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2017年5月

2017年5月31日 (水)

2017年5月期のCMベスト5

 一昨年から2か月に一度ずつお送りして来た、その時期に流行ったり、何度も繰り返し放送され、注目を浴びた見慣れたCMを特集して掲載しているこの記事。しかし、あまりにも秀作が多いため、昨年からは毎月末に傑作CMを紹介しています。今回もこの5月に放送されたCMから気に入っているCMを5作品お送りします。

 1位 elis

女優の有村架純さんがイメージキャラクターをつとめるエリエールブランド新しくなったelis「Megami素肌のきもち」の新CM「答えはゼロへ」篇のメイキング映像が公開されました。
CMの中では爽やかなそよ風が吹く海辺で、大きなブランコに乗った有村さんが透明感のある声で「素肌のきもち」の歌を口ずさんでいます。
大きく ブランコを漕ぎ、ジャンプして飛びおりると、照れ笑いを見せる有村さん。「ゼロへってことはね」と 有村さんがいたずらっぽく覗き込みながら、「素肌のきもち」の特長を説明します。
「肌触れ率最小で、ここまで肌にやさしくなっちゃった。」有村さんがそう言うと同時に、ふわさら 凸凹シートを表すアニメーションが現れます。有村さんが手に持った柔らかい布が風に吹かれ、 商品の上をさらっと通り、表面のさらさら感を伝えています。
元気いっぱいの有村さんのキラキラ輝く笑顔や、透明感のある歌声など、有村さんならではの魅力がたっぷり詰まったCMとなっています。

 2位  ポカリスエット

 春のCMは、学園生活のスタート、始業式が舞台です。ヒロインの八木莉可子さん率いる300人の生徒が、手を打ち、足を踏み鳴らしてダンスをします。CMの中では皆さんから募集した「すごい!青春一発動画」も登場。はじまりの期待、友情、恋の予感、わくわくする青い気持ちが炸裂します。学園生活を応援する歌詞も新しくなりました。「キミの夢とボクの夢。重なり合ってかなうはずさ。想像以上の未来へ。」
 若々しさとみずみずしさ、そして躍動感が伝わってくる。

 3位 SEA BREEZE

 女優の広瀬すずさんと俳優の中川大志さん、「DISH//(ディッシュ)」の北村匠海さんらが出演するエフティ資生堂「シーブリーズ」の新テレビCMが5月9日、公開された。CMでは、広瀬さんと中川さん演じるダンス部の先輩カップルが、北村さん演じる“匠海先輩”とオーディションで選ばれた佳島みささん演じる“みさ”の恋を応援する姿などが収められている。CMは12日から放送。

 新CMは「デオ&ウォーター 恋のせい」編で、2015年から「シーブリーズ」のCMに出演している広瀬さん、中川さんに加え、新キャストとして北村さんと、9598人の女子中高生の中から「シーブリーズ 青春のシンデレラ」に選ばれた佳島さんが出演。佳島さんは今回がテレビCM初出演となる。

 CMは、北村さん演じる“匠海先輩”と“匠海先輩”に思いを寄せる佳島さん演じる“みさ”が、先輩から注意されたことで気まずくなるが、広瀬さんと中川さん演じる先輩カップルに見守られる中、仲直りする……というストーリーで、広瀬さんが先輩らしく注意する姿や、落ち込む“みさ”に「恋のせいだよ」とやさしく声をかけるシーンなども収められている。

 CMと同時に約1分20秒のメーキング映像も公開。広瀬さんらが撮影の合間に談笑する姿や、バスケットボールに興じる姿などが映し出されている。

 4位 アクエリアス

 『アクエリアス クリアウォーター』の新CM「渇き・スッキリ」篇&メイキング映像を配信。清野菜名のボクササイズや、アクション稽古など、とある一日を切り取ったアクティブなストーリーとなっている。

 5位 SEIYU やっぱコスパ!もう一品にコロッケ

 5月は暦の上で初夏を迎える。したがって、飲料水やビール、制汗剤のCMが軒並み多くなった。

2017年5月28日 (日)

我が家のバスリフォーム大作戦②

 いよいよ我が家のリフォームが始まった。寒すぎるバスルームで、ヒートショックの危険に晒されていたことから、それを回避するために1月に「バスまるごとリフォーム」を決意してから早4ヶ月、幾度に渡る打ち合わせと契約、その後の希望していたシリーズの廃盤に見舞われるアクシデントを乗り越え、それでも粘ってなんとかこの日にこぎつけた。
 さっそく一週間かけて行われた工事の模様をダイジェストでどうぞ!

 5月20日(土)

 13:40~14:20 脱衣洗面室に暖房機を取り付けるため、30Aから50Aにアンペア
            変更。そのための電気工事を実施。一時停電。
            月の基本料が700円もUPするが仕方ない。
            そして、22年間お世話になった浴室の動画撮影と写メ撮影を行った。

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 <工事前日の我が家のバスルーム>

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 5月22日(月)(工事初日) 快晴

 建売住宅で、始めから付いていたトステム製のユニットバスを解体して取り壊した。仕事を休んで作業時に立ち会った家内によれば、9時に業者5人でやってきて、僅か1時間半程度で撤去作業が終わったらしい。同時に、絶縁・器具撤去、止水&水湯配管・配水管立ち上げ作業、産業廃棄物を保管する大型の金網のBOXを駐車スペースに搬入して設置した。ボイラーから引っ張ったオレンジ色のチューブ(お湯用)とブルーのチューブ(水用)が浴室内に差し込まれてあった。

 この日は30℃を越す猛暑の中の作業となった。

 しかし、リフォーム請負元のO社の担当者が足を骨折したとかで、松葉杖を突いて登場。この担当者 I 氏はどうも頼りない。4月初旬の契約時もインフルエンザを発症し、不在。肝心な時に役に立たない。ちゃんと契約通りの施工管理が出来るのか?
 相談したことをメモも取らず、すぐに忘れてしまい、その後何度も電話してきて確認し直す。どうも信用できない。
 
 このリフォーム会社には、全自動トイレと換気扇の工事をお願いして来たが、こんなに不安材料が多いのでは、次回は考え直さなければならないかも。

 また、懸念していた下地の基礎土台部分の木材は一切腐っていなかった。22年前の施工だったが、ユニットバスだったため、水漏れはしていなかった!しかし、窓側の横柱4箇所の上にコウモリの糞が山盛り。下の二つは掃いて撤去できたが、上部2箇所は届かず、業者に任せることに・・・。

 初日の工事時点での現状

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 家内の話では土曜日竣工の予定だったが、金曜日には完工して受け渡しが出来るかもしれないとのこと。

 なお、この日から自宅での入浴が出来なくなり、一番近い「極楽湯」(720円)に通う予定だったが、料金が高いので「並木温泉湯の郷」(500円)へ。それでも車で5分とかからない。家内は諸事情により2km離れた実家で入浴。

 20:40発で出向いたら、駐車場はそんなに車がない。機械で入浴券を購入するシステム。この日の下足は76番でロッカーは25番。
 思ったよりも浴室は狭い。洗い場はカラン10人分。すでに先客が8人いた。平日の閉店近い時間帯にしては混雑気味。ここは安いのだが、水曜日が定休日。30分ほどで上がったが、ぬるぬる滑らかの泉質で、シャンプー&ボディシャンプーやドライヤーは付いているが剃刀はなし。タオルとバスタオルは持参。 

 21:10帰宅  ヒゲそり時にバスタオルを忘れてきたことに気づき、慌てて戻る。
 21:20に自宅を再出発して戻る。フロントに事情を話して脱衣所へ。ロッカーの上に置き忘れてあったバスタオルを見つける。慣れないことをすると失敗する。
 21:30に再帰宅。21時過ぎると周辺の信号が点滅になるので信号待ちがないため、めちゃ早い。

 「並木温泉 湯の郷」については「いい湯だね!温泉旅行Hack」のHPをご覧ください。
 

 5月23日(火)(工事2日目) 晴れ/くもり

 この日は家内も仕事で、工事関係者のみで工事。家の鍵はキーBOXを使用
 立会い者がいないと、手抜き工事や盗難の危険性がある。信用でやってもらうしかない。この日も30℃を越える猛暑日となった。

  17:30に帰宅すると、新品の明日施工すると思われる木材が外に出しっ放し。いい加減さがよくわかる。曇ってきて雨に降られそう。腐るだろって!雨ざらしにしても平気な感じが見栄見栄。外の廃棄物BOXの外には、取り外した古い断熱材「ロックウール・ホームマット100mm×425mm」が丸めて放置してあり、BOX内に入れないで途中で作業を終わったような感じ。さらに不信感を募らせる。

 風呂場を覗くと、柱の間に新しい断熱材「ロックウール425」が埋まっていた。22年前の断熱材と同じか・・・。それでずっと浴室が寒くて仕方なかったのに・・・。
 また、入り口のドア枠が取り払われ、足元の木枠も撤去。段差解消のためのバリアフリー化が進む。配電盤が設置されている壁の内側を見ると、薄っぺらなベニヤ板一枚。これでは冬に寒かったはず。床下には、基礎石の正方形ブロックが置かれていた。
 担当者に依頼した「コウモリの糞を片付けました」の書き置き。

 2日目の工事時点での現状

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 18:25~18:47 リフォーム会社の担当者 I氏が現れる。骨折ではなく、捻挫だったらしい。断熱材は四つ星マークの最高性能。筋交いもちゃんと入っていた。そして断熱材は窓側だけやれば法的にはOKだったが、トイレ側に加え、天井にも敷き詰めるらしい。さらにはサーモバスで防水パンも入れるため、二重三重の保温効果。これで寒い冬場、寒さに震えたり、ヒートショックの危険性は減ると思う。
 それにしてもヤバイのは、処理してもらったコウモリやハクビシンと思われる山盛りの糞で、機密性が高いどころか、隙間があって、どこからでも動物が入れるということか・・・。

 担当者曰く、風呂のリフォームでこんなに基礎材が綺麗で、コンクリベタ基礎の床下も綺麗なのは久し振りだったそうだ。あまり劣化していなかったようだ。水漏れも皆無。
 私は喫煙をしないので天井は綺麗だし、22年も経過している割に大丈夫そうだ。

 また、床がバリアフリーになるため、3cmほど高くなることで、窓枠の下に設置してあったリモコンが狭くて入らず。窓の右下に移動させるか、あるいは担当者も勧めるバスタブの頭部側のすぐ横に取り付けるか相談。結局、追い炊きの操作が楽な頭部側に移動させることで了承。

 この日は21時過ぎから並木温泉・湯の郷へ。その後、商品入荷の連絡があったみどり書房へ。ZARDの「CD&DVDコレクション⑧」を取り寄せて貰った。これが大人気で、入荷初日に完売してしまうため、第9号から定期購読に切り替えた。5月27日(土)に死後10年が経過する。東京と大阪で追悼行事があるようだ。私は、4年前に墓参りを実施したほど坂井泉水さんの大ファンだった。もちろん27日には追悼記事を掲載する予定だ。

 5月24日(水)(工事3日目)

 この日はシステムバスを設置する最も重要な工事。なのにリフォーム会社の担当者は休暇で、LIXILの請負業者のみ。細かい現場指示をせずに大丈夫なのか?怪しい。

 気になって、いつもより2時間近く早い17時半に帰宅。すでに業者は去った後。小雨模様なのに、角材を外に放置して雨ざらし。考えられない。

 浴室を確認すると、今朝とは激変。ビフォー・アフターを地で行く変わりよう。浴室はほとんど完成 ミラーも手すりも設置済み、シャワー操作、シャワーヘッド、壁タイル(全面)、照明、それに浴室暖房機や湯船カバー、ランドリーパイプも設置が完了していた。

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 残すは壁紙&リモコン設置、ドアの枠や段差の枠、電気工事を残すのみ 最後までサービスで入れると言っていた「浴槽パン」もちゃんと入っている 以前はR形状だった天井が30cm以上下がり、平になったせいで低く、狭く感じる。かなり圧迫感がある。樹脂の独特な匂い臭が強烈。
 システムバスなので、すべてがセットで組み立てるのみ。リモコン移動しなくても窓枠の下にぎりで設置できた感じ。それをヘッドの右側に移動・・・。目障り。人口大理石のバスタブはまだ見えない。シャワーの位置が一番下に持ってきても高い。

 天井に追加発注した断熱材をちゃんと入れたか確認できない状態。不安材料は尽きない。

 20:00~20:55 雨中、家内と「極楽湯」へ。水曜日が「並木温泉」が定休日のため、「郡山温泉」か「うねめ温泉」か、「ユラックス熱海」かでさんざん迷い、一番近い「極楽湯」へ初参上!
 Pは車多いが、中は空いている。すべてのお風呂に入る。ジェットバスで足壷、腰、肩マッサージ、でも強すぎて張り返し必至 720円だが、中は広くていろいろある アイス、ジュース、ゲーム、マッサージ、アカスリ、広間、レストラン、長い時間いればいいかも 午前中は400円!下駄箱と脱衣ロッカーは100円入れるが、返金タイプ

 5月25日(木)(工事4日目) 小雨/くもり

 不在の間に見知らぬ工事人を部屋に上げるのが不安。勝手に合鍵を作られていたら・・・。物が無くなっていたらなど。

 18時に帰宅して確認。ドアの周囲に白い樹脂の枠と浴室へのステップが付いたが、壁の間に古い板を剥がした時に開けた穴が隙間から目立つ。
 ドア枠のビニールの切り方が汚くて、切残しがそのままある。杜撰な工事だ。やはり現場監督が目を光らせていないとダメ。

 リモコンも付いて、バスタブと床の養生マットが外される。天井に断熱材が入っているのか不明。明日は分電盤交換やリモコン取り付けなど電気工事関係がメイン。しかし、壁を塞いだのに、浴室照明のスイッチをどうやって取り付けるのだろうか? 

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 この日は20:05~20:50に家内と「並木温泉・郷の湯」へ。500円×2=1,000円
 この日は先客5名と少なかった。

 5月26日(金)(工事5日目)くもり

 気になって17:30過ぎには帰宅。指摘しておいたドア枠のビニールの切り残し(きれっぱし)と枠の外の板の穴は壁紙クロス張りで改善済み。洗面所の壁紙とタオル掛けが設置された。
 しかし、毎日、中途半端な作業で終わっている。この日は分電盤がむき出しで外に飛び出した状態で終了。洗濯機の上に配電盤の蓋が置きっぱなし。どうも雑な仕事ぶりだ。

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  20:10~20:45 家内と並木温泉郷の湯往復 500円×2=1,000円一番少なく、カラン3人、湯船2人のみ
 カミソリで左の顎を切る 出血 まるごと野菜ジュース 温泉通いは今日で終了

 5月27日(土)(最終日)くもり

 8:21に工事人ひとり来る。電気工事関係を施工。10時前に停電になったのを機に外出。
 分電盤が大きくなり、蓋が付く。スイッチ類も取り付け完了。屋根裏に断熱材あり。

 10:50完工 壁紙業者下手くそ 4箇所に空気入っている リモコンもまっすぐじゃない。12時過ぎにO社にTELしたら、担当者が休暇。埒が明かない。壁紙の空気の浮きの件で対応をお願いする。

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 5分後に担当者が休暇返上で来家。壁紙の件で説明を受ける。パテで行っているので、どの業者がやっても少しは浮きが生じるが、2~3週間で空気が抜けて綺麗になるらしい。それでも空気が抜けない場合には、注射器で糊を注入するとのこと。業者負担で無料。リモコン操作の説明を受ける。そして養生テープ類を剥がす。
 廃材コンテナ撤去は、今日の予定が月曜日になるとのこと。風呂の蓋を収納すると、水抜き栓のボタンが半分かぶさって隠れてしまう欠点が露呈。LIXILの設計ミスではないのか・・・。ダウンライトはLED仕様だった。外光が入っているせいか、ショールームで見た時よりは明るい印象。リフォーム前は白色灯で、しかも四面全面が白壁だったため、明るすぎたのかもしれない。

 最後に、実際に湯を張って、シャワーやカランの操作方法の講習を受けた。容量が増えた割りに、お湯の量は少なくて済むという不思議な浴槽。古い浴槽時の水量設定のままでお湯を入れたのに、かなり上までお湯が達した。ということは、旧式よりも少ない湯量で入れるので、水量節約になりそうだ。また、思ったよりソフトダウンライトは明るい印象。LEDライト2つで、半永久的に切れることは無いという。浴室暖房機と洗面所暖房は入る30分前に入れて、入浴する際には、換気に切り替えて入浴するとのこと。
 13時に帰って行った。

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 リフォーム決意から4か月、工事着工から5日間で浴室丸ごとリフォームが完成した。
 正直「ヒートショック」対策のために行った工事にしては高くついた。バスの入れ替えなら、特価品で30万~50万円程度で出来ると思っていた。しかし、いざカタログを見たり、ショールームを訪ねると、あれもこれもと欲が出て来る。浴室内と洗面所に暖房機を付けたり、アンペア変更などの追加の電気工事を依頼したり、なんだかんだで150万円近くかかった。もし7年目のボイラーも新調していたらプラス30万円はかかったと思う。
 なお、正式な支払い総額は、請求書が届き次第、追記として掲載したいと思う。

 夜、実際に入ってみての感想は、まず、換気扇が強すぎて寒い印象。これだと何のために寒さ対策で断熱材を多く入れたのかわからない。しかも換気扇の音が大きい。そして、床が温かい筈なのに、前の「トステム」よりひんやり来る感じ。さらには曇りにくい「キレイ鏡」にしたのに、思い切り曇ってしまう。どうなっている?LIXILのカタログは眉唾?逆に良かった点はゆったり浴槽で脚が十分伸ばせることと、白熱灯が思ったより明るく、浴室が暗くはならなかった点。
  高いリフォームを決行しただけあって、完成品はショールームのような出来栄えで、その変わりようは凄い。まさにビフォーアフター状態。天井が下がって、周囲の壁が白色から黄色っぽくなったせいで、少し狭くなった印象は否めないが、満足感はある。

  追記

 O社の担当者が来訪し、請求書を見せてもらった。当初の見積もりは162万円だったが、電気工事がアンペア変更と配電盤交換だけで軽く済んだことと、イベントのくじ引きで当てた10万円分のクーポン券が奏功し、総額144万円で上がった。

2017年5月27日 (土)

坂井泉水の命日に寄せて~あれから10年~

 今日5月27日は、2007年のこの日に不慮の死を遂げたZARDのヴォーカル「坂井泉水」さんの10回目の命日にあたる。あの日から早10年とは、時の流れとは何と薄情なのかと一抹の悲しみを覚える。私はデビュー当時からずっとZARDの熱烈なファンだった。いやもっと遡れば、彼女が本名の「蒲池幸子」名義で、モデルとして登場していた頃から、ピュアで清楚でお嬢さん風の容姿に心惹かれていた。そしてどこか悲しげな影があって、謎めいた雰囲気にも。彼女のCDは毎回欠かさず購入し、聴き入っていた。
 しかし、あの日、NHKのニュースで彼女の急死が報じられ、我が耳を疑ったものだ。「何かの間違いだ!嘘であってほしい・・・」。そんな気持ちと共に、打ちひしがれた絶望感が全身を襲ったのだった。その衝撃のニュースはコチラ。

 https://www.youtube.com/watch?v=gqBj2x-eTwo

 彼女は生前、照れ性で自己表現が苦手な性質でありながらも、精一杯音楽を通じて私たちにメッセージを送り続けてくれた。時に悩みを吹き飛ばすような曲も書いてくれたし、人間が抱える内面の葛藤、悩みも打ち明けるように書き綴った詩歌は琴線に触れた。その美しくも儚い印象の詩は、人々の心に安らぎと癒しを与えてくれていた。それは今も変わらない。現に、私の車のCDにはいつも彼女のアルバムを入れている。彼女がその限られた命を燃やして訴えたかったことは何だったのか。切ない乙女心か?生への執着か?美しいものへの憧れか?人間の本質を包み欠かさず表現したと個人的には思っている。

 本日は彼女の命日にあたり、以前も当ブログで紹介した記事「坂井泉水FOREVER」を再掲することで、彼女を偲び、彼女の存在を永遠の記憶の中に閉じ込めたいと思う。10年経っても20年経っても、坂井泉水という素晴らしいアーチストがこの世に存在していたことを忘れないために。そして彼女の遺した遺作とも思える楽曲の数々を後の世代に語り継ぐために・・・。10年越しとなる哀悼の意を捧げたいと思います。ではお送りします。

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 「坂井泉水FOREVER」

 1990年代、その女性は日本のポップス界において最も光彩を放ち、輝いていた。彼女が出すシングルやアルバム曲は、毎週ヒットチャートの上位を独占。テレビアニメの主題歌に幾度となく起用され、誰もが口ずさめるシンプルでアップテンポでリズミカルなメロディーライン。しかし、神は無慈悲にも彼女に永遠の輝きを与えることはなく、試練を授けた。傍目には順風満帆の歌手人生に見えていたが、いつしか忍び寄る病魔に蝕まれ、あのような非業の死を遂げるとは思いもしなかっただろう。いやそれともそれも承知の上での覚悟の事だったのだろうか・・・。

 生前、彼女のデビューは秘密のベールに包まれていた。覆面歌手(ユニット)として、公の場に姿を見せることを頑なに拒むかのような身の置き方であった。まるで正体不明で、一時「彼女はこの世に実在しないのではないか」との憶測も飛び交うほどであった。デビュー当時の松山千春を彷彿させる、そんな不思議な存在だった。一体どんな人が歌っているのだろうと興味津々だった。独特な鼻にかかった甘ったるい声質。それでいて艶やかで伸びのある美声。初めて彼女の姿を見た時、私は言いしれぬ衝撃と感動を覚えた。「何て美しい女性なのだろう」と。ピュアな印象と透明感を醸し、現代の若い人には珍しいくらい独特な落ち着き。そしていつも伏し目がちで少し影を感じさせる妖しい雰囲気の持ち主。何もかもが魅惑的で神秘的。
 彼女はデビュー前、様々な職業をこなしていた。OL、レースクイーンやモデル、、そして時には、その美形な顔立ちとスタイリッシュな体型を活かしてカラオケのPVやセクシーイメージビデオにも出演した。
 しかし、もしかすると、そうしたシンガーとしての地位を確立する以前の過去を包み隠そうとしてテレビ出演を拒み、CDリリースのみで自分の感性を発表する場とし、そのような存在形態を確立しようと模索していたのかも知れない。そして彼女の雰囲気の中にあるそうした「影」の部分を自然に作り出していたのかもしれない。彼女のCDジャケットやZARDのボーカルとして撮影された画像は、殆どがカメラ目線はなく、素顔を見せることを避けているかのように伏し目がちかあるいは遠目に撮影したものばかりである。ファンならずともここで言う「彼女とは誰なのか」もうおわかりだろう。そう、彼女とはポップス系ユニット「ZARD」のボーカルだった「坂井泉水」である。

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 彼女の歌声は1990年代、世の中を席巻し、テレビ、ラジオ、CDショップなどでは毎日のようにBGM替わりに流されていた。リリースする曲がすべてメガヒット。私は8cmCDの時代から、ずっとZARDのシングルを所有していた。デビュー曲の「Good-bye My Loneliness」から遺作となった「グロリアスマインド」まで。シングルは実に45枚発表された。
 オリコン調べによる(2009年6月現在)ランキングによると、アーティスト・トータル・セールス(CD総売上枚数)は3,743万枚で歴代7位の記録。
 シングル:1,768万枚(女性ボーカルアーティスト歴代2位)
 アルバム:1,971万枚(女性ボーカルアーティスト歴代4位)
 シングルTOP10獲得数:43作(歴代5位タイ)(女性ボーカルアーティスト歴代2位)
  90年代アーティスト・トータル・セールス:3位(女性ボーカルアーティスト1位)
 シングル1位獲得数:12作(女性ボーカルアーティスト歴代4位)
 シングルTOP100チャートイン数:45作(90年代デビューアーティスト歴代2位)
 アルバムミリオン獲得数:9作(歴代4位タイ)
 アルバム連続ミリオン獲得数:9作(歴代1位)
 アルバム1位獲得数:11作(女性ボーカルグループ1位タイ)

 以上、実に輝かしい記録を遺した。

 <私の好きなZARDの曲ベスト20>

 1位 「揺れる想い」・・・1993年5月19日発売 最高位1位
 2位 「心を開いて」・・・1996年5月6日発売 最高位1位
 3位 「永遠」・・・1997年8月20日発売発売 最高位1位
 4位 「負けないで」・・・1993年1月27日発売 最高位1位
 5位 「マイフレンド」・・・1996年1月8日発売 最高位1位 
 6位 「君に逢いたくなったら」・・・1997年2月26日発売 最高位2位
 7位 「きっと忘れない」・・・1993年11月3日発売 最高位1位
 8位 「この愛に泳ぎ疲れても」・・・1994年2月2日発売 最高位1位
 9位 「風が通り抜ける町へ」・・・1997年7月2日発売 最高位3位
10位 「愛が見えない」・・・1995年6月5日発売 最高位2位
11位 「こんなにそばに居るのに」・・・1994年8月6日発売 最高位1位
12位 「Good-bye My Loneliness」・・・1991年2月10日発売 最高位9位
13位 「眠れない夜を抱いて」・・・1992年8月5日発売 最高位8位 
14位 「君がいない」・・・1993年4月21日発売 最高位2位
15位 「運命のルーレット廻して」・・・1998年9月17日発売 最高位1位
16位 「息もできない」・・・1998年9月17日発売 最高位3位
17位 「瞳閉じて」・・・2003年7月9日発売 最高位4位
18位 「もう少しあと少し」・・・1993年9月4日発売 最高位2位
19位 「あなたを感じていたい」・・・1994年12月24日発売 最高位2位
20位 「痛いくらい君があふれているよ」・・・1999年10月14日発売 最高位5位
次点  「この涙  星になれ」・・・1999年12月1日発売 最高位5位

  シングル曲ではないが、「Oh my love」も大好きな曲だった。

 タイトルを見ると、彼女はまるで自らの死期を悟り、悲しい別れを暗示しているかのような意味深なネーミングばかりである。タイトルを知らなくても、そのサビの部分やメロディラインの一部を聴いただけでも一度は聞き覚えのある曲ばかりに違いない。

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 次に、デビュー前から彼女がスターダムにのし上がるまでの経歴をここで簡単に振り返ってみたい。
 彼女は1967年2月6日神奈川県平塚市生まれ。秦野市育ち(小学校4年より)。本名は蒲池幸子。血液型はA型。秦野市立西小学校、秦野市立西中学校、神奈川県立伊志田高等学校卒業。中学時代は陸上部で活動をする傍ら、ギタークラブでも活動していた。高校時代は硬式テニス部に所属。松蔭女子短期大学を卒業後、不動産会社にOLとして約2年間勤務した。
 しかし、転機が訪れた。街頭でスカウトされ、スターダストプロモーションに所属し、本名「蒲池幸子」でモデル活動を行う。モデル時代の公式プロフィールは1969年生まれとなっていた。1989年(22歳) からドラマや人気歌手のPV、更にはバラエティ番組のアシスタントなどに多数出演する。東映カラオケのPR活動などで地方のカラオケ店を巡業する。この企画はZARDでの歌手デビュー後の1991年3月まで続いた。日本エアシステムのフルロードキャンペーンのキャンペーンガール。
 1990年(23歳)の時には日清カップヌードルレーシングチーム(2輪)のレースクイーン。岡本夏生は同期。 6月、写真集『Body Works』出版。 6月21日、ビデオ『SEXY SHOOTING』(サザンクロスビデオアーツ)発売。7月24日、写真集『NOCTURNE』出版。モデルやグラビアアイドルとして順調に仕事をこなしていた。 冬にはフジテレビ系番組『オールナイトフジ』のグラビア美少女のコーナーに出演。 その他、雑誌グラビアに多数掲載される。これらは華やかで決して下積みとは呼べないが、彼女がひた隠しにしたかった過去だったのかもしれない。
 そしてまたまた一大転機が訪れた。1990年8月に所属の「スターダストプロモーション」の代表取締役、細野義朗にビーイング社長、長戸大幸を紹介されオーディションを受ける。長戸に才能を認められ、坂井泉水として音楽ユニット「ZARD」結成の準備に入る。そして念願だった歌手デビューを1991年(24歳)で果たすこととなった。2月10日にシングル「Good-bye My Loneliness」でデビューし、 以降、音楽活動を続ける。それ以降の活躍については前述の通り。

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 感動のクルージング初ライブ(1999)

 「美人薄命」とは彼女のために用意された言葉なのかも知れない。運命の悪戯に翻弄され、天国と地獄の両方を味わい、人知れず病気と闘い、ひとり天国へと旅立っていった。ファンにあまりにも突然の悲しい訃報を残しただけで・・・。彼女は素顔を晒すことはあまりなかった。あれだけの美貌の持ち主ながら、結婚もせず、女性としての幸せを掴むことすら望まなかったように思える。ここから先の文面は、ややショッキングなため掲載するかどうか迷いに迷ったが、彼女の人生を締め括るエピローグなので、やはり包み隠さず全てを掲載したい。

Sakai11  2000年以降、子宮筋腫、卵巣のう腫、子宮内膜症と次々に病気を患い、通院の日々が続いた。その年のNHK紅白歌合戦を「体調がすぐれないため」として出場を辞退した。2006年4月、仕事中に体調が悪化したため、病院で検査をうけたところ子宮頸癌が発見される。6月1日に慶應義塾大学病院で病巣の摘出手術を受けて、7月に退院。 2007年年4月、肺への転移が見つかり、再入院。入院中は抗ガン剤による治療を受け、治療後のアルバム製作とコンサートツアーに向けて作詞を行うなど、再始動を目指していた。しかし、5月26日朝の5時40分頃、目撃者の証言によれば、入院先の病院内のスロープの手摺りに腰をかけていたのだが、そこから3メートル下に予期せぬ転落をして、駐車場で仰向けに倒れているのを通行人に発見される。ICUで緊急処置を受けたが、翌5月27日午後3時10分、後頭部強打による脳挫傷で急死し、還らぬ人となってしまった。倒れていたのが早朝6時前という時刻で、あまりにも不自然で不可解な突然死に、事件事故の両面から検証が行われたが、自殺とみられる兆候はなかったことから事故として処理された。これからという矢先の40歳という若さでの孤独な旅立ちであった。しかし真相は本人にしかわからない。闘病生活に疲れ、死を予感して、または先行きを不安視しての発作的に自ら落ちたのかも知れない。彼女の葬儀は青山葬儀所で、しめやかに親族だけの密葬として執り行われた。そして、レコード会社と所属事務所の合同音楽葬としてファンとのお別れ会が6月27日に青山斎場で開かれ、往年のヒット曲が会場に流れる中、四万人を越える大勢のZARDファンが詰めかけ、あまりにも唐突で早すぎる死を悼むと共に、彼女との永遠の別れを惜しんだ。

 彼女の衝撃的な死から早いもので9年の月日が流れた。私は未だに彼女がもう過去の人だという事実を受け止めきれないでいる。彼女のPVを見ると居た堪れない気持ちになる。今でも「名探偵コナン」のエンディングテーマに坂井泉水の声が鳴り響く時がある。私は毎日のように彼女のベスト盤CD(MD)を聞きながら、職場までの道のりを往復運転している。彼女の甘い歌声、時には「彼女が生涯をかけて伝えたかったことは何だったのか」という文字通り命題に至るまで深く考えさせられ、身につまされて感じることもしばしである。もう二度と生で歌う姿を見ることは叶わないが、彼女のあの愛らしい、そしてちょっと照れた素振りで歌う姿やスタイル、笑顔、そしてその美声を永遠に忘れはしない。
「坂井泉水、フォーエバー(永遠なれ)!」

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 最後に在りし日の彼女の歌声をどうぞ!

http://www.youtube.com/watch?v=lvYW1KDIPlI&feature=related

 「心を開いて」

「♪人と深く付き合うこと 私もそんなに得意じゃなかった
でもあなたを見ていると 私と似ていてもどかしい
そういうところが たまらなく好きなの♪」

 この部分歌詞が大好きで、おそらく彼女自身もこういう生き方をしていたのだと思う。

 Oh my love

http://www.youtube.com/watch?v=dbqrY2vmSQ4&list=RD02OZEt21pk6pM

 関連記事(我が永遠なる歌姫)はコチラ↓

http://tsuri-ten.cocolog-nifty.com/blog/2010/02/post-abd8.html

 彼女を追悼するファンの想い

 ZARD 坂井泉水さん 追悼◆その足跡と魅力

 彼女の面影を偲ぶ「ZARD Small Live」はコチラ

https://www.youtube.com/watch?v=fU494K-3cps

 貴重な映像集(長嶋茂雄とのデュエット映像あり)

https://www.youtube.com/watch?v=bCnvub0JtFo

 
 記事作成:3/26(木)

 <関連記事>

 坂井泉水さんのお墓参りの記事はコチラ ↓

http://tsuri-ten.cocolog-nifty.com/blog/2013/10/1022-6804.html

 * ご親族の強い意志により場所が特定できないような処置を施してあります。予めご了承ください。

 坂井泉水さんの転落事故現場訪問の記事はコチラ ↓

http://tsuri-ten.cocolog-nifty.com/blog/2013/10/1023-1efb-1.html

2017年5月25日 (木)

カラオケ映像に出演するべっぴんさん

 1990年代の世相というと、バブルがはじけた頃だった。音楽界はアイドルブームが下火になり、バンドブームが沸き起こった頃だ。その頃はレーザーディスクを用いての映像カラオケブームがあった。それに伴い、当時のモデル張りの美男美女がそうした映像に登場し、あまりの綺麗さに歌うのを忘れて見とれた記憶がある。
 今日は、あまり思しろくないかもしれないが、カラオケ映像に出て来る美女やべっぴんさんうを取り上げたい。

 異邦人 久保田早紀

https://www.youtube.com/watch?v=rq5WRRLT7PA

 かもめが翔んだ日 渡辺真知子

 愛人  テレサ・テン

 桜坂 福山雅治

 夜明け 松山千春   

 思い出のビーチクラブ  稲垣潤一   

 ドラマティック・レイン 稲垣潤一

   

 空も飛べるはず スピッツ

 愛という名のもとに 浜田省吾

 SWEET MEMORIES 松田聖子

   

 聖母(マドンナ)たちのララバイ  岩崎宏美

 最後のHoly Night  杉山清貴   

 ゆうこ 村下孝蔵   

 結構、恋愛ストーリーや失恋、別れなどが描かれていて、実際の恋愛模様の縮図があらわされてあったと思う。一種のバイブル的なドラマ仕立ての凝った作りになっていたように思う。
 今から20年以上も前の映像が多く、私も20代後半から30歳前半の頃に、よく仕事帰りや飲み会時の二次会のカラオケスナックで歌った曲が多い。郡山市のアーケード内にあった「One Day」で男女10人以上のグループでよくお酒を飲みながらカラオケをやったり、オシャレなプールバーでビリヤードを突いたものだった。
 あの青春の日々はもう戻らないが、不思議と記憶の中に鮮やかに息づいているものだ。

 記事作成:5月7日(日)

2017年5月24日 (水)

私が好きな在京キー局女子アナベスト5

 私の女子アナ好きは相当なもので、私にとって女性の理想系がアナウンサーだからだ。清楚なイメージと一生懸命に任務を全うしようとする姿勢が心惹かれる。自分の仕事ぶりが全国や世界中の人々に見られる衆人環視の独特な職業において、プライベートもなく大変だろうと同情さえ抱く。
 今日は、以前にも類似した記事を掲載したことがあったが、2017年の今年現在、私のお気に入り女子アナをテレビ局別に5人までカミングアウトしたい。

 日本テレビ

 1 中島芽生(AB型)
 2 鈴江奈々(B型)
 3 岩本乃蒼(A型)
 4 三ト麻美(AB型)
 5 徳島えりか(O型)

 日本テレビは、昔は永井アナ、西尾アナ、馬場アナ、夏目アナなどO型が占めていた。しかも男性は立教大卒、女性は早稲田卒と慶應大卒が多かった。近年はAB型が増えている。最近は女子アナは慶應だらけ。三トアナ、中島アナ、岩本アナ、郡司アナ、徳島アナ、脊山穴、鈴江アナなどがそうだ。

 TBS

 1 宇垣美里(O型) 
 2 皆川玲奈(A型)
 3 佐藤渚(O型)
 4 江藤愛(AB型)
 5 山本恵里伽(A型)

 TBSは青学が多かった。小林麻耶、田中みな実、江藤アナがそう。最近は明治大学が増えている。報道のテレビ局のせいか報道に向いているA型が多い。

 テレビ朝日

 1 田中 萌(O型)
 2 松尾由美子(O型)
 3 林美沙希(O型)
 4 大木優紀(A型)
 5 竹内由恵(O型)

 テレ朝はレベルが高い 美人というより可愛い系が多い。慶應大学出身者が多いことでも知られている。上に挙げた5人のうち4人が我が慶應卒だ。他にも最近、お気に入りの弘中綾香アナも慶應大の法学部卒だ。私の直系の後輩ということになる。

 テレビ東京

 1 秋元玲奈(A型)
 2 相内優香(O型)
 3 狩野恵里(B型)
 4 大江麻利子(AB型)
 5 鷲見玲奈(B型)

 テレビ東京は特定のエリアしかネットしていないが、美人が多い。しかも清楚系のタイプが多い。あまり目立たないせいかもしれないが、そんな印象が強い。

 フジテレビ

 1 宮司愛海(O型)
 2 宮澤智(O型)
 3 椿原慶子(A型)
 4 三田友梨佳(A型)
 5 久慈暁子(O型) 

 フジテレビは昔からO型パラダイスだった。上に名前を挙げた3人以外にも、今でも三宅・軽部コンビを始め、大島由香里、石本沙織、鈴木唯、竹内由佳、堤礼実、三上真奈、山﨑夕貴らはO型だ。
 しかも早稲田と慶應の2大勢力がしのぎを削っている。早稲田は三宅アナ、軽部アナ、宮澤アナ、宮司アナ、三上アナ、石本アナ、鈴木唯、竹内アナなどがいるし、慶應は松村未央アナ、遠藤玲子アナ、平井理央アナ、斉藤舞子アナ、秋元優里アナがそうだ。

 NHK

 1 首藤奈知子(O型)
 2 近江友里恵(A型)
 3 首藤奈知子(O型)
 4 鈴木菜穂子(B型)
 5 一柳亜矢子(O型)

 ちなみに桑子真帆アナはA型。NHKは昔から東大卒パラダイス。女性は慶應など六大学出身者が圧倒的に多い。東大卒は澤田彩香アナ、和久田アナ、小正アナ、島津アナ、膳場アナ、小野文恵アナなどがいる。

 フリー

 1 伊藤友里(O型)・・・今一押しの女子アナ 「サンデーモーニング」に出演中
 2 長野美郷(O型)・・・5年前までめざましのお天気キャスターだった時大好きだった
 3 新井恵理那(O型)・・・青学時代は弓道の部長 才色兼備で写真集を出したほど
 4 伊藤弘美(O型)・・・フジテレビの局アナかと思ったら、フリーアナウンサーだった
 5 加藤綾子(O型)・・・女子アナ人気No.1を長年獲得した女王 安定感抜群
 6 夏目三久(O型)・・・ショートカットにしてイメチェンしたが、性格が可愛い
 7 皆藤愛子(B型)・・・ベビーフェイスで可愛い 30歳を過ぎた今でも少女のまま

 フリーは数が多いので7名をチョイスした。そのうち6名がO型。癒しを与えてくれる雰囲気を醸しているからか・・・。

 キャスター

 1 名切万里菜(A型)・・・局アナではないが、日テレNEWS24に出演しているため
 2 富永美樹(O型)・・・元フジテレビアナ シャ乱Qのまことの奥さん
 3 唐橋ユミ(O型)・・・昔、テレビユー福島のアナウンサーで「サンデーモーニング」出演
 4 滝本沙奈(A型)・・・NHKBS1「BSニュース」かつてサンデーモーニングにも出演 
 5 根本美緒(B型)・・・元お天気キャスターとして活躍した慶應大卒

 昔好きだったアナウンサー

 1 山岸舞彩(O型)・・・NHK「サンサタ」や日テレの「NEWS ZERO」キャスター
 2 高島彩(B型)・・・めざましキャスターとして大塚さんとコンビを組んだ 結婚後も好き
 3 永井美奈子(O型)・・・日テレの3人娘ユニットとしてCDも出した ワインソムリエ
 4 長野翼(A型)・・・元フジテレビアナ 現在ソフトバンクの内川聖一の奥さんになった
 5 河野明子(O型)・・・現在、巨人コーチの井端弘和の奥さん
 6 林恵子・・・フリーアナ。元ソフトバンクの松中信彦の奥さん
 7 菅家ゆかり(A型)・・・元日テレアナで「おしゃれ」で久米宏と共演した。福島県出身

 地方アナ

 1 小野塚愛美(B型)・・・北陸放送 逃げ恥の恋ダンスの動画を見て好きになった!
 2 幸坂理加(O型)・・・秋田放送 昨夏、秋田に出張して見て可愛く思った
 3 飯田菜菜(O型)・・・仙台放送 フジテレビの三上アナ(O型)、FCTの長江アナ(O
               型)にそっくり

 ちなみに蛇足だが、元テレ朝アナの丸川珠代のように、政治家に転身してもやっていけそうなアナウンサーに、TBSの岡村仁美アナ(東大卒)、NHKの小野文恵アナ(東大卒)、膳場貴子アナ(東大卒)がいる。各政党も放っておかないだろう。

 記事作成:平成28年9月27日(木) ~ 平成29年5月4日(木)

2017年5月23日 (火)

福島県民放局の歴代美人アナランキング

 私がこれまで当ブログで連載した、福島県の民放テレビ局の美人アナに、小野紗由利アナ、梅田澪理アナ、名切万里菜アナの3人がいる。残念ながらこのうち大阪市出身の梅田アナは結婚で、そして長崎県出身の名切アナは契約満了に伴い、フリーアナとして日テレNEWS24のキャスターに就任して福島県を去った。
 僅か数年であっても縁あって我が福島県のテレビ局に着任し、私たちにニュース報道や情報バラエティーを通じて、お茶の間を楽しませてくれただけに、愛着は一入だ。そんな女子アナの中で、私が考える、歴代の美人女子アナを16人紹介したい。
 ランキング形式での掲載は大変失礼とは思うが、あくまで個人的な好みなのでご勘弁いただきたい。

 1位 住友真世(A型)

Sumitomo_2 徳島県徳島市出身。徳島文理 高等学校、1988年国立音楽大学声楽科卒業。
 1988年 福島テレビにアナウンサー として入社。夕方のニュース番組「FTVテレポート」、「金曜ニュース一番星」など報道番組をメインに活躍。
 1993年 福島テレビを退社しフリーとなる。フジテレビ「FNNスーパータイム」のリポーターおよびスタッフ。日本テレビ 「関口宏のびっくりトーク ハトがでますよ!」アシスタント。
 1995年 福島女子短期大学 生活教養科・秘書科(客員講師)。 その後はフリーとなり、NHKBSニュースのキャスターなどを歴任した。

 https://www.mayo-sumitomo.com/

 2位 名切万里菜(A型)

 定期的に特集記事を組んでいるためここでは割愛させて頂きます。

 3位 小野紗由利(A型)

 定期的に特集記事を組んでいるためここでは割愛させて頂きます。

 4位 梅田澪理(A型)

 不定期に特集記事を組んでいるためここでは割愛させて頂きます。

 5位 立川陽子

 1998年に福島放送入社 神奈川県出身。血液型はB。趣味はピアノ、日帰り温泉巡り、アロマテラピー。
 とても可愛いらしい、テレビ朝日にいてもおかしくないほど洗練された美人アナだった。「ニュースステーション」にも地方局のアナとしてピンチヒッターでキャスターを務めたことがあった。2003年結婚退社。

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 あまり彼女のデータが残されていないが、この写真よりも実物はもっと可愛かった。清純そのもので、光彩を放つような存在だったと記憶している。  

 ふくしま情報Jチャンネルの番宣 (40分55秒から)

 https://www.youtube.com/watch?v=gs2NMWgJdkU&t=368s (ミニ列車の一番後ろ)

 6位 青木久美子

 1983年福島テレビ入社、1991年退職。私が高校生だった昭和50年代後半に福島テレビのアナウンサーとして「FTVテレポート」のメインMCを原國雄アナと共に担当した。色白でみるからに優しそうな顔立ちで、えくぼがチャームポイントだった。

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 サタデーふくしまの番宣CM (4分44秒から高橋雄一アナと一緒に出演されている)

 https://www.youtube.com/watch?v=gs2NMWgJdkU&t=368s
 
 7位 坂本洋子(O型)

  • Sakamoto 2007年4月〜大学卒業後、福島放送に契約アナウンサーとして入社。2010年3月、福島放送を退社。その後、静岡第一テレビに異動し、フリーになる。

  •  福島放送時代の主な担当は、ふくしまスーパーJチャンネル、なに食べる?(リポーター)、
  • 週刊ことばマガジン、ザ・福島ターフ倶楽部G、ひるまにあん、全国高校野球選手権大会中継(ABC、2009年8月15日、アルプススタンドリポーター)など。
  •  8位 羽藤淳子(A型)

     会津若松市出身。NHK福島放送局契約キャスターを経て、KFBの情報番組「小玉みい子の朝はいきいき!」、「あいうえお天気目玉焼Lサイズ(あいうえお天気目玉焼Lサイズ)」、「ふくしまスーパーJチャンネル」の司会者を歴任。2012年11月から2013年3月にかけて、仙台放送石巻支局女川町担当記者を担当した。1990年代に私が一番好きだったアナウンサーだ。 

     彼女のブログはコチラ http://ameblo.jp/141junpe/

     9位 大橋聡子(O型)

    Ohashi 大阪府豊中市出身。関西学院大学総合政策学部卒業後、2003年アナウンサーとして福島中央テレビに入社。2010年、中山由佳らから地上デジタル放送推進大使職を引き継いだ。今ではFCTの顔として活躍中。
     現在は、ゴジてれ Chu ! 16時台ニュース、18時台サブキャスター(2013年1月 - )、ゴジてれ×Sun! - サブMC(2013年4月 - )を担当している。もう36歳になられたが、今でも美人なのは変わりない。
     以前はメインパーソナリティーを長年務めていたが、今は「ゴジてれchu !」の中の冒頭部分の最新ニュースを伝えている。

    10位 上條麻里奈(O型)

    Kamijyo 1984年8月28日生まれの32歳。東京都出身。学習院大学文学部ドイツ文学科卒業。大学時代は放送研究部所属。塾講師アルバイトも経験。日テレ学院出身。
     2007年4月〜2012年3月 テレビユー福島契約アナウンサー。
     2012年4月からフリーへ転向。圭三プロダクションに籍を置き、NHK総合『ゆうどき』に出演。
     2015年3月『ゆうどき』終了。程なくして圭三プロダクションから離れる。

     TUF時代は、MUSIC BARパロパロ(B-SIDE)、ふくしま山菜探検隊、ふくしまきのこ探検隊、DO!エイト ユアセルフ、グーテン(メインMC)、もったいなすびのエコひいき(ナレーション)、ふしぎのトビラ(福島リポーター)を担当した。

    11位 唐橋ユミ(O型)

     彼女は現在、毎週日曜日のTBS「サンデーモーニング」のアシスタントとしてスポーツコーナーを担当している。時折番組内で関口宏のリクエストに応じ、幾度も会津弁を惜しげもなく披露して来た。生粋の会津っ娘である。それもその筈、彼女は会津銘酒「ほまれ」という酒蔵の令嬢なのである。1974年生まれで、実践女子大学文学部英文科を卒業し、名アナウンサーとしてならした高橋圭三が主宰するアナウンス塾へ。その後、地元福島へ帰り、TUFの契約アナウンサーとして活躍。私の好きなアナウンサーのひとりだったが、2004年に退社して芸能プロ・三桂へと入社し、現在に至っている。番組出演時は、本人がお気に入りのナイロール(ハーフリム)フレームの眼鏡をかけて出演している。清楚ですっとんきょうな感じもいいし、明るく朗らかで、顔もベビーフェイス。色白で愛嬌たっぷりで誰からも愛されるゆるキャラという印象。実際の年齢より10歳は若く見える。他に吉田照美と共に文化放送の朝のラジオ番組にも出演している。血液型はO型。

    12位 岸野文絵(B型)

    Kishinofumie1991年10月29日生まれの25歳。秋田県潟上市出身。日本女子大学文学部英文学科卒業。
     2011年8月から2012年1月までBSフジNEWSの21期女子大生キャスターとして木曜日のニュースを担当。
     2014年4月、福島テレビ入社。
     2015年1月から、夕方のニュース枠(『FTVスーパーニュース』→『FTV みんなのニュース』)でキャスターを担当。
     2015年11月4日、フジテレビの被災地復興支援活動『ずっとおうえんプロジェクト×あなせん特別編』で、同局の塩原恒夫と福島県立小高商業高等学校を訪れる。
     2016年4月から、『サタふく』の司会を担当。 2016年10月、福島テレビを退社。

    13位 荒井律(A型)

    Arai 彼女は一時期FTVの看板娘と呼ぶに相応しい存在だった。彼女もまたかなりの美人で、気さくな人柄で人気を博し、県民の中にもファンは多かった。主な出演番組は、「Lばんテレポート」の司会や「弦哲也のカラオケグランプリ」、「サタふく」のMCも担当した。彼女は1972年生まれの会津若松市出身。武蔵大学を卒業し、1995年に福島テレビ(FTV)に入社した。彼女に関しては個人的にエピソードがある。今から10年以上前、Lばんテレポート内の「ゆ~ゆ~LIVE」という名のコーナーで街角から中継というのがあって、当時高橋雄一アナウンサーが飛び込みロケで夕方、各家庭を廻り、巨大さいころを振って、出た目によって商品をプレゼントするというものだった。その中継で、何と私の自宅にやってきたのだ。そして応対した家内と息子・娘がテレビの生中継に出演してしまったのだ。そこで息子がさいころを転がし、「ボローニャ」のパンをゲットしたのだ。その時のスタジオで、中継先と結んで司会を担当していたのが荒井律アナだった。そして真向かいのお宅にもお邪魔したのだが、運良くそこの奥さんがロケを察知し、ビデオに録画してくれた。それを未だに持っている。しかし、その後彼女はフジテレビの社員と恋愛結婚し、2003年で出産のために退社した。

    14位 山元香里(AB型)

    Yamamoto 現在は皆藤愛子や長野美郷が所属するプロダクション「セント・フォース」に在籍するフリーアナウンサーだが、つい最近までは福島テレビのアナウンサーだった。やはり綺麗な人はスカウトされたり、在京キー局のアナに抜擢されるようだ。元々は埼玉県の出身で、法政大学の経営学部を卒業、在学中にはミス熱海梅娘にも選ばれたほどの美貌の持ち主。やはり色白で瞳が大きい。2005年から2007年9月までFTVに勤務した。担当番組は「郡山市政だより」「FTVスーパーニュース」「弦哲也のカラオケグランプリ」「エキサイティング競馬」などだった。フリーになってからは、「ズムサタ」のリポーターや「FNNスーパーニュース」にも不定期に顔を出している。1982年生まれの34歳。血液型はAB型だ。

    15位 丹野麻衣子(A型)

    Tanno 2006年4月、福島放送(KFB)に契約アナウンサーとして入社。2009年4月、同局人事異動にて記者職に異動。
     その後、2010年3月に福島放送を退社し、同年4月に北海道文化放送にアナウンサーとして移籍。
     「ふくしまスーパーJチャンネル」キャスター、「熱烈応援マリーゼくらぶ」、「朝だ!生です旅サラダ」リポーターを担当した。

     美しいロングヘアーがトレードマークでおっとりした印象があった。今もフリーアナウンサーとして活躍中だ。

    16位 山田幸美(O型)

    Yamada 明治学院大学国際学部を卒業し、2006年に契約社員としてTUFに採用。その後、県民から人気が高まり、2008年に正式社員として登用となったが、2009年3月に広島県の広島ホームテレビの契約アナウンサーへ。理由は定かではない。でも彼女は今、熱烈な広島カープファンとなり、すっかり溶け込み、元気で活躍されているようだ。TUF時代は、彼女の代名詞だった地元密着の「グーテン」にレギュラー出演していた。現在も平日の朝9時55分から10時50分まで放送している。日曜大工の仕方を紹介する「DOエイトユアセルフ!」、「E!気分」などにもレギュラー出演していた。愛くるしい笑顔で人気があって、正社員になったばかりなのに残念だった。
     現在は名切アナウンサーも担当している「日テレNEWS24」のキャスターとして活躍中。

     さて、私の個人的な感想だが、比較的美人が多い放送局は「福島テレビ」と「テレビユー福島」のような気がする。いずれも他県出身の契約アナの場合が多く、2~3年で福島を離れてしまうことが多いだけに残念だ。しかし、テレビアナウンサーはテレビに出演するのは当たり前の職業。どこかでまたお目にかかれる可能性は高い。知性と教養を感じる洗練された大人の女性像と言える職業だけに、私も一種の憧れと尊敬の念を抱きながら見ている。決してチャラチャラせず、清楚で大人の女性の魅力をこれからも画面を通して感じさせてほしい。

     最後に、今回は民放放送局アナ限定だったため除外したが、今年の注目株は昨日の記事で掲載した、この春から「NHK福島放送局」に勤務している新卒の「平川沙英」アナウンサーだ。平日夕方の放送の「はまなかあいづtoday」に出演し、その愛くるしい笑顔を振りまいて癒されている。当ブログでも彼女を応援して行きたいと思う。

     記事作成:5月5日(金)

    2017年5月22日 (月)

    「NHK福島」の新人アナ ~平川沙英~

     昨年3月の梅田澪理アナ、今年3月には名切万里菜アナが福島のテレビ局を卒業し、心にぽっかり穴が開いたようだ。「げっきんチェック」や「みんなのニュース」に二人が出ていないことに未だに違和感があって、毎回、本当に福島を去ったと実感している日々を過ごしている。18時台のニュースを見るのも辛くなってきたところ、この4月から新たに福島県に赴任した女子アナで、気になった方がいたので紹介したい。

     その人は「平川沙英(ひらかわさえ)」アナウンサーだ。平日18時台のNHKの地元ローカル番組の「はまなかあいづtoday」のMCを担当している。ではまずはプロフから

     生年月日:22歳
     出身地:大阪府池田市  國學院大學日本文学科卒業
     趣味:野球観戦(1年間で プロ野球12球団本拠地を制覇したこともあります。) アニメを見ること、漫画を読むこと、カラオケに行くこと、お酒を飲むことなど
     特技:書道・アルトサックス
      お気に入りの場所は「中野不動尊」
     
     学生時代は「西武ドーム」で売り子をしていたらしい。その時の写真はこちら(右下)

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     では5月にMCとして登場した彼女の出演場面(5月12日(金))を画像でどうぞ!

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     笑うと無くなってしまう瞳もなんとも可愛らしい。この表情や仕草を見ると、私がお気に入りの「伊藤友里」アナウンサーに似ている。ということは彼女もO型だったら嬉しい。
     ほかにはやはりO型の、昔好きだった「伊藤つかさ」にも似ているし、B型の松尾羽純(元おかわりシスターズ)や優木まおみにも似ている。A型の長谷川真弓にも似ているかも。

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     前職:TOKYO MX「高校野球ハイライト」

     今年3月まで大学4年生ながら、高校野球を応援する番組に出演していた。

     http://voiceworks.co.jp/wp/?p=879 

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             Hirakawa2

     出典:ボイスワークスのHPより

     NHK福島公式HPのプロフ 

     http://www.nhk.or.jp/fukushima/caster/a-det0006.html

     赴任のあいさつ

     http://www.nhk.or.jp/fukushima-ana-blog/2000/268060.html

     ニュース動画  

     http://www.nhk.or.jp/fukushima/hamanaka/

     今後、楽しみな逸材だ。私は縁もゆかりもない福島県のテレビ局に赴任し、仕事を頑張っている方を応援したいと考えている。名切万里菜アナは長崎県出身だったし、梅田澪理アナも大阪府出身だった。郷里を離れ、見知らぬ土地で不安がいっぱいあると思うが、自分なりの色を出して自然体で臨んでほしいと思う。そして福島県の隅々まで足を運び、いろいろなものに触れ、福島県を愛してほしいと思う。

     NHKの場合、井上あさひアナ、桑子真帆アナ、近江友里恵なども、当初は地方局に赴任し、人気が出ると「東京アナウンス室」に抜擢される人事が主流だ。彼女は元から大阪府出身だけに、いずれ東京や大阪に転勤になることは必至。今のうち、彼女の出演場面やアナウンス技術をしっかりチェックしておきたい。 

     おまけ

     前任の宮澤結花アナの涙の「はまなかあいづtoday」卒業

     

     宮澤結花アナは、福島市出身で、中高時代をいわき市で育った生粋の福島県人だった。NHK福島放送局を経て、2017年4月から東京勤務となり首都圏で放送されている情報番組『ひるまえほっと』のリポーターを務めています。

     お別れのあいさつ http://www.nhk.or.jp/fukushima-ana-blog/1300/

     東京アナウンス室の記事  http://joseiana.com/archives/20845

     記事作成:5月11日(木)~12日(金)

    2017年5月19日 (金)

    緊急掲載 福島県産酒が5年連続日本一!

     毎年、全国の酒蔵がその出来を競う「全国新酒鑑評会」。そこで我が福島県産の地酒が、金賞受賞の数で5年連続日本一の快挙を達成した。金賞受賞数は昨年の18を上回る22銘柄で、2位の宮城県の20銘柄を超えた。福島県からの出品数は45銘柄で、入賞数が30銘柄、金賞受賞は22銘柄だったため、出品数の約半数が金賞に輝いたことになる。
     この記録は過去最多記録の広島県と並んで過去最多であり、福島県の酒造りの技術力と質の高さを改めて証明した。
     震災以降、風評被害で苦しむ福島県にあって、その確かな味を全国にアピールできるものとなった。5月18日(木)の結果発表以降、福島県では号外が配られ、報道各局も大々的に放送するなど、福島県民はこの快挙に喜びに溢れている。
     福島県の酒蔵は、30代~40代の若い杜氏が多いが、日々の鍛錬と、苦労と努力の積み重ねがあってこその日本一獲得になったと思う。

     では、平成28酒造年度(平成29年発表)の新酒鑑評会で、最高賞である金賞を受賞した栄えある銘柄と蔵元を紹介したい。(リンク先は関連する動画です)

     1 金水晶      (有)金水晶酒造店

     2 廣戸川      松崎酒造店 https://www.youtube.com/watch?v=YWJROpuPPHI

     3 雪小町      (有)渡辺酒造本店

     4 あぶくま      (有)玄葉本店   民進党 玄葉光一郎議員のご実家

     5 三春駒      佐藤酒造(株)https://www.youtube.com/watch?v=Eh-DLQpZ4tk

     6 東豊国      豊国酒造(資)https://www.youtube.com/watch?v=NBcYaGX73eE

     7 人気一      人気酒造(株)https://www.youtube.com/watch?v=g563MhpaE0s 

     8 奥の松   東日本酒造協業組合https://www.youtube.com/watch?v=mGNv_fCLZb4

     9 会津中将     鶴乃江酒造(株)https://www.youtube.com/watch?v=MneApFRuvPg

    10 名倉山        名倉山酒造 https://www.youtube.com/watch?v=2FoMiWr_Xec

    11 夢心        夢心酒造(株) https://www.youtube.com/watch?v=yXvHgC9iqP0 

    12 弥右衛門   (資)大和川酒造店https://www.youtube.com/watch?v=Zj8R9LKCwwI

    13 会津吉の川   (資)吉の川酒造店

    14 大吟醸きたのはな  (資)喜多の華酒造場

      https://www.youtube.com/watch?v=y8Ui6-y96X4

    15 会津ほまれ   ほまれ酒造(株) 唐橋ユミアナウンサーのご実家

    16 國権        國権酒造(株)https://www.youtube.com/watch?v=MciM7AlM-E4

    17 稲川       (資)稲川酒造店https://www.youtube.com/watch?v=MN1mNV8WcrI

    18 榮四郎 榮川酒造(株)磐梯工場https://www.youtube.com/watch?v=TefXqdFnFQM

    19 玄宰       末廣酒造(株)博士蔵 https://www.youtube.com/watch?v=IiKjAxiSvcQ

    20 萬代芳       (資)白井酒造店

    21 一生青春      曙酒造(資) https://www.youtube.com/watch?v=rFYgHfiOd44

    22 又兵衛      (名)四家酒造店 https://www.youtube.com/watch?v=7qabY4S7gLQ

     出典 http://www.nrib.go.jp/kan/h28by/h28bymoku_top.htm

     ニュース映像はこちら

     詳しくは、私が行きつけの酒販店のホームページに記載がありますので、そちらをご覧ください。

    http://tsuriten.la.coocan.jp/My%20homepage%2020.htm

    Jizake

     福島県では、今、「乾杯」を日本酒で行う運動を繰り広げている。それは日本屈指の酒どころにあって、誉れ高き日本一の称号を5年連続で受賞していることが要因である。福島が育んだ銘酒。それをとことん味わいたいものだ。
     今回、何が素晴らしい快挙かというと、福島県は東西に広いが、浜通り・中通り・会津の3つの地方に分かれるが、今回はすべての地方で金賞を受賞した点。放射線被害の影響が未だに残る浜通りでも、その酒造りの確かな技術と味が全国的に認められたことが評価に値する。また、海に一番近いことから、津波被害を受け、また東京電力福島第一原子力発電所の事故で、山形県に避難して間借りして酒造りを行っていた浪江町の酒蔵も、このたび金賞を受賞した。酒造りに賭ける思いが伝わったことが何より嬉しい。
     来年は、もし日本一に輝けば、今年1位タイの広島県を超える6年連続となる。しかし、うかうかはしていられない。お隣りの宮城県は、出品数が僅か23で、そのうち21の銘柄が入賞酒し、さらに20銘柄が金賞に輝いた。なんと金賞受賞率は約87%という凄まじさだ。

     おそらく、来年は相当な激戦で、東北各県や米どころ新潟県などに首位を奪われる可能性が一段と高くなった。ぜひ、来年も福島県の総力を挙げて、金賞受賞日本一を継続することを願うばかりだ。

     ところで、全国では手に入りにくい福島県産の地酒が、ここ福島県内では容易に手に入る。私は郡山市内在住だが、小売りの酒販店で、有名な酒販店を二店を取り上げるとすれば、開成にある「和泉屋」と、さくら通り沿いにある「会津屋酒店」だ。この二店は古くから操業し、日本酒専門店として、入手困難な地酒も多数揃えてある。しかも適正価格(定価)で売られてあるからありがたい。
     ぜひ福島に訪れた際には、一度店を覗いてみてはいかがだろう。お土産に「日本一」のお墨付きの名酒を差し上げれば、喜ばれることうけあいで、コミュニケーションの向上にも役立つだろう。

     

      記事作成:5月18日(木)

    2017年5月18日 (木)

    1980年代歌番組中のハプニング

     1970年代から80年代にかけてはアイドルブームで、それに呼応するかのように「ザ・ベストテン」や「ザ・トップテン」なるアイドル総出演のPR番組が高視聴率を稼いだ時期だった。
     もちろん生放送で、追っかけ中継やハプニングが付き物だった。今日はそんなハプニング集を特集でお送りしますが、私が動画サイトにアップしたものではないため、おそらくはこれを見た方々が通報し、動画が削除され、見れなくなってしまうこと間違いない貴重な映像ばかりなので、早めにご覧ください。

     1 歌詞を忘れる吉幾三 

     1984年の冬頃に流行った曲。青森県の田舎の村出身の吉幾三が過疎化に苦しむ地元の実情を涙ぐましい歌詞に乗せ、しかもそれをパロディ風に茶化しながら歌った。当時、ベストテンや夜ヒットなど生放送の歌番組が多く、奇抜すぎて歌詞が逆効果で、よく歌詞を間違えたり、1番と2番を混同することが多かった。特に木曜21時からの大人気番組の最中に、「歌詞わすれちゃいましたよ」といって伴奏を止めて、歌い直した場面は伝説となった。
     彼のようなキャラだから笑って許せるが、これが大御所の五木ひろしがやらかしていたら、大問題になっていたことだろう。

     2 中森明菜 

     1980年代の超A級アイドルだった中森明菜。伝説のアイドル発掘番組「スター誕生」出身で、デビュー後、出す曲出す曲がベストテンで1位を獲得するなどトップアイドルとして君臨した。そんな彼女が常連だった「ザ・ベストテン」の追っかけ中継のさなか、「十戒」を歌っている途中で踊りを忘れるハプニングがあった。その時の表情が可愛かったと大評判になった。中森明菜は今で言う「ツンデレ」で、同じA型の沢尻エリカや前田敦子と同様、かなり気分にムラがあった。男性から見ると性格ブスに映り、敬遠したくなる人物だったが、なぜか女性には同情心や共感を持って受け入れられ、むしろ同性から人気があった。
     しかしながら彼女ももう50歳。未だに独身を貫いているということは、近藤真彦との一件を引きづっているのだろうか?

     3 早見優 

     彼女も花の82年組のアイドルの一人。スラリと伸びた細い脚が魅力で、ハワイ出身の帰国子女だけあって、小麦色の肌も売りだった。松本伊代とダブって見えたファンも多かったはず。「夏色のナンシー」が代表曲だが、初代バイリンガルとして英語力を活かし、英会話の番組にも出演。上智大学に進学した。同時期には中森明菜・小泉今日子・堀ちえみ・石川秀美・松本伊代などそうそうたるメンバーがいて空前のアイドルブームを巻き起こした。
     彼女のやっちゃったハプニングは、まだ時間があるだろうと油断して、ミラーゲートの外で準備をしていなかったこと。慌てて登場したら、靴が履けていなかった!

     4 荻野目洋子  

     「ザ・ベストテン」や「トップテン」では奇抜な巨大セットも名物だった。アイドルは、よく雨を降らせ、ずぶ濡れで歌う演出が有名だったが、その犠牲になったのが、「ダンシングヒーロー」が大ヒットした荻野目洋子だった。踊りが激しいことで知られた楽曲だったが、その最中、フロアの濡れ面で滑ってこけた。生放送中のこうしたハプニングが結構ウリだった。

     アイドルずぶ濡れは田原俊彦もよくやった。マイクを天井に投げ、一回転して上着を脱ぎ捨てる間に落ちてきたマイクを勘でキャッチするパフォーマンスも凄かったが、ハイティーンブギでマッチこと近藤真彦が暴走族と格闘した後、泥だらけの地面にバッタリ倒れこむ映画と同じ名シーンを再現したこともあった。白いジーンズが真っ黒になった。

     5 堀ちえみ 

     「ザ・ベストテン」の人気にあやかり、堺正章&榊原郁恵(のちに石野真子)、島田紳助&和田アキ子が司会を務めた「ザ・トップテン」。ベストテンはスタジオからの放送だったが、こちらは公開生放送で、渋谷公会堂からの放送が多かった。親衛隊が多く駆けつけ、応援も見ごたえがあった。そんな中、堀ちえみが稲妻パラダイスを歌っている最中に、履いていた靴が飛んで脱げるハプニングが起きた。
     慌てふためく彼女の表情が面白い。

     ほかにも探せばいろいろとお宝映像が出てくるだろう。特に「ザベストテン」の追っかけ中継は、今は亡きTBSの追っかけリポーターだった松宮一彦が活躍した。松田聖子や田原俊彦、小泉今日子、中森明菜、中山美穂は新幹線の移動中に駅のホームで歌い、さらには近藤真彦も北陸を移動中の今は懐かしい485系特急の車内からホームに降りて歌ったりした。今思えば伝説の中継映像だった。

     こうしたハプニングは、生放送だからこそであり、最近はミュージックステーションくらいしか無くなった。その昔、フジテレビ系列で金曜の20時から高島ヒゲ武と丘みつ子司会による「ビッグベストテン」という番組が放送されたが、「ザ・ベストテン」の真似だと大批判を浴び、すぐに放送打ち切りとなった。当時はアイドルを中心とした歌謡曲ブームだったことが窺い知れると思う。
     古き佳き時代の産物だったのか、はたまたミーハー根性を植えつけただけなのかは不明だが、こうした番組に盛り上がったりした学生時代だった。それだけに思いも一入だし、今、回顧すれば、ただただ懐かしいと言わざるを得ない。

     

     記事作成:4月中~5月3日(水)

    2017年5月15日 (月)

    各局の「看板」アナと呼ばれた女子アナ

     今日は東京キー局の女子アナで、私がお気に入りだった方で看板女子アナと言うに相応しい面々を取り上げたい。以前から女子アナの話題に触れるたびに言うのは、この職業は私の理想形だ。清楚で知性と教養があって、女性らしさの典型である気がする。男心をくすぐるすべてのものを網羅している。派手さもなく、謙虚で立ち居振る舞いが出来た大人の女性と言う認識だ。
     今回はタイトルの示す通り、過去・現在と看板アナと呼ぶにふさわしい方々を紹介していきたい。

     フジテレビ・・・中井美穂・小島奈津子・木佐彩子・高島彩・加藤綾子

     TBS・・・ 木村郁美・渡辺真理・小林麻耶

     日テレ・・・関谷亜矢子・永井美奈子・西尾由佳理・夏目三久

     関谷アナはA型で清楚なイメージ。あの長嶋茂雄監督がベタ惚れだった。

     永井アナはO型。日テレ3人娘の「DORA」でCDデビューを果たした。

    https://www.youtube.com/watch?v=Kq3_CgfY8-8

     テレビ東京・・・大橋未歩・大江麻理子

     テレビ朝日・・・松尾由美子・青山愛・林美沙希

     NHK・・・久保純子・有働由美子・鈴木奈穂子

    https://www.youtube.com/watch?v=c9fyPDOhbrA

     人気の美人女子アナ名鑑

     今日は手前味噌だが、私の大好物である女子アナネタに終始した。どこのテレビ局にも代表的な看板アナがいる。もちろん男性アナもいるだろう。例えば日テレだったら徳光和夫や羽鳥慎一、TBSなら久米宏と安住紳一郎、テレ朝なら古館伊知郎といった具合だ。同じように女子アナも各局ともに看板女子アナがいて、日テレならこの人。と言う感じだ。
     今回は、そうした看板女子アナと呼ばれた方々を回顧する意味で記事を執筆してみた。当分、私の女子アナ贔屓はやみそうもない。

     記事作成:4月~5月2日(火)

    2017年5月11日 (木)

    郡山の魅力再発見!45 ~郡山PR映像アラカルト~

     今日は郡山市が制作した観光PR用の動画を紹介したい。郡山出身の「YouTube」アイドルユニットの「まこみな」が出演し、郡山の魅力を余すことなく紹介している。双子ダンスで全国的に有名になった2人が郡山の名産や名所を巡り、誘客に一役買っている。
     では早速どうぞ!

     郡山市観光PR映像-LOOK編-

     まこみな」をナビゲーターに起用した郡山市の観光PR映像。猪苗代湖や布引風の高原、銚子ヶ滝、緑水苑など、自然豊かな郡山の魅力を伝える。まこみなの袴姿も要チェック!

     郡山市観光PR映像-HISTORY編-

     「まこみな」をナビゲーターに起用した郡山市の観光PR映像。日本遺産や世界かんがい施設遺産に認定された「一本の水路」にまつわる安積歴史博物館や十六橋水門、開成館などをまこみなが明治期の衣装を着て巡る。

     郡山市観光PR映像-FEEL編-   

     「まこみな」をナビゲーターに起用した郡山市の観光PR映像。高柴デコ屋敷や磐梯熱海温泉、四季の祭りを巡る。まこみなの浴衣姿は必見!

     郡山市観光PR映像-いこいこ♪郡山- 

    「まこみな」をナビゲーターに起用した郡山市の観光PR映像。猪苗代湖や布引風の高原、磐梯熱海温泉、高柴デコ屋敷やスイーツ店などを巡る。

     まこみな出演!「コ・コ・コ・コ・こおりやま♪」 / うねめ牛・里の放牧豚篇   

     郡山市出身の「まこみな」が歌と双子ダンスで郡山産ブランド食材をご紹介!

     まこみな出演!「コ・コ・コ・コ・こおりやま♪」 / あさか舞・郡山ブランド野菜篇

      郡山市出身の「まこみな」が歌と双子ダンスで郡山産ブランド食材をご紹介!

     郡山の観光大使と言っていい存在の二人。キャッピキャピの二人が明るく元気よく郡山をPRしてくれることで、ビジネスだけでなく、観光客を招き入れて、経済効果をもたらしてくれたらありがたい。

     記事作成:5月1日(月)

    2017年5月10日 (水)

    巨人移籍でダメになる選手たち②

     以前(2010年9月)にも同名の記事を書いたが、昨季の巨人は、ナベツネ発言をきっかけに大型補強に乗り出した。初のFA3人獲得やトレード実行で「最強布陣」と言われ、V逸は許されない状況にあった。しかし、オープン戦は最下位に沈み、4月終了時点では14勝13敗と貯金僅か1のリーグ3位とお寒い状況。開幕ダッシュこそ成功したが、広島にはからっきしダメ。1勝5敗という惨敗状態だ。
     それには理由があって、FAや移籍で期待された「外人部隊」がこぞってダメ。というより、出場すら果たせていない。3軍で調整していたり、一度も一軍登録されていない選手までいる。では論より証拠。どんな具合か検証したい。

     打者

                       昨季の成績            今季の状況

     陽岱鋼(日ハム) 打率.293 14本塁打 61打点      一軍登録無し
       

     投手
                 登板数 勝 敗  H/S 防御率  登板数 勝 敗  H/S 防御率

     吉川光(日ハム)   27  7  6   3   4.19   2   0  0      0   6.14

     森福(ソフトバンク)  50  2  1  16    2.00    7    0  2      3    5.40
     
     山口俊(DeNA)   19  11  5  0   2.86     故障のため登板機会なし

     いずれも巨人に移籍後は、昨季とは雲泥の差。山口はさておき、防御率5点台を越えているようでは、信頼度はゼロ。どうしてこうなるのか・・・。年齢的にはまだまだ現役バリバリにやれる世代だ。陽30歳、吉川29歳、森福30歳、山口29歳とベテランと呼ぶにはまだ早い。なのに、ひとりとして満足できる成果を得られていない。巨人に来ると、なぜこうなるのか?私なりに分析してみた。

     1 伝統チームで注目され、敵チームからはエース級をぶつけられるなど包囲網がある

     2 移籍後は対戦投手や打者の癖を掴むのに時間がかかる

     3 慣れない環境で練習やトレーニング方法も違う

     4 結果を出さないと焦ったり、はりきりすぎてオーバーワークで怪我や故障しやすい

     5 層が厚く、人材豊富でレギュラー獲れるか不安や精神的なプレッシャーが大きい

      世の中には科学では証明できない不思議な事象が時として起こり得るが、この巨人に纏わる移籍の実態は、まさにそれだ。歴史と伝統のある巨人はそれだけ周囲の注目が高くて、選手には極度のプレッシャーが圧し掛かる。

     また、外国人助っ人もそうだが、茶髪や髭がダメなど制約が厳しく、個性が殺されてしまう。のびのび野球が出来ない環境に、実力を出せず終いに陥る傾向は他球団より強い。
     
     ここで主旨とは違う話をするが、巨人の連携プレーはお粗末で、二塁ランナーをヒットで簡単に生還させてしまう。外野からの好返球で、ホーム上のクロスプレーで刺したのを見た験しがない。いつもセーフ。タッチも下手くそ。
     また、投手の場合、守備がダメなので不用意な失点が多くなり、戦意喪失。マイコラスなど小林のキャッチングやお粗末な守備にイライラしている様子が見て取れる。広島の菊池、中日の荒木のような守備の達人がいないし、阪神の糸井のような強肩で走者を刺せるような期待感もない。
     また、昨季はエースの菅野が投げると味方打線は毎回注目。エースを見殺しにする。防御率1点台にもかかわらず、9勝止まり。寡黙な菅野は打線を批判したりしないが、これではやる気が失せる。

     小林捕手はイケメンかもしれないが、WBCに選ばれ、大会ではラッキーボーイになったのは事実だが、実力はからっきしダメ。打率も2割を割り込むし、バントは下手くそ。勘違いしているだけ。頭を丸めた気概は買うが、真の実力が伴っていない。
     それに今の巨人の打線では繋がらないし、怖さもない。
                                                          
     では最後に、私が2月時点で3チーム作れると豪語した中で、一番の脅威オーダーと4月30日の敗戦時のオーダーを比較してその差を比較してほしい。

         私の熱望オーダー        4月30日のオーダー

     1   陽     8        1   立岡  
     2  片岡     4        2   橋本到
     3  ギャレット  7        3   坂本
     4  マギー    5        4   阿部
     5  阿部       2        5   マギー 
     6  坂本     6        6   石川
     7  村田     3        7   中井
     8  亀井     9        8   小林
     9  投手     1        9   投手

     4月30日のスタメンを見てもまったく怖さが無い。橋本、中井、石川って巨人の主力ではない。二軍の選手という印象しかない。役者不足で、相手投手は舐めてかかるだろう。層が厚い巨人のベストオーダーがこの面々では迫力を感じないし、小粒という概念しかもたれない。高橋監督は、今年優勝を逃せば更迭は逃れられない。桑田か松井が監督就任するのか、あるいは原監督が復帰するのか・・・。いずれにしても広島の独走を許さないためには、根本的にメンバーを見直す必要がある。
     果たして救世主は現れるのだろうか?オーダーを固定できないようではお先真っ暗だ。

     記事作成:5月2日(火)   

    2017年5月 8日 (月)

    青春プレイバック 「酒井美紀」

     「白線流し」を覚えているだろうか?「北の国から」と同様、ドラマの本編が終了した後も、1年に一度の割合で、その後の出演者の生き様が続編として放送された人気ドラマだった。
     主人公に「TOKIO」の長瀬智也。彼が定時制の高校生役で、同じ校舎の昼間部の全日制に通う酒井美紀演じる女の子と星座の物語が縁で出逢い、恋に落ちる。初恋の甘酸っぱさやときめき感、せつなさなどが伝わる秀作だった。
     当時、このドラマを見て、清純派の代表だった美少女、酒井美紀に一目ぼれした男性諸氏も多かったことだろう。私もすべてのテレビ放送を録画したし、今でも録画したDVDを持っている。
     1980年代に放送され、当時の高校生たちの共感を呼び、青春群像として若者の葛藤と、いろいろな障害にぶつかりながら、それを乗り越えることで仲間意識が強まっていく青春ストーリーだった。
     そんなドラマの中心にいたのが「酒井美紀」だった。では当時の懐かしい動画映像をプレイバックしたい。
     なお、リンクした映像は、私がアップしたものではないため、予告なく削除されることがあることをご容赦ください。

     1 白線流し(七倉 園子&長谷部 優介)

     このシーンに胸キュンした女子も多かったことだろう。このシーンを真似たのが冬ソナの雪のベンチでの雪だるまのキス&振り向きざまのキスだと私は思っている。

     主題歌のスピッツが歌った「空も飛べるはず」

     名曲だ。今でもカラオケで歌われているのも頷ける。今振り返ると、もう俳優や女優を休止、あるいは辞めた人もいて悲しい。学ランの高校が年々少なくなっている中で、なんとも懐かしい映像に思えてしまう。

     2 Love Letter(1995) - Sweet Memories

     酒井美紀はセーラー服が良く似合う、清純派の女の子の典型だった。ほのかな思いを寄せ、相手の立場を尊重し、謙虚で優しい純粋無垢な女の子。男が絶対に好きになる容姿と性格を有していた。私は当時20代で、このドラマを毎回楽しみに見ていた。

     放送終了後、20年が経過しようとしているが、名作のひとつだと思っている。

     最後に、永遠の友情を誓う名シーンとして語り継がれることとなった「白線流し」の旅立ちの場面をどうぞ!

     今見ても鳥肌が立ち、感動が全身を包む。何をやっても上手く行かなかった学生時代。でも今振り返ると、すべてが美しく懐かしい日々。出会いと別れ、旅立つ友を涙で見送ったあの日。着慣れた制服に別れを告げ、ひとりで新しい世界へ飛び込んでいく。
     若かりし日を回想する名場面として瞼に焼きついている。「そうだ!近いうち、白線流しの聖地巡礼(長野県松本市)に行こう!」青春の想い出が色褪せる前に・・・。

     記事作成:5月1日(月)

    2017年5月 6日 (土)

    ちょっと昔の旅 ~想い出の場所回顧~

     このGWを利用して、過去にタイムスリップする意図で、想い出のスポットへ足を運んでみた。それはもう四半世紀近く経つ、家内と出会った場所や結婚式を挙げた場所、そして14年が経過した実の父とお別れをした場所だ。
     時間と言うのは無情なもので、人を老化させるだけでなく、記憶まで薄らいでしまうものらしい。そうした想い出のひとコマまでも奪われないように、今回、この訪問を思い立った次第だ。ちなみに訪問したのは朝から快晴青空の5月4日(金)のAM6:14~AM7:00だ。
    なお、時系列ごとではなく、この日に訪問した順番に掲載します。

     1 家内と出会った場所 「カフェテラス四季」

    Img_2162_r Img_2164_r
                                                    内部はこうなっている
    Img_2163_r Cafe_shiki

     平成5年に私たちは叔母の紹介で出会った。ガーデンテラスがあってオシャレな造りだった。ここのパスタは美味かった。「ワンスアポンアタムインアメリカ」や「カフェドカフェ」、「飛行船」が定番の食事場所だった。

     https://tabelog.com/fukushima/A0702/A070201/7000242/

     https://tabelog.com/fukushima/A0702/A070201/7003718/

     2 結婚式を挙げた場所 「椿山荘」(現在は記憶の森)

    Img_2165_r Img_2166_r

     久留米の桜の名所、五百渕公園のほとりにある結婚式場。平成6年7月3日、ここの神殿式で結婚式を挙げ、その後、新装なった「グランプラス」(実際は当て字の漢字表記)という会場で披露宴を行なった。

     https://kiokunomori.cocolonet.jp/

     訪れて見て驚愕。純白なイメージを漂わせえる白亜の式場にリニューアルし、昔の面影はどこにもない。外観もエントランスの造りも劇的に変わった。一周したが、池の周囲では付近住民によるボランティア活動が朝早くから行われていた。

     3 父親を見送った「懐想記念館久留米」(現:たまのやこころ斎苑久留米)

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     父親の高校時代の同級生が社長を務めていた「サークル」という互助会に入会していたため、やはり久留米にあったセレモニーホールで葬儀告別式を執り行った。平成15年の年も押し迫った12月29日に亡くなり、大晦日に須賀川市の火葬場で焼骨し、正月明けの1月6日、雪が降る中で告別式を行った。

     http://www.e-sogi.com/detail_hall/id1000000000-009676.html

      訪ねたこの日は催事はなさそうで、駐車場もガラガラで閑散としていた。催事場が暇なのは喜ばしいことと認識・・・。

     4 水天宮

     小学生の頃に亡き父親と何度もキャッチボールやノックをしてもらった想い出の場所。親父が亡くなった時、この目の前にある「懐想記念館」で通夜をやった折、夜中に水天宮を訪れ、夜空を見上げたら、真冬だったため、満天の星空が美しかったことを思い出した。

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     子供の頃はあんなに広く感じたのに、とても小さく狭く感じたのは、自分が成長した証と実感した。早朝にもかかわらず、バックネット付近で親子がキャッチボールしていた。あの日の自分と重ね合わせることができた。

     5 結納を交わした場所 

     平成6年1月に結納を交わした。家内の振袖姿を初めて見た。家内は当時、鈴木杏樹に似ていて、身長も164cmあってスリム美人だった。

     http://www.homemate-research-wedding.com/dtl/20000000000000001147/

     残念ながら、いくら探しても持つからず。もしかしてもう解体した?趣のある屋根がドーム型でエレガントな造りの建造物だったのだが・・・。
     その後、内環状線沿いのステーキ宮と郡山信金にあったその建物は「オフィスタツミ」という会社になり、そこからR49線を越え、200mほど南東に行った「記憶の森」の北側へ移転したことが判明した。

     6 父親が亡くなった病院跡

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     震災で損傷を受け、その後閉鎖。しばらくはそのまま建物自体はそこにあったが、希望が丘へ移転した。その後、取り壊された。
     平成15年12月28日の仕事納めに母親から電話を貰い、病院嫌いで渋る親父を無理やり連れて行ったら、40℃の高熱で即入院。翌朝には亡くなってしまった。私は痰を器官に詰まらせた医療ミスだと疑っていたが、タバコの吸いすぎで肺気腫を患い、呼吸器疾患だったと思う。翌日、医師に呼び出されたときには意識不明。心電計は横に一直線の波形で、長男到着時を死亡時刻とした。看病もせず、ひとりで天国へと旅立ってしまった。
     年の暮れだったこともあり、実家から至近で、当番医がここしかなかったため、やむを得ずこの病院に連れて行ったが、大病院に行っていたら、もしかしたら助かったかもしれないという懺悔の気持ちがしばらく続いた。

     7 結婚前、結婚後に最初に移り住んだ富久山町のアパート

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     「愛の巣」はR288から少し入ったところにあった久保田字本木のアパートだった。平成6年4月から移り住み、子供が生まれた後の平成7年12月下旬まで約1年8か月暮らした。当時は益子建築工業の参加のマストモ設備が工事を請け負った新築物件だった。部屋が3つある3DKで、家賃は56,000円だった。2階の南端の角部屋だった。
     家内の実家からも近く、当時私は船引町にある職場へ通勤していたので、郡山市街地を通らなくて良かったので、通いやすいメリットがあった。

     http://www.homes.co.jp/archive/b-9182694/u-20476940/

     実際に訪ねてみると、住んでいたのはもう20年前なので、いくら当時新築とはいえ、かなり年季が入って古くなっていた。20年の歳月とはこんなにも変わらせてしまうのか・・・。

     さて、個人の感傷に浸るような手前味噌な記事になったが、「人に歴史あり」を地で行くものとなった。この四半世紀、様々なことがあった。2人の子供に恵まれ、両者ともに大学生となり、長男は一流のハウスメーカーへの就職が内定した。技術職で設計を希望している。

     今回は個人情報を暴露してしまった感が強い記事になってしまったが、他人が見たら何の変哲も無い個人の感傷のようなものになってしまった。しかし、人には忘れられない人生の足跡や証のようなものがあり、それを備忘録としてどこかに留めておきたいと願ってのものだということを理解いただきたい。

     最後に、長い歳月を経て、名称が変わったスポットも多い。いろいろあったが、半生を振り返ると決して良いことばかりではなかったが、波乱万丈ではなく、大過なく、安定した生活を送れたことは、家内に感謝しなければならないだろう。

     記事作成:5月4日(木)~5日(金)

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