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2017年2月14日 (火)

昭和の東北本線急行の映像集

  過去、当ブログで何度も鉄道の話題をお送りしたが、我が街「郡山」は東北本線、磐越西線&東線、水郡線、そして東北新幹線と高速鉄道も充実している土地柄で、かつてはL特急で上野まで約2時間半、鉄道の旅を満喫したものだ。今は東京駅まで、当時の約半分の1時間20分足らずで出向くことが出来るまでになった。今日は、私が幼少の頃から、そして学生時代を過ごした北海道と東京のへの移動手段としてよく使った鉄道路線の懐かしい映像をお送りしたい。

 1977年当時の急行「八甲田」と青函連絡船 (上野~青森・函館)
八甲田アナウンスはコチラ→ https://www.youtube.com/watch?v=cbHNg3hEYnY
黒磯駅で直流→交流変換のため、機関車交換の模様
 「八甲田」と聞けば、上野発の夜行急行列車という印象。私も5~6回は乗車した懐かしの列車だ。19時台に郡山駅を出発し、夜中の2時頃に青森駅に到着。その後、青函連絡船に乗り換え、約4時間で函館港に到着。そして室蘭本線経由の特急「おおぞら」か「おおとり」で札幌まで向かった。この頃の夜行急行列車は「津軽」もあった。
 八甲田は客車がブルートレインのような外観だったが、寝台車ではなかった。4人掛けのボックス席で、リクライニングが利かないので、長時間乗っていると腰が痛み、足が痺れたりしたものだ。常連客の中には、シートを外してベッドに改造する輩もいた。
 急行「津軽」の映像
 87年6月、上野-青森間(奥羽本線経由)14系急行「津軽」車内放送を収録。車内放送チャイムは電子音ではない旧式の「ハイケンスのセレナーデ」が流れます。
 「津軽」は真夜中の運行で、八甲田よりも遅い時間に走る急行列車だった。
 「青函連絡船」の懐かしい映像
 「羊蹄丸」
 https://www.youtube.com/watch?v=8Us2r3JMowc
                                                                 
 私が北海道に住んでいた1984年~1986年頃には「大雪丸」「桧山丸」「摩周丸」「八甲田丸」「羊蹄丸」など6本が運航していた。
 急行ざおう1号・まつしま3号
 急行「あづま」号の車内アナウンス
 他に、郡山に停車する急行には、クリームと小豆色のツートンカラーを配色した福島止まりの「あづま」や仙台止まりの「まつしま」、喜多方止まりの「ばんだい」、山形方面の「出羽」などがあった。
 国鉄だと実感する風物詩が、始発の発車直後と終着駅間近になると車内を流れる「鉄道唱歌」だ。これを聴くと東京に来たという気持ちが高まったものだ。
 こうした昔ながらの古い鉄道の映像を懐かしんで貰いたいのと、人生を彩ってくれた電車の想い出に感謝したい。
 最後に、私が昭和59年4月から昭和61年3月まで住んでいた北海道で、豪雪の中、道なき道(線路)を突き進む列車のパワフル映像をご覧いただき結びとしたい。
 記事作成:2月1日(水)

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