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2017年6月

2017年6月30日 (金)

2017年6月期のCMベスト5

 一昨年から2か月に一度ずつお送りして来た、その時期に流行ったり、何度も繰り返し放送され、注目を浴びた見慣れたCMを特集して掲載しているこの記事。しかし、あまりにも秀作が多いため、昨年からは毎月末に傑作CMを紹介しています。今回もこの6月に放送されたCMから気に入っているCMを5作品お送りします。

 1位 JRA  高畑充希 右回りと左回り

 2位 【高橋ひかる CM】大鵬薬品 チオビタ・ドリンク 「チオビタと素顔」仲直り篇   

 3位 ありがとうの新幹線

新幹線YEAR2017、四季を駆け抜ける新幹線のカッコいい動画をぜひご覧ください!!

【新幹線開業年月日】
秋田新幹線(東京~秋田) 開業20周年 1997年3月22日
東北新幹線(大宮~盛岡) 開業35周年 1982年6月23日
山形新幹線(東京~山形) 開業25周年 1992年7月1日
北陸新幹線(東京~長野) 開業20周年 1997年10月1日
上越新幹線(大宮~新潟) 開業35周年 1982年11月15日
東北新幹線(盛岡~八戸) 開業15周年 2002年12月1日

いいなCM JR東海 東海道新幹線 開業50周年 東京駅出発式   

 鉄道ファンならっずとも、このような壮大なスケールのCMを目の当たりにすると、感動してJRに就職したくなる。旅や出張のお手伝い。社会貢献していることを肌で実感できる仕事のように思えてしまう。

 私が好きなCMはコレ

 https://www.youtube.com/watch?v=EHUGrxWj7j0

 4位  積水ハウス の犬のCM  「また、ここで・・・」篇 永野芽郁   

 以前もこのCMをランクインさせたが、感動的な名作だと思う。ペットの犬も大切な家族の一員で、同じ歳月を重ね、いつしか年老いていることを物語る秀作だ。

 5位 思わず涙する・・主人を飲酒運転で亡くした柴犬のCM

         

 福岡の柴犬(こゆき)のお話です。
柴犬がいつもの散歩道を寂しそうに歩く姿に涙します。
飲酒運転もドラッグも同じ!
やめよう飲酒運転!

 忠犬ハチ公のようなストーリーに思わず目頭が熱くなる。

 飲酒運転撲滅CM 第二弾

 飲酒運転撲滅CM こゆき 第三弾   

 記事作成:6月中

2017年6月29日 (木)

NHK福島・平川沙英アナウンサー④

大阪出身の新人アナウンサー「平川沙英」さんを勝手に応援する記事を書き始めたが、今回は第四弾。NHK福島放送局で平日の18時10分から19時まで放送している「はまなかあいづtoday」のMCを務めている彼女だが、出演は宮間瞳アナと交互に隔週出演している。したがって、週単位で2週間に一度、初々しい彼女の成長を見守るために、この記事を「サポーター」的な立場で掲載していきたいと思う。
 皆さんも、ぜひ彼女を温かく見守り、応援していただければ幸いです。では、第四弾の今日は、6月19日からの出演場面をどうぞ!

 6月19日(月)

 安倍首相の会見のため、10分間の放送に・・・

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 6月20日(火)

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 6月21日(水)

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 6月22日(木)

 録画中、追っかけ再生しながらチャプター分割したのに、録画終了後、「録画に失敗しました」の表示。もちろん保存されず。「東芝レグザ」はやっぱり信用できない。

 6月23日(金)

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 鮮やかな色彩のドレスを身にまとうことが多い彼女。色白だけに何を着ても似合う。髪型も結んでいるが、相当長いロングヘアと察しがつく。ぜひ下した彼女も見てみたい。

2017年6月28日 (水)

おもしろ動画集

 今日はネタに困ったため、いつも頼り切っている「Youtube」にアップされている面白すぎる動画を特集したい。

 1. 【衝撃】よく撮った!!その後が気になる!!決定的瞬間

 2. 【衝撃】終わった・・・その後が気になる絶望的な画像集 

 3.【コメ付き】吹いたら負け画像集www

 4.【衝撃】子どもが教科書に描いたイラストがヤバすぎる!!才能すら感じる!秀逸な落書き【爆笑】 

 5. 【腹筋崩壊www】センスの良さしか感じない!遊びの域を超えた教科書の落書きwwwwww 

 記事作成:6月19日(月)

2017年6月27日 (火)

この歳になってひしひし伝わる曲

 1964年、東京五輪に生を受けた私が、若い頃は特段、何も感じなかった歌が、この歳になってしみじみ聴き入る名曲がある。経験を重ね、自分も人の親になって自分の半生を振り返る年齢になって、初めて感じる曲だ。特別な思い入れがあった訳でもないのに、何か自分の生き方とダブったり、妙に琴線に触れる曲だ。おそらくは同世代の方々は共感してくれると思うが、そうした奥深い曲を6曲取り上げたい。 

 1 「糸」 中島みゆき

 私が小学生時分に、ポプコン出身の彼女が「時代」という曲でデビューした。その彼女の楽曲は、誰もが感じる「暗くて怨念や女の情念」がまとわりついたものが多いのだが、この歳になって聴き返すと、妙に共感できるものが多い。
 この曲は、人生で出会いや別れといった人生の節目で経験する不思議な縁について取り上げている。見えない糸に操られている人の人生。
 歌詞の中で『仕合せ(しあわせ)』という言葉が出てくるのですが、仕合せというのは運命や巡り合わせという意味の言葉です。一般的な、「幸せ」とは意味が異なるようです。
 人と人の出会いは良いことも悪いこともある。けど時には幸せと言える出会いもあるのだと・・・

 2 「案山子」 さだまさし

 「あんざんし」ではない。「かかし」と読む。さだまさしは私が中学時期に流行ったシンガーソングライターブームの中でド真ん中にいたが、ちょっと作文調でおばさん世代にはウケるが、若者向きではない暗さがあった。堂々とさだファンとは言い難い風潮があった。しかし、彼の独特の詩作は秀逸していたし、人生観や人情の内側に潜む深層心理まで如実に描き切っていた。
 私も親元を離れて学生生活を送っている子供を2人持つ親の身になり、親心を包み隠さず歌い上げたこの曲は泣かせる。

https://www.youtube.com/watch?v=q-YWPosTX1M

 3 「川の流れのように」 美空ひばり

 自分の人生を回顧すると、紆余曲折や苦労が多かったものの、過ぎ去ってしまえば、不思議と美しい想い出に変わっている。人生の大先輩の美空ひばりの楽曲だが、彼女の人生そのものを歌い上げたこの曲を作詞したのが、AKBブームの火付け役の秋元康だと聞いて愕然と来た。彼の才能は自他ともに認めるが、恋愛禁止などを全面に出していながら、自分はおニャン子クラブの元メンバーだった高井麻巳子に早々と手を付け、結婚するために、当時人気絶頂だった「おニャン子クラブ」を解散させ、「夕やけニャンニャン」の放送を打ち切った。矛盾だらけの秋元氏の楽曲だと知ってがっかりしたものだ。

 4 「いい日旅立ち」 山口百恵

 谷村新司が山口百恵のために書き下ろした楽曲だが、この歌が世に出た時は、私は中学生だった。難しい漢字の表現が、若手アイドルだった百恵ちゃんには不釣り合いだと思っていた。「過ぎ去りし日々の夢」など変なダンディズムに芽生えた谷村があえて難しい漢字や古くさい表現を用いて奥深さを出そうと画策しているように思え、違和感があった。
 50歳過ぎてようやくその詩作を理解できるようになったが、これを20歳そこそこのアイドルに歌わせる強引さは今も理解できない。イントロは優れていて、何か壮大なスケールを思わせる。

 5 「初恋」 村下孝蔵

 同世代の男性のカラオケ十八番になっていることが多い名曲。今は亡き「村下孝蔵」の名曲だ。「好きだよと言えずに初恋は・・・」共感できる世代だ。今では告白は当たり前で、何か人を好きになることに重みが無い。人を好きになることはかなり大きなことなのに、まるで今の若い世代は、好きならすぐコクってしまえ!的な軽い発想で恋愛ゲームをしている感が強い。相手の気持ちを思いやるとかに欠けている。自己中に自分の恋愛感情を満足できればそれで目的達成みたいな軽いノリしか感じない。
 そういう意味では、古い人間かもしれないが、村下孝蔵のこの作品は、時代を感じさせるし、豊かな情緒感、恋愛観に溢れている。 

 6 「野風増」 河島英五

 自分の息子に思いを寄せ、成長した子供の姿を想像しながら、父親として将来の理想をせつせつと語る。子供の成長を楽しみにしながら人生を共に歩きたいという親としての願いが込められていてグッとくる。
 私の息子も東京で大学生活を送り、この度、念願かない、第一志望だった企業へ就職を決めた。私が教えたことは何もない気がするが、父親の背中を見て何かを感じ取ってくれていたら嬉しい。
 いつの日か奈良市にある彼のお墓参りに行けることを願っている。

 ほかにも松山千春の「いきがい」や長渕剛の「乾杯」、河島英五の「時代おくれ」は、この歳になってじわじわ心に響く位置づけとなっている。

 こうして5曲を並べてみると、人生観に溢れ、自分の生き方にマッチした楽曲ばかりだ。ミーハーだった20代から比べれば比較にならない。「歌は世につれ」と言った名司会者がかつていたが、まさにその通りだ。真の名曲とは、そうした人生に寄り添うものだとこの歳になってわかる。自分もそんな年齢になったと、今つくづく思うもである。

 記事作成:6月19日(月)

2017年6月26日 (月)

子役タレントの現在との比較

 子役時代に脚光を浴びた芸能人は、その後、成長するにつれて出演回数が減ったり、数年間仕事が無くなり、貧窮した生活を強いられるケースが多いようだ。
 昭和時代の天才子役と呼ばれた宮脇康之、齋藤こずえ、坂上忍、杉田かおる、小林綾子らが好例だ。子供の頃にチヤホヤされると天狗に陥りやすく、人間関係を損ねて、いわゆる「干される」ことが多い。また、子役の印象が強く残り、大人の役をやっても、どこか昔の姿や役のイメージが強くなるからだ。
 NHKのEテレで放送していた「天才てれびくん(MAX)」もまた然り。一部を除いて、今も第一線で活躍しているタレントは少ない。

 しかし、一方で根強いファンに支えられて生き残っている俳優や成長して見違える美人になったタレントや女優がいる。今日は子役時代と今の「成長の跡」を比較したい。

 <女性子役だった芸能人>

 宮沢りえ

 三井のリハウスのCMは衝撃的だった。こんな美少女がいていいのか?と世間の注目を集めた。その後、ヌード写真集を発売したり、貴花田との婚約騒動などゴシップが多かった。血液型はB

 間下このみ

 東京都葛飾区出身。1980年代にドラマ・バラエティ・CM・舞台などを中心に活躍した人気子役。中学入学後、学業を優先し芸能活動を自粛するが、2004年から女優、タレントおよび写真家として活動を再開。アミューズメントハウス所属。愛称は「このみちゃん」。「がんばれがんばれ玄さん」のCMで一世を風靡した。なんと現在39歳になられた。色白丸顔、ぽっちゃりで太りやすいO型そのまま。


現在は
Mashita

 安達祐美

 「家なき子」で鮮烈なデビューを果たし、「同情するなら金をくれ」という強烈台詞でインパクトを残した。血液型はA


現在は
Adachi

 美山加恋 

 1996年12月12日生まれの20歳 子役として2002年の舞台『てるてる坊主の照子さん』でデビュー。
 2004年、草彅剛主演の『僕と彼女と彼女の生きる道』で小柳凛役を演じ、一躍「天才子役」として注目を集め]、第40回ザテレビジョンドラマアカデミー賞にて助演女優賞と新人賞をダブル受賞。その後も数々のテレビドラマ、映画、舞台に出演し、2012年の『神様の観覧車』で舞台初主演、2016年、『「終わりのセラフ」The Musical』でミュージカル初出演。2016年の日本テレビ系『エンドライド』のアリシア役でアニメ声優にも初挑戦、「エンドライド」プロジェクトの生放送番組『美山加恋のエンドライブ!!』(AbemaTV)にて初MCにも挑戦する。2017年の『キラキラ☆プリキュアアラモード』の宇佐美いちか/キュアホイップ役でテレビアニメ初主演。血液型はAB

 芦田愛菜

 受験勉強のため芸能活動を停止していたが、この度、慶應学舎の中等部へ入学した。偏差値70を超える超一流中学だ。血液型はA


現在は
Ashida

 本田美結

 誰が見ても「可愛い」という感想しかない。お人形さんみたいな愛くるしい容姿。色白で丸顔はO型の典型だが、モデルや子役タレントとして芸能活動を行う傍ら、本業はフィギュアスケーターというそのギャップにしてやられる。お姉さんの真凜を追いかけ、二束のわらじは難しいが、数年後には世界で活躍できるスケーターに成長しそう。

 天てれ戦士の昨今

 <男性子役だった芸能人>

 伊藤淳史

 千葉県船橋市出身。身長162cm、体重49kg、足のサイズ24.5cm。血液型はA型。既婚。 クォータートーン所属。同じく俳優だった伊藤隆大は弟。
 元々、子役として数多くのテレビ番組に出演していたが、フジテレビ系列で放送されていたバラエティ番組『とんねるずのみなさんのおかげです』の中の1コーナー、「仮面ノリダー」のチビノリダー役で知名度を上げ、1990年からスタートした裏番組のTBS系『渡る世間は鬼ばかり』に第2シリーズまでレギュラー出演していた。2000年秋から放送された大塚製薬の健康食品「カロリーメイト」のテレビコマーシャルのワカゾー役で人気を決定的なものにする。

Ito2Ito

 加藤清史郎

 神奈川県出身。劇団ひまわり所属。現在15歳 血液型はA

 1歳1か月で芸能界デビューした。3歳から劇団ひまわりの幼稚部のレッスンに通っている。
 2009年9月2日、NHK・みんなのうたで2009年夏に流れた演歌「かつおぶしだよ人生は」で歌手デビュー。同年12月時点でCD売上約2万枚、音楽配信と着ボイスの合計で13万ダウンロードに達している。同年10月16日に書籍『こども役者 加藤清史郎のきもち』で作家デビュー。

Kato1Kato2

 神木隆之介

 1993年5月19日生まれの24歳 B型
 1995年、CMデビュー。1999年、テレビドラマ『グッドニュース』でドラマ・デビューをしたKamiki1 Kamiki2

 須賀健太

 1994年10月19日生まれの22歳 血液型はA

  •  1999年に子役デビューし、2002年のドラマ『人にやさしく』の五十嵐明役で注目を集めた。当時は小学校で自作の名刺を好きな子に渡していたという。
  • 『ALWAYS 三丁目の夕日』(2005年11月公開・シリーズ1作目)撮影時から『ALWAYS 続・三丁目の夕日』(2007年11月公開・2作目)撮影時までの約2年間で18cmほど身長が伸びたが、2作目は前作の4か月後という時代設定だったため、声変わりと併せて監督を困らせた。また、『ALWAYS 三丁目の夕日』撮影時から『ALWAYS 三丁目の夕日'64』(2012年1月公開・3作目)撮影時までの約6年間では40cmほど身長が伸びた。
  • SugaSuga2

    テニスの桃田選手に似ている

     山上兄弟(てじな~にゃ)

     兄の山上佳之介と弟の山上暁之進によるギネス・ ワールド・レコーズ認定の世界最年少イリュージョニスト。
     山上兄弟は、2000年に兄の佳之介が北見伸の演出ステージの子役として6歳でデビュー。翌、2001年に弟の暁之進がケージマジックの仕掛けに入ったため、兄弟で出演するようになった。2001年、TX系列のテレビ出演を皮切りに海外局を含む様々なテレビジョンプログラムに出演。国内外のイベントやマジックの大会、出版メディアなど積極的に進出した。
     2002年10月にはギネス・ワールド・レコーズ(ギネスブック)にて「世界最年少イリュージョニスト」の認定が受理された。

    Yamagami

     一時はレギュラーを持っていた子役

     吉田友紀(俺はあばれはっちゃく)、カケフくん

     記事作成:5月16日(火)~

    2017年6月25日 (日)

    私がお参りした有名人の墓

     生前会うことのできなかった方々に近づくには、歴史書や自伝を読むこともそうだが、その歴史の現場となった場所を訪ねて歩くことが手っ取り早い。しかし、大偉業や歴史に名を轟かせた偉人たちを偲ぶことが何よりの供養であり、思いを馳せるには近道だ。
     私は旅の先々で、こうした有名人たちの墓参りを実施してきた。今日ままず、それを題材にしたい。

     ~私がお参りした歴史上の人物のお墓~

     1 近藤勇・・・新撰組組長 会津若松市天寧寺 過去2度お参りした。

     2 正宗・・・ 天下の名刀「正宗」を生んだ刀鍛冶職人 鎌倉大覚寺にお墓がある

     3 中野竹子・・・薙刀の名手で、会津戊辰戦争で活躍した 坂下の法界寺にある

     4 佐々只三郎・・・坂本龍馬を暗殺したと言われる 京都見回り組 会津武家屋敷内

     5 西郷頼母・千恵子・・・会津藩の筆頭国家老で会津戊辰戦争で中心的役割を果たし
                  た。妻の千恵子は、西郷頼母邸で身内21人と共に自刃した。

     6 萱野権兵衛・・・会津戊辰戦争の家老で、戦争責任を一手に背負い切腹 天寧寺

     7 松平容保・・・会津藩最後の君主 松平家御廟にある

     8 白虎隊士・・・自刃した飯盛山に眠っている 唯一生き残った飯盛貞吉も分骨された

     9 二本松少年隊士・・・二本松市の大隣寺に墓がある

     ~私がお参りした芸能人・スポーツアスリートの墓~

     1 天知茂・・・明智小五郎役として一世を風靡した。知性とニヒルさに長けていた

     2 石原裕次郎…日活の大スターで「太陽にほえろ」や「西部警察」のボス役 

     3 坂井泉水・・・ZARDのヴォーカル 2007年5月に不慮の死を遂げた 墓の場所は秘密

     4 円谷幸吉・・・1964年東京五輪の男子マラソン銅メダリスト 郷土の誇り

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     死ぬまでにお参りしたい有名人

     1 乃木希典・・・日露戦争時の陸軍大将 明治天皇崩御の際に夫人と共に自決

     2 三島由紀夫・・・作家だったが、革命を起こそうと自衛隊員に決起を呼びかけ自決

     3 福沢諭吉・・・私の大学の創始者 学問のすゝめの著者 

     4 諸葛孔明・・・三国志の英雄にして名軍師 「三顧の礼」「水魚の交わり」 

     5 手塚治虫・・・漫画の神様 ブラックジャック、ジャングル大帝レオ

     6 土方歳三・・・新撰組副長 会津のために戦い、函館戦争に参戦して戦死した

     7 山本五十六・・・連合艦隊の総司令官 

     8 赤穂浪士四十七士・・・忠臣蔵の英雄 泉岳寺に眠っている

     9 いかりや長介・・・ザ・ドリフターズのリーダー

    10 尾崎豊・・・カリスマシンガー 若くして謎の怪死を遂げた

    11 美空ひばり・・・戦後の銀幕のスター 数多くの伝説を残した

    12 テレサ・テン・・・時の流れに身をまかせ、愛人、つぐないなど日本で活躍した台湾人歌手

    13 村下孝蔵・・・ギターの弾き語りで「初恋」「踊り子」「少女」など名曲を生んだ

    14 河島英伍・・・ギターやピアノの弾き語り 男臭さが滲み出た

    15 高倉健・・・孤高の名優 「網走番外地」「幸福の黄色いハンカチ」「駅」「鉄道員」

    16 津田恒美・・・広島カープの守護神 炎のストッパーと呼ばれた 脳腫瘍で若くして亡くなった

    17 シンボリルドルフ・・・1980年代に活躍した最強馬 トーカイテイオーの父

    18 オグリキャップ・・・奇跡の名馬 引退レースの有馬記念で伝説を残した

    19 田中好子・・・キャンディーズの元メンバー 解散後は女優として復帰した

    20 夏目雅子・・・未だに語り継がれる名女優 「鬼龍院花子の生涯」の演技は圧巻

    21 河島英五・・・男臭い歌が良く似合う「酒と泪と男と女」「時代おくれ」「野風増」

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     私が思う往年の名優30人

     1 高倉健          16 森繁久彌      31 牟田悌三
     2 石原裕次郎       17 志村喬        32 岡田英次
     3 天知茂          18 芦田伸介      33 荒井柱
     4 萬屋錦之助       19 三国連太郎     34 若山富三郎
     5 渥美清          20 原田芳雄      35 根津甚八
     6 勝新太郎         21 長谷川一夫     36 夏夕介 
     7 大滝秀治         22 上原謙        37 荻島真一
     8 松田優作         23 加藤嘉        38 田村高廣
     9 緒形拳          24 宇津井健      39 川口浩
    10 夏八木勲         25 竹脇無我      40 松山英太郎
    11 丹波哲郎         26 蟹江敬三      41 和田浩二
    12 小林桂樹         27 川谷拓三      42 中条静雄
    13 菅原文太         28 名古屋章      43 大川橋蔵
    14 二谷英明         29 松方弘樹      44 赤木圭一郎 
    15 笠智 衆         30 小林昭二      45 本郷功次郎 

       記事作成:5月23日(火)

    2017年6月24日 (土)

    マジックものまね特選

     今日は180度趣向を変えて、私が常々動画サイトを検索する中で、思わず吹き出したり、さすがだと思わず唸ったりする「ものまね動画」を2点紹介します。
     今日は抱腹絶倒で憂さ晴らしにも持って来いの動画です。

     1 ミスターマリックのものまね トニーヒロタ

     笑わせて終わりかと思いきや、ちゃんとオチをつけるあたりは素晴らしい。失敗したかと思わせて観客をいったん不安がらせて、実はそれも計算づくで、最後はマジシャンらしい一手を決め、唸らせるのは本家も同じ。
     でもそう考えれば、凄いマジシャンのテクニックも、タネがわかれば普通の人も出来てしまうことになる。

     2 山本高広のマジックものまね

     

     フジテレビ カスペ!「お笑い マジック王座決定戦」で魅せたものまね芸人・山本高広の超絶マジック。失敗したと思わせがっかりさせた後で、実は大どんでん返しが待っている。
     ものまねとマジックのコラボは見ごたえがあって面白い。笑いと驚きを同時に楽しめるからだ。それにしても、未開封のペットボトルの中にどうやってサイン入りのトランプを事前に仕込むのか?私の予想では、ラベルをいったん剥がし、中身が流れ出ないようにカッターで縦に切れ目を入れてそこからトランプを入れ、切れ目をテープで閉じ、さらにそれを覆い隠すようにラベルを貼り直すのか?もちろんそれには加藤夏希も協力し、予めトランプ2枚に同じサインしておく必要がある。

     記事作成:4月22日(土)

    2017年6月23日 (金)

    野球の話題

     今回も野球の話題をお送りします。プロ野球ファンを45年もやっていると、人間生き字引みたいなところがある。特に学生時代の頃の豆や旧知識は相当なもので、古き佳き時代の余韻に浸りたい面がある。そこで今日は、いくつかのテーマをごちゃ混ぜにしてその一端を披露したいと思います。

     1.「プロ野球選手の形容詞・代名詞・ニックネーム・異名」

     1 「エースのジョー」 ・・・・・・・  城之内邦雄
     2 「怪童」・・・・・・・・・・・・・・・・・ 中西太 尾崎行雄
     3 「8時半の男」・・・・・・・・・・・  宮田征典
     4 「打撃の神様」「赤バット」・・  川上哲治
     5 「鉄腕」・・・・・・・・・・・・・・・・・ 稲尾和久
     6 「フラミンゴ(一本足)打法」・ 王 貞治
     7 「月見草」・・・・・・・・・・・・・・・ 野村克也
     8 「安打製造機」・・・・・・・・・・・ 張本 勲
     9 「物干し竿」・・・・・・・・・・・・・  藤村二三男
    10 「青バット」・・・・・・・・・・・・・・ 大下 弘
    11 「草魂」・・・・・・・・・・・・・・・・・ 鈴木啓示
    12 「悪太郎」・・・・・・・・・・・・・・・ 堀内恒夫
    13 「ミスター赤ヘル」・・・・・・・・  山本浩二
    14 「鉄人」・・・・・・・・・・・・・・・・・ 衣笠祥雄
    15 「世界の盗塁王」「韋駄天」・ 福本 豊
    16 「ザトペッグ投法」・・・・・・・・  村山 実
    17 「ミスター」・・・・・・・・・・・・・・  長嶋茂雄
    18 「牛若丸」・・・・・・・・・・・・・・・ 吉田義男 
    19 「親分」・・・・・・・・・・・・・・・・・ 大沢啓治
    20 「カミソリシュート」・・・・・・・・ 平松政次
    21 「一発病」「怪物」・・・・・・・・・ 江川 卓
    22 「塁間の青い稲妻」・・・・・・・ 松本匡史
    23 「赤手袋」・・・・・・・・・・・・・・・ 柴田 勲
    24 「オレ流」・・・・・・・・・・・・・・・ 落合博満
    25 「ドカベン」・・・・・・・・・・・・・・ 香川伸行
    26 「マサカリ投法」・・・・・・・・・・ 村田兆治
    27 「カリブの怪人」・・・・・・・・・・ デストラーデ
    28 「赤鬼」・・・・・・・・・・・・・・・・・ マニエル
    29 「不惑の大砲」・・・・・・・・・・・ 門田博光
    30 「フォークの神様」・・・・・・・・ 杉下 茂
    31 「小さな大打者」・・・・・・・・・  若松 勉
    32 「ファール男」・・・・・・・・・・・  高田 繁
    33 「ヤッターマン」「絶好調男」・ 中畑 清
    34 「若大将」・・・・・・・・・・・・・・・ 原 辰徳
    35 「番長」「無冠の帝王」・・・・・ 清原和博
    36 「デーブ」・・・・・・・・・・・・・・・ 大久保博元
    37 「パンチ」・・・・・・・・・・・・・・・ 佐藤和弘
    38 「雑草魂」・・・・・・・・・・・・・・・ 上原浩治
    39 「曲者」・・・・・・・・・・・・・・・・・ 元木大介
    40 「球界の春団治」・・・・・・・・・ 川藤幸三
    41 「コンニャク打法」・・・・・・・・  梨田昌孝
    42 「サブマリン投法」・・・・・・・・ 山田久志
    43 「ミスタードラゴンズ」・・・・・・ 立浪和義
    44 「ピッカリ投法」・・・・・・・・・・  佐野慈紀
    45 「優勝請負人」・・・・・・・・・・   工藤公康
    46 「ゴジラ」・・・・・・・・・・・・・・・   松井秀喜
    47 「赤ゴジラ」・・・・・・・・・・・・・   嶋 重宣
    48 「平成の怪物」・・・・・・・・・・   松坂大輔 
    49 「満塁男」・・・・・・・・・・・・・・   駒田徳広
    50 「ブンブン丸」・・・・・・・・・・・   池山隆寛
    51 「振り子打法」・・・・・・・・・・・  イチロー
    52 「ドクターK」「トルネード投法」・野茂英雄
    53 「ハマの大魔神」・・・・・・・・    佐々木主浩
    54 「いてまえ打線」・・・・・・・・・・  近 鉄
    55 「ジョニー」・・・・・・・・・・・・・・  黒木知宏
    56 「ID野球」・・・・・・・・・・・・・・・  野村克也 
    57 「おかわり君」・・・・・・・・・・・・ 中村剛也
    58 「ガッツ」・・・・・・・・・・・・・・・・  小笠原道大
    59 「代打の神様」・・・・・・・・・・・  矢木 裕
    60 「ハマの番長」・・・・・・・・・・・  三浦大輔
    61 「ハンカチ王子」・・・・・・・・・   齋藤佑樹
    62 「アニキ」・・・・・・・・・・・・・・・   金本知憲
    63 「JFK」・・・・・・・・・・・・・・・・    ウィリアムス・藤川球児・久保田智之
    64 「二刀流」・・・・・・・・・・・・・・    大谷翔平
    65 「炎のストッパー」・・・・・・・・   津田恒美
    66 「ギャオス」・・・・・・・・・・・・・  内藤尚行

     2.プロ入り後、打者転向した選手

     プロ野球選手はセンスがものを言う。投手でありながらバッティングが秀逸した選手は五万といた。高校野球では「エースで4番」はザラで、桑田や前田はバッターとしても十分やっていける抜群の野球センスを持っていた。

     王 貞治 高校2年の選抜大会で早実のエースとして全国制覇 その後世界一に
     柴田 勲 俊足巧打のスイッチヒッターだが、法政二高では優勝投手
     愛甲 猛  決勝で1年生エースの大輔と投げあい無失点記録を砕き、優勝した横浜の
            エース。投手としてロッテに入り、その後、打者転向 
     西田真二 PL学園で優勝投手になったが、広島入団後、打者として活躍した
     堂林翔太 中京大中京時代は日本文理と死闘を繰り広げた時のエース
     吉岡雄二 帝京高校ではエースで4番 甲子園優勝投手 高校通算51本塁打
     糸井嘉男  近畿大学では4年次、エースで春季5勝負けなしでMVPを獲得 日本ハム
      高井雄平  東北高校時代には、「高校ナンバー1の左腕投手」として、日本はもとよりメジ
           ャーリーグ球団のスカウトからも注目された。ヤクルト入団後、打者転向
      石井琢朗  足利工業高校時代は1年時から背番号1を背負い、2年時に夏の甲子園に
            投手として出場した。横浜・広島では打者として活躍した。
     嶋 重宣 東北高校では、投手として2年春の第65回選抜高等学校野球大会と夏の第
           75回全国高等学校野球選手権大会、3年春の第66回選抜高等学校野球大会
           と、3度甲子園に出場した。高校通算では28本塁打を記録している。
           広島入団後、打者に転向した。
     仁村 徹  上尾高校の右下手投げのエース投手として夏の甲子園に出場。東洋大学で
           は投手として通算75試合登板し29勝19敗、防御率2.12、155奪三振。3年生春
           は8勝2敗でチームの優勝に貢献し、最高殊勲選手、最優秀投手、ベストナイ
           ンを受賞する。大学野球選手権では、決勝で法政大学に敗れ準優勝に終わ
           る。3年生秋は6勝2敗で最優秀投手、ベストナインを受賞する。
           これほどの実績があっても中日入団後は投手としては1試合登板のみで二塁
           手に転向した。
     畠山 準 池田高校ではエースとして全国制覇。水野のひとつ上。南海では5勝を挙げ
           たものの、1988年に投球フォーム改造を失敗した影響で腰を痛めたため、打
           者に転向。その後、横浜に移籍した。

     ほかにも 三浦貴(西武)、安達智次郎(阪神)、寺本四郎(ロッテ)、織田淳哉(巨人)、
    大久保美智男(広島)、片平哲也(広島)、上原厚司郎(西武)、大越基(ソフトバンク)、
    遠山昭冶(阪神)、上田佳範(中日)などがいる。

     記事作成:6月14日(水)

    2017年6月22日 (木)

    名球会入りした選手の1年目

     今年のプロ野球界は記録ラッシュ。6月12日(月)現在で、中日の荒木とメジャーの青木が2,000本安打を達成した。さらにロッテの福浦、巨人の阿部、ソフトバンクの内川、阪神の鳥谷が今季中に2,000本安打に到達するのは間違いないところだ。
     打者の勲章とも言える2,000本安打。レギュラー定着し、100安打を20年続けないとクリアできない一流選手の証だ。
     
     一方、今季、投手で200勝を達成できそうな選手は残念ながらいない。巨人の杉内があと8勝で150勝だが、一軍登録もされておらず厳しい数字だ。また石川が152勝して今シーズンに臨んだが、あと4年以上かかりそうだ。

     このように名球会に入ることはプロ野球選手として名誉なことだが、必ずしもルーキーイヤーから活躍できた訳ではない。世界のホームラン王だった王貞治氏も入団一年目は僅か31安打で本塁打数は7。順風スタートだったわけではなく、打撃コーチだった故・荒川氏と二人三脚で打撃改造に取り組み、その後の成功に至った。ほかにも好不調の波があっただろうし、故障や怪我で休養を余儀なくされた選手も数多い。そこで今回の記事は打者なら2,000本安打、投手は200勝以上、記録した名選手の1年目の成績を取り上げたい。
     なお、全員紹介すると容量オーバーするので平成以降に達成した選手限定としたい。

     打者編 
                              1年目の成績                                  
            通算安打    出場試合  安打  本塁打  打点  打率    

    イチロー    4308       40     24    0     5   .253
    金本知憲   2539       5      0     0     0   .000 大卒
    立浪和義   2480      110     75    4    18   .223 
    石井琢朗   2432       17     2     0     0   .400 5打数2安打 
    落合博満   2371               36     15    2     7   .234 ノンプロ出身
    稲葉篤紀   2167       67     66    8    40   .307 
    秋山幸二   2157        3      1    0     0   .200
    宮本慎也   2133       67     11    0     4   .220
    清原和博   2122      126    123        31    78     .304
    小笠原道大  2120       44     94    21     7       .223入団時は捕手
    前田智徳   2119       56     11    0     5   .256
    谷繁元信   2108       80     27    3    10   .175 
    中村紀洋   2101       11     6     2      5     .222
    古田敦也   2097      106    70     3     26    .250   大卒  
    松井稼頭央  2068       69     45    2     15     .221  
    和田一浩   2050        17     4     0          2    .190 
    小久保裕紀  2041       78     38        6     20    .215
    野村謙二郎  2020       88     39    0     12       .258
    田中幸雄   2012       14      4    1     4     .148
    駒田徳広   2006       86     52   12     47   .286 

     2017シーズン時、現役選手イチロー、松井は2016年シーズン終了時点での通算記録を記載した。もちろん現役の荒木も今回は割愛したい。
     見てわかるように、入団1年目のルーキーイヤーには後の超一流選手と言えども、プロの壁にぶつかり、試合出場すらままならなかった。まして高卒ルーキーは、ファームで怪我をしない体作りから始まる。
     清原、松井、野茂、上原、松坂は別格として、それ以外は皆、下積みをしている。

    投手編                       1年目の成績
            通算勝利数  登板数   勝   敗    S  奪三振   防御率

     工藤公康   224     27     1    1    0   29     3.41
     山本  昌   219      1     0    0    0    2    27.00

     平成以降、200勝投手が極端に少ない。これは完全分業制が進み、先発完投型が少なくなったためで、先発投手の登板数は1シーズン30試合未満のため、最多勝でも15勝前後。これでは勝ち星を200個積み上げるのは難しい。15勝を14年連続続けてやっと届く数字だ。

     さて、見てきたように、名球会に名を刻んだ名選手ですら、ルーキーイヤーや2年目くらいまでは芽が出ず、下積みをしていることがわかる。大卒でもノンプロ上がりでも、1年目からプロのスピードについていって実績を上げる選手は思いのほか少ないことが理解できる。
     やはり才能だけではダメで、地道な努力があってこその成功である。見てみると、大卒やノンプロ出身者は、高卒に比べて4~6年程度プロ入りが遅れる分、現役生活が少なくなる。22歳から40歳までやったとして19年間だ。毎年、怪我無くコンスタントに試合に出場して100安打を19年続けてもまだ届かないし、投手の場合は打者に比べて、肩や肘に故障を抱えやすく、選手寿命が短い。普通に考えて38歳で引退して16年程度だ。投手で名球会に入る選手が少ないのはそのためだ。中には工藤や山本のように50歳まで現役を貫く選手もいないことはないが・・・。16年間の現役でもプロ野球選手としては成功したほうだ。2年目まで芽が出なかったとして、15勝を残りの14年連続で続けた投手は、平成以降はいない。だとしたら、今後は200勝投手など出ないのではないか?という危惧さえ浮かぶ。
     あの甲子園を賑わした桑田真澄(173勝)でも到達できなかったし、松坂大輔ですら厳しい。怪物と言われた江川は巨人命を貫いた挙句に選手寿命を縮めた。巨人のエースだった齋藤雅樹も180勝止まり。
     現役選手でもっとも200勝に近いのはヤクルトの石川雅規だが、2016年終了時点で156勝。37歳であることを考え、今季のヤクルトの大低迷を見れば、10勝するのは厳しく、41歳までそれを続けるのは正直困難だ。
     また、故障続きの巨人・杉内は142勝。到底及びそうにない。 

     したがって、現代野球において、「名球会」に入ることは、ほんの氷山の一角と言えるだろう。
     今回の記事を見れば、超一流選手が、1年目から順風満帆なスタートを切っていないことがわかる。練習を重ね、同じチーム内で凌ぎを削ってポジションを獲得し、コンスタントに試合に出続けて実績を積まないと到底たどり着けない記録だと認識できる。
     ドラフト何位であろうが、実力がものいうのがプロの世界。ぜひ切磋琢磨し、心と体、そして技を磨き、記録にも記憶にも残る選手になってほしいものだ。

      記事作成:6月14日(水)~

        


     

    2017年6月21日 (水)

    世界に誇れる日本人50傑

     毎年のように日本人がノーベル賞を受賞している。日本の才能は世界に響き渡っている。日本人は繊細で手先が器用。細かい作業が得意。したがって、最先端科学や高度に進んだ工業技術が発展してきた。そんな日本にあって、私が個人的な偏見で世界に誇れる人物を50人セレクトしてお送りしたいと思う。

     1位 野口英世 細菌学者にして医学者 黄熱病の研究で成果を挙げた。

     2位 安倍晋三 ついにあの小泉純一郎の首相在任期間を超えた。盤石だ。

     3位 宮崎駿 ジブリで世界各国から賞賛される。

     4位 昭和天皇 若くして即位され、63年と7日続いた。

     5位 イチロー 日米通算で世界一の安打数を記録した。

     6位 本田宗一郎 世界のHONDAの創始者 技術者としても秀逸していた。

     7位 安藤百福 インスタントラーメンの発明者

     8位 王貞治 868本の本塁打を放った世界のホームラン王 敬遠も多かった。

     9位 松下幸之助 松下電器の創始者で経営の神様 ナショナルからパナソニックに

    10位 内村航平 個人総合40連勝 世界選手権6連覇 全日本は10連覇 絶対王者

    11位 高橋尚子 シドニー五輪女子マラソンで日本人初の金メダルを獲得 国民栄誉賞

    12位 伊調 馨 女子レスリングでオリンピック4連覇の大偉業を達成  

    13位 中野浩一  1970年代から80年代にかけて世界スプリント10連覇を達成した。

    14位 羽生弦結 男子フィギュアのソチ五輪で日本人初の金メダルを獲得

    15位 錦織 圭 エアKと呼ばれ、全米オープンテニスで日本人初に準優勝

    16位 北島康介 アテネ五輪・北京五輪で100m・200m平泳ぎで連続金メダルを獲得

    17位 中村修二 元東芝の研究員で、青色発光ダイオードを開発 現在は米の教授

    18位 坂本九 スキヤキソングで全米で大ヒットした歌手 日航機墜落事故で亡くなった。

    19位 高梨沙羅 スキーのジャンプでワールドカップチャンピオン

    20位 野茂英雄 メジャーへの門戸を開いたパイオニア トルネード投法でドクターK

    21位 円谷幸吉 東京五輪の男子マラソンで銅メダルを獲得

    22位 新海 誠 「君の名は」で世界中で有名になったアニメ監督

    23位 釜本邦茂 メキシコ五輪男子サッカー銅メダルの立役者で自身も得点王を獲得

    24位 北野 武 芸人でありながら芸術の分野で成功 カンヌ映画祭で賞を獲得

    25位 黒澤 明 映画の名監督 「乱」など合戦シーンを仕切らせたら右に出る者はない

    26位 村上春樹 世界中に「ハルキスト」がいる小説家。「ノルウェイの森」

    27位 アキラ ペルーの女子バレーナショナルチームの監督

    28位 八田興一 台湾のダムを建設することに生涯を捧げた。

    29位 東條英機 第二次世界大戦時の首相 A級戦犯として処刑された。

    30位 香川慎司 ドルトムントで大活躍 日本のエースとして代表として活躍中

    31位 坂本龍一 テクノサウンドの先駆YMOのメンバーでシンセサイザーやピアノ奏者

    32位 浅田真央 若くしてその才能を発揮し、世界選手権で優勝 国民的スケーター

    33位 山本五十六 太平洋戦争時に連合艦隊を率いた。

    34位 菊地凛子 女優 「バベル」など国際的に評価が高い 夫は染谷将太

    35位 高倉 健 寡黙な孤高の俳優 多くを語らず、真の男の姿を見せた

    36位 円谷英二 ゴジラ・ウルトラマンの生みの親 須賀川出身

    37位 手塚治虫  漫画の神様 ジャングル大帝レオ ブラックジャックなど

    38位 藤子不二雄 ドラえもんの作者 世界各国で翻訳され愛されている 

    39位 美空ひばり 元祖歌姫 日活スタートして戦後、復興のシンボル

    40位 AKB48 アジアに進出し、現地のアイドルグループの先駆者となった

    41位 岩崎恭子 バルセロナ五輪で14歳の中学生にして平泳ぎで金メダル

    42位 なでしこJAPAN 震災年にW杯で優勝し、被災者に希望を与えた

    43位 田中将大 24連勝で負けなし 楽天を初の日本一に導いた

    44位 武 豊 若くして天才ジョッキーと呼ばれ、過去最多のGⅠ獲得数を誇る

    45位 松井秀喜 ヤンキースで大活躍 ワールドシリーズでMVPを獲得した

    46位 桑田佳祐 独特な早口ソングで一世を風靡したメロディメーカー

    47位 X-JAPAN 海外にファンを多く持つ世界的ロックバンド

    48位 吉田 茂 サンフランシスコ条約で調印 日本の復権に貢献した大政治家

    49位 沢村栄治 戦前、日米野球で大リーガーを切り切り舞いさせた

    50位 小泉純一郎 北朝鮮に拉致を認めさせ、拉致家族の帰国に貢献した

    次点 大谷翔平 期待度は大きいが、今シーズンは足の怪我で出遅れたことで次点

     世界に影響を与え、日本力を見せつけた人物には、やはりスポーツアスリートが多い。産業や経済の発展に寄与した人物やノーベル賞受賞者、文学の分野は希少。まぁ学のない私が選ぶとこんなものか・・・。
     いずれも世界に日本の存在をアピールした人物には間違いない。このような方々の成功や功績があって、今の日本の地位がある。

     記事作成:5月27日(土)

    2017年6月20日 (火)

    照れるモテ仕草集~カトパンの魅力炸裂~

     私は昔から恋愛には奥手でベタだった。彼女が出来るのも遅かったし、恋愛が億劫だった。それが今の若者はライフスタイルの変化によって、自分の時間を大切にし、趣味に没頭するあまり、異性の恋人を作らない傾向がある。一度も結婚せずに、生涯独身を貫く人も多い。私の身の回りにも、50歳を過ぎても独身貴族を楽しむ友達が4~6人はいる。もちろん、特定の交際相手もなければ、子供をもうけることもしない。稼いだ金を自分のためだけに使いたいという。他人に惑わされず、自分の時間を楽しみたいのだそうだ。
     世の中は変わった。少子化により、兄弟がいない一人っ子が増え、大事に育てられて過保護で自分では何もできない子供が成長し、大人になっていく。現代社会とはそういう時代なのだ。

     一方で、恋愛に没頭する若者もいる。今日は、思い切り恥ずかしかったり、見ているだけで照れまくるモテ仕草や、恋愛ケースなどを取り上げた動画を紹介したい。
     思い切りドキドキして恋愛に積極的になってほしいと思う。

     1 千葉雄大の視線に女子が胸キュン

     この映像を見た若い女性のコメント

    千葉さんが目を逸らさず、ずっと見つめている所にキュンとします!特に0:19の所の「ん?」とか最高です!

    これは死ぬ笑 カトパン一回目が合ってからずっと逸らしちゃってるw

    これは照れないのは無理ww

     2 男をその気にさせる誘うモテ仕草

     カトパン最強! 

     カトパン可愛い!菅田くん照れとるwwwww

     乗せるやつって、これ番組やからいいけど、実際やったらやばない?これ、男性嬉しいの?笑   遊びまくってる軽い女って引く男もいるだろけど、カトパンなら許せる!

     3 綾野剛もメロメロ、カトパンの女の魅力

     こんな目線で言われたら、男はたまらん。ついお持ち帰りしたくなる!

     セリフ回しが本物の女優さんみたいというか、本当のテレビドラマ見てるみたいだ。

     4 三代目指差し

     それにしても男から見ても「カトパン」は最強だ。男心をそそるし、抱きしめたくなる衝動に駆られる。やはり彼女はO型で、愛情表現が上手いし、甘え上手だし、愛され上手。男だったら、こういう仕草で来られたら、すぐに落ちてしまう。

     恋愛バイブルには程遠い内容の記事になったが、こうしたモテ仕草は参考になるだろうし、テレビだからカッコつくが、実際にやったら、気障っぽくなるかもしれない。甘いムードを作り、こんな雰囲気になったら、恋愛ストーリーが成就しないわけがない。そんな気持ちにさせるカトパン主体の恋愛サクセスストーリーでした。

     最後に、男性が好きな女性の容姿や仕草を6つ取り上げたい。

    1 男性の肩に頭をちょこんと乗せる

    2 キャップのサイズ調節の穴からポニーテールの長い髪を出している

    3 スタイルに良い女性が白いTシャツを着た時の横から見た姿

    4 ラーメンを食べるとき長い髪を耳に掛ける仕草

    5 上目遣いで男性におねだりする仕草

    6 両肘を上げて髪の毛を結わえる仕草

     記事作成:5月16日(火)

    2017年6月19日 (月)

    福島県の宝

     日本の都道府県で3番目の面積を誇る福島県は、観光資源に事欠かない。浜通り・中通り・会津と縦に3地方に分かれ、それぞれに特色がある。
     しかし、2011年の東日本大震災の大津波の影響で東京電力福島第一原子力発電所で爆発事故が起き、放射性物質拡散被害によって我々の生活は一変した。
     あれから6年、私たちの生活は少しずつかつてを取り戻しつつあるが、未だに立ち入りを制限されたり、通行を規制される場所も多い。復興と言う言葉だけが独り歩きしているが、除染によってフレコンバッグと呼ばれる真っ黒な大きな袋が、あちこちに点在する始末。
     しかし、私た県民は風評被害にもひるまずおののくこともない。昔の生活を取り戻すために前進あるのみだ。
     ぜひ皆さんも、ご支援をお願いしたい。そういう意味で、福島県の宝というタイトルの記事を書いて、名所や名産などをPRしたい決意だ。

     1 磐梯山と猪苗代湖・・・青空の時に湖に映える磐梯山 まさに天鏡!
                     冬にはしぶき氷が名物 裏磐梯は山体崩壊が顕著

     2 大内宿・・・江戸時代にタイムスリップしたかのような茅葺屋根の民宿通り
              長ネギ一本で食べる高遠そばが名物 「美人専用」のベンチがある

     3 金賞5年連続日本一の地酒・・・清冽な水と酒米のコラボで名酒がズラリ!

     4 フラガール・・・スパリゾートハワイアンズのダンシングチーム 全国きずなキャラバン

     5 安達太良山の紅葉・・・ゴンドラで楽しめる 夏はイルミネーションが綺麗

     6 尾瀬・・・群馬県との県境にある尾瀬 水芭蕉の里

     7 会津藩士と鶴ヶ城・・・幕末に起きた戊辰戦争で悲劇の舞台となった
                    新撰組の足跡を辿り、会津藩士の生き様を学ぶ土地柄

     8 会津の農法・・・世界遺産に申請したいほどの古来からの卓越した農法

     9 安積疎水・・・国家事業で行われた干害対策工事 久留米から移植し従事した

    10 滝桜・・・三春町にある日本「三大桜」 その子孫が全国に散らばっている 

    11 花見山公園・・・春には大勢の観光客で賑わう。

    12 喜多方蔵の街とラーメン 蔵の造りの馬車が走る 古い町並みとラーメンが名物

    13 左下観音堂・・・会津美里町にある岩に沿って建てられた舞台造りの建造物

    14 相馬野馬追・・・クライマックスの御神旗争奪戦がハイライト 勇壮な時代絵巻 

    15 小名浜大花火大会・・・小名浜港で夏に繰り広げられる花火 海面に映える様は圧巻

    16 名湯・・・土湯・飯坂・東山・野地・磐梯熱海・岳・芦ノ牧・常磐湯本・中の沢など温泉三
           昧

    17 スキー&スノボパラダイス・・・磐梯山周辺には多くのスキー場が点在する

     <珍スポット>

     三春・遊郭跡・・・城下町だった三春の片隅に遊郭だった建物跡が密集している

     UFOの里・・・UFOで町おこし 町中いたるところに宇宙人 石焼きラーメンが名物

     原町無線塔跡・・・昭和56年まであった200mを超える大無線塔

     相馬百尺観音・・・製作途中で、今は上半身しか完成していない

     <福島が誇る偉人>

     円谷英二・・・ウルトラマン・ゴジラの生みの親 須賀川市出身

     円谷幸吉・・・東京五輪男子マラソン銅メダル 期待が重圧となって自ら命を絶った

     野口英世・・・黄熱病の研究に生涯を捧げた 南米やアフリカでは英雄 

     ディーン・フジオカ・・・須賀川市出身でアジアで活躍中 イケメンだけでなく多芸

     ほかにも春日八郎や俳優の西田敏行らがいる。

     <ホラースポット>

     雪割橋(西郷村)・・・自殺の名所 中島村の村長もここで自ら命を絶った

     お化けペンション(翁島)いろいろな噂が飛び交う廃ペンション 稲川淳二も訪ねた

     蓬莱橋(福島市)・・・投身自殺の名所

     西向ロッジ(箕輪スキー場近く)・・・廃墟となって放置されている全国一のホラースポット

     黒塚・・・二本松市安達ケ原にある鬼婆伝説発祥の地 

     さて、好き放題書き綴ったが、全国の方々の観光なくして、真の復興は成し得ないと考えている。ぜひ、我が福島県を訪れて、福島の良さに触れて感じてほしい。

     記事作成:6月6日(火)~

    2017年6月18日 (日)

    開成山屋内プール工事進捗リポート(6月18日現在)

     来月下旬オープン予定の「郡山しんきん開成山屋内水泳場」。地元の金融機関である「郡山信用金庫」が命名権を年額210万円で取得し、オープンイヤーはこのようなネーミングとなった。
     過去、三度、当ブログにてこのプールについて工事の進捗状況レポートを掲載してきたが、一ヶ月前になり、ほぼ施設が完成し、オープンを待つだけになったこの日、最後のレポートを行うべく取材を行った。実は5日前から風邪をこじらせ、最悪の体調だったが、次第に記事の在庫を使い果たしてきたため、病に鞭打って出かけてみた。

     6月18日(日)現在の模様をどうぞ!

      7:05に自宅を出て、トライアル経由で開成山球場入り口へ。通常ならそこで車止めの柵があるのだが、この日は中まで入れてサブトラックの脇に駐車。
     10分間で一周。昨日までの晴天青空とは異なり、白い雲に覆われイマイチコントラストがはっきりしない。

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     前回と異なるのは、工事用の柵や足場は取り払われ、全貌が明らかに。思ったよりも大きい。建物周辺のエクステリアの工事を残すのみで、本体はほぼ完成していた。

     ここは、市民待望の50m(長水路)と可動式の25m(短水路)の2つのプール+640席のスタンドを収容した本格的な室内プール。平成7年の国体でも屋内のプールがなく、カルチャーパークスタンドに仮設の観客席を設けて大会を実施した経緯がある。したがって長水路の屋内プール実現は県民の悲願でもあった。
     奇しくも、震災があった2011年以降、放射線被害によって、屋外でスポーツを自粛を余儀なくされた子供たちの運動能力低下を懸念し、国が災害復興にと義捐金などを配分。議員や水泳連盟の働きかけや陳情を重ね、設計にこぎつけ、昨年から着工。途中で品川市長が、大手ゼネコンから市内の工事業者への発注を地元企業に変更指示したことで、4月オープンの予定だったのに、工事が大幅に遅れた。大手ゼネコンでなければ、屋根のR形状の施工が不可能といわれていたためで、設計からやり直したようで、紆余曲折の末に、ようやく7月にオープンを迎えることとなる。
     当初は、子供たちの体力増進だけの目的で、大会等は一切行わない予定だったが、再三再四に渡る陳情での末、大会開催はもとより、当初計画にはなかった観客席の設置、電光掲示板設置もGOサインが出た。
                                                                                                                   
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     南側のガラス面から見ると、どうやらプールに水が入っていた。内側の広さは窺い知ることは出来なかった。

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     しかしながら、もったいないのは、水泳場の西側の空きスペース。車なら300台は駐車できそうな場所がありながら、ここに植栽するという。ただでさえ、総合体育館や野球場、陸上競技場など多くのスポーツ施設が密集し、小中高の体育大会が開かれる土地柄なのに、駐車場が少ないと前から問題になっていた。
     なのに、それを解消する絶好の空きスペースがあるのに、なぜかここを駐車場にしないのか?市の役人や市長はこうした実情をきちんと把握しているのか?

     聞いたところによれば、福島県内が夏休みに入る7月22日(土)がオープン日らしい。そして、その杮落としの大会として、7月29日(土)30日(日)に開催される予定の「福島県総合体育大会水泳競技」を開催できるよう調整を図っているようだ。なんでも今年の県総体は会津が会場だったが、南東北インターハイ開催に伴い、宿の確保が出来ないとの理由で、郡山開催に変更になったようだ。となれば、県内の小中高の県大会レベルの大会はすべてここで行われるようになるのではないか?県の中央にあるという立地条件や宿泊の面でも融通が利く。

      いずれにせよ、間違いなく来月下旬、つまりあと一か月後の7月22日(土)にはオープンする。気になるのは入場料だが、ボイラーや照明など維持費が相当かさむのは間違いない。屋外プール時代のような子ども一回80円というわけには行かず、同じ市の施設であるユラックス熱海の屋内プールが1回500円ということを踏まえれば、大人500円、小中校生は400円が妥当なところではないのか・・・。

      後日、入場料が正式に決定された。

     一般(大人)600円、高校生400円、小中学生300円

     大人が高すぎ。プールに入らなくても観客席で見学するだけでも同額かかる。

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    Kaiseizanpool2

     参考資料

     https://www.city.koriyama.fukushima.jp/162000/sports/okunaisuieijou.html

      バス停案内

     https://togetter.com/li/1107349

     記事作成:6月18日(日)

     

    2017年6月17日 (土)

    貴重映像~ちょっと前の美人女優~

     本日は50歳以上の男性が泣いて喜ぶ、かつてのべっぴん女優さんを特集したい。当時の男性を虜にした超絶美人女優さんばかりを取り上げたい。

     竹下景子

    1980年代初期に「お嫁さんにしたい女優No.1」に輝いた。私の高1時代のマドンナだった。姿三四郎の乙美役がピッタリで、清楚な尽くすタイプは男心をくすぐった。彼女のLPレコードはすべて購入し、今も所有している。

     吉永小百合

     1970年代に「サユリスト」と呼ばれる吉永小百合にゾッコンのファンが世を席巻した。色白で清潔感に溢れ、10代からスクリーンで活躍し、浜田光夫とのコンビは一時代を築いた。あのタモリや黒鉄ヒロシをも虜にした。もちろんO型

     八千草薫

     今でこそ「皇潤」のCMでおばあちゃん役をやっているが、ほんの30年前までは美人女優として第一線に君臨した。色白で可愛らしい容姿はO型そのもの。品があって清楚な雰囲気は世の男性を虜にした。

     ひし美ゆり子

     菱見百合子と言えば「ウルトラセブン」のアンヌ隊員役として、世の男性をメロメロにした。清楚な雰囲気でハートを射抜いた。彼女もO型で、男が惚れ込むような存在だった。木之内みどりさんもこんなタイプだった。

    https://www.youtube.com/watch?v=sgGJhKNBRBI

     松坂慶子

     江戸を斬るの紫頭巾と言えば松坂慶子。均整の取れた顔立ちは同じA型の夏樹陽子さんにも似ていた。美人過ぎて近寄りがたいオーラさえ漂っていた。

     叶和貴子

     和服美人で清楚を絵に描いたような女優さん。私が高校時代に登場し、一時はお嫁さんにしたい女優No.1に輝いた。しかし、21世紀に入り、病気の治療に専念するため、休業した。

    https://www.youtube.com/watch?v=EiEJs3HCoFY

     他にも栗原小巻さんや酒井和歌子さん、市毛良枝さんは美しかった。時代はズレるが、私より10歳以上年上の方々では、和泉雅子さんや原節子さん、松原智恵子さんも一世を風靡した女優さんだ。

     記事作成:6月4日(日)

    2017年6月16日 (金)

    惜しまれつつ巨星逝く

     昭和の時代、その存在感を示した巨星とも言うべき方々が相次いで亡くなった。私が幼少の頃から、テレビやラジオを通じて見ていた雲の上の存在だが、それぞれの分野で一世を風靡した。ここ数年立ち続けにそうした巨星たちが天国へと旅立っていくことに一抹の寂しさを感じてしまう。 

     永六輔

     「見上げてごらん夜の星を」の作詞者でもあり、作家でもあった永さん。私は「咳こえのどに浅田飴」のキャッチフレーズCMのほうが印象深い。昨年4月に86歳の天寿を全うした。

     名もなき星たちへ 毎日100通程度届く手紙に、懇切丁寧に返事を書いていた。決して表沙汰にしない、密かな活動であった。そして年間100日は地方行脚を重ね、多くの方々と膝を交えて語り合う人柄は、亡き後も多くの人々に慕われ愛されている。

     小沢昭一

     夕方のラジオ「小沢昭一の小沢昭一的こころ」で聞かせた陽気な語りと流暢な話術は今でも脳裏に焼きついている。そしてOPとEDの名調子のお囃子も小気味いい。

     大橋巨泉

     正直、生前はあまり好きなタイプではなかった。B型そのもので自己中心的で金に物を言わせるような人を見下した偉そうな態度。しかし、昭和時代、若くしてテレビの分野で活躍した。万年筆のCMで「はっぱふみふみ」という名言を残し、自分が企画し、司会を担当した番組はいずれも高視聴率の長寿番組となった。まさにテレビの申し子的な存在だった。
     晩年は全身がんとの闘いとなった。それでもテレビに出演続けた。
     一時は民主党から政界進出を果たしたが、我の強さから執行部に見切りを付け、さっさと引退。いかにも巨泉さんらしい振る舞いだ。
     永六輔さんと親友で、彼を追うように巨泉さんも続けてこの世を去った。

     他にも私が崇拝する故人に名ナレーターだった芥川隆行さん、ジェットストリームで魅せた痺れる声の持ち主・城達也さんがいる。

     記事作成:6月5日(日)

     追記

     この記事を書いた後、名母親役など女優として活躍した「野際陽子」さんが亡くなられた。中学時代に「キーハンター」の再放送を深夜の時間帯で見て、あのアクションドラマに虜になったことを思い出した。それにしても81歳とは、私の母親より年上で、芸能人はやはり若く見える。謹んでご冥福をお祈りしたい。

    2017年6月15日 (木)

    アノCM曲を歌っている無名シンガー

     私の好きな歌のジャンルにCM曲がある。あまりカラオケでも歌われないが、私はこのあまり日が当たらないが、どこかで聞いたことがある節で頭に残るCMが大好きだ。
     今日は日本人なら絶対に聞き覚えがある名曲なのに、歌っているのは誰だかよくわからないケースにスポットを当てて、このシンガーが何のCM曲で有名なのかを考えてほしい。イントロや下りはわからなくてもサビを聞けば「あ~この曲ね」となることうけあいだ。

     武内千佳

     この方の公式HPを見ても血液型がB型ど真ん中というだけで素性が良くわからない。
     さて、名前だけでこのシンガーが歌っている、誰もが知っているCM曲とは何でしょうか?

     答えは「立志社」のCMソングを歌っているシンガー。就職戦線に向かう出陣式から、部活動の活躍やその応援などが紹介される。
     最後のカットで、パーティーで一人の女性がアップになり、すぐに引きの画面になる。あの時の女性は一番きれいな人を選んでいると思う。

    https://www.youtube.com/watch?v=WLM27UuDmfQ

    https://www.youtube.com/watch?v=UEIZ6Kw-mAY

     清水京子さん(現在は玉井京子さん)

     ベテラン歌手で、大江戸捜査網の主題歌「明日への旅人」や「最終列車の自由席」「枯葉のメッセージ」などひと味違う哀愁漂う曲を歌っている方です。
     さて何で有名な方かわかりますか?

     びわ湖温泉ホテル紅葉のCM曲(タケモトピアノ・フジパン本仕込み・大森屋CM)

     井上ヨシマサ

     東京都出身の作曲家・編曲家・シンガーソングライターである。中学生の頃に、シンセサイザーによるテクノポップユニット「コスミックインベンション」のメンバーだった。
     小泉今日子や荻野目洋子などアイドルの楽曲を担当した。
     この有名なCM曲は2004年にリリースした。
     2005年には秋元康から依頼を受け、グループ創設時からAKB48の楽曲の作曲・編曲を担当した。
     さて、この方の有名なソングとは何でしょうか?
     

     答えは「レオパレス」でした。藤原紀香がイメージガールを務めた。女性が歌うバージョンもあった。

     麻生しおり

     青森県出身の女性シンガー。旧芸名は麻生詩織だが、2008年2月4日、デビュー20年目を迎えるのを機に改名。
     地元のカネ長武田百貨店の文房具売り場店員、東京の広告代理店勤務を経て、テレビ朝日の「はぐれ刑事純情派」の劇中挿入歌「恋唄綴り」の歌手オーディションを受験し合格。1989年に歌手デビューを果たす。この歌は、後に堀内孝雄がカヴァーしてヒットした。
     では彼女が歌った有名な番組のエンディングソングとは何でしょうか?ヒントはトラック運転手の応援歌でもあり、徹夜した受験生へのエール曲です。

     浜野和子さん

     ニックネームは「KAZCO」

     TBSラジオをキーステーションに全国ネットで放送されたラジオ番組 「歌うヘッドライト〜コックピットのあなたへ〜」(2001年放送終了)のエンディング曲として長年使用された「夜明けの仲間たち」(歌 糸川蛍子(オリジナル)・麻生詩織(カバー版))に替わるトラックドライバーのための応援歌として誕生した。
     さてこの曲のタイトルは何?

     答えは「いすゞのトラック」でした。

     ヒデ夕樹さん

     彼が歌う曲を知らない日本人はモグリだろう。しかし、この10年はあまり聞かなくなった。ゴールデンタイムのCMスポンサー契約をしていないからなのか、かつては19時半からの「野生の王国」などに使われていたCM曲。私もヒデタ樹というシンガーを知らなかったが、実にいい声をしている。安心して聞いていられる。
     さて、日本人の国民的CMソングとも言えるような曲は?

     日立の樹

     スリー・グレイセス

     こちらはユニット名だが、1958年に結成され、「山のロザリア」で脚光 を浴びた女性3人組のコーラスグループ。
     1962年63年にはNHK紅白歌合戦に出場した。CMソングなど多数の作品を残している。
     1990年、HONDA・アスコット・CFイメージソング「JOKING LOVE TAKE THE“A”TRAIN」をリリースし、日本広告音楽制作者連盟・優秀歌唱賞を受賞。アコードなどのCMソングで復帰。
     ほかにはTV番組ソングも多く手掛けた。「時間ですよ」「魔法使いサリー」「3時のあなた」などがあり、CMソングも「アサヒペン」「資生堂」「日本船舶振興会」「JR東日本」「日本航空」「サントリー」「愛のスカイライン」「明治チョコレート」など一世を風靡した曲ばかり。

     さて、このCMは何?ヒントは夢が溢れるCMだ。

     

    https://www.youtube.com/watch?v=HufKwIKWgMk

     セキスイハウス

     他にも次のCMソングの人が気になるが誰なのか全く知らない。

     木村和子・山口えみ・三代目海沼実・音羽ゆりかご会など10人以上が歌った

     https://www.youtube.com/watch?v=ovXNTdUMkF0

    ヤン坊マー坊の天気予報を歌ったシンガーだった。55年間続いたこの天気予報だが、2014年を持って終了した。栗本有紀子・池谷京子がヤン坊マー坊の声を担当した。

     ドナ・バークさん

    https://www.youtube.com/watch?v=tYwRfsEWayM

    https://www.youtube.com/watch?v=Mp0uvQMxSto

     これは掟破りだが、東海道新幹線のアナウンスを担当している外国人女性だ。 

     ちなみに東北新幹線の車内アナウンスは、フジテレビの堺正幸アナが担当している。「本日はJR東日本をご利用下さいましてありがとうございます。」で始まる聞き覚えのある声だ。
     英語のアナウンスはイギリスのジーン・ウィルソンさんという方が行っている。

     Ladies and gentlemen, welcome aboard the Tohoku Shinkansen. This is the MAX YAMABIKO superexpress bound for Sendai, combined with the TSUBASA superexpress bound for Shinjo via Yamagata. Stops will be made at Omiya, Utsunomiya, Koriyama, Fukushima, Shiroishizao, and Sendai. After Fukushima, the TSUBASA superexpress stop at Yonezawa, Akayu, Kaminoyamaonsen, Yamagata, Tendo, Sakuranbohigashine, Murayama, Oishida, and Shinjo. Cars one through eight go to Sendai, and cars 11 through 17 go to Shinjo. Passengers without seat reservations should board cars marked as "non-reserved". Signs at the car entrances show which cars are non-reserved, and whether the smoking is permitted. A food and drink stand is in Car 5, and vending machine service is available in Car 4. Telephones are available in cars 3, 7 ,12, 13, and 16. If you use a mobile phone, please go to the end section near the doors. The conductor's rooms are in cars 5 and 11. We wish you a pleasant journey

     ちなみに郡山駅近くの下りのアナウンスは

     Ladies and gentlemen, we will soon make a belief stop at Koriyama, passengers changing to the Tohoku Local Line, Banetsu East Line, Bnetsu West Line, Suigun Line,
    please transfer st this station. After stop at Koriyama, we will be Fukushima.

      さて、俳優さんや歌手は顔を公に晒しているが、声優さんやCMソングシンガーは、顔を出さないケースがほとんどだ。声を売っている商売なので、一体どんな人が歌って話しているのか想像が膨らみ、気になって仕方ない。声が命の職業なので、やはり素敵な声でうっとりするほどだ。
     見に見えない仕事でも気を抜かず、耳触りのよい発声を心がけているその努力に拍手を送りたい。今回は普段は目につかない部分にスポットを当ててみたが、私達の生活に密着してこのような方々が日々陰で頑張っていることを私達は忘れてはいけない気がする。

     記事作成:5月27日(土)

    2017年6月14日 (水)

    一時期大ブレイクしたユニット②

     昨日に引き続き、本日も「一時期大ブレイクしたユニット」を紹介したい。今日は3人組ユニットを取り上げたい。

     3 Mi-Ke

    Mi-Ke(ミケ)は、宇徳敬子、村上遙、渡辺真美の3人のB.B.クィーンズの音楽コーラス隊 であり、後にアイドルグループとしてデビューした。
    アイドルグループとしては1991年にデビュー。振り付けを意識した当時のアイドルグループの形態をとりながらも、アルバムごとにテーマを定めたリバイバル・カバープロジェクトであった。グループ名の由来は当時ヒットした「たま」をもじり、メンバー3名の個性を活かして三毛猫から取っており、白が宇徳、茶色が村上、黒が渡辺というように色が分けられていた。

    「想い出の九十九里浜」、「好きさ好きさ好きさ」、「ブルーライトヨコスカ」、「白い2白いサンゴ礁」など、オリジナル曲をパロった曲名が多かった。

    日本レコード大賞、日本有線大賞、全日本有線放送大賞(現・ベストヒット歌謡大賞)、日本ゴールドディスク大賞と各音楽賞の最優秀新人賞を総ナメにし、『第42回NHK紅白歌合戦』(「想い出の九十九里浜」)にも出場。
    1992年4月、同月から放送が開始された『NHKヒットステージ』にてアシスタントとしてレギュラー出演。翌年3月の放送終了まで出演した。

     ボーカルを務める宇徳敬子は、、1990年に「B.B.クィーンズ」のコーラス担当でデビュー。その後、1991年に村上遙、渡辺真美と共にアイドルユニット「Mi-Ke」として活動。1993年にシングルCD「あなたの夢の中 そっと忍び込みたい」でソロデビューし、Mi-Keとしては同年にシングル「Please Please Me, LOVE」をリリース後、CD発売や音楽活動は自然に停止している状態である。

    https://www.youtube.com/watch?v=n6B6yP2ioUA

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     4 トライアングル

     1977年、キャンディーズの解散表明後、「キャンディーズの妹分」としてキャンディーズJrという名前で結成されたが、熱狂的なキャンディーズファンの猛反発を受け、トライアングルに改名。
    キャンディーズがレギュラー出演していた『8時だョ!全員集合』に、キャンディーズと共に出演するなど、この時期に結成された「女性3人アイドルグループ」の中では、もっともキャンディーズに近い扱いを受けていた。
    キャンディーズが解散した1978年4月、「トライアングル・ラブレター」でデビュー、スマッシュ・ヒットとなったものの、オリコンチャートの30位以内に入ったシングルはこの1枚にとどまり、その後は徐々に活動も尻すぼみとなって行った。
     1981年解散。

    ミッチ(森光子→もりみつこ→小森みちこ)、福島県いわき市出身。
    マミ(上野真由美→上野マミ)、愛知県名古屋市出身。
    クーコ(大塚邦子→大塚くに子)1979年脱退、東京都出身。
    アキ(加藤明恵→藤本あき→ALALA→藤本あき)1979年、クーコに代わって加入、愛知県名古屋市出身。君塚良一夫人。

     3人組ユニットの走りは「キャンディーズ」で、その後も二番煎じを狙って多くのユニットが出たが、あまり売れなかった。「少女隊」、「きゃんきゃん」、「ソフトクリーム」、「Lady Oh!」などが代表例。ましてトライアングルの場合、ブレイクもしなかったが、これは3人組だと、お気に入りが可愛い子ちゃんひとり(通常はセンターになる子)に偏ってしまい、残りの2名が目立たないからで、ヒット曲も「トライアングルラブレター」くらいしか思いつかないほどすぐにいなくなってしまった。

      「シュガー」は売れたが、バンドという意味合いが濃いので今回の趣旨に合わないため除外した。
     しかし共通しているのは、両方ともピークから2年と持たない衰退したことだ。「おかわりシスターズ」は「オールナイトフジ」から、「うしろ髪ひかれ隊」はおニャン子クラブの中から出てきたために、違う意味で人気が出た。

     この頃の絶頂ユニットと言えばWINKが頂点に君臨した。今でもAKBグループを筆頭に、Perfume、ももクロ、私立恵比寿中学などがいる。

     記事作成:5月21日(日)~

    2017年6月13日 (火)

    一時期大ブレイクしたユニット①

     当ブログで何度も書いてきたが、芸能界とは流行り廃りが激しい世界で、一時期飛ぶ鳥を落とす勢いで売れた歌手やユニット、芸人なども、一過性のブームを過ぎれば、時代遅れと見向きもされなくなる。また、知らないうちに引退していたり、解散しているケースも少なくない。震災があった2011年の1月に「一時期大ブレイクした有名人」という記事を掲載したが、今回はそのユニット版としてお送りしたい。それにはアイドル全盛だった1980年代後半から90年代初期にかけてデビューしたユニットが多い。

     1 BaBe

     ベイブと読む。女の子2人組のダンスユニット
     1987年に、当時流行だったユーロビートのカバー曲「 Give Me Up」でデビュー。ダンスを踊りながら歌うスタイルで、洋楽のカバーを多数 リリースししたことでも知られたが、1990年に解散した。以下「Wikipedia」より引用

     近藤智子
      1968年2月17日東京都狛江市生まれ、神奈川県川崎市高津区育ち。愛称:こんちゃ
      ん。川崎市立西高津中学校、橘女子高等学校卒業。

     二階堂ゆかり
     
      1967年8月29日 東京都武蔵野市出身。愛称:にかちゃん。 

     1987年、「I Don't Know!」で、第29回日本レコード大賞新人賞、第14回FNS歌謡祭最優秀新人賞、銀座音楽祭最優秀新人賞、全日本歌謡音楽祭新人奨励賞、輝け! 第18回日本歌謡大賞放送音楽新人賞を獲得。

     Give Me Up(1987年2月21日)マイケル・フォーチュナティのカバー。フジテレビ系ドラマ『あまえないでヨ!』主題歌。

  •  I Don't Know!(1987年5月2日)フジテレビ系ドラマ『アナウンサーぷっつん物語』主題歌。
  • Somebody Loves You 〜明日の恋人〜(1987年7月22日)
  •  Hold Me!(1987年10月21日)ベルギーの歌手・サマンサ・ジルズのカバー。フジテレビ系アニメ『のらくろクン』エンディングテーマ。
  •  TONIGHT!(1988年1月21日)森永製菓「Hi-SOFT」CMソング(CMには本人が出演)。
  • Get a Chance!(1988年5月11日)フジテレビ系ドラマ『花のあすか組!』主題歌。英語版はアニメ映画『プロジェクトA子3 シンデレララプソディ』エンディングテーマ。
  •  WAKE UP!(1988年8月31日)
     
  •  She has a dream(1989年3月1日)

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     2 セイントフォー

     加瀬邦彦が音楽プロデュースをしていた80年代のアイドルグループで、激しい踊りと宇宙服のようなコスチュームは、ももクロを彷彿させる。同時期には「スタボー」というテクノカットのボーイッシュガールユニットもいた。 

     1982年「あなたもスターに!」というプロダクションのダイレクトメールに応募して、約3万人の中から選ばれた4人。結成当初は岩間、鈴木、他2名による通称「四人組」としてレッスンをスタートしたが、他2名がグループ活動を辞退したため、浜田、板谷が加入しオリジナルメンバーとしてデビューを果たした。 デビュー当初は板谷・浜田・鈴木・岩間(立ち位置順)で構成され、後に板谷に替わっていわお潤が加入した。曲間にバック宙をするなど、アクロバティックなパフォーマンスが話題になった。

     岩間沙織  
      1964年7月7日生まれ。血液型O型。神奈川県出身。コーラス&バックダンス担当。技は側宙。イメージカラーは緑。称号:ファッショナブル・サオリ
     ※初代リーダー。グループ結成時からデビューするまでの2年間を務めた。

     浜田範子  
      1965年2月22日生まれ。血液型A型。埼玉県出身。リードボーカル担当。技は後方宙返り。イメージカラーはピンク。称号:ドラマティック・ノリコ

     鈴木幸恵 
      1966年5月15日生まれ。血液型A型。神奈川県出身。リードボーカル担当。技はピルエット。イメージカラーは青。称号:エキサイティング・ユキエ※二代目リーダー。デビューから解散まで務めた。

     板谷祐三子 
      1968年3月5日生まれ。血液型A型。神奈川県出身。コーラス&バックダンス担当。技はバック転。イメージカラーは赤。称号:パッショネート・ユミコ  ※1986年3月脱退。

     いわお潤 
      本名、岩男潤子。1970年2月18日生まれ。血液型AB型。大分県出身。※板谷脱退後に加入し、またグループ解散声明前に脱退。

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     意外にも長編になりそうなので、今日はここまでにしたい。明日も2組のユニットを取り上げるが、男子がジャニーズに集約されていた人気グループに対し、女子はピンクレディーやWINKなど2人組ユニットは人気が爆発したが、3人組はキャンディーズ以降、あまり大成しなかった。
     そこで続編となるが、明日は3人組の歌唱ユニットを取り上げたいと思う。どうぞ明日までこのテーマでお付き合い下さい。

     記事作成:5月21日(日)

    2017年6月12日 (月)

    NHK福島・平川沙英アナウンサー③

     大阪出身の新人アナウンサー「平川沙英」さんを勝手に応援する記事を書き始めたが、今回は第三弾。NHK福島放送局で平日の18時10分から19時まで放送している「はまなかあいづtoday」のMCを務めている彼女だが、出演は宮間瞳アナと交互に隔週出演している。したがって、週単位で2週間に一度、初々しい彼女の成長を見守るために、この記事を「サポーター」的な立場で掲載していきたいと思う。
     皆さんも、ぜひ彼女を温かく見守り、応援していただければ幸いです。では、第三弾の今日は、6月5日からの出演場面をどうぞ!

     6月5日(月)

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     6月6日(火)

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     6月7日(水)

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     6月8日(木)

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     6月9日(金)

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     平川アナウンサーも福島県に慣れて来たようで、緊張を感じさせない落ち着いたアナウンスが目立つようになった。そこはやはりNHKだ。
     今は各週ごとにしかお目にかかれないが、彼女の出演する週は、夕方のテレビ番組がひとつ増えて嬉しい限りだ。

    2017年6月11日 (日)

    懐かしの「○○劇場」OP

     歳をとると、昔のことを回顧そたくなるようで、大のテレビっ子だった私は、幼少期や学生時代に観たテレビ番組をネタにしたい傾向が強くなる。昔は長年放送されて、親しまれた長寿番組でも、今はもう放送終了してしまったものが数多くある。

    花王名人劇場

     1979年10月7日から1990年3月18日 までフジテレビ系列局で放送された単発バラエティ番組である。関西テレビの製作だが、 東阪企画も制作に関わっていた。放送時間は毎週日曜 21:00 - 21:54。主に漫才や落語など娯楽系の番組。スポンサーは花王石鹸。企画ものでは、芦屋雁之助主演の「裸の大将放浪記」も放送された。

    ゴールデン洋画劇場

     金曜日放送は、1971年4月2日-1981年3月27日まで、土曜日に曜日変更してからは、1981年4月4日- 2001年9月29日に時間が変わった。当初は、放送作家・タレントの前田武彦が映画解説者として1971年4月23日放送分より起用されたが、1973年6月に同局の看板番組だった『夜のヒットスタジオ』放送内でいわゆる「共産党バンザイ」事件を起こした責任を取り、止むなく同月22日放送分をもって降板、その後暫くは毎回ゲストが交替で解説を担当。同年10月5日放送分より俳優・タレントの高島忠夫が2代目の解説者として起用され、約25年間にわたり同番組の顔として登場していた。

    火曜サスペンス劇場

     1981年9月29日から2005年9 月27日にかけて、日本テレビで毎週火曜日に放送された2時間ドラマ枠。原則として21:00 - 22:54に毎週1話完結(極稀に前後編形式の作品もある)のサスペンスドラマを放送していた番組タイトルの通り、サスペンスドラマ専門の番組ではあった。初期にはサスペンス以外にホラー系の作品も放送していた。
     OPの音楽は衝撃的で、絵面も妖艶な女性の体の影絵で悩ましかった。また、主題歌が大人気で、岩崎宏美、杉山清貴、竹内まりや、高橋真梨子などの楽曲が大ヒットした。

    土曜ワイド劇場

     テレビ朝日系列で、1977年7月2日から 2017年4月8日まで放送されていた2時間ドラマ番組。 1977年7月2日に『土曜映画劇場』の後番組として90分枠で開始され、長時間ドラマの先駆けとなった。その後、2時間ドラマ枠になった。
     歴代OPもしゃぼんだま、スポットライト、新宿副都心の高層ビルの風景から白人女性の目→回廊の階段を逃げる様に下りる女性→三日月→赤ワイン→ワインがこぼれる様とから血が混じる海にダブらせる映像から起き上がると夜景になり、旧タイトルロゴ(黒い縁に青い背景)がCGで現れる編、ホラー映画風、横溝正史風のおどろおどろしいタイトルなどが時代を闊歩した。
     このドラマでは「江戸川乱歩」や「幽霊温泉」などシリーズものが多く世に出た。

    日曜洋画劇場

     テレビ朝日系列で、『日曜エンターテインメント』の一企画扱いとして、不定期に放送されたテレビ映画番組。本文詳述の通り、2013年3月31日放送までは単独枠として、毎週放送されたが、2013年4月7日以後は『日曜エンターテインメント』(以下『日曜エンタ』と称す。単発特番枠)内で映画を取り上げる場合に、『日曜エンタ・日曜洋画劇場』の二重冠での不定期放送に移行し、20:58 - 21:00に見所を紹介する『今夜の日曜洋画』も別途放送開始した。

    東芝日曜劇場

     1956年のスタート以来2002年9月までは、東芝グループによる一社提供の 「東芝日曜劇場」という名称で放送されていた。毎週日曜日21時00分 - 21時54分にTBS系列で放送された。OPは「光る~光る東芝~回る~回る、東芝~」で始まる有名なテーマソング。

     木村拓哉のドラマが毎回高視聴率を獲得した。「JIN」や「半沢直樹」もこの番組から誕生した。

    NHKテレビ劇場

     NHKで放送されていた単発ドラマ枠。1957年12月6日~1964年4月5日

    こども劇場

     1963年4月7日から1965年4月4日までNHK総合 テレビが編成していたテレビドラマ放送枠である。毎回1話完結型の子供向けドラマを 放送していた。全91回。編成時間は毎週日曜 9:00 - 9:40。

    サンヨーテレビ劇場

     1958年1月7日 - 1961年7月28日に ラジオ東京テレビ(KRT)→TBS系列で放送されたテレビドラマ枠である。三洋電機の一 社提供だった。

    シオノギテレビ劇場

     1964年1月24日から1967年12月 28日までフジテレビ系列局が編成していたフジテレビ製作のテレビドラマ枠である。塩野 義製薬の一社提供。金曜 21:00 - 21:30に放映

    月曜名作劇場

     TBS系列で2016年4月11日から毎週 月曜日夜に放送されている2時間ドラマ枠。制作の大部分が刑事ドラマ。

    世界名作劇場

    日本アニメーションが制作して『カルピスこども名作劇場』や『ハウス食品・世界名作劇場』といった名称で放送されているテレビアニメシリーズである。 世界名作アニメ、世界名作アニメ劇場とも呼ばれる。 すべての作品はフジテレビ系列で

     劇場という名称ではないが、月曜ロードショー、水曜ロードショー、金曜ロードショーなど、「スペシャル」という名称の特番や、NHKスペシャル、水曜スペシャル、木曜スペシャル、土曜スペシャルという似たような名前の特別番組が各局で制作・放映されていた。

     記事作成:5月14日(日)

    2017年6月10日 (土)

    歴代フラガールのラストステージ集

     2006年公開の映画「フラガール」。多くの方たちに感動を与え、フラガールに憧れた人々も多かったに違いない。
     あれから早いもので11年の月日が流れた。その間、東日本大震災が発生し、彼女たちの本拠地である福島県いわき市の「スパリゾートハワイアンズ」もまた施設が被害に遭い、休業を余儀なくされた。しかし、そんな窮地に追い込まれても彼女たちは諦めなかった。初代フラガールたちが行って以来の全国行脚となる「全国きずなキャラバン」に出向いた。その時のリーダー「マルヒア由佳理」さんは引退を撤回して強い決意で他のメンバーを鼓舞し、引っぱり続けた。
     歴代フラガールのリーダーは、昨年6月で引退したモエナ梨江さんで15代を数えた。いつも思うのは、20代のうちに卒業するフラガールが多い中で、ラストステージはいつも感動し、満員の観衆の拍手喝さいを浴び、惜しまれつつ引退することだ。やはり、彼女たちの日々の厳しいレッスンや、観客に笑顔と幸せを届け続けたその感謝の気持ちの表れだと思う。
     今日は、「フラガール」で歴代のリーダーを務めた方たちのラストステージを特集したい。なお、動画サイトにアップされている方のみ紹介となりますことをご容赦ください。

     マクラニ橋本(橋本加奈)・・・29期生 第12代リーダー

     退団式 https://www.youtube.com/watch?v=txxeq1NQwcE

          https://www.youtube.com/watch?v=Vz469hdgmsQ&t=21s

     マプナ佑子(半澤佑子)・・・35期生 第13代リーダー 2009年3月29日 引退

     マルヒア由佳理(加藤由佳理)・・・38期生 第14代リーダー 2012年6月3日 引退

     ラストメッセージ https://www.youtube.com/watch?v=NQt7Ok0zCXk&t=471s

     メモリアル https://www.youtube.com/watch?v=-zXL0RVrfCI

     震災復興という役目を背負い、最も大変な時期に被災者を勇気づけた真のリーダー。
     存在感があって、他のメンバーたちの信望が厚かった。ラストステージでの会場の盛り上がりは最高潮で、拍手とマルヒアさんへの歓声で入り乱れ、アンコールを要求。最後はフラガール全員で「トゥトゥキ」で締め括った。たぶんメンバーにも観客にも最も愛されたリーダーだったと思う。

     モアナ梨江(大森梨江)・・・40期生 第15代リーダー 2016年7月30日 引退

     退団セレモニー https://www.youtube.com/watch?v=Jk78SzS8TjA

     メモリアル映像 https://www.youtube.com/watch?v=adusbxknu-g

     歴代フラガールの中でもマルヒアさんと並んで4年という長いリーダー在任期間。それだけ信頼が厚かった。東京電力福島第1原発事故で全町避難する福島県双葉町出身。2004年に40期生としてデビューし、事故後の12年6月にリーダーに就任。復興を目指す福島の象徴となったチームをまとめてきた。
     会見では、2年前から痛みと闘っていた股関節の状態が悪化したことを明かし「満足なダンスができなくなった」と引退の理由を説明。(河北新報のHPより引用)

     http://www.1242.com/lf/articles/16148/

     彼女は今、本名の「大森梨江」さんとしてフラガールを管轄するエンターテイメントグループの副主事(ふくしゅじ)として、ダンサーの教育計画などに携わりながら、後継のフラガールを育成している。

     それにしてもこの3年間で「フラガール」は入れ替わりが激しくなったように思う。2013年以降の卒業者の方々のリストを紹介し、合わせて彼女たちの現役時代の映像をリンクします。

     根本美由紀  2013年3月17日 引退
     須藤麻理絵  2013年7月6日 引退
     プアリリア樹 2013年9月1日 引退
     横山実香   2013年10月12日 引退
      https://www.youtube.com/watch?v=4TQgwPrgT3U&spfreload=1

     浜津奈苗    2014年5月24日 引退
     石井美子    2014年6月29日 引退
     ティアレるりか 2014年7月20日 引退
     小宮玉恵     2014年12月6日 引退

     和田絵美里   2015年3月8日 引退
      小野寺千尋   2015年3月21日 引退
     鷺 加織    2015年10月3日 引退
     オーリノ苑未 2015年11月22日 引退
     
     賀澤教子   2016年3月5日 引退
     梁瀬結香   2016年4月16日 引退
     ヒワラニ麻衣子 2016年4月30日 引退
     佐藤花絵   2016年6月4日 引退
      モアナ梨江  2016年7月30日 引退
     安保里緒菜  2016年8月13日 引退 
     平田千晴     2016年9月11日 引退
      矢澤佑吏     2016年10月8日 引退
     峨 千晶      2016年10月29日 引退
      渡辺 舞      2016年11月19日 引退

     2015年までは辞めても年間4名ほどで推移して来たが、昨年の2016年にはなんと10名ものフラガールが退団してしまった。新旧交代が一気に進んだ形だ。
      「全国きずなキャラバン」の印象が強く残り、いつも動画サイトで見ているせいか、彼女たちが引退後、こんなに時間が経過していたなんて今さらながら驚きだ。マルヒアさんが引退してからもう5年も経ってしまったとは信じがたい。私がフラガールロケ地を探訪した2011年11月にはリーダーとして現役バリバリだった。そのイメージが強すぎて、未だに彼女がいないステージは考えられない。

     さて、今回は全くの個人的趣向でこのような記事を掲載させていただきました。他県の方はあまり思い入れは深くはないかもしれないが、同じ福島県に暮らす私にとっては、彼女たちは天使のようで、震災後も県民を励まし続けてくれたメシアでもあった。

     今年6月、ようやく念願叶い、生のステージを見ることが出来た。近くて遠い存在だったが、ようやく彼女たちの躍動するダンスを見れて幸せな気持ちになったと同時に、感謝の気持ちが全身を包んだ。
     これからまた機会を見つけ、ステージを見に訪れたいと思う。そしていつまでも輝き続ける星であってほしいと願う。

     記事作成:6月6日(火)

    2017年6月 9日 (金)

    巨人を追われた男たちの意地

     今年の巨人の不振は異常だ。FA制度導入以後、史上初のFA3人獲得を果たした巨人だが、まったく役立たずの状況で、一軍定着はクロスオーバーで左殺しの異名を持つ森福だけで、DeNAのエースとして昨季10勝以上をあげた山口と日本ハムの俊足巧打の切込み隊長役の陽岱鋼が故障で出遅れている。何のための大枚を叩いての補強かさっぱりわからない。
     過去、当ブログでは、トレードやFAで巨人にやって来た選手の、移籍前のチームでの成績とと巨人移籍後の成績を比較する記事を書いたが、今回はその逆を取り上げたい。つまり、巨人から他球団に移籍した選手の新チームでの移籍一年目の成績だ。層の厚い巨人ではスタメン出場など夢のまた夢の状況だった選手が、活躍できる場を得て、見違えるほどの変貌を遂げている選手がいかに多いか驚くはずだ。
     なお、材料としては巨人から移籍する直前の年と移籍したチームでの1年目を比較したい。

     小林 繁(阪神へ)

              登板数  勝利 敗戦   S   勝率   奪三振  失点  防御率
    巨人最終年    43    13  12   2  .520   130   97    4.10
    阪神1年目     37        22   9       1  .710   200   101  2.89

     いわゆる「江川事件」でとばっちりを受けた被害者。怪物と呼ばれた江川卓のわがままのせいで、意思に反して阪神へトレードさせられた。62勝(39敗)をあげて巨人のエースとして尽くしたにもかかわらず、無情な仕打ちで巨人を追い出された。翌年、巨人戦では負けなしのシーズン22勝を挙げ、見事リベンジを果たし見返した。

     駄々っ子のように他の選手に迷惑をかけた江川とは真逆で、その紳士的な大人の対応で無言を貫いて阪神に移籍し、22勝で最多勝を獲得した彼は、投手に関する賞を総なめにし、賞賛を浴びた。しかし、引退後、コーチや監督としての指導力や手腕が期待された矢先、病気で早くして亡くなられた。日本球界にとって大いなる損失となった。

     鈴木康友(西武へ)

              試合数  安打数  本塁打 打点   打率   盗塁
    巨人最終年    85    24     3    9   .190    3    
    中日1年目     119    86     11       30   .234    3

     巨人時代は守備固めの選手という印象だった。西武時代は奮わず、1年後にはまたトレードに遭ったが、中日では1年目から大活躍。4年後にはまた西武に戻った。打者としてはぱっとしなかったが、守備が上手で13年間も現役生活を送った。

     駒田徳広(横浜へ)

             試合数  安打数  本塁打     打点   打率   盗塁
    巨人最終年  122   109     7     39     .249   1
    横浜1年目   130   149    13     68   .284   0

     「満塁男」と呼ばれ、プロ初打席でいきなり満塁ホームランを放った。巨人では実力があるのに使ってもらえず、代打が多く、出番を求めて自ら移籍を希望した。そしてレギュラーに定着した横浜では打ちまくり、2,000本安打を達成した。もしあのまま巨人にいたら、出場機会が少なく、2,000本安打は実現できなかっただろう。

     仁志敏久(横浜へ)

              試合数  安打数  本塁打  打点  打率   盗塁
     巨人最終年   64     22      1     7   .185   1
     横浜1年目  137    150    10    45   .270   3

     いずれも横浜へ移籍した一年目は大活躍。安打数は約7倍 打率は大幅アップ
     巨人を出るとどうしてこうも変わるのか?リベンジに燃えるのか?

     二岡智宏(日本ハムへ)

              試合数  安打数 本塁打  打点  打率   盗塁
    巨人最終年    31    24    1     7      .279   0
    日ハム1年目   69    43    4    25  .253   0

     久し振りの巨人の打てる遊撃手だった。守備も上手く、スローイングが安定していた。イケメンで女性ファンからの熱い声援を浴びていたが、モテ男が災いして、山本モナとの不倫が原因でイメージを崩したという理由で巨人を追われた。

     林 昌範(日本ハムへ)

             登板数  勝利  敗戦  H  奪三振  防御率
    巨人最終年   11    0    0   1   14    6.75
    日ハム1年目  46    3    2   9   42    3.33

     巨人時代は貴重な左のセットアッパーとして活躍した。しかし、ノーコンで四球を連発し、自滅することが多かった。2008年、マイケル中村・工藤隆人との交換トレードで二岡智宏と共に北海道日本ハムファイターズに移籍した。すると前年比較で4倍の登板数。防御率も半分以下と好投した。現在はDeNAで現役を継続中。  

     

    一岡竜司(広島へ)

              登板数  勝利  敗戦  H  奪三振  防御率
    巨人最終年    9     0    0   0   8     5.23
    日ハム1年目   31          2    0     16   27    0.58

     巨人時代は将来を嘱望された若手投手だった。しかしFAで大竹を獲得したことにより、人的補償でプロテクトを外れたことで、広島から指名がかかった。巨人時代は一軍での登板は少なかったが、広島へ移籍後はセットアッパーとして大活躍。31試合に登板し、失点は僅か3点という神がかり的な変貌を遂げた。

     矢野謙次(日本ハムへ)

              試合数  安打数 本塁打  打点   打率  盗塁
    巨人最終年    8     1     0     1   .071   0
    日ハム1年目   40    15     1     5   .197   0

     巨人時代は左キラーとして代打職人的な存在だった。パンチ力があって、長打力があった。12年間でレギュラー定着とまではいかなかった。2015年のシーズン途中に電撃的に日本ハムに移籍。途端にサヨナラ打を連発するなど大活躍。才能がありながら出番が少なく悲運。もったいない選手だ。

     大田泰示

              試合数  安打数  本塁打  打点   打率   盗塁
    巨人最終年   62      23     4      13  .202     0
    日ハム1年目  33     30     6          18   .250    0
    (6月7日現在)

     将来の4番候補と目されていたが、巨人在籍8年間は出番も少なく鳴かず飛ばず。通算100安打に留まり、大砲とは眉唾で9本しかホームランが出なかった。40打点で打率も.229と低迷した。
     しかし、2017年シーーズンから日本ハムに移籍後は一軍定着し、ホームランを量産し、すでに8年間の巨人時代の総ホームラン数にあと3本で並ぶ。

     以上、見てきたように、トレードなどで巨人を離れると、一矢報いようと頑張ったり、リベンジ心が芽生え、「見返してやる」という心意気や男の意地が強くなる。予想通り、巨人時代はレギュラーに定着できず、苦虫を潰していた選手が、他球団に渡ると水を得た魚のように生き生きと輝く。
     確かに昔から巨人戦はテレビの中継が多く、毎試合プラチナチケットと呼ばれるほど球場は満員札止め状態で、人気が高かった。それが他球団からは妬まれる材料になった。巨人戦で負けて無様な醜態を晒せないと、エース級の投手をぶつけたりした。星野仙一や村山実のように、巨人を目の敵にして力投する男気のある選手も大勢いた。巨人戦には滅法強い打者もいた。

     やはり巨人は層が厚く、出番がなかなか回ってこない。レギュラーを勝ち取れる選手はほんの僅かだ。特に外国人助っ人との守備位置争いは熾烈で、外野は戦争状態。互いに潰しあいとなる。だから他球団に移籍すると、実力次第でレギュラーを手に入れられる分、ハッスルするのだ。
     「巨人命」を貫いた選手は、ダメになるのも早い。江川は9年間で現役を終えたし、浪人した選手も元木のように名球界に名を残す選手にはなれなかった。どちらがいいかはわからないが、常勝の宿命を背負い、相当なプレッシャーと戦いながらプレーするよりも、他球団でのびのび野球を行い、実績を挙げたほうが、プロ野球選手として大成したほうが賢明かもしれない。巨人にしがみついた結果、飼い殺しになるのが巨人選手の成れの果てなのだから。
     
     最後に、FA3人獲得や、日本ハムでエースとして活躍した吉川光夫投手のトレード移籍、楽天時代に大砲だったマギーや守護神カミネロの入団など盤石の補強でブッチギリ独走かと思われた今年のセ・リーグ。蓋を開けてビックリ。6月8日現在で、球団ワーストの13連敗を喫し、最下位のヤクルトに2.5差に迫られる5位と低迷している。大型補強が裏目に出て、実力がかみ合っていない。こういう負の連鎖が続く時には、サッカーでよくありがちな監督交代(休養)などのカンフル剤が必要だが、外様だらけの巨人コーチ陣に代行が務まるとは思えない。まして選手生活にピリオドを打たせて監督要請した経営陣が解雇を宣告できる訳もない。
     それでも球場は満員で、声援を送り続けているファンをこれ以上失望させないためにも、チーム改革を行い、チームを変身させてほしいものだ。

     記事作成:6月7日(水)

    2017年6月 8日 (木)

    悲惨な歩きスマホ事故集

     私は未だにガラケーだ。文明の利器に乗り遅れているステレオタイプの人間だ。大学生の子供たちはi-phoneを使用し、親が旧式の一か月の使用料が1,305円で甘んじているご時世だ。
     しかし、負け惜しみではないが、PCで光通信を入れているし、wi-fiも可能な設備を導入しているため、不便は感じない。そんなにスマホに必要性を感じないし、私がスマホを持ったら、使い方を誤り、かつてインベーダーゲームにのめり込んだように、暇さえあればいじくりまわしている、そんな時間の無駄な生活を送るのが見え透いているからだ。

     それに、歩きスマホがどれだけ危険な行為かを動画で証明したい。

     1 池に落ちて二児の母親が溺死(中国)

     残された子供はこの先どうなるのか・・・母親の不注意で子供まで一生を棒に振ることになるとは。

     2 歩きスマホで池に転落して逆ギレするババア

     自分が悪いのに、天罰下って逆ギレするとは自己中の塊 こういう輩は反省などしないだろうし、同じことを繰り返すに違いない。自分で馬鹿を見るのは結構だが、他人を巻き込んだり迷惑を掛けるのは言語道断!

     3 歩きスマホで悲惨な目に遭う女性

     もう笑うしかない結末。自業自得とか「ざまぁ」などという声が聞こえてきそうだ。前を注意していなかった末の悪夢だ。

     4 危険、歩きスマホ!迷惑、交差点で!!   

     事故に遭ってやっと自分の愚かな行為に気づくのだろう。歩きスマホがどれほど危険かってことを。そういう痛い目に遭わないと気づかない残念な人たちが今の世の中大勢いるということだ。

     5 歩きスマホは危ない

     これらの映像に共通しているのは、スマホ操作に夢中になるあまり、周囲の安全をないがしろにしている点。つまり自分の世界に入り込んで周りが見えていない。

     https://www.youtube.com/watch?v=tYg2bSaAXuI

     今の社会問題として

     「ポケモンGO!」を運転中に行い、歩行者を撥ね、死に至らしめてから、事の重大さに気づいた愚か者もいるだろうが、みんなやってるとか大したことはないと高を喰っていると、取り返しがつかないことになる。人生を棒に振ったり、一生償う日々が始まるのだ。その背負った十字架は重過ぎる。そうならないための戒めの動画だと自覚してほしい。少しでも事故防止の啓発になればと考え、今回の記事をしたためた次第だ。

     記事作成:5月16日(火)

    2017年6月 7日 (水)

    老害っこ世に憚る・・・

     「パピマミ」という団体が調査した興味深いアンケート結果がある。それは少子高齢化が進み、「老害」と呼ばれる言葉が生まれるほど、自己中で常識のない身勝手なお年寄りが増えたことに端を発する。かつて高齢者は敬老の対象であり、長老者として一目置かれる存在であった。しかし、最近は、長老気取りで、わがままでやりたい放題の「老害老人」が増え続け、新語が生まれるほど社会問題化している。
     それはテレビの世界で顕著に表れる。人生の大先輩のようなドヤ顔で、言いたい放題やりたい放題の身勝手なお年寄りが急増しているのだ。これはもう有難いアドバイスではなく、社会の害でしかない。そうした悪影響の元凶となる方々をアンケート結果から分析したい。なお有効回答数は707人。

     「老害」だと思う芸能人は誰ですか?

     1位 和田アキ子 O型 

      常識がズレている。本来は気が小さいくせに、凄んで見せたり、酒で人間関係を築くタイプ。韓国から気化した在日だけに、朝鮮人っぽい横暴ぶりが目立つ 実力者のように振る舞い、周囲に気を遣わせているが不快極まりない 真夜中に電話して「今から飲にに来い」と脅かしたり、押し付ける輩だ。彼女が出ている番組は不愉快になるため一切見ないようにしている。

     2位 張本 勲 O型

     いっぱしの評論家気取りで自分の歪んだ判断尺度で他者の批判ばかり。彼も韓国からの気化人の性質そのまま。
     監督から逃げているくせに他人批判はお手の物。1番じゃないと意味がないとか現役を継続している選手に引退を促す発言したり、相手の気持ちを無視した自分本位の発言しか出来ない。まさに「THE・韓国」だ。これほど不評なのに「サンデーモーニング」を降板させられない。
     火病ワールドらしく、もっとも頭がイカれている思ったのは、6月4日(日)放送の「サンデーモーニング」。5月31日に行われたサッカーアジア・チャンピオンズリーグ決勝トーナメント1回戦・第2戦で済州(韓国)に延長の末、2戦合計3-2で勝った浦和DF槙野智章(30)が試合後、済州の選手らに追い回されたことについて触れ、「浦和は勝っているから、遅らす(時間稼ぎ)のはありがちなことだけど、その態度がよくない。韓国の選手が『なんだ』と思うような態度を取ったらいけない」と苦言を呈した。浦和はボールをキープして時間稼ぎに出たが、これに済州の選手が激高。もみ合いに発展した上、突如、控えDFがビブス姿のまま乱入し、主将MF阿部の顔面にジャンピングエルボーを見舞った。

     試合終了後も済州側の興奮は収まらず、観客席に向かって喜びを爆発させた浦和の選手に乱闘を仕掛けた。体当たりをしたり、ペットボトルを投げる暴挙の数々。数人にしつこく追いかけられた槙野は、必死になって入退場のゲートに逃げた。済州には試合後も含めてレッドカード3枚が出された。(サンケイスポーツ記事より)

     こうした韓国の選手の暴挙や暴力沙汰に対しても、被害を受けた日本人選手の「態度が悪い」と言い放った。そして韓国人選手の肩を持つ。やっぱり在日韓国人らしい発言だ。こうした偏向報道はこの番組の常套だが、あまりにも酷い。暴力被害を受けた選手を批判して、奮った加害者を擁護するこの偏向性質。
     日本人選手のマナーが悪いと批判するなら、WBCで韓国が日本戦に勝利した際にマウンドに韓国選手が「太極旗」を立てた行為はどうなんだ?戦争での勝利を意味する暴挙であり、公私混同ではないのか?
     また、サッカーの日韓戦で、韓国人選手がゴールを決めた後、日本人を愚弄する「猿真似」をした選手は人権侵害の侮辱ではないのか?まだ言おう。韓国サポーターが君が代斉唱をブーイングで邪魔したり、震災時に「日本の大地震をお祝いします」などと被災者を逆なでする横断幕を掲示したことは許されるのか?オリンピックで「独島は韓国の領土」というプラカードを掲げ、スポーツの祭典に政治問題を持ち込む振る舞いは許されるのか?

    Korea1 Korea3
    Korea2 Korea4

      断じて許せない。自分の都合の悪いこと(ライダイハンなど)には蓋をし、重箱の隅や70年前の出来事を持ち出して誹謗中傷を重ねる異常民族だということだ。

     やはり韓国から帰化した張本氏は精神的に歪んでいる。こういう輩が、評論家などちゃんちゃらおかしい。何があっても祖国韓国を擁護し、日本バッシングを展開する。こういう偏向評論をやらしておくTBSもイカれている。

     その同じ日、韓国人選手と対戦した錦織圭のラケットをたたきつけた態度にも激高。まったくもって話にならない。
     偉ぶって他人ばかりを批判することしか生き甲斐がないのか?これを「老害」と言わずして何と言う。同い年で台湾国籍の王貞治の温厚さとは雲泥の差だ。台湾人と韓国人の気質の差がそのまま出ている。人格に欠けた彼が頑張っている他人を批評するなどちゃんちゃらおかしい。彼への批判が日増しに集中している中、空気も感じずに同じ苦言を呈し続ける彼は、日本人の思想ではない。

     3位 泉ピン子 B型 

     毒舌キャラも度が過ぎる。いつも偉そうに振る舞い他をバカにする。自分が一番偉いと思えるのが節々に感じられる。汚い言葉で強烈なキャラと物言いで不快極まりない。

     4位 デヴィ・スカルノ A型 

     いかにも金があるぞという振る舞いで、周囲を嫌悪させる。金があれば何をやっても許される的な横暴振る舞いが鼻に付く。  

     5位 みのもんた A型 

     人生のベテランを自負しているが、アドバイスが空回り。気前よく見せて他人の面倒を見て、身内を見れず失脚した。

     6位 明石家さんま B型 

     話し上手で女性にもモテるがだらしない。もう還暦を過ぎたのだからほどほどにしたほうが身のため。 

     7位 テリー伊藤 O型 

     もっともらしいコメントを話すが、自分は派手な衣裳や巨乳好きを自負するなど自らの尺度で自由に生きているだけ。他人に迷惑はかけないが、周囲の常識まで見誤らせそうな自己中。    

     8位 小倉智昭 B型 

     この人の言い方には逐一トゲがあって好きになれない。冠番組の朝の情報番組では、セクハラや問題発言だらけ
     同じB型の宮根誠司も不倫などやりたい放題だ。同じタイプだが老人ではないので除外した。

     9位 梅沢富美男 B型

     「プレバト」では自己主張ばかり。すべてにおいて自画自賛し、自分こそが世界一の才能の持ち主といううぬぼれが強い。相手を立てるとか配慮をするとか自分が楽しければそれでいいという発想。ご意見番という存在だが、女好きなだけで単なるプレイボーイ。人をさんざん振り回して本人はケロっとしているタイプ。

    10位 田原総一朗 B型

     自分ばかりが偉そうに知識をひけらかすように一方的にしゃべりまくり、相手が話している途中でも平気で遮る愚かな進行役。まったく人を立てたり、他人の意見を尊重することが出来ないタイプ。

     見てわかる通り、「老害」と答えた方々の中には、どういうわけかB型が多い。上位10名のうち半数がB型。次いでO型が3人、日本人の約4割を占めるA型は2割。やはり歯に衣を着せぬ発言が多いB型は、若くして才能を発揮し、国民的な人気やカリスマ的な存在になるが、高齢者になると口やかましい態度や言動は有害以外の何者でもない。元からマイペースで他の模倣を嫌い、独自路線を貫く身勝手なタイプがこの型には多く、自分では気づかないうちに周囲を嫌な気分にしているケースが多い。

     O型は、相手によってころころ態度を変える八方美人タイプが多い。豊臣秀吉のように、年上や実力者には擦り寄って可愛がられようとする傾向が強く、年下には命令口調になるし、実力の無い者は見下して相手にもしないことが多い。よって、そこに批判や口達者に述べると威圧的になり、周囲に敬遠されたり、嫌われる傾向になる。和田アキ子などがいい例だ。味方も多いが敵も多いのがO型の特徴だ。女性の場合、若いうちはモテるが、歳をとるとこの僻みが多くなる。私もそうだが、置かれた環境で態度や性格が変わるため、O型も周囲を気遣わずに、知らないうちにA型やAB型から反感を買っているケースが多い。

     やはり世間一般に「老害」と思わせる方というのは、「何様?」と思わせる言動や偉そうな行動を取る人ばかりだ。歳をとり、人生経験を重ねると、自分の判断や尺度がすべて正しいと思い込み、それを他への配慮もなく押し付けたり、意気がってさらに輪をかけるように畳み掛ける論調を繰り返すケースが多くなる。

     「年寄りの僻み」という言葉があるが、アドバイスも度が過ぎると嫌がられ、「老害」と解釈されるということを肝に銘じたほうがいい。
      現に郡山市民もそういう方は多い。市役所で係の職員を大声で怒鳴りつけているのは70歳以上の老人ばかりだ。年に数回しか行かない市民課だが、毎回、いくら窓口が混んでいようが、お互いマナーを守って静かに待つのが日本人の温厚さだし良さだと思うが、近年は個人主義ばかりが重視され、イライラして周囲にぶつけるご老体が多すぎる。我慢することも出来ず、不満をあたり構わず口にして、居合わせた客を不快極まりない状況にさせる。

     年をとると、自分が偉くなったと錯覚するのが人間の本性なのか。自分が過ごした時代の生活とガラリ変わっている今の豊かな生活を羨ましがっているのか、はたまた悔しく思ってのことなのかは知らないが、若い世代に対して傲慢な態度をとる風潮がある。
     こういうぞんざいな態度を平気で行うお年寄りを見るたびに気の毒になるが、自分だけは絶対にこうした周囲を不快にさせる高齢者にだけはなるまいと思う次第だ。

     最後に、アンケート結果とは別に、私が老害と思われる有名人を紹介し、結びとしたい。

     1位 鳩山由紀夫 O型 無責任にも政権を丸投げした張本人のくせに韓国で土下座謝
                   罪する身勝手パフォーマンス  政治家のクズでしかない 
     2位 張本 勲   O型 前述したとおり 最悪の野球評論家 責任を負いたくなく、
                    監督にも就任せず、好き放題言い放つ最低の人格者 
     3位 小倉智昭   B型 自己中でやりたい放題の司会者 自分の考えが全部正しいと
                   思い込んでいる
     4位 関口 宏   A型 偏向報道ばかり どれだけ韓国を立てるのか・・・  
     5位 和田アキ子 O型 横暴な態度は鼻に付く やはり在日韓国人 早くアッコにおま
                   かせを放送打ち切りにしてほしい
     6位 デビィ夫人 A型 見るからにプライドの塊 何様だと言いたくなる上から目線
     7位 梅沢富美男 B型 見るからに偉そう 女ったらしで遊び人 かつての山城新伍を
                   見ているようだ
     

     参考資料 https://papimami.jp/91119

     記事作成:6月4日(日)

    2017年6月 6日 (火)

    シーズン途中で休養した監督

     日本のプロ野球は交流戦を含め、1シーズン144試合も戦う長丁場だ。そこには様々な名勝負やドラマがある。しかし、途中で成績不振を理由に「休養」に入る監督がいる。休養と言えば聞こえが良いが、それは個人の名誉保持のためであり、事実上の解任である。それが証拠に、シーズン中に復帰した監督は、病気や怪我による休養以外は皆無だ。勝負の世界はなかなかシビアだ。
     今年のシーズンも、オープン戦でダントツ首位だったロッテの伊東監督が、最下位に沈み、5月時点で自力Vが消滅するなど、「休養」の危機にさらされている。実績十分な監督だけに、選手の踏ん張りに期待したい。

     では、これまでに休養に入った監督はどれくらいいたのだろうか?調べてみた。

    加藤喜作(南海軍:1942年、三谷八郎の退任に伴い監督代行に就任した岩本義行が監督
         代行を退任した為に「監督代行の代行」に就任)

    宮崎剛(大洋ホエールズ:1972年に別当薫の休養に伴い監督代行に就任した青田昇が途
         中で体調を崩して休養した為に「監督代行の代行」に就任)

    土橋正幸(ヤクルトスワローズ:1984年に武上四郎の休養に伴い監督代行に就任した中
         西太が途中で体調を崩して休養した為に「監督代行の代行」に就任)

    島野育夫(中日ドラゴンズ:1995年に高木守道の休養に伴い監督代行に就任した徳武定
         祐が成績が安定せずに休養した為に「監督代行の代行」に就任)

     21世紀以降は・・・

    02年9月25日 横浜 = 森祇晶監督 → 黒江透修代行

    03年4月23日 オリックス = 石毛宏典監督 → レオン代行

    03年9月 7日 中日 = 山田久志監督 → 佐々木恭介代行

    https://www.youtube.com/watch?v=xIFFytEVBzY

    08年5月21日 オリックス = コリンズ監督 → 大石大二郎代行

    09年5月17日 横浜 = 大矢明彦監督 → 田代富雄代行 

    10年5月26日 ヤクルト =  高田繁監督 → 小川淳司代行

    12年9月25日 オリックス = 岡田彰布監督 →森脇浩司代行

    14年6月 4日 西武 = 伊原春樹監督 → 田辺徳雄代行 

    https://www.youtube.com/watch?v=LM8KL_t51HQ

    15年6月 2日 オリックス = 森脇浩司監督 → 福良淳一代行 

    https://www.youtube.com/watch?v=qdZt_8oBr6E

    16年8月 9日 中日 = 谷繁元信監督 → 森繁和代行

    https://www.youtube.com/watch?v=-Bik-BRBI94

    【注】病気療養による06年王貞治監督(ソフトバンク)14年星野仙一監督(楽天)を除く

    シーズン終了後に代行者が正式に監督就任した例

    藤村富美男(大阪タイガース、1955年に岸一郎の退任により監督代行就任→翌1956年に
          正規に監督就任)

    加藤春雄(近鉄パールス、1957年に芥田武夫の退任により監督代行就任→翌1958年に
          正規に監督就任)

    藤本定義(大阪タイガース、1961年に金田正泰の退任により監督代行就任→翌1962年に
          正規に監督就任)

    西沢道夫(中日ドラゴンズ、1964年に杉浦清の退任により監督代行就任→翌1965年に
          正規に監督就任)

    長谷川良平(広島カープ、1965年に白石勝巳の退任により監督代行就任→翌1966年に
          正規に監督就任)

    別当薫(大洋ホエールズ、1967年に三原脩の退任により監督代行就任→翌1968年に
          正規に監督就任)

    濃人渉(東京オリオンズ、1967年に戸倉勝城の退任により監督代行就任→翌1968年に
          正規に監督就任)

    金田正泰(阪神タイガース、1972年に村山実の指揮権の返上(現役投手に専念)により
          監督代行就任→翌1973年に正規に監督就任)

    土橋正幸(ヤクルトスワローズ、1984年に武上四郎・中西太の退任により監督代行就任→
          翌1985年に正規に監督就任)

    藤田平(阪神タイガース、1995年に中村勝広の退任により監督代行就任→翌1996年に
          正規に監督就任)

    大石大二郎(オリックス・バファローズ、2008年にテリー・コリンズの退任により監督代行就
          任→翌2009年より正規に監督就任)

    小川淳司(東京ヤクルトスワローズ、2010年に高田繁の退任により監督代行就任→翌
          2011年に正規に監督就任)

    森脇浩司(オリックス・バファローズ、2012年に岡田彰布の退任により監督代行就任→翌
          2013年に正規に監督就任)

    田辺徳雄(埼玉西武ライオンズ、2014年に伊原春樹の退任により監督代行就任→翌2015
          年に正規に監督就任)

    福良淳一(オリックス・バファローズ、2015年に森脇浩司の退任により監督代行就任→翌
          2016年に正規に監督就任)

    森繁和(中日ドラゴンズ、2016年谷繁元信の退任により監督代行に就任→2017年に正規
          に監督就任)

     ざっと振り返っただけでもこれだけの監督がシーズン半ばで「休養」し、解任されている。プロは結果がすべてと考えれば当然と言えば当然だが、やはり厳しい世界だ。あの長嶋監督や王監督ですら、巨人時代は、シーズン後に解任が発表された。選手としては超一流でも、監督としては結果が重視された。
     今シーズンを見てみると、ロッテの伊東監督は厳しい立場にあるし、中日の森監督も、このまま低迷を続けると、電撃的に「休養」に入って、コーチが監督代行するパターンに陥るかもしれない。

     また、信じたくは無いが、巨人の高橋由伸監督も2年連続でV逸すれば、解任の危機にある。かつて堀内監督は2年間指揮を執ったが、優勝できず、その責任を取って辞任した。今年の巨人はトレードや球界初のFA3人獲得で戦力補強したにもかかわらず、優勝を逃したとあらば、ナベツネ氏の逆鱗に触れ、監督交代も現実味を帯びそうだ。
     その兆候はすでに現れている。6月4日(現在)、10連敗を喫し、首位の広島とは9.5ゲーム差。昨季も4位とBクラスに沈み、2年連続で優勝どころかBクラスに甘んじればクビ宣告は時間の問題か?高橋監督のプライドを尊重すれば、自ら進退伺いを提出し、休養に入るしか道が無くなる。

     後任だが、原監督が復帰にはまだ時間を要しそうなので、桑田氏か松井氏に白羽の矢が立つかもしれない。原氏が日本代表監督に就任する可能性もあるし、そうなると巨人の監督人事はますます混迷するかもしれない。
     個人的に松井氏は監督には向いていないと思っている。細やかな野球は出来そうにない。監督は緻密で選手の調子の良し悪しを見抜く眼力と観察力に優れていなければ務まらない。松井氏はその素質に欠けている。打者出身だけに、打ち勝つ野球を掲げるかもしれないが、打線は所詮水もの。野球は投手力と守りが重要。畑違いのような気がする。

     今の巨人の窮地を救うには監督交代のカンフル剤が必要だが、歴代巨人軍の監督を見てもシーズン途中での休養は無い。たぶん今シーズン終了までは、球団社長やオーナーも我慢を重ねるが、原政権時代から3年連続でV逸となれば、監督交代は必至だ。

     記事作成:5月15日(月)~

    2017年6月 5日 (月)

    結構怖い私の体験実話

     かつて当ブログにて、2013年6月12日(水)付けで「ちょっと怖い話」を、2015年4月17日(金)には「超常現象~祟り~」というタイトルで記事を書いた。そこでは「怖い」話を随分してきた。特段オカルト好きな訳でもないし、まして心霊マニアなどでもない。
     今回はさらに輪をかけた「怖い話」をお送りしたい。5月22日時点で、全国で30℃を超える猛暑が続く中、納涼の意味合いもある。この手の話が苦手な方は、ここで退室願います。ではさっそくどうぞ!

     ① 私がこれまでに体験した怖すぎる実話

     1 真夏の午前零時過ぎ、寝苦しくて、近所の自販機にジュースを買いに行ったら、スー
      ツ姿のサラリーマン風の中年男がひとり、公園のブランコに座り、勢い良くスイングして
      いる場面を目撃した。一瞬見てはいけないものをみてしまった気がした・・・。

     2 大学4年生の夏、バイクで川越街道を走っていた時、交差点で信号停止していたら、
      横断歩道を渡っていた着物姿のおばあさんが、信号無視して交差点に進入してきた車
      にはねられ、宙を舞い、路面に叩きつけられる場面を目撃してしまった。反対車線側だ
      ったことと、当時、携帯など無かったので、なす術がなかった・・・。

     3 12月の寒い日の夜、バイクで実家に帰るため、勿来町から石川町方面に抜ける峠
      で、街灯など全く無い暗闇の中をヘッドライトだけを頼りに、寒さに耐えて山道を走行
      中、道路に転がっていた猫の轢死体の上をふん上って通過してしまった。怖くてミラー
      で確認できなかった。

     4 伊達政宗の800人なで斬りの現場となった「小手森城址」をひとりで訪ねた時、急勾
      配の石段を登っている時に、左の膝の裏の腱を痛めてしまった。しかし、その後、1年
      間に渡り、痛みが止まなかった。死霊の祟りか?探検気分で多くの村民が犠牲になっ
      た場所に足を踏み入れたばかりに罰が当たったとしか思えない。 

     5 大学生の頃、バイクで本宮にある「岩角山」を訪れた。しかも夕方で、そこは霊山だっ
      た。そんなことを知らずに、岩に刻まれた彫刻や不思議な仏像、奇岩群を見ようと軽い
      気持ちで訪れたのがまずかった。

     6 麓山公園の怪

     私はここで何度も不幸に見舞われた。それは児童文化会館や市民会館があった頃、つまり小学生時代には、庭のような場所で、しょっちゅうここで遊んでいた。しかし、当時、かくれんぼをしていた私は、慰霊塔の西側の禁断の場所に足を踏み入れてしまった。その階段を降りると、慰霊塔の出入口のドアになるが、その鍵穴から中を覗きこむと、多くの位牌と遺骨を入れる木箱、骨壷が見えたのだった。思わずぞっとしてその場から逃げたが、これは英霊たちへの冒涜にほかならない。祟られたとしか思えない出来事が私の身に降りかかった。まず、小4の頃、その公園の土手を自転車を引いてよじ登ろうとしたら、勢いが足りず、逆走して、自転車が倒れた瞬間に、スタンドの鋭利な部分で右足の肉を抉り取られた。大怪我をして病院に運び込まれて、7針を縫うことになった。また、今の中央図書館の東側にある神社の境内で、首吊り自殺があったと聞き、ぞっとした。
     不幸は足の怪我だけに留まらず、初めて出来た彼女との初デートをこの場所にしてしまい、曜日を間違えた私は、僅か1日で振られてしまった。 

     7 大学生の頃、北海道でアパート暮らしをしていた私。その夜、テレビで「UFO」特集を
      放送した。すると夜中に、急に金縛りに遭い、目を開けると、窓ガラスが、真昼のように
      光り輝き、眩しくなった。これはUFOが俺をさらいに来たと思った私だったが、金縛りで
      体が動かず、布団だけをかぶって「早く消えてくれ」と祈った。すると、その光はスーッと
      遠ざかり、金縛りもゆっくりと解けて行ったのだった。マジで怖い体験をした。

     8 やくざの子分がアパートに殴りこみに来た!

     これも大学の頃、休日に部屋でくつろいでいると、電話がかかってきて、ドスの利いたおっさんが「夕べはウチの若いもんを可愛がってくれたな」「今から行くから待っとれ!」と一方的に言われて切られた。ほどなくドアを激しくノックされ、開けてみると、見ず知らずの若者2人が息を切らして部屋の中に割り込んできた。俺の顔を見るなり、「こいつじゃねぇ」と言い放って退散していった。たぶん、昨夜、何かのトラブルで喧嘩して殴られた奴が、俺の名を語って、でたらめに俺のアパートと苗字を名乗ったと悟った。
     後から考えるとやくざっぽい輩だったので、いちゃもんをつけられたが、その後、何事も無くてほっとした。

     9 北海道からバイクで実家の郡山まで帰る際、観光しながら2泊3日で気長に帰ろうと
      して、松前町の海岸でテントを張って野宿をしていたら、夜中に急にヒグマの鳴き声が
      聞こえて来たときは、生きた心地がしなかった。その晩はほとんど眠れなかった。

    10 罰当たりなミステリースポット探検

     ① 炭鉱事故があった炭鉱を訪問 (北炭夕張・三菱夕張南鉱)
       1984年に100人以上が亡くなるガス突出事故が起きた。その翌年に訪問した。

     ② 万念寺のお菊人形・・・髪の毛が伸びる日本人形が祭られていた。

     ③ 滝ノ上

      単独ツーリングの途中、滝ノ上という地名の「竜仙峡」にある滝の写真を撮りたくて、たった一人で急勾配の斜面を降りたまでは良かったが、トンネルの下を激流が流れているのを見て、ビビリ、その後、降りてきた崖を見て絶句。帰りは登りきれるのか?ドキドキでトライしたら、途中で足が前に出なくなり、立ち往生。このままでは転落して死ぬ!と死を覚悟した瞬間、奇跡的にも脇に鎖綱を発見。これを掴んでなんとかよじ登って生還できた。まさに「命綱」で、天の助けだと思った。

    11 就職後、スキーを始めた私。天元台スキー場で一人乗りリフトに乗っていた時、終点
      でもないのに、前に乗っていたスキーヤーが忽然と姿を消したのだった。手袋を落とし
      そうになってバランスを崩し、そのまま5m下の雪の塊にどっぷり嵌まってしまっていた
      のだった。神隠しかと思った!

    12 三森峠の怪

     今でこそトンネルは大きな橋が開通し、郡山から猪苗代湖の湖畔(舟津)に行き易くなったが、ほんの20年前までは旧カーブが連続する大変な難所で、頂上付近に明かりもない真っ暗なトンネルがあった。私が会津に住んでいた時に、夜に何度もこの道を通って郡山に帰ったが、その時、人家もない峠のカーブに、一台ぽつんと放置されているような車が置き去りになっていた。どうしてこんなところに車が?どうみても無人。怖くて停車して確認できなかったが、ひょっとすると中で練炭自殺でもしているのでは・・・。

    13 小学生の頃、郡山市神明町にある神社の境内。その前にはなぜか滑り台が一個だ
      けある小公園。そこでかくれんぼをして遊んでいると、境内の神社の床下からヒゲを生
      やしたマントを着た髪もボサボサの男がのっそりと現れた。どうやら乞食が住み着いて
      いた。それ以来、私の友達は、その出入り口に向かって石を投げつけたり、不用意に
      呼びかけたり悪戯していた。そんな矢先、いきなり現れて、その男に追い掛け回された
      事件が起きた。どう考えても友達が悪い。

    14 天神浜の怪

     私はここの場所については、過去、当ブログで記載しているので、これ以上書きたくは無い。ぜひクリックしてご覧ください。

     「猪苗代湖に纏わる悲話」

     http://tsuri-ten.cocolog-nifty.com/blog/2015/07/post-a870.html

     さて、本当はこんなに長編にするつもりはなかったが、書いているうちにいろいろと思い出してつい、長くなってしまった。本当はこの後に、メインとなる「福島県で起きた衝撃事件」と「福島県の最恐オカルトスポット」、「郡山の最恐殺人現場」なる記事を書こうと思ったが、これだけでスペースが足りなくなってしまった。私くらいの年齢になると、いろいろな体験を積んでいるので、この手の数多く出てくる。これらの記事は、近いうち掲載したいと思うので、平気だという人はぜひご覧ください。

     記事作成:5月22日(月)   

    2017年6月 4日 (日)

    FCT・小野紗由利アナウンサー30

     FCTの若手女子アナウンサーの「小野紗由利」さんを応援する意味でこのシリーズ記事を始めたが、今日はその第30弾。
     では今回も、主に5月期の彼女の出演番組(ゴジてれChu!!とゴジてれ×SUN)の様子を画像で紹介したいと思う。今月は出演した回数が多いのに加え、私自身が仕事の都合で、編集に時間が費やせなくなったため、1回あたりの写真を2枚程度に減らし、ベストショットだけを掲載したいと思う。

      5月3日(水)

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      5月7日(日)ゴジてれ×SUN

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     5月10日(水)

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     5月12日(金) 「好きな女子アナNo.1」 番宣 

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     5月12日(金)好きな女子アナNo.1 本番 緊張しすぎ&衣装が一番安い!

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     5月14日(日)ゴジてれ×SUN 長江アナが友情出演

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     5月17日(水)小野アナ、髪の毛を切る

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     5月21日(日)ゴジてれ×SUN

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     5月24日(水)

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     5月28日(日)ゴジてれ×SUN

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     5月31日(水)

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      今月は、小野アナにどんな心境の変化があったのか、長かった黒髪の毛をバッサリ切ってしまった。でもショートヘアーもよく似合って若く見える。
     
     また、日テレの特番で全国のアナウンサーが終結したが、小野アナは新人時代、ド緊張してしまう性格と失敗迷場面、そして衣装代がもっとも安い女子アナとして選ばれた。この収録の衣装代は総合計でも9,800円という安さだった。理由は古着だからだった。

    2017年6月 3日 (土)

    念願のフラガールショーを満喫!

     「スパリゾートハワイアンズ」。旧名は「常磐ハワイアンセンター」。そこは私にとって因縁の曰くつきの場所だった。
     幼少の頃、プールで迷子になった私は、危うくプールに落ちそうになったところを近くにいた人に助けてもらったという出来事があったらしい。3~4歳の頃のことで、私は全く記憶に無い。また、平成初期、いわきの職場にいた時に、忘年会で訪れたことがあった。そして6年前にフラガールのロケ地を探訪した際に、無人の仮設ステージを見物しに建物を覗いたとき以来だった。

     その時の記事はコチラ
     http://tsuri-ten.cocolog-nifty.com/blog/2011/11/post-245b.html

     今回、6月1日(木)・2日(金)の両日、仕事で会議がこの場所であって、久し振りに訪れたのだが、私にとって「フラガール」の踊りを生で見るという長年の悲願がようやく叶った。今日はその模様を画像で紹介したい。

     夜の部のショーは、20:40から21:10まで連日レイトショーで行われているが、その日は強制的に二次会への出席を義務付けられ、途中、抜け出してちゃっかり見物したのだった。

     フラガールは私にとって憧れの存在だった。それは震災で「全国きずなキャラバン」を展開し、被災者たちを勇気づけ、義援金への感謝を伝えるものであった。

     当時の主要メンバーであるマルヒア由佳里さん(震災時リーダー)やソロダンサーのプアリリア樹さん、オーリノ苑未さん、モアナ梨江さんなどは引退されてしまったが、今も多くがメンバーとして残っていて、知り合いであるウイラニ綾華さんやロゼラニ幸恵さん、マカレア麻衣さん、レイピカケ水貴さんなどは未だに現役で頑張っている。

     私が見たのは21:00~21:30までの「ポリネシアン・グランドステージ」だった。

     前半は見過ごしたが、ハワイノ踊り、「負けないで」、体験コーナー(50人以上がステージ上へ)、ファイヤーナイフダンス、タヒチの踊りからメインの「オテア」、エンディングの「虹を」までだった。次回はいつ見られるかわからなかったため、100枚以上デジカメで撮影し、同時に動画撮影も実行した。

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     有料の予約席「プレミアムシート」(土日1,500円)の観客は、ショー終了後、フラガールと一緒に記念撮影が出来る時間があった。
     ところで、私の知り合いの大河原綾華さんは、「ウイラニ綾華」というソロネームを貰い、練習中の怪我で若干遅れたが、3月3日にソロデビューを果たしていた。
     私が見に行った時は、ソロでのダンスはなかったが、今や「レイピカケ水貴」さんと二枚看板(ツートップ)になった彼女のデビュー時の映像をリンクしてこの記事を閉じたい。

     3月3日の映像→ https://www.youtube.com/watch?v=aNMz8VdrWC4

     高校時代、高飛び込みの選手だった彼女は、度胸が素晴らしい。彼女の笑顔は癒しを与えてくれる。今ではリーダー格と言っても良いくらい、ダンシングチームの中でも欠かせない存在となった。

      時間が無くて、フラガールミュージーアムを見ることが出来なかったのは残念だった。

     記事作成:6月2日(金)

    2017年6月 2日 (金)

    今月の名切万里菜アナ②

     2017年3月で福島テレビを退社し、フリーアナウンサーが集う会社「ライムライト」に所属し、日本テレビのニュースキャスターに就任した名切万里菜アナ。福島県で2年間、「みんなのニュース」のキャスターとして親しまれた彼女。異動先でも活躍している姿を見れることは、福島県民として純粋に嬉しく思う。長崎県出身の彼女が、何のゆかりもない当地に赴任し、福島のニュースを伝えてくれたことに感謝すると共に、今後の活躍にエールを送る意味で、これからの彼女のキャスターとしての出演場面を伝えたくて、この記事を執筆することを決意した。

     今日は2017年5月の彼女の出演場面を紹介したい。

     5月4日(木)

     木曜日は彼女の集中出演日で、夜中の2:30から「日テレNEWS24」の「Pre-Dawn Update」に出演後、Yahoo!リンクのネットニュースに度々登場する。

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     その他のこの日のニュース(AM1:35~7:35)

    https://www.youtube.com/watch?v=0LDwXOhoGv8

    https://www.youtube.com/watch?v=_gdgVq6-zaw

    https://www.youtube.com/watch?v=X6JkC538HJU

    https://www.youtube.com/watch?v=cG06mYMQ5OA

     5月5日(金)15時45分~

    https://www.youtube.com/watch?v=RftA2y-N9pA

    https://www.youtube.com/watch?v=HJs6iA1UfkY

    https://www.youtube.com/watch?v=5f3FTRtrhy4

     5月11日(木) 

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    https://www.youtube.com/watch?v=EqeV0qL0wtk

     5月18日(木) 

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     5月25日(木)

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      さて、彼女が福島県を離れて約2か月、未だに彼女がいないことを受け入れたくない自分がいるが、新天地・東京でニュースのMCを懸命に伝えている姿を見て、安心しているのと、これからも健康に留意されて頑張って欲しいと思う。
     堅苦しいニュース報道のMCなので、緊張した面持ちが多い。FTV「みんなのニュース」のように、気象予報士・斎藤さんの横で笑顔で話していた彼女とは別人のようだ。私は名切さんの笑顔が好きだったので、少し残念だ。やはりニュース報道という特性上仕方ないのだが・・・。

    2017年6月 1日 (木)

    麗しの80年代

     バブル景気に湧いた1980年代。今では古き佳き時代だった。好景気に見舞われて、誰もが夢うつつで過ごした日々だったと思うが、私はその10年間、中学・高校・浪人・大学を過ごした。人生の過渡期を迎え、悩み多かった時代でもあったが、毎日が新鮮で元気があった。そんな夢のような時代にあって、80年代と言って思いつくものについて列挙したい。

     洋楽・・・TOTO、カルチャークラブ、マイケルジャクソン、ワム、USA for Africa、  
         JOURNEY、ボンジョヴィ、バン・ヘレン、シンディーローパー、ビリージョエル、
         ライオネルリッチー、スティービーワンダー、ダイアナロス、ホイットニーヒュースト
         ンなど多くのアーティストがこの時代を闊歩した。 

     平忠彦・・・日本が誇るGPライダー。真っ赤なスーツに身を包み、平モデルのフルフェイ
          スメットも流行した。峠にはライダースーツを纏った走り屋たちがハングオンでギ
          ンギンにコーナーを攻めていた。また、当時、レプリカと思えるオンロードバイク
          が市場に溢れた。RZ、VT、γ、GPZ、YZR、VFなどだ。空前のバイクブームだ
          った。その時代、ケニーロバーツ、フレディスペンサー、エディローソン、マモラ、
          ワインガードナーと、外国の強豪ライダーと互角に渡り合ったのが、福島県原町
          市出身の平忠彦だった。私も富士スピードウェイのスーパースプリントを見に行
          き、彼の走りを間近で見て、その速さに舌を巻いたものだった。

     86レビン・・・カローラの特別仕様車として発売され、FRのローリング可能なその軽快さ
            がウケて、幻の名車と呼ばれた。21世紀に入って復刻版が発売されるほど
            の人気を誇った。 

     スポーツカー・・・ソアラ、シルビア、フェアレディZ、RX-7、ロードスター、セリカXX、スカ
             イラインGT-R、プレリュード、180SX、MR-2、NSXなど当時の若者は、
             カッコいい車に乗りたくて仕事に励んだものだ。今の「車離れの現状を憂い
             ている。

     競馬ブーム・・・1980年代に流行したものに、競馬がある。その10年前にハイセイコー
             ブームがあったが、この頃から競馬場デートがトレンディーになった。その
             火付け役となったのが若き天才ジョッキーの武豊の登場と、最強サラブレ
             ッドの出現とそのライバルたちとの名勝負だった。若い女の子の黄色い歓
             声がスタジアムにこだまするようになった。柳葉敏郎と賀来千賀子のCMも
             良かった。
              この頃に人気をさらったのは、ミスターシービー、シンボリルドルフなど
             がいた。私が大好きだった皇帝ルドルフは、5冠馬で他を寄せ付けない強
             さでカツラギエースに次いで、ジャパンカップも制した。

     F1GPブーム・・・フジテレビが真夜中に中継を行った自動車レースの最高峰。それを支
              えた名レーサーがネルソンピケ、アランプロスト、ナイジェルマンセル、そ
              して「音速の貴公子」と呼ばれたアイルトン・セナだった。日本でも中島悟
              が日本人初のF1レーサーとなり、話題性もあってブームを巻き起こした。
              ホンダが参戦し、名門ウィリアムスとマクラーレンにエンジンを提供し、最
              強を誇った。
              そしてF1中継のテーマソングだった「T-Squre」の「The Truth」だった。ノ
              リノリの攻撃的なメロディーでドライブ中は聞かないほうがいい危険な曲と
              なった。

     オールナイトフジ・・・フジテレビで土曜日の夜中に放送していたこの番組で空前の「女子
              大生ブーム」を巻き起こした。おバカな印象もあったが、お色気たっぷり
              の各コーナーで大人気を博した。「おかわりシスターズ」「オールナイター
              ズ」で素人ながらレコード(当時はCDではなかった)デビューし、コンサー
              トも行った。終了時間が未定で、毎週バカ騒ぎだった。

     アイドルブーム・・・1980年代を物語るのに、真っ先に出るのが「アイドルブーム」だ。
               次から次と新しいアイドルがデビューしては消えていった。私は当ブログ
               でアイドルの記事をかなり書いているので、詳細は避けたいが、A級ア
               イドルとして生き残れるのは僅かで、多数はベストテンに入れないB級
               アイドルが多かった。なぜか血液型B型とO型のアイドルが多かった。
               B型・・・南野陽子、酒井法子、松本典子、芳本美代子、河合その子
                    吹田明日香、伊藤美紀、菊池桃子、本田理沙、掘ちえみ、
                    伊藤さやか、 

               O型・・・岡本舞子、原真佑美、島田奈美、西村知美、伊藤つかさ

     夕やけニャンニャン(おニャン子クラブ)

              オールナイトフジの特別企画で女子高生版を放送して、ここから火がつい
              た。平日の夕方5時から1時間、フジテレビで放送した。部活動の延長的
              なコンセプトで、アイドルを探せ!という公開オーディションで、素人の高
              校生がスターになっていった。新田恵利、河合その子、吉沢秋絵、福永
              恵規、高井麻巳子、岩井由紀子、渡辺美奈代、渡辺満里奈、工藤静香ら
              がソロデビューを果たし、うしろゆびさされ組、ニャンギラス、うしろ髪ひか
              れ隊などのユニットもCDデビューした。

              今のAKBグループの礎とも言える。

     ファミリーコンピューター

             私は一度もやったことがない。マリオブラザーズシリーズが空前の大ヒット
             一家に一台はあったと思う。様々なアクションゲームやロールプレイなど
             カセットを入れ替えるだけで多くのゲームを楽しめた。卓上式の任天堂DS
             やスーパーファミコン、プレステなど続々登場した。

      動物キャラクター・・・音楽を聴く猿、ウーパールーパー、エリマキトカゲ、なめ猫

     ツッパリブーム・・・学校崩壊とか家庭内暴力などが流行った。街角には短ランや長ラ
              ン、そりを入れたリーゼント、ぺちゃんこカバン、スケバン風の長いスカー
              トにくるくるパーマなどのツッパリブームが沸き起こった。そして「横浜銀
              蠅」が登場し、「つっぱりHighschool Rock'n Roll」などがヒットした。

     聖子ちゃんカット・・・80年代アイドルブームの頂点に君臨した松田聖子。彼女は「ぶりっ
               子」キャラで一世を風靡したが、彼女の髪型を真似する中高生が溢れ
               た。ショートレイヤーで内側巻きのカットで、「聖子ちゃんカット」と呼ば
               れ、若い女性は一度はやったことがあると思う。

     映画・・・ゴーストバスターズ、E・T、ブッシュマン、エレファントマン、13日の金曜日,、霊
          幻道士などが流行した。 

     漫才ブーム・・・過去、何度か漫才ブームが湧き上がっているが、この時代は第二次漫
            才ブームと呼ばれる。「オレたちひょうきん族」に代表されるように、若手の漫
            才ユニットが続々登場した。
             「やすきよ」「のりおよしお」「B&B」「ツービート」「紳助竜助」「コントレオナ
             ルド」「コント赤信号」「星セントルイス」「ザ・ぼんち」などが毎日のように出
             演し、お茶の間に笑いを提供した。

     これ以外にも、プールバー、ランバダ、おしん、巨大迷路、笑っていいとも、竹の子族などがこの時代の代表だろう。JRの民営化、PC発売、テレカブーム、土地の高騰、ノーパン喫茶、マハラジャ、ジュリアナ東京(お立ち台)、愛人バンク、キャプテン翼、スケボーブームなどがこの時代を彩った。

     今から30年以上も前の出来事になったが、当時、学生だった私は、豊かな時代で飽食だった。様々な文化に触れ、感化されたことが多々あった。北海道に憧れ、バイクに乗っていたし、多くの趣味に首を突っ込んだ。いずれも物にはならなかったが、今の自分があるのは、浮き沈みがあったが、このような古き佳き時代を経験したからだと思う。

     記事作成:5月14日(日)  

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