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2016年11月 1日 (火)

芸能界から身を引いた有名芸能人

 かつて人気があり、出演作品も多かった有名俳優や女優が、知らないうちに芸能界から引退してしまうというケースがあった。結婚を機にとかサイドビジネスが成功し、そちらに転身してとか、不祥事によってというのなら理解できるが、売れっ子だった時期に突然、身を引くというのは些か疑問が残る。表沙汰にできない理由はあったにせよ、今日はそういう「もったいない」方々を取り上げたい。

 露口 茂

 かつては「太陽にほえろ」の山さん役や時代劇で人気が高い実力派俳優だった。1990年代後半以降は体調不良等を理由に仕事を断わり公の場にほとんど姿を見せなくなっている。現在もお元気だと思うが、84歳になられている筈だ。あの渋みがかった演技は円熟味が感じられて個性的だった。

 根津甚八

  革ジャンがよく似合い、ハードボイルド系の渋みのある俳優だった。バイクが好きで、孤高のイメージが強かった。中村雅俊とコンビを組んだ刑事ドラマの印象が色濃く残る。。大河ドラマ 「黄金の日々」でブレイクし、活躍していたが、2004年7月に交通事故を起こし、被害者を死亡させた。2010年に芸能界を引退した。現在は68歳になられている。

https://www.youtube.com/watch?v=OFLYniJtlek

 大谷直子

 1970年代後半から80年代にかけて、テレビドラマや時代劇、映画など多数の作品に出演し、その妖艶な魅力を視聴者に届けていた。
 1980年、鈴木清順監督の映画『ツィゴイネルワイゼン』に主演して一人二役を演じ、第4回日本アカデミー賞優秀主演女優賞並びにキネマ旬報主演女優賞を受賞。
 2007年秋に悪性リンパ腫で余命3ヵ月の宣告を受けたが、1ヵ月の入院と続く通院による抗がん剤・抗体薬での治療を経て、半年後に治療を終了。4年間の療養生活を経て体力も回復し、2012年公開の映画『希望の国』で復帰した。2013年、映画『希望の国』および長年の功績により第22回日本映画プロフェッショナル大賞特別賞を受賞。
 私生活では、松山省二(現・松山政路)、清水綋治との2回の結婚・離婚を経て、1人で3人の子を育てた。現在は66歳になられている。

https://www.youtube.com/watch?v=19-xZOECM58

 松尾嘉代 

 1970年代末から1990年代前半においてテレビのサスペンス・ドラマで活躍し、「サスペンスの女王」と呼ばれて高い人気を得た。特に松尾嘉代がサスペンス・ドラマにおいて得意としたのは悪女の演技であり、欲望をみたすためには手段を選ばない悪女の役を濃厚な官能シーンとともに大胆に演じたことで知られている。一連の2時間ドラマでは色気あるシーンも忌避せず、主演もこなし、一部からは「元祖2時間ドラマの女王」とも呼ばれる。
 明確な女優引退の宣言はしていないが、1998年以降は女優としての活動が途絶えており、メディアへの露出もほとんど行っていない。現在73歳になられている筈だ。

 篠ひろ子

 宮城県仙台市出身。東北学院大学法学部中退。 血液型O型。。1973年TBS『時間ですよ』の小料理屋の女将・お涼さん役で、これ以降、まとわりつく不運に愚痴ひとつこぼさず、ただ静かに耐える女・お涼さん路線が続いた。 一時期、篠ヒロコ名義で活動していた。ドラマの性質上必要であればベッドシーンなどにも臆することなく大胆に肌を露出して挑んだ。
 1997年にドラマの主演を務めたのを最後に女優業を休止。前後して夫の伊集院静と郷里の仙台市に移住、目立った活動を行うことなく今に至る。現在68歳になられている。 

 中原理恵

 1978年に「東京ららばい」で歌手デビュー。当時はバリバリのオールバックのショートヘアで登場。その後、1981年から1982年にかけて、フジテレビ系列「欽ドン!良い子悪い子普通の子」の人気コーナー「良い妻、悪い妻、普通の妻」で「よし子」「わる子」「ふつ子」の三役を演じ、それまでのシリアスなイメージを打ち破る弾けたコメディエンヌぶりで人気が爆発。演技力、カンの良さ、トークの切れが高く評価されることになった。Wikioediaでは現在も女優業を継続しているようだが、あまりお目にかかっていない。

https://www.youtube.com/watch?v=fNyHZlPpnAw

 河合奈保子

 1980年代の歌手・アイドルの一人である。シングル売上記録は「エスカレーション」「スマイル・フォー・ミー」「夏のヒロイン」「けんかをやめて」の順。歌以外にもピアノ・ギター・マンドリン・シンセサイザーを演奏し自作曲(作詞作曲)も発表した。雑誌のグラビアやアイドル水泳大会に登場していた。
 1996年2月1日、記者会見にてヘアメイクアップアーティストの男性との婚約を発表。同年2月6日に婚姻届を提出。翌1997年の第一子出産を契機に芸能活動を停止する。夫との間に2児あり。このうち第二子であるkahoは2013年11月27日にソニー・ミュージックから「Every Hero/Strong Alone」でデビューした。
 明確な引退宣言を行っていないため、いつの間にかいなくなっていた感が強い。現在は53歳になられている。

https://www.youtube.com/watch?v=bt_id884_uM

 竹井みどり

 長野県諏訪市出身。1975年放送の銀河テレビ小説『ドラマでつづる昭和シリーズ』(NHK)でデビュー。堀越高等学校在学中から数々の作品で活躍した。初主演作品の日活ロマンポルノ『キャバレー日記』ではイメージチェンジを図った。幾度かイメージビデオや写真集がリリースされている。Vシネマ版・ミナミの帝王の探偵・矢吹麻子役で有名。当たり役となり通算9年間シリーズ出演を果たした。
 2008年以降、新作ドラマへの出演がない。現在57歳になられている筈だ。血液型はA

https://www.youtube.com/watch?v=AloZO2-R04k

 木之内みどり

 北海道小樽市に生まれる。1977年10月25日発売の『刑事犬カール』の主題歌「走れ風のように」や1978年2月25日発売の「横浜いれぶん」がようやくヒットした。
 1978年9月、ベーシスト後藤次利との交際が発覚し、米国ロサンゼルスでレコーディング中の後藤のもとに、すべてのスケジュールをキャンセルして逃避行した。後藤は当時、元シモンズの玉井タエと婚姻関係にあった。同年9月11日、帰国ともに記者会見を開き、木之内は21歳で引退した。「子どものできるようなことはしていません」のセリフを残す。人気絶頂期の突然の引退に、芸能界のみならず一般でも一時期騒然となった。新曲は記者会見の10日後の発売であった。5年後の1983年、木之内は後藤と結婚したが、4年後の1987年に離婚した。1990年、俳優の竹中直人と再婚した。竹中との間に2人(1女、1男)の子供がいる。現在59歳になられた。血液型はO型。後藤次利はプレイボーイの典型のB型、竹中直人は実直なA型 わかりやすい構図だ。後藤はその後、元おニャン子の河合その子と再婚した。

https://www.youtube.com/watch?v=gd0ehNcd4Ks

 小林麻美

 1970年代後半、資生堂、パルコなどのCMに起用され、ファッションリーダーとしての地位を確立した。1972年、18歳の時、「初恋のメロディー」で歌手デビュー。同期に麻丘めぐみ、五十嵐じゅんら。「初恋のメロディー」はオリコン18位を記録したが、当時のアイドルに多く求められた、明るく無邪気に笑顔を見せる天真爛漫さとは対極にあるような、殆ど笑顔を見せずにうつむき加減、猫背で気だるそうに歌う小林の姿は異質にも映り、暗い印象を持たれた。1984年に8年ぶりに歌手として、海外のカバー曲「雨音はショパンの調べ」をリリースし、大ヒット曲となった
 1991年に極秘出産、元スパイダースの田邊昭知氏と結婚。家庭に入るため芸能活動から引退した。血液型はO

https://www.youtube.com/watch?v=aAmeQzK0lQQ

 木内みどり

 劇団四季を経て、『「されどわれらが日々―」より 別れの詩』(1971年、東宝)でデビュー。1983年、CM好感度ランキングで第7位になる。
 多くのテレビドラマに出演し、お茶の間でも人気だったものの、近年はあまり見かけなくなった。女優業は継続しているようだ。血液型はO型。

https://www.youtube.com/watch?v=ksFlwcYdxnk

 叶和貴子

 北海道函館市生まれ。中学・高校時代は陸上競技で活躍し、女子80mハードルで北海道記録をマークした。
 1977年に桐朋学園短期大学音楽科を卒業後、ピンクレディーや郷ひろみのバックコーラスを務めた。女優への転身のきっかけは、「和服の似合う美人女優」を探していた久世光彦が郷に声をかけ、郷が叶を紹介したことによる。1980年にTBSのテレビドラマ『源氏物語』の紫の上役でデビューした。
 1982年のドラマ『天国と地獄の美女 江戸川乱歩の「パノラマ島奇談」』で大胆なヌードを披露したほか、同時期にヌード写真集を上梓している。他にも子供向け特撮番組への出演や、自身のキャリアを生かした歌謡曲レコードの発売などの幅広い芸歴を持つ。
 1991年に関節リウマチであることが判明、病状の悪化を受けて1997年にいったん芸能活動を休止し、治療に専念した。2000年に活動を再開。現在は、闘病経験をもとに健康をテーマにしたテレビ、ラジオのトーク番組出演や講演を中心とした活動を行っている。現在、60歳を迎えられた。血液型はB型

 山本みどり 

 東京女子大学短期大学部卒業。在学中より劇団「夢の遊眠社」に参加。1978年、ポーラテレビ小説『夫婦ようそろ』で主演デビュー。以後、テレビと舞台を中心に活躍。美人女優だけに引っ張りだこだった。1986年に放映された東海テレビ制作昼ドラマ『ふれ愛』は台湾でも放映され人気を集めた。テレビドラマ『水戸黄門』では、1994年の時点でゲスト出演回数の女優部門で歴代3位にランクインしていた。
 1997年以降から、めっきりテレビ出演が少なくなり、数年に1本のペースになり、徐々に忘れ去られていった。現在58歳。血液型はB型

https://www.youtube.com/watch?v=hSv3WfMkvsk

 吉川十和子

 1966年5月30日生まれの 50歳 167cm 48kg 東京都豊島区出身。日本女子大学付属高等学校卒業 。 映画・テレビなどにおける女優活動を経て、1995年に君島ブランドの継承者の君島明氏との婚約を発表、それをきっかけに起きた様々な混乱の中、芸能界を引退した。

https://www.youtube.com/watch?v=TqLhBU99i3c

 木村理恵

 1975年、東宝映画『青い山脈』で本格的にデビュー。その後、ドラマ『太陽にほえろ!』に捜査第一係3代目内勤員(マスコットガール)の矢島明子役として第173話から第322話まで約3年間レギュラー出演した。第284話「正月の家」(1978年1月放送)では主役を務めた。デビュー時から清純派として活躍したが、1977年のドラマ『青春の門』では大胆にスカートの中の下着を披露。さらに雑誌『写楽』誌上で篠山紀信撮影による初ヌードを披露、1982年には写真集『激写文庫 いつのまに』を発売して清純派イメージからの脱皮を図った。
 1983年にはにっかつ創立70周年記念のロマンポルノ作品『暗室』でベッドシーンを演じ話題を集めた。
 1980年代後半、一時芸能活動から遠ざかっていたが、1990年代以降テレビを中心に活動を再開している。

 斉藤とも子

 1976年にNHKで放映された『明日への追跡』(少年ドラマシリーズ)でデビュー。『若い広場』(NHK教育テレビ)の中のコーナー「マイブック」で注目を集めた。『青春ド真中』、『ゆうひが丘の総理大臣』など、学園ドラマでの「優等生の生徒役」を多く演じた。以後、少年向けドラマ番組への出演が多数。
 1984年に映画『ひめゆりの塔』に出演。1987年、芦屋小雁と結婚(1995年に離婚)。

 齋藤陽子

 長野県長野市出身。ノーザンバージニア・コミュニティカレッジ卒業、准学士号取得。身長170cm、スリーサイズはB93・W63・H90。血液型はA型。
 1990年秋に長野朝日放送にアナウンサーとして入社。1995年に退社後、ホリプロに所属し、タレント活動を開始する。テレビ朝日『トゥナイト2』ではグラマラスな衣裳を身にまとった司会ぶりで人気を集める。1996年からフジテレビ『スーパー競馬』の司会者となり、1997年からはVシネマなどで女優業にも挑戦。映画『SASORI IN U.S.A.』ではヌードでの濡れ場を演じた。2001年5月にインテリアデザイナーの一般人と結婚したが、2003年10月に離婚した。その後はテレビドラマでの女優業を中心に活動していたが、2015年4月11日に更新のブログで一旦休止宣言をした後に、事務所のプロフィールページも見当たらなくなっている。引退したのか一時的な休業なのか事務所移籍したのかは明らかになっていない。

https://www.youtube.com/watch?v=L3WCOAnf328

 井上純一

  1974年、早稲田大学高等学院1年生の時にジャニーズ事務所に入り、ジャニーズJr.になる。 一時期「JOHNNY'Sジュニア・スペシャル」のメンバーにも選ばれたが、すぐに脱退した。1975年8月1日、コロムビアレコードから『恋人ならば』でソロレコードデビュー。高校の校則が厳しかった為に、デビューは夏休みの期間となった。当時のキャッチフレーズは「ポストひろみ」、「クリーン・エイジの白い恋人」。映画『はつ恋』にていきなりの主演も果たすなど、ふんわりした独特のパーマヘアと爽やかなキャラクターで人気を博した。
  その後も、テレビドラマ『ゆうひが丘の総理大臣』や『池中玄太80キロ』などにも出演し、歌手活動よりは俳優活動の方が目立っていた。テレビドラマで長らく恋人役を演じてきた藤谷美和子との交際もあったが、後に舞台『踊れ艦隊のレディたち』で共演した女優・声優の戸田恵子と、1990年に結婚。2006年12月、戸田恵子と離婚。
 実は彼は現在58歳だが、テレビドラマに出続けている。昔の爽やか好青年のイメージが強すぎて、気づかないだけだ。血液型はB型。

https://www.youtube.com/watch?v=T11Sw8FYAqA

 芸能人は流行り廃りが激しい世界で、毎年何百人ものスターが生まれては消えていく。今日紹介した方々は、一時は紛れも無くトップスターだった。しかし、様々な理由で芸能界を後にし、第二、第三の人生を歩んでいる。彼らの映像を見るごとに、懐かしさと若い日の表情が溢れてくる。あわせて当時の自分の生活と重ね合わせ、あの頃、○○をしていたな~と記憶が甦って来る。

 記事作成:10月5日(水)

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