2018年11月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30  

« 2017年12月 | トップページ | 2018年2月 »

2018年1月

2018年1月31日 (水)

2018年1月期のCMベスト5

 その時期に流行ったり、何度も繰り返し放送され、注目を浴びた見慣れたCMを特集して掲載しているこの記事。今回もこの1月に放送されたCMから個人的に気に入っているCMを5作品お送りします。

 1位 第94回箱根駅伝 みんな、がんばれ(理由)篇 60秒   SAPPORO

 「走る選手全員を応援したくなってしまう」。その理由のひとつとして、それぞれがスタートラインにたどり着くまでに様々な背景があり、それぞれが負けられない想いを抱えている。そんなことが挙げられると思います。各選手たちの「止まれない理由」、それを箱根を走る姿と重ねながら見せていくことで、なぜ箱根駅伝を観る私たちがこんなに熱くなるのか、なぜ思わず全員を応援したくなってしまうのかをもう一度思い出してもらう。そんなCMを目指しました。

 2位 Tokyo Desney Resort 「夢がかなう場所」

 いつの時代も東京ディズニーランド&シーは夢の国。大人でも子どもに帰れる不思議な魔力を秘めている。小さい頃に憧れた空想世界を具現し、一歩ランドに足を踏み入れればそこは魔法にかかったかのようにお伽の国へといざなってくれる。そんな夢の世界を演出した秀作CM。

 60秒はコチラ https://www.youtube.com/watch?v=Knoqi57egUo

 3位 日本生命

 毎回、オリンピック直前にはアスリート達を応援するCMで秀でている。今年は45歳にして8回目の五輪出場を果たした葛西紀明選手。亡き母が残した言葉を胸に最後の?飛躍を誓う涙ものの内容。

 「どん底から這い上がってくるお母さんは楽しみに待っています。」

 どんな時も母は強し・・・。

 4位 ユーキャン 「佐々木希」篇

 

 https://www.youtube.com/watch?v=Id-mS8x1ESE

 食生活アドバイザーの資格取得にチャレンジした女優の佐々木希。忙しい合間を縫ってユーキャンのサポートで勉強し、見事合格。しかし、この資格取得の目的が、夫である渡部建を喜ばせるためだとしたら、少し複雑・・・。
 年末年始はこのCMばかり流れていた。

 5位 コインチェック

 出川哲朗が兄と弟の二役を演じている傑作CM。単純なやりとりだが、彼がやるとなぜか笑える。
 しかし、1月20日以降の週に、大変なことが起きた。ビットコインで580億円の流出が出たという報道があった。若き27歳の和田社長が目を真っ赤にはらして記者会見で謝罪した。やはりセキュリティーが脆弱だったようで、ハッカーが不正操作すればこのような甚大な被害が出る。たぶん、こういうずる賢い輩は中国人の仕業だろう。
 これが原因かは不明だが、それ以降、このCMはパタッとやらなくなった。いくら一攫千金の夢とはいえ、実体のないものに投資するのは危険極まりない博打行為だったという訳だ。
 今となっては出川哲朗の「知らないんだ~」という台詞が痛々しい。本当に知らなかったのは「コインチェック」そのものだったと・・・。

2018年1月30日 (火)

郡山の昔話(映画館とデパート編)

  郡山に住んで半世紀近くが過ぎた。学区が芳山・二中という郡山の中心市街地に住み、町並みの移ろいや変わりようを間近で見てきた私だ。
 小学生の頃、郡山駅前や中町・大町周辺を遊び場にしていた私にとって、昔のことを話すのは実に容易いことだ。大学時代の4年間と初任の勤務先だった4年間のみ、郡山を離れたが、実家は市内中心部にあったため、私の中では半世紀以上、郡山にいたようなものだ。それくらい愛着を持っている。
 これまで何度も同じ類の記事を書いて来たが、今回も「郡山の昔話」をしたいと思う。本日のテーマは、「今は無き映画館」と、移り変わりが激しい「デパート」について語りたい。

 「今は無き映画館」

 昭和30年代頃から庶民の娯楽と言えば「映画」だった。テレビは一般家庭に普及しておらず、専ら映画館に足しげく通い、上原健や赤木圭一郎、石原裕次郎、加山雄三などの二枚目スター、女優でも美空ひばり、原節子、岡田嘉子、吉永早百合などの絶世の美女スターが銀幕を彩った。日活、東映、大映、東宝、松竹など多くの映画会社があったことでも時代背景を窺い知れるだろう。当時は映画館が庶民のよりどころであった。「喜びも悲しみも幾歳月」や「青い山脈」、森繁久弥の「社長シリーズ」「若大将シリーズ」、裕次郎の日活シリーズなどはドル箱だった。私は志村喬主演の「生きる」が好きだった。小津安二郎や今村昌平、黒澤明、山田洋次、市川崑、鈴木清順などの名監督の作品が大ヒットした。

 私が生まれた1964年は「東京オリンピック」が行われ、インフラ整備によって好景気に沸いていた。その後の高度経済成長と池田勇人首相の「所得倍増計画」によって世相的に勢いがあった。テレビが普及し、映画業界が廃れるという皮肉的な結果に終わったが、私が幼少の頃は、その名残で駅前を中心に多くの映画館が存在した。


 1 「東宝富士館」
 
 現在のアーケード内の富士館ビルにあった。郡山で一番大きかったと記憶している。隣りが「ワタナベスポーツ」(天井裏が倉庫で、ハシゴで商品を取り出す珍しい作り)で、そのまた隣りが郡山初の回転寿司の「元禄寿司」があった。店内は薄暗く、細長い形状で、カウンター席が周囲にあるこじんまりとした作りだった。
 私は「東宝」では親に連れられ、「怪獣シリーズ」を何度も見に行った。ゴジラ、モスラ、ガメラなどのシリーズ映画だ。

Minoya

 2 「郡山東映」
 
 略して「郡映」。確か堂前、今の文化センターの北側あたりにあった。ほったて小屋のような小劇場だった。入口が資材置き場みたいな造りで、オンボロ屋敷に入っていくような印象だった。そこで小6の頃に、友達4~5人で「キングコング」を見に行った記憶がある。もちろんカラー映像になってからの作品だ。そしてその帰り道、中華料理屋の「なるき」でタンメンを食うのが定石だった。

 「キングコング」の予告編はコチラ→ https://www.youtube.com/watch?v=aanYNjjoCQo

 3 「東映パレス」

 こちらはあまり印象にないが、駅の目の前にあった。アーケード入口の北側あたりにあったと思うのだが、もしかすると記憶違いで、松竹があった現在吉野屋がある一帯のビルだったかもしれない。
 私は浪人時代、予備校をさぼって見に行ったのがミーハー極まりないが、当時流行った東宝の「たのきん映画」で、近藤真彦主演の「ハイティーンブギ」と「嵐を呼ぶ男」の二本立てだった。当時、マッチに似ていると言われ、有頂天になっていた私は、高校生に爆発的人気のあったその青春映画を見ておきたかった。リバイバル上映で、しかも平日の昼間だったので、客は3~4人しかいなかったと思う。

 「ハイティーン・ブギ」の名シーンはコチラ↓

 https://www.youtube.com/watch?v=vDLc8qJQkUk

 また、同じ映画館で、元カノと「波の数だけ抱きしめて」という「ホイチョイプロ」制作の三部作(ほかの2作は「私をスキーに連れてって」「彼女が水着に着替えたら」)の青春ストーリーを見た記憶がある。

Daieipalace2 Daieipalace

 湘南を舞台に、大学生たちがひと夏、ミニFM曲を開局するという設定で、その中で叶わぬ恋を演出した。中山美穂、織田裕二、松下由樹、別所哲也らが出演した映画だった。

 「波の数だけ抱きしめて」の名シーンはコチラ↓

 https://www.youtube.com/watch?v=Xt9pNnukcZc
  
 4 「スカラ座」

 よく覚えていないが、大町のアーケードを西側に抜けた四つ角にあった映画館だったと思う。その東向いが中学の同級生の肉屋だった。斜め向いには成人映画の殿堂の「大勝館」があった。今は、「テアトル5」になっているため、同じ映画館だけに昔の面影が若干残っている。割烹居酒屋「くし膳」の姉妹店である「まめ膳」がの隣りにある。残念ながら、私はここでは映画を見た記憶がない。

Taisyoukan

 5 「郡山ピカデリー」

 郡山のさくら通り沿いの清水台。4号国道の西側に八幡坂があるが、安積国造神社まで登る手前にあった映画館。ちょっとわかりづらい場所にあり、階段で降りた地下にあった。映画館自体狭く、200席もなかったと思う。
 私はここで中1の頃、初公開となった「STAR WARS」の初回作品(現在はエピソード4)を見た。しかし、大人気作品だったため、立ち見で見た。その優れた映像技術は既知のものではなく、CG技術や大音量に圧倒された覚えがある。新しい映画制作の到来を肌で感じ取ったのは言うまでもない。

Sakuradori Hachimanzaka

 スターウォーズエピソード4の予告編はコチラ↓

 https://www.youtube.com/watch?v=2TAEzknJ32c

 6 「大映パレス」

 駅前アーケード内の四つ角にトイスかんのがあるが。その北西隣りにあったのが「大映パレス」で、1階映画館、2階がサウナパレスになっていた。大勝館の北東側で、その角地(つまり大映パレスの南隣り)には精養軒という肉屋さんがあった。
 なお、「テアトル郡山」は「でこ屋敷」という居酒屋さんがある角をさらに北へ70~80mほど行った、今の「ワタナベスポーツ」の辺りにあった。中央スケートリンクがあったその斜め向かい側だ。

 詳しい地図は下をどうぞ!(クリックで拡大します)

Koriyama_2

 このように昭和30~40年代は映画が隆盛し、それらを見るために人々は大挙して駅前に繰り出し、映画鑑賞の後で百貨店に立ち寄り買い物をしていた。だから駅前が賑やかで、消費活動も活発だった。駅前には多くの書店があった。東北書店・佐藤書店・叶屋書店・松文堂などだ。よく立ち読みして怒られたものだ。 古き佳き時代だったとつくづく思う。

 ちなみに「松竹」は駅前のアーケード入口から左側の吉野屋があるビル一帯にあったと思う。

Dvc00215

 

 「デパート(百貨店)」

 郡山の老舗百貨店と言えば、私が幼少の頃は3店しかなかった。アニメCMが一世を風靡した「うすい百貨店」、仙台が本店の「丸光」、そして呉服屋のイメージが強かった「津野デパート」だ。

 まず、「うすい」は中町の商店街通りを挟んで「第一うすい」と「第二うすい」に分かれていた。 「第二うすい」ではエレベーターが珍しい時代で、何度も乗って上下を繰り返した。制服を纏ったエレベーターガールもいた時代だ。私はここへは切手購入で訪れたものだ。そして親と買い物に訪れた際に、7階のレストランで「お子様ランチ」を食べるのが何よりの楽しみだった。また最上階が狭い空間だったが、ちょっとした遊具やゲーム機がおいてあって、そこで小銭を握り締めて遊んだ記憶がある。一度も見たことはなかったが、銀色の円形の構造物があった。もしかするとあれは天体望遠鏡を囲うドームだったと思う。

Usui1 Img_8022_r
Img_5290_r Img_7991_r

 また、「うすい」の特設会場は、時々奇妙な展示を開催した。もっとも薄気味悪かったのは「世界の爬虫類展」だった。世界中から珍しい蛇やトカゲ、ワニなどを一堂に集め、展示する気色悪い内容の催しだった。

 一方、「第一うすい」の思い出は、何といっても昭和51年頃に屋上で開催された「スーパーカーフェア」だった。ガルウィングの「カウンタック」や「フェラーリ」など超絶スポーツカーが郡山にやって来たのだった。新聞やマスコミの過熱報道も手伝って、連日それを見たくて多くの買い物客が列を作った。「スーパーカー」フィーバーは凄まじく、ガチャガチャのカプセルの消しゴムになったこともあるくらい一大ブームが沸き起こった。「うすい」でも集客の目玉としてうすいの屋上に「スーパーカー」をクレーン車で吊り上げ、数台の超かっこいいマシンを並べて展示した。一説では搬入の際に、うっかり傷を入れてしまい、多額の賠償金を払ったという噂まで飛び交った。

Img_5391_r

 「デパ地下」という言葉が後から流行したが、私はよく友達と食品売り場に行き、夕方の小腹が空いた時間に試食コーナーを回った記憶がある。また、おもちゃ売り場があって、そこで手当たり次第、置いてあるおもちゃを弄繰り回して遊んだことも覚えている。

 なんだか泣けてくる・・・デパートの最上階にあった食堂の思い出

 https://www.youtube.com/watch?v=BPZwzP3z6sI

 【昭和の思い出】昔のデパートは夢が詰まってたのに何でこんなつまんなくなっ
ちゃったんだろ?【懐古】
 
 https://www.youtube.com/watch?v=a847AACDB6o

 続いて「丸光デパート」。駅前のアーケードの入口角に7階建てでデーンと聳え立っていた。今も建物自体は残り、朝日生命ビルとなっている。駅前大通りの地下通路から地下1階に直結して店に入ることができた。その地下通路では、ストリートミュージシャンがギター一本で歌っていたし、たまにはシートを広げ、自作ネックレスやアクセを売る若い行商もいた。そしてアーケード南側の入口の角には、なぜか三万石が店を出していた。

 確か「丸光デパート」は、床が木目のタイル張りだったと思う。いつ訪れてもワックスの独特な臭いがした。各階ともに商品の割りにスペースが広く、ガランとした印象があった。ここでの思い出は、地下1Fの食品売り場で、友人と訪れ、格安の学生ラーメンを食たことが何度もあったし、6階のおもちゃ売り場、そして屋上の遊園地&ゲームコーナーは行きつけだった。
 屋上遊園地は私と同年代以上の方は特に懐かしいと思う。回転飛行機は徐々に高度
を増して廻旋速度も早くなるのだが、恐ろしいのは客が乗る飛行機型のキャビンがビルの外に出てしまうことだ。子どもながらに恐怖心を植え付けられた。初めて乗った時にはたぶん泣いて親を恨んだと思う。ほかにも回転するコーヒーカップもあったし端には幌屋根つきのゲームコーナーがあった。今思えば子ども騙しのピンボール型の長方形のゲームだが、それはかつて麓山にあった「児童文化会館」や「磐光パラダイス」に置いてあったゲームに似ていた。

Img_8027_r Marumitsu2

 丸光のCM「愛のある街」のCMソングはコチラ↓

 https://www.youtube.com/watch?v=dluHdvOe1Y8

 「うすい」と「丸光」は特に古くからあったため、思い入れが強いデパートだった。
 
 一方「津野デパート」は窓がない総銀張りの外観でいかつい印象があった。駅前大通りと国道4号線の北東側の角にあった。1987年に廃業し、その後「第一イン」というホテルになった。
 ここは呉服屋的な位置づけで、婦人服や着物を扱っていた。私は中高の学生服を設える際にお世話になった。当時は「トンボ学生服」と「富士ヨット学生服」が人気を二分していた。その取扱店というイメージしかない。
 その真向かいには「丸藤」という婦人服専門のスーパーもあった。

Tsuno

 この津野デパートは市街地一円に土地を持つ大地主で、津野一族として名家だった。
 
 その後、昭和52年頃に、百貨店競争が過熱する出来事があった。本店が東京にある全国チェーンの大型デパートがこぞって郡山に進出した。ご存知の通り、それは郡山駅が新幹線の停車駅となり、駅舎が建て替えられる頃の話で、駅前には「西友」、「丸井」が出店し、駅前の風景はガラリと変わってしまった。
 また、大手スーパーの位置づけだった「ダイエー」が来た時には、地元のスーパーや「うすい百貨店」は警戒を強めた。しかもダイエーは売り場面積が大きく、駅前の大町の一等地に店を構え、しかも当時は斬新な本館と別館を渡り通路で結ぶ作りだった。郡山市民は買い物の選択肢が増え、駅前は活性化し人通りも多くなった。東北有数の商都と呼ばれるまでになった。

Img_5293_r Img_5270_r
                                                      
 しかし、その後、地元の「うすい」と「ダイエー」の安売り合戦が過熱し、客の争奪戦が展開された。結果的に昭和の終わりにはダイエーが同系列のディスカウントストア「トポス」に身売り。それよりも前に西友ストアが百貨店色の濃い「西武デパート」に切り替わったが、集客が思うように伸びず採算が合わず、共倒れの様相が明確になり、結果、平成に入り、西武と丸井は撤退し、トポスも閉店に追い込まれた。

 そして、市民に根強い人気があった「丸光」「津野」も閉店に追い込まれた。その後、校外の大駐車場を構える「ジャスコ」が日和田に完成。旧日東紡跡地に「THE MALL郡山」が出店し、客足が取られる形になった。イオン系列のスーパーセンターである「イオンタウン」が駅の東口に完成し、客の分散化が進んだ。
 私はダイエーは気に入っていた。しかし、売り場面積が各フロアともに狭く、敷居の高い「丸井」はあまり訪れた記憶がない。 
 「西武」はNゲージやレコードを買い求めに行った記憶がある。何より、駅前に面したガラス張りのエレベーターが当時は珍しく、またエレベーターガールが一番可愛かったことから、小学生時分には、わざわざエレベーターを乗りに行った記憶がある。

Img_5389_r P1030414

 さて、いろいろと書き綴ったが、これほど駅前周辺にあった映画館とデパートは、思い入れが強い。それは小中高と郡山で学生生活を送った私にとって、駅前は刺激が多く、いろいろな誘惑があったからだ。見るものすべて新鮮で、活力があった。
  それにしても残念なのは、昔はデパートには付き物だった「アドバルーン」を見かけなくなったことだ。空高く舞い上がり、遠くからでも「セール」を認知できたのに・・・。

 最後に、本記事で掲載した箇所以外で、私がよく通い詰めた駅前の店を挙げて結びとしたい。
 
 チロンヌップ アメリカ屋 BLUE HOUSE  靴のタカマツ 山の井
 郡山中央スケートリンク トイスかんの 東北書店 ワタナベスポーツ
 松英堂(楽器) 角海老 
 

 サービス映像 「昭和45年の郡山」

 でこ屋敷、昔の郡山駅、FCT、三森峠の古代の村、染本ホテル、うすいの店内と屋上などが登場します!
 
 記事作成:1月25日(木) 

2018年1月27日 (土)

日本酒の楽しみ

 私は「日本酒は嗜好品である」と常々思っている。言わずもがなだが、嗜好品とは「風味や味、摂取時の心身の高揚感など味覚や臭覚を楽しむために飲食される食品・飲料や喫煙物のこと」である。
 
 なのに、有名ブランドばかりを有難がる俗物根性と同じで、ネームバリューがあるからと言ってそれだけで人気酒に飛びついたり、味もわからないくせにウンチクを垂れたがる輩が増え、それらは愚の骨頂と言わざるを得ない。
 
 今から20年前、地酒ブームが沸き起こったのは記憶に新しい。日本酒の良さが見直される契機となったが、猫も杓子も皆、特定の日本酒ばかりに群がり、手に入りにくいレアものとして価格は高騰、「幻の名酒」とさえ呼ばれて持て囃された酒があった。

 一例を挙げると

 「越の寒梅」「雪中梅」「越の影虎」「八海山」「久保田」(新潟)
 「十四代」「住吉」「出羽桜」(山形)
 「天狗舞」(石川)
 「磯自慢」(静岡)
 「黒龍」(福井)

 一例を挙げたが、これらはプレミアがつき、正規の料金の数倍もの高値で取引されたり、1本1万円以上で闇ルートで売買されたこともあった。
 現に今でもヨークベニマルでは山口県の「獺祭」が照明にあたり、温度管理も出来ていない店頭にこれ見よがしに1本7千円以上の高値で置いてあるし、カインズホームでは「越の寒梅」の本醸造や「八海山」、「久保田」が投売りされている。久保田などは久保田会の会員でなければ販売出来ない筈だ。毎年数回、酒販店主を集め、勉強会を開催し、その年の出来具合や味の詳細を学び、客への説明の手助けまでしている。そこまでしないと卸してくれない代物だ。安売り品はたぶん横流しされたものであることは明白で、これではあまりにも酒が可哀相だ。

 しかしながら、冒頭で述べた通り、日本酒は嗜好品である。万人受けするものでは決してない筈で、人気に肖ってそれに飛びついて、果たしてその人好みに合致するのだろうか。
 煙草もそうだったが、多くの銘柄があって、その人の舌に合うものが必ずあるはずだ。その好みは千差万別であって、誰もが同じ趣味嗜好であるはずはないというのが私の持論だ。
 
 日本酒で言うと、完全にオートメーション化し、大きな工場で大量生産・大量販売している大メーカー、そして大々的にテレビや雑誌などで宣伝している製品だから、絶対的に美味しいとはならないのだ。

 私は震災時の原発事故による放射線被害で、我が福島県の食品がいわれのない風潮被害で敬遠されている現状を目の当たりにし、強い憤りを感じているひとりだ。

 我々福島県民は「完全被害者」なのに、生活が困窮し、自殺に追い込まれている生産者が現実にいる一方で、他県、あるいは他国の人々は、安全検査を厳重に行っているにもかかわらず、福島県産は危険だと未だに米や野菜の出荷量が震災前の20%程度に踏みとどまっているのが現状だ。
 
 
 幸いにして日本酒は、酒どころ会津地方が原発から120km以上離れた放射線量が極めて低い土地柄であるため、その風潮被害もあまり受けていない。よって震災以降も伝統と権威ある日本酒の出来具合、味の確かさを競う「全国新酒鑑評会」において、5年連続金賞受賞数日本一を獲得した。

 かの中田英寿氏は福島の酒をこう評した。以下「Youtube」掲載のコメント

  サッカー元日本代表選手の中田英寿氏(40)が23日、東京国際フォーラムでトークョーを行った。
 同所ではこの日、福島県のPRイベント「FUKU FES 2017ふくしま大交流フェスタ」を開催。会場には、福島の日本酒が20蔵以上も楽しめるエリアが設けられている。
 47都道府県の酒蔵300か所以上を回るほど日本酒に精通している中田氏は「福島のお酒っていうのは、全国的に見ても非常にレベルは高いと思います。どちらかというと純米大吟醸のような(格式の高い)お酒というより、食事の合間に飲む純米酒のような(庶民的な味が)すごくいいなと。食事中に飲むお酒というイメージがあります」と紹介した。
 現在、福島には約70か所の酒蔵があるが、中田氏はそのうちの約20か所を訪れたことがあるという。

 今後、福島の日本酒をどうやってPRしたらいいかアイデアを求められると、中田氏は「それぞれの多様性が福島のお酒にはある。(同じ福島県内でも酒蔵の場所によって)あれだけ気候が違うので、水も当然違いますし(味が違う)」と分析し、「温泉地ともう少し密接につながってセットになれば。食事とのペアリングが分かるといいなと思います」と、日本酒に合うご当地グルメもセットでPRすることを推奨した。

 かつて日本一のJリーガーはまさに日本酒の分野でも「本物を知っている」ということか。決してお世辞ではなく、自分の趣味嗜好に合う酒探しを自らが提唱している点で私の意見と合致している。

 しかし、これほど確かな誉れ高き福島の地酒が、国内ではあまり売れないというのもあながち否定できない現状にある。酒好適米の段階から品質検査は徹底的に行われているにもかかわらずだ。実に残念至極だ。
 その日本一美味い日本酒を他県の日本人が受入れにくい状況に置かれている今、結果、一体最高の酒がどうなっているかご存知だろうか?

 では下の動画をご覧いただきたい。

 IWC(インターナショナル・ワイン・チャレンジ)2015「日本酒部門」でチャンピオン・サケを輩出し、「全国新酒鑑評会」でも金賞受賞数が4年連続で日本一を継続中(※)の福島の日本酒にスポットを当て、福島県クリエイティブディレクター・箭内道彦氏の監修のもと、「ふくしまプライド。」をメッセージにPR動画を制作しました。

 日本一の業で造られた5年連続日本一に栄誉に輝いた福島の酒が皮肉にも味にうるさい欧米人たちの賞賛を勝ち取り、外国に流出してしまう事態が発生しているのだ。これは日本人の心のよりどころである日本酒が外国にどんどん出て行ってしまう危惧を抱かざるを得ない。

 
 つまり、食通や利き酒にすぐれた玄人の舌をも唸らせている福島県の確かな酒作りの技術を全国に知らしめている訳だが、日本酒ほど製法に時間と手間がかかるものはない。とても薄利多売できるような代物ではない。熟成した味と香りは一長一短で成せる業ではない。杜氏が丹精込めて造り出す深い味は、蔵元ごとにまったく異なるし、使用する原料米や精米歩合、酵母、発酵度合いも仕込み時期によってまったく異なる。

 ビール、ウィスキー、ワイン、焼酎とは製法自体が異なるし、手間、醸造工程も天地ほど違う。厳しい温度管理も要求される。火入れ作業ひとつとっても味がガラリ変わる。
 そこには各蔵元の汗と涙の結晶が注ぎ込まれているということだ。こうした酒造年度ごとに、蔵人たちが魂込めて作り出したわが子同然の日本酒を、激安スーパーや味もよくわからないような店員が御託を並べて売っていたり、しかも冷酒を照明に当てっぱなしで温度管理もろくにしていない棚に並べておくような店で販売していたら、これは蔵人の努力を無にしているし、失礼極まりない行為だ。こうした輩は酒の販売をやめて貰いたいものだ。

 約20年前に酒税法が改正になり、国の愚策によってアルコール類の販売も大きく緩和された、コンビニでも酒を売るようになった。そして、ここ郡山にも激安酒販店が軒を連ねるようになったが、近頃、そうした機運に乗っかって店を出した激安店が相次いで店を畳んでいるのをご存知だろうか?「やまや」「一二三屋」「酒天国」などだ。

 「本物」ではないまがいものを売り続けた末に、経営が破綻した格好だ。真の酒飲み消費者が、本当に美味い自分だけの酒に辿り着いたことの証明であろう。

 蔵元に足しげく通い、良好な関係を築き、蔵人の努力に報いるように温度管理もしっかり行い、酒を大切に扱っている本当の「日本酒」を扱っている酒屋のみが生き残っているのは一目瞭然だ。
 
 幸い、私の実家近くの行きつけの酒屋さんは、良心的で、しかも味のわかる店員さんがいる。それが証拠に「利き酒師」の資格を有し、どの日本酒に対しても味の説明が出来るから安心して話が出来るし、自分の嗜好に合った日本酒を勧めてくれる。これは日本酒ファンにとってはありがたい存在だ。

 これこそが真の日本酒愛好家だと思う。全国の人気ランキングを有難がるのではなく、純米酒、吟醸酒、純米吟醸酒、大吟醸など数多くある酒類や酒質、日本酒度や酸度などを勉強し、自分の好みに合った酒を勧めてくれる行きつけの酒屋を作ることが美味しい日本酒を楽しむコツのように思う。

 間違っても酒の置き場所も選ばず、味が落ちた安売りの酒に飛びついたり、ネームバリューに踊らされて、人気がある有名地酒のみを有難がって追求してはならない。日本酒はあくまで嗜好品である以上、いくつかの地酒を呑み比べてみて、自分自身に合う「本当の酒」を自分自身で見つける楽しみを持ってはいかがかと思う。楽しみが膨らむと思う。
 有名ブランド一辺倒ではなく、「自分の舌で自分好みの酒を探し出す」、これこそが日本酒の醍醐味だと思う。

 どうです?大雪が降って寒い毎日が続いていますが、今晩あたり「熱燗」でキューッと一杯・・・・。
 
 最後に、福島県の地酒を数多く飲み比べた中で、私の舌に合うものを備忘録を兼ねてカミングアウトして結びとしたい。

 1 「天明・焔」 山廃き生もと特別純米
 2 「会津中将」 生貯蔵吟醸酒
 3 「國権」    純米吟醸生酒
 4 「奈良萬」  純米ひやおろし生詰
 5 「雪小町」  大吟醸・美山錦造

 記事作成:1月23日(火) 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 追 記

 1月28日(日)に行きつけの酒屋さんを訪ねたら、ちょうど一週間前の1月21日(日)の午前4時半頃、店に車が突っ込んだそうだ。店主に話を聞いたところでは、衝突で爆音がし、店の外に出たところ、白いFITが電線に絡まり、運転席を下にして宙づりになっていたとのこと。
 店の損害は自動販売機2台が損傷し、店の外壁が大破したそうだ。運転席と助手席に乗っていた人は軽傷で済んだそうだが、車体は大破し部品が歩道に飛び散るほどの事故だった。
 警察の調べでは、どうやら運転していた無職の20代の男は、朝日町で朝まで酒を飲み、開成山方面から駅方面へ車を運転し、ツルハ前の交差点で赤信号で停車中の車を右折車線から無理やり追い越してハンドル操作を誤り、信号無視の上、暴走して店に突っ込んだらしい。
 その運転手はなぜか逮捕されずに救急車で病院に運ばれたが軽傷。その後、自宅に戻って療養中らしい。保険会社の調査員は弁償を含めて来たそうだが、加害者の男は一切謝罪にも現れていないと訝っていた。店主はとんだ災難だったと話している。大雪が降る二日前の出来事で、スリップした訳でもなく、すべてが飲酒運転の成れの果てだったと思われる。
 枝野氏ではないが、心からお見舞い申し上げます。

2018年1月26日 (金)

NHKオリンピック公式テーマソング集

 今年はオリンピックイヤーだ。マイナス15℃以下になる極寒の地「平昌(ピョンチャン)」で開催される。国家ぐるみのドーピング疑惑でロシアが国としての参加が見送られ、また、チケット売れ残り問題や北朝鮮の突然の参加表明で、大会本部が右往左往している状況が見て取れる。一時期は、開催国「韓国」の財政難や大会不参加が続出し、大会そのものが中止に追い込まれる懸念さえあった。
 しかし、政治問題を排除し、純粋にスポーツの祭典としての国際舞台であることを念頭に置けば、これは平和の象徴であるし、国家間でのスポーツ対決は見ごたえがある。私は未だに韓国の日本選手に対するぞんざいな扱いや君が代演奏と日の丸掲揚に対し、反日行動に出る危惧を抱いている。まして禁止薬物を混入させ、失格に追い込む不正行為を企んだり、卑劣な手段で日本人選手を陥れるのではないか、また政治的な主張をスポーツに持ちこむ愚かな態度に出るのではないか、そういった危険を常に考えてしまう。

 そうした危惧は別として、これまでオリンピックの中継やドキュメント番組で使用されるテーマ曲は秀逸している。特にNHKは秀でている。選曲が抜群にいい。リオの際は安室奈美恵の「HERO」だった。必ず、オリンピックの大会が終了すると、使用されたテーマ曲が必ずといって良いほど大ヒットしてきた。2004年のアテネ五輪では「ゆず」の「栄光の架け橋」、2012年開催のロンドン五輪では、「いきものがかり」の「風が吹いている」がそうだった。

 努力に努力を重ね、練習に明け暮れた日々。やっと手にしたオリンピック代表の座。絶対にお目にかかれないアスリート達の陰での血の滲むような努力の日々をこうした曲が回顧し、その頑張りと栄誉を讃える。涙なくしては見られない裏ドラマだ。

 さて、今冬の「平昌オリンピック」でNHKが選んだテーマ曲はSEKAI NO OWARIが手がけた「サザンカ」だ。冬の厳しい寒さに赤い花を咲かせる山茶花をモチーフに、大雪に見舞われても必死で咲き誇る深紅の花々を選手にたとえたと容易に想像がつく。

 サンデースポーツで紹介された時、思わず涙が出そうになった。アスリート達の必死の練習風景や試合での真剣なまなざし、そして立ち居振る舞いに感動せずにはいられない。

 ではここでNHKのオリンピック公式テーマソングの一覧を提示したい。下記の「Wikipedia」の記事をどうぞ!→ コチラ

 冬季オリンピックはかつて札幌五輪の「虹と雪のバラード」が有名なテーマソングだが、これは大会歌であって、NHKに特化したものではなかった。

 <冬季オリンピックNHK公式テーマ曲のリストと映像>

 1994年 リレハンメルオリンピック・・・「遥かな人へ」 高橋真梨子

 1998年 長野オリンピック・・・「SHOOTING STAR」  F-BLOOD

   2002年 ソルトレイクシティ・・・「果てしなく続くストーリー」 MISIA

 2006年 トリノ・・・・「誓い」 平原綾香


 
 2010年 バンクーバーオリンピック・・・「BLESS」 L'Arc~en~Ciel

 2014年 ソチ・・・「今、咲き誇る花たちよ」 コブクロ

 1992年のアルベールビルオリンピックまでは、NHKでは特にテーマ曲は設けていなかった。
 どうです?懐かしいでしょう。その時節、活躍していた選手たちの名シーンが浮かんできそうだ。いずれも心に残る名曲揃いだ。特にサビの部分は圧巻だ。

 さて、間もなく開催される「平昌オリンピック」。関心事はメダル獲得総数と金メダル数だと思うが、あえて私はその予想を回避したい。なぜなら一生懸命頑張って来たアスリートたちにズブの素人が予測するのは失礼だと思うからだ。もちろん各代表選手は、一番いい色のメダル獲得を目指して練習に明け暮れているのは間違いないが、今回のオリンピックはメダルに関係なく、筋書きのないドラマだからこそ感動が感動を呼ぶ。選手たちの頑張っている姿をしっかりとこの目に焼き付けて心の底から大きな声で応援したいと思う。

  記事作成:1月23日(火)

2018年1月22日 (月)

許しがたき韓国の悪行

 これまで嫌韓に関する記事を書くたびに、何度か共産党系?と思しき方から嫌がらせと思えるような横槍コメントがあったことを前もってカミングアウトしておきたい。しかしかつて「なでしこりん」がそうであったように、権力には屈せず、怖気ずに韓国に対する持論を展開したい。その理由は、韓国のことあるごとの一方的かつ度重なる「日本バッシング」に日本人としての立場を明確にし、主義主張を明示したいからだ。それに憲法で定めるところの「表現の自由」を侵害する行為は断じて許せない。

 今回はまず、平昌オリンピックを機に、南北融和ムードの機運が高まっている朝鮮半島情勢について指摘したい。北朝鮮にいいように振り回され、あしらわれていると知ってか知らずか、政治とスポーツは別物とばかりに、少しでも北朝鮮が甘い顔を見せると、それに乗じて180度対応を変える韓国の変り身の早さと八方美人的で主体性のない日和見外交、そして自らのスタンスのブレには目をつむり、怒りの矛先をすべて日本に向け、敵視する強権的発想はもはや友好ムードなどありえない所業だ。

 しかしながら、これこそが韓国の本音で、かつて同一民族であった北朝鮮・韓国両国にとって、日本は完膚なきまでに叩きのめしたい宿敵だが、幾らいがみあって対立しているように見えても、心の底ではいつかは北朝鮮とは国家を統一して元の鞘に収まりたいという悲願があるように見える。

 一方では、韓国はアメリカ・日本との三国同盟を画策し、北朝鮮への警戒態勢を整えているが、それはあくまでやむを得ずの表向き外交であり、腹の底では隙さえあれば、日本を蔑ろにし、葬りたいという本心が見え隠れする。日本人の感情からすれば、70年以上も前の遺恨をいつまでも引きずり、誠意ある謝罪要求など歴史問題の清算を迫り、敵対関係を続け、執拗に責任追及をしている点が解せないし、日本人にとっては韓国のやることなすことすべてが癪に障る行為だ。

 しかも、3点セットである「竹島」「靖国」「慰安婦」の問題をネタに、とことん日本批判・反日感情を増幅させ、特に若い世代に日本憎しの感情を植え付けさせ、過激な運動に走らせている。恨みつらみ、禍根、憎悪の感情を叩き込む教育は、もはや未来志向ではなく、誠意ある謝罪などと要求しているが、一昨年前の12月に国家間交渉で不可逆的解決を結び、日本が百歩譲って10億円もの賠償金を引き出し、それを受け取っていながら、政権が変わった途端に、前政権批判を展開する事で国民の支持を取り付けようと画策する外交下手を露呈。

 こんな愚国を誰が信用できようか。しかも許せないのは、日本からの10億円を政府で保管し、韓国政府が10億円を捻出して慰安婦に支払うという本末転倒の対応策まで飛び出した。こうした汚いやり口はたちの悪い暴力団と同じで、日本からの誠意を反故にし、本来なら渡さなくても良かった10億円をまんまとせしめ、その出処や所在を蔑ろにする腹ではないのか。国民が少しでも騒げば、政府は言いなりというのが実体ではないのか?

 ゆすり集りを常套手段としてきた韓国にとっては、平和裏に解決してしまうと、こうした日本を叩きのめすための材料がなくなり、日本から金品を巻き上げる口実を失ってしまうことを危惧しているのだ。

 嫌がらせはこれだけに留まらない。自らが撒いた嫌韓感情なのに、一方では昔は日本人が韓国へ観光で訪れて、何でもしてくれたのに、今は見向きもしない。
一体どうなっているんだ日本は。と逆恨みまでする。反日行動ばかりを繰り広げていながら、いざ日本人が嫌気が差して愛想を尽かすと、上から目線で日本へクレームをつける。あまりにも自己中心的な概念と身勝手な論法しか持ち合わせていないと見える。

 また、今回の記事の主題である許しがたき韓国の最大の理由は、一昨年に政府間合意で解決を見たはずの従軍慰安婦問題なのに、今でも世界各国に慰安婦像を建造している事実だ。韓国人は頭がイカれているのか?火病を患い、正当な判断も出来ない「キチガイ集団」と目と耳を疑う所業だ。

 ではどんな国に、日本を批判する目的で慰安婦像を設立したか列挙したい。

 
 中国(香港)2017年7月 5体
 アメリカ カリフォルニア州グレンデール市 2011年12月
      ミシガン州デトロイト市
      ジョージア州ブルックヘブン市
      カリフォルニア州サンフランシスコ市
      ニューヨーク市マンハッタン
      カリフォルニア州フラートン市
      ワシントンD.C(計画段階)
 オーストラリア シドニーインナーウエスト・カウンシル
 カナダ  トロント市
 ドイツ  ヴィーゼント市
 フィリピン マニラ市


  

 ここまで巨費をかけてまで全世界に日本が70年も前に行った行為を知らしめ、断罪したいと願うのは、あまりにも執拗すぎるし、先進国で経済的に裕福な日本からいくらでも金を巻き上げたいという打算と、一方では日本とはいつでも断交
したいという本心もありありと見える。    

 韓国国内の12箇所だけならいざしらず、日本大使館前に設立したり、日本を陥れようと日韓併合や慰安婦とはまったく関係のない外国にまで建造していることは、非礼極まりないし、それどころか日本を叩きのめし、悪者、あるいは亡き者にしたいという概念そのものだ。日本のイメージダウンとなる材料を模索しているだけだ。
そんな狂った国と同盟関係を維持するなどちゃんちゃらおかしい。 
 もちろん、負の記憶を忘れず、日本人がいかに野蛮で非常識な民族かを若い世代や後世に残し伝える目的でこうした行動を続けている。もし韓国自体が国際問題や不況などで国の存続が危うくなったら、いつでも慰安婦問題をぶりかえし、ゆすり集りの材料にすることだろう。

 実際問題として、10億円の拠出は、これ以上問題をこじらせたくない懸念から日本側が100歩譲った結果だ。私は従軍慰安婦問題を世界に認めてしまった点で憂慮すべきと思っているし、個人的に慰安婦問題は貧困に喘ぐ韓国が日本から金銭をせしめるための工作だと思っている。
 日本の統治下にあった際、旧日本軍兵士の性処理として韓国人女性に正式に広告で呼びかけ、日当を払う契約で雇った方々だ。

 軍規が厳しかった旧日本軍において、強制連行で慰安婦にさせられたなどとは真っ赤な嘘で、韓国の謀略でしかないと信じている。

 今生き残っている従軍慰安婦とされる、当事者である女性達がそのことを一番よくわかっていよう。国際社会において、先進国の仲間入りを果たし、裕福となった日本が憎らしくてたまらないのだろう。あわよくば日本から金銭を巻き上げたいと考えている。そのために政府が事実を歪曲し、でっち上げた泣き女のように仕立て上げられたということを。慰安婦とされる老婆たちはそれ真実を知っている張本人だ。


 
 最後に、こうした韓国の暴挙を許してしまっている日本政府の対応の甘さも指摘したい。外交問題を何一つ解決できない弱腰連中ばかりだ。沖縄・北方担当大臣は何のためにいるのか?単なるお飾りか?「北方領土は日本固有の領土」と主張する割には去年1年間でロシアに何を働きかけたのだ?何一つ解決できていないではないか?

 竹島問題も何も変わっていない。韓国が主張する独島には韓国軍が実効支配している有様が何十年も続いているのに、教科書や地図帳に記載する努力をしているだけで、何かにつけて抗議くらいしか出来ていない。まるで腫れ物に触るように見てみぬふり対応が従来であった。こうしてみると日本はあまりにも外交ベタすぎる。
 安倍首相は東京五輪を花道に退任するだろうが、彼に代わる人材など自民党にいるのだろうか?石破さん?岸田さん?求心力はどれほどのものなのか?

 今後、数年越しで日本の旗振り、そして行く末を注視していきたい。
  

 記事作成:1月18日(木)

 

2018年1月20日 (土)

郡山の魅力再発見!51 ~知られざる条例~

 世間一般の人にとってみれば、普段の生活の中で基本的な法令を知る機会など皆無といって等しい。たとえば、軽犯罪法や自転車も対象となる道路交通法、刑法、民法など、うっかり知らなかったでは済まないような重要法もある。日本では、大学の法学部など一部の人だけしか法律や法令、条例、規則などを専門的に学ぶ機会はないにもかかわらず、日本人の多くは日常の集団生活において、周囲とのバランスの中で自然に規律を守り、秩序ある生活が送れているのは奇跡に近い。

 しかし、前述したように、知らなかったでは済まされないのが法令だろう。たとえば、普段から車の運転で、平気で20km/h以上の速度違反をしていて、捕まらないで過ごしてきたドライバーが、たまたま「ねずみ捕り」で引っかかり、30km/h以上オーバーの違反でえ検されたらどうなるか?反則金の青切符ではなく、一発免停となる赤切符となる。赤切符をもらうと、立派な「前科」がつくことになる。もちろん、交通事故で相手を死亡させた場合もどう同様だ。つまりこれらの行為は、犯罪者としてのレッテルが貼られる。これでは「運が悪かった」で済む問題ではない。無知が故の失敗ということになり、人生の汚点となることは言うまでもない。

 最近、煽り運転が社会問題化し、高速道路で急停車し、追い越し車線で無理やり停車させ、事故を誘発させたとして、逮捕された重大事故があった。このような煽り行為は動画サイトに山ほどアップされており、このようなケースは氷山の一角で、常態化していると思われる。この件を重く見た警察庁は、先日、全国の所轄警察署に「煽り運転」を厳しく取り締まる方針を固め、通達を出した。法令を知らなかったために、人を死に至らしめ、一生償うことになろうとは思ってもみなかったに違いない。

 日本の教育は、小学生で道徳という科目は存在するが、学力向上ばかりを重視し、人として社会生活、共同生活、集団生活を送るために最優先されるべきことをおざなりにしているように思われる。
 しかるに、義務教育の時分に、基本的な法律について学ぶ機会が必要かと思う。やっていいこと悪いことの分別をしっかり身に着けさせ何をすればどういう罪に問われるのかを知識や教養として習得させなければならない。

 最近、動画サイトでは、いい大人が悪戯や悪ふざけで法に触れる馬鹿げた行為をしでかして、さもひけらかし、自慢するかのようなろくでもない大人が増えつつある。無差別に人を殺し、「人を殺してみたかった」などという身勝手な言い訳をさせないための法の枠組みが必要だ。善悪の判断をしっかり幼少期から植え付けさ、社会に出してほしいと
切に願う。そういう教育をぜひ実現して貰いたいと思う。

 それでは、我が街・郡山市に存在する市町村の法令である「条例」について取り上げたい。 
 条例と言えば、「青少年健全育成条例」や「迷惑行為等防止条例」などが有名だが、わが街にも、警察官や弁護士以外、市民の9割以上が知らないであろう条例が存在する。他県で許されても本県では違法行為となるようなものだ。それは「サンダル履きで自動車を運転してはならない」という交通法規のような類から、18歳未満の若者の外出時間の制約など多種多様にある。
 ちなみに、ヤフーで「郡山市の条例」で検索をかけると、多くの項目がヒットする。
 その多くは市議会で審議され、制定されている。郡山市の条例をピックアップしてみると以下のようなものがある。
 
 1 景観づくり条例
 2 郡山市税条例(住民税額を決める)および施行規則
 3 郡山市手数料条例
 4 郡山市職員等の旅費に関する条例
 5 郡山市立公民館条例
 6 郡山市下水道条例
 7 郡山市個人情報保護条例
 8 郡山市文化施設条例
 9 郡山市子ども第一条例(制定予定)
10 郡山市障がい者差別禁止条例(仮称)
11 郡山市廃棄物の適正処理、再利用及び環境美化に関する条例
12 郡山市屋外広告物条例および施行規則
13 郡山市総合地方卸市場条例
14 郡山市自転車等駐車場設置条例
15 郡山市自転車等の放置防止に関する条例
16 郡山市廃棄物の適正処理、再利用及び環境美化 に関する条例
17 郡山市旅館業条例
18 郡山市ふれあい科学館条例施行規則
19 郡山市保育所条例
20 郡山市手話言語条例
21 郡山市地域交流センター条例
22 郡山市印鑑条例
23 郡山市病院条例
24 郡山市斎場条例
25 郡山市名誉市民条例

 一挙25個の条例を例示したが、これらは近年に制定されたほんの一部で、ほかにも例規集なるものまで存在しているが、郡山市役所の職員や地元の警察官すら知らないであろうものまで盛りだくさんだ。
 感じることは、日本人はどこまで細かくかつ手厚く快適な生活のために法案整備を進めているのかということと、反対にお節介なまでに、どこまで細かく規制すれば気が済むのかということだ。これが秩序を保つ秘訣なのか・・・。

 ところで、市民は一体どこに行けば、こうした条例の条文を見ることができるのだろうか。一般市民はまったくこんな条例があること自体、初耳だろうし、回覧板などでまわってくる広報誌「広報こおりやま」や「市議会だより」にも一切報じられていないし、知らされる術もない。
 しかし、条例で定められている以上は、それに抵触すれば摘発され法令の名のもとに罰せられることとなる運命なのだ。

 郡山市の条例(例規集)を閲覧したい方は下のURLをクリックしてください。

 http://www1.g-reiki.net/koriyama/reiki_menu.html

 さて、みなさんは、自分たちが暮らす市町村の法令である「条例」をいくつご存知でしょうか。今回、初めて目にしたものもあるに違いない。そんなもの知らなくても普通の生活になんら支障はないが、自分が違法行為を知らず知らず行っている可能性も十分あり得るとい
うことがおわかりいただけたと思う。

 時々、人が社会生活を送る上でもっとも大切な法律に触れる機会を作ってみてはいかがでしょうか。コンプライアンス(法令順守)の意識を高揚させるだけでも防犯効果があると思う。
 かくいう私も、45歳のときに、母校である東京にある大学の法学部の通信課程に再入学し、法律を学んだ経緯がある。訴訟などはないにこしたことはないが、知らなかったで済まされないように、知識を得ようという意図からだ。

 今回の記事が、皆さんの生活に少しでも役に立てればありがたいと思う。


 記事作成:1月17日(水)

 

 

2018年1月13日 (土)

使えない巨人の歴代ドラフト1位

  過去、何度も当ブログで、巨人軍のスカウト人の目が節穴だらけだと指摘する記事を書いてきたが、今シーズンも前評判と違わぬ状況下にある。
 それは3年前の1位で大卒投手の桜井、一昨年1位だった高卒ルーキー野手の吉川尚に続き、今年は中央大卒の苦労人、鍬原投手までもが故障で出遅れ、2月のキャンプインは三軍で調整する見通しとなった。
 こうした毎年繰り返す不調を見抜けないスカウト陣にはへどが出る。まったく人を見抜く眼力もなければ、使えない選手ばかりを入団させるお粗末さだ。日本ハムを見習ってもらいたいものだ。齋藤祐樹は別として、新庄獲得→ダルビッシュ→大谷→清宮と大物スター選手を相次いで入団させ、球界でもトップクラスの人気球団となり、観客動員数も伸びている。

 私は昨秋、ドラフト1位で人気が集中するであろう清宮を避け、高校屈指のスラッガー、履正社の安田尚憲選手を単独指名して欲しいと願っていた。しかし、その願いは木っ端微塵に砕かれ、外れ1位も抽選で敗れ、結果、鍬原投手を指名した。爆弾を抱えているとの情報から鍬原は2位でも指名できたはずだ。西武から獲得した野上や鍬原では、昨シーズン14勝のマイコラスの穴を埋められるはずがない。

 どうしてこうも巨人のフロントは力量がないのか?それを証明するために、ここ10年間(H19~H28)の巨人のドラフト1位指名選手の一軍での成績を記載し、比較・検証したい。おそらく巨人命を貫き、指名拒否をした長野、菅野以外はあまり芳しくない成績だと思う。

 H19 村田透(大阪体育大学)

 1年目  0試合登板  0勝0敗 0セーブ  防御率 登板機会なし
 通算  15試合登板  1勝2敗 0セーブ  防御率 2.77

 3年間一軍登板がなく、戦力外通告となった。その後、アメリカに渡りメジャーの下部組織のAのインディアンスに入団するが、結果を残せず。2016年に日本ハムと契約、古巣巨人を相手に初勝利

 H20 大田泰示(東海大相模高校)

 1年目  3試合出場  打率 .000   0安打  0本塁打  0打点   1三振 
 通算 343試合出場  打率 .243 210安打 24本塁打 86打点 227三振

 将来の巨人の大砲を期待されたが、巨人では出場機会に恵まれず、ポジションも内野から慣れない外野へコンバート。芽が出ず、日本ハムにトレード後、出場機会を得て、水を得た魚の如く大活躍しているのは周知の通り。
 巨人には8年間在籍したが、225試合出場に留まった。巨人時代に通算100安打しか打てなかったのに、日本ハム移籍後、1年で110安打をマーク。ホームラン数も巨人の8年間でたった9本しか打てなかったのに、日本ハムでは15本と才能が開花した。いかに巨人が使い方が下手で実力を見抜けないかがわかる。

Murata Ohta
 
 H21 長野久義(ホンダ)

 1年目 128試合出場 打率.288  19本塁打  52打点  72三振
 通算 1093試合出場 打率.286 124本塁打 448打点 690三振

 巨人入団を熱望し、他球団(日本ハム・ロッテ)の指名を拒否し続けた。26歳でやっと念願の巨人に入り、独特な水平打法で1年目からレギュラーになり、2年目には首位打者を獲得したが、ここ2年間は成績はあまり芳しくない。開幕から前半戦の成績が良くない。

 H22 澤村拓一(中央大学)

 1年目 29試合登板 11勝11敗  0セーブ 174奪三振 防御率2.03
 通算 225試合登板 44勝41敗 73セーブ 641奪三振 防御率2.61

 中央大学の先輩の阿部とバッテリーを組み、2年目までは先発だった、チーム事情により原監督の命を受けセットアッパー、リリーフエースとして君臨した。しかし、トレーナーの施術ミスによって昨季はシーズンを棒に振った。近年はリリーフに失敗し、先発投手(特に菅野)の勝利投手をフイにする場面が多かった。その原因は太り過ぎで腕のしなりが無くなったから。下半身が使えずに制球を乱し、ボールが高く浮いて痛打されるケースが多かった。

Chono Sawamura

 H23 松本達也(英明高校)

 1年目 0試合登板  0勝敗 0セーブ 防御率0.00
 通算  0試合登板  0勝敗 0セーブ 防御率0.00 一軍試合出場機会なし

 2015年、10月5日に福田聡志が野球賭博に関与していた問題で、球団から告発を受けて調査していた日本野球機構の調査委員会は10月21日の中間報告で、福田、笠原将生と共に松本も2014年の試合で野球賭博に関与していたと発表した。11月10日、日本野球機構より福田、笠原とともに失格選手として公示された。残念な結果だった。

 H24 菅野智之(東海大・浪人)

 1年目 27試合登板 13勝6敗  0セーブ 155奪三振 防御率3.12
 通算 126試合登板 61勝33敗 0セーブ 763奪三振 防御率2.18

 今や巨人のエースではなく、球界を代表するエースに成長した。WBCでも好投した。とりわけ2017年シーズンは最多勝や最優秀防御率、勝率、沢村賞と総なめにする活躍だった。彼が投げると打線が沈黙し、またリリーフ陣が逆転され、勝敗がつかなくなるなど不運な一面があったが、昨季はそれも解消した。

Matsumoto Sugano2

 H25 小林誠司(日本生命)

 1年目 63試合出場  打率.255  2本塁打 14打点  26三振
 通算 400試合出場  打率.214 10本塁打 89打点 205三振

 WBCでは意外性の男やムードメーカーとして活躍したが、入団以降、鉄砲肩とは裏腹に打率が悪すぎて、いつしか吉川の台頭で正捕手の座も危うくなった。イケメンだが、成績でも男を上げて欲しい選手だ。

 H26 岡本和真(智弁学園高校)

 1年目 17試合出場 打率.214 1本塁打 4打点  4三振
 通算  35試合出場 打率.188 1本塁打 6打点 16三振

 過去3年間は高卒ということを考えても物足りない。将来のジャイアンツの4番候補として鳴り物入りで入団した大砲だが、出番が少ないため、ファーム暮らしが多い。大田泰示の二の舞になりそうな悪い予感がする。とにかく根気強く育ててほしい逸材だ。

Kobayashiseiji Okamoto

 H27 桜井俊貴(立命館大)

 1年目 1試合登板 0勝1敗 0セーブ  5奪三振  防御率8.31
 通算 20試合登板 0勝2敗 0セーブ 21奪三振  防御率6.03

 即戦力を期待されて入団した割には全く使えない。プロ初登板で肘を痛めるなど散々な結果。大卒なのに未だ勝ち星0はフロントの目がなかったことの証明だ。1試合平均6失点など並みの投手以下だ。あと2年ダメなら非情な巨人なら戦力外通告は間違いないだろう。目の色を変えて取り組んでほしい。

 H28 吉川尚輝(中京学院大学)

 1年目 5試合出場  打率.273 0本塁打 0打点 2三振
 通算  5試合出場  打率.273 0本塁打 0打点 2三振 

 こちらも大田、岡本と同じ轍を踏みそうな野手だ。高卒は4年間は育成と考えていいが、彼の場合は即戦力の大卒。出番の少ない巨人では言い訳は通じない。前述した2人が好例だろう。結果を残せなければクビになるのがプロの世界。腰を据えて危機感を持ってもらいたいものだ。

Sakurai Yoshikawa

 なぜか巨人の高卒ルーキーは芽が出ない。巨人は選手層が厚いため、選手の出場機会、つまり出番が巡ってこない。しかも即戦力ばかりをFAやトレードで集め、選手を育成するのも下手くそ。猫も杓子もこぞって巨人へというのは過去の話で、広島やソフトバンク、日本ハムなどの人気球団が台頭して来た今、巨人は魅力がなくなっている。しかもかつてのようにゴールデンタイムにナイター中継することもなくなった。出場機会がない巨人よりも、他球団で実力を発揮できる環境を望んでいる選手は多い。しかし、巨人の体質は旧態依然で何も変わらない。今年も西武の勝ち頭の野上を獲得した上、私が買っていた高木勇人を放出するハメになった。ありえない。3年前のエース級投手をプロテクトから外すという切捨て人事。
 
 さて、いろいろ巨人愛ゆえの厳しい鞭を振るったが、巨人の選手は、名門とか人気球団に在籍していることだけに満足し、死にもの狂いで戦っている印象は皆無だ。しかも入団時に莫大な契約金を貰う。ゆえに泥だらけになって血の滲む努力をしている選手はまず見当たらない。坂本に代表されるように、スマートでセンスだけで野球をやっている雰囲気だけしか感じられない。
 何が何でもスターティングオーダーに名を連ねるとかレギュラーポジションをとってやるという気概や闘志を見せてほしいものだ。
 キャンプインする前の今の状況では、昨年の4位どころか最下位転落、そして高橋監督のシーズン途中での休養、原監督復帰、あるいは村田ヘッドの監督代行が目に見えている。これ以上ファンを裏切らないで欲しい。

 最後に、気が早いが今年の戦力を見ての予想順位は以下の通りだ。

 1位 広島       1位 ソフトバンク
 2位 阪神       2位 ロッテ 
 3位 DeNA      3位 日本ハム
 4位 中日       4位 西武
 5位 巨人       5位 楽天
 6位 ヤクルト     6位 オリックス

 記事作成:1月10日(水)

 

2018年1月 8日 (月)

NHKが最近、壊れたと思える映像集

 ここ数年、お堅い公共放送の筈のNHKがふざけている。というよりぶっ壊れている。前にも同様の記事を書いて指摘したが、ニュース番組でもこれまでの路線変更は顕著で、本来の存在価値を逸脱している。これは国民への人気取り、いわゆる迎合なのか。それとも親近感を持たせようとしてあえてはっちゃけて、これまでの堅い印象から脱却を図ろうとしているのか?はたまた現NHK会長である上田良一氏の指図なのか?あまりにも変わり過ぎて、従来のNHKのイメージ抱いているお年寄りは、相当な違和感を持って見ていると思う。

 では、今回もこのように述べる根拠としていくつかの映像を紹介したい。なおリンクした動画は私が「YouTube」にアップしたものではないため、予告なく削除されることがあることを申し添えます。

 1 軽くなったアナウンサー

 生放送中に物まねですか(1分27秒から)

 NHKのアナウンサーは、退社された膳場アナや現役の小野アナ、和久田アナにしても東大卒や早稲田卒の超エリート社員だらけだ。なのに、このような教養の微塵も感じられないお粗末な放送では見る気になれない。NHKの放送使命は、こんな低レベルに成り下がったということだろう。若者への人気とりとしか思えない沙汰だ。

 生放送中のおふざけ&じゃれあい

 視聴者がどんなふうに番組を見ているのか、まったく無視して身内ウケすればいいような俗物根性しか感じられない。アットホームさや温かみのある雰囲気を演出したいのだろうが、それはNHKに求められることではなく、ふざいけあいの茶番にしか映らない。こういうことは民放がやることだ。残念過ぎる。

 2 緊張感のないハプニング報道

 3 良識に欠ける動向(放送事故レベル)

 

https://www.youtube.com/watch?v=LolfNpaxqok

https://www.youtube.com/watch?v=VYbRTVql1Eg

 これらの映像を見て感じることは、NHKも民放並みに成り下がったということだ。国民、特に若い世代にウケれば何でもいい。視聴率さえとれれば、教養もへったくりもないという印象だ。
 断っておくが、私は年払いでNHKの受信料を適正に払っている。だから、余計にこのような民放ばりの「悪ふざけ報道」は腹が立つ。昔の知性と教養溢れる番組放送、報道姿勢に回帰して貰いたい。

  記事作成:1月5日(金)

2018年1月 6日 (土)

再ブレイクするバブリーソング

 昨年、30年前のバブル期のヒットソングである荻野目洋子が歌った「ダンシングヒーロー」がリバイバルで再ブレイクした。そのきっかけは登美丘高校ダンス部の奇抜な80年代ファッションによるパフォーマンスと独特な踊り、そして平野ノラの芸風で80年代のバブル景気が再脚光を浴びた相乗効果によるものだった。

 1 ダンシングヒーロー by 荻野目洋子

 元祖本家本元のアイドル時代の映像です。

 登美丘高校ダンス部のPVはなんと3,500万件を超えるアクセス数があった。

 2 Venus by 長山洋子

 私は荻野目洋子の次にヒットを予想するのは、やはり元アイドルで、現在は演歌歌手に転身した長山洋子が、やはり30年前の1986年に歌ってヒットした洋楽のカヴァーである「Venus」だと思う。ノリノリダンス曲なので、登美丘高校ダンス部にぜひ踊ってもらいたい。

 3 淋しい熱帯魚 by Wink

 アイドルとしてピンクレディー以来の「レコード大賞」を受賞した大ヒット曲。腕を交差させる独特な振りを皆なカラオケで真似していた。フランス人形を彷彿させる可愛らしい女性デュオだった。相田翔子は和服が良く似合う典型的な純日本美人だ。

 4 CHA-CHA-CHA by 石井明美

 この曲は1980年代に流行った明石家さんま主演のドラマ「男女7人夏物語」の主題歌として脚光を浴びた。こちらも同時期に流行した「ランバダ」と同様にダンスミュージックで、この曲で石井明美が大ブレイクした。

 私はこの80年代のバブリーソングが再ブレイクする理由は、当時流行歌として聴いていた若者たちが、40代以上の親世代となり、その子供たちには新鮮に映ること、そしてもうひとつは、80年代はアイドルブームがあって、バブルの好景気と相まって、歌謡曲が全盛期を迎え、カラオケ等の普及によって、世にこうしたノリノリの曲が流行したことによる。だから、親世代がカラオケで歌っているのを聴いたその子供たちが、耳に残る曲として歌い継いでいるのだと思う。
 本日挙げた4曲は、30年も前の古歌だが、「ダンシングヒーロー」の再ブレイクによって、今後、脚光を浴びるであろう曲を先取りしてお送りした。

 記事作成:1月5日(金)

2018年1月 4日 (木)

今年注目の台湾女優

 台湾へ感謝の旅行に出向いたのがもう5年前になるとは俄かに信じがたい。東日本大震災の際に、世界一となる200億円超えの義援金を送ってくれた台湾。私は実の母親が台湾生まれということもあって、何か特別の間柄の気がして親近感しかなかった。
 さて、本題だが、なぜ、今日の記事の冒頭で台湾の話を持ち出したかと言うと、世の女性が韓国ドラマにハマっている中、強烈な嫌韓の私は、台湾女優にお熱を上げている。リー・チンリンさんは別格として、「言えない秘密」のグイ・ルンメイや「台北に舞う雪」に出演したトン・ヤオが大好きなことは、以前当ブログでカミングアウトしたことがあったが、今年再ブレイク間違いない台湾女優が今日取り上げる「ジエン・マンシュー」だ。今年29歳になった彼女は、10歳年上のヘアアーティストの男性と電撃結婚し、妊娠を発表した。

 それでもその美しさは決して色褪せることはない。日本では、同じO型の加藤綾子アナに似ているとか相武紗季似だとか言われるが、私は川口春奈(O型)や鶴田真由(O型)、宮﨑あおい(O型)、さとう珠緒(A型)に似ていると思ってしまう。論より証拠、彼女の画像をご覧ください。

 「ジエン・マンシュー」

Taiwan1 Taiwan2 Taiwan3 Taiwan6

 1988年10月16日生まれの29歳 てんびん座のO型

 台湾藝術大学在学時に台湾教育部のテレビ広告に起用される。2010年にデビューし、同年ドラマ『あの日を乗り越えて(Year Of The Rain)』で第45回金鐘賞(台湾テレビ番組、ドラマアカデミー賞)の主演女優賞にノミネートされた。2015年に映画『菜鳥~Maverick』で第52届金馬獎の最優秀助演女優賞ノミネートされた。2016年に映画『菜鳥~Maverick』で第18届台北映画祭の最優秀助演女優賞。

Taiwan5 Taiwan4 



  しかし、彼女の存在を日本でも知られるようになったのは、2017年に日本で封切られた映画『ママは日本へ嫁に行っちゃ ダメというけれど。』だ。

 Facebookでの出会いを通じて国際結婚した日本人男性と台湾人女性の実話を、俳優の中野裕太と台湾の女優ジエン・マンシューの主演で映画化。原作は、2人の遠距離恋愛や結婚生活をつづり、32万人以上のファンを持つFacebookページ「雖然媽媽説我不可以嫁去日本。」をブログにまとめ、後に書籍化した「ママは日本へ嫁に言っちゃダメと言うけれど。」(新潮社刊)。テレビドラマ「拝啓、民泊様」を手がけた谷内田彰久監督がメガホンをとった。日本のドラマやアニメが大好きで、大学では日本語を専攻している台湾の女性リン。ある日、彼女のFacebookに、モギという名の日本人青年からメッセージが届く。モギは、震災の復興支援で日本に友好的な台湾に興味を抱き、まだ見ぬリンにメッセージを送っていた。これをきっかけにFacebook上で交流を始めた2人の仲は、急速に縮まっていく。

 <予告編>

http://www.taipeinavi.com/special/5059172

 さて、私はアジアの女優で好きになったのは、20代では「チャイニーズゴーストストーリー」の「ジョイ・ウォン」で、30代後半が「冬ソナ」の「チェ・ジゥ」、40代は「僕とスターの99日」の「キン・テヒ」だった。40代半ばからは台湾女優にハマるようになった。それは昔の日本人女性が持っていた清純で清楚な印象とダブるからだ。恋愛観も1960年代生まれの私にとっては理想の女性像がドンピシャだ。
 日本でもどんどんメジャーになってくれることを願っている。

 記事作成:12月29日(金)

« 2017年12月 | トップページ | 2018年2月 »

福島県の天気


無料ブログはココログ