2017年11月
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2017年10月18日 (水)

伝説の名投手十傑

 往年の名投手といえば、400勝を挙げた金田正一を筆頭に、奇跡の日本シリーズ4連投で逆転優勝を飾り、「神様・仏様・稲尾様」と呼ばれた鉄腕・稲尾和久などがいる。他にも350勝を記録した米田哲也、フォークの神様と言われた杉下茂、ザトペッグ投法で長嶋茂雄と死闘を繰り広げた村山実など、それは個性的で記憶に残る投手だったに違いない。いずれも彼らは伝説といって相応しいほどの活躍ぶりだった。
 しかし、1964年生まれの私は、残念ながら彼らの現役時代の活躍は知らない。生で見ていたのはプロ野球をこよなく愛するきっかけとなった巨人V9の末期(昭和40年代後半)からだ。以来40年以上、プロ野球ファンとしてずっと見守り続けてきた中で、私が凄いと唸る名投手を10名挙げたい。
 今回は外国人投手を除き、現役も多少含めて、私が個人的に思う名投手10傑を挙げたい。

第10位 鈴木啓示
 
 近鉄のエースとして「草魂」をキャッチフレーズに球界を代表する左腕として君臨した。幼少の頃、訓練して左利きになったというから凄い。弱小球団だった近鉄で300勝を超える勝利数を挙げ、西本監督時、「ミラクル近鉄」として2年連続日本シリーズ進出の立役者となった。

 映像はコチラ https://www.youtube.com/watch?v=q8yO7EdNiy8

 第9位 佐々木主浩 

 横浜ベイスターズ在籍時には「ハマの大魔神」のネーミングで守護神として立ちはだかった。150km/h前後の剛速球と角度のある高速フォークで三振の山を築いた。メジャーリーグのマリナーズに渡り、イチローや城嶋とチームメイトとなった。日米での通算セーブ数は381にも上る。

 映像はコチラ https://www.youtube.com/watch?v=-8naSX2OoLQ

 第8位 ダルビッシュ有

 切れのある速球と数種類使い分けるスライダーを武器に変幻自在の投球を繰り広げ三振の山を築いた。WBCでも2連覇に貢献するなど、大物ぶりを発揮し、メジャーへ渡った。MLBでは登板過多や遠距離移動など慣れない環境もあって、肘にメスを入れることになったが、その後、復活。今季、シーズン途中で移籍したドジャースでの活躍が期待できる。
 私は東北高校在籍時から私は応援していた。東北に初の優勝旗をもたらすとすれば彼だと思っていたが、未だにその悲願は叶わない。 

 第7位 伊藤智仁 

 意外に思えた人も多かったかもしれないが、7位にヤクルトにいた伊藤智仁を推したい。彼の変化球は天下一品。僅か7年で現役生活に終止符を打ったが、個人的には伝説になり得る名投手だと思っている。彼の鋭く横に曲がるスライダーはバットにかすりもしない魔球だった。速球も150km/hを超えていた。相次ぐ故障に泣かされ短い現役だったが、個人的には秀逸した名投手だと今も思っている。

 第6位 江夏豊

 阪神では田淵と黄金のバッテリーを築き、剛速球を武器に決して逃げず、真っ向勝負。ONと名勝負を繰り広げた。とりわけオールスター戦では9者連続三振、広島ではリリーフエースとして優勝請負人とまで呼ばれ、対近鉄戦の日本シリーズでは、無死満塁、一打逆転サヨナラ負けという絶体絶命の場面でマウンドに上がり、「江夏の21球」で奇跡の優勝をもたらした。こうした数々の伝説を残し、記録にも記憶にも残る名投手となった。

 第5位 村田兆治

 ロッテのエースとして長年に渡り一筋に活躍。マサカリ投法という振りかぶった後に左脚を高く上げ、勢いをつけて投げ下ろすダイナミックなフォーム。150km/hを超える速球と、鋭く角度のあるフォークで三振の山を築いた。
 晩年、肘を痛め、ジョーブ博士の手術によって一線を離れたが、奇跡的に復活。サンデー兆治として日曜日ごとに登板。チームメイトだった落合博満が彼が投げると打ちまくった。通算215勝を挙げ、名球界入りを果たした。我が強いからなのかなぜか監督にはなれない。 

 第4位 大谷翔平

 若き球界のプリンス。誰もやったことがない球界初の「二刀流」に挑戦し、類稀な天賦の才能をいかんなく発揮した。同じプロ野球選手でも大絶賛で一目置く存在だ。190cmを超える伸張から低めに剛球を投げ込み、日本最速の165km/hをマーク。これだけでも凄いのに打者の腰を引かせるような角度のあるスライダー、150km/h近い速球から落ちる高速フォークは誰にも打てない。一昨年のプレミア12では160km/hを超す速球で韓国の打者をきりきり舞いさせた。残念ながら今オフにMLBに渡るという予想で、彼は一度も日の丸をつけてWBCに出場することがないかもしれない。

 第3位 野茂英雄

 社会人新日鉄堺時代からオリンピックに出場し、古田敦也とバッテリーを組み、メダル獲得に貢献した。近鉄に入団後も打者に背を向ける「トルネード」と呼ばれる独得な投球フォームから繰り出す伸びのある速球と鋭く落ちるフォークを武器に三振の山を築いた。鈴木啓示監督との確執から、メジャーに渡った。「ドクターK」と呼ばれ、「ノモマニア」と呼ばれる熱狂的なファンを作り出した。とりわけ、メジャーで2度のノーヒットノーランは圧巻だった。メジャーへの門戸を開いたパイオニアという意味でも尊敬に値する偉大な投手だ。
 イチローの才能を見出したのは仰木監督だったが、彼の個性的フォームを一切いじらず、彼のそのダイナミックなフォームをそのまま活かし、成功に導いたのも仰木監督だった。

 第2位 津田恒美

 個人的に大好きな投手。広島のリリーフエース。鬼気迫る形相で全身を使ったダイナミックな投球フォームで相手打者に気迫で立ち向かった。私は彼が南陽工業の時代から、彼の甲子園での投球をスコアブックにつけていた。それくらい魅了される投手だった。ファールで当時の巨人・4番だった原辰徳の腕をへし折った一球は伝説となった。「炎のストッパー」と呼ばれ、「弱気は最大の敵」という名言を残した。
 惜しくも悪性の脳腫瘍で32歳という若くしてこの世を去ったことが痛ましい。

 第1位 田中将大 

 楽天のエースとしてシーズン負け無しの24連勝を挙げ、リーグ優勝、クライマックスシリーズ、日本シリーズのいずれもで胴上げ投手になるという快挙を成し遂げ、球界を代表するスーパースターになった。気迫を全面に押し出しての投球はファンを魅了し、剛速球だけでなく、スライダー、フォーク、スプリットなど、多彩な変化球で相手打者を翻弄した。
 ニューヨークヤンキーす移籍後は、肘の故障などもあったが、術後に復活し、本場のヤンキーたちを熱狂させる活躍を見せている。

 これ以外にも、緩急自在の中日の今中慎二や、サブマリン投法という個性的なアンダースローで通算284勝を挙げた山田久志、山田と一緒に阪急の黄金時代を支えた抑えのエース・山口高志、江川の犠牲になりながら自らの職責を果たした悲運のエース・小林繁、平成の怪物と呼ばれた松坂大輔など伝説と呼ぶに相応しい名投手は大勢いた。

 記事作成:10月11日(水)

 

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