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2016年8月

2016年8月31日 (水)

2016年8月期のCMベスト5

 昨年から2か月に一度ずつお送りして来た、その時期に流行ったり、何度も繰り返し放送され、注目を浴びた見慣れたCMを特集して掲載しているこの記事。しかし、あまりにも秀作が多いため、今年からは毎月末に傑作CMを5作品ずつ紹介しています。
 今月はオリンピックが開催されたこともあり、それにちなんだCMが多くランクインした。

 1位 東京海上日動 挑戦者たち

 17日間に渡って熱戦が繰り広げられたリオ五輪の中継で、毎日流れていたCM。

 2位 大和ハウス ゴールデンボンバー

 上野樹里の結婚を祝してご祝儀でこのCMを掲載したいと思う。帰宅したら、毎晩どこからともなくゴールデンボンバーの面々が自宅に入り込んでいる内容。元気付けてくれるとは思うが、毎日いたらウザくて気が休まらない。

 3位 三井不動産 オリンピック

 「東京オリンピックまで、あと4年。私たちを、世界は見ています。」 「さてっ、驚いてもらいましょうか!」

 4位 ハーゲンダッツ

 中条あやみが出演するCMだが、顔がやたら小さい。最初見た時に、西内まりやかと思ったし、テレ朝の女子アナの林美沙希にも似ている。

 5位 TOYOTA イチローが嫌いだ編

 さあ、世界を動かそう。イチローが嫌いだ! <4篇>  イチロー・ 一ノ瀬メイ・山本聖途・芦田創・三木拓也 / リオ2016オリンピック・パラリンピック日本代表

 次点 MIZUHO 

https://www.youtube.com/watch?v=enUCnxpu6Rk

 記事作成:8月中

2016年8月29日 (月)

「めざましテレビ」歴代テーマソング集

  ウィークデーの朝、死後に出かける前のつかの間の時間、皆さんは何をして過ごすだろうか?小鳥のさえずりを聞きながら目覚める?それともお気に入りのイージーリスニング?クラシック音楽?もしかしてラジオを流している?しかし、多くの人は時計代わりにテレビをつけて朝の情報系番組を観ているのではないかと察する。かくいう私ももう20年以上は「めざましテレビ」を見続けている。
 初代の大塚範一アナと八木亜希子のコンビから始まり、小島奈津子アナ、木佐彩子麻、高島彩アナ、そしてお天気お姉さんの皆藤愛子ちゃん、長野美郷ちゃん、そして生野陽子アナと加藤綾子アナが引き継いだ。そして現在は、三宅正治アナと永島優美アナがMCを務めている。朝から元気を貰い、「今日も一日頑張るぞ!」という明るい気分にさせてくれる。その20年以上続く、フジテレビのエース的な番組だが、その中で約1年替わりで流れる「テーマソング」がお気に入りだ。特に、現在流れている西野カナの「Have a nice day」は軽やかで、テンポが良く、朝からパワーを貰える曲で大好きだ。そこで今回は、1994年からオープニングテーマや、ジングルとして番組の最中に流れている曲を紹介したい。
1994年4月~1995年3月「Cute or Beauty」   リンドバーグ
1995年4月~1996年3月「Ring My Bell」 リンドバーグ
1996年4月~1997年3月「ララ サンシャイン」 森高 千里
1997年4月~1998年3月「ハッピーマン」 奥居 香
1998年4月~1999年3月「チャンス」 小松 未歩

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1999年4月~2000年3月「Spinning Wheel」 松任谷由実

2000年4月~2001年3月オープニング:「あしたは…」木村佳乃
                エンディング:「Lullaby for Grandmother M」 木村佳乃
2001年4月~2001年6月 「月と太陽」 TUBE
2001年7月~2002年3月「毎日がスペシャル」 竹内まりや
2002年4月~2002年9月「素敵な明日」 松田聖子
2002年10月~2003年3月「SOLID DREAM」 CHEMISTRY

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2003年3月~2003年6月 「青いメロディ」 TUBE
2003年6月~2003年8月 「Let's go to the sea ~OASIS~」 TUBE
2003年9月~2003年12月 「月光」 TUBE
2003年12月~2004年2月「プロポーズ」 TUBE
2004年3月「約束の空」 T.N.T
2004年4月「手のひらを太陽に」 めざましテレビ All Cast
2004年5月「手のひらを太陽に」 Bon-Bon Blanco
2004年6月「手のひらを太陽に」 sacra
2004年7月~2004年8月「手のひらを太陽に」 島谷ひとみ
2004年9月「手のひらを太陽に」 クレモンティーヌ
2004年10月「手のひらを太陽に」 Lead
2004年11月「手のひらを太陽に」 川嶋あい
2004年12月「手のひらを太陽に」 清貴
2005年1月~2005年2月「手のひらを太陽に」 藤井フミヤ
2005年3月~2005年9月「太陽のえくぼ」 山下達郎
2005年10月~2006年2月 「SUNSHINE」 DREAMS COME TRUE
2006年3月~2007年3月 「Irie Got~ありがとうの詩~」 Def Tech

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2007年4月~2007年9月 「Again」 アンジェラ・アキ
2007年10月~2008年3月 「太陽の地図」 MISIA ←皆藤愛子ちゃんの映像集です!
2008年4月~2009年3月 「今日も どこかで」 小田 和正
2009年4月~2010年3月 「やさしい気持ちで」 Superfly

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2010年4月~2010年12月 「EARLY IN THE MORNING」 桑田佳祐
2011年1月~2011年3月 「EARLY IN THE MORNING  ~旅立ちの朝~」  桑田佳祐
2011年4月~2012年3月「NEW WORLD MUSIC」  いきものがかり
2012年4月~2013年3月「Happy Song」 Mr.Children
2013年4月~2014年3月「Can You Feel This Love」 安室奈美恵
2014年4月~9月《月》「明日への賛歌」 flumpool
           《火》「Darling」西野カナ
                  《水》「FLY」  ファンキー加藤
                  《木》「PLAY」 SEKAI NO OWARI
                  《金》「Brand New Days Will Love You」  JUJU
                  《土》「Sunshine」 遊助

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2014年10月~2015年3月 《月》「大好きだった」 flumpool
                                    《火》「好き」  西野カナ
                 《水》「少年の声」  ファンキー加藤
                 《木》「MAGIC」 SEKAI NO OWARI
                                    《金》「始まりはいつも突然に」 JUJU
                 《土》「きみ」 遊助

2015年4月~2016年3月 「終わらない歌」 ゆず

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2016年4月~「Have a nice day」  西野カナ

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<参考サイト>

http://www.fujitv.co.jp/meza/bgm/index.html
 いかがでしたか?とても懐かしく思い出したという曲もあったと思うし、中にはずっと忘れていたのに、その一節を聴くと思い出されたBGMもあったのでは?私はその時代や記事の生活をオーバーラップして回想できてしまった。そういえば、この曲を聞いた時に、子供が生まれたな~とか、朝、出勤前にこの曲を聴いて励まされたとか、嫌なことが続いたけど、この曲で元気づけられたなどだ。人生の重要な節々に、めざましテレビのテーマソングがあったように思う。そういう意味では、生活の一部になっているし、人生と共に歩んでいる番組と言うことが出来る。
 では、最後に数多い「めざましテレビ」のテーマソングの中で、好きだった曲を5曲セレクトしてお届けして結びとしたい。

 第1位 「Have a nice day」  西野カナ

 何気ない日常に火を灯す、そんな乙女心のアルアルをストレートに歌う歌詞に共感を覚える女性が多いに違いない。歌詞も可愛いし、アップテンポで勇気を与えてくれる名曲だと思う。

 第2位 「終わらない歌」 ゆず

 第3位 「EARLY IN THE MORNING」 桑田佳祐(Cover)

 第4位 「Darling」西野カナ

 第5位 ララサンシャイン 森高千里

 第6位 「毎日がスペシャル」 竹内まりや(カヴァー)

 第7位 「Sunshine」 遊助

 やはり爽やかな目覚めを約束してくれるような曲調が多い。これからも、明るく仕事に迎えるような素敵な楽曲を提供してほしいと願う。

 記事作成:8月22日(月)

2016年8月27日 (土)

福島県のご当地キャラクター

 全国のご当地キャラクターが花盛りだ。特に日本一の人気を誇る熊本県の「くまモン」を始め、奈良県の「せんとくん」や千葉県の非公認「ふなっしー」など地元の親善大使や特産品の売り込みにも一役買っており、今や都道府県のPRには欠かせない存在となった。そこで今回は、私が暮らす福島県内にはどんなキャラクターがいるのか調べてみたいと考え、このテーマを設定した次第だ。すると意外な事実が・・・。

 キビタン

 平成7年に開催されたふくしま国体の公認キャラクターとして作られた。キビタンとは県の鳥の「キビタキ」を捩って作られた。まん丸の体に羽が生え、宇宙人のようなアンテナがある愛嬌ある着ぐるみ。
 福島県では「キビタン体操」があり、ちびっこ達が喜んで踊っている。

Kibitan

 楽都(がくと)くん

 東北の音楽の都として郡山市が全国にその名を轟かせている。合唱で33年間も日本一に輝いた「安積女子高校(現・安積黎明高校)や合唱や合奏でも郡山第二中学校や郡山第五中学校も日本一の栄冠に輝くなど、郡山市は音楽都市として栄えている。そのため、音楽都市郡山をPRしようと設定されたのが「楽都(ガクトくん)」だ。ト音記号や音符をあしらったデザインがいかにもという感じだが、全国的なキャラクターと比較しても可愛くて人気が出そう。
 さらに郡山市には「がくとくん」とペアで「おんぷちゃん」という女の子のキャラクターも登場した。

Gakutokun Gakuto

  八重たん

 NHKの大河ドラマで取り上げられた「八重の桜」。女優の綾瀬はるかが主演し、西島秀俊やオダギリジョーなどが共演し、話題となった。これは福島県の復興の一助として取り上げられた時代劇ドラマで、そのPRを兼ねているのが会津若松市公認の「八重たん」という女性のキャラクターだ。

Yaetan Yaetan2

 バッピーちゃん

 二本松市の安達が原ふるさと村内のキャラクターだ。歌舞伎にもなっている「黒塚」に登場する「鬼婆」伝説から開発されたキャラクター。事実は恐怖の人食い婆だが、それを人集めに使うあたりが二本松らしい発想。牙と鬼の如く角を生やしているが、キャラクター自体はそんなに怖さを感じない。たぶん二本松市の公認ではないと思うので、「ふるさと村」に会いに行ってほしい。
 個人的には二本松が生んだ著名人である高村智恵子を広めるために、そのキャラクターを制作して欲しい。

Bappi

 フラおじさん

 いわき市にある「スパリゾートハワイアンズ」が設定したキャラだが、フラガールを意識している割になぜか気色悪いおじさんが腰みのを着けてフラダンスを踊るキャラクター。よくこれを世間に公表したもので、東京タワーの「ノッポさん」と同じくらい不人気だが、これを「可愛い」と思っている方もことのほか多いようだ。
 従来のキャラクターのイメージを打破した新しいコンセプトを狙ったものだ。 

Hula

  参考ブログ「ご当地キャラを探せ!」

http://yuruchara.info/navi.cgi?cmd=cv&Ca=1_7

 他にもあまり知られていないが、各市町村には、PRする着ぐるみキャラクターが存在する。
 喜多方は「みんべぇ」、矢吹町は「やぶきじくん」、二本松市は「菊松くん」、会津若松市の「あかべぇ」、「お城ポくん」などもいる。

  そして県内の民放放送局独自のマスコットキャラクターもいる。福島テレビ(FTV)は「ふくたん」というキャラだ。2002年、自社番組『Lばんテレポート』内の一般公募により採用。ちなみに、福島県の放送局で初のマスコットキャラクターとなった。性別は男で、福ぶくろ犬というのが種族だそうだ。頭の福袋の中には幸せがいっぱい詰まっているというコンセプト。

 記事作成:平成27年8月8日(木)~平成28年

2016年8月26日 (金)

私が選ぶ高校野球今昔代表

 今年の高校野球は、リオ五輪と重なり、早実が不出場が響き、例年のようには盛り上がらなかった感が強い。それでも超高校級の好投手の逸材が多く、プロのスカウトにとっては豊作だったかもしれない。作新学院、履正社、花咲徳栄、そして東邦などだ。
 高校野球は1回でも負ければ敗退となり、3年生にとっては即引退となる。大多数の選手はプロには行けず、良くてノンプロか大学野球に身を投じるが、大多数の選手はこれで野球とは離れることになる。したがって、そこには涙は禁じえないし、一投一打に青春のすべてを捧げる。爽やかな笑顔、泥だらけのユニホーム、夏の暑い盛り、来る日も来る日も甲子園出場を夢見て白球を追いかけ、ひたすら猛練習に耐える姿。すべてが胸を打つ青春群像たち。これが時代が移れども高校野球が愛されて止まない理由だろう。

 そんな100年続く長い歴史を持つ「高校野球」の中で、私が高校時代に甲子園の常連だった学校と、21世紀以降、常連となったチームを取り上げたい。

        30年前の昭和の常連(強豪)校       平成以降の常連(強豪)校 

北海道  駒大岩見沢、東海大四、函館有斗、旭川実   駒大苫小牧、北海、
青  森  三沢、                         八戸工大光星、青森山田 
秋  田  秋田商、秋田経法大、金足農業          大曲工、秋田
岩  手  専大北上 、黒沢尻工                盛岡大付属、花巻東 
山  形   東海大山形                  酒田南、羽黒、日大山形、酒田光陵
福  島  福島商業、双葉、磐城               学法石川・日大東北・聖光学院
栃  木   作新学院、宇都宮南           国学院栃木、佐野日大、文星芸大附属
茨  城  取手二高、水戸商、土浦日大           常総学院、藤代
群  馬  前橋工、東農大二高         桐生一、前橋育英、高崎健康福祉大付属
埼  玉  熊谷商、埼玉栄、春日部共栄        浦和学院、花咲徳栄、聖望学園
千  葉  銚子商、習志野、拓大紅陵          東海大浦安、木更津総合       
東  京  帝京、堀越、岩倉、日大三          早実、東亜学園、関東一
神奈川  桐蔭学園、横浜商、法政二         東海大相模、横浜、桐光学園  
山  梨  甲府商、甲府工、日川             日本航空、東海大甲府、日大明誠 
静  岡  静岡、静岡商、浜松商             常葉菊川
長  野  松商学園、長野日大               佐久長聖
愛  知  大府、愛工大名電、               東邦、中京大中京
岐  阜  中京、県岐阜商、市立岐阜商         大垣日大     
新  潟  中越、新発田農業               新潟明訓、日本文理
富  山  新湊、富山商、                 富山第一
石  川  金沢商、金沢                  遊学館、星稜
福  井   福井商、敦賀、北陸              敦賀気比
滋  賀  大津商、八幡商、瀬田工、比叡山      近江
京  都    平安、東山、京都商、鳥羽、          龍谷大平安、福知山成美
奈  良  郡山、天理、高田商               智弁学園    
三  重  海星、宇治山田商、               三重、明野
和歌山  箕島、市立和歌山、桐蔭            智弁和歌山
大  阪  PL学園、上宮、浪商、関大北陽       大阪桐蔭、履正社
兵  庫  報徳学園、東洋大姫路、神港学園      育英、滝川二
岡  山  岡山理大付、倉敷商               関西、玉野光南
広  島  広島商、宗徳                   広陵
鳥  取  倉吉北、米子東、米子北            八頭、 
島  根  浜田、松江商                   益田、開星
山  口  宇部商、下関商、南陽工            柳井、岩国
徳  島  徳島商、池田                   鳴門、鳴門工
香  川  丸亀、高松商、観音寺中央          尽誠学園  
愛  媛  松山商、新居浜商、今治西          済美、宇和島東
高  知  高知、高知商、伊野商、土佐         明徳義塾
福  岡  小倉、柳川、久留米商             西日本短大付、九州国際大付
大  分  津久見、津久見工、日田林工         柳ヶ浦、明豊、大分商
宮  崎  都城、延岡学園、延岡工業、高鍋      日南学園、秀岳館
佐  賀  佐賀商、佐賀学園、唐津商          佐賀北、鳥栖商
長  崎  長崎海星、佐世保実業、           清峰、長崎日大、
熊  本   熊本工業、鎮西                 九州学院
鹿児島  鹿児島実業、鹿児島商工、鹿屋              樟南、神村学園
沖  縄  豊見城、沖縄尚学、沖縄水産        興南、浦添商

 高校野球の区割りでは北海道代表が北と南に分かれ、東京代表は西と東に分かれている。したがって記念大会などで特別枠などを設けなければ、47都道府県で49校が代表となる。
 やはり、関西や首都圏の有望選手が出場機会を求めて、東北や山陰地方の学校へ野球留学するケースが多いし、公立よりは練習環境の整った私立高校が圧倒的に多い。特に、大学の付属校の躍進振りが目立つ。日大、近大、東海大、早稲田など。そして宗教系も多い。智弁やPL、天理、聖光学院などだ。

 私が考える「最強のベスト16」は以下の高校

 PL学園      駒大苫小牧
 箕島        早稲田実業
 池田        東邦     
 横浜        龍谷大平安
 大阪桐蔭     箕島
 中京大中京    池田
 明徳義塾     帝京
 報徳学園     智弁和歌山

 これでトーナメント戦をやったらどれだけ凄いだろう。他にも天理、広島商、高知商、仙台育英、常総学院、興南、智弁学園、星稜などが加わったら最強だろう。

 記事作成:8月18日(木)~
 

   

                                                     

2016年8月23日 (火)

記憶に残るリオ五輪名場面ベスト10

 大きな感動を残してスポーツの祭典「リオオリンピック」は幕を下ろした。17日間にも渡る熱戦の中で、毎日深夜まで応援し、昼夜逆転で時差ボケや睡眠不足に陥った日本人は数多いと思う。前回のロンドン大会を凌ぐメダル獲得の快挙に、連日絶叫していたのは私だけではないだろう。4年後の東京オリンピックに繋がる日本勢の活躍にはまこと見ごたえがあった。そんなリオ五輪を振り返り、私が個人的に感動した記憶に残ったシーンをランキング形式で取り上げたい。

 1位 内村航平、大逆転の体操個人総合

 完璧な演技をしてもウクライナのオレグ・ベルニャエフ選手がその上を行く安定した演技で首位に立ち、最終の1種目を残して、逆転は絶望的と思われる0.9の差の2位。世界選手権6連覇中の絶対的エースの内村は、緊迫した場面でも動じず、最後の鉄棒で完璧な演技で3つの離れ業をすべて成功。着地も「王者の着地」と実況に言わしめたように、ピタリと止め、最終演技者のベルニャエフ選手の演技を待つ。そのベリニャエフは、守りに入って業の難易度を下げ、結果着地も乱れた。14.868をマークすれば優勝だった場面で14.800と伸びず、その瞬間、奇跡の大逆転金メダルを獲得することになり、オリンピック連覇を達成した。
 そして、話題となったのが、息子を溺愛する内村のお母さんの応援パフォーマンスや妻・千穂さんの美しさも際立っていた。

Uchimura

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 2位 卓球女子、苦しみながら銅メダル獲得

 日本のエース石川佳純が太腿を痛め、個人でまさかの初戦敗退。準決勝のドイツ戦でリードしながらまさかの逆転負けで、キャプテンとしての重責に押しつぶされていた福原愛。敗戦後は放心状態で、大丈夫かと心配させたが、その後、「先輩たちを手ぶらで帰すわけにはいかない」とまで言い放った、大舞台にも物怖じしない15歳の伊藤美誠の活躍とエース石川の復活もあり、3位決定戦でシンガポールを倒して銅メダルを死守。2大会連続でのメダル獲得の快挙に日本中が沸いた。
 それにしても、予選で戦ったポーランドにしてもドイツにしても、さらには3位決定戦で戦ったシンガポールにしても、ほとんどが中国選手が帰化しての上位進出。結局は母国ではレベルが高い激戦なので代表入り出来ず、外国に帰化して活路を見出しているだけ。また、福原愛選手は台湾選手との結婚も可能性が高いので、今後の動向が注目される。私は、今回のメダルを土産に現役引退する気がしている。
 そして2020年の東京オリンピックでは、石川が27歳で伊藤が19歳。実は伊藤美誠の世代は怪物世代と呼ばれ、凄い選手が五万といて、伊藤でも団体戦メンバーに残れるかという強豪ぞろいだそうだ。これも幼い頃の愛ちゃんを見て、彼女に憧れて卓球を始めた世代だけに、彼女の存在や頑張りが卓球界に与えた影響は計り知れないのである。

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 3位  バドミントン女子、タカマツペアの抜群のコンビネーション

 聖ウルスラ学院時代からのペア。なんと余り物同士で組ませたというから驚き。ひとつ年上で姉御肌の高橋と長いものに巻かれるタイプの松友の抜群のコンビネーションが冴え渡り、横に並ばず、くるくるめまぐるしくポジションを入れ替えてショットを繰り出す日本勢に相手ペアは翻弄された。安定した試合運びで終始リードし、あれよあれよという間に決勝進出。決勝ではデンマークのペア相手に苦戦するも、16対19の劣勢から粘りの5pt連取で大逆転V。ロンドン大会で日本人ペアが銀メダルを獲得した実績がここでも生きた。

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 4位 卓球男子団体、悲願のメダル獲得

 波田陽区そっくりの日本のエース水谷準の大活躍で、見事銀メダルを獲得。同じく準決勝で敗れた女子団体のドイツ戦の雪辱を見事果たしてくれた。
 これは男子卓球界においては、オリンピックでのメダル獲得も初の快挙で、東京オリンピックに弾みがつくものと期待される。20種類もあるという変幻自在のサーブで相手を翻弄。粘り強いラリーを制し、強豪を撃破して行った。派手なガッツポーズや大の字に倒れこんで、張本からクレームがついたが、ギリギリのところでやっている選手たちに、ケチをつけず「あっぱれ」を挙げて欲しいものだ。

Pingpon_boy

 5位 体操団体、復活の金メダル

こちらも前半は劣勢だった。予選で失敗やミスを連発し、4位で決勝に残ったものの、苦手のあん馬から演技スタートした日本。いきなり山室が落下し、まさかの6位スタート。しかし、失敗しない加藤やキーパーソンといわれた田中佑典が完璧な演技で巻き返し、全員のチームワークで巻き返し、最終種目の床の前にロシアに次いで2位に順位を上げ、最終種目で逆転して金メダルを獲得したのだった。アテネ以来、12年ぶりの王座奪還だった。

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 6位 女子レスリング、登坂、伊調、土性、終了間際に逆転金メダル

 リオオリンピックも終盤に入った8月18日の早朝、日本人3人が、相次いで残り数秒のギリギリのところで逆転し、金メダルを獲得した。追い詰められた瀬戸際の局面でも決して諦めずに攻め続け、三者共に対戦相手のバックをとり、2ポイント追加で3対2、2対2と逆転した直後にタイムアップ。
 伊調馨はアテネ、北京、ロンドンに続きオリンピック4連覇の大偉業なる。天国の亡き母親に捧げる涙の金メダルだった。これで柔道で3連覇した野村忠宏選手ですら獲れなかった国民栄誉賞は間違いないだろう。
 そしてその歓喜の翌日、信じられない出来事が。霊長類最強とまで言われ、金メダル大本命だった吉田沙保里選手が、決勝でアメリカ選手に敗れた。誰もが目を、そして耳を疑った筈だ。しかし、過去3連覇し、今大会は日本選手団の主将を務め、過度の期待を背負わせすぎた。反対に吉田を倒したアメリカの選手のコメントが泣かせた。「彼女は私の中ではヒーローだった。彼女に憧れ、彼女と対戦するのを夢見てレスリングを続けてきた。」と述べ、感動を誘った。私たちはたとえ銀メダルでも、彼女が「すみません」と謝罪したことに、何の恥ずべきことはないと思っている。彼女が日本のレスリングを建て直し、女性でもこんなに強くなれることを身を持って証明した第一人者だからだ。感謝しても仕切れない。堂々と顔を上げ、胸を張って帰国して欲しいし、私たちは彼女の頑張りや労苦を讃えたい。そしてその敗戦の1時間後には、初出場となった川井梨紗子選手が金メダルを獲得した。東京五輪に向けて若い世代が育ったのも、吉田選手というお手本や目標があったからだ。世代交代ではなく、若手とベテランの融合で、五輪でまた金メダルを目指して頑張って欲しいと思う。

Riowrestling

 7位 男子100m×4リレー、アジア新記録で初の銀メダル

 末続、高原などのスター選手に加え、朝原がアンカーを務めるなどして初めてリレーで銅メダルを獲得した北京五輪以来、8年ぶりにメダルを獲得する快挙を成し遂げた。サムライのパフォーマンスで入場した4人のアスリート(山県、飯塚、桐生、ケンブリッジ飛鳥)。大観衆、大歓声の中、プレッシャーをはねのけ、絶妙のアンダーハンドパスのバトン受け渡しの技術が生きた。準決勝の1組を1位通過した日本だったが、決勝はあのジャマイカの隣りのレーンを走り、なんとガトリンやタイソン・ゲイなどスター選手をそろえたアメリカよりも先にゴールに駆け込んだ。金メダルのパウエルやボルトを擁するジャマイカに敵わなかったが、東京五輪に弾みをつける銀メダルだった。しかもそのタイムは中国越えの37秒60。北京の銅メダルが38秒15だったことを考えれば、0秒55短縮したことになる。100m9秒台が一人もいない日本が、37秒6なのは、絶妙のバトンパス技術の成果だと思う。

Riorelay

 8位 萩野、日本勢初の金メダル 400m個人メドレー

 日本競泳陣を奮い立たせる起爆剤となった彼の力泳だった。幼少期からのライバルだった瀬戸公也も銅メダルに輝き、日の丸が日本、掲揚台に昇った。今大会はロシア勢が国家ぐるみのドーピング疑惑で出場停止を余儀なくされ、多数が不出場という状況下だったが、それでもこの快挙は凄かった。

Haginoseto

 9位 金藤、200m平泳ぎ金メダル

 ロンドン五輪では代表落ちし、一時は引退を本気で考えたが、家族の支えや師事する加藤コーチの激励により、現役続行。
 今大会では、競泳陣の応援団長的な存在で、指揮を鼓舞し、自身も金メダルという快挙を達成し、日本中を感動の嵐に巻き込んだ。
 彼女自身はサッカーの澤穂希さんにそっくりで、その個性的な風貌とキャラクターで人気者となった。

Kaneto

 10位 柔道男子、全階級でのメダル獲得

 井上監督が「選手を信じて良かった」という発言の通り、お家芸の柔道ニッポン復活の威信をかけて、この4年間、死に物狂いで稽古に励んできたその苦労が報われた。ポイントを獲ると、逃げ回る外国勢の汚い姿勢に対し、日本は美しい一本を目指し、正々堂々と戦った。その違いがこの結果に結びついた。北京、ロンドンは女子柔道が圧倒的に強かったが、ようやく東京に繋がる結果を残してくれた。

Jyudo

 11位 19歳の白井健三、新技を種目別で繰り出し、銅メダル

 次世代エースとも内村航平の後継者とも呼ばれながら、全くプレッシャーなど微塵も感じない堂々とした演技を披露。実は練習では一度も成功したことのない自らの名前がついた大技をさらに進化させ、五輪の場で攻めの境地を貫き、本番で成功させた。ユルチェンコ3回転捻りをさらに進化させ、もう半回転。ロンダードで後ろ向きに踏み切り、3回転半ひねって、さらに回転中に着地点が見えない前向き着地という難関の業だった。演技点は最高点の6.40であえて最高の舞台の五輪でチャレンジし、成功させただけにそのインパクトは大きかった。彼も内村と同様、両親が体操一家で、幼少の頃から自宅にあった長い特製のトランポリンで業を磨いた。やはりスポーツは卓球もそうだが、幼少期からの英才教育と環境とがものを云うようだ。彼は精神的にも強く、いいキャラだ。団体の表彰式の際に、メダルホルダーを受け取り、「これ何ですか?」「歯ブラシ立て?」とチームメイトに聞くなどムードメーカーになるとともに、プレッシャーを感じず、堂々とした態度に驚かされた。東京五輪では、間違いなく、日本のエースになっていることだろう。

Shirai

 12位 女子柔道・田知本、姉に捧げる金メダル

 オリンピック代表選考会で破れ、出場を逃した姉妹の姉に捧げる金メダルをゲット!押さえ込みで25秒経過し、勝利した直後に顔を上げた田知本選手の達成感の表情は鳥肌が立った。山口百恵さんに似ていると思ったのは私だけだろうか?表彰式後、メダルを姉に掛けてあげたシーンを感涙もの。

Tachimoto_sister

 13位 錦織圭、日本人初のメダル獲得!

 3位決定戦で圧倒的に対戦成績の悪かったナダル選手を破り、銅メダルに輝いた。

Nishikori

 以上が、私が独断と偏見で選んだ感動名場面だ。他にも探せばいくらでもあるが、あえてこれらを選出させていただいた次第だ。

 日本人選手以外で、私が思う名場面は・・・

 第1位 中国人の飛び込み選手、表彰後にプロポーズ

Rio_propose

 リオ五輪で銀メダルに輝いた中国選手が、表彰式でチームメートの男子選手に プロポーズされた。女子3メートル板飛び込みに出場し、銀メダルを得た中国の何姿選手がチームメートの男性選手秦凱氏にプロポーズされたのは14日だった。そのやり方が実にドラマチックだった。秦選手は男子シンクロ3メートル板飛び込みで、前の週に銅メダルを獲得している。14日、何選手が銀メダルを首にかけた直後、そばに寄ってきたのが秦選手。ダイヤモンドの指輪が入った赤いケースを手にした秦選手は、何選手を抱きしめて耳元に向けて言葉をつぶやいた。「何かが起きるぞ!」会場の聴衆は二人から目を離せない。秦選手は何選手から体を離し、肩膝をついた状態でプロポーズの言葉を語り出す。まるで映画の一場面だ。何選手は、秦選手と向かい合って一言一言を聞きながら涙をためてゆく。秦選手が最後の言葉を言い終わって、赤いケースを高く掲げると、何選手はうなずいた。聴衆から歓声が上がる。指輪を箱から取って何選手の指にはめてあげる秦選手。歓声がさらに大きくなる。思わず胸が熱くなるような感動的な光景である。
 会場内の大きな歓声に包まれる二人。「なんてロマンチック!」「おめでとう!」-この場面をテレビで見ていた多く人もそう思ったに違いない。 (Yahoo!ニュースより)

 第2位 執念のヘッドスライディング金メダル

Head_sliding

 女子400メートル決勝を 行い、バハマのシャウナ・ミラーがゴール直前で豪快なヘッドスライディングを披露。 デッドヒートを演じた米国のアリソン・フェリックスとの勝負で優勝を勝ち取った。

 第3位 ボルト、特例で五輪出場。でも強かった・・・100m3連覇の偉業なる

Bolt

 ジャマイカの国内予選を欠場し、特例措置で出場が認められたボルトは、やはり強かった。100mに続き、200m、100m×4リレーも制し、3大会連続3種目3連覇の偉業を成し遂げた。 

 第4位 陸上女子5000メートル予選、接触手転倒した2選手に特例措置

 16日に行われたリオ五輪の陸上女子5000メートル予選で、レース中に転倒するアクシデントに襲われながらも、助け合ってゴールした2人の選手が決勝進出を認められた。同日、大会主催者が発表した。スポーツ選手らしい振る舞いで称賛を集めたのは、女子5000メートルに出場したニッキ・ハンブリン(ニュージーランド)とアビー・ダゴスティーノ(米国)の2人。ドラマが起こったのは、ゴールまで残り2000メートルほどの地点だった。
 ダゴスティーノの足がハンブリンの足と接触すると、2人はもつれあうようにして転倒。メダル獲得の夢がついえたと思ったハンブリンは、がっくりとトラックに倒れ込んでいたが、その彼女に立ち上がるよう優しく声をかけ、完走を促したのがダゴスティーノだった。 ダゴスティーノは接触で足首を痛めていたが、ハンブリンはあえて彼女を待つようにして走り、励ましながら2人は完走を果たした。
 当初はどちらも予選敗退に終わったかに思われた2人だが、大会主催者は後に19日の決勝進出を認める判断を下した。オリンピック精神のお手本の行為に大岡裁きとも言うべき特別措置が取られ、両者は決勝進出を果たした。

Rio_spirit

 第5位 ブラジル、男子サッカーで悲願の金メダル

 信じられないが、今までブラジルの男子サッカーは、オリンピックで一度も金メダルを獲得したことがなかった。ワールドカップでは最多の5度の優勝を飾っているサッカー最強国が、母国開催での至上命題を達成するために、オーバーエイジで白羽の矢を立てたのが英雄・ネイマールだった。日本時間8月21日に行われた決勝のドイツ戦では、延長戦でも決着がつかず、ついにPK戦へ。5人目でドイツのシュートをGKが止め、最終的にネイマールがゴールを決めて初の栄冠をブラジルにもたらした。スタジアムは狂喜乱舞の大騒ぎだった。
Rio_soccer

 第6位 競歩で諦めない男!2回倒れても歩き続けた

男子50km 競歩で序盤、トップを“独歩”したフランスのヨハン・ディニズ選手 。スタートから2時間が過ぎて失速。その後、フラフラになりながらも、倒れても、歩き続けた。そしてゴールにたどり着いたとき、なんと順位は8位入賞!最後まで歩き続けたディニズ選手。

  残念だったニュース

 1 施設が未完成だったり、移動撮影用のカメラが落下し、観光客が負傷した事故

 2 アメリカの競泳金メダリストが、強盗に襲われた。しかし実際には酒に酔って器物損
  壊を隠蔽するための狂言だった。

 3 飛び込みのプールが一夜にして緑色の藻だらけに!

 そして大会をいっそう盛り上げたNHKの「オリンピックハイライト」のテーマ曲がこれ!

 安室奈美恵が歌う「HERO」。荘厳な雰囲気が漂い、オリンピックの名シーンが次々浮かび上がってきそうで、全身を感動が包み込む。今夏、一番耳と記憶に残る一曲になった。

 さて、毎回オリンピックの度に思うことは、スポーツは感動を与えてくれる存在だということ。日本人アスリート達の頑張りや活躍を見て、そのスポーツに関心が高まり、競技人口が増えることもあるだろうし、それを引き継ぐジュニア世代のモチベーションアップに繋がると思う。しかもメダル獲得数は前回のロンドン大会を超える41個と過去最多。これは世界第7位の好成績。ロシアが国家ぐるみのドーピング疑惑で不出場だったことを差し引いても、その活躍ぶりは顕著だった。
 そして地球の裏側であっても、連日報道され、その熱戦振りが伝えられ、日本人は興奮の坩堝と化し、感激する。それはやはり、国を背負い、母国の名誉のため頑張り抜く、スポーツ特有の筋書きのない正々堂々とした戦いだからに他ならない。彼らの陰の汗と涙の努力に思いを馳せる時、涙を禁じえない。本来のスポーツの意義を実感する、それがスポーツということになる。

 さて、2020年の自国開催となる東京オリンピックではどんな物語が見られるのだろうか?おそらくは体操は白井健三が中心、卓球女子は伊藤美誠と平野美宇、陸上は今回出場がならなかったサニブラウン・ハキームも出場していることだろう。そして野球とソフトボールが復活し、オールプロ+メジャーリーガーでのドリームチームが編成されるだろう。自国開催で予選免除なので、全種目出場できる。そのために国家ぐるみの強化策が敷かれ、各競技のレベルアップは間違いない。楽しみは尽きない。そして、毎回、オリンピックには意外なホープやスターが誕生する。4年後はどんな新星が登場するのだろうか?今からそれを楽しみにしつつ、今回の記事を閉じたい。

<次回の東京五輪をPRするPVも流れた閉会式の模様>

 記事作成:8月17日(水)~22日(月)

2016年8月22日 (月)

福島県が生んだ著名人ベスト10

 今日は手前味噌かもしれないが、我が福島県を代表する著名な偉人を紹介したい。しかも私が独断と偏見で選んだ傑出した人物を10人選出し、勝手に順位付けしてしまうという企画。結構我が福島県にも、社会に多大な影響を与えた素晴らしい功績を挙げた方々が大勢いることがわかる。では早速10人紹介したいと思う。

 1位 円谷英二

 須賀川市出身。ゴジラやウルトラマンを世に生み出し、日本の特撮 怪獣映画の基礎を作った人物。 人呼んで「特撮の神様」である。 昭和における特殊撮影 技術の第一人者。今でこそ映画製作の現場では当たり前になった手法や技術を初めて 導入した編集者でもあり、発明家でもあった。  

 2位 野口英世

、日本の細菌学者。福島県出身。 猪苗代高等小学校卒業、済生学舎修了後、ペンシルベニア大学医学部を経て、ロックフェラー医学研究所研究員。細菌学の研究に主に従事し、黄熱病や梅毒等の研究で知られる。現在は千円札の肖像画になっており、日本の偉人ベスト10に入るほどの偉人である。

 3位 古関裕而

 福島に住みながら仙台に通い、金須嘉之進に師事して、1929年、チェスター楽譜出版社募集の作曲コンクールに入選、日本人として初めて国際的コンクールの入選履歴を得た作曲家である。多数の軍歌、歌謡曲、早稲田大学第一応援歌「紺碧の空」、慶應義塾大学応援歌「我ぞ覇者」、東京農業大学応援歌「カレッジソング」、中央大学応援歌「あゝ中央の若き日に」、 全国高等学校野球選手権大会の大会歌「栄冠は君に輝く」、阪神タイガースの応援歌大阪(阪神)タイガースの歌(「六甲颪」)、読売ジャイアンツの応援歌「巨人軍の歌(闘魂こめて)」、東京五輪のオリンピックマーチ、NHKスポーツ中継テーマ「スポーツショー行進曲」など、実に数多くの応援歌、行進曲の作曲を手がけ、和製スーザと呼ばれた。1969年(昭和44年)、紫綬褒章受章、1979年(昭和54年)、勲三等瑞宝章を受章。

 「栄冠は君に輝く」 https://www.youtube.com/watch?v=A3pd2U_6Fxk

 4位 円谷幸吉

 昭和15年5月13日生まれ。陸上競技長距離走選手。須賀川高校卒業後自衛隊に入隊,同体育学校で長距離選手としての才能を開花させる。1963年のニュージーランド遠征で2万mと1時間走に世界新記録を樹立し,その後マラソンに進出。自衛隊にはいり,昭和39年東京五輪では1万m6位,マラソンで銅メダルにかがやく。次回のメキシコ五輪での金メダルを期待されたが,昭和43年1月9日自殺した。

 5位 市川昭介

 1933年(昭和8年)1月4日 - 2006年(平成18年)9月26日
  福島県郡山市出身。福島県立郡山工業高等学校卒。昭和26年)歌手・高倉敏(びん)氏を慕い 上京。 歌手・鶴田六郎氏、作詞家・藤間哲郎氏等の「カバン持ち」を10年間続けながら、独学で作曲法・ピアノを勉強する。
 昭和36年~昭和46年 日本コロムビア専属
 昭和47年~昭和49年 クラウンレコード専属
以後フリーとなり3,000曲以上の作品を世に送り出した。平成18年没。享年73歳。

 都はるみの楽曲を主に担当し、アンコ椿は恋の花、涙の連絡船、大阪しぐれ、さざんかの宿が代表作。

 6位 柏原竜二

 箱根駅伝で往路五区の山登りを4年連続で担当し、東洋大学の4連覇に貢献した立役者。当時の5区の記録を3回も塗り替え、「山の神」と呼ばれた。

 7位以下は埋め込み動画を割愛させていただきます。

 7位 猪俣公章

 河沼郡会津坂下町出身。開成 高校、日本大学芸術学部音楽科を経て、古賀政男に師事。 森進一のデビュー作にして 大ヒットとなった『女のためいき』(1966年)を作曲、その後も森に『港町ブルース』、『おふくろさん』、『冬の旅』などの大ヒット曲を提供する。他にもテレサ・テンに『空港』、藤圭子に『京都から博多まで』や『女のブルース』、水原弘に『君こそわが命』、五木ひろしに『千曲川』など、数多くのヒット曲を提供し成功を収めた。

 8位 西田敏行

 郡山市出身。オフィスコバック所属。明治大学付属中野高等学校卒業、明治 大学農学部中退。身長166cm、体重80kg超。主演の映画『釣りバカ日誌』は1988年(昭和63年)から2009年(平成21年)まで22作続いた代表作。

 9位 春日八郎

 河沼郡会津坂下町塔寺出身の演歌歌手。『赤いランプの 終列車』『お富さん』『別れの一本杉』などが有名である。

10位 加藤 茶

 1943年、東京都世田谷区生まれ。5歳の夏の1カ月間だけ、母親の実家・愛媛県新居浜市に住む。父親が癌を患ったため、母親、妹と共に父親の郷里・福島県福島市に転居し、高校卒業まで福島で育った。実父も元バンドマンである。学校法人松韻学園福島高等学校卒業後、1961年叔母を頼って上京。1962年、碇矢長一(後のいかりや長介)と同時期に、「桜井輝夫とザ・ドリフターズ」にメンバー入りした。「加トちゃんぺ」のギャグが受け、一躍人気者になる。『全員集合』で毎週たった一度だけ「タブー」の曲に合わせて踊る「ちょっとだけよ」は大ブレイクした。

 次点 斎藤清

 河沼郡会津坂下町生まれ。 独学で独自の木版画技法を確立。浮世絵版画の技法や 西洋作家の近代的造形を取り入れ、日本的感情を表現した。安井曽太郎の木版に魅せられ、版画を研究した。版画の他に油彩や水墨画も数点残している。
1981年 勲四等瑞宝章
1995年 文化功労者。

 さて、我が福島県には全国、あるいは世界に誇れる有名人が数多くいるということだ。もちろん他にも大勢の方々がいるが、私が個人的に選出したい有名人は上記に方々ということになる、大多数は故人になるが、今もご健在で活躍されている方も多くいる。こうした功績を世に知らしめたい一心で今回の記事を認めてみた。

 記事作成:8月15日(月)

2016年8月20日 (土)

福島県民にとって懐かしい映像集

 我が福島県には民放テレビ局が4局あるが、昭和50年代後半までは2局だけだった。FTV(福島テレビ)がTBSとフジテレビ系列をネットし、FCT(福島中央テレビ)は日テレ系とテレビ朝日系をネットしていた。したがってLIVEでは見られない番組が多くあった。しかし、地元の自主制作番組や地元のCMはやはりいつの日も流されていて、特別な感情で見ていたものだ。今日はローカルネタで恐縮だが、今から25~30年前の、福島県のテレビ局ゆかりの映像を紹介したいと思います。

 1 福島のテレビ局の自社制作番組

 ① サタデーふくしま(FTV)

 金井淳郎アナと高橋雄一アナのコンビに、女子アナが吉田名保美アナという取り合わせ。これは1988年の頃の貴重な映像で、もう28年も前の映像。懐かしいオープニングとBGMだ。この頃の私は東京の大学を卒業し、地元に戻って来た年。ことさら感慨深いものがある。この頃はあまり女子アナにも興味が無かったが、FTVでは青木久美子アナウンサーと住友真昌世アナ、荒井律アナが好きだった。今は鈴木康一郎アナ、藺草英己アナ、岸野文絵アナがメインMCを担当している。

 ② あいうえお天気目玉焼きLサイズ番宣(KFB)

 今は県外(東京都世田谷区)に暮らすKFBの羽藤淳子アナウンサーがMCを務めていた土曜日、早朝の情報番組。大好きで毎週見ていた。その手腕を買われて、その後ふくしまJチャンネルの司会に抜擢されたのだった。寺尾アナも若い。

 羽藤淳子アナのブログはコチラ http://ameblo.jp/141junpe/

         Facebookはコチラ https://ja-jp.facebook.com/junko.hatou

 彼女のSLリポート映像はコチラ

 平成2年に放送された映像です。羽藤淳子さんが美しい!

 ③ いきなりのっTV 番宣(FCT)

 FCTの夕方の情報系番組は現在は「ゴジてれchu !」だが、その前は「ゴジてれシャトル」だった。この「のっTV」は週末に放送していた。今思えば、セットは昔の11PM風で安上がり。あまり制作費に金をかけていないのが見え見え。

 2 花春酒造CM集

 「会津の良さは酒の良さ」というキャッチフレーズが長らく使われた。1983年から1999年までの17年間の変遷を集めたCMだ。キャンペーンで花の種や酒造組合が「地酒まつり」と称して現金1万円プレゼントを実施した時もあった。実に懐かしい。

 3 "福島・懐かし映像"(1990年)「はたらくひとたち」

 1990年12月?に放送されたNHK教育「はたらくひとたち」です。
冒頭には「できるかな」のエンデイングもおまけに収録しています。

 4 はまつグループCM集(1996年)

 品のある年配夫婦の「私たちは何の記念日だったかしら?」は非常に懐かしい。ホテルハマツが昔、ザベリオ学園だったとは、一体何人の人が覚えているだろうか。

 5 テレビ局のOP、クロージング映像

 KFB(福島放送)

 クロージング https://www.youtube.com/watch?v=HmQ01liAtfY

 FCT(福島中央テレビ)

 FTV(福島テレビ)

OP https://www.youtube.com/watch?v=inxrrydPeR8

OP https://www.youtube.com/watch?v=FTErhE48duc

END https://www.youtube.com/watch?v=FH5oOuVIp-Q

 TUF(テレビユー福島) 

OP https://www.youtube.com/watch?v=rMF9-urv2p4

END https://www.youtube.com/watch?v=itj8agDeYfA

 さて、懐かしんでいただけたでしょうか?特に福島県を離れ、他県や都会で仕事を頑張っている方々にご覧いただき、故郷を懐かしく思い出して欲しい一心で今回のテーマを設定しました。これらの動画サイトの映像は私がアップしたものは一つもなく、私と志を同じくしている方々があってこその企画記事です。この場をお借りしてお礼申し上げます。

 記事作成:8月15日(月)

2016年8月18日 (木)

劇的な幕切れ

 スポーツは真剣勝負で筋書きのないドラマと実感できる映像を紹介したい。最後まであきらめないで頑張れば何かあることを実感でき、ドラマ以上にドラマティックというのがよく理解できると思う。

 横澤由貴 アテネ五輪女子柔道

 アテネオリンピック準決勝。相手は世界女王のキューバ人のサボン。先にポイントを奪われ、敗戦確定的の中で迎えた残り10秒。最後の捨て身の一発を狙い、組み合ったのが残り3秒前。そして袖釣りこみ腰の技をかけたのが、残り1秒前だった。相手を回転させ、畳の上に背中から投げ下ろした。その瞬間、実況の三宅アナは大絶叫、会場は大騒ぎとなった。横澤選手が見せた執念の奇跡の大逆転劇は、人々を感動させた。「諦めなければ何とかなる」を身を持って示してくれた劇的勝利だった。

 残り0.9秒の奇跡 バスケ

 それはインターハイの山口県大会決勝戦。徳山商工高校VS誠英高校の一戦だった。最後、残り1秒未満という絶体絶命の中で、一か八かで遠投したボールが、まるで魂が乗り移ったかのように、ゴールネットに吸い込まれていった。これは練習の賜物ではなく、運命の一投であって、それを神様が導いてくれたような劇的な逆転だった。努力を重ね、最後まで勝利を信じ粘って行けば、勝利の女神が微笑むことがあるという運命的なシーンだと思う。地獄から天国。誰もが諦めかけた場面で起死回生のショットだ。会場は狂喜乱舞の大騒ぎ。

 小学生のミニバスケットボール決勝で起きた奇跡の一投はコチラ

 ゴール前の油断 スノーボードクロス

https://www.youtube.com/watch?v=LZR91ogniVE

 トリノ五輪でそれは起きた。アメリカのジャコベリスは独走状態であったにもかかわらず、最後の油断で金メダルを逃す事態に。彼女は圧勝ムードでゴール手前の山へ。そこで普通にゴールすれば金メダルだったのに、観衆にアピールしようとボードに手を当てて、カッコよく決めようとしてバランスを崩し、着地に失敗して転倒。その脇を2位の選手がすり抜け、ゴール。気づいたときには後の祭りの結末となってしまった。まさにゴール3m直前での悲劇であった。後悔してもしきれないワンシーンとなった。この日のために猛練習を重ねてきたのに、ほんの一瞬の気の緩みや油断で、手中の金メダルを逃してしまった。

 棚ぼたの金 オーストラリアのショートトラック選手

 2002年のソルトレイクシティ五輪で起きた世界一幸運の持ち主。オーストラリアのショートトラック選手のブラッド・バリーは幸運に恵まれすぎた選手だ。最終ラップで前を行く4人の選手が相次いで接触して転倒。最後尾を滑っていた選手が悠々とゴールして金メダル獲得。こんな嘘のようなシーンが現実に起きてしまった。これは決勝だけでなく、準決勝でも同じことで棚ボタで決勝に残り、最大の見せ場の決勝でも再現された。このオーストラリアの選手は神様の手厚いご加護で守られているようだ。ありえないことが実際にオリンピックという最高の舞台で2度も起きてしまったのだから。

 シティ、大逆転優勝

 それはイギリスプレミアムリーグ最終決戦で起きた奇跡。優勝を争う相手マンチェスターユナイテッドは、すでに勝利を収め、負ければ優勝を逃す極限まで追い詰められた局面で地獄から天国へのシーンが展開された。ロスタイム、2点リードされたシティ。観客も諦めムードを一変させた。勝つか引き分けでシーズン優勝がかかる最終試合で、2点差を追いつき、劇的な優勝を成し遂げたのだった。この最終試合までもつれ込み、1点勝負でロスタイムまで運命を託したゲームは日本でもあった。横浜マリノスだった。最終節で4チームに優勝の可能性がある緊迫した状況。3位のマリノスは負ければ優勝どころか4位に叩き落ちるゲームで、ロスタイムでゴールし、他球場の結果を待つ。首位に立った鹿島がロスタイムで同点ゴールを奪われ、優勝をもぎ取った。

 星稜高校、9回、8点差を逆転し、甲子園出場

 これを魔物と言わず何と言うのか?誰も予想しないことが起きた。野球の世界で9回ウラで8点差なら、誰の眼にも敗色濃厚で、逆転できる可能性は1%もなかった筈だ。それを最後まで諦めず、繋いで繋いで、ランナーを溜め、打者一巡の猛攻で大逆転劇をやってのけた。一回でも負ければそこで終戦となる切羽詰った状況下で、誰もが目を疑う大殊勲。これを奇跡と言わずして何と言う。

 

 さて、こういう奇跡のシーンを見ていると、何事も最後の最後まで諦めてはいけないということが理解できる。「勝負は下駄を履くまでわからない」という言葉があるが、それはこういう奇跡が現実的に起こり得ることを示唆しているのだろう。

 記事作成:8月13日(土)

2016年8月17日 (水)

郡山の魅力再発見!40~専門学校編~

 郡山は学生の街とも言える。その根拠は私立高校4校を含め、大学3校、そして数多くの専門学校が点在している。立地条件がよい駅の東口に巨大カレッジが構え、各ジャンルごとに異なる専門的職業を養成する学校があちらこちらに設置されている。では地元で流れている紹介CMや学校紹介PVを幾つか取り上げたい。

 FSGカレッジリーグ

  郡山情報ビジネス、郡山テクノデザイン、国際情報工科専門学校、国際メディカルテクノロジー、国際ビューティー・ファッション、国際アート&デザイン、WIZ国際情報工科、と30周年の間にこれだけ名称変更や分離を繰り返し進化した。そして、郡山情報ビジネスが郡山情報ビジネス公務員専門学校に校名変更。

そして平成29年度からFSGは校名をまたまた変更し、「国際情報工科自動車大学校」となる。

 郡山健康科学専門学校

 CMはコチラ http://school.js88.com/scl_sen/409/douga?scl_movie_id=189

 国道4号線にある医療系の専門学校。図景という交通至便で立地条件抜群の場所に聳え立つ大きな学校。学科も「こども未来学科」「介護福祉学科」「柔道整復学科」「作業療法学科」「理学療法学科」「応用理学療法学科」とバラエティに富む。健康や医療を追求した専門的な分野で活躍できる人材を育成している。

HPはコチラ http://www.k-tohto.ac.jp/Introduction/kids.html

 郡山ヘアメイクカレッジ

 郡山市の南部、郡山東高校の向かい側にある老舗の美容系の専門学校。来年には安積永盛駅の近くに移転する。

 HPとCMはコチラから http://www.khc.ac.jp/

 https://www.youtube.com/watch?v=H9LTyEp-j0Q

 日本調理技術専門学校

 郡山市安積町の国道4号線沿いにある。通称「Nitcho」。調理師本科(1年制・2年制)と製菓衛生師科(2年制)がある。

 HPはコチラ http://www.nitcho.com/

 福島医療専門学校

 以前は「福島柔整専門学校」だった。郡山市の並木町にある。柔整科、鍼灸科、歯科衛生科がある。

 HPはコチラ http://www.f-iryo.ac.jp/

 ケイセンビジネス公務員専門学校

 ほかにも今泉女子専門学校や東北歯科専門学校、東北医療福祉専門学校、郡山準看、太田看護、ポラリス保健看護、郡山テクノアカデミーなど専門学校は数多くある。それゆえ、過当競争気味で、学生集めのためにこうしたCM制作でイメージアップを図り、勧誘に余念がない。

 かつてはジェイク国際専門学校やICビジネス、郡山アイシーケア専門学校もあったが不祥事などで廃校となった。近年は少子化の影響で学生の数が減り、私立高校を含め、経営に苦慮しているようだ。

 しかし、街に若者がいるということは活気に溢れることを意味する。ファッショナブルな若者が駅前に闊歩し、生き生きとした印象をもたらす。地方は少子高齢化しがちだが、郡山は人口約32万人だが、私のこのテーマ記事でわかる通り、魅力溢れるものが数多くある。もう放射線被害は除染が進み、心配ない。ぜひ郡山のいいところを見に来て欲しい。そして若い人が躍動する点を肌で感じ取って欲しい。

 記事作成:8月13日(土)

2016年8月16日 (火)

私の好きな観光名所

 私がこれまでに訪れた都道府県は36県。北海道や沖縄には4回以上訪ねているのに、九州4県、四国3県、それに山陰地方2県、山陽地方1県、近畿地方1県は訪ねていない。私の半生の中で、旅行は私にとって切っても切り離せない大切な趣味だが、今日はこれまでに私が訪れた観光地や名所のうち、「ベスト30」とまだ足を踏み入れていない11県でぜひ死ぬまでに訪ねたいスポットを備忘録もかねて書き記したい。

 第1位 知床(北海道・カムイワッカの滝・知床五湖)

 32年前、私が北海道に住んでいた時に一番感動した場所。滝壺が露天風呂になっている。

 第2位 千光寺公園(広島県尾道市)

 ここからの尾道水道を見下ろす光景は抜群。NHK朝の連続テレビ小説「てっぱん」のロケとして使われ、瀧本美織が好きになり、訪れた。震災の年の8月だったが、被災者ということで高速代が無料になったために2泊3日、車で往復したのだった。

 第3位 伊豆(静岡県・戸田から見える富士山)

 バイクと車で3回訪れているお気に入りの場所。昔、江戸川乱歩の美女シリーズによくロケで使われ、好きになった。特に修善寺や西伊豆の戸田が大好きで2回「さくら」という民宿に泊まった。料理が素晴らしかった。

 第4位 京都嵐山(京都府・竹林・神護寺・嵯峨野)

 高校時代の修学旅行で気に入り、これまでに4回訪れた。化野念仏寺が不気味だが気に入っている。神護寺では座禅を組んだ記憶がある。紅葉シーズンは最高。

 第5位 裏磐梯(福島県・五色沼・檜原湖)

 我が福島県が誇る磐梯山の大パノラマを拝める場所。五色沼でハートの鯉を見つけてみては・・・。

 第6位 美瑛・富良野の景観(北海道)

 CMに登場する丘陵や木々、並木が有名。ロール状の干草が点在したのどかな風景が広がり、広い空と緑豊かな大地のコントラストに魅了されることうけあい。

 第7位 下郷美観地区(福島県・大内宿・塔のへつり・湯野上温泉駅)

 江戸時代にタイムスリップしたかのような錯覚を覚える。茅葺屋根の民宿&古民家街、曲がりねぎ一本で食べる高遠そば、塔のへつりは奇岩群が川に沿ってせり出す風光明媚な場所。ここでは鮎の塩焼きが名物。茅葺屋根の珍しい駅舎の湯野上温泉も見ごたえあり。駅に隣接して無料の足湯が温かい。

 第8位 山寺(立石寺)(山形県)

 ずっと行きたかった場所で、4年前に訪ねて、頂上まで息を切らしながら歩いて登ったことを覚えている。

 第9位 厳美渓(岩手県)

  ここは2回訪れた。中学生の頃、亡き父親に車で連れて行ってもらった。渓谷の上をロープで団子を運ぶカゴが往復していた記憶が鮮明に残っている。

第10位 秋田県田沢湖

 金色のタツコ像で有名。日本一深い。青い湖面が息を呑むほど美しい。

第11位 鎌倉高校前駅(ホームの前が湘南の海、江の島、スラムダンクの踏切)

 ホームのベンチに座って江ノ島を望むのが好きで2回訪れた。その北側の踏切が多くの台湾人で賑わう「スラムダンク」のOP映像に登場する有名スポット。

第12位 日本ライン木曽川下り~犬山城

 今は亡き父親に高校合格祝いで旅行に連れて行ってもらった場所。明治村の日本を代表する由緒ある建物の再建を見て感動した。犬山城には3回訪れたが、あの風景が大好きだ。

第13位 奈良(長谷寺&室生寺)

 高校の修学旅行で訪ねた。侘び錆の世界。特に室生寺の五重塔は必見の価値あり。落雷で木立が倒木し、屋根が壊れたが、見事に修復された国宝。

第14位 日光東照宮

 ここも国宝にして世界遺産。徳川家の菩提寺。我が松平容保もここの宮司となった。陽明門や見猿言わ猿聞か猿、天井に描かれた龍が見ごたえ抜群。

第15位 函館の教会群と夜景

 ここは日本三大夜景(神戸、長崎)だけでなく世界三大夜景(ナポリ、香港)に挙げられる大人気スポット。ハリストス正教会やキリスト教会などが混在している。旧函館公会堂がお気に入りだ。

第16位 鎌倉・長谷寺(紫陽花)

 5月下旬から6月にかけて境内の傾斜を利用して見事な紫陽花が見頃となる。その頃は人だかりでとてもゆっくり立ち止まって見学などできない。ここは郡山市ゆかりの久米正雄の胸像などがあり、映画のロケ地に使われるほどの見晴らしは抜群。

第17位 磐梯吾妻スカイライン(吾妻小富士・紅葉)

 すり鉢状の噴火口の周囲を1時間かけて歩くことができる。春先、福島市内から見上げると、雪ウサギが見られる。

第18位 美幌峠

 ここから見下ろす屈斜路湖の眺望は最高。夏は濃霧が立ち込める神秘的な場所と化す。

第19位 襟裳岬周辺(黄金道路)

 私は一度しか訪れていないが、魅了された。岬ではなく、その先の太平洋岸に沿って連なる波避けと土砂崩れ避けのシェード付きの道路。時々波が道路にも打ちつけるスリリングな道路。バイクで走るとマジ怖い。悲恋沼も哀愁漂う。

第20位 富士五湖周辺(忍野八海・風穴)

 日本の昔の郷愁誘う懐かしい田園風景が広がる。忍野八海は水車小屋などが点在。

 他にも奥入瀬渓流は見逃せない場所。

 訪ねた都道府県だが、まだ行っていない観光地

 京都・天橋立。日本海側の山陰に近い場所はまだ一度も行く機会がなかった。私にとっては日本の中で一番遠い存在となっている。

 

 死ぬまでに一度は訪れたい場所

 錦帯橋

 唯一山口県で行きたい場所はここ。山口はかつて長州であり、私の祖父母の生まれが会津のため、幼少の頃から敵賊と思っていた。

 桂浜

 かつては「はりまや橋」に行きたいと思っていたが、日本三大がっかり観光名所になってしまい、行きたくなくなった。坂本龍馬も会津人から見れば、薩長同盟を築いたパイプ役だけに敵にあたる。

 鳥取砂丘

 やはり山陰地方。鳥取県にあるが、行く機会がない。お隣の島根も出雲大社や宍道湖など見どころはあるのに、交通の便がイマイチのせいか疎遠になっている。

 軍艦島

 世界遺産として脚光を浴びる30年以上も前から、私はここに足を踏み入れてみたいと願っていた。それは昭和50年頃、公共広告機構のCMで「資源と共に消えた島」として紹介された。それを見て、こんな狭い島に、街があり、5,000人もの島民が石炭ドリームを夢見て共同生活をしていたのかとガク然としたからだ。

 怖いが一度は訪ねたい場所

 津山貝山地区

 「八墓村」の舞台となった30人殺しがあった場所。巡礼というか慰霊が目的。

 群馬・御巣鷹山

 決して冷やかしではない。慰霊登山に訪れたい。山中に日航機が墜落し520名も亡くなった場所。歌手の坂本九さんも巻き添えとなり、犠牲となった。

 群馬・あさま山荘

 かつて連合赤軍が立てこもり、警官隊と銃撃戦が展開され、数名が犠牲になった。昭和47年の厳寒期の事件で、テレビでは連日緊迫した攻防戦が生中継された。

 さて、日本全国、まだまだ行きたりていないスポットがわんさかある。日本人に生まれたからには死ぬ前にぜひ尋ねてみたい。

 記事作成:8月7日(日)~

2016年8月15日 (月)

絶対懐かしく感じるCM集

 ネタ切れの際には必ず登場するテレビCMの話題。今回も1か月半あったストックが、忙しさの余り執筆を怠っていたため、3~4回分の余裕しかなくなったため、その場凌ぎの記事だ。

 1 武富士ダンサーズ

武富士の歴代の主なダンスCM集です。
1990年の白いレオタード編から2012年の最新のCMまで
9作品あります。それと最後にオマケをつけました。

 2 燃焼系アミノ式

 「回転少女篇(2003年)」「上昇サラリーマン篇(2003年)」「くるくるピクニック篇(2003年)」「ダブル登校篇(2004年)」。

 何を隠そう私は男性が鉄棒を鯉のぼり状態でよじ登ってくシーンを実際に生で見た。中国雑技団のショーで、CGなど一切使わなくても自力(人力)で登ったのを目の当たりにして愕然と来た。

 3 アイフル

 1990年代に一世を風靡した消費者金融のイメージアップCM。アコムが小野真弓を起用すれば、武富士はダンサーズ、そしてアイフルは清水さんチワワ犬の「くぅちゃん」。あの愛くるしい物語はお茶の間の人気を集めたのだった。

 4 鉄骨飲料

 今は仲村トオル夫人となった鷲尾いさ子さんがアイドルタレントだった時代に出演した人気CM。健康的な魅力に溢れた作品に仕上がっていた。

 5 爽健美茶

 「(♪~ハト麦玄米月見草~ハッピー~爽健美茶~♫」のメロディで一世を風靡した。

 松下奈緒、滝沢沙織、冨永愛の3人が出演したお色気編が大好きだった。

 本当はもう少し多くお送りしたかったが、スペースの関係でここまで。機会があったらこの続きをお送り出来ればと思います。

 1980年代後半から1990年代は私が20~30代を過ごした時期で、恋愛、結婚、子供をもうける人生の中でも劇的に変化した過渡期にあたる。そんな人生でもっとも充実した時期にテレビをつけると流れていた、いわば思い出の宝箱を開放したような感じだ。

 同じ年代の方々は懐かしんでいただけたと思う。

 記事作成:8月10日(水)

2016年8月14日 (日)

夏の高校野球都道府県別勝敗

 夏の高校野球が真っ盛りだが、今年は「リオオリンピック」中継もあって、なかなか焦点が定まらない。しかし、一戦必勝で負ければそこで敗退となる高校球児にとっては、一球入魂で向かわなければならない。そしてあの元気溢れるはつらつとしたプレーや涙を誘う爽やかで真摯な態度に心を打たれる人々が多いのも頷ける。そして長年高校野球を愛してやまないのだ。

 今回は、この長い高校野球の夏の甲子園大会において、各都道府県の通算勝敗を分析してみたい。どういう傾向が見られるのか検証もしたい。

 勝率ランキング

 第1位 大阪府 .656 162勝85敗  優勝12回

 PL学園や大阪桐蔭などの甲子園常連や強豪校がひしめき合い、しのぎを削る激戦区。全国大会進出が神奈川県と並んでもっとも難しい地区と言える。地元の利もある。

 第2位 愛媛県 .642 115勝64敗 優勝6回

 古豪・松山商業が稼いだ勝数が今も健在。新居浜工業も強かった。

 第3位 神奈川県 .639 122勝69敗  優勝7回

 桐蔭や横浜など甲子園優勝経験校がズラリ。

 第4位 和歌山県 .611 1118勝75敗 優勝7回

 昭和50年代に「やまびこ打線」で甲子園を沸かした「箕島」や「智弁和歌山」などが居並ぶ。尾藤監督や高嶋監督など名監督の指導の賜物だ。

 第5位 広島県 .609 112勝72敗 優勝7回

 かつては広島商業が常連で、宗徳も優勝経験がある。

 第6位 高知県 .607  88勝57敗 優勝2回

 高知商業が強豪校として甲子園を沸かせた。1980年代以降は明徳義塾が圧倒している。他に高知高校もかつては強豪だった。

 第7位 兵庫県 .598  134勝90敗 優勝7回

 「逆転の報徳」というフレーズが定着するほど「報徳学園」の強さが光った。また、昭和52年の「東洋大姫路」の優勝も大きい。ほかにも尼崎北や神港学園など甲子園でお馴染みの高校が多い。他にも育英も強い。

 第8位 愛知県 .596  127勝86敗 優勝8回

 中京商業(現・中京大中京)、東邦、大府、愛工大名電など強豪校揃い。

 第9位 沖縄県 .591 68勝47敗  優勝1回

 興南、沖縄尚学、沖縄水産が常連で春夏通じての優勝経験校。

 第10位 奈良県 .588 77勝54敗 優勝2回

 天理、智弁学園、郡山などが甲子園常連校。天理も智弁学園も春夏通じて優勝経験がある。

 第11位 京都府 .576 118勝87敗

 こちらも古豪平安(現・龍谷大平安)が勝ち星を稼いだ。京都商業、京都成章や東山、鳥羽、福知山成美も強い。

 第12位 東京 .563 168勝130敗 優勝7回

 こちらは東東京と西東京に現在は分かれているが、両方あわせての戦績。日大三高や法政二高、桜美林、岩倉、帝京、東亜学園、早稲田実業などが強豪校。

 第13位 千葉県 .563 92勝71敗 優勝3回

 銚子商業、習志野、印旛、拓大広陵など常連校がいる。

 第14位 徳島県 .539 62勝53敗 優勝1回

 徳島商業、鳴門工業、池田高校が有名。蔦監督が率い、全国制覇(2連覇)を果たした打線は強力だった。

 第15位 岐阜県 70勝62敗 優勝1回

 県立岐阜商や市立岐阜商が強かった。さらに中京もいる。

 第16位 福岡県 .529 91勝81敗 優勝4回 

 久留米商、福岡大大濠、西日本短大附属、柳川、九州国際大付が強豪

 第17位 山口県 .521 73勝67敗 優勝1回

 宇部商、柳井、下関商、岩国、南陽工業など有名な学校は多い。 

 第18位 静岡県 .515 85勝80敗 優勝1回

 常葉菊川、浜松商、静岡など春夏を通じて優勝経験がある学校が多い。 

 第19位 宮城県 .512 66勝63敗 優勝0回

 東北高校や仙台育英高校がいるため、強豪という印象だが、ダルビッシュや大久保投手を擁しても名将武田監督を持ってしても、未だ優勝経験は春夏通じて一度も無い。

 第20位 岡山県 .508 62勝60敗 優勝0回

 岡山南、理大附属が常連

 第21位 熊本県 .504 59勝58敗 優勝0回

 名門・熊本工業や鎮西、九州学院など甲子園でも馴染みの学校で、毎回上位に勝ち進んでいる印象だが、熊本県も優勝回数はゼロ。愛媛代表の松山商業との決勝では、延長10回サヨナラの場面で、あのライト矢野の奇跡のバックホームで初優勝の夢は潰えた。

 第22位 香川県 .503 65勝64敗 優勝2回

 香川といえば高松商業が昔から常連だったが、丸亀や尽誠学園なども最近は多く出場している。位

 第23位 群馬県 .503 67勝66敗 優勝2回

 桐生一高が初優勝。前橋工の松本投手が完全試合を達成した。他にも高崎商や東京農大二高が強いイメージ。最近は前橋育英や高崎健康大付属が出ている。

 第24位 鹿児島県 .500 64勝64敗 優勝0回

 鹿児島県がここにいるのは意外。鹿児島実業、樟南、鹿児島商、鹿児島商工、神村学園など強豪ぞろいの印象。

 第25位 埼玉県 .500 59勝59敗 優勝0回 

 花咲徳栄や浦和学院、熊谷商、埼玉栄、聖望学園、春日部共栄など甲子園でも上位に入る強豪ばかり。しかし、ここまでが勝率5割の学校。

 第26位 栃木県 .473 52勝58敗 優勝1回

 宇都宮南、作新学院、足利学園、宇都宮学園、佐野日大、文星芸大付、国学院栃木、足利工業などもっと強い印象がある。

 第27位 宮崎県 .462 49勝57敗 優勝0回

 都城高校がまず思い浮かぶ。宮崎商や高鍋も有名。日南学園、延岡学園、日章学園などの私立も甲子園では有名どころ。

 第28位 大分県 .459 56勝66敗 優勝1回

 唯一の優勝は昭和47年の津久見高校。大分商も有名。柳ヶ浦、日田林工、明豊も常連。

 第29位 茨城県 .455 50勝60敗 優勝2回

 木内監督で取手二高や常総学院が全国制覇を果たしているため、強豪というイメージだがそれほどでも無かった。他にも水戸商

 第30位 山梨県  .440 40勝41敗 優勝0回

 私の中では強いイメージ。それは東海大甲府が強豪だからだ。他にも日本航空高校、甲府工業、市川、日川が続く。

 第31位 青森県 .434 43勝56敗 優勝0回

 準優勝は過去複数。太田幸司投手を擁した三沢、青森山田、2度準優勝の八戸工大光星が常連。

 第32位 福井県 .427  53勝71敗  優勝0回

 以前はセンバツ準優勝の福井商、現在は敦賀気比が常連。

 第33位 佐賀県 .409  38勝55敗  優勝2回

 平成19年の佐賀北のフィーバーは凄かった。それまでは佐賀と言えば佐賀商業、唐津商が常連で、近年は鳥栖や佐賀学園も台頭著しい。

 第34位 滋賀県 .395  30勝46敗  優勝回

 比叡山、八幡商、近江などが常連。比叡山は選抜で前橋工に完全試合をやられた印象が強い。

 第35位 長野県 .389  58勝91敗  優勝1回

 1980年代頃までは必ず松商学園が出場しては一回戦負けだった。他にも丸子実業、東海大三、佐久長聖が有名どころ。

 第36位 石川県 .380  35勝57敗  優勝0回

 石川と言えば星稜高校。松井の母校でもある。伝説の5打席敬遠や箕島との延長死闘などが思い浮かぶ。金沢高校や遊学館も出場機会は多い。

 第37位 長崎県 .378  37勝61敗  優勝0回

 長崎と言えば海星が一番有名。最近は長崎日大、佐世保実業や清峰も有望。

 第38位 秋田県 .369  41勝70敗  優勝0回

 金足農業、秋田商、大曲工、秋田経法大が常連だった。

 第39位 福島県 .365  31勝54敗  優勝0回

 かつては磐城が小さな大投手を擁して準優勝した。福島商、学法石川、日大東北が常連だったが、今は10年連続で聖光学院が出場している。聖光学院が常連になってから勝率が上がった。

 第40位 三重県 .361  30勝53敗  優勝1回

 三重も海星高校と三重高校が有名。宇治山田商、四日市工業も複数回出場。

 第41位 鳥取県 .352  38勝70敗  優勝0回

 旧制中学時代は鳥取一中や米子中が大活躍した。現代は米子東、倉吉北が常連。この学校も外人部隊が多くなってきた。さらに近年では、八頭や鳥取城北が出場機会が多くなった。

 第42位 島根県 .330  29勝59敗  優勝0回

 かつては浜田、江の川、大社が常連。 最近では立正大淞南、開星が多い。

 第43位 新潟県 .329  27勝55敗  優勝0回

 中越、新発田農業、日本文理、新潟明訓が常連。日本文理対中京大中京の攻防は見ごたえがあり、9回2死2ストライクから6点差を1点差まで追い上げたあの粘りは感動の渦に巻き込んだ。

 第44位 北海道 .318  68勝146敗  優勝2回

 こちらも東京都同様、北北海道と南北海道を合わせての戦績。東海大四、北海、駒大岩見沢、駒大苫小牧などが頑張った。

 第44位 岩手県 .318   34勝73敗  優勝0回

 菊地遊星や大谷を擁した花巻東、盛岡大附属、専大北上などの私立が圧倒。 

 第46位 富山県 .309  25勝56敗  優勝0回

 失礼だが富山はあまり常連校が思い浮かばない。氷見高校と富山商、高岡商くらいか?新湊、桜井などもあった。

 第47位 山形県 .295  23勝55敗  優勝0回

 山形は徹底して私立上位。外人部隊が多い日大山形、東海大山形、羽黒、酒田南などが常連。県外出身者を積極的に受け入れてからは、一回戦突破は珍しくなくなった。

 総括

 残念ながら東北のチームの優勝は皆無。2年連続で駒大苫小牧が優勝したが、津軽海峡を越えて一気に北海道の地に深紅の優勝旗が渡ってしまった。そして西高東低が顕著だ。西のチームは冬でも練習時間が長く取れるメリットが大きい。北国や日本海側のチームでは雪に阻まれ、満足のいく練習が出来ない。基礎体力は鍛えられても、連携プレーや外野守備練習、シートノックやバッティング練習が不足しがちだ。東北のチームは強豪の仙台育英や東北高校が常連の宮城県を除くと5県が30位以下という散々な結果。

 また、設備的に練習環境の整った私立高校が圧倒的に強い。私立は特待生として有望な選手を全国からかき集めている傾向があるし、全寮制で共同生活を送ることで、チームプレーや連携プレーに役立っている。

 また政治的や歴史的に中心となった都道府県や地域のスポーツ大国振りが目立つ。加えて総理大臣を輩出した県は以外にも強い。鹿児島、山口、群馬などだ。

 最後にわが福島県は10年連続で聖光学院が甲子園出場を果たしているが、レギュラーの半数は他県出身者で占められている。いわゆる外人部隊だ。要は野球はチームプレーなので、強力スラッガーが独りいても勝てない。まして千葉県や東京、神奈川など強豪校が犇めき合っている状況では、甲子園出場の道のりは険しいし、レギュラー獲得すら難しい。近年、酒田南、羽黒、青森山田、敦賀気比、遊学館や山陰地方の私立高校が台頭してきたが、いずれも大阪や首都圏出身者が野球留学しての結果である。出場機会を増やしたり、少しでも甲子園出場の可能性が高い県へ移住するのだ。

 かつての国体も開催県がこぞって外人部隊を県内出身者として出場させ、優勝を果たしたように、高校野球もそのような体制になりつつある。

 高校野球は純粋な高校球児たちの夢の祭典であって、各県の面子のぶつけ合いの場ではない。3年間汗まみれになってグラウンドで歯を食いしばって練習を重ねてきた選手のひたむきさや一生懸命さに人々は心を打たれ、そのプレーの一挙手一投足に感動を覚える。その根本精神を見る側は決して忘れてはいけないと思うのである。

 参考サイト

 http://www.fanxfan.jp/bb/ranking4.html

 記事作成:8月10日(水)

2016年8月 9日 (火)

福島県の局アナの出身大学

 学歴や出身大学で人間の価値を測ることは到底できないが、今回の記事を読んでいただければアナウンサーという職業は賢くなければ務まらないということがよくわかる。やはりとっさに飛び込んでくる臨時ニュースにも即座に対応する物腰の柔らかさも必要だし、パニックに陥って視聴者に不安を与えてもいけない。冷静沈着な姿勢が求められる。

 ところで我が福島県には正式採用された局アナと2~3年在籍して、また他県の放送局に異動して歩く、契約アナがいる。どちらにしても縁あって我が福島県で県民にニュースを報道し、またバラエティ番組で明るい笑顔を振りまいてくれる地元放送局のアナウンサーは親近感が一味違う。

 では本題に戻すが、福島県内の各放送局で活躍するアナウンサーがいかに頭の良いエリートかを証明するために、個人情報を暴露するようで申し訳ないが、彼らの出身大学をカミングアウトしたい。実はWikipediaやタレント年鑑、各放送局のHPなどに掲載されている情報から引用したもので、すでに公開されているのであしからず・・・。

 「福島テレビ」(FTV)

名切万里菜・・・青山学院大学

浜中順子・・・青山学院大学

坂井有生・・・明治大学

岸野文恵・・・日本女子大学文学部英文学科

松永安奈・・・学習院大学文学部

鈴木康一郎・・・早稲田大学

藺草英己・・・早稲田大学

Ftv Teramoto

 ちなみに「みんなのニュース」のMCを担当している寺本緒麻里アナは、前職は銀行員だった。「自転車でGO!」でお馴染みの天然男、藺草アナも実は早稲田出身のエリートだった!人を見かけで判断してはいけない。
 私の大好きな名切アナはアナウンサーの王道の青学出身!昨年4月に着任した名切アナは長崎県出身者の契約アナなので、いずれ異動してしまうことになる。できるだけ長く福島県に留まって欲しい。切に願う。
 FTVのアナウンサーは、全員が県外出身者で占めている。浜中さんは京都、松永アナは神奈川、そして藺草アナは東京という具合だ。

 「福島中央テレビ」(FCT)

徳光雅英・・・早稲田大学

大橋聡子・・・関西学院大学

中山可那子・・・横浜国立大学

大野智子・・・共立女子大学

小野紗由利・・・成城大学 

須賀宣之・・・法政大学

Fct

 「テレビユー福島」(TUF)

杉浦敦・・・明治大学

水津邦治・・・中央大学法学部

中村幹男・・・法政大学

奥秋直人・・・福島大学教育学部

渡邊文嘉・・・立教大学

小野美希・・・大東文化大学法学部

藤原梨香・・・国立音楽大学

中嶋絵美・・・中京大学

杉浦祐治・・・明治大学

Tuf_2

 「福島放送」

今泉毅・・・日本大学

笠置わか菜・・・日本女子大学

猪俣理恵・・・関西大学

飯田麻菜美・・・立教大学

池田速人・・・法政大学

安藤桂子・・・早稲田大学第一文学部

片山真人・・・日本大学法学部

内田智之・・・関西学院大学

Kfb Iida

 「ラジオ福島」(rfc)

大和田新・・・中央大学

深野健司・・・法政大学

小川栄一・・・立教大学社会学部

石田久子・・・青山学院大学

山地美沙子・・・獨協大学

鏡田辰也・・・東洋大学経営学部

菅原美智子・・・聖霊女子短期大学

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 かつて在籍していた元アナウンサー (URLは近況を伝えるご本人のブログ)

 名和田知加 ・・・中央大学文学部 http://profile.ameba.jp/nawatachika/

 原田幸子・・・早稲田大学 

 梅田澪理・・・青山学院大学 http://www.tuf.co.jp/blog/?author=21

 金井淳郎・・・早稲田大学商学部

 原國雄・・・早稲田大学政治経済学部

 住友真世・・・国立音楽大学 http://www.mayo-sumitomo.com/

 中山由佳…慶應義塾大学

 坂本洋子・・・法政大学社会学部 http://ameblo.jp/mocchi815/

 山元香里・・・法政大学経営学部 
 http://www.centforce.com/profile/t_profile/yamamoto.html

 佐藤明日香・・・立教大学社会学部

 平方恭子・・・青山学院大学

 安齋敦子・・・上智大学 http://www.tuf.co.jp/blog/?author=20

 高橋雄一・・・中央大学

 岩田雅人・・・早稲田大学

 寺尾克彦・・・明治学院大学

 常盤秀次・・・大東文化大学

 上條麻里奈・・・学習院大学文学部 http://ameblo.jp/sunflower-2012/

 延増惇・・・立命館大学経済学部 http://www.fukushima-tv.co.jp/blog/enso/

 米田元気・・・早稲田大学第一文学部   
 http://www.radionikkei.jp/personality/motookiyoneda.html

 皆藤慎太郎・・・亜細亜大学

 二階堂絵美・・・成城大学経済学部 http://ameblo.jp/emiemi107/

 堤友香・・・フェリス女学院大学

 http://ameblo.jp/yuka-tsutsumi/entry-12181937832.html

 若槻麻美・・・フェリス女学院大学

 関口由香里・・・成蹊大学 http://www.fukushima-tv.co.jp/blog/sekiguchi/

 田部井華子・・・亜細亜大学

 荒井律・・・武蔵大学経済学部

 小川真由美・・・武蔵野大学

 海附雅美・・・武庫川女子大学文学部

 唐橋ユミ・・・実践女子大学文学部 http://www.sankeipro.com/pr/karapacino/

 丹野麻衣子・・・宮城教育大学 http://joseiana.com/archives/14238

 長澤彩子・・・東洋英和女学院大学

 http://www3.tvk-yokohama.com/anamaga/2015/09/post_563.php

 山田幸美・・・明治学院大学http://ameblo.jp/yukimi-yamada/entry-12169704602.html

参考資料

http://univranking.schoolbus.jp/00000272.htm#00000268

http://homepage3.nifty.com/kdw/manuniv1.htm

 さて、繰り返し言うが、学歴で人を判断するのは良くないことは重々承知しているが、やはりアナウンサーと呼ばれる知性と教養を要求される特異な職業は、やはり高学歴を有する方々ばかりが採用されていることがわかる。しかもなぜか東京にある私立大学ばかり。
 そして驚くべきは、福島県の民放各局のアナウンサーは大多数が県外出身者で占めている。特にFTVは全員が県外出身者。東京や大阪、神奈川県、静岡県が多い。

 記事作成:8月4日(木)

2016年8月 3日 (水)

個性派&コミック系バンド

 かつて「ヤマハ音楽振興会」主催の音楽イベント「ポプコン」が行われていた。そこで大賞を受賞した曲やバンドは、その後、世界歌謡祭に出場し、グランプリを獲得すれば、メジャーデビューが約束され、決まっていいほど大ヒットに結びついていた。代表的な人に、中島みゆき、世良公則とツイスト、クリスタルキング、円広志などがいた。中にはユニークな個性派バンドも数多く登場した。
 まだ「コスプレ」が市民権を得る前の1980年頃、世の中はアイドル全盛期を迎えていた。そんな中、派手な出で立ちでコミカルな楽風で魅了したバンドがあった。今日はそれをテーマにしたい。

 TOM★CAT

 1978年に東京造形大学で結成されたバンド「FUNKY NOISE」を前身とする。その後、「NOISE MAKER」を経て1984年に「TOMCAT」を結成。同年10月、第28回 ポピュラーソングコンテストに出場して「ふられ気分でRock'n' Roll」でグランプリを受賞。同年11月、第15回世界歌謡祭グランプリ受賞曲でもある同曲でデビュー。顔からはみだす大きなサングラスと宇宙服を思い起こさせるようなビニール地のコスプレが特徴だった。彼女自身はとても小柄で、小学生を髣髴させる外見ながら、キーボードを叩きながら歌い、しかも早口でまくしたてる歌詞で息継ぎもなく一気に歌い上げていた。

 アラジン

 名古屋商科大学フォークソング同好会のメンバーを中心に結成された。1981年、『第12回 世界歌謡祭』グランプリを獲得した「完全無欠のロックンローラー」でヒットを飛ばしたが、あとはヒット曲に恵まれず、2年ほど活動したのち1983年に解散。後に「一発屋」と呼ばれるバンドである。
 彼らもまた世界歌謡祭グランプリ受賞バンド。多人数バンド。ヴォーカルでリーダー高原は、バリバリリーゼントにきんきらきんのド派手衣裳に身を包み、コミカルな振り付けとフィフティーズ時代を彷彿させるコスプレで踊りも決めていた。元祖コミカルバンドのような登場ぶりだった。

 たま

1984年に3人で結成され、1986年に4人となり、1990年にメジャーデビューして「たま現象」とも言われるほど話題になった。1996年から再び3人になり、2003年に解散した。フォークロックを基調とした独特の音楽で異彩を放った。
1990年にリリースされた「さよなら人類」では、独特なリズム回しと山下清ばりのランニングシャツで歌うスタイルは評判を呼び、その個性的すぎる楽曲で第32回日本レコード大賞・最優秀ロック・新人賞を総なめにした。

 聖飢魔II 

 1982年(魔暦紀元前16年)12月末に結成。1983年(魔暦紀元前15年)3月23日に初黒ミサ(コンサート)を行う。1985年(魔暦紀元前13年)に大教典(アルバム)『聖飢魔II〜悪魔が来たりてヘヴィメタる』で地球デビューし、翌年に発売した小教典(シングル)「蝋人形の館」の大ヒットで一躍有名になる。デビュー時の公約では1999年(魔暦元年)7月で活動を終えるはずだったが、事情を知らない侍従(マネージャー)がその後の予定を入れてしまったために解散を延期。1999年12月31日23時59分59秒、「地球征服を完了した」として解散し、光の中に消えていった。

デビュー当初は、バンドのコンセプトに沿った奇異な外見や、デーモン小暮閣下らによる独特のパフォーマンスで世間の話題を集めた。赤色や金色に染めて逆立てたヘアスタイル・歌舞伎の隈取り風の顔の模様(本魔たちによれば、それが素顔であり、メイクではない)や、文字通り悪魔的な世界観に則った歌詞、ヘヴィでラウドな演奏などである。音楽を媒介にして悪魔教を布教するために組織された「教団」であると主張している。目的は地球征服を完遂して解散すること。各構成員は地獄から来た悪魔だとしている。

 デビュー当時は「KISS」の二番煎じかと思ったほど、派手な化粧とハードロック調やヘビメタの路線で、他のバンドと一線を画した。

 米米CLUB

 文化学院のサークル仲間だった石井竜也、小野田安秀、大久保謙作らにより、卒業後の1982年秋に結成。アマチュア時代から積極的にメディア出演を繰り返し、1985年にレコードデビュー。主な代表曲は「浪漫飛行」、「君がいるだけで」。
 正式メンバーであるダンサーチーム「SUE CREAM SUE(シュークリームシュ)」の他に、サウンド的に必要不可欠であるインストバンド「BIG HORNS BEE」を筆頭にサポートメンバーを多く抱える大所帯バンドである。石井の手掛ける本格的な舞台美術やコンサートでの寸劇、映像製作などを特徴としていた。
 石井の監督作品映画『ACRI』の興行失敗などが影響しバンドの維持が困難になり1997年に解散。

 彼らをコミックバンドと評するのは、ファンの怒りを買うし、失礼な話だと思うが、ファンクミュージックをベースとした楽曲や演奏技術、メンバーの音楽センスは、高く評価する声もあったが、奇抜な衣装やメイク、コントのようなMCやキャラクター重視で寸劇混じりの演出などにより、デビュー当初は“イロモノ”として扱われることが多かった。当時、同じソニー系列のレコード会社に所属していた聖飢魔II、爆風スランプと合わせて「ソニー三大色物バンド」と呼ばれていたこともあった。

 ビジー・フォー

 こちらはコミックバンドの典型だが、ものまね主体のコンセプトで1980年から今日まで、ものまね番組には欠かせない存在となった。結成時は4人組だったが、リーダーだったウガンダ・トラが他界。以降はグッチ裕三とモト・冬樹の2人組ユニットとして活動継続し、お茶の間の人気を得た。特に、洋楽を完全コピーしたグッチの歌の上手さと、もはや芸人化したモトとの絶妙なやりとりが好評を博し、ひっぱりだこになった。

 ゴールデンボンバー

 ヴィジュアル系エアーバンド、パフォーマンス集団。メディアでの略称は金爆(きんばく)。2004年にボーカル鬼龍院翔とギター喜矢武豊を中心に結成。エアーバンドという形式を採っているため基本的にボーカル以外のメンバーは「当て振り」であり、ライブではメンバーによるコントや楽曲に合わせた個性的な振り付けなど様々なパフォーマンスを行っている。キャッチコピーは「笑撃のライブパフォーマンスと、奇才・鬼龍院翔の創り出すクオリティーの高い楽曲で注目の究極のエアーバンド」。

 2009年10月、7枚目のシングル「女々しくて」がCMソングに起用され、大ヒット。その独特なコスプレが話題を呼び一気にブームに乗り、紅白歌合戦にも出場した。

 こうして見ると、現代では「ヴィジュアル系」と呼ばれているが、1980年代は「変った奴ら」くらいにしかなかった。竹の子族が原宿を席巻していた時代頃から、こうした個性派揃いのバンドやコスプレをコンセプトにしたユニットが世に登場してきた印象が強い。

 今後はどんな個性派バンドが登場するのか、1990年代を彩った「イカ天」バンド世代が親となり、その子供たちが必ずや影響を受け、再ブームが起きるのは間違いないとみている。それは80年代のアイドルブームの影響で、モー娘。やAKBなどの多人数アイドルユニットが再燃したのと同じだ。どうやらミュージックシーンは、ファッションと同じで時代回帰を繰り返すものらしい。

 記事作成:7月18日(月)

2016年8月 2日 (火)

事務所トラブルに遭った芸能人

 この記事は、決して特定の芸能人を非難したり、批判したりするものではない。芸能界という独特な世界で、運良く成功し、テレビやドドラマ、CM、映画に引っ張りだこだった人気芸能人やタレントだったにもかかわらず、事務所移籍や独立に絡む問題や契約不履行問題などで、一時期出演を見合わせたり、引退に追い込まれた方々も決して少なくは無い。一般人から見ると、ファンの存在を無視したこうした内輪もめで業界から去る行為は、実にもったいなく、特に人気絶頂期に干されたりするのは、残念で忸怩たるものがこみ上げるし、慙愧に堪えないものがある。
 今回は過去の事例として、このような本人、ファンともに災難に遭った残念至極なケースを取り上げたい。

 1.森進一

 かつては超大物ばかりが所属していた渡辺プロダクション(通称:ナベプロ)に、デビュー当時から14年間所属していたが、1979年に独立。自身の「森音楽事務所」を設立した。やはり、契約問題からの亀裂で、所得配分に差があった。

 2.小林幸子

 私自身は、彼女は「おもいで酒」は確かに大ヒットしたが、この一曲しか恵まれない印象。どちらかといえば、紅白のド派手衣裳合戦で生き残った感が強い。なのに、NHKを始め、多くの歌謡番組に出演し、「大御所」と呼ばれるまで上り詰めたのは人脈としかいいようがない。

 1987年に所属していた「第一プロダクション」から違約金2億円を払ってまでして独立した。その後、「幸子プロモーション」を設立して独立を果たしたが、2012年には、長年のビジネスパートナーだった女性社長と専務を強制解雇に踏み切った。プライドの高いA型の小林幸子は、社長とウマが合わず、口論が原因でクビを切った形。

 3.小柳ルミ子

 1970年代に、清楚にして純情少女のイメージで一世を風靡した。「瀬戸の花嫁」が大ヒットし、「星の砂」では妖艶な魅力を醸し、世の男性を虜にした。その後、私生活でも年下のダンサーの男性との結婚・離婚などでイメージダウン。めっきり出演番組が減った。

 彼女は最大手芸能事務所の「渡辺プロ」所属だったが、音楽に対する方向性の相違から軋轢が生じた。元からポップス系やミュージカルを志向していた小柳ルミ子だった、事務所の方針と意見の食い違いや対立があった。待遇面でも不満が生じ、独立問題に発展。強権的だったナベプロから仕事を干され、その後、出番が無くなった。

 4.鈴木あみ(現在は亜美)

 所属事務所でマネジメント契約を結んだエージーコミュニケーションおよび専属契約を結んだミュージックトライブに対して「契約終了の確認」とレコード会社や広告代理店などから事務所に支払われた大もとの「契約出演料明細の交付」を求め、鈴木本人と親権者である両親が東京地裁に民事訴訟を提起した。(Wikipediaより)

 当時彼女は「浜崎あゆみ」と並び、10代の若手歌姫として人気絶頂だった。それをこの一件を発端に干され、一切の芸能活動を停止された。10年以上ものブランクによって、ファンも去り、芸名を漢字にして再出発したが、もう歌手としての役目は終わってしまっていた。

 5.坂本一生・加勢大周

 1991年に加勢が実母を社長に据えて個人事務所を設立し前事務所(インターフェイスプロジェクト)からの独立を画策した際に、前事務所が芸名の使用の停止を求めて裁判所に提訴し揉めた。新加勢大周(坂本一生)問題が連日ワイドショーの賑わせた。

 この二人は、もう日本での芸能活動はしていない状況だ。やはり不祥事トラブルは人気低下を招くし、テレビ局側も起用したがらない傾向が強い。

 6.GLAY

 1990年代後半から2000年代にかけて、「レコード大賞」を受賞するほど時代の寵児となり、人気バンドだった彼らが、その後、表舞台から姿を消し、疑念を抱いたファンも多かったことだろう。もともと「アンリミテッド」という音楽事務所に所属していたが、ドームツアーの売り上げやチケットの収入などを持ち逃げされたことなどから鬱積が爆発。その後、事務所を独立し、「loversoul music &associates」に移籍するが、このイメージダウンが大きく、表向きの活動が減った。

 7.安室奈美恵

 所属していた「ライジングプロダクション」と揉めた。当初は弁護士を立てて事務所と対決するなど意気盛んだったが、関係者からのリークと思われるバッシング記事が相次いで飛び出し、瞬く間に形成は逆転。「Dimension Point」に移籍。

 彼女は運命に翻弄されているシンガーと言える。沖縄の歌姫が、10代で華やかにデビューし、「アムラー」と呼ばれる一大ブームを巻き起こしたが、私生活では母親が殺害された事件や、結婚・離婚でシングルマザーとして歌手活動を継続していたが、この事務所トラブルに遭ったり、浮き沈みが激しい芸能人生を送っている。同じ境遇を辿った同じO型の美空ひばりと通じるものがある。

 8.水嶋ヒロ・綾香

 2009年に事務所に無断で歌手の絢香(25)と入籍したことからトラブルに発展。翌年に絢香と夫婦そろって研音を離脱し、個人事務所を立ちあげた。これに研音側が激怒し、水嶋は芸能界を干される形となり、同年公開の映画『BECK』を最後に芸能活動は休業状態に。夫・水嶋ヒロが所属していた「研音」を退社したことをきっかけに、絢香も2009年末をもって同社を退社していたことが明らかとなった。絢香は自身の楽曲管理会社「A stAtion」を設立した。またワーナーミュージック・ジャパンとの契約が2010年3月に終了したことも判明。(Wikipediaより)

 9.SMAP

 2016年1月に降って湧いたような解散問題。原因は長年SMAPを育ての親としてサポートしてきたベテランマネージャーをジャニーズ事務所が解雇したことによる。母親のように慕っていたメンバーの中居・香取・草なぎ(共にA型)が同調し、事務所移籍を画策。これがメリー喜多川副社長の怒りを買い、一気に解散騒動に発展。仲裁に入ったのは事務所に育てられたという恩を感じていた木村拓哉だった。メンバーが事務所側に謝罪し、解散は免れた。日本だけでなく世界中にファンを持つSMAPの一連の騒動はこうして事態が収拾されたが、SMAPのこれまでの特権は剥奪され、事務所内では新人アイドル並みの扱いというペナルティーを科せられた。

10.能年玲奈

 NHKの連続テレビ小説「あまちゃん」で一躍大ブレイクした能年玲奈の“独立騒動”はドロ沼化の一途をたどっている。「所属事務所に無断で個人事務所を設立したことで、大きなもめ事に発展している。最近「のんちゃん」と改名して芸能活動を継続すると発表があったが、今まで以上の事務所のサポートやマネジメントを得られるとは考えにくく、芸能活動も一定の制約を受けるのは免れない。

 他にも、西嶋秀俊(渡辺プロダクション)、水野美紀(バーニング)、野久保直樹(ワタナベエンターテイメント)、沢尻エリカ(スターダストプロモーション)、田原俊彦(ジャニーズ事務所)、さとう珠緒(プチスマイル)、眞鍋かをり(アヴィラ)、小倉優子(アビィラ)、爆笑問題(太田プロダクション)、沢田研二、浅香唯、若槻千夏なども所属事務所とトラブルによって移籍や独立を強いられ、一時期芸能活動を制約された。

 こうしてみると、最近あまり出演しなくなったと疑問を抱くタレントは、もしかするとこうした内輪もめのトラブルによって干されたり、出演できなくなったことが原因かもしれない。噂が噂を呼ぶのがこの世界の特徴で、根も葉もないことだったり、逆に火のないところに煙は立たないという部分も無きにしも非ずだが、せっかく出演チャンスを掴み、芸能界で華々しい活躍があっても、このような不祥事で姿を消すのは残念としか言いようが無い。そこにファンの存在はないし、手前勝手な事由によってファンの感情を逆なでするのはいたたまれない。

 記事作成:7月17日(日)

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