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2017年9月23日 (土)

判断ミスが大惨事を招いたケース

 今回の記事は、災害で亡くなった方を冒涜したり、関係者感情を逆撫でしたり蔑む意図は全くありません。災害時にちょっとした油断で命を落としたり、少しの判断ミスが取り返しの付かない重大かつ深刻な結果を招く事例が多々あり、危機管理を高めて欲しいとの切なる願いからあえてここに記すものであることを予めお断りし、これらを理解した上でご覧ください。

  ヒューマンエラーという言葉がある。日本語で言うと「判断ミス」とか「人災」がこれにあたる。自然災害ではなく、正しい判断をすれば回避可能だった事故だ。今回はこれをテーマにしたい。

 白虎隊の悲劇は起こらなかった?

 15~18歳くらいの若年層で組織された会津藩士中二番隊、通称「白虎隊士」。彼らは幕末の動乱の時代にあって、会津戊辰戦争で戦い、自刃したことでその悲劇の象徴としてあまりにも有名。戸の口原の先頭で果敢に薩長軍に挑み、命からがら敗走し、辿り着いた飯盛山。その中腹で彼らが見たものは会津のシンボル、若松城(鶴ヶ城)が炎に包まれている情景だった。落城し、会津が負けたと悟った彼らは、そこで自刃を果たし尽きた。しかし、彼らが目にした城下の火災は武家屋敷などの火災であって、まだ城は落ちてはいなかった。唯一の生き残り、飯沼貞吉によって、白虎隊の悲劇が後世に語り継がれることになった。
 判断ミスがひとつの部隊を全滅寸前に追い込んだわけだが、もう少し、周囲を観察できる目があれば、ひょっとするとあの惨劇は起こらなかったかもしれない。
 あの史実があって、お国のために命を尽くし果てたからこそ、白虎隊伝説が武勇伝として美化されて現世に残されてきたが、若き命を散らさずに済んだのかと思えば、悲しみは倍加されてしまう。

 青函連絡船・洞爺丸沈没事故

 1954年(昭和29年)9月26日に青函航路で台風第15 号により起こった、日本国有鉄道(国鉄)の青函連絡船洞爺丸が沈没した海難事故である。死者・行方不明者あわせて1155人に及ぶ、日本海難史上最大の惨事となった。
 洞爺丸台風が襲来したこの日、青森へ向かっていた渡島丸(貨物専用船)より海峡中央から「風速25メートル、波8、うねり6、動揺22度、針路南東で難航中」との通報が入る。危険を感じた後続の第六青函丸・第十一青函丸は海峡にさしかかったところで運航を中止して引き返した。函館では土砂降りの後に、風が収まり晴れ間ものぞき台風の目が通過したことを思わせた。当時の函館海洋気象台の観測では気圧は983.3ミリバールで、中央気象台の発表した台風の中心気圧より高かったが、風速は15時に19.4メートルに達したのち衰え、17時には17.3メートル、18時にはさらに13.7メートルに弱まっている。台風の速度から見て天候の回復は早いものになるとみて、海峡の気象状況を検討した結果、自身の気象判断に絶対の自信を持っていた近藤平市船長は出航を決断。17時40分頃、出航時刻を18時30分とすることを発表した。
 18時39分、青森に向けて遅れ4便として出航した。乗員乗客は合わせて1,337人。出航して間もなく、南南西からの風が著しく強くなる。
 22時45分頃、函館港防波堤灯台付近の地点(337°、2500m)に右舷側に約135度傾斜し沈没。最後には船体がほぼ裏返しで海底に煙突が刺さった状態になったといい、この洞爺丸だけでも乗員乗客あわせて1,314名中1,155人が死亡または行方不明となった。生存者159名。

 日本海中部地震 (秋田)

 1983年(昭和58年)5月26日11時59分57秒に、秋田県能代市西方沖80 km(北緯40度21.6分、東経139度4.4分、深さ14 km)の地点で発生した逆断層型の地震。地震の規模はM7.7。
 当時日本海側で発生した最大級の地震であり、秋田県・青森県・山形県の日本海側で10 mを超える津波による被害が出た。国内での死者は104人に上り、そのうち100人が津波による犠牲者である。家屋の全半壊3049棟、船舶沈没または流失706隻。被害総額は約518億円。
 津波による死者の内訳は41人が護岸工事中の作業員、釣り人が18人、遠足中の小学生13人などであった。地震発生が晴天の昼間、当日の波が穏やかだった等の事情により、沿岸には作業船、漁船、レジャー船などが多数出船していた。そのため、直ちに救助作業や遺体の収容作業が行われ、遺体が収容できなかった行方不明者は無かった。津波は概ね10分位の周期であった。
 最大の悲劇は小学生の多くが犠牲になったことだ。男鹿市の加茂青砂では、遠足で訪れていた北秋田郡合川町立合川南小学校の児童43人と引率教諭たちが津波に襲われた。多くは漁船や付近の女性などに救出されたが、児童13人が死亡した。遺留品の散乱する現場の空撮映像が全国ニュースで配信されたこともあって、県民や国内はもとより日本国外にも大きな衝撃を与えた。
 この判断ミスは、遠足で海岸に来てお弁当を食べていた小学生の引率教師だ。大地震が起きたらすぐに海から逃げなくてはならないのに、避難が遅れ、結果として13名の幼い命が海の藻屑と消えた。明らかに引率者の危機管理能力の弱さが、尊い小学生の命を奪った。

 大川小の悲劇

 日本海中部地震の教訓が生かされず、同じ轍を踏んでしまった。河口付近にある宮城県の大川小学校。2011年3月11日午後2時46分が運命を分けた自国。あれほどの未曾有の揺れが襲った東日本大震災において、しかも大津波警報が発令しているさなかの危機管理力が欠如した結果、教員11名、小学生74名がみすみす津波に巻き込まれ、犠牲になった。津波の襲来を予想しながら、なぜわざわざ危険な川沿いの道路を一列になって移動したのか?この判断ミスが大惨事を招いた。この大川小学校の悲劇は、私は自然災害ではなく人災と断言したい。急斜面だが学校の裏山に即座に登っていれば、全員助かったと予想できる。当日、校長が出張不在で、最高責任者の指示を仰げなかったのもこの判断ミスを招いた原因。海から数キロ離れていたため、津波が川を遡上してここまで来ないだろうという甘すぎる判断があった。小学生のゆっくりした歩行速度も致命的で、そこに容赦なく津波が襲い、幼い小学生たちを飲み込んでいったのだった。「まさかここまで来ないだろう」という甘い判断が取り返しが付かない大惨事を招いたのだ。
 在校生108名のうち74名が亡くなった。つまり7割の児童が犠牲になったのだ。教員は子供の命を最優先して決断をしなければならない。10人以上の教師が川沿いを通行するのは危険と誰も異議を唱えなかったのか?犠牲者の身内には悔いが残る判断ミスだった。 

https://www.youtube.com/watch?v=wcqCwnWxEPw

https://www.youtube.com/watch?v=wcqCwnWxEPw

 御嶽山噴火

スマホや動画サイトの普及により、だれもが目の前でおきた事件や事故を撮影し、SNSに挙げたり、テレビ局に情報を提供している。さながら素人が報道記者になりえる。しかし、これが命取りになるケースがある。2年前の御嶽山噴火では、登山客が目の前で噴火が起きたのに記念撮影のごとき動画撮影に熱中。逃げ遅れて噴石に当たって絶命したケースがあった。バインダーを通すと目の前に差し迫っている危機にあまり恐怖を感じず、結果的に災害に巻き込まれて命を落としてしまう。自業自得といえばそれまでだが、まさかそこで自分が亡くなるとは考えもしないで犠牲になっている筈だ。言い方は悪いが、命の危険が差し迫っているのに、呑気にカメラを構えているから命を失うのだ。その「まさか」のとっさの判断で生死を分けるということを・・・。 



 那須雪崩事故

 こちらも痛ましい事故。今年の3月27日、栃木県那須町茶臼岳にある「那須温泉ファミリースキー場」で栃木県高体連主催の「春山安全登山講習」中の高校生ら8人が表層雪崩に巻き込まれて死亡した事故。
 事故が発生した27日は、未明から大雪となり、「雪崩注意報」が発表されていることを、教員が当日朝6時に確認し、当初の茶臼岳登山を中止し、那須温泉ファミリースキー場周辺でのラッセル訓練に変更していた。雪崩の発生しやすい気象条件であることを知りながら、雪上での訓練を実施し、結果的に8名の尊い人命が失われてしまったのだった。
 これは明らかに集団心理が招いた人災。主催の教員は被害者遺族に謝罪はもちろんだが、損害賠償を負わなければならない。せっかく時間と費用をかけて計画したのだから、登山に替わる何かを実行しなければならないという無駄な責任感と使命感が招いた事故だ。こういうケースでは、生徒の身の安全を最優先し、中止しなければならない主催者判断なのに、あえてやっという足跡を残すことに終始した結果、こうした事故に繋がった。

https://www.youtube.com/watch?v=zFvKa-9_G2o

https://www.youtube.com/watch?v=GJ6-xWq5i30

 このような判断に至った原因と経緯、それに責任の所在を明らかにしてほしい。でなければ、犠牲になった若い命、遺族はいつまでたっても浮かばれない。あってはならない重大事故は現に起きてしまった。尊い命は、一度失われれば、ゲームのようにリセットして甦ることは二度とないのだから。

 記事作成:9月9日(土)

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