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2017年9月

2017年9月30日 (土)

2017年9月期のCMベスト5

 一昨年から2か月に一度ずつお送りして来た、その時期に流行ったり、何度も繰り返し放送され、注目を浴びた見慣れたCMを特集して掲載しているこの記事。しかし、あまりにも秀作が多いため、昨年からは毎月末に傑作CMを紹介しています。今回もこの9月に放送されたCMから気に入っているCMを5作品お送りします。

 1位 「ツール・ド・東北」メッセージCM『この道』

 福島県民の私にとってこのCMは琴線に触れる。未だに放射線の影響で故郷を離れ、見知らぬ土地で生活を送っている方々が多くいる。この道は少年期を過ごした頃のままで、やがて未来へと続いている。39歳で父親を病気で亡くした自分は、子供のころに父親にしてもらった数多くのことを、自分の子供に返せてはいない。

 2位 吉岡里帆 「DIC」企業ブランドCM「今日は何色?」編 

 3位 ゼクシィCM「私は、あなたと結婚したいのです」噴水篇   

 ゼクシィCM「私は、あなたと結婚したいのです」風船篇   

https://www.youtube.com/watch?v=FuH-38iyOD0

 この女優さんは今年、ブレイク中の「佐久間由衣」。22歳のO型。やはりこの色白はO型だった。本業はモデルだが、2015年にはフジテレビ系土ドラ『トランジットガールズ』でドラマ初主演を飾っている。
 2017年前期NHK連続テレビ小説『ひよっこ』に有村架純演じるヒロインの幼なじみ役で出演。女性1,293人が参加したオーディションで決定した。

 4位 JRA タオラブユー

 5位 雪見だいふく 土屋太凰

2017年9月29日 (金)

芸能人「慶早」戦

 一般的に「早慶」という呼称が通例かもしれないが、私はOBでもあるので「慶早」と呼ぶのがなわらしだ。
 テレビ業界には、とりわけアナウンサーを中心に、この両校の出身者がやたらと多い。在学中にミスキャンパスになれば、半ば在京テレビ局への就職が約束されたかのような有様だ。 また、歌手や俳優などの芸能人の中にも両校のOBが多いことに驚く。
 そこで今日は、芸能人を始めとする著名人の中で「慶應義塾大学」と「早稲田大学」の出身者を列挙したい。流行り廃りが激しいこの業界では、やはり賢くないと生き残れないということが顕著になると思う。なお赤字表記は亡くなられた方

 <アナウンサー>

 慶応義塾大学出身者    早稲田大学出身者

 榎並大二郎               三宅正治 
 中村光宏                 軽部真一
 松尾由美子               宮澤  智
 竹内由恵                 三上真奈
 青木裕子                 宮司愛海
 弘中綾香                 竹内友佳
 大木優紀                 長野翼
 大下容子                 石本沙織
 上條倫子                 鈴木  唯
 久保田裕佳               菊間千乃
 久保純子                 八木亜希子
 岩本乃蒼                 近江友里恵  
 中島芽生                 寺門亜衣子
 徳島えりか                古閑陽子
 郡司恭子                 宮崎宣子
 水ト麻美                  馬場典子
 鈴江奈々                 下平さやか
 永井美奈子               須黒清華
 宇内梨沙                 岡副麻希 
 秋沢淳子                 上野優花
 福島弓子                 半井小絵
 松村未央                 堀尾正明
 秋元優里                 吉田照美
 平井理央                 寺川俊平 
 中野美奈子                久米宏
 紺野あさ美                酒主義久
 秋元玲奈                 野島 卓
 小川知子                 佐野瑞樹
 遠藤玲子                 笠井信輔
 萩野志保子               藺草英己(FTV)
 内田恭子                 土井敏之
 井田由美                               阿部華也子
 根本美緒              鈴木康一郎(元FTV)
 小澤陽子
 伊藤利尋
 角澤照治
 森本毅郎
 脊山麻理子
 坪井直樹
 立本信吾
 田中大貴
 須田哲夫
 藤井弘輝
 辻岡義堂
 藤井貴彦
 ラルフ鈴木
 寺島淳司
 藤森祥平
 釜井美由紀(TUF)
 宮崎緑 
 大橋照子
 

 <俳優・女優・歌手・タレント>

 慶応義塾大学出身者    早稲田大学出身者
 
 石原裕次郎                 堺  雅人
 加山雄三                   内野聖陽
 石坂浩二                   藤木直人
 中村雅俊                   北大路欣也
 石原良純                   松本幸四郎
 小出恵介                   長塚京三
 水嶋ヒロ                    藤村俊二
 ミッツマングローブ             森繁久弥
 櫻井翔                     石田純一
 岩田剛典                   タモリ
 尾崎裕哉                   上田晋也
 市川猿之助                 ラサール石井
 中田敦彦                   小島よしお
 DaiGo (メンタリスト)             小田和正
 KABAちゃん                   小室哲哉
 別所哲也                     デーモン小暮
   中川勝彦                               渡瀬恒彦
                            假屋崎省吾

 竹内まりや                 市川紗椰
 二階堂ふみ                吉永早百合 
 トリンドル玲奈                室井  滋
 菊池麻衣子                橋田壽賀子 
 黒柳徹子                  箕輪はるか 
 miwa               
  一青 窈
 谷村有美
 二谷友里恵
 紺野美沙子
 
 <スポーツアスリート>

 慶応義塾大学出身者    早稲田大学出身者

 高橋由伸                 鳥谷 敬
 武藤嘉紀                 青木宣親 
 反町康治                 斎藤佑樹
 柳田将洋                    岡田彰布
 山縣亮太                    岡田武史
                           釜本邦茂
                           川淵三郎
                           瀬戸大也
                           五郎丸歩
                           萩原健司・次晴
                     坂井聖人
                     渡辺一平
                     羽生結弦
                     有原航平
                     ディーン元気 
                     柿谷曜一朗
                     福井優也   

                渡部香生子
                星 奈津美
                福原 愛
                荒川静香
                八木沼純子
                

 <文化人> 
    
 慶応義塾大学出身者    早稲田大学出身者

 池上彰                 田原総一朗
 木村太郎               辛坊治郎
 櫻井よしこ               尾木直樹
 宮崎哲哉               乙武洋匡
 阿川佐和子             やくみつる
 八代英輝               北村晴男 
 荒俣 宏                村上春樹
 玄侑宗久               野坂昭好
 向井千秋               永 六輔
 
梅沢由香里            筑紫哲也
 
壇ふみ               大橋巨泉
 つかこうへい               五木寛之
                        綿矢りさ
                        俵 万智
                        小保方晴子

 <政界>

 慶応義塾大学出身者    早稲田大学出身者

 小泉純一郎             竹下 登
 小沢一郎               海部俊樹
 海江田万里             小渕恵三
 石破 茂                森 喜朗
 石原伸晃               福田康夫 
 甘利 明                野田佳彦
 河野太郎               渡邊喜美
 長妻 昭                東国原英夫 
 橋本龍太郎             橋下 徹
                        稲田朋美
                        小渕優子

  記事作成:9月15日(金)
 

2017年9月24日 (日)

郡山の魅力再発見!48 ~郡山の城館スポット~

 かつて当ブログで「郡山の魅力再発見!⑮~郡山城の所在ミステリー~」という記事を書いた。城下町でもなく、単なる奥州街道の宿場町だった郡山だが、ここ郡山には、意外にも判明している分だけで約190か所もの城館があったとされる。中には城とは呼べない陣所や詰め所のような場所もあったが、福島県内の他の市町村と比べても、その城の数は多いほうと言える。そんな中、私が興味を持った場所を5つ取り上げたい。

 1 現在、小学校が建つ城跡

Otsuki

 そこは大槻小学校だ。ここはかつての大槻城の跡地に建てられている。昭和55年、小学校の改修工事に先立って行われた発掘調査で、堀、土塁、礎石建物などが発見された。堀は幅が20m以上ある防御能力を高めた大規模な遺構だった。
 1590年に中通り南部と中部が蒲生氏郷の領地になると、大槻城は氏郷の本城である会津若松城の支城となった。

 参考:「城跡ほっつき歩記」の詳細はコチラ

 2 郡山館

Citytower

 前回の記事で「陣屋跡」と紹介したが、古地図によると「郡山館」というのが正式らしい。そこは現在、うすい百貨店の東隣りの寿泉堂病院があるシティタワー。郡山館の中心となる曲輪(くるわ)は、現在でも周囲より高くなっているため、それと判別できる。その南側半分がシティタワー建設で失われてしまった。一方で、高層建築物のない北側半分は、その地下に遺構が眠っていると思われる。
 1588年6月、佐竹・蘆名両氏の連合軍が郡山館を攻囲したため、伊達政宗は建て主の郡山氏救援のため、自ら出陣する。そして7月に講和が成立するまで、両軍は逢瀬川を挟んで対陣する。郡山合戦だ。これを機に、富久山久保田にあった「久保田館」も伊達方の最前線の拠点となったことで、今後の合戦に備えて改修している。伊達政宗もたびたび、この地を訪れていた。戦国時代の英雄として登場した彼が、平定のためこの郡山市に足を運んでいたのだ。

 3 山王館

Sanou_2

 1588年の郡山合戦の際に築城された城は多い。富久山町久保田にある山王館もまた伊達成実が建てた陣所だ。2で触れた久保田館の北西500m、久保田集落西側の小山の上にある。佐竹・蘆名連合軍が伊達方の郡山館を包囲した際に、その様子を視察するために「山王山」に上った。敵軍がこの山方面に来襲すると予想した政宗が重臣の成実に築城を命じた。
 現在その場所はそれとわかる森に覆われており、日吉神社の背後に立派な土塁も現存している。山王館は政宗の予想通り、合戦の舞台となった。蘆名軍が撃退され、合戦の舞台は久保田館と郡山館の中間地点へと移る。その戦で政宗の家臣の伊藤肥前が討ち死にしてしまう。山王館には肥前を顕彰する碑が移設された。
 郡山合戦の舞台となった富久山周辺にはこうした城館が多く、ほかにも同町福原には「福原館」があった。北小泉を渡し舟で結んでいた阿武隈川のほとりに建っていた。現在は288号国道バイパスの橋が架けられている南側だ。合戦を機に福原館は伊達政宗に接収され、その南に政宗の本陣が置かれた。そこが今「陣場」という字名が残ることからその謂れが窺い知れる。

 4 富田町にあった2つの城館

 私が居所からほど近い富田の地に2箇所も城館があった。ひとつは毎週のように食べに訪れる「まるまつ」から至近の「水神館」と今は亡き祖父が晩年暮らしていた希望が丘に隣接した「向舘」だ。今も地名として残っている。
 まず、「向舘」は49号線の西側、富田町の集落から逢瀬川を挟んた対岸に富田氏によって築城された。戦国期の郡山の安積周辺は大名の係争地であった。富田周辺は蘆名氏の影響が強く、富田氏は臣従したとされる。蘆名家中で頭角を現した富田氏は重臣となったようだ。

Suijinpark Suijinpark2

 そして「水神館」は現在の郡山ICの目と鼻の先にあり、隣りには「福島県擁護教育センター」(旧名は郡山擁護学校)がある。水神という地名はそのまま残り、その名を冠した小公園があり、城館がそのまま森に囲まれ公園化している。ただし舗装道路工事により、遺構の一部が損壊している。公園とセンターの間の道路が掘切だ。城内は丘陵を三段の平場に整備されていて、中央と西手の平場の縁には土塁が築かれてある。その角地が狭くなっており、櫓が建てられていたと想像できる。

「城跡ほっつき歩記」の「向舘」はコチラ

「城跡ほっつき歩記」の「水神舘」はコチラ 

 5 城や館があった町

 最後は別個ではなく、どの町に何があったかを記したい。前述した場所は除く

 安積町・・・佐々河城、篠川御所、荒井猫田遺跡
 熱海町・・・安子島城、高玉館、母成峠防塁
 逢瀬町・・・栗生館、大久保館、多田野館、高館
 片平町・・・片平城、片平下館
 湖南町・・・鞍馬館、横沢館、小倉山館、新城
 小原田・・・小原田館
 大平町・・・大平城
 喜久田町・・・前田沢館
 田村町・・・宇津峰城、守山城、守山藩陣屋、御代田城、正直館
 中田町・・・下枝館、中津川館 
 西田町・・・鬼生田館、木村館
 日和田町・・・日和田古館、日和田館、高倉館
 三穂田町・・・片岸館、下守屋館

 いろいろ調べてみると、意外な事実に突き当たるもので、だから郡山在住期間が長い私でも知らないことがまだまだある。「温故知新」を地で行く企画として「郡山の魅力再発見」を数年前から掲載している。しかし、最近、KFBで池田速人アナが同名のコーナーを夕方のニュースの中で始めた。こちらが元祖だということを断っておきたい。

 参考文献:郡山の城館(歴史春秋社)

  郡山の城館 http://www.geocities.jp/sisin9monryu/fukusima.nakatoori.html

 記事作成:9月18日(月)

2017年9月21日 (木)

魔性と呼ばれた女たち

 今日の話題は、別段批判をするためではない。とかく女性は年齢が若い時(10~20代)にチヤホヤされ、男性は歳とともにかっこよさが増す。特に芸能界はそうした傾向が強い。そんな特異な世界において、生存競争は激しく、生き残るためには話題づくりが不可欠のようで、生活面も派手になりがちだ。10代で人気が出すぎると、通常の教育を受けられず、一般常識や教養、社会規範が育たず、時に常軌を逸した言動や行動で世間を驚かせたりする。女性の場合、「魔性の女」と呼ばれる人がいるのは、そうした理由からかもしれない。
 今日の話題は、ファンの人には申し訳ないが、一時期、魔性と呼ばれた芸能人を取り上げたい。 

 石原真理子

  現在は石原真理として活動している。スキャンダル女優として世間のバッシングを浴びた。彼女に対するマスコミの冷たく、厳しい追及は凄まじかった。しかし、デビュー当初は、代表作となるテレビドラマ「ふぞろいの林檎たち」シリーズなどを通じて、1980年代は清純派女優として人気を得た。
 しかし、交際相手の13人の名前一覧や男性遍歴の3人がいるなど、プレイガール振りを発揮。
 2009年(平成21年)2月25日、かつて交際していた玉置浩二と婚約(再婚)したが、米国人の前夫との結婚が解消されていないため、婚姻届は受理されていなかった。同年8月24日、石原真理に芸名を変更。同年9月に玉置とは破局状態となった事が報じられた。
 平成29年8月に弁当とお茶を盗んだとして万引き容疑で逮捕された。

 林葉直子 

 1980年代から1990年代にかけてライトノベル(ティーンズ向け小説)を執筆。その後も「かとりまさる」というペンネームで漫画原作を執筆する。

 1994年5月29日、心身ともに疲労を感じ極限状態にあるのですべての活動を停止ししばらく休養したい、棋士としての処遇は日本将棋連盟理事会の決定に従うという旨の休養願いを提出。 6月9日、10日の対局に現われなかったとで、6月11日の失踪報道となる。7月18日に滞在先のイギリスから帰国。将棋連盟から10月末日までの出場停止と約150万円の損害金の支払いなどの処分を受けた。そして翌年の1995年8月24日に、将棋連盟を追われる様に去る。段位は女流五段だった。

 1995年、将棋連盟を退会した同時期に写真集『CONFESSION 告白』にてヘアヌードを発表。続く一連の写真集でも豊胸術後の乳房をはじめ、肢体を露出させる。

 1998年、将棋界に衝撃が走った。当時、将棋界で確固たる地位を確立していた 中原誠・十六世名人が、将棋界のアイドル的存在だった元女流棋士・林葉直子(当時29歳)と不倫関係にあると『週刊文春』が報じたのだ。ワイドショーから報道番組まで、テレビは連日この一大スキャンダルの話題を取り上げた。
六本木で「Woo Curry」というインド料理店を経営する(2004年開店、翌2005年11月閉店)。タレント、タロット占い師としても活動する。2006年ころに自己破産し、1億2千万円の実家を差し押さえられる。

 こうしてみると、彼女の場合、魔性というよりも波乱万丈の人生を送っている。

 宮沢りえ

 彼女も浮き沈みの激しい人生を送っている。美少女として早くから芸能界で注目され、モデルや女優、歌手としてオールマイティーに活躍。マネージャーを務める実の母親との二人三脚で一見順風満帆な芸能生活を送っていた。
 すると突如18歳でヌード写真集「サンタフェ」を発売し、世間に衝撃を与え、さらには貴乃花関(当時貴花田)との婚約解消事件、また男性との交際、さらに拒食症の噂など、芸能マスコミからのバッシング報道が相次ぎ、アメリカサンディエゴへの移住を発表するなど、一時期は芸能活動休止状態となった。

 激痩せから回復して来たと見られる頃から、徐々に芸能活動を再開し、2002年の『たそがれ清兵衛』で落ち着いた演技を見せ、映画の成功以降は、女優としての活動の幅が広がり、本格派女優としての評価が定着しつつある。2009年2月、妊娠6か月であることを所属事務所からのFAXで発表。後日の2月20日の報道で、相手は40歳代のハワイ在住、日本人実業家で元プロサーファーであることが明らかになった。同年4月上旬に婚姻届を提出。同月6日に東京都内で挙式した。同年5月20日に女児を出産した。
 2012年5月8日、一部のメディアにより離婚することが報じられ、同日に所属事務所からのFAXで離婚協議中であることを認めた。2016年3月18日に正式に離婚を発表した。

 そして現在は週刊誌によればV6の森田剛との交際が取り沙汰されている。

 葉月里緒菜

 1995年、映画で共演した真田広之との不倫が報じられた。雑誌「週刊朝」誌上でのインタビューでは「恋愛相手に奥さんがいても平気です」と語り、真田は当時の妻・手塚理美と離婚するなど、「魔性の女」と呼ばれ、以降バッシングを受けることになるが1998年にハワイ州在住の寿司職人と電撃結婚するも、わずか2ヶ月で離婚。2004年に別の男性と再婚、同年11月7日に長女を出産。2017年5月、2年前(2015年)に2度目の離婚をしていたことが明らかになった。
 1998年、篠山紀信撮影のヌード写真集を出し話題となる。様子が見て取れる
 彼女の生き様を見ていると、ひとつ歯車が狂うと転落していくことを実感できる。しかし最後の女の武器である「ヌード」で、起死回生や捲土重来を期すというのもわかりやすい。

 斉藤由貴

 過去の尾崎豊、川崎麻世に対する恋愛感情に続き、またしても文春砲で50代医師との不倫が取り沙汰された。女優としてのイメージダウンは避けられない不祥事だ。B型の彼女はマイペースで自由奔放、ゆえに規範意識も薄いと見えて同じ轍を何度も踏んでいる。

 高岡早紀

 保坂尚輝と離婚後、恋多き女として週刊誌に取り上げられ、芸能リポーターの格好の標的となった。悩ましいくらいの豊満なポロポーションと色気仕掛けで男性のハートを鷲掴みにした感がある。

1994年、映画 『忠臣蔵外伝 四谷怪談』に出演し、ヌードを披露。同作品では日本アカデミー賞の最優秀主演女優賞などを受賞する。翌年には、篠山紀信撮影のヘアヌード写真集 『one, two, three』を出版。映画、写真集と相次いでヌードを公開した。
 俳優の保阪尚希とは1996年に結婚後、保阪との間には1998年に長男、2000年に次男と二人の男の子がもうけている。2004年に保阪と離婚後、2011年に女児をもうけた。
 彼女の軽率な振る舞いは首をかしげることが多い。子供のことを最優先してほしかった気がしてならない。父親が誰なのかわからない子を産んで、子供が気の毒の思えてしまう。「シングルマザー」というと格好がいいが、父親の顔を知らない子供は不幸ではないのか?

 華原朋美

 プロデューサーとして楽曲を提供していた小室哲哉に恋愛感情を抱いていたが、失恋し傷心のため薬物依存で何度も緊急搬送される騒ぎを起こした。一節によると自傷行為をしたと報じられた。精神状態が崩壊し、一時休業状態に追い込まれた。こちらも恋多き女と言え、そのため自分自身が傷つきなかなか立ち直れない印象。

 矢口真理

 元モー娘。というアイドルだった彼女、元夫である中村 と結婚し、身長差婚と呼ばれた。しかし、別の男性との浮気現場を夫に目撃され、それが原因で離婚。世間の非難を浴び、一時謹慎生活を送るに至った。

 ほかにも大竹しのぶ、荻野目慶子、吉高由里子、南野陽子らがこのテーマに合致する方々だと思う。

 まぁ好き勝手に書きたい放題書いたが、ファンの人には怒り心頭かも知れないが、こうした振る舞いは一般人に与える影響が大きいため、身の振り方には細心の注意を払って欲しいものだ。芸能人として、自覚と責任を持って行動をして貰いたい。

 記事作成:9月12日(火)

2017年9月16日 (土)

丸山夏鈴さんの墓参り~夢を叶え、そして旅立ったアイドル~

 本宮市にある「日輪寺」、そこは今から4年前の2013年9月23日、私が伊達政宗の足跡を追って訪ねた場所だった。しかし、今回はそれが目的ではない。その2年後、郡山市出身のアイドルで2015年に夭折した「丸山夏鈴」さんがこの境内にある墓地に眠っていることを知り、その墓参りで再訪することになった。
 不思議なことに、生前の彼女は、若くして夭折したアイドルということくらいしか知らなかった私だったが、最近になって彼女の存在が徐々に私の中でクローズアップして来た。重い病と闘い、息を引き取る最後の最後までアイドルとして生き続けた彼女の姿は、痛々しい部分もあったが、精一杯生きた証を遺した彼女の生き様に感銘を受け、同じ年齢くらいの娘のいる私にとっては胸に迫るものがあった。
 よって今回は彼女の活躍を振り返るとともに、墓参りの模様をお送りしたい。

 なお、彼女の墓所は、多くのファンの方々にもお参りしていただきたいというご家族の意向で公開されていますが、当ブログをご覧になった方は、冷やかしや物見遊山の軽率な気持で訪れないようお願い申し上げます。故人が眠る神聖な場所であることを念頭に置いて神妙な気持でお参りしていただきたいと思います。

 では最初に、彼女の経歴をここに記したい。

 「丸山夏鈴」

 1993年8月2日、郡山市生まれ (夏に生まれたから「夏鈴」)血液型はA

Maruyama 小学2年の時に脳腫瘍が発見され、摘出手術を行ったという経緯がある。その後、デビューまでに中学2年時には1回、高校3年の時には2回の手術を受けている。手術による入院中、テレビで見たアイドルの姿に影響を受け、自分も彼女たちのようになりたいと思うようになったことをブログに綴っている。
 尚志高校時代は生徒会長を務めていた。
 2012年、ネットで見つけたミスiD2013のオーディションに入院中でありながら応募を行い、一次審査を通過した。その後、一般投票の期間中に芸能事務所HappyStrikeへの所属が決定し、7月からアイドルとしての活動をスタートさせる。
 2013年の入院中に脳腫瘍が肺へ転移したことが確認され、治療を続けていたものの手術は困難な状態であった。病気は徐々に進行しており、2015年2月に「Eternal Summer」のPVとジャケット写真を撮影した頃には頬が痩けていたため、病気の進行が顕著になっていた。しかし、発売記念イベントでは座りながら「Eternal Summer」をアコースティックギターの伴奏によるゆっくりとしたテンポで歌うなど、身体への負担を減らしながらアイドル活動を継続していた。その後、2015年3月末に入院して公の場での活動は休止状態となったが、4月5日よりYouTubeを通じてスマートフォンを使った自撮り映像を毎日配信し、5月21日夜まで撮影と配信を行っていた。
 5月22日、昼食後に容態が急変し、13時10分に死去。葬儀は5月25日に福島県郡山市にて、生前の本人の希望や母親・まち子の判断により、一般のファンも参列可能な形で華やかに執り行われた。戒名は「唄安夏鈴清信女」 (Wikipediaより)

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  ではお墓参り当日の経過を記したい。

 9月16日(土)くもり

 翌日には台風18号が襲来し、天気が崩れるため、行くならこの日しかなかった。来週がお彼岸だが、あいにく私は仕事でそれも叶わない。よって16日に行動に移した。

 自宅6:28発ー6:32イオンフェスタ前ー6:39東北病院信号を右折ーコクブン理容左折ー日輪寺6:43着(15分)11km

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 7:00 広い墓地の中から丸山家の墓を探すが見つからず。事前の調査で、そばに木のある場所だということは「Yahoo!画像」で知っていたため、木の周辺を探して一周してようやく発見。本堂の左の細い坂道を登り、天然記念物のシダレザクラをくぐりその先を右に折れて20m先の左側に「丸山家の墓」を見つけた。
 しかし、墓石には「夏鈴」の文字もなければ彼女の戒名も一切刻まれていない。そこで人違いだったらいけないので、さらに広い墓地を2~3回捜索。4号線の上に架かる橋に出る。太陽GSの右上にある墓地だ。

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  橋の上から郡山方面         本宮市内方面

 戻ったら、他の参拝客が近くにいて、いったん時間を潰すために本堂に戻る。「仙道第4番安達30番札所崋蔵院」の文字。また石段の下には震災時に崩壊した本堂の屋根の鬼瓦が左右に移設してあった。
 7:25再度墓の前へ。本人のお墓か確認取れなかったが、後ろの塔婆を見たら2本のうち新しいほうに「夏鈴」の文字が見え、ここで間違いないと確信。3~4回墓地を隅々まで捜索したが、他に「丸山家」という文字が刻まれた墓石はなかった。
 早速、前夜に購入した花を供えて手をあわせる。しかし、水がない。彼女のトレードマークのひまわりが両側に供えてあったがどちらも造花だった。失礼のないように気を遣いながらお参りする。その後、本堂に備えてある桶と柄杓を借り、水を入れて坂を登って花筒に水を足す。そして何度も合掌して拝礼。その隣には小さなお地蔵さま。そこに備えてあるカーネーションも造花だった。この墓と正対するように向かい側には、ここの住職が建立した「心」と刻まれた墓石が建っていた。

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 7:35日輪寺発(通勤ラッシュの時間帯)ー7:43ビール園前ー7:49バイパスを降りる
ー7:53BIG買い物ー8:11帰宅 往復の走行距離23.3km

 お墓の場所を探してタイムロスしたが、40分もあれば自宅から往復可能だとわかった。

 芸能人の墓参りを実施したのは5年前以来二度目だ。その時は天知茂、坂井泉水、石原裕次郎の墓所を回って、在りし日の彼らの功績を偲び、静かに手を合わせたのだった。
 今回は僅か21歳という若さで、早すぎる旅立ちをした丸山夏鈴さんだけに、感慨深いものがあった。まだまだ遣り残したことがたくさんあったに違いない。幼少の頃から命の病と闘い、それでも決して挫けずに、向日葵のような明るい笑顔を周囲に振りまく天使のような存在だった。そして自分の夢であったアイドルになるために、懸命に努力した。その甲斐あって、自分の夢を手繰り寄せ、叶えてアイドルになった。
 そして死の間際までブログで近況を発信続けた。彼女の生き様とその存在は何年経っても決して色褪せず、ファンの方々の心に生き続けていくに違いない。それが証拠に2年以上経った今、月命日でもないのに、彼女のお墓にはお花が供えてある。それほど彼女の人生は、ファンの心に焼き付いているし、夢や希望を追いかける大切さを一生をかけて伝えてくれたのだ。
 若くして天国へと旅立った彼女の人生を忘れず、私自身も恥ずかしくない生き方をしていこうと心を新たにした次第だ。彼女は私にとって娘のような存在だが、亡くなった後も、彼女に元気を貰っている。ちょっとした仕事の悩みや躓きにも、彼女の体験した辛さや苦しみを思えば、これしきのことでへこたれてはならないと思っている。

 最後に、彼女が亡くなった後に、テレビ報道されたドキュメンタリー映像をここに刻み込みたいと思います。

 告別式の模様が「めざましテレビ」で放送された際の映像

 https://www.youtube.com/watch?v=6CgZkT-Jhb4

 改めて彼女のご冥福を心よりお祈り申し上げます。

 記事作成:9月16日(土)

2017年9月15日 (金)

有名人が亡くなった年齢一覧

 昨日に引き続き、芸能人の年齢に纏わる話題を提供したいと思う。それは人それぞれ寿命が違うように、亡くなる年齢も異なっている。「美人薄命」という言葉のように、私がこよなく好きだったZARDのヴォーカルの坂井泉水さんは40歳でこの世を去ってしまった。もちろん岡田有希子さんのように自ら命を絶った方は、平均寿命よりも遥かに早く亡くなっているし、本田美奈子さんのように予期せぬ病魔に侵され、若くして志半ばで天国へ召された方も多い。
 人生は「太く短く生きるか」、「細く長く生きるか」のどちらかのような気もするが、かつて一世を風靡した俳優や女優、そして歌手の人たちが一体何歳で亡くなったのかについて今回はスポットを当てたい。

 91歳以上 
     杉村春子 金田一春彦 小野田寛郎 森光子 市川崑 淡路のり子 池部良
     市川右太衛門 水木しげる 松下幸之助 田端義夫 原節子 森繁久弥
     安藤百福 川上哲治 小森和子

 90歳 三國連太郎 山村聰 松村達雄
 89歳 吉田茂 横山大観 金田一京助 淀川長治 岡田嘉子
 88歳 黒澤明 志賀直哉 山崎豊子 笠智衆
 87歳 昭和天皇 宮澤喜一 大滝秀治 淡島千景 市川房枝 柳家小さん
 86歳 高峰秀子 木下恵介 小林桂樹
 85歳 土井たか子 野坂昭如

 84歳 船越英二 岡本太郎
 83歳 納谷悟郎 井上靖 鶴岡一人 高倉健 高橋昌也 丹波哲郎 岡本太郎
      本田宗一郎 岡本太郎 北杜夫 浜田幸一  永六輔 小沢昭一
 82歳 宇津井健 平幹二朗 永井一郎 千秋実 来宮良子  大橋巨泉
 81歳 佐藤慶 菅原文太 藤山一郎 上原健 二谷英明 芦田伸介

 80歳 大島渚 植木等 片岡千恵蔵 和田勉 江戸家猫八 加藤芳郎 ミヤコ蝶々
      牟田悌三  北村和夫
 79歳 横溝正史 今村昌平 塩沢とき 永井荷風  並木路子 平尾昌晃 藤本義一
 78歳 谷啓 大沢啓二 牧伸二  草薙幸二郎
 77歳 三船敏郎 三波春夫 児玉清 花菱アチャコ 長門裕之 田村高廣 宮尾すすむ
      仲谷昇 高松英郎
 76歳 三遊亭円楽 藤田まこと 北大路魯山人 フランク永井 岸田今日子
      長谷川一夫 遠藤実 嵐寛寿郎 坂上二郎 南田洋子 竹下登 志村喬
      犬養毅 水野晴郎 藤岡琢也
 75歳 井上ひさし 立川談志 横山ノック 藤村富美男 島倉千代子 加藤嘉
            田中角栄 勝海舟 岡田英次

 74歳 青島幸男 水谷八重子 西村晃
 73歳 宇野重吉 龍虎 斎藤晴彦 村田英雄 湯川秀樹 西村晃 殿山泰司
      大友柳太朗
 72歳 野沢那智 小暮実千代 小野ヤスシ 名古屋章 水原茂 筑紫哲也 
      遠藤周作 古賀政男 夏八木勲 中谷一郎 山岡久乃 川端康成

 72歳未満は死因も記載いたします。

 71歳 原田芳雄(病死)金子信雄(病死)緒形拳(病死)星新一(病死)荒井注(病死)
      高峰三枝子(病死)新珠三千代(病死)伊藤エミ(病死) 棟方志功 司馬遼太郎
      川端康成(自殺)深作欣二(病死)大鵬幸喜(病死)赤塚不二夫(病死)
      長谷川町子(病死) 三原脩(病死) いかりや長介(病死) 

 70歳 江戸川乱歩(病死)吉川英治(病死)阿久悠(病死)地井武男(病死)
      稲尾和久(病死)海老一染太郎(病死)細川俊之(病死)岡田真澄(病死)
      笠置シズ子(病死)乙羽信子(病死)林隆三(病死)
 69歳  尾崎紀世彦(病死)米長邦雄(病死)大山康晴(病死)蟹江敬三(病死)
      千利休(切腹)大坂志郎(病死)
 68歳 渥美清(病死)橋本龍太郎(病死)円谷英二(病死)鈴木その子(病死)
      横山光輝(病死)伊達政宗(病死)中条静夫(病死)
 67歳 春日八郎(病死)三ツ矢歌子(病死)
 66歳 市川団十郎(病死)福澤諭吉(病死)小林千登勢(病死)

 65歳 三橋美智也(病死)大瀧詠一(病死)勝新太郎(病死)榎本健一(病死)
      小林昭二(病死)峰岸徹(病死)
 64歳 萬屋錦之介(病死)石立鉄男(病死)小林一茶(病死)京塚昌子(病死)
 63歳 東條英機(処刑)伊丹十三(自殺)オードリーヘップバーン(病死)城達也(病死)  
      はらたいら(病死)北公次(病死)
 62歳 藤本弘(病死)山田康雄(病死)大原麗子(病死)藤圭子(自殺)鶴田浩二(病死)
      萩原流行(事故死)ジョニー大倉(病死) 若山富三郎(病死)萩昌弘(病死)
      小坂一也(病死)小渕恵三(病死)
 61歳 ジャイアント馬場(病死)森田芳光(病死)千代の富士貢(病死)

 60歳 手塚治(病死)小津安二郎(病死)石ノ森章太郎(病死)鈴木ヒロミツ(病死)
 59歳 坂東三津五郎(病死)夏夕介(病死)レオナルド熊(病死)
 58歳 忌野清志郎(病死)開高健(病死)荻島真一(病死)
 57歳 坂口良子(病死)中村勘三郎(病死)青山孝史(病死)
 56歳 双葉山(病死)

 55歳 田中好子(病死)成田三樹夫(病死)
 54歳 林家三平(病死) 天知茂(病死) 小池朝雄(病死)川谷拓三(病死)
 53歳 平尾誠二(病死) 熊谷俊哉(病死)
 52歳 美空ひばり(病死)石原裕次郎(病死)
 51歳 横山やすし(病死)阪東妻三郎(病死)早乙女愛(病死)川口浩(病死)

 50歳 マイケルジャクソン(不審死) 松尾芭蕉(病死)スティーブマックイーン(病死)
 49歳 ジャンボ鶴田(病死)清水由貴子(自殺) 山下清(病死)明日香(病死)
            西郷隆盛(戦死)
 48歳 逸見政孝(病死)川口浩(病死)河島英五(病死)アル・カポネ(病死)
      ホィットニーヒューストン(不審死)太地喜和子(事故死)松山英太郎(病死)
 47歳 寺山修司(病死)出門英(病死)ジュディガーランド(自殺)織田信長(謀反)
 46歳 村下孝蔵(病死)三沢光晴(事故死)アンドレザジャイアント(病死)
      J・F・ケネディ(暗殺)三浦洋一(病死)

 45歳 三島由紀夫(自殺) 引田天功(病死) 江利チエミ(病死)古尾谷雅人(自殺)
      フレディマーキュリー(病死)
 44歳 田中実(自殺)たこ八郎(水死)
 43歳 坂本九(事故死) 植村直己(遭難)田宮二郎(自殺)甲斐智枝美(自殺)
      ナタリーウッド(事故死)岸田森(病死)
 42歳 松本友里(自殺)水原弘(病死)伊良部秀輝(自殺)テレサ・テン(不審死)
      ブルーザーブロディ(刺殺)エルヴィスプレスリー(病死)
      ゲーリーコールマン(病死)
 41歳 ジャッキー佐藤(病死)

 40歳 松田優作(病死)ジョン・レノン(殺害)橋本真也(病死)坂井泉水(不審死)
      伊藤俊人(病死)徳永善也(病死)
 39歳 力道山(刺殺)
 38歳 太宰治(自殺)本田美奈子(病死)奥大介(事故死)
 37歳 市川雷蔵 佐田啓治(事故死) 戸川京子(自殺)桜塚やっくん(事故死)
      宮沢賢治(病死)
 36歳 沖田浩之(自殺)池田貴族(病死)飯島愛(不審死)ダイアナ(事故死)

 35歳 泉政行(病死)芥川龍之介(自殺)アンディ・フグ(病死)
 34歳 小林麻央(病死)アイルトンセナ(事故死)土方歳三(戦死)松田直樹(病死)
 33歳 近藤勇(斬首)
 32歳 中川勝彦(病死)津田恒美(病死)可愛かずみ(自殺)阿部典史(事故死)
 31歳 沖雅也(自殺)坂本龍馬(暗殺)

 30歳 羽生未来(病死)
 29歳 川田亜子(自殺)毛利公子(病死)
 28歳
 27歳 沢村栄治(戦死)円谷幸吉(自殺) 夏目雅子(病死)ジミヘンドリックス(不審死)
      高杉晋作(病死)
 26歳 尾崎豊(不審死) ニックドレイク(不審死) 岡田れいな(病死)
      加藤大治郎(事故死) 石川啄木(病死)

 25歳 沖田総司(病死)
 24歳 ジェームズディーン(事故死)上原美優(自殺)神戸みゆき(病死)
 23歳 大場政夫(事故死)堀江しのぶ(病死)高橋徹(事故死)
 22歳
 21歳 赤木圭一郎(事故死)

 20歳 
 19歳 志賀真理子(事故死)柳原尋美(事故死)富沢祥也(事故死)
 18歳 岡田有希子(自殺)
 17歳 山田かまち(感電死)遠藤康子(自殺)
 16歳 高橋良明(事故死)
 15歳

 記事作成:9月5日(火)

2017年9月11日 (月)

医療ドラマと志願者数の因果関係

 以前も同じテーマで検証記事を書いたことがある。その時は人気職業のパイロットやキャビンアテンダントなど航空業界のテレビドラマ放送後に、その職業を希望する国家試験の受験率を調査した。今回は、刑事ドラマに次いで放送が多い、医師や看護師などの活躍を描いた医療系ドラマ放送後、その職業に就きたい人がどれくらい増加したかを調べたい。つまり職業ドラマと志願者の因果関係を明らかにしたいということだ。中3や高3など、進路を決める時期にあって、テレビドラマの影響がどの程度あるかを調べ、分析したい。
 まずはバブル以降に放送された医療系ドラマの視聴率から検証したい。人気ドラマであれば若者の就業意識に多大な影響を及ぼすからだ。

医療系ドラマ視聴率トップ10(%は最高視聴率)

1位 2003年(H15) 白い巨塔 32.1% フジテレビ
2位 2013年(H25)  Doctor-X ~外科医・大門未知子~ 26.9% テレビ朝日
3位 2011年(H23) JIN-仁- 26.1% TBS
4位 2006年(H18) Dr.コトー診療所2006 25.9% フジテレビ
5位 2001年 (H13)  救命病棟24時 第2シリーズ 25.4% フジテレビ
6位 2001年 (H13) 白い影~Love and Life in the white~ 23.8% TBS
7位 1993年 (H3)   振り返れば奴がいる 22.7% フジテレビ
7位 2000年 (H10)  ナースのお仕事3 22.7% フジテレビ
9位 2013年 (H25)  DOCTORS2 最強の名医 21.7% テレビ朝日
10位 2008年 (H20)  コード・ブルー -ドクターヘリ救急救命- 21.2% フジテレビ

田宮二郎  白い巨塔 (外科医)1978年 第1話 18.6% 最終話 31.4%
水前寺清子 ありがとう(看護婦)1972~1973年 第2シリーズ 最高視聴率 56.3%

 医師の場合、医学系の大学に進み、6年間学び、卒業前に医師国家試験を受け、その後2年間の研修医生活が待っている。なので、研修医になるのは最短で24歳正式な医師になるのは26歳といえる。その後、医師に必要なのは、経験と場数を踏むことで、一人前になるには相当数かかるのが普通だ。
 「コードブルー」のように20代の若手ばかりで医療チームを組むことはまずありえない。特に人の生死に直結する救命救急の場では、経験豊かで専門知識、そして不眠不休でも勤まるほどの体力がないと潰れる。そのいずれも備えたスーパードクターでなければ務まらない。実際の現場は35歳~45歳がもっとも多いようだ。

 看護師は正(准)看護学校もしくは大学の看護学部に進むが、早くても3年、通常は4年が目安。現場には22歳くらいから配属になるため、医師より若い看護師が多い。こちらも国家試験に合格した者のみ採用されるが、中には看護師見習いで入るものもいるが、医療行為は狭められる。一度、国家試験に通れば、一生有効である。
 では、本題だが、このような人気ドラマが放送されてどう希望者がどう変わったかを見たい。

 上のドラマを時系列順に並べ、その後の医学部志望者の増減と医師国家試験受験者数の増減の変化を見ればどれくらい影響を与えたかがわかりえよう。

     放送された主な医療系ドラマ    医師(看護師)国家試験受験者数
昭和47年~昭和48年 ありがとう              医 4,080人                   
昭和49年                            医 4,346人 ↑
昭和50年                            医 4,528人 ↑ 
昭和51年                            医 5,015人 ↑
昭和52年                            医 5,373人 ↑    
昭和53年~昭和54年 白い巨塔                          医 6,145人  ↑  7,010人  
昭和55年                                     医 7,889人 ↑
昭和56年                                     医 8,229人 ↑
昭和57年                                     医 8,478人 ↑                  
昭和58年                                     医 8,643人 ↑
昭和59年                                     医 9,105人 ↑

  昭和53~54年に高3で「白い巨塔」を見て医師を志た者が6年後に国家試験を受けたとると、昭和60年頃に受験することになる。田宮二郎の白い巨塔はそれほどインパクトが大きかった。天才外科医でありながら、自らがんに蝕まれていき、最後は壮絶な死を遂げる。 
 医師国家試験者数が増加の一途を辿っているいおとから判断して、このドラマを学生時代に見て「ガンを治したい」と医者を志した若者が数多くいたことが証明している。やはりドラマの影響は大きいようだ。

昭和60年                                     医 8,805人 ↓ 
昭和61年                                     医 9,507人 ↑
昭和62年                                     医 9,940人 ↑
昭和63年  熱っぽいの                             医 9,672人 ↓ 
平成元年                                      医10,037人  ↑
平成2年                                       医 9,488人 ↓
平成3年  振り返れば奴がいる                        医 9,812人 ↑
平成4年                                       医 9,515人 ↓
平成5年                                       医 9,664人 ↑
平成6年                                       医 9,255人 ↓   看 40,445人
平成7年                                       医 9,218人 →  看 42,532人
平成8年                                       医 9,057人  ↓  看 45,600人
平成9年                                       医 8,898人  ↓  看 49,774人
平成10年 ナースのお仕事                          医 8,716人 ↓   看 53,052人 
平成11年                                     医 8,692人 ↓   看 55,404人  
平成12年  ナースのお仕事3                         医 8,934人 ↑   看 48,568人 
平成13年 救命病棟24時                           医 9,266人 ↑   看 48,332人
         白い影~Love and Life in the white~       
平成14年 ナースマン                              医 8,719人 ↓    看 53,187人

  ナースのお仕事はどちらかといえばおちゃらけていた。新米看護婦の奮闘ぶりを描いていたが、当時、看護師は3Kの典型のような職業で、加えて医療ミスや院内感染が多く発生し、過酷な職場を避ける人が大勢いた。我がままな入院患者やクレイマーが多く裁判沙汰になるケースも見られ、志望者が大幅に減ったが、男子の看護師の登場で志願者増に転じた。ナース=女性という時代からの転換期がこの頃だ。
 また、長引く不況や不景気により、5千万円もかかる就学費用を賄えず、医師を断念した者も多く、結果的に医学部進学を諦め、受験者数減になった。

平成15年 白い巨塔(唐沢寿明)                      医 8,551人 ↓  看 53,680人
       ブラックジャックによろしく
平成16年                                            医 8,439人 ↓ 看 49,204人
平成17年 1リットルの涙                           医 8,495人 →  看 48,299人
平成18年 Dr.コトー診療所2006                              医 8,602人  ↑ 看 48,914人
                医龍-Team Medical Dragon- 
平成19年 医龍2-Team Medical Dragon-               医 8,573人 ↓  看 50,766人 
平成20年 コード・ブルー-ドクターヘリ救急救命-①   医 8,535人 →  看 51,313人
               風のガーデン  チームバチスタの栄光                 
平成21年 ヴォイス~命なき者の声~             医 8,428人 ↓   看 50,906人
平成22年 コード・ブルー-ドクターヘリ救急救命-②   医 8,447人 →   看 52,883人
平成23年  JIN-仁-   ※東日本大震災発生    医 8,611人 →   看 54,138人
       最上の名医
平成24年 サマーレスキュー~天空の診療所~    医 8,521人 ↓   看 53,702人
平成25年 Doctor-X ~外科医・大門未知子~     医 8,569人 →   看 56,530人
         DOCTORS2 最強の名医 / LAST HOPE          
平成26年                                    医 8,632人 ↑   看 58,891人
平成27年                                    医 9,057人 ↑   看 60,947人
平成28年                                    医 9,434人 ↑   看 62,154人
平成29年 コード・ブルー-ドクターヘリ救急救命-③   医 9,618人 ↑  

 平成15年以降は、立て続けに医師をテーマにしたドラマが多くなった。天才外科医など
かっこいい部分にスポットを当て、若くてスマートな印象を受け、医師を志そうと考えた
者も少なくない。そして2011年に発生した東日本大震災で、生命の尊厳について考える機
会が増え、人の命に関わることや社会貢献できる職業に注目が集まった。

 中3時に感化されて医師を志そうと思った者は、受験年齢が24歳なのでドラマ終了の
9年後に増加するはず。また高3時に医学の道を決意した者は6年後の受験者数を見れば
一目瞭然だ。もちろん、大学の医学部の志願者数を見ればもっとわかりやすいが、日本
全国の医学部のある大学を総ざらいで調査するには相当の時間がかかるため、それは実
施しませんのであしからず。

総括すれば、医師というのは誰にでもなれる訳ではなく、医学部進学の道は険しく、また
相当の出費を伴う。ドラマで放送されたからといって、航空業界のように、すぐ飛びつけ
る職業ではない。受験科目には難解の数学Ⅲと物理が必須で、それで全科目9割以上取るな
ければ合格は厳しい世界だ。医学用語は難解で、英語も自由自在に使いこなせなければな
らない。カルテは昔はドイツ語、今は英語で書く場合が多い。ハードルは高く、誰でもす
ぐになれる職業ではないようだ。

 記事作成:8月29日(火)

2017年9月 8日 (金)

本日の釣行紀(9/8)

  沖縄での釣り以来、2年振りの釣行。通算93回目。今夏、休みなしで働きづめだったために、この日は振替休暇を貰った。実はこの日は私の誕生日ということもあって、何か想い出に残ることをやりたくて、物置から釣行一式を取り出すことにした。
 当初は相馬港に狙いを絞っていたが、高規格道路がまだ霊山から先の険しい峠が開通していないのと、いわきよりも相馬のほうが降水確率が高いために、急遽小名浜方面に切り替えた。小名浜は2010年11月のアクアマリン先端以来なので、実に7年ぶりとなる。
 トビヌケ情報では、8月下旬にサバ、アジ、イワシ、メバルが爆釣だった模様。まぁ持ち帰らずに、キャッチ&リリースでお試しすることにした。
 9月8日は北朝鮮のミサイル発射が翌9日と並んで濃厚な日。J-アラートが鳴ることも予想され、携帯ラジオは欠かせない。また、原発事故から6年半。9月6日のモニタリング検査では、小名浜周辺で水揚げされた魚からはセシウムなどの有害物質は一切検出されず。→ https://www.pref.fukushima.lg.jp/uploaded/attachment/233050.pdf

 <DATA>

DATE: 9月8日(金)
TIME: 3:50~11:40(約8H)   
PLACE: 小名浜
WEATHER: 雨/晴れ 20.0℃~25.9℃(判明次第記載) 日出5:14 日没17:57
TIDE:  中潮 満潮4:43(146cm) 干潮11:06(37cm)
WAVE:波の高さ 1.5m 水温:23.0℃
WIND: 強風→中風
TARGET:メバル・アイナメ・カレイ・サバ
RODS:①ルアー②投げ③投げ④浮き用中通し竿⑤投げサビキ用

  
THEME: 「2年振りの実釣でのんびりと」

 <往路経過>

 前日、約3年ぶりに釣具を物置から出したら、バッグは色褪せ、カビも生え、そして竿やリールには錆が・・・。やっぱり間隔を空けると道具が傷む。小雨の中で夕方で薄暗かったため、仕掛け類や小物を確認できず・・・。
 雨の中、視界を気にしながらドライブして19時半過ぎ上州屋へ。コマセ(税別315円)、ボイルオキアミLツインパック(税別410円)、そして青イソメ(税別1,200円)を購入した。すべて値上げして税込2,079円。
 その後、BIG喜久田店に立ち寄り、お茶やスポーツドリンク、パン、半額寿司、半額おにぎりなどを購入。511円。相変わらず。人間よりも魚のえさ代のほうが高い現実。

 9月8日(金)

 01:00起床 ラジオ電池入れ替えても電源入らず 壊れ J-アラート聞けず
 01:18自宅発 雨止まず
 01:25ドンキ前 
 01:35旧森永R49 信号タイミング悪い 大善寺交番前後取締り警戒
 01:42谷田川セブン 19℃。 路面ウェット 安全運転 ガラガラで先行車なし
 01:59平田セブン トラックに追いつく 
 02:10長沢峠(18℃)
 02:17トンネル
 02:23三和IC
 02:32平中央IC
 02:38 R6バイパス合流
 02:54 ららミュウ先端駐車場着 

 往路 90.1km(1時間36分)

 <実釣経過>

 3:50 ルアー竿で開始 
 4:00 雨止むが断続的に雨 車で仮眠すると止んで、釣りを再開すると降るの繰り返し
     雨男健在!ライントラブルにイライラ  
 4:23 土砂降り ずぶ濡れ 暗いのと遠近両用メガネでラインが見えず結べず
           釣行記録用紙が雨でグチャグチャに
 5:00 雨止んで再開 東側の先端に移動根掛かりでオモリと仕掛けパァー 
 5:25 また雨で中断 車へ避難 予報外れ 風も強くて寒い 
 5:40 釣り再開 すぐ隣りに軽自動車で乗りつけ、挨拶もなく準備を始め、また、左横
     の先端にもオヤジが無言で陣取る。ありえない マナーも知らないのがいわき
     アタリもなければ北風&引き潮に 脈なさそう ディパックにシルバーのカメラカバ
     ーあり!携帯用ラジオも でも電池切れ
      リール、3年間隔あって回転が鈍い 引っかかる感じ
 6:12 寒くてカッパの上着を着る 下オモリにヒトデ

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 6:59 14cmのマダイ 最初チダイだと思ったら、コバルト色の斑点があったので、真鯛
     の稚魚だと判明。リリースするつもりが針飲み込み外せず・・・。出血で死んでしま
     う
      イライラ 理由はバッグ内でイソメが散らばり、全滅(死滅)。最悪。強風
      海猫に死んだイソメを餌としてあげる。

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 7:35 角の投げにダブルでイシモチがヒット(鈴鳴らず)22cmと21cm 隣りのオヤジ
     にあげる うろこ ヒトデ 

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 8:20 浮き釣りを開始 ボイルのオキアミ、全く食わない
 8:37 隣りのオヤジ、岸壁の貝をエサに爆釣!食いがいい!カンパチ、メジナ3、
     アイナメ、ベラ、ウミタナゴなど15匹くらいゲット!魚種豊富 熊手あれば・・・現地
     調達できるのに・・・。     
     まったくアタリなし 円錐ウキ、ウキ止め、ガン玉、チヌ針など一式根掛かり損失
     根掛かりでお気に入りの円錐ウキが波に揺られて流れて行ってしまった。回収不
     能・・・。厳しい。ボランティアの方がゴミ拾いに周回。
 9:57 大空に 暑くなりカッパ脱ぐ 下オモリ仕掛け損失
11:00 投げサビキ開始 サビキ仕掛け絡まるオモリ損失 12号浮きが先端折れる
     イライラばかりで精神衛生悪い まったくアタリなし 腰痛
      エサ(コマセ5分の4)を海中に捨てる
11:40 納竿
 小名浜市場無くなる 市場前の風景がガラリ変わる また、イオン巨大すぎ!
 マリンブリッジ完成でバスやトラックは往復。崩れそう。飛鳥Ⅱ潜れるのか?

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 EFFECT:3尾(マダイ・イシモチ2)

11:50 ららミュウ先端発 アクセス道路事故PC 鹿島
11:57  鹿島街道へ 反対車線の上り車線で警官5~6人が速度取締りの準備
12:00 ヤマダ電機へ ゴミ捨てとトイレ
12:06 R6へ タイヤのシャフトから?カタカタ異音 25℃ R49へここでもまた事故目
     撃(PC到着)
12:17 平中央IC 白のライトバン割り込み ここから郡山旧森永までベージュのCOLT
         妨害
12:26 三和IC 高速は行かず 旧トンネル、斜面はあるがアスファルトなし
12:38 長沢峠(21℃)コルトが追い越しさせまいと100km/hで暴走 「8848」危険
12:51 平田セブン 大型トラック多くて50~60km/hペース ポカポカ陽気で眠い 
13:11 谷田川セブン
13:15 守山
13:20 旧森永右折 右にスーパー建設ベニマル?シミズストアスルー
      アンリツとユアテックでかい 車のカタカタ異音気になる
13:29ドンキ前
13:35 咲田のシミズストアへ 割れ煎餅、チーズ3、弁当で633円
13:44 帰宅

 総走行距離 181.1km

 13:50~14:10 釣具洗浄 蚊に刺されまくる
 14:20~15:15 この記事を編集作業
 15:20~釣具の拭き取り&片付け  NTTドコモ勧誘の電話(ケータイに) 
 

 <費用>

 おにぎり2個・パン1、ドリンク&お茶2      511円 
 餌代(コマセ・アオイソメ・ボイルオキアミ) 2,079円      
                  合  計                2,590円

 <コメント>

 3年ぶりの自前の道具での実釣。今回が通算93回目だったのに、ラインの結び方も忘れていた。雨の中の準備と買出しであまり気乗りはしなかった。しかし、道具も錆まくり、このままだと震災以降、海釣りは遠のいてしまうので、なんとか一矢報いたかった。モニタリング調査で放射性物質は検出されていないが、どうも原発から50km離れていても汚染水を警戒してしまい、回遊魚でも持ち帰る気になれない。地元だから、余計に原発事故の恐怖を未だに引きずっている。したがって震災から6年半が経過しているが、今回はキャッチ&リリースした。
 それにしても、3年ぶりの自前の道具での釣り、やっぱり天気には祟られ、更にはライントラブルや根掛かりによる仕掛けやウキ、オモリなどをお釈迦にすることが多かった。やはり道具は使っていないとすぐにダメになる。それに上州屋で前夜に購入した青イソメが全滅していたのには参った。保存状態は毎回同様だったのに、どういうわけだ?しかも店員のI 氏が安積店へ異動になっていたので、気軽に太い奴を多くと言えなかった。釣れなかった理由は、この餌による。そして浮き釣りもタナが合わず大苦戦。一切アタリもなくオキアミがそっくり戻って来る。勘もなかった。

 しかしながら、小名浜の「ららミュウ」の先端が埋め立てられ、車で乗り入れて釣りがしやすくなった。でもこの日は平日だったので空いていたが、土日はアングラーたちの竿がズラリ並びそう・・・。でもトイレが無いのは不便極まりないが、車のそばで釣りが出来て広々整備されているので安心して釣りが楽しめる。車止めもあって、海に車が飛び込むこともない。
 また、次回は私も岸壁にへばりついたムラサキ貝を熊手のような道具で削り取って餌にしてみたい。オキアミやイソメ類よりも絶対食いが良い。しかもタダ。浮き釣り用の餌として試してみたい。オールマイティーで何でも喰うようだ。
 何はともあれ、今回の釣行で完全復活と言いたいが、今年は仕事の面でてんてこ舞い。平日に休暇を取れるなんて夢のまた夢だった。貴重な休暇を有効利用したい。また、いわきの人たちは釣った魚を堂々と食べているようで、私の疑心暗鬼だったようだ。釣った魚を自分で捌いて食べられるようになって初めて完全復活と言えそうだ。

 

2017年9月 7日 (木)

2017年福島県内のCM特集

 2017年の今年、我が福島県内で放送されている、私がお気に入りのCMを紹介したい。なんとすべて月曜日の「めざましテレビ」内で見られるのだ。残念ながら動画サイトにはアップされていないものもあるので、画像でどうぞ!

 1 はしもと住宅店

 6:37頃のCMと6:57頃からの天気予報で別バージョンが流れる。

 天気予報はコチラ

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 2 郡山女子大学オープンキャンパス

 こちらは月曜日を含め、毎日6時台に流れている。いろいろなバージョンが放送されている。BGMの英語の曲が気に入っているが、曲名が不明。誰かご存知でしたら、コメントを今回に限り開けますのでお知らせください。

 2017年のCMは絵面が違うが、動画サイトにアップされていないので、去年のものを掲載いたしました。

 3 JR東日本「フルーティアふくしま」

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 この夏(7~8月)は数多くこのCMが流れている。

 「フルーティアふくしま」の運行はコチラ http://jr-sendai.com/train/fruitea/

 4 ホンダCars福島

 こちらは7:56頃のCMと「めざましじゃんけん」前の天気予報で別バージョンが流れる。
 登場するディーラーのセールスレディーのおっちょこちょいの失敗場面が流れ、共感が持てる。このモデル(女優?)さんの名前をご存知の方はお知らせください。

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 よく車のショールームに置いてあるお子様用のおもちゃで遊ぶ女性ディーラー。「出発進行!」と車を走らせて遊んでいると、上司に見つかり、「終点です・・・」と罰が悪そうな表情。
 他のバージョンでは「課長、俺様からお電話です」というのもある。

こちらが天気予報 郡山駅前の風景が随所に使われている。
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                        消防署前の公園を疾走

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         続いてBig-i前の階段を全力で駆け上がる

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  そしてアティをバックに駅西口ペデストリアンデッキ上を走る
 全体的に青味がかっていて、早朝に撮影されたと見られる

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 さらには「Big-i」をバックに弾ける笑顔で叫ぼうとしている絵

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 ラストシーンは歩道橋上からアティ方面を向いて何かを叫ぶ!別バージョンCMで「車を買うならホンダCarsふくしま!」と叫んでいることが判明した。別のバージョンでは「車を買うなら今がチャ~ンス!」と叫んでいる。

 郡山駅前でロケした地元CMには「駅前コンタクト」や「東邦銀行」、「福島民友」のCMがある。

 5 いわき平競輪「ガールズケイリン編」

 こちらは月~金まで毎日流れている。主に7時56分頃だ。歴代いろいろなシリーズがあった。今のBGMが気に入っている。

「初めてのレース編」 https://www.youtube.com/watch?v=omtfsuU-Y-g

「施設編」 https://www.youtube.com/watch?v=AMOAvPWUNtg

 ♪さぁ いわきの鐘が鳴る~ 汐風のターン駆け抜けて~
                   遠くから同じ感動 追いかけてい~る~♪

 さて、今日は5編のローカルCMをお送りしましたが、もちろんこれだけではない。「スパリゾートハワイアンズ」や「三万石」、「柏屋」などの全国区のCMは割愛させていただきました。ひと昔前までは、福島のCMと言えば、「大七」や「花春」の地酒や観光ホテル、印刷業などのCMが多かったが、時代は変わったようで、今日紹介したCMはメジャーなものだ。
 しかし、今日紹介したCMも来年の今頃はもう見られない。だからあえて今日取り上げた次第だ。2017年夏、こんなCMが福島を彩っていたことを残しておきたくて・・・。
 

 記事作成:8月21日(月)

2017年9月 4日 (月)

今月の名切万里菜アナ⑤

 2017年3月で福島テレビを退社し、フリーアナウンサーが集う会社「ライムライト」に所属し、日本テレビのニュースキャスターに就任した名切万里菜アナ。福島県で2年間、「みんなのニュース」のキャスターとして親しまれた彼女。異動先でも活躍している姿を見れることは、福島県民として純粋に嬉しく思う。長崎県出身の彼女が、何のゆかりもない当地に赴任し、福島のニュースを伝えてくれたことに感謝すると共に、今後の活躍にエールを送る意味で、これからの彼女のキャスターとしての出演場面を伝えたくて、この記事を執筆することを決意した。

 今日は2017年8月の彼女の出演場面を紹介したい。

 8月3日(木)

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  そして今月の彼女の出演場面をじっくり観察して驚いた。左手の薬指に指輪をしている。いつ結婚されたのか?気になって過去の出演場面を見て見たら、5月には指輪をしていなかったが、6月の画面では指輪をしていた!ということはジューンブライドで6月にご結婚された感じ?もしかしてそれ(結婚準備)を機に福島テレビを退社したのかもしれない。お相手はもしかすると青学時代に交際していた方?だから東京のテレビ局に異動したのか?まさかFTVの関係者ではないだろう。何はともあれおめでたい。たぶん、彼女は今年で28歳になられたと思う。結婚しても不思議ではない。
  未婚既婚にかかわらず、彼女をこれからも応援する記事を書いて行きたいと思う。

 8月10日(木)

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 8月17日(木)

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 8月23日(木)

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 8月30日(木)

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 福島県のテレビ局を退社後も他県の他局の女子アナととして活躍している姿を見られるのは嬉しい。私は去年までは、FCTの小野アナ、TUFの梅田アナ、そしてFTVの名切アナを個人的にはお気に入りだった。もう専属で正社員の小野アナしかいなくなったが、この4月から、一度は退社したアナが、番組復帰した人がいて嬉しい。
 それはKFBの千原礼子アナだ。3年前まで「ドミソラ」を担当した彼女だったが、結婚を機に寿退社し、出産後、同局の夕方の「ヨジデス」の中で、料理やグルメレ担当として復帰した。独身時代と比べて、声のトーンも低くなり、落ち着いた印象だが、時々左手の薬指に光る結婚指輪をちらつかせている。また、お会いできて嬉しく思う。

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名切アナのブログより引用させていただきました。やっぱり可愛い・・・。 

2017年9月 1日 (金)

アンチエイジングの女性⑬

 TBSの「ひるおび」、水曜日・午後の部でコメンテーターとして出演中の伊藤聡子さん。彼女の年齢を聞いて驚いたが、今の50歳は10年20年前と比べて雲泥の差で、とても若い。決して若作りしている云々ではなく、見た目も可愛い人が多いし、肌の状態も良い印象を受ける。
 名前は知らなくても、この顔を見れば、ひと目で思い出す美人、それが伊藤聡子さんだ。容姿端麗にして才色兼備。そんな言葉がピッタリの彼女を今日は取り上げたい。まずはプロフ紹介から。

 「伊藤聡子」

 1967年7月3日生まれの50歳 血液型A 唐橋ユミアナと同じ「三桂」所属
 
 新潟県糸魚川市出身。新潟県立新潟高等学校を経て、東京女子大学文理学部英米文学科卒業。事業創造大学院大学修了。

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  大学在学中の1989年から、TBSの『サンデーモーニング』にリポーターとして出演。その後も『スーパーモーニング』『ベストタイム』などのワイド番組のキャスターを務めた後、2002年から1年間ニューヨークのフォーダム大学に留学した。2010年からは事業創造大学院大学の客員教授を務める一方、文部科学省「原子力分野の研究開発に関する委員会」委員、川合俊一や永井大らと共に「糸魚川ジオパーク大使」を務めている。 またこの傍ら、講演会やシンポジウムにも出演している。

  やはり有名女子大を卒業されているだけあって、才色兼備という感じ。しかも大学院まで行っている才女。しかも、大学院の教授というからそのキャリアは確か。やはりアナウンサーと同じで知性と教養がある方は、美へのこだわりもあって、魅力を感じる。

 記事作成:8月16日(水)

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