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2016年5月 7日 (土)

芸能人の身内に起きた悲劇

  芸能界は派手で華やかな世界だが、その一方で陰の部分がある。そこにはタブー視されるような悲劇に見舞われた事件に遭った方や身内と突然の別れを突きつけられた凄惨な出来事に耐えながら、その悲しみを隠して、それを乗り越えながら現在も活躍されている方も多い。
 今日はあまり知られていないかもしれないが、そうした方々にスポットを当てたい。ただし、決して冷やかしなどで心情を逆なでする意図はないことを予めお断りしておきたい。

 近藤真彦の実母の遺骨盗難

 マッチこと近藤真彦の実母は、不慮の交通事故によって急逝された。しかし、卑劣にも心無い人間の手によって遺骨が盗まれるという事件に巻き込まれた。
 恨みつらみでこのような犯行に及んだ犯人は、マッチにその年の紅白を辞退するよう脅迫してきた。この卑劣な犯罪は、ご本人にとってどんなに辛いことかしれない。精神的な苦痛を味あわせようという悪意は絶対に許されるものではない。
 遺骨盗難は、あの王貞治氏の奥さんにも起きてしまった。身代金目的誘拐と同犯で、非人道的な愚劣な犯行だ。

  マッチは私と同い年。高校時代は、私自身、彼に顔立ちが似ていたことから、よく彼と間違われて声を掛けられたり、写真を撮られたりした。彼がのめり込んだ自動車レース。その車が彼のお母さんの命を奪い、それだけでショッキングで辛い出来事だったのに、あろうことか墓から遺骨を盗むなど、絶対にあってはならぬこと。犯人はなんの目的でこんな非人間的な振る舞いをしたのか、彼に相応の恨みでもあったのか、理解に苦しむ。

 安室奈美恵の実母殺害事件

 1999年3月17日午前10時40分頃に歌手の安室奈美恵(当時21歳、以下安室と表記)の実母(当時48歳)が義理の弟(当時44歳。安室の叔父にあたるが、安室の実母の再婚相手の実弟であるため、安室との血縁関係はない)に車で轢かれた後にナタで殴られる事件が発生。実母は病院に搬送されたが午前11時50分頃に死亡が確認された。殺害を犯した叔父は事件から4時間後に山中で死亡しているところを発見された。農薬による服毒自殺だった。

 このような辛い出来事に見舞われても、その後、彼女はシンガーとして活躍されている。1990年代には「アムラー」としてファッションリーダーとなり、少女たちにとって「神」だった。ダンスも素晴らしいが、歌唱力も群を抜いている。彼女自身、私生活では、離婚してシングルマザーとしても頑張っている。そうした悲運や不幸に遭ってもファンの前で懸命に歌い続ける彼女は真の「歌姫」だ。

 風見慎吾愛娘交通事故死

 タレント風見しんご(44)の長女で、東京・世田谷区立桜町小5年の大下えみるさん(10)が2007年1月17日午前8時8分ごろ、同区中町4丁目の都立園芸高裏交差点で、右折しようとしたトラックにはねられた。えみるさんは病院に搬送されたが、頭がい底骨折で死亡した。えみるさんは通学途中で、青信号の横断歩道を渡っていた。関係者によると、ダンサー志望だったえみるさんは自慢の娘で、子煩悩な風見はショックで泣き崩れているという。警視庁玉川署は、業務上過失傷害の現行犯で、トラックを運転していた埼玉県所沢市の会社員加藤雅哉容疑者(22)を逮捕した。

 風見は、えみるさんとともに、夜になって搬送先の病院から都内の自宅に戻った。朝、元気に出掛けたはずだったが、約12時間後の悲しみの帰宅となった。学校関係者によると、風見夫妻は「うちの子には何の非もないのに、なんでこんなことになるのか。なんでこんなことに…」と、娘を失ったショックで病院では立っていることもできず、床に泣き崩れていたという。

 欽ちゃんファミリーはこの時期、不幸が相次いだ。小西博之ががんを公表し、清水由貴子が過酸化水素による自殺、そして風見慎吾にも・・・。気の毒としか言いようがない。

 高島忠夫の長男殺害事件 

 1964年8月24日の未明、東京都世田谷区上野毛に在住の俳優・高島忠夫方より警察及び消防へ「息子が風呂に沈められ、部屋が荒らされている」との通報があった。

同日午前2時40分頃、高島宅に住み込みで働いている女中Aが「長男(高嶋道夫・生後5カ月)の姿が見当たらない」と高島夫妻に連絡し、ただちに高島夫妻(高島忠夫・寿美花代)と女中Aが家中を探し回った。室内は物色されており、風呂場できちんと蓋の閉まった風呂桶の中に沈められている長男が発見されて大騒ぎとなった。警察や消防への通報と共に、長男はただちに自宅近くの小倉医院へ搬送されたが、既に心肺停止状態であり、人工呼吸などが試みられたが助からなかった。

 幸福そうで、典型的な仲の良い家族に見える高島ファミリーだが、実は政宏、政伸兄弟には、一番上の兄がいたのだった。しかし、事件の真相は、その長男が生まれてすぐ、嫉妬した10代の家政婦によって無残にも殺害されたのだった。
 誕生したばかりの愛息を殺された高島・寿美夫妻の悲しみは計り知れないものだったに違いない。

 森進一の母親自殺

 1972年(昭和47年)、森の狂信的なファンの女性から婚約不履行、未成年者略取で告訴された。実際には女性の主張していた内容は全くの狂言だったが、彼女がそうした妄想にとらわれるようになったのは、以前病気療養中の森の母を見舞った際に母から親切に対応されたのがきっかけだった。このことを苦にした母は翌1973年に自殺。山口地裁が森の全面勝訴を言い渡したのはその半年後だった。

 こうした経緯を知って、「おふくろさん」を聞くと、身につまされるものがある。息子への冤罪がもとで母親が悲観して自ら命を絶った非業の死。狂言を行った女性に責任はないというのか・・・。残念でならない。

 明石家さんまの弟焼死

 1983年に家の火事で当時19歳の弟さんが亡くなっている。火事になった時に、お婆ちゃんの位牌を取りに行って焼死したということでした。心無い週刊誌が自殺したとよからぬ噂から記事を掲載した。

 お笑い怪獣との異名をとった明石家さんまも、生まれてすぐに実母を亡くすなど、苦労が絶えなかった。だから今、そうした暗い過去や不幸を払しょくするために、一生懸命笑いで自分自身を奮い立たせている。

 美空ひばりの家族に相次いでふりかかる不幸

 1981年に実母・喜美枝が転移性脳腫瘍により68歳で死去。また、父親の代わりを担っていた田岡一雄も相次いで亡くなった。1982年に「三人娘」以来の良きライバルで有り、大の親友だった江利チエミが45歳で急死した。1984年は「銭形平次」を18年間主役を演じ、同番組の最終回にひばりが特別出演するなど親交のあった大川橋蔵も55歳で死去した。さらには、ひばりの2人の実弟だった、かとう哲也(1983年)と香山武彦(1986年)まで、共に42歳の若さで次々と肉親を亡くすという悲運が続いた。

 彼女ほど表と裏の世界が明確だったスターはいない。表向きは、幼少の頃から華やかなスポットに包まれてスーパースターの道を歩んで来たが、その代償ではないが、私生活では不幸が相次いでいた。そんな出来事をおくびにも出さず、真剣に歌と向き合い、身体がぼろぼろになってもステージに立ち続けた彼女の姿に敬意を表さずにはいられない。

 さて、一見華やかな芸能界に身を投じ、身を立てて売れっ子になった方々にも、陰ではこうした不幸があったことをご存知でしたか?家族が亡くなるというのは精神的なショックは大きく、それでも心の傷が癒えぬうちに、仕事に復帰し、ファンの前では涙や悲しみを見せず、精一杯舞台に立ち、カメラの前で笑顔を浮かべ続ける。
 親の死に目に会えないことも多い。ファンはそうした事情をすべて理解した上で声援を送り続ける。
 芸能人は衆人環視でプライベートも変装をしなければ街歩きもできない。SNSでいつバレるかわからない厳しい生活の中で、心休まるひとときも欲しいに違いない。
 今日紹介した方々は、皆、一流芸能人の方々だが、人知れず悲しみを乗り越えて現在もファンや世間の前に立ち続けていることを理解していただきたい。

 記事作成:4月25日(月)~29日(金)

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