福島県内にある塔
2015年6月に当ブログで「郡山の魅力再発見!⑭ ~塔マニア~」を掲載したが、今日は福島県内にある、正真正銘の歴史的建造物である塔を取り上げたい。
しかし、我が福島県には「五重塔」は一切なく、あるのは三重塔が3か所のみ。いや、あることはあるのだが、それは近年に観光目的で建てられた五重塔と、或る寺院が建立した俄か五重塔だ。今日は、モドキも含め、歴史的な塔をお送りします。
三重塔
① 木幡山・隠津島神社三重塔(二本松市)
隠津島(おきつじま)神社は、二本松藩主丹羽長貴公の命により、 寛政元年(1789年)造営始めとなり、上記の画像の本殿は、 寛政12年(1800年)4月に竣工となり、遷宮(せんぐう)を行いました。
三重塔は、室町時代の文明4(1472)年に建立されました。 天正年間伊達政宗の兵火によって全山炎上した際、三重塔だけ残りました。 延宝2(1674)年二本松藩主丹羽光重公により修復されましたが、 明治35(1902)年の大暴風により第一層を残して倒壊し、 大修理したものが現存しております。 昭和30(1955)年に、県の重要文化財に指定された。
② 高蔵寺三重塔(いわき市)
高蔵寺三重塔は安永3年(1774年)、当山17世住職承隆和尚により再建された ものであり、県の重要文化財に指定されております。 また、当地方の建築文化の象徴 として建築を目指す学生達の、良き研究材料としても親しまれております。
http://kohzouji.com/sanjuu.html
③ 法用寺三重塔(喜多方市)
会津三十三観音の第29番札所。会津坂下町の恵隆寺に次いで、会津で二番目に古い寺院です。養老4年(702)年、徳道上人による開基と言われています。その後火災により焼失しますが、徳一大師が再興。現在の地に堂塔が再建されたと言います。三重塔は、会津に現存する唯一の塔です。江戸時代中期(安永9年・1780)に完成しました。屋根の逓減率(初重から三重までの屋根の大きさの差)が少ないことや、相輪までの高さが20mを越すなど、大変美しい三重塔といえます。 県重要文化財に指定されています。
泣いても笑っても県内に現存する三重塔はこの3か所のみ。以下は最近建てられた寺院にある三重塔。
① 勝行院三重塔(いわき市湯本)
http://www.fukutabi.net/fuku/iwaki/syougyou.html
② 会津村三重塔 http://aizumura.jp/index.php
③ 恵隆寺三重塔(会津坂下町) http://tachikikannon.jp/keidai/syoukontou.htm
五重塔モドキ
① 福島市上鳥渡 観音寺五重塔
1995(平成7)年建立。高さ23m。 ガラス繊維強化セメント 製(GRC)。 最近多い形の五重塔。当観音寺の五重塔永代供養塔は一般の祖先供養はもちろんの事、後継者のない方や核家族化でお墓が作れない方などの為に納骨からお引き受けし、ご位牌並びに分骨五輪塔を安置して永代の供養を司る殿堂となります。
http://toriwata.com/eidai/
http://toriwata.com/keidai/#yakushidou
② 二本松市安達ヶ原ふるさと村
今、蘇る奥州二本松「鬼ばば」伝説の里。懐かしさと暖かさとがあふれる、安達ヶ原ふるさと村。 二本松の歴史と伝統的生活文化がひとめでわかるよう、武家屋敷・養蚕農家・茶室などを再現しました。 触れて・見て・遊び・学べる大人から子供まで楽しめる施設です。
また、バイキングレストランもあります。
安積女子専門学校・高等文化学院
郡山市の中心街に昔あった近代様式(鉄筋仕様)の五重塔造りの女子専門学校校舎。芳山小学校の北側にあり、魚喜という魚屋さんの北隣に建っていた。現在は高層マンションが建つ地点に、昭和55年頃まであった。残念ながら写真は残っていない。
我が福島県は奥州の日本史とは無縁の土地柄にあるせいか、国宝はひとつしかないし、歴史的な文化遺産と呼べるような建造物も少ない。今日は、数少ない中から吟味し、三重塔、五重塔に特化してお送りしました。
記事作成:6月5日(日)
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