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2016年12月23日 (金)

ふくしまの誇り~箱根駅伝のスターたち~

 2015年5月4日付けで「ふくしまの誇りベスト20」という記事を掲載したが、今回はその続編です。最近のニュースで、原発事故によって止むなく他県へ避難した子どもたちが、壮絶ないじめに遭っている実態が次々明るみになった。なぜ東電のせいで、何の罪も無い子どもたちが、謂れのないバッシングを受け、二重・三重の苦しみを味あわされるのか。いじめている本人たちは、福島県がどれほど辛く苦しい思いをして故郷を後にしてきたかわかっていないだろう。本来なら貰いたくもない賠償金を妬み、それを恐喝された児童までいた。これはれっきとした犯罪行為だ。加害者は子どもであれ、加担したものはすべて断罪すべきで、徹底的に糾弾し、親への慰謝料を請求し、謝罪の上、二度とこのような行為が無きよう、叱るべき措置を講じてもらいたい。もちろん、脅迫した者は、ここで真人間になるための厳重な処分なり、再教育をすべきで、これを怠り見逃せば、人の痛みを知らず、大人になっても同じ行為を繰り返す「犯罪者」となる危険が高い。そして人を自殺に追いやっても、本人は気にも留めない愚かな大人になるのだ。同じ福島県民として強い憤りを感じるし、被害者の心情を慮ると、胸が張り裂ける思いだ。
 本日は、そんな東電のせいで打ちひしがれた県民に少しでも自尊心を取り戻して欲しくて、このタイトルで記事を書く決意をしたものである。

 さて、まもなく年明け早々に、正月の風物詩である「箱根駅伝」が行われる。これまで数々の名シーンが箱根の剣を舞台に繰り広げられた、学生ランナーにとっては夢の場所だ。沿道を埋め尽くし、絶えることの無い人の波。それは母校の襷を繋ごうと必死に歯を食いしばって長い道のりを激走するランナーたちへのエールであり、そのシーンは箱根駅伝の感動の象徴だと言える。
 ところで、この「箱根駅伝」。我が福島県出身の数多のランナーたちが箱根路を駆け抜け、名ドラマ、名勝負を演じてきたことをご存知だろうか?それは選手だけにとどまらず、往年の名ランナーたちが今、指導者となって再びこの箱根駅伝に回帰しているのだ。では、私が個人的に挙げたい顔ぶれは以下の10人だ。

 選手

 1 下重庄三(塙工業→国士舘大学)

 彼は国士舘大学で箱根を力走したが、社会人としても活躍した。引退後は、田村高校の監督に就任し、主に駅伝の指導を行い、全国大会出場の常連校に導いた。しかし、5年前に、低迷する母校・国士舘大学の監督に招聘され、高校を退職してしまった。その後、田村高校は低迷し、ライバル校だった学法石川高校に常連を奪われる結果を招いた。現在は国士舘大学陸上部の女子長距離監督の役職に就いている。

 2 藤田敦史(清陵情報→駒澤大学)

 彼は円谷幸吉と同じ須賀川出身。駒澤大学ではエースとして活躍。卒業後、めきめきと頭角を現し、富士通ではマラソンに転向し、当時の日本記録を更新し、一躍日本のエースにのし上がった。

Shimojyu Fujita

 3 佐藤敦之(会津→早稲田大学)

 彼は雪深い会津若松市出身で、高校時代から注目されていたランナーだ。頭が良く、早稲田大学に進学し、箱根駅伝に出場した。その後、中国電力に入社し、世界選手権や北京五輪の日本代表に選出されるなど、日本のエースとして活躍した。全国都道府県駅伝でも福島県代表としてアンカーを走り、2位に入賞する原動力となった。

 4 今井正人(原町→順天堂大学)

 彼は順天堂大学の5区、山登りを担当し、当時の区間新記録を塗り替え、初代「山の神」と呼ばれることとなった。安定した走りで、大崩れしない、玄人好みのランナーだ。現在も社会人の実業団(トヨタ自動車九州)で現役を続行し、着実にステップアップを図っている。

Satoatsushi_2 Imai

 5 柏原竜二(いわき総合→東洋大学)

 彼は語らずとも人気実力ともに群を抜く、舌を巻く走りで、4年連続山登りを任され、いずれもトップでゴールテープを切った。1~2年の時には、4分遅れてスタートしても上り坂で追いつき、いずれもトップを奪還する姿は、沿道の多くのファンを魅了した。ペース配分を無視した、がむしゃらな走りが多くの駅伝ファンのハートを掴んだ。誰もが彼の走りに感動し、大声援を送った。卒業後、尊敬する藤田が在籍した「富士通」に就職したが、実業団に進んでからは目立った成績を残していないが、県民の期待に応える舌を巻く走りで、捲土重来を期して欲しい。

 監督

 6 酒井俊幸(学法石川→東洋大学)

 東洋大学では2年間、箱根を走った。学法石川高校の監督を務めていた頃に、いわき総合高校で、無名だった柏原竜二に注目し、東洋大学就任後に、彼をスカウトした経緯がある。その後は4年連続箱根優勝を成し遂げ、盤石な体制を確立し、東洋大学の黄金期を

 7 大八木弘明(駒澤大学)

 彼は駒澤大学で選手としても箱根駅伝を経験している。そしてコーチ時代に駒澤大学の黄金時代を築き、その後、監督に就任した。ここ7年間はスランプで優勝から遠ざかっているが、指導力は高く、その手腕は目を見張るものがある。いずれV奪還を果たしてくれるだろう。

Sakaitoshiyuki Ohyagi

 8 相楽豊(早稲田大学)

 2015年早稲田大学駅伝部の監督が10年間指導してきた渡辺康幸監督退任して、コーチとして渡辺監督を支えてきた彼にバトンが渡され、相楽監督が誕生した。選手時代は1年時に5区の山登りでデビューし、その後、3年時には6区の山下りを経験し、4年生の時には主将としてチームを統率した。早稲田を卒業後、福島県の高校の教員となったが、平成17年に、当時の渡辺監督から招聘されコーチに就任した。

 9 添田正美(国士舘大学)

 10月15日に行われた予選会で、本戦に出場する10校のうち、 9位で国士舘大を3年ぶり45度目の出場へと導いた。添田監督は、駅伝都市とも言える須賀川市出身で、選手時代はさほど有名ではなかった。国士舘大学は、エントリーした16人中6人が福島県出身者で占める。昨年の予選会では10人の合計タイムでわずか10秒差で出場権を逃した。悔しさを胸に1秒を意識して練習に励み、10月の予選会で箱根への切符をつかんだ。

10 武者由幸(日本大学)

 コーチから監督に就任した今年、予選会から出場し、上位10チームに認められる出場権をぎりぎり10位でもぎ取り、5年連続87回目の出場権を得た。外国人留学生頼みのチーム事情だが、監督就任し、最低限の責任を果たし、本戦での躍進に期待がかかる。
 彼は選手時代は、田村高校出身で、日本大学で箱根路を走り、その後、「トヨタ自動車」で実業団駅伝で名を馳せた名選手だった。

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 今年1月の「箱根」、「出雲」、「全日本」は青山学院大学の強さばかりが目に付いたが、青学に加え、古豪・早稲田、東洋、そして駒澤、山梨学院らが有力対抗馬になることは間違いない。
 実は、この「駅伝4強」のうち3校が、福島県出身の監督が率いているのだ。福島県は兵庫、京都、大分、長野と並び、「駅伝王国」と称されてきた。全国高校女子駅伝では地元の田村高校が日本一に輝いたこともあるほどだ。したがって、我が福島県が胸を張って自慢できる競技がこの「駅伝」で、毎年、多くの県内出身のランナーが数多く箱根を走っている。
 この福島県の陸上の強さの源は、1964年に開催された東京オリンピックで、男子マラソンに出場し、見事銅メダルを獲得した「円谷幸吉」に由来する。彼は寡黙で、無骨な人柄だったが、人知れず、努力に努力を重ね、懸命に力走する姿は、多くを語らずとも日本人の心に響く。彼の背中に憧れて、陸上を志した者は少なくない。

 ところで、今年はどんな名勝負が繰り広げられるのか。青学の圧勝で幕を閉じる予感はするが、往復10人のランナーが母校の襷を胸に、意地とプライドを掛けてしのぎを削るデッドーヒートを期待したい。その姿を今から首を長くして待ち侘びたいと思う。

 さて、今回の記事はいかがでしたか?私が「駅伝王国」と語った理由の一端を理解していただけたと思う。選手のみならず、多くの優秀な指導者を輩出しているのが我が福島県なのだ。
 豊かな風土にはぐくまれ、忍耐と粘り強い国民性を有する福島県民気質。原発の風評被害やいじめにも屈しない強い精神力を発揮し、県外で辛い思いを体験した人々も、福島県民の誇りを忘れずに苦難を乗り越えて欲しいと思う。

 追記

 この記事を執筆後、ネットで調べたら、あるネットニュースにこの記事と似たトピックを見つけてしまった。私の発想は、スポーツ記者と同じらしい。ぜひ私をライターとして雇ってほしいものだ。

 記事作成:12月21日(水)

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