) 
        木戸克彦(第18回)     安藤優也(第37回)
        中西清起(第19回)     鳥谷  敬(第39回)
        野田浩司(第23回)     能見篤史(第40回)
        葛西 稔(第25回)     岩田 稔(第41回)
                         藤浪晋太郎(第48回) 

 阪神の場合は、比較的1位指名選手が中心メンバーとして活躍した。

 2位以下で活躍している選手はというと

 2位・・・藤田平、中村勝弘、平田勝男、池田親興、北川博敏、関川浩一、久慈照嘉
 3位・・・仲田幸司、和田豊、八木裕、弓長起浩、濱中治、福原忍、江越大賀
 4位以下・・・川藤幸三、掛布雅之、嶋田宗彦、新庄剛志、桧山進次郎、川尻哲郎、
         坪井智哉、赤星憲広、藤本敦士

 中日1位 星野仙一(第4回)     今中真二(第24回)
       谷沢健一(第5回)     与田 剛 (第25回) 
       鈴木孝政(第8回)     落合英二(第27回)
       田尾安志(第11回)    荒木雅博(第31回)
       牛島和彦(第15回)    川上憲伸(第33回)
       中尾孝義(第16回)    福留孝介(第34回)
       中村武志(第20回)    平田良介(第41回)
       立浪和義(第23回)    吉見一起(第41回)

 2位以下で活躍している選手はというと

 2位・・・稲葉光雄、小松辰雄、仁村徹、山崎武司、門倉健、森野将彦、岩瀬仁紀、
      大豊泰昭、又吉克樹、中田賢一
 3位・・・大島康徳、三沢淳、宇野勝、野口茂樹、正津英志、小笠原孝、浅尾拓也
 4位以下・・・松本幸行、井端弘和、石井裕也、土谷鉄平、堂上剛裕、藤井淳志、
        大島洋平

 ヤクルト1位 八重樫幸雄(第5回)     石井一久(第27回)
          宮本賢治(第17回)     伊藤智仁(第28回)
          広沢克己(第20回)     石川雅規(第37回)
          伊東昭光(第21回)     高井雄平(第38回)
          川崎憲次郎(第24回)    田中浩康(第40回)
          西村龍次(第25回)     村中恭兵(第41回)
                   岡林洋一(第26回)     増渕竜義(第42回)
                           山田哲人(第46回)

 2位以下で活躍している選手はというと

 2位・・・角富士夫、池山隆寛、秦真司、荒井幸雄、土橋勝征、古田敦也、宮本慎也
      岩村明憲、五十嵐亮太、藤井秀悟、小川泰弘
 3位・・・若松勉、内藤尚行、高津臣吾、真中満、川端慎吾、比屋根渉
 4位以下・・・松岡弘、大矢明彦、安田猛、尾花高夫、小川淳司、飯田哲也、青木宣親

 ヤクルトは2位以下の選手が黄金期を築いたといって過言ではない。

 広島1位 山本浩二(第4回)        佐々岡真司(第25回)
       池谷公二郎(第8回)       町田公二郎(第27回)
       木下富雄(第9回)         沢崎俊和(第32回)
       北別府学(第11回)        東出輝裕(第34回)
       山崎隆造(第12回)        大竹 寛(第37回)
       川口和久(第16回)        永川勝浩(第38回)
       津田恒美(第17回)        前田健太(第42回)
       西田真二(第18回)        今村 猛(第45回)
       川端 順(第19回)        福井優也(第46回)
       長冨浩志(第21回)        野村祐輔(第47回)
       野村謙二郎(第24回)             大瀬良大地(第49回)

 2位以下で活躍している選手はというと

 2位・・・三村敏之、水沼四郎、山根和夫、小早川毅彦、正田耕三、菊地原毅、黒田博樹
      堂林翔太、菊池涼介
 3位・・・永射 保、高橋慶彦、長内孝、紀藤真琴、緒方孝市、栗原健太、梵英心、丸佳浩
 4位以下・・・水谷実雄、小林誠二、達川光男、江藤智、金本知憲、新井貴浩 

 DeNA1位 野村収(第4回)         斎藤 隆(第27回)
        山下大輔(第9回)        川村丈夫(第32回)
        斎藤明雄(第12回)       古木克明(第34回)
         中山裕章(第21回)       内川聖一(第36回)
        友利 結(第22回)       村田修一(第38回)
        盛田幸妃(第23回)       山口 俊(第41回)
        谷繁元信(第24回)       筒香嘉智(第45回)
        佐々木主浩(第25回)     山崎康晃(第50回)

 2位以下で活躍している選手はというと

 2位・・・平松政次、佐伯貴弘、波留敏夫、吉見祐治、三嶋一輝
 3位・・・田代富雄、遠藤一彦、高木豊、野村弘、有働克也、大家友和、梶谷隆幸
 4位以下・・・屋敷要、大野雄次、鈴木尚典、三浦大輔、戸叶尚、相川亮二、金城龍彦
         吉村裕基

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 <パ・リーグ>      

 ソフトバンク1位 藤田 学(第9回)        井口資仁(第32回)
            山内和宏(第16回)      和田 毅・新垣渚(第38回)
            吉田豊彦(第23回)      馬原孝浩(第39回) 
            若田部健一(第27回)    松田宣浩(第41回)
            城島健司(第30回)      大隣憲司(第42回)
            斎藤和巳(第31回)      今宮健太(第45回)
                               武田翔太(第47回)                              

 2位以下で活躍している選手はというと

 2位・・・門田博光、久保寺雄二、香川伸行、湯上谷宏、小久保裕紀、松中信彦
      篠原貴行、山田秋親、立岡宗一郎、柳田悠岐
 3位・・・定岡智秋、河埜敬幸、岸川勝也、栗原洋、杉内俊哉、中村晃
 4位以下・・・片平伸作、藤本博史、大道典良、下柳剛、村松有人、川崎宗則、摂津正

 もともとは南海ホークスが前身

 西武1位 東尾 修(第4回)        潮崎哲也(第25回)
        立花義家(第12回)       石井 貴(第29回)
        森 繁和(第14回)       松坂大輔(第34回) 
        石毛宏典(第16回)       涌井秀章(第40回)
        伊東 勤(第17回)       炭谷銀仁朗(第41回)
        渡辺久信(第19回)       岸 孝之(第42回)
        清原和博(第21回)       菊池雄星(第45回) 
        鈴木 健(第23回)       森 友哉(第49回)
           

 2位以下で活躍している選手はというと

 2位・・・伊原春樹、金森栄治、辻発彦、田辺徳雄、石井丈裕、奈良原浩、新谷博
      小関竜也、大島裕行、牧田和久、中村剛也
 3位・・・竹之内雅史、真弓明信、鈴木治彦、高山郁夫、垣内哲也、大塚幸二
      豊田清、西口文也、帆足和幸、片岡易之
 4位以下・・・若菜嘉晴、蓬莱昭彦、和田一浩、中島裕之

 西鉄が前身で、太平洋、クラウンライターと身売りした。

 ロッテ1位 八木沢荘六(第2回)            小宮山悟(第25回)     
         村田兆治(第3回)       小林雅英(第34回)
         有藤道世(第4回)       西岡 剛(第38回)
         袴田英利(第13回)      久保康友(第40回) 
         福間 納(第14回)      大嶺祐太(第42回)
         愛甲 猛(第16回)      唐川侑己(第43回)
         石川 賢(第18回)      荻野貴司(第45回)
         伊良部秀輝(第23回)    石川 歩(第49回) 
         前田幸長(第24回)      中村奨吾(第50回)

 2位以下で活躍している選手はというと

 2位・・・木樽正明、高沢秀昭、定詰雅彦、河本育之、成本年秀、黒木知宏、薮田安彦
      里崎智也、清水直行
 3位・・・水上善雄、弘田澄男、落合博満、堀幸一、藤田宗一、今江敏晃
 4位以下・・・土肥健二、西村徳文、初芝清、諸積兼司、小林宏之

 オリックス1位  長池徳二(第1回)     伊藤敦規(第23回)  
           山田久志(第4回)     長谷川滋利(第26回)
           山口高志(第10回)    田口 壮(第27回)
           佐藤義則(第12回)    平井正史(第29回)
           山沖之彦(第17回)    平野恵一(第37回)             

 2位以下で活躍している選手はというと

 2位・・・加藤秀司、今井雄太郎、蓑田浩二、石嶺和彦、小川博文、谷佳知、川越英隆
 3位・・・弓岡敬二郎、中嶋聡、野村貴仁
 4位以下・・・福本豊、山森雅文、星野伸之、福良淳一、本西厚博、藤井康雄

 常勝軍団の最強チームだった阪急が前身

 日本ハム1位 高代延博(第14回)     上田佳範(第27回)
           木田 勇(第15回)      清水章夫(第33回) 
           田中幸雄(第17回)     糸井嘉男(第39回) 
           白井一幸(第19回)     ダルビッシュ有(第40回)
           河野博文(第20回)     八木智哉(第41回)
           広瀬哲郎(第21回)     吉川光夫(第42回)
           西崎幸広(第22回)     中田 翔(第43回)
           武田一浩(第23回)     大谷翔平(第48回)

 2位以下で活躍している選手はというと

 2位・・・古屋英夫、岩本勉、片岡篤史、井出竜也、建山義紀、田中賢介
 3位・・・田中幸雄、小笠原道太
 4位以下・・・大宮龍男、森本稀哲、小谷野栄一、マイケル中村、糸数敬作

 ドラフト導入時は東映フライヤーズで、以後、日拓、日本ハムと変化した。

 楽天1位 田中将大(第42回)            塩見貴洋(第46回)
        永井 怜(第42回)       松井裕樹(第49回)   
        長谷部康平(第43回)     安楽智大(第50回)
         戸村健次(第45回)  

 2位以下で活躍している選手はというと

 2位・・・美馬学、則本昂大
 3位・・・嶋基宏
 4位以下・・・横川史学、渡辺直人

 近鉄の消滅により、新規参入したのが楽天で、分配ドラフトで一軍選手の多数はオリックスへ。

 旧近鉄1位 佐々木恭介(第7回)    小野和義(第19回)
         仲根正広(第8回)      阿波野秀幸(第22回) 
         栗橋 茂(第9回)      野茂英雄(第25回)
         久保康生(第12回)     高村 祐(第27回)
         石本貴昭(第16回)     小池秀郎(第28回)
         金村義明(第17回)     坂口友隆(第38回) 
         加藤哲郎(第18回)     香月良太(第39回)         
            

 2位以下で活躍している選手はというと

 2位・・・鈴木啓示、石渡茂、梨田昌崇、有田修三、有田二三男、村田辰美、森脇浩司
      大石大二郎、吉井理人、吉田剛、水口栄二、大塚晶文、高須洋介、高木康成
 3位・・・小川亨、井本隆、大村直之、磯部公一、有銘兼久
 4位以下・・・羽田耕一、平野光泰、吹石徳一、鈴木貴久、入来智、中村紀洋、大島公一
         岩隈久志、阿部真宏

 1970年代に黄金期を迎えた。しかし、12球団で唯一日本一になれず、球団売却という目に遭った。

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 2.ドラフトで選手を育てるのが上手いのは?

  やはり育成と言えば文句なしで広島東洋カープだ。このチームは市民球団だけに、大金をはたいて大物を連れてくるどこぞの球団とは違い、ドラフト入団した選手を大切に育て上げる。それが証拠にFA選手はあまり獲得しないし、トレードも比較的少ない。

 3. ドラフトの当たり年

 上の一覧を見れば一目瞭然。第4回はそうそうたる顔ぶれ。田淵、山本浩二、星野、山田、有藤、東尾など、名球会メンバーに名を連ねる面々がズラリ。もちろん松坂世代がごっそり入団した第34回は大当たり。ほかにも21回と23回はいいメンツが揃っている。

 4.ドラフトで得をしているチーム

 一時期、くじ運がやたら強いと評判になったのが、ヤクルトと日本ハム。黄金の左手なる異名もあったほどだ。くじは監督が引くことが多いが、1980年代は、球団社長やオーナーが自ら引いたこともあった。上の一覧でもスター選手を軒並み獲得している。

 5.鳴り物入りだった割に活躍しなかった選手(批判ではないのであしからず)

 巨人・・・大森剛、上田和明、辻内崇伸
 楽天・・・一場靖弘
 日本ハム・・・木田勇・斎藤祐樹
 ヤクルト・・・佐藤由規
 ソフトバンク・・・東浜巨
 西武・・・大石達也

 やはり、前評判やプロ入団前の実績が優れていても、そこは実力社会。一筋縄ではいかないことを証明している。それに怪我や故障をしてしまうと、投手の場合、復活まで時間を要する。

 6.人気のセ、実力のパではない。

 今や上のフレーズはひと昔前となった。ここ数年は、人気の選手が、こぞってパ・リーグに入団し、人気・実力もパ・リーグが上。イチロー、松坂、野茂、杉内、新垣、和田、井口、西岡、田中賢、新庄、斎藤祐、田中将、ダルビッシュ、松田、涌井、成瀬など、日本代表に選ばれる選は、大多数がパ・リーグからだ。

 さて、前半が長くなりすぎて、後半は簡潔に掲載した。こうしてみると、くじでその人間の一生を左右するのは、人身売買のようでどうかと思うが、自分で自分が働く会社を決められないのは、その日まで結婚相手がわからない統一教会の結婚式のようで感心できない。しかし、球界にしてみれば、特定の金持ち球団ばかりが選手を寄せ集め、独占するのは良くない。戦力の均衡を図る名目で導入された制度なので、止むを得ないとは思うが、数年間その指名球団にご奉仕し、FAを取得すれば希望球団やメジャー挑戦もありえる現状では、実績次第で這い上がれるため、選手のモチベーションアップに役立つに相違ない。

 記事作成:2月16日(火)

2016年3月 5日 (土)

福島県民への激励ソング

 「歳月人を待たず」というが、間もなくあの未曽有の被害をもたらした「東日本大震災」から早5年となる。津波によって未だに行方不明の方が多数、そして原発事故によって故郷を離れて暮らす人が数万人に上る。私たちはあの災害と人災を決して忘れてはならない。
 あの惨劇から5年が経過し、有り難いことに、全国、いや世界中の方々から支援をいただいている。福島県民として感謝とお礼を言いたい。そしてこれまでの激励は、私たち被災者に確かに届いている。
 そこで、福島の未来を考え、前向きに生きて行こうと決意した福島県民が愛した「激励ソング」を取り上げ、震災で亡くなられた方々の追悼と、復興を誓い、ここに捧げたいと思う。

 1 スマイルアゲイン by 普天間かおり

https://www.youtube.com/watch?v=lMvOe9eyaKA

 あの日を回想して作った曲。震災前から福島県のラジオ局でマイクを握って、県民に元気を届けてくれた普天間かおりさんが、被災者に向けて気持ちを込めて歌う命の歌。それがこの「スマイルアゲイン」。負けないで、頑張ってという歌詞は琴線に触れる。

 2 福の歌~頑張っぺVer.~

福島の歌うたい・aveが贈る"福島県を元気にする歌"。福島人は頑張っています。世界の人々の祈りと支援を糧に勇気をいただき、みんなで立ち­上がっています。そんなメッセージをこめて、福島からありがとう。

 3 こめら

 普通の暮らしが出来ていた頃(2002年頃)の福島県です。応援歌でもなければプロの­方が歌っているのでもありません。ふるさとを愛する皆が自分の言葉で気持ちを込めて未来の子供たちに残したい故郷を歌っ­ています。
 NHK「おーいニッポン!今日はとことん福島県」福島県のうた。「こめら(「こどもたち」の意)」本放送では流れていなかったと思います。
 秋元康が、代表一人に絞るより、全員の合唱曲にしたほうがいいと、それが福島らしいと­、例外的な扱いになりました。

 4 息吹 

 東京の下町を中心に活動するミュージシャンAERIALから、復興に向けてがんばるハ­ワイアンズ、いわき、そして福島の人々を応援するために贈られた応援歌です。いわきの復興のために休業に追い込まれたスパリゾートハワイアンズ。そこで立ち上がったのは「フラガール」たちだった。「全国きずなキャラバン」を実行し、全国の人たちに、「福島は元気です」と笑顔で伝え歩いた。

 5  しおり - Smile~君は一人じゃない~   

 この曲は震災復興ソングではない。しかし、福島県民にしてみれば、激励ソング以外の何物でもない。数多くの卒業式で歌われる「Smile~君は一人じゃない~」。心潤す歌声が全国に拡­がり続けている。スタジオアリスCMソングとして全国放送中。

 最後に、子供向けの元気ソングを。それは福島県の公認マスコットキャラクターの「キビタン」が登場する「キビタン体操」。不思議とパワーを貰える究極の激励ソングだ。

 キビタン体操

 子供たちは未来の宝。溢れる光の下で元気に跳ね回っている姿は、福島県の明日への希望だ。放射線も収まり、除染も進んでいる。再び愛する故郷の下で明るい笑顔で笑いあえたらと心から願う。

 ひまわりの約束

 この歌は復興とは全く関係はないが、悩みを抱えたり、苦しんでいる者へ、そっと寄り添い励ましてくれるメッセージソングとしては、涙なくしては聞けない名曲だと思うので、最後にここでリンクさせていただきたいと思う。

 なお、今回は福島復興ソングの定番の「I love you Fukushima」は割愛させていただきました。

 さて、私たちはこの曲を聴いて、どん底から立ち上がって来た。その勇気をくれた支援に感謝を惜しまない。いつまでも感傷に浸ってばかりはいられない。こうした激励にこたえるためには、涙を拭いて未来志向で前向きに頑張っている姿を全国の皆さんに発信することだと思う。県内外の被災者住宅で暮らす方々と共に真の復興を遂げるまで「頑張っていくことを誓いたい。それがせめてもの恩返しに繋がると思うからだ。

 記事作成:1月5日(火)

2016年3月 4日 (金)

新幹線、いざ北の大地へ

 今年3月、北海道民に新幹線が乗り入れ、函館北斗駅まで延伸する。道民にとっては30年以上も前からの宿願が長い年月を経てようやく叶う記念すべき瞬間を迎える。

 ところで1984年4月から1986年3月まで、私は北海道に住んでいた。2年間の限られた学生時代を満喫すべく、寸暇を惜しんでバイクを駆ってあちこちツーリングして周ったものだ。しかし、郡山の実家に帰省する際には、もっぱら国鉄の陸路だった。札幌から特急列車に乗り5時間、函館駅で青函連絡船に乗り換え約4時間。青森駅からは急行列車で7時間の計16時間以上もかかる長丁場だった。それでも交通費は一番安く、貧乏学生だった私にとっては、あまりある時間を有効活用した旅程だった。
 時々、開業したばかりの新幹線も使ったが、当時は盛岡~大宮駅の暫定開業だった。それでも14時間かかったものだ。もちろん福島には今でこそ空港が開港したが、当時は仙台空港から千歳便に乗らなければならなかった。
 
 したがって、私にとっても、当時、新幹線が北海道まで青函トンネルで乗り入れていたのなら、函館まで3時間、札幌まで4時間で約8時間程度でアパートまで帰れたに違いない。

 そうした北海道民にとっても悲願がようやく叶うこの機に、懐かしんで盛岡駅開業時の国鉄のニュース、青森駅まで延伸した際のJR東日本のCM、そして今回函館北斗駅開業を記念して制作されたCMを計3本紹介したい。いずれも旅情を感じるし、それぞれの大願成就を実感できる作品に仕上がっている。

 1982年 旧国鉄 東北新幹線盛岡駅開業

 2011年 JR東日本新幹線青森駅開業

 こういうCMを目の当たりにすると、鉄道に対するその地域の方々の期待は大きい。生活の足だったり、出稼ぎには欠かせない。東京がどんどん近くなる。日帰り出張や東京に遊びに行く度合も急増。人々はその期待に胸を膨らませ、日々の生活を送ることだろう。

 2016年3月 JR東日本 北海道新幹線開業

https://www.youtube.com/watch?v=NwYT80DS0rE

https://www.youtube.com/watch?v=WW6FjGllbSs

 北海道民が新幹線に寄せる思いや夢が並々ならぬことをこれらのCMは物語っている。数多くのCM作品が制作されている。いろいろな旅の形、生活の足、そしてビジネスフィールドは格段に広がる。また、首都圏の方々は、観光で足を運ぶ機会が増える。函館は日本でも有数の観光地。朝市、教会群、夜景、海鮮丼、イカソーメン、風光明媚な景色はいくらでもある。北海道らしさを堪能してほしい。そして街は多くの観光客を迎え大いに活気づくことだろう。夢多き新幹線開業。北海道の皆さん、心からおめでとうございます。

 開業に向けたニュース

 さて、雪深い北海道を時速300キロの高速鉄道である「新幹線」が疾走する。除雪対策は困難を極めただろうし、ルート選定や駅舎建設など自治体と国が一体となって誘致活動や建設を進めた結果であると思う。東京~函館間は4時間を切れなければ飛行機に客が流れるというギリギリなのだそうだ。函館北斗駅は函館市街地から遠く、交通の便が悪い。早く札幌まで延伸してほしいが、更に20年以上は歳月も莫大な費用もかかるようだ。

 しかし、これはまだ道半ば。私が学生時代を過ごしたあの頃から30年以上。ようやく大願成就した思いだ。退職したら、新幹線に乗って北海道をまた訪れたい。そんな夢を密かに思い描いている。

 記事作成:2月26日(金)~

2016年3月 2日 (水)

郡山の魅力再発見!32 ~各時代の息吹を感じる場所~

 このシリーズ記事も今回で32回目を迎えた。自分でも「郡山」に関する記事で、ここまで長く続くとは思わなかった。思いつきでいろいろと書き綴っているが、独りよがりな印象が強いが、好き勝手なことをしたためているだけだ。今回は歴史を振り返り、各時代ごとに、その時代の香りや息吹を感じられるようなスポットや建物などを紹介したい。

 古代

 大安場古墳・・・郡山市田村町。東山霊園の西側にあり、この前のメインストリートは通 
          称霊柩車通り。一日10台は行き来する。古墳の学習施設ではオールシ
          ーズン、様々なイベントが開催される。

 小川蝦夷穴・・・かつての古代人たちの亡骸を納めたお墓。岩に無数の穴が掘られてい
          る。大安場古墳と東山霊園の間に存在する。

 浄土松公園・・・市内西部の三穂田町地区に広がる公園。通称「きのこ岩」という奇岩群
         が並ぶ。少年自然の家と隣接し、ここでフィールドワークという探検コース
         巡りのイベントを行う。天然の要害で、戦時中は防空壕になっていた。
         その外見から日本の「カッパドキア」とも呼ばれている。

 ペグマタイト岩脈・・・鹿島神社境内のあちらこちらに突出する白色の巨晶花コウ岩は、
             国指定天然記念物の「 ペグマタイト」。 境内には1万4,000tもの岩脈
             があると推定されている。

 平安時代

 田村神社・・・国道49号沿いの田村町山中地区にある、大同年間に創立されたといわれ
                 る神社。  田村神社は、昔、坂上田村麻呂の守護神・大元帥明王を祀る霊山
                 だったことから、明治 までは「明王山」あるいは「お山」と呼ばれていた。
         江戸時代にはあの松尾芭蕉が立ち寄ったことでも知られている。

 如宝寺・・・郡山の有力 者、虎丸長者が都に上り、平城天皇より馬頭観音像を賜って帰
               郷、大同2年(807年)に 観音堂を建立して笹久根上人を招いて開眼供養を行
       ったのが始まりと伝えられる。

 鎌倉時代

 王宮伊豆神社・・・鎌倉時代にこの地方を領した伊東氏が、ふるさとの伊豆箱根の三島
           の三社を合祀し、移 したものと伝えられています。 また、本殿背後にあ
           る祠は、葛城王の墓と伝えられている。
 静御前堂・・・源義経を慕って奥州へ下り、悲しみのあまり池に身を投じた静御前の御霊
         を祀ったお堂。現在のお堂は、クギを一本も使わずに、天明年間に改装さ
          れたもの。毎年3月28日には「静香御前堂例大祭」が開催されます。

 美女池・・・福島県郡山市大槻町にある池。 静御前伝説[編集]. 美女池は 静御前伝説
       の残るところである。源義経の奥州下りの跡を慕い、従者小六、乳母のさい
       はらとともにこの地までやって来た静御前が、小六の死と平泉までのあまりに
       遠い道のりへの落胆から、乳母のさいはらと共にこの池に身を投じたとされて
       いる。
 千手観音・・・寛元4年、弘法大師が人々を病と飢えから救うため、霊樹に刻んだと伝え
        られる専修観音立像です。簡略化された背面の彫刻などから地方作である
        ことは明らかながら、鎌倉時代の造像の特徴を示す貴重なものとされていま
        す。
        千手観音像の祀られている千手院には、色鮮やかな種蒔桜、夫婦モミなど
        があります。

 室町時代

 雪村庵・・・郡山市西田町雪村(三春町に隣接)にある庵。室町時代の ... 1658年(明暦4
       年)、三春藩主秋田氏の菩提寺の僧侶一元紹碩が当時の古老から雪村 が晩
       年に隠棲していた地であることを聞き、庵の扁額に書き残している。
 

 江戸時代

 奥の細道(田村神社・安積山公園・奥州街道松並木)

 田村神社は前述の通り。安積山については諸説あり、日和田の安積山公園には、芭蕉の句碑が遺されているが、遠く磐梯山系を仰ぎ見て、その手前に聳える額取山を詠ったとも言われる。また旧国道(奥州街道)の松並木も、奥の細道の道中を同行した曾良日記にも記載がある。

 奥州街道道標・・・郡山市の大町通りは旧奥州街道。 大町1丁目で会津街道と分岐す
           る。 分岐点に道標があった。 道標由緒 一、「従是三春道」石碑一基 こ
           の石碑は、ここから北へ38mの下 枡形(宿場の木戸)に、文政8年に
           建てられた。

 柳橋歌舞伎・・・郡山芸能華舞台と題して 市川猿之助と同じ舞台で地元柳橋歌舞伎など
          が演じられる予定。 柳橋歌舞伎の役者だけでなく歌舞伎ファンも期待に
          胸膨らませている。

 蛇骨地蔵堂・・・日和田町字日和田にあるお堂。養老7年(713年)に開かれたという蛇骨
          地蔵堂であるが、次のような伝説が残されている。 日和田の領主で あっ
          た安積忠繁には、あやめ姫という美しい娘があった。家臣の安積玄蕃が
          求婚したが 、忠繁に拒絶され、それを怨みとして主家を滅ぼしてしまっ
          た。さらに残されたあやめ姫に言い寄ったが、姫はついに沼に身を投げ
          て命を絶ってしまった。しかしあまりの怨みのために姫は大蛇と化し、玄
          蕃一族を祟って滅ぼしたのである。それでもなお大蛇は怒り狂い、村人
          に毎年娘を人身御供とするように求めたのである。
            娘が33人目の人身御供に選ばれた権勘太夫は、娘の命を救うべく大和
          国の長谷観音に詣でて、佐世姫という娘と出会う。佐世姫は話を聞くと、
          自らが代わりに犠牲になると言った。
           佐世姫は人身御供となって、沼のほとりに置かれた。そして一心に法華
          経を唱えていると、大蛇が現れた。ところが大蛇はその法華経によって
          天女の姿に変わっていき、昇天したのである。天女は佐世姫に礼を述
          べ、残された蛇骨で地蔵を作ってくれるように依頼した。それが蛇骨地蔵
          の由来であるという。(日本伝承大鑑より)

 陣屋跡・・・江戸時代に入ると郡山地方は、松前道(奥州街道)の宿場町として栄えるよう
       になり、現在のうすい百貨店の東側に二本松藩の代官所が設置されました。
       そこは現在でも「陣屋」と呼ばれており、郡山随一の飲食店街として賑わいを
       見せていますが、陣屋跡としての名残りは見えません。

 高倉人形日和田資料館・・・江戸時代に関西、四国地方で栄えた人形浄瑠璃ですが、安
                 積郡山ノ井村高倉(日和田町高倉)でも行われていました。
                 これは、全国の人形浄瑠璃分布の最北端に位置するといわ
                 れますが、その始まりは定かではありません。
                  しかし、明治時代に廃絶し、人形など道具一式は、つづらに
                 入れられたまま山清寺に置かれていました。現在は、日和田
                 公民館に保存され、展示されています。

 明治時代

 安積歴史博物館・・・明治22年、県内唯一の中学校として開設された旧福島県尋常中学
             校。文豪高山樗牛、久米正雄、史学者朝河貫一などの著名な出身
             者も多く、現在は安積歴史博物館として公開されています。(国指定
             重要文化財)。明治時代の建造物であり、NHK「坂の上の雲」や「坊
             ちゃん」のロケ撮影にも使用された。


 金透記念館・・・教育の発祥の殿堂。明治時代の西洋様式で明治9年創建時は、県下一
          モダンな校舎で あった。また、金透小学校の歴史が展示されている。

 開成館・・・明治7年、区会所として建設されたもので、明治天皇の東北行幸の際は、 行
               在所として使用されました。 昭和35年、明治擬洋風建造物として県の重要文
       化財に指定されました。
 麓山の滝・・・明治15年に完成した安積疏水を記念して造られました。建設費は 当時の
        富商が寄附を持ちより通水式には歌舞伎や舞踏会などが行われ、それまで
        にないにぎわいを見せたそうです。

 安積疎水土地改良区・・・明治15年8月に完成した安積疏水は、延べ85万人、総事業費
                                  40万7千円(現在の価値に換算すると、約70~470億円)の大事  
               業でした。それから約130年、現在でも脈々と流れる猪苗代湖の
               水を管理しています。また熱海地区には安積疎水神社がある。
 大正時代

 郡山市公会堂・・・大正13年、郡山市制施行を記念して建てられました。大正ロマンの香
           り漂うルネサンス調のしゃれた洋館が魅力です。郡山市のシンボルとし
           て親しまれ、現在でもコンサートなどに利用されています。オランダのコ
           ルドバ聖堂に似ている。

 昭和初期

 郡山合同庁舎・・・昭和5年(1930)に旧郡山市役所として建てられた近代建築。外見が三
           島由紀夫が割腹自殺した自衛隊市谷駐屯地に似ていたことから、映画
                        「MISHIMA」のロケで使われた。

 記事作成:平成27年11月15日(日)~2月初旬

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