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2017年6月

2017年6月30日 (金)

2017年6月期のCMベスト5

 一昨年から2か月に一度ずつお送りして来た、その時期に流行ったり、何度も繰り返し放送され、注目を浴びた見慣れたCMを特集して掲載しているこの記事。しかし、あまりにも秀作が多いため、昨年からは毎月末に傑作CMを紹介しています。今回もこの6月に放送されたCMから気に入っているCMを5作品お送りします。

 1位 JRA  高畑充希 右回りと左回り

 2位 【高橋ひかる CM】大鵬薬品 チオビタ・ドリンク 「チオビタと素顔」仲直り篇   

 3位 ありがとうの新幹線

新幹線YEAR2017、四季を駆け抜ける新幹線のカッコいい動画をぜひご覧ください!!

【新幹線開業年月日】
秋田新幹線(東京~秋田) 開業20周年 1997年3月22日
東北新幹線(大宮~盛岡) 開業35周年 1982年6月23日
山形新幹線(東京~山形) 開業25周年 1992年7月1日
北陸新幹線(東京~長野) 開業20周年 1997年10月1日
上越新幹線(大宮~新潟) 開業35周年 1982年11月15日
東北新幹線(盛岡~八戸) 開業15周年 2002年12月1日

いいなCM JR東海 東海道新幹線 開業50周年 東京駅出発式   

 鉄道ファンならっずとも、このような壮大なスケールのCMを目の当たりにすると、感動してJRに就職したくなる。旅や出張のお手伝い。社会貢献していることを肌で実感できる仕事のように思えてしまう。

 私が好きなCMはコレ

 https://www.youtube.com/watch?v=EHUGrxWj7j0

 4位  積水ハウス の犬のCM  「また、ここで・・・」篇 永野芽郁   

 以前もこのCMをランクインさせたが、感動的な名作だと思う。ペットの犬も大切な家族の一員で、同じ歳月を重ね、いつしか年老いていることを物語る秀作だ。

 5位 思わず涙する・・主人を飲酒運転で亡くした柴犬のCM

         

 福岡の柴犬(こゆき)のお話です。
柴犬がいつもの散歩道を寂しそうに歩く姿に涙します。
飲酒運転もドラッグも同じ!
やめよう飲酒運転!

 忠犬ハチ公のようなストーリーに思わず目頭が熱くなる。

 飲酒運転撲滅CM 第二弾

 飲酒運転撲滅CM こゆき 第三弾   

 記事作成:6月中

2017年6月25日 (日)

私がお参りした有名人の墓

 生前会うことのできなかった方々に近づくには、歴史書や自伝を読むこともそうだが、その歴史の現場となった場所を訪ねて歩くことが手っ取り早い。しかし、大偉業や歴史に名を轟かせた偉人たちを偲ぶことが何よりの供養であり、思いを馳せるには近道だ。
 私は旅の先々で、こうした有名人たちの墓参りを実施してきた。今日ままず、それを題材にしたい。

 ~私がお参りした歴史上の人物のお墓~

 1 近藤勇・・・新撰組組長 会津若松市天寧寺 過去2度お参りした。

 2 正宗・・・ 天下の名刀「正宗」を生んだ刀鍛冶職人 鎌倉大覚寺にお墓がある

 3 中野竹子・・・薙刀の名手で、会津戊辰戦争で活躍した 坂下の法界寺にある

 4 佐々只三郎・・・坂本龍馬を暗殺したと言われる 京都見回り組 会津武家屋敷内

 5 西郷頼母・千恵子・・・会津藩の筆頭国家老で会津戊辰戦争で中心的役割を果たし
              た。妻の千恵子は、西郷頼母邸で身内21人と共に自刃した。

 6 萱野権兵衛・・・会津戊辰戦争の家老で、戦争責任を一手に背負い切腹 天寧寺

 7 松平容保・・・会津藩最後の君主 松平家御廟にある

 8 白虎隊士・・・自刃した飯盛山に眠っている 唯一生き残った飯盛貞吉も分骨された

 9 二本松少年隊士・・・二本松市の大隣寺に墓がある

 ~私がお参りした芸能人・スポーツアスリートの墓~

 1 天知茂・・・明智小五郎役として一世を風靡した。知性とニヒルさに長けていた

 2 石原裕次郎…日活の大スターで「太陽にほえろ」や「西部警察」のボス役 

 3 坂井泉水・・・ZARDのヴォーカル 2007年5月に不慮の死を遂げた 墓の場所は秘密

 4 円谷幸吉・・・1964年東京五輪の男子マラソン銅メダリスト 郷土の誇り

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 死ぬまでにお参りしたい有名人

 1 乃木希典・・・日露戦争時の陸軍大将 明治天皇崩御の際に夫人と共に自決

 2 三島由紀夫・・・作家だったが、革命を起こそうと自衛隊員に決起を呼びかけ自決

 3 福沢諭吉・・・私の大学の創始者 学問のすゝめの著者 

 4 諸葛孔明・・・三国志の英雄にして名軍師 「三顧の礼」「水魚の交わり」 

 5 手塚治虫・・・漫画の神様 ブラックジャック、ジャングル大帝レオ

 6 土方歳三・・・新撰組副長 会津のために戦い、函館戦争に参戦して戦死した

 7 山本五十六・・・連合艦隊の総司令官 

 8 赤穂浪士四十七士・・・忠臣蔵の英雄 泉岳寺に眠っている

 9 いかりや長介・・・ザ・ドリフターズのリーダー

10 尾崎豊・・・カリスマシンガー 若くして謎の怪死を遂げた

11 美空ひばり・・・戦後の銀幕のスター 数多くの伝説を残した

12 テレサ・テン・・・時の流れに身をまかせ、愛人、つぐないなど日本で活躍した台湾人歌手

13 村下孝蔵・・・ギターの弾き語りで「初恋」「踊り子」「少女」など名曲を生んだ

14 河島英伍・・・ギターやピアノの弾き語り 男臭さが滲み出た

15 高倉健・・・孤高の名優 「網走番外地」「幸福の黄色いハンカチ」「駅」「鉄道員」

16 津田恒美・・・広島カープの守護神 炎のストッパーと呼ばれた 脳腫瘍で若くして亡くなった

17 シンボリルドルフ・・・1980年代に活躍した最強馬 トーカイテイオーの父

18 オグリキャップ・・・奇跡の名馬 引退レースの有馬記念で伝説を残した

19 田中好子・・・キャンディーズの元メンバー 解散後は女優として復帰した

20 夏目雅子・・・未だに語り継がれる名女優 「鬼龍院花子の生涯」の演技は圧巻

21 河島英五・・・男臭い歌が良く似合う「酒と泪と男と女」「時代おくれ」「野風増」

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 私が思う往年の名優30人

 1 高倉健          16 森繁久彌      31 牟田悌三
 2 石原裕次郎       17 志村喬        32 岡田英次
 3 天知茂          18 芦田伸介      33 荒井柱
 4 萬屋錦之助       19 三国連太郎     34 若山富三郎
 5 渥美清          20 原田芳雄      35 根津甚八
 6 勝新太郎         21 長谷川一夫     36 夏夕介 
 7 大滝秀治         22 上原謙        37 荻島真一
 8 松田優作         23 加藤嘉        38 田村高廣
 9 緒形拳          24 宇津井健      39 川口浩
10 夏八木勲         25 竹脇無我      40 松山英太郎
11 丹波哲郎         26 蟹江敬三      41 和田浩二
12 小林桂樹         27 川谷拓三      42 中条静雄
13 菅原文太         28 名古屋章      43 大川橋蔵
14 二谷英明         29 松方弘樹      44 赤木圭一郎 
15 笠智 衆         30 小林昭二      45 本郷功次郎 

   記事作成:5月23日(火)

2017年6月23日 (金)

野球の話題

 今回も野球の話題をお送りします。プロ野球ファンを45年もやっていると、人間生き字引みたいなところがある。特に学生時代の頃の豆や旧知識は相当なもので、古き佳き時代の余韻に浸りたい面がある。そこで今日は、いくつかのテーマをごちゃ混ぜにしてその一端を披露したいと思います。

 1.「プロ野球選手の形容詞・代名詞・ニックネーム・異名」

 1 「エースのジョー」 ・・・・・・・  城之内邦雄
 2 「怪童」・・・・・・・・・・・・・・・・・ 中西太 尾崎行雄
 3 「8時半の男」・・・・・・・・・・・  宮田征典
 4 「打撃の神様」「赤バット」・・  川上哲治
 5 「鉄腕」・・・・・・・・・・・・・・・・・ 稲尾和久
 6 「フラミンゴ(一本足)打法」・ 王 貞治
 7 「月見草」・・・・・・・・・・・・・・・ 野村克也
 8 「安打製造機」・・・・・・・・・・・ 張本 勲
 9 「物干し竿」・・・・・・・・・・・・・  藤村二三男
10 「青バット」・・・・・・・・・・・・・・ 大下 弘
11 「草魂」・・・・・・・・・・・・・・・・・ 鈴木啓示
12 「悪太郎」・・・・・・・・・・・・・・・ 堀内恒夫
13 「ミスター赤ヘル」・・・・・・・・  山本浩二
14 「鉄人」・・・・・・・・・・・・・・・・・ 衣笠祥雄
15 「世界の盗塁王」「韋駄天」・ 福本 豊
16 「ザトペッグ投法」・・・・・・・・  村山 実
17 「ミスター」・・・・・・・・・・・・・・  長嶋茂雄
18 「牛若丸」・・・・・・・・・・・・・・・ 吉田義男 
19 「親分」・・・・・・・・・・・・・・・・・ 大沢啓治
20 「カミソリシュート」・・・・・・・・ 平松政次
21 「一発病」「怪物」・・・・・・・・・ 江川 卓
22 「塁間の青い稲妻」・・・・・・・ 松本匡史
23 「赤手袋」・・・・・・・・・・・・・・・ 柴田 勲
24 「オレ流」・・・・・・・・・・・・・・・ 落合博満
25 「ドカベン」・・・・・・・・・・・・・・ 香川伸行
26 「マサカリ投法」・・・・・・・・・・ 村田兆治
27 「カリブの怪人」・・・・・・・・・・ デストラーデ
28 「赤鬼」・・・・・・・・・・・・・・・・・ マニエル
29 「不惑の大砲」・・・・・・・・・・・ 門田博光
30 「フォークの神様」・・・・・・・・ 杉下 茂
31 「小さな大打者」・・・・・・・・・  若松 勉
32 「ファール男」・・・・・・・・・・・  高田 繁
33 「ヤッターマン」「絶好調男」・ 中畑 清
34 「若大将」・・・・・・・・・・・・・・・ 原 辰徳
35 「番長」「無冠の帝王」・・・・・ 清原和博
36 「デーブ」・・・・・・・・・・・・・・・ 大久保博元
37 「パンチ」・・・・・・・・・・・・・・・ 佐藤和弘
38 「雑草魂」・・・・・・・・・・・・・・・ 上原浩治
39 「曲者」・・・・・・・・・・・・・・・・・ 元木大介
40 「球界の春団治」・・・・・・・・・ 川藤幸三
41 「コンニャク打法」・・・・・・・・  梨田昌孝
42 「サブマリン投法」・・・・・・・・ 山田久志
43 「ミスタードラゴンズ」・・・・・・ 立浪和義
44 「ピッカリ投法」・・・・・・・・・・  佐野慈紀
45 「優勝請負人」・・・・・・・・・・   工藤公康
46 「ゴジラ」・・・・・・・・・・・・・・・   松井秀喜
47 「赤ゴジラ」・・・・・・・・・・・・・   嶋 重宣
48 「平成の怪物」・・・・・・・・・・   松坂大輔 
49 「満塁男」・・・・・・・・・・・・・・   駒田徳広
50 「ブンブン丸」・・・・・・・・・・・   池山隆寛
51 「振り子打法」・・・・・・・・・・・  イチロー
52 「ドクターK」「トルネード投法」・野茂英雄
53 「ハマの大魔神」・・・・・・・・    佐々木主浩
54 「いてまえ打線」・・・・・・・・・・  近 鉄
55 「ジョニー」・・・・・・・・・・・・・・  黒木知宏
56 「ID野球」・・・・・・・・・・・・・・・  野村克也 
57 「おかわり君」・・・・・・・・・・・・ 中村剛也
58 「ガッツ」・・・・・・・・・・・・・・・・  小笠原道大
59 「代打の神様」・・・・・・・・・・・  矢木 裕
60 「ハマの番長」・・・・・・・・・・・  三浦大輔
61 「ハンカチ王子」・・・・・・・・・   齋藤佑樹
62 「アニキ」・・・・・・・・・・・・・・・   金本知憲
63 「JFK」・・・・・・・・・・・・・・・・    ウィリアムス・藤川球児・久保田智之
64 「二刀流」・・・・・・・・・・・・・・    大谷翔平
65 「炎のストッパー」・・・・・・・・   津田恒美
66 「ギャオス」・・・・・・・・・・・・・  内藤尚行

 2.プロ入り後、打者転向した選手

 プロ野球選手はセンスがものを言う。投手でありながらバッティングが秀逸した選手は五万といた。高校野球では「エースで4番」はザラで、桑田や前田はバッターとしても十分やっていける抜群の野球センスを持っていた。

 王 貞治 高校2年の選抜大会で早実のエースとして全国制覇 その後世界一に
 柴田 勲 俊足巧打のスイッチヒッターだが、法政二高では優勝投手
 愛甲 猛  決勝で1年生エースの大輔と投げあい無失点記録を砕き、優勝した横浜の
        エース。投手としてロッテに入り、その後、打者転向 
 西田真二 PL学園で優勝投手になったが、広島入団後、打者として活躍した
 堂林翔太 中京大中京時代は日本文理と死闘を繰り広げた時のエース
 吉岡雄二 帝京高校ではエースで4番 甲子園優勝投手 高校通算51本塁打
 糸井嘉男  近畿大学では4年次、エースで春季5勝負けなしでMVPを獲得 日本ハム
  高井雄平  東北高校時代には、「高校ナンバー1の左腕投手」として、日本はもとよりメジ
       ャーリーグ球団のスカウトからも注目された。ヤクルト入団後、打者転向
  石井琢朗  足利工業高校時代は1年時から背番号1を背負い、2年時に夏の甲子園に
        投手として出場した。横浜・広島では打者として活躍した。
 嶋 重宣 東北高校では、投手として2年春の第65回選抜高等学校野球大会と夏の第
       75回全国高等学校野球選手権大会、3年春の第66回選抜高等学校野球大会
       と、3度甲子園に出場した。高校通算では28本塁打を記録している。
       広島入団後、打者に転向した。
 仁村 徹  上尾高校の右下手投げのエース投手として夏の甲子園に出場。東洋大学で
       は投手として通算75試合登板し29勝19敗、防御率2.12、155奪三振。3年生春
       は8勝2敗でチームの優勝に貢献し、最高殊勲選手、最優秀投手、ベストナイ
       ンを受賞する。大学野球選手権では、決勝で法政大学に敗れ準優勝に終わ
       る。3年生秋は6勝2敗で最優秀投手、ベストナインを受賞する。
       これほどの実績があっても中日入団後は投手としては1試合登板のみで二塁
       手に転向した。
 畠山 準 池田高校ではエースとして全国制覇。水野のひとつ上。南海では5勝を挙げ
       たものの、1988年に投球フォーム改造を失敗した影響で腰を痛めたため、打
       者に転向。その後、横浜に移籍した。

 ほかにも 三浦貴(西武)、安達智次郎(阪神)、寺本四郎(ロッテ)、織田淳哉(巨人)、
大久保美智男(広島)、片平哲也(広島)、上原厚司郎(西武)、大越基(ソフトバンク)、
遠山昭冶(阪神)、上田佳範(中日)などがいる。

 記事作成:6月14日(水)

2017年6月22日 (木)

名球会入りした選手の1年目

 今年のプロ野球界は記録ラッシュ。6月12日(月)現在で、中日の荒木とメジャーの青木が2,000本安打を達成した。さらにロッテの福浦、巨人の阿部、ソフトバンクの内川、阪神の鳥谷が今季中に2,000本安打に到達するのは間違いないところだ。
 打者の勲章とも言える2,000本安打。レギュラー定着し、100安打を20年続けないとクリアできない一流選手の証だ。
 
 一方、今季、投手で200勝を達成できそうな選手は残念ながらいない。巨人の杉内があと8勝で150勝だが、一軍登録もされておらず厳しい数字だ。また石川が152勝して今シーズンに臨んだが、あと4年以上かかりそうだ。

 このように名球会に入ることはプロ野球選手として名誉なことだが、必ずしもルーキーイヤーから活躍できた訳ではない。世界のホームラン王だった王貞治氏も入団一年目は僅か31安打で本塁打数は7。順風スタートだったわけではなく、打撃コーチだった故・荒川氏と二人三脚で打撃改造に取り組み、その後の成功に至った。ほかにも好不調の波があっただろうし、故障や怪我で休養を余儀なくされた選手も数多い。そこで今回の記事は打者なら2,000本安打、投手は200勝以上、記録した名選手の1年目の成績を取り上げたい。
 なお、全員紹介すると容量オーバーするので平成以降に達成した選手限定としたい。

 打者編 
                          1年目の成績                                  
        通算安打    出場試合  安打  本塁打  打点  打率    

イチロー    4308       40     24    0     5   .253
金本知憲   2539       5      0     0     0   .000 大卒
立浪和義   2480      110     75    4    18   .223 
石井琢朗   2432       17     2     0     0   .400 5打数2安打 
落合博満   2371               36     15    2     7   .234 ノンプロ出身
稲葉篤紀   2167       67     66    8    40   .307 
秋山幸二   2157        3      1    0     0   .200
宮本慎也   2133       67     11    0     4   .220
清原和博   2122      126    123        31    78     .304
小笠原道大  2120       44     94    21     7       .223入団時は捕手
前田智徳   2119       56     11    0     5   .256
谷繁元信   2108       80     27    3    10   .175 
中村紀洋   2101       11     6     2      5     .222
古田敦也   2097      106    70     3     26    .250   大卒  
松井稼頭央  2068       69     45    2     15     .221  
和田一浩   2050        17     4     0          2    .190 
小久保裕紀  2041       78     38        6     20    .215
野村謙二郎  2020       88     39    0     12       .258
田中幸雄   2012       14      4    1     4     .148
駒田徳広   2006       86     52   12     47   .286 

 2017シーズン時、現役選手イチロー、松井は2016年シーズン終了時点での通算記録を記載した。もちろん現役の荒木も今回は割愛したい。
 見てわかるように、入団1年目のルーキーイヤーには後の超一流選手と言えども、プロの壁にぶつかり、試合出場すらままならなかった。まして高卒ルーキーは、ファームで怪我をしない体作りから始まる。
 清原、松井、野茂、上原、松坂は別格として、それ以外は皆、下積みをしている。

投手編                       1年目の成績
        通算勝利数  登板数   勝   敗    S  奪三振   防御率

 工藤公康   224     27     1    1    0   29     3.41
 山本  昌   219      1     0    0    0    2    27.00

 平成以降、200勝投手が極端に少ない。これは完全分業制が進み、先発完投型が少なくなったためで、先発投手の登板数は1シーズン30試合未満のため、最多勝でも15勝前後。これでは勝ち星を200個積み上げるのは難しい。15勝を14年連続続けてやっと届く数字だ。

 さて、見てきたように、名球会に名を刻んだ名選手ですら、ルーキーイヤーや2年目くらいまでは芽が出ず、下積みをしていることがわかる。大卒でもノンプロ上がりでも、1年目からプロのスピードについていって実績を上げる選手は思いのほか少ないことが理解できる。
 やはり才能だけではダメで、地道な努力があってこその成功である。見てみると、大卒やノンプロ出身者は、高卒に比べて4~6年程度プロ入りが遅れる分、現役生活が少なくなる。22歳から40歳までやったとして19年間だ。毎年、怪我無くコンスタントに試合に出場して100安打を19年続けてもまだ届かないし、投手の場合は打者に比べて、肩や肘に故障を抱えやすく、選手寿命が短い。普通に考えて38歳で引退して16年程度だ。投手で名球会に入る選手が少ないのはそのためだ。中には工藤や山本のように50歳まで現役を貫く選手もいないことはないが・・・。16年間の現役でもプロ野球選手としては成功したほうだ。2年目まで芽が出なかったとして、15勝を残りの14年連続で続けた投手は、平成以降はいない。だとしたら、今後は200勝投手など出ないのではないか?という危惧さえ浮かぶ。
 あの甲子園を賑わした桑田真澄(173勝)でも到達できなかったし、松坂大輔ですら厳しい。怪物と言われた江川は巨人命を貫いた挙句に選手寿命を縮めた。巨人のエースだった齋藤雅樹も180勝止まり。
 現役選手でもっとも200勝に近いのはヤクルトの石川雅規だが、2016年終了時点で156勝。37歳であることを考え、今季のヤクルトの大低迷を見れば、10勝するのは厳しく、41歳までそれを続けるのは正直困難だ。
 また、故障続きの巨人・杉内は142勝。到底及びそうにない。 

 したがって、現代野球において、「名球会」に入ることは、ほんの氷山の一角と言えるだろう。
 今回の記事を見れば、超一流選手が、1年目から順風満帆なスタートを切っていないことがわかる。練習を重ね、同じチーム内で凌ぎを削ってポジションを獲得し、コンスタントに試合に出続けて実績を積まないと到底たどり着けない記録だと認識できる。
 ドラフト何位であろうが、実力がものいうのがプロの世界。ぜひ切磋琢磨し、心と体、そして技を磨き、記録にも記憶にも残る選手になってほしいものだ。

  記事作成:6月14日(水)~

    


 

2017年6月19日 (月)

福島県の宝

 日本の都道府県で3番目の面積を誇る福島県は、観光資源に事欠かない。浜通り・中通り・会津と縦に3地方に分かれ、それぞれに特色がある。
 しかし、2011年の東日本大震災の大津波の影響で東京電力福島第一原子力発電所で爆発事故が起き、放射性物質拡散被害によって我々の生活は一変した。
 あれから6年、私たちの生活は少しずつかつてを取り戻しつつあるが、未だに立ち入りを制限されたり、通行を規制される場所も多い。復興と言う言葉だけが独り歩きしているが、除染によってフレコンバッグと呼ばれる真っ黒な大きな袋が、あちこちに点在する始末。
 しかし、私た県民は風評被害にもひるまずおののくこともない。昔の生活を取り戻すために前進あるのみだ。
 ぜひ皆さんも、ご支援をお願いしたい。そういう意味で、福島県の宝というタイトルの記事を書いて、名所や名産などをPRしたい決意だ。

 1 磐梯山と猪苗代湖・・・青空の時に湖に映える磐梯山 まさに天鏡!
                 冬にはしぶき氷が名物 裏磐梯は山体崩壊が顕著

 2 大内宿・・・江戸時代にタイムスリップしたかのような茅葺屋根の民宿通り
          長ネギ一本で食べる高遠そばが名物 「美人専用」のベンチがある

 3 金賞5年連続日本一の地酒・・・清冽な水と酒米のコラボで名酒がズラリ!

 4 フラガール・・・スパリゾートハワイアンズのダンシングチーム 全国きずなキャラバン

 5 安達太良山の紅葉・・・ゴンドラで楽しめる 夏はイルミネーションが綺麗

 6 尾瀬・・・群馬県との県境にある尾瀬 水芭蕉の里

 7 会津藩士と鶴ヶ城・・・幕末に起きた戊辰戦争で悲劇の舞台となった
                新撰組の足跡を辿り、会津藩士の生き様を学ぶ土地柄

 8 会津の農法・・・世界遺産に申請したいほどの古来からの卓越した農法

 9 安積疎水・・・国家事業で行われた干害対策工事 久留米から移植し従事した

10 滝桜・・・三春町にある日本「三大桜」 その子孫が全国に散らばっている 

11 花見山公園・・・春には大勢の観光客で賑わう。

12 喜多方蔵の街とラーメン 蔵の造りの馬車が走る 古い町並みとラーメンが名物

13 左下観音堂・・・会津美里町にある岩に沿って建てられた舞台造りの建造物

14 相馬野馬追・・・クライマックスの御神旗争奪戦がハイライト 勇壮な時代絵巻 

15 小名浜大花火大会・・・小名浜港で夏に繰り広げられる花火 海面に映える様は圧巻

16 名湯・・・土湯・飯坂・東山・野地・磐梯熱海・岳・芦ノ牧・常磐湯本・中の沢など温泉三
       昧

17 スキー&スノボパラダイス・・・磐梯山周辺には多くのスキー場が点在する

 <珍スポット>

 三春・遊郭跡・・・城下町だった三春の片隅に遊郭だった建物跡が密集している

 UFOの里・・・UFOで町おこし 町中いたるところに宇宙人 石焼きラーメンが名物

 原町無線塔跡・・・昭和56年まであった200mを超える大無線塔

 相馬百尺観音・・・製作途中で、今は上半身しか完成していない

 <福島が誇る偉人>

 円谷英二・・・ウルトラマン・ゴジラの生みの親 須賀川市出身

 円谷幸吉・・・東京五輪男子マラソン銅メダル 期待が重圧となって自ら命を絶った

 野口英世・・・黄熱病の研究に生涯を捧げた 南米やアフリカでは英雄 

 ディーン・フジオカ・・・須賀川市出身でアジアで活躍中 イケメンだけでなく多芸

 ほかにも春日八郎や俳優の西田敏行らがいる。

 <ホラースポット>

 雪割橋(西郷村)・・・自殺の名所 中島村の村長もここで自ら命を絶った

 お化けペンション(翁島)いろいろな噂が飛び交う廃ペンション 稲川淳二も訪ねた

 蓬莱橋(福島市)・・・投身自殺の名所

 西向ロッジ(箕輪スキー場近く)・・・廃墟となって放置されている全国一のホラースポット

 黒塚・・・二本松市安達ケ原にある鬼婆伝説発祥の地 

 さて、好き放題書き綴ったが、全国の方々の観光なくして、真の復興は成し得ないと考えている。ぜひ、我が福島県を訪れて、福島の良さに触れて感じてほしい。

 記事作成:6月6日(火)~

2017年6月18日 (日)

開成山屋内プール工事進捗リポート(6月18日現在)

 来月下旬オープン予定の「郡山しんきん開成山屋内水泳場」。地元の金融機関である「郡山信用金庫」が命名権を年額210万円で取得し、オープンイヤーはこのようなネーミングとなった。
 過去、三度、当ブログにてこのプールについて工事の進捗状況レポートを掲載してきたが、一ヶ月前になり、ほぼ施設が完成し、オープンを待つだけになったこの日、最後のレポートを行うべく取材を行った。実は5日前から風邪をこじらせ、最悪の体調だったが、次第に記事の在庫を使い果たしてきたため、病に鞭打って出かけてみた。

 6月18日(日)現在の模様をどうぞ!

  7:05に自宅を出て、トライアル経由で開成山球場入り口へ。通常ならそこで車止めの柵があるのだが、この日は中まで入れてサブトラックの脇に駐車。
 10分間で一周。昨日までの晴天青空とは異なり、白い雲に覆われイマイチコントラストがはっきりしない。

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 前回と異なるのは、工事用の柵や足場は取り払われ、全貌が明らかに。思ったよりも大きい。建物周辺のエクステリアの工事を残すのみで、本体はほぼ完成していた。

 ここは、市民待望の50m(長水路)と可動式の25m(短水路)の2つのプール+640席のスタンドを収容した本格的な室内プール。平成7年の国体でも屋内のプールがなく、カルチャーパークスタンドに仮設の観客席を設けて大会を実施した経緯がある。したがって長水路の屋内プール実現は県民の悲願でもあった。
 奇しくも、震災があった2011年以降、放射線被害によって、屋外でスポーツを自粛を余儀なくされた子供たちの運動能力低下を懸念し、国が災害復興にと義捐金などを配分。議員や水泳連盟の働きかけや陳情を重ね、設計にこぎつけ、昨年から着工。途中で品川市長が、大手ゼネコンから市内の工事業者への発注を地元企業に変更指示したことで、4月オープンの予定だったのに、工事が大幅に遅れた。大手ゼネコンでなければ、屋根のR形状の施工が不可能といわれていたためで、設計からやり直したようで、紆余曲折の末に、ようやく7月にオープンを迎えることとなる。
 当初は、子供たちの体力増進だけの目的で、大会等は一切行わない予定だったが、再三再四に渡る陳情での末、大会開催はもとより、当初計画にはなかった観客席の設置、電光掲示板設置もGOサインが出た。
                                                                                                               
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 南側のガラス面から見ると、どうやらプールに水が入っていた。内側の広さは窺い知ることは出来なかった。

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 しかしながら、もったいないのは、水泳場の西側の空きスペース。車なら300台は駐車できそうな場所がありながら、ここに植栽するという。ただでさえ、総合体育館や野球場、陸上競技場など多くのスポーツ施設が密集し、小中高の体育大会が開かれる土地柄なのに、駐車場が少ないと前から問題になっていた。
 なのに、それを解消する絶好の空きスペースがあるのに、なぜかここを駐車場にしないのか?市の役人や市長はこうした実情をきちんと把握しているのか?

 聞いたところによれば、福島県内が夏休みに入る7月22日(土)がオープン日らしい。そして、その杮落としの大会として、7月29日(土)30日(日)に開催される予定の「福島県総合体育大会水泳競技」を開催できるよう調整を図っているようだ。なんでも今年の県総体は会津が会場だったが、南東北インターハイ開催に伴い、宿の確保が出来ないとの理由で、郡山開催に変更になったようだ。となれば、県内の小中高の県大会レベルの大会はすべてここで行われるようになるのではないか?県の中央にあるという立地条件や宿泊の面でも融通が利く。

  いずれにせよ、間違いなく来月下旬、つまりあと一か月後の7月22日(土)にはオープンする。気になるのは入場料だが、ボイラーや照明など維持費が相当かさむのは間違いない。屋外プール時代のような子ども一回80円というわけには行かず、同じ市の施設であるユラックス熱海の屋内プールが1回500円ということを踏まえれば、大人500円、小中校生は400円が妥当なところではないのか・・・。

  後日、入場料が正式に決定された。

 一般(大人)600円、高校生400円、小中学生300円

 大人が高すぎ。プールに入らなくても観客席で見学するだけでも同額かかる。

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 参考資料

 https://www.city.koriyama.fukushima.jp/162000/sports/okunaisuieijou.html

  バス停案内

 https://togetter.com/li/1107349

 記事作成:6月18日(日)

 

2017年6月15日 (木)

アノCM曲を歌っている無名シンガー

 私の好きな歌のジャンルにCM曲がある。あまりカラオケでも歌われないが、私はこのあまり日が当たらないが、どこかで聞いたことがある節で頭に残るCMが大好きだ。
 今日は日本人なら絶対に聞き覚えがある名曲なのに、歌っているのは誰だかよくわからないケースにスポットを当てて、このシンガーが何のCM曲で有名なのかを考えてほしい。イントロや下りはわからなくてもサビを聞けば「あ~この曲ね」となることうけあいだ。

 武内千佳

 この方の公式HPを見ても血液型がB型ど真ん中というだけで素性が良くわからない。
 さて、名前だけでこのシンガーが歌っている、誰もが知っているCM曲とは何でしょうか?

 答えは「立志社」のCMソングを歌っているシンガー。就職戦線に向かう出陣式から、部活動の活躍やその応援などが紹介される。
 最後のカットで、パーティーで一人の女性がアップになり、すぐに引きの画面になる。あの時の女性は一番きれいな人を選んでいると思う。

https://www.youtube.com/watch?v=WLM27UuDmfQ

https://www.youtube.com/watch?v=UEIZ6Kw-mAY

 清水京子さん(現在は玉井京子さん)

 ベテラン歌手で、大江戸捜査網の主題歌「明日への旅人」や「最終列車の自由席」「枯葉のメッセージ」などひと味違う哀愁漂う曲を歌っている方です。
 さて何で有名な方かわかりますか?

 びわ湖温泉ホテル紅葉のCM曲(タケモトピアノ・フジパン本仕込み・大森屋CM)

 井上ヨシマサ

 東京都出身の作曲家・編曲家・シンガーソングライターである。中学生の頃に、シンセサイザーによるテクノポップユニット「コスミックインベンション」のメンバーだった。
 小泉今日子や荻野目洋子などアイドルの楽曲を担当した。
 この有名なCM曲は2004年にリリースした。
 2005年には秋元康から依頼を受け、グループ創設時からAKB48の楽曲の作曲・編曲を担当した。
 さて、この方の有名なソングとは何でしょうか?
 

 答えは「レオパレス」でした。藤原紀香がイメージガールを務めた。女性が歌うバージョンもあった。

 麻生しおり

 青森県出身の女性シンガー。旧芸名は麻生詩織だが、2008年2月4日、デビュー20年目を迎えるのを機に改名。
 地元のカネ長武田百貨店の文房具売り場店員、東京の広告代理店勤務を経て、テレビ朝日の「はぐれ刑事純情派」の劇中挿入歌「恋唄綴り」の歌手オーディションを受験し合格。1989年に歌手デビューを果たす。この歌は、後に堀内孝雄がカヴァーしてヒットした。
 では彼女が歌った有名な番組のエンディングソングとは何でしょうか?ヒントはトラック運転手の応援歌でもあり、徹夜した受験生へのエール曲です。

 浜野和子さん

 ニックネームは「KAZCO」

 TBSラジオをキーステーションに全国ネットで放送されたラジオ番組 「歌うヘッドライト〜コックピットのあなたへ〜」(2001年放送終了)のエンディング曲として長年使用された「夜明けの仲間たち」(歌 糸川蛍子(オリジナル)・麻生詩織(カバー版))に替わるトラックドライバーのための応援歌として誕生した。
 さてこの曲のタイトルは何?

 答えは「いすゞのトラック」でした。

 ヒデ夕樹さん

 彼が歌う曲を知らない日本人はモグリだろう。しかし、この10年はあまり聞かなくなった。ゴールデンタイムのCMスポンサー契約をしていないからなのか、かつては19時半からの「野生の王国」などに使われていたCM曲。私もヒデタ樹というシンガーを知らなかったが、実にいい声をしている。安心して聞いていられる。
 さて、日本人の国民的CMソングとも言えるような曲は?

 日立の樹

 スリー・グレイセス

 こちらはユニット名だが、1958年に結成され、「山のロザリア」で脚光 を浴びた女性3人組のコーラスグループ。
 1962年63年にはNHK紅白歌合戦に出場した。CMソングなど多数の作品を残している。
 1990年、HONDA・アスコット・CFイメージソング「JOKING LOVE TAKE THE“A”TRAIN」をリリースし、日本広告音楽制作者連盟・優秀歌唱賞を受賞。アコードなどのCMソングで復帰。
 ほかにはTV番組ソングも多く手掛けた。「時間ですよ」「魔法使いサリー」「3時のあなた」などがあり、CMソングも「アサヒペン」「資生堂」「日本船舶振興会」「JR東日本」「日本航空」「サントリー」「愛のスカイライン」「明治チョコレート」など一世を風靡した曲ばかり。

 さて、このCMは何?ヒントは夢が溢れるCMだ。

 

https://www.youtube.com/watch?v=HufKwIKWgMk

 セキスイハウス

 他にも次のCMソングの人が気になるが誰なのか全く知らない。

 木村和子・山口えみ・三代目海沼実・音羽ゆりかご会など10人以上が歌った

 https://www.youtube.com/watch?v=ovXNTdUMkF0

ヤン坊マー坊の天気予報を歌ったシンガーだった。55年間続いたこの天気予報だが、2014年を持って終了した。栗本有紀子・池谷京子がヤン坊マー坊の声を担当した。

 ドナ・バークさん

https://www.youtube.com/watch?v=tYwRfsEWayM

https://www.youtube.com/watch?v=Mp0uvQMxSto

 これは掟破りだが、東海道新幹線のアナウンスを担当している外国人女性だ。 

 ちなみに東北新幹線の車内アナウンスは、フジテレビの堺正幸アナが担当している。「本日はJR東日本をご利用下さいましてありがとうございます。」で始まる聞き覚えのある声だ。
 英語のアナウンスはイギリスのジーン・ウィルソンさんという方が行っている。

 Ladies and gentlemen, welcome aboard the Tohoku Shinkansen. This is the MAX YAMABIKO superexpress bound for Sendai, combined with the TSUBASA superexpress bound for Shinjo via Yamagata. Stops will be made at Omiya, Utsunomiya, Koriyama, Fukushima, Shiroishizao, and Sendai. After Fukushima, the TSUBASA superexpress stop at Yonezawa, Akayu, Kaminoyamaonsen, Yamagata, Tendo, Sakuranbohigashine, Murayama, Oishida, and Shinjo. Cars one through eight go to Sendai, and cars 11 through 17 go to Shinjo. Passengers without seat reservations should board cars marked as "non-reserved". Signs at the car entrances show which cars are non-reserved, and whether the smoking is permitted. A food and drink stand is in Car 5, and vending machine service is available in Car 4. Telephones are available in cars 3, 7 ,12, 13, and 16. If you use a mobile phone, please go to the end section near the doors. The conductor's rooms are in cars 5 and 11. We wish you a pleasant journey

 ちなみに郡山駅近くの下りのアナウンスは

 Ladies and gentlemen, we will soon make a belief stop at Koriyama, passengers changing to the Tohoku Local Line, Banetsu East Line, Bnetsu West Line, Suigun Line,
please transfer st this station. After stop at Koriyama, we will be Fukushima.

  さて、俳優さんや歌手は顔を公に晒しているが、声優さんやCMソングシンガーは、顔を出さないケースがほとんどだ。声を売っている商売なので、一体どんな人が歌って話しているのか想像が膨らみ、気になって仕方ない。声が命の職業なので、やはり素敵な声でうっとりするほどだ。
 見に見えない仕事でも気を抜かず、耳触りのよい発声を心がけているその努力に拍手を送りたい。今回は普段は目につかない部分にスポットを当ててみたが、私達の生活に密着してこのような方々が日々陰で頑張っていることを私達は忘れてはいけない気がする。

 記事作成:5月27日(土)

2017年6月10日 (土)

歴代フラガールのラストステージ集

 2006年公開の映画「フラガール」。多くの方たちに感動を与え、フラガールに憧れた人々も多かったに違いない。
 あれから早いもので11年の月日が流れた。その間、東日本大震災が発生し、彼女たちの本拠地である福島県いわき市の「スパリゾートハワイアンズ」もまた施設が被害に遭い、休業を余儀なくされた。しかし、そんな窮地に追い込まれても彼女たちは諦めなかった。初代フラガールたちが行って以来の全国行脚となる「全国きずなキャラバン」に出向いた。その時のリーダー「マルヒア由佳理」さんは引退を撤回して強い決意で他のメンバーを鼓舞し、引っぱり続けた。
 歴代フラガールのリーダーは、昨年6月で引退したモエナ梨江さんで15代を数えた。いつも思うのは、20代のうちに卒業するフラガールが多い中で、ラストステージはいつも感動し、満員の観衆の拍手喝さいを浴び、惜しまれつつ引退することだ。やはり、彼女たちの日々の厳しいレッスンや、観客に笑顔と幸せを届け続けたその感謝の気持ちの表れだと思う。
 今日は、「フラガール」で歴代のリーダーを務めた方たちのラストステージを特集したい。なお、動画サイトにアップされている方のみ紹介となりますことをご容赦ください。

 ホクラニ橋本(橋本加奈)・・・29期生 第12代リーダー

 退団式 https://www.youtube.com/watch?v=txxeq1NQwcE

      https://www.youtube.com/watch?v=Vz469hdgmsQ&t=21s

 マプナ佑子(半澤佑子)・・・35期生 第13代リーダー 2009年3月29日 引退

 マルヒア由佳理(加藤由佳理)・・・38期生 第14代リーダー 2012年6月3日 引退

 ラストメッセージ https://www.youtube.com/watch?v=NQt7Ok0zCXk&t=471s

 メモリアル https://www.youtube.com/watch?v=-zXL0RVrfCI

 震災復興という役目を背負い、最も大変な時期に被災者を勇気づけた真のリーダー。
 存在感があって、他のメンバーたちの信望が厚かった。ラストステージでの会場の盛り上がりは最高潮で、拍手とマルヒアさんへの歓声で入り乱れ、アンコールを要求。最後はフラガール全員で「トゥトゥキ」で締め括った。たぶんメンバーにも観客にも最も愛されたリーダーだったと思う。

 モアナ梨江(大森梨江)・・・40期生 第15代リーダー 2016年7月30日 引退

 退団セレモニー https://www.youtube.com/watch?v=Jk78SzS8TjA

 メモリアル映像 https://www.youtube.com/watch?v=adusbxknu-g

 歴代フラガールの中でもマルヒアさんと並んで4年という長いリーダー在任期間。それだけ信頼が厚かった。東京電力福島第1原発事故で全町避難する福島県双葉町出身。2004年に40期生としてデビューし、事故後の12年6月にリーダーに就任。復興を目指す福島の象徴となったチームをまとめてきた。
 会見では、2年前から痛みと闘っていた股関節の状態が悪化したことを明かし「満足なダンスができなくなった」と引退の理由を説明。(河北新報のHPより引用)

 http://www.1242.com/lf/articles/16148/

 彼女は今、本名の「大森梨江」さんとしてフラガールを管轄するエンターテイメントグループの副主事(ふくしゅじ)として、ダンサーの教育計画などに携わりながら、後継のフラガールを育成している。

 それにしてもこの3年間で「フラガール」は入れ替わりが激しくなったように思う。2013年以降の卒業者の方々のリストを紹介し、合わせて彼女たちの現役時代の映像をリンクします。

 根本美由紀  2013年3月17日 引退
 須藤麻理絵  2013年7月6日 引退
 プアリリア樹 2013年9月1日 引退
 横山実香   2013年10月12日 引退
  https://www.youtube.com/watch?v=4TQgwPrgT3U&spfreload=1

 浜津奈苗    2014年5月24日 引退
 石井美子    2014年6月29日 引退
 ティアレるりか 2014年7月20日 引退
 小宮玉恵     2014年12月6日 引退

 和田絵美里   2015年3月8日 引退
  小野寺千尋   2015年3月21日 引退
 鷺 加織    2015年10月3日 引退
 オーリノ苑未 2015年11月22日 引退
 
 賀澤教子   2016年3月5日 引退
 梁瀬結香   2016年4月16日 引退
 ヒワラニ麻衣子 2016年4月30日 引退
 佐藤花絵   2016年6月4日 引退
  モアナ梨江  2016年7月30日 引退
 安保里緒菜  2016年8月13日 引退 
 平田千晴     2016年9月11日 引退
  矢澤佑吏     2016年10月8日 引退
 峨 千晶      2016年10月29日 引退
  渡辺 舞      2016年11月19日 引退

 2015年までは辞めても年間4名ほどで推移して来たが、昨年の2016年にはなんと10名ものフラガールが退団してしまった。新旧交代が一気に進んだ形だ。
  「全国きずなキャラバン」の印象が強く残り、いつも動画サイトで見ているせいか、彼女たちが引退後、こんなに時間が経過していたなんて今さらながら驚きだ。マルヒアさんが引退してからもう5年も経ってしまったとは信じがたい。私がフラガールロケ地を探訪した2011年11月にはリーダーとして現役バリバリだった。そのイメージが強すぎて、未だに彼女がいないステージは考えられない。

 さて、今回は全くの個人的趣向でこのような記事を掲載させていただきました。他県の方はあまり思い入れは深くはないかもしれないが、同じ福島県に暮らす私にとっては、彼女たちは天使のようで、震災後も県民を励まし続けてくれたメシアでもあった。

 今年6月、ようやく念願叶い、生のステージを見ることが出来た。近くて遠い存在だったが、ようやく彼女たちの躍動するダンスを見れて幸せな気持ちになったと同時に、感謝の気持ちが全身を包んだ。
 これからまた機会を見つけ、ステージを見に訪れたいと思う。そしていつまでも輝き続ける星であってほしいと願う。

 記事作成:6月6日(火)

2017年6月 9日 (金)

巨人を追われた男たちの意地

 今年の巨人の不振は異常だ。FA制度導入以後、史上初のFA3人獲得を果たした巨人だが、まったく役立たずの状況で、一軍定着はクロスオーバーで左殺しの異名を持つ森福だけで、DeNAのエースとして昨季10勝以上をあげた山口と日本ハムの俊足巧打の切込み隊長役の陽岱鋼が故障で出遅れている。何のための大枚を叩いての補強かさっぱりわからない。
 過去、当ブログでは、トレードやFAで巨人にやって来た選手の、移籍前のチームでの成績とと巨人移籍後の成績を比較する記事を書いたが、今回はその逆を取り上げたい。つまり、巨人から他球団に移籍した選手の新チームでの移籍一年目の成績だ。層の厚い巨人ではスタメン出場など夢のまた夢の状況だった選手が、活躍できる場を得て、見違えるほどの変貌を遂げている選手がいかに多いか驚くはずだ。
 なお、材料としては巨人から移籍する直前の年と移籍したチームでの1年目を比較したい。

 小林 繁(阪神へ)

          登板数  勝利 敗戦   S   勝率   奪三振  失点  防御率
巨人最終年    43    13  12   2  .520   130   97    4.10
阪神1年目     37        22   9       1  .710   200   101  2.89

 いわゆる「江川事件」でとばっちりを受けた被害者。怪物と呼ばれた江川卓のわがままのせいで、意思に反して阪神へトレードさせられた。62勝(39敗)をあげて巨人のエースとして尽くしたにもかかわらず、無情な仕打ちで巨人を追い出された。翌年、巨人戦では負けなしのシーズン22勝を挙げ、見事リベンジを果たし見返した。

 駄々っ子のように他の選手に迷惑をかけた江川とは真逆で、その紳士的な大人の対応で無言を貫いて阪神に移籍し、22勝で最多勝を獲得した彼は、投手に関する賞を総なめにし、賞賛を浴びた。しかし、引退後、コーチや監督としての指導力や手腕が期待された矢先、病気で早くして亡くなられた。日本球界にとって大いなる損失となった。

 鈴木康友(西武へ)

          試合数  安打数  本塁打 打点   打率   盗塁
巨人最終年    85    24     3    9   .190    3    
中日1年目     119    86     11       30   .234    3

 巨人時代は守備固めの選手という印象だった。西武時代は奮わず、1年後にはまたトレードに遭ったが、中日では1年目から大活躍。4年後にはまた西武に戻った。打者としてはぱっとしなかったが、守備が上手で13年間も現役生活を送った。

 駒田徳広(横浜へ)

         試合数  安打数  本塁打     打点   打率   盗塁
巨人最終年  122   109     7     39     .249   1
横浜1年目   130   149    13     68   .284   0

 「満塁男」と呼ばれ、プロ初打席でいきなり満塁ホームランを放った。巨人では実力があるのに使ってもらえず、代打が多く、出番を求めて自ら移籍を希望した。そしてレギュラーに定着した横浜では打ちまくり、2,000本安打を達成した。もしあのまま巨人にいたら、出場機会が少なく、2,000本安打は実現できなかっただろう。

 仁志敏久(横浜へ)

          試合数  安打数  本塁打  打点  打率   盗塁
 巨人最終年   64     22      1     7   .185   1
 横浜1年目  137    150    10    45   .270   3

 いずれも横浜へ移籍した一年目は大活躍。安打数は約7倍 打率は大幅アップ
 巨人を出るとどうしてこうも変わるのか?リベンジに燃えるのか?

 二岡智宏(日本ハムへ)

          試合数  安打数 本塁打  打点  打率   盗塁
巨人最終年    31    24    1     7      .279   0
日ハム1年目   69    43    4    25  .253   0

 久し振りの巨人の打てる遊撃手だった。守備も上手く、スローイングが安定していた。イケメンで女性ファンからの熱い声援を浴びていたが、モテ男が災いして、山本モナとの不倫が原因でイメージを崩したという理由で巨人を追われた。

 林 昌範(日本ハムへ)

         登板数  勝利  敗戦  H  奪三振  防御率
巨人最終年   11    0    0   1   14    6.75
日ハム1年目  46    3    2   9   42    3.33

 巨人時代は貴重な左のセットアッパーとして活躍した。しかし、ノーコンで四球を連発し、自滅することが多かった。2008年、マイケル中村・工藤隆人との交換トレードで二岡智宏と共に北海道日本ハムファイターズに移籍した。すると前年比較で4倍の登板数。防御率も半分以下と好投した。現在はDeNAで現役を継続中。  

 

一岡竜司(広島へ)

          登板数  勝利  敗戦  H  奪三振  防御率
巨人最終年    9     0    0   0   8     5.23
日ハム1年目   31          2    0     16   27    0.58

 巨人時代は将来を嘱望された若手投手だった。しかしFAで大竹を獲得したことにより、人的補償でプロテクトを外れたことで、広島から指名がかかった。巨人時代は一軍での登板は少なかったが、広島へ移籍後はセットアッパーとして大活躍。31試合に登板し、失点は僅か3点という神がかり的な変貌を遂げた。

 矢野謙次(日本ハムへ)

          試合数  安打数 本塁打  打点   打率  盗塁
巨人最終年    8     1     0     1   .071   0
日ハム1年目   40    15     1     5   .197   0

 巨人時代は左キラーとして代打職人的な存在だった。パンチ力があって、長打力があった。12年間でレギュラー定着とまではいかなかった。2015年のシーズン途中に電撃的に日本ハムに移籍。途端にサヨナラ打を連発するなど大活躍。才能がありながら出番が少なく悲運。もったいない選手だ。

 大田泰示

          試合数  安打数  本塁打  打点   打率   盗塁
巨人最終年   62      23     4      13  .202     0
日ハム1年目  33     30     6          18   .250    0
(6月7日現在)

 将来の4番候補と目されていたが、巨人在籍8年間は出番も少なく鳴かず飛ばず。通算100安打に留まり、大砲とは眉唾で9本しかホームランが出なかった。40打点で打率も.229と低迷した。
 しかし、2017年シーーズンから日本ハムに移籍後は一軍定着し、ホームランを量産し、すでに8年間の巨人時代の総ホームラン数にあと3本で並ぶ。

 以上、見てきたように、トレードなどで巨人を離れると、一矢報いようと頑張ったり、リベンジ心が芽生え、「見返してやる」という心意気や男の意地が強くなる。予想通り、巨人時代はレギュラーに定着できず、苦虫を潰していた選手が、他球団に渡ると水を得た魚のように生き生きと輝く。
 確かに昔から巨人戦はテレビの中継が多く、毎試合プラチナチケットと呼ばれるほど球場は満員札止め状態で、人気が高かった。それが他球団からは妬まれる材料になった。巨人戦で負けて無様な醜態を晒せないと、エース級の投手をぶつけたりした。星野仙一や村山実のように、巨人を目の敵にして力投する男気のある選手も大勢いた。巨人戦には滅法強い打者もいた。

 やはり巨人は層が厚く、出番がなかなか回ってこない。レギュラーを勝ち取れる選手はほんの僅かだ。特に外国人助っ人との守備位置争いは熾烈で、外野は戦争状態。互いに潰しあいとなる。だから他球団に移籍すると、実力次第でレギュラーを手に入れられる分、ハッスルするのだ。
 「巨人命」を貫いた選手は、ダメになるのも早い。江川は9年間で現役を終えたし、浪人した選手も元木のように名球界に名を残す選手にはなれなかった。どちらがいいかはわからないが、常勝の宿命を背負い、相当なプレッシャーと戦いながらプレーするよりも、他球団でのびのび野球を行い、実績を挙げたほうが、プロ野球選手として大成したほうが賢明かもしれない。巨人にしがみついた結果、飼い殺しになるのが巨人選手の成れの果てなのだから。
 
 最後に、FA3人獲得や、日本ハムでエースとして活躍した吉川光夫投手のトレード移籍、楽天時代に大砲だったマギーや守護神カミネロの入団など盤石の補強でブッチギリ独走かと思われた今年のセ・リーグ。蓋を開けてビックリ。6月8日現在で、球団ワーストの13連敗を喫し、最下位のヤクルトに2.5差に迫られる5位と低迷している。大型補強が裏目に出て、実力がかみ合っていない。こういう負の連鎖が続く時には、サッカーでよくありがちな監督交代(休養)などのカンフル剤が必要だが、外様だらけの巨人コーチ陣に代行が務まるとは思えない。まして選手生活にピリオドを打たせて監督要請した経営陣が解雇を宣告できる訳もない。
 それでも球場は満員で、声援を送り続けているファンをこれ以上失望させないためにも、チーム改革を行い、チームを変身させてほしいものだ。

 記事作成:6月7日(水)

2017年6月 3日 (土)

念願のフラガールショーを満喫!

 「スパリゾートハワイアンズ」。旧名は「常磐ハワイアンセンター」。そこは私にとって因縁の曰くつきの場所だった。
 幼少の頃、プールで迷子になった私は、危うくプールに落ちそうになったところを近くにいた人に助けてもらったという出来事があったらしい。3~4歳の頃のことで、私は全く記憶に無い。また、平成初期、いわきの職場にいた時に、忘年会で訪れたことがあった。そして6年前にフラガールのロケ地を探訪した際に、無人の仮設ステージを見物しに建物を覗いたとき以来だった。

 その時の記事はコチラ
 http://tsuri-ten.cocolog-nifty.com/blog/2011/11/post-245b.html

 今回、6月1日(木)・2日(金)の両日、仕事で会議がこの場所であって、久し振りに訪れたのだが、私にとって「フラガール」の踊りを生で見るという長年の悲願がようやく叶った。今日はその模様を画像で紹介したい。

 夜の部のショーは、20:40から21:10まで連日レイトショーで行われているが、その日は強制的に二次会への出席を義務付けられ、途中、抜け出してちゃっかり見物したのだった。

 フラガールは私にとって憧れの存在だった。それは震災で「全国きずなキャラバン」を展開し、被災者たちを勇気づけ、義援金への感謝を伝えるものであった。

 当時の主要メンバーであるマルヒア由佳里さん(震災時リーダー)やソロダンサーのプアリリア樹さん、オーリノ苑未さん、モアナ梨江さんなどは引退されてしまったが、今も多くがメンバーとして残っていて、知り合いであるウイラニ綾華さんやロゼラニ幸恵さん、マカレア麻衣さん、レイピカケ水貴さんなどは未だに現役で頑張っている。

 私が見たのは21:00~21:30までの「ポリネシアン・グランドステージ」だった。

 前半は見過ごしたが、ハワイノ踊り、「負けないで」、体験コーナー(50人以上がステージ上へ)、ファイヤーナイフダンス、タヒチの踊りからメインの「オテア」、エンディングの「虹を」までだった。次回はいつ見られるかわからなかったため、100枚以上デジカメで撮影し、同時に動画撮影も実行した。

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 有料の予約席「プレミアムシート」(土日1,500円)の観客は、ショー終了後、フラガールと一緒に記念撮影が出来る時間があった。
 ところで、私の知り合いの大河原綾華さんは、「ウイラニ綾華」というソロネームを貰い、練習中の怪我で若干遅れたが、3月3日にソロデビューを果たしていた。
 私が見に行った時は、ソロでのダンスはなかったが、今や「レイピカケ水貴」さんと二枚看板(ツートップ)になった彼女のデビュー時の映像をリンクしてこの記事を閉じたい。

 3月3日の映像→ https://www.youtube.com/watch?v=aNMz8VdrWC4

 高校時代、高飛び込みの選手だった彼女は、度胸が素晴らしい。彼女の笑顔は癒しを与えてくれる。今ではリーダー格と言っても良いくらい、ダンシングチームの中でも欠かせない存在となった。

  時間が無くて、フラガールミュージーアムを見ることが出来なかったのは残念だった。

 記事作成:6月2日(金)

2017年6月 2日 (金)

今月の名切万里菜アナ②

 2017年3月で福島テレビを退社し、フリーアナウンサーが集う会社「ライムライト」に所属し、日本テレビのニュースキャスターに就任した名切万里菜アナ。福島県で2年間、「みんなのニュース」のキャスターとして親しまれた彼女。異動先でも活躍している姿を見れることは、福島県民として純粋に嬉しく思う。長崎県出身の彼女が、何のゆかりもない当地に赴任し、福島のニュースを伝えてくれたことに感謝すると共に、今後の活躍にエールを送る意味で、これからの彼女のキャスターとしての出演場面を伝えたくて、この記事を執筆することを決意した。

 今日は2017年5月の彼女の出演場面を紹介したい。

 5月4日(木)

 木曜日は彼女の集中出演日で、夜中の2:30から「日テレNEWS24」の「Pre-Dawn Update」に出演後、Yahoo!リンクのネットニュースに度々登場する。

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 その他のこの日のニュース(AM1:35~7:35)

https://www.youtube.com/watch?v=0LDwXOhoGv8

https://www.youtube.com/watch?v=_gdgVq6-zaw

https://www.youtube.com/watch?v=X6JkC538HJU

https://www.youtube.com/watch?v=cG06mYMQ5OA

 5月5日(金)15時45分~

https://www.youtube.com/watch?v=RftA2y-N9pA

https://www.youtube.com/watch?v=HJs6iA1UfkY

https://www.youtube.com/watch?v=5f3FTRtrhy4

 5月11日(木) 

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https://www.youtube.com/watch?v=EqeV0qL0wtk

 5月18日(木) 

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 5月25日(木)

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  さて、彼女が福島県を離れて約2か月、未だに彼女がいないことを受け入れたくない自分がいるが、新天地・東京でニュースのMCを懸命に伝えている姿を見て、安心しているのと、これからも健康に留意されて頑張って欲しいと思う。
 堅苦しいニュース報道のMCなので、緊張した面持ちが多い。FTV「みんなのニュース」のように、気象予報士・斎藤さんの横で笑顔で話していた彼女とは別人のようだ。私は名切さんの笑顔が好きだったので、少し残念だ。やはりニュース報道という特性上仕方ないのだが・・・。

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