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2017年9月16日 (土)

丸山夏鈴さんの墓参り~夢を叶え、そして旅立ったアイドル~

 本宮市にある「日輪寺」、そこは今から4年前の2013年9月23日、私が伊達政宗の足跡を追って訪ねた場所だった。しかし、今回はそれが目的ではない。その2年後、郡山市出身のアイドルで2015年に夭折した「丸山夏鈴」さんがこの境内にある墓地に眠っていることを知り、その墓参りで再訪することになった。
 不思議なことに、生前の彼女は、若くして夭折したアイドルということくらいしか知らなかった私だったが、最近になって彼女の存在が徐々に私の中でクローズアップして来た。重い病と闘い、息を引き取る最後の最後までアイドルとして生き続けた彼女の姿は、痛々しい部分もあったが、精一杯生きた証を遺した彼女の生き様に感銘を受け、同じ年齢くらいの娘のいる私にとっては胸に迫るものがあった。
 よって今回は彼女の活躍を振り返るとともに、墓参りの模様をお送りしたい。

 なお、彼女の墓所は、多くのファンの方々にもお参りしていただきたいというご家族の意向で公開されていますが、当ブログをご覧になった方は、冷やかしや物見遊山の軽率な気持で訪れないようお願い申し上げます。故人が眠る神聖な場所であることを念頭に置いて神妙な気持でお参りしていただきたいと思います。

 では最初に、彼女の経歴をここに記したい。

 「丸山夏鈴」

 1993年8月2日、郡山市生まれ (夏に生まれたから「夏鈴」)血液型はA

Maruyama 小学2年の時に脳腫瘍が発見され、摘出手術を行ったという経緯がある。その後、デビューまでに中学2年時には1回、高校3年の時には2回の手術を受けている。手術による入院中、テレビで見たアイドルの姿に影響を受け、自分も彼女たちのようになりたいと思うようになったことをブログに綴っている。
 尚志高校時代は生徒会長を務めていた。
 2012年、ネットで見つけたミスiD2013のオーディションに入院中でありながら応募を行い、一次審査を通過した。その後、一般投票の期間中に芸能事務所HappyStrikeへの所属が決定し、7月からアイドルとしての活動をスタートさせる。
 2013年の入院中に脳腫瘍が肺へ転移したことが確認され、治療を続けていたものの手術は困難な状態であった。病気は徐々に進行しており、2015年2月に「Eternal Summer」のPVとジャケット写真を撮影した頃には頬が痩けていたため、病気の進行が顕著になっていた。しかし、発売記念イベントでは座りながら「Eternal Summer」をアコースティックギターの伴奏によるゆっくりとしたテンポで歌うなど、身体への負担を減らしながらアイドル活動を継続していた。その後、2015年3月末に入院して公の場での活動は休止状態となったが、4月5日よりYouTubeを通じてスマートフォンを使った自撮り映像を毎日配信し、5月21日夜まで撮影と配信を行っていた。
 5月22日、昼食後に容態が急変し、13時10分に死去。葬儀は5月25日に福島県郡山市にて、生前の本人の希望や母親・まち子の判断により、一般のファンも参列可能な形で華やかに執り行われた。戒名は「唄安夏鈴清信女」 (Wikipediaより)

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  ではお墓参り当日の経過を記したい。

 9月16日(土)くもり

 翌日には台風18号が襲来し、天気が崩れるため、行くならこの日しかなかった。来週がお彼岸だが、あいにく私は仕事でそれも叶わない。よって16日に行動に移した。

 自宅6:28発ー6:32イオンフェスタ前ー6:39東北病院信号を右折ーコクブン理容左折ー日輪寺6:43着(15分)11km

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 7:00 広い墓地の中から丸山家の墓を探すが見つからず。事前の調査で、そばに木のある場所だということは「Yahoo!画像」で知っていたため、木の周辺を探して一周してようやく発見。本堂の左の細い坂道を登り、天然記念物のシダレザクラをくぐりその先を右に折れて20m先の左側に「丸山家の墓」を見つけた。
 しかし、墓石には「夏鈴」の文字もなければ彼女の戒名も一切刻まれていない。そこで人違いだったらいけないので、さらに広い墓地を2~3回捜索。4号線の上に架かる橋に出る。太陽GSの右上にある墓地だ。

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  橋の上から郡山方面         本宮市内方面

 戻ったら、他の参拝客が近くにいて、いったん時間を潰すために本堂に戻る。「仙道第4番安達30番札所崋蔵院」の文字。また石段の下には震災時に崩壊した本堂の屋根の鬼瓦が左右に移設してあった。
 7:25再度墓の前へ。本人のお墓か確認取れなかったが、後ろの塔婆を見たら2本のうち新しいほうに「夏鈴」の文字が見え、ここで間違いないと確信。3~4回墓地を隅々まで捜索したが、他に「丸山家」という文字が刻まれた墓石はなかった。
 早速、前夜に購入した花を供えて手をあわせる。しかし、水がない。彼女のトレードマークのひまわりが両側に供えてあったがどちらも造花だった。失礼のないように気を遣いながらお参りする。その後、本堂に備えてある桶と柄杓を借り、水を入れて坂を登って花筒に水を足す。そして何度も合掌して拝礼。その隣には小さなお地蔵さま。そこに備えてあるカーネーションも造花だった。この墓と正対するように向かい側には、ここの住職が建立した「心」と刻まれた墓石が建っていた。

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 7:35日輪寺発(通勤ラッシュの時間帯)ー7:43ビール園前ー7:49バイパスを降りる
ー7:53BIG買い物ー8:11帰宅 往復の走行距離23.3km

 お墓の場所を探してタイムロスしたが、40分もあれば自宅から往復可能だとわかった。

 芸能人の墓参りを実施したのは5年前以来二度目だ。その時は天知茂、坂井泉水、石原裕次郎の墓所を回って、在りし日の彼らの功績を偲び、静かに手を合わせたのだった。
 今回は僅か21歳という若さで、早すぎる旅立ちをした丸山夏鈴さんだけに、感慨深いものがあった。まだまだ遣り残したことがたくさんあったに違いない。幼少の頃から命の病と闘い、それでも決して挫けずに、向日葵のような明るい笑顔を周囲に振りまく天使のような存在だった。そして自分の夢であったアイドルになるために、懸命に努力した。その甲斐あって、自分の夢を手繰り寄せ、叶えてアイドルになった。
 そして死の間際までブログで近況を発信続けた。彼女の生き様とその存在は何年経っても決して色褪せず、ファンの方々の心に生き続けていくに違いない。それが証拠に2年以上経った今、月命日でもないのに、彼女のお墓にはお花が供えてある。それほど彼女の人生は、ファンの心に焼き付いているし、夢や希望を追いかける大切さを一生をかけて伝えてくれたのだ。
 若くして天国へと旅立った彼女の人生を忘れず、私自身も恥ずかしくない生き方をしていこうと心を新たにした次第だ。彼女は私にとって娘のような存在だが、亡くなった後も、彼女に元気を貰っている。ちょっとした仕事の悩みや躓きにも、彼女の体験した辛さや苦しみを思えば、これしきのことでへこたれてはならないと思っている。

 最後に、彼女が亡くなった後に、テレビ報道されたドキュメンタリー映像をここに刻み込みたいと思います。

 告別式の模様が「めざましテレビ」で放送された際の映像

 https://www.youtube.com/watch?v=6CgZkT-Jhb4

 改めて彼女のご冥福を心よりお祈り申し上げます。

 記事作成:9月16日(土)

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