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2016年7月21日 (木)

今はもう聞けない名台詞・名調子

 時は昭和。敗戦から復興し、ベビーブーム、東京オリンピック、高度経済成長などいろいろな出来事があった。暗い世相からバブル経済など悲喜こもごもの時代背景の中、一世を風靡した名文句や今で言う「流行語」があった。その時代を描写するのに最適な言葉だと思う。今日は、今は亡き有名人たちの遺言とも言えるそうした名調子の言葉や名句、名台詞を取り上げたい。一緒に懐かしんで貰えたら幸いです。

 1. 小沢昭一 「小沢昭一の小沢昭一的こころだ~」

 TBSラジオの制作、TBSラジオをキーステーションに、JRN加盟各局で平日の異なる時間に日本国内で放送されていたラジオトーク番組であり、小沢昭一の冠番組であった。

 放送期間は1973年(昭和48年)1月8日ら2012年(平成24年)12月28日まで。

 2. 高倉健 「不器用ですから」

 「沈黙は金」を地でいくような名俳優だった高倉健さん。寡黙こそ男の美学を貫いた。無口でありながら、独特の存在感があって、孤高の人という印象だった。

 「不器用ですから」とは、1980年代に彼が出演していた「日本生命」のCMの中で話された台詞だ。しかし、そのずっと以前から、健さんは、自身そのように話したことが何度かあって、それをCMの台詞に転用したようだ。

 3. 永六輔 「咳・声・のどに浅田飴」

 永さんも、今年7月に惜しまれながら天国へ旅立ったひとりだ。放送作家であり、作詞家としても「見上げてごらん、夜の星を」などを世に送った。CMでは浅田飴で流行語となった名句を生んだ。呂律が廻らない独特の言い回しが個性的だった。

 4. いかりや長介 「いってみようか~」「ダメだこりゃ」

 ご存知、1970年代を代表するバラエティ娯楽番組だった「8時だョ!全員集合」。ザ・ドリフターズの冠番組にして出世作だった。そのリーダーとして活動したのがいかりやさんだった。緻密に計算され尽くしたコントの演出を手掛け、客を喜ばせたり、笑わせる天才でもあった。「ダメだこりゃ」は、フジテレビの「ドリフ大爆笑」シリーズの中で、「もしもシリーズ」のコント内において、志村けんとのやり取りの中で誕生した。
 私はいつか「いかりや長介」さんの墓参りに行きたいと思っている。

 5.ハナ肇 「アッと驚く為五郎~」

 『巨泉×前武ゲバゲバ90分!』 内でのクレージーキャッツのハナ肇による、番組を代表するギャグ。

 6. 植木等 「およびでない」「こりやまた失礼しました」

植木等のギャグ。「シャボン玉ホリデー」で出番を間違えて出てきてしまった植木等が咄嗟に言った言葉が大ウケ。以来、植木等がオチに使うフレーズになった。場違いなキャラクターとして登場した植木等が状況に気づき、このセリフをいうと、全員がコケるというコントが多数作られた。(笑辞典より)

 https://www.youtube.com/watch?v=N-LdqYNHEAk

 7. 玉置宏 「一週間のご無沙汰でした」「歌は世につれ人につれ」

 昭和の名司会者だった玉置宏さん。彼がMCを担当した「ロッテ歌のアルバム」は1958年から1979年まで21年の長きに渡り放送された昭和を代表する歌謡番組だった。日曜日の昼下がりの放送だったため、一家が揃ってみた高視聴率を連発した人気番組だった。

 https://www.youtube.com/watch?v=G1n2vyPc6qA

 8. 谷啓 「がちょ~ん」

 クレイジーキャッツのメンバーであった谷啓のギャグ。追い詰められたときやCM前のオチに使用される。 マージャンの牌を引く動作から思いついたという。
 谷さんのギャグはネタが豊富で、「ビローン」、「ムヒョー」、「ハラホロヒレハレ」などが世に知れ渡った。

 https://www.youtube.com/watch?v=MR4k4g2QEVQ

 9. 牧伸二 「あ~あんあやんなっちゃった、あ~んああんあ~驚いた」

 ウクレレ漫談で一世を風靡した「牧伸二」さん。残念ながら多摩川への入水自殺でその人生を終えられたのは残念だが、彼が命を削ってまでして編み出したギャグは未来永劫残る。
 彼の真骨頂であるウクレレ漫談で、必ず囃子として伴奏として演奏されたのがこの節。自虐ネタや世の中の矛盾や解決困難な事象を明るく笑い飛ばそうという趣旨。

 https://www.youtube.com/watch?v=yurLttt1jFQ

10. 林家三平 「どーもすいません」

 右手の拳をおでこに当てながら、「どーもすいません」というのが彼のトレードマークだった。つまらないことや今で言うオヤジギャグで場をしらけさせたときに打ってつけの弁解だった。
 落語家としては大御所で、「昭和の爆笑王」と呼ばれ、様々な落語家に影響を与えた。
 1980年9月20日、肝臓がんで54歳で死去。 

https://www.youtube.com/watch?v=zX0nF2K_g8E

https://www.youtube.com/watch?v=px9AptJQUgk

11.大橋巨泉 「はっぱふみふみ」

 数十年前、「万年筆」のコマーシャルで、当時非常に人気があった大橋巨泉というタレントがその万年筆を手にして、短歌のようなフレーズ(万年筆をほめるような・・・)を言うのですが、その語調を合わせるために、575・77の最後の「7」の部分に、まったく意味のない、ただ語呂のよい7音節の語として、(おそらくは即興的に)言ったことばです。
 「短歌のようなもの」とは、「みじかびの、きゃぶりきとれば、すぎちょびれ、
すぎかきすらの、はっぱふみふみ」キャップの形の工夫で「短くなる」のがウリの万年筆でした。

 平成28年7月20日(水)に亡くなられた。大橋巨泉さんは、記事執筆時は下の「今もご健在の方」の項目に入れておいたが、その2日後に亡くなられてしまった。「11PM」の司会で一世を風靡した巨泉さん、謹んでご冥福をお祈りいたします。

 私がブログで取り上げた方が、その数日後に話題になるというジンクスは生きているようだ。

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 今もご健在の方の名調子

 
 大村昆 「嬉しいとめがねが落ちるんですよ」

 大村昆がオロナミンC(1965年から放映)等の大塚製薬の各CMに出演。「姓はオロナイン 名は軟膏」「うれしいと眼鏡が落ちるんですよ」「オロナミンCは小さな巨人です」等のCMコピーで知られる。昭和40年代には街中に「ソフト帽にずれ落ちた眼鏡姿」でオロナミンCを手にする大村のホーロー看板が設置された。その看板のインパクトは抜群で、大人から子どもまで知らないものはいないまでのものとなった。

https://www.youtube.com/watch?v=onMwcPZ4k_0

 志村けん 「だっふんだ」

 変なおじさん(へんなおじさん)は、コメディアンである志村けんが演じているギャグ キャラクター。 かつてフジテレビで放送されていたバラエティ番組『志村けんのだいじょぶだぁ」の中で、「このおじさん変なんです」と言われた志村が、最後は周囲の 雰囲気を察し「だっふんだ!!」というセリフを発し、ガラスが割れるSE(効果音) とともに前者は全員が踊り、後者は全員がズッコケたりするというオチがつく。

https://www.youtube.com/watch?v=ifN1Is4kI9U

 加藤茶 「ちょっとだけよ あんたも好きね~」「加トちゃんぺッ」

 「8時だョ!全員集合」で使われたギャグの一つ。 (プクシブ百科事典より)

  1. 寸劇の最中に突然(なんの脈絡もなく)「淫靡な曲」が演奏されはじめる。
  2. 加藤茶がストリップのようなポーズをとりはじめ「ちょっとだけよ」と言う。
  3. 他のメンバーは「来た来た!」「待ってました大統領!」などとはやしたてる。
  4. 加藤茶はポーズを変えながら「あんたも好きねぇ」
  5. いかりや長介が黄色いメガホンで加藤茶の頭を叩き、「やめなさいバカ!」と叱る。
  6. いかりや以外のメンバーが「いかりやにっ、あ、おこられたっ」と唱和する。

https://www.youtube.com/watch?v=dqePz5qg6d0

この一連のギャグは「タブー」と呼ばれ、1970年代に流行った。

 「加トちゃんペ」は鼻下に指をあてて、ヒトラーのチョビひげを象徴するジェスチャー。調子に乗った時にオチとして使われたが、これをナチスドイツ時代にやったら、ヒトラーを愚弄するものとして刑務所行きになるとか。

 松鶴家千とせ 「わかるかなぁ~わかんねでだろうな」

 浅草の松竹演芸場をホームグラウンドに、テレビなどで活躍した。トレードマークのあごひげとアフロヘアーは、当時、大流行した。最近はカツラを、使用中。
 時代劇のネタのほか、本来はジャズ歌手志望だったこともあって、ジャジーなスキャットに、民謡や童謡などを融合させた独特の和風メルヘンの世界を築き、「わかるかなぁ、わかんねぇだろうなぁ〜」のフレーズで、大人気になった。1974年頃「ヘェヘェヘェ〜イ!、シャバダバダディ〜!、イェーイ!。俺が昔、夕焼けだった頃、弟は小焼けで、父さんは胸やけで、母さんは霜やけだった。」と、哀愁を込めて歌いかける『夕焼け小焼け』の替え歌の漫談で注目を浴びた。

https://www.youtube.com/watch?v=1EHKyWvFIAo

 さて、一挙昭和を彩った代表的な流行ギャグをお送りしましたが、懐かしんでもらえたでしょうか?残念ながら、すでに鬼籍に入られ、もう二度と生でお目にかかれない方々ばかりだ。昭和が終焉し、28年が経過した。昭和天皇崩御の際に50歳だった方ももう80歳近い。亡くなられても不思議ではないが、自分も同時代を生きた者として、テレビの世界で活躍し、流行語を生み出した方々が天国に旅立ってしまったのは残念至極だ。

 記事作成:7月18日(月)~7月20日(水)

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