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スポーツ

2017年4月26日 (水)

早くも今年引退を表明したアスリート

 まだ上半期も終わっていない4月の時点で、大物のアスリートが複数、引退を表明し、世間を驚かせた。まだ年齢的に限界を迎えたとは言い難い面々だが、第一線から身を引く決断を下には、それは本人にしかわからないそれ相応の苦悩があったのだろうと思う。精神的にも体力的にももう無理と悟ったため、潔く引退したのだろうから、もったいないと思いつつ、彼らの決断を尊重したい。では、4月の時点で現役を引退したアスリートを列挙したい。

 1 柏原竜二

 ご存知「二代目山の神」として箱根の剣に挑んだランナー。我が福島県出身で、酒井監督に素質を見出され、東洋大学入学してからめきめき力をつけ、頭角を現した。特に山登りの5区で、4年連続で往路のゴールテープをトップで切った。3年次まではいずれも山登り区間で逆転した。4年次は震災で苦しむ人々に希望を与えた。4年のうち、3回自己記録を更新し、同じ福島県出身で、順天堂大学の今井正人に続き、「山の神」とか「神童」と呼ばれた。苦しそうな表情を浮かべながらも、自分のペースを乱すことなく、がむしゃらに走った。沿道には彼を見たさに多くの駅伝ファンが詰めかけ、雄姿を見守った。
 その後、同じ郷里の英雄「藤田敦史」に憧れて、「富士通」に入社し、実業団ランナーとしても期待されたが、相次ぐ怪我に悩まされ、今年4月3日に、27歳で引退を決意した。
 今後は富士通は退社せず、社業に専念する。引き続き陸上教室やゲストランナーなども、依頼があれば可能な限り対応する。

https://www.youtube.com/watch?v=hjH_ycq1Ov0

 2 立石諒

 神奈川県藤沢市出身。湘南工科大学附属高等学校卒業。AO入試を経て慶應義塾大学環境情報学部に入学。ロンドン五輪に備え休学していたが、2012年9月に復学。2013年3月卒業。左利き。
 2010年の競泳の日本選手権で、50m平泳ぎ・100m平泳ぎ・200m平泳ぎで3冠を達成し、ポスト北島康介として注目を集めた。
 2011年の国際大会選考会で、50m平泳ぎ・100m平泳ぎでは共に2位で、200m平泳ぎでは4位というまさかの結果になった。
 2012年のロンドンオリンピック代表選考会では100m平泳ぎと200m平泳ぎは共に2位で、派遣標準記録を突破し、日本代表に選ばれた。
2012年8月1日のロンドンオリンピック男子200m平泳ぎ決勝では隣のレーンを泳いだ北島をピタリ追泳し、ゴール前でわずか0.06秒交わして3位に入着し、銅メダルに輝いた。
 2017年の4月13日に行われた第93回日本選手権水泳競技大会、競泳競技後に現役引退を表明。

 3 浅田真央

 今年一番の衝撃的なアスリートの引退表明となった。国民的な人気を誇り、B型らしく、幼少の頃からその実力を発揮した。真央ちゃんスマイルに誰もが癒された。彼女のピークは14~17歳頃で、僅か数日足りず、年齢制限でトリノ五輪に出場できなかった。続く、バンクーバー五輪では、周囲の期待があまりにも大きく、ガチガチに緊張し、思うようなスケーティングが出来ず、同世代対決となったキム・ヨナに敗れ、銀メダル。続くソチでも表彰台に上れず、1年間の休養。現役を続行するか迷った末に、復帰を決意。しかし、こだわり続けた「トリプルアクセル」が思うように飛べず、今年4月にブログで引退を表明した。
 私は彼女の演技で好きだったのは難易度の高い「片手ビールマンスピン」。柔軟性があって、頭の上に片足を上げ、しかも片手保持でスピンを行う。
 彼女は年齢を重ねても細身のスタイルを維持し続けた。普通、女性アスリートのピークは10代までで、それ以降は女性ホルモンの働きで、ふっくらと肉がつきやすく、体重も増えて動きが悪くなって引退というケースが多いが、彼女の場合、細身を維持したことで怪我が少なく、ジャンプにこだわり続けた要因だと思う。

 4 岩村明憲

 プロ野球ヤクルトや米大リーグなどで活躍し、独立リーグ、ルートインBCリーグの福島で兼任監督を務める岩村明憲(いわむら・あきのり)内野手(38)が10日、東京都内のホテルで記者会見し、今季限りでの現役引退を表明した。愛媛・宇和島東高からヤクルト入り。2007年に大リーグ、デビルレイズ(現レイズ)に移籍し、08年にはワールドシリーズに進出。ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)では第1回大会から日本代表の2連覇に貢献した。11年から日本球界に復帰し、楽天、ヤクルトを経て、15年に福島に入った。
  えっ!まだ現役選手だったの?という驚きが聞こえてきそうだが、NPBを退いた彼は、我が福島県に籍を置く「福島ホープス」で、プレイングマネージャーを務めていた。つまり、監督兼任選手だ。かつて南海の野村克也やヤクルトの古田敦也、中日の谷繁などもそうだった。
 しかし、今年3月に自らユニホームを脱ぐ決断をし、今季からは監督業に専念することとなった。

 5 エフゲニー・ヴィクトロヴィチ・プルシェンコ

 、ロシアの男性フィギュアスケート選手(男子シングル)。2006年トリノオリンピック金メダリスト。2002年ソルトレイクシティオリンピック及び2010年バンクーバーオリンピック銀メダリスト。2014年ソチオリンピック団体戦金メダリスト。世界選手権優勝3回、欧州選手権優勝7回、グランプリファイナル優勝4回。グランプリシリーズ通算22勝。ロシア連邦功労スポーツマスター。
 2015-2016シーズンは背中の怪我のために欠場を余儀なくされた。
 2017年3月31日、健康上の理由により引退を表明。今後は後進の指導にあたる為にモスクワ市内にスケート学校を開校し、才能や将来性を認めた若者は無料で受け入れるという。34歳での引退決断となった。

  6 村上佳菜子

 この記事を書いた直後、またしてもひとりのアスリートがスケート靴を脱ぐ決断をした。
この時期にシーズンを終えるのはフィギュアスケートのため、このスポーツの進退が堅調になる。彼女は、浅田真央引退後、宮原と共に次世代日本のエースと期待されていただけに、22歳での引退表明は意外だった。女子のアスリートは前述したように10代後半でピークを迎えるようで、22歳での引退は早いように思えるが、実はそうでもないことがわかる。
 彼女はソチ五輪代表で、四大陸選手権優勝、全日本選手権2位などの実績を持っている実力派だが、23日、世界国別対抗戦のエキシビションにゲストスケーターとして参加し、現役引退を表明した。

 おそらくは、本田真凛や三原舞依、樋口新葉などの後継者と目される若手が育ってきたことで、彼女も踏ん切りがついたのではないかと思う。

 記事作成:4月22日(土)

2017年2月20日 (月)

長く世界を制したアスリートたち

 昔、当ブログで「その道の第一人者」というタイトルの記事を書いたことがある。各スポーツの競技ごとに、プロフェッショナルとして君臨し、その競技名を挙げればその人というような顔を紹介した。その際には、日本人限定だったが、今回は、長く世界を制したアスリートを競技別に取り上げたい。

 1 マルチナ・ナブラチロワ

  、チェコスロバキア・プラハ出身の女子プロテニス選手。ウィンブルドン選手権の大会史上最多優勝記録(9勝)、WTAツアーの最多優勝記録(シングルス167勝、ダブルス177勝)など、数々の歴史的な記録を樹立した名選手である。4大大会シングルス通算「18勝」はライバルのクリス・エバートと並ぶ女子歴代4位タイ記録。左利きの選手で、ネット・プレーを最も得意にしている。

 2 セルゲイ・ブブカ

 ウクライナの元陸上競技選手。男子棒高跳の元世界記録保持者で、 「鳥人」と呼ばれた。10歳で棒高跳を始め、ソビエト連邦の支援のもと幾度となく世界記録を塗り替えた。現役選手時代に世界記録を35回(屋外17回・室内18回)も更新している。
 1985年7月13日に世界で初めて6mを突破したのちも記録を更新、ブブカが保持している世界記録は屋外の6m14cmであった。

 3 中野浩一

 1977年から1986年まで世界選手権個人スプリント10連覇、特別競輪12勝(GP1勝、GI11勝)、賞金王6回(歴代最多)を達成している。2006年春に競輪選手出身者では初の紫綬褒章受章。血液型・B型 身長:172cm 体重:85kg。夫人は歌手の NAOMI(小久保尚美)。

 4 具志堅用高

 沖縄県石垣市出身。元WBA世界ライトフライ級王者。ニックネームは「カンムリワシ」。生来のサウスポー(ただし、書き手は右手)。ボクシングスタイルはファイタータイプ。血液型A型。トレードマークは独特のアフロヘアー(天然ではない)と口髭。
 1976年10月10日、山梨県にてWBA世界ライトフライ級王者ファン・ホセ・グスマン(ドミニカ共和国)に9戦目で挑戦し、KO勝ちで初タイトルを奪取。
 1980年10月12日には石川県金沢市に於いてペドロ・フローレス(メキシコ)を苦戦しながらも15回判定に降し、13度目の防衛にも成功した。

 5 ビョルン・ボルグ

 スウェーデン出身の元男子プロテニス選手。ジミー・コナーズ(アメリカ)やジョン・マッケンロー(アメリカ)らと並んで、男子テニスの黄金時代を築いた名選手のひとりである。全仏オープンに4連覇を含む6勝、ウィンブルドン選手権で1976年から1980年まで5連覇を達成した。4大大会通算「11勝」は、ロッド・レーバー(オーストラリア)と並ぶ男子歴代4位タイ記録。

 6 ジャック・ニクラウス

 1970年代、圧倒的な強さで「帝王」と呼ばれたアメリカゴルフ界のカリスマだった。以下は「GDOニュース」のプロフィールより抜粋。

 1959、61年の「全米アマチュア選手権」を制し、プロ転向したのは61年末のこと。翌年の「全米オープン」で初優勝を果たしたのを手始めに、メジャーで史上最多の通算18勝(マスターズ6勝、全米オープン4勝、全英オープン3勝、全米プロ5勝)をマークする。また、2位が19度、3位が9度という数字が“帝王”たる所以だ。80年の全米オープンでは青木功と死闘を繰り広げ、日本勢初のメジャー優勝を阻んだ。86年のマスターズでは46歳2か月で優勝し史上最年長記録を樹立。2005年にセントアンドリュースで行われた「全英オープン」を持って、キャリアにピリオドを打った。なお、チャンピオンズツアーでも全メジャーを制覇している唯一の選手でもある。

 7 マイケル・フェルプス 

 アメリカ合衆国の競泳選手。身長193センチ。体重91キロ。オリンピックと世界水泳 選手権の金メダリスト。2013年7月現在、100m、200mバタフライ、400m個人メドレーの世界記録保持者であり、“水の超人”イアン・ソープ(オーストラリア)に代わり、世界の頂点に昇りつめた「水の怪物」。自由形でも世界トップレベルの実力を誇り、一大会で複数の種目を制する体力を活かして、オリンピックメダル獲得数史上1位の記録も打ち立てた。史上最強のスイマーとの呼び声も高い。
 アテネで6個、北京で8個、ロンドンで4個、リオで5個の金メダルを獲得し総なめ状態。最強のゴールドホルダーだ。世界水泳でも金メダルを26個獲得しているから凄すぎ。

 何でもそうだが、「何かを極める」というのは大変なことで、しかも長らく世界王者に君臨するからには並大抵のことでは成し得なかったに相違ない。華々しいスポーツイベントで最高のパフォーマンスを披露し、世界記録を樹立したり、チャンピオンになるのは天賦の才能はもちろん、血の滲むような努力があってこそだと思う。我々は、そうした裏側の世界を垣間見ることは出来ないが、おそらくは相当の労苦があったと容易に想像がつく。
 今回の記事を通して、彼らの功績を称えると共に、彼らを手本とし、憧れて第二第三のスーパーアスリートが誕生してくれることを願いつつ、この記事を閉じたい。
 

 記事作成:1月23日(月)~2月10日(金)

2017年2月10日 (金)

「悪たれ小僧」と呼ばれた神童たち

 「憎まれっ子世に憚る」という言葉があるが、それを地で行く者が実在する。かつて、マナーやスポーツマンシップとはおよそ無縁な立ち居振る舞いをしながら、実力が抜きん出ていたトップアスリートがいた。礼儀や行儀などの基本精神が欠如していながら、世界大会でその才能を遺憾なく発揮した選手は、固定概念や既定概念を打ち破り、マイペースでふてぶてしいまでの振る舞いで、嫌われることも多かったが、実力が半端ない。歯に衣を着せぬ言動で、しばし物議を醸すが、他人と同じことをしていては、決してトップ選手になれないことを暗に示しているようにも思える。今回はそうした「悪たれ小僧」たちを取り上げたい。

 ジョン・マッケンロー(テニス)

アメリカの男子プロテニス選手。左利き。身長180cm、体重75kg。ATPツアーでシングルス77勝、ダブルス71勝を挙げ、シングルス・ダブルスとも世界ランキング1位になった数少ない選手のひとりである。グランドスラムではシングルス優勝7回・ダブルス優勝9回・混合ダブルス優勝1回の計17回の優勝を飾った。ダブルスでは旧友ピーター・フレミングと組んで57個(うち4大大会7勝/同一ペアの優勝記録としては歴代2位)のタイトルを獲得した。マッケンローは試合中に審判の判定に納得しない場合は、判定にクレームをつけたり、審判に暴言を発する言動が頻繁にあったことから“悪童マッケンロー”と呼ばれた。
 血液型はB型

 悪ガキがそのまま大人になって、ルールもマナーも知らずにプレーしている印象だ。

 朝青龍(大相撲)

 本名は朝青龍明徳。モンゴル国ウランバートル市出身の元大相撲力士、第68代横綱

 無類の強さで横綱まで駆け上がり、優勝を25回成し遂げた。通算成績も669勝173敗。勝率は.795を誇った大横綱。しかし、土俵態度の悪さや度重なる歯に衣を着せぬ言動と横綱らしからぬ行動が相次ぎ、その都度批判を浴びた。

 2007年には「左肘内側側副靭帯損傷、左尺骨神経障害、急性腰痛症、第5腰椎疲労骨折で約6週間の休養、加療を要する」とした診断書を協会に提出、夏巡業(8月3日から20日まで)の不参加を届け出たが、当人がモンゴルで中田英寿らとサッカーをしている映像が同日報じられ、仮病疑惑が噴出。巡業部は帰国後の巡業参加を拒否する方針を固め、8月1日には日本相撲協会から2場所出場停止、減俸30%4ヶ月、11月場所千秋楽までの謹慎の処分を受けた。
 2010年には1月場所中の7日目(1月16日)未明、泥酔して暴れる騒動を起こしたと写真週刊誌に報じられ、同1月場所の千秋楽翌日の1月25日に、日本相撲協会の武蔵川理事長から厳重注意処分を受けた。
 こうした横綱の品格を汚す行動が元となり、角界を引退した。血液型はO型 

 堀内恒夫(プロ野球)

 新人イヤーに、公式戦初球をわざとバックネットにぶつけ、緊張を取り去り、その後、無傷の13連勝負けなし。天狗になり、「小天狗」とか「悪太郎」との異名をとった。寮の門限破りなどを繰り返す悪態に、王貞治さんがキレて彼をビンタしたエピソードはあまりにも有名。ろくに練習せず、才能だけでやって来たと豪語するなど、破天荒な生き方を貫いた。V9に貢献した功績は認めるが、その鼻持ちならない言い方で、解説者としても好き放題言っていた。監督としては最低の成績に甘んじた。それでも参議院議員が務まるのだから、政治も地に落ちたものだ。血液型はO型

https://www.youtube.com/watch?v=4kWf_gDS1Xg

 彼はO型の江川と同じで、ここ一番にしか燃えないタイプ。普段は手抜きで大舞台にならないと力が入らないタイプだ。

 國母和宏(ハープパイプ)

 国母は2010年のバンクーバー五輪の際、空港などで、腰パンやシャツをだらしなく出すなど服装の乱れを指摘された。その後「反省してまーす」とまったく反省の色がない小馬鹿にしたような会見をおこない非難を受けた。激怒したJOCの役員が厳重注意を行い、開会式に参加させない措置をとった。オリンピック前のW杯なんどで無類の強さを誇っていた彼だが、この騒動で実力を発揮できず、入賞すらできずに終わった。
 個性尊重のゆとり教育を受けてきた世代で、日本を代表して国際大会に臨むという意味を持たない考え方で、「強ければ格好など何をやっても許される」という甘い自己判断が招いた結果だった。血液型はAB

 亀田三兄弟

 私はどうも好かない。父親の「強ければ身なりや態度などどうでもいい」という教育方針が世間からバッシングを受けた。戦前の会見では、相手にガンを飛ばして挑発したり、とにかくやりたい放題。父親もセコンド免許剥奪やマナーが悪すぎ。
 いつも不可解な判定で王者になるなど、WBCやWBAと結託し、贈収賄でもしているのかと首をかしげる。私は歴代チャンピオンと比べても、強いという印象は無い。口ばかり達者で実力が伴わない「弱い犬ほどよく吠える」状態だと思っている。親父を含め、3兄弟ともにB型 マイペースで固定概念を嫌う典型例

 

 このような記事を書いてみたが、一見破天荒だと思うが、一般の人と同じことをしていては、絶対に日本一や世界一にはなれない。そういう意味では、子供たちのお手本にはなりにくいかもしれないが、多少マナーが悪くても、強くなるためには真面目でお坊ちゃまタイプの「A型優等生」ではダメで、「固定概念に縛られ、プレッシャーに負けてガチガチに固まってしまうよりかは結果を出せる分、スポ―ツ分野では大事かもしれない。

 記事作成:1月29日(日)

 

2017年1月24日 (火)

伝説の一戦

 スポーツは筋書きの無いドラマである。そこに至るまで血の滲むような努力や膨大な練習量がある。そして華やかな大舞台で繰り広げられる熱戦の中で、名勝負が生まれる。振り返れば、過去に「世紀の大勝負」とか「伝説の一戦」とか呼ばれる試合が幾多もあった。今日は、私がセレクトした、伝説と呼ぶに値する一戦を紹介したい。

 <プロレス>

 アントニオ猪木対モハメドアリを誰もが思い浮かべるが、私はこの一戦を小6の時にLIVEで見たが、期待はずれだった。アリ圧倒的有利のルールの中、猪木がとった作戦は、マットに仰向けに寝そべって、組み合うことが無い超消極的戦法。そしてアリキックという言葉が誕生した通り、相手の脚を集中して狙うキック。私はこれを伝説とは思わない。逆に、日本のプロレスが分裂する前、猪木とジャイアント馬場がタッグを組み、メキシコの空中殺法ミル・マスカラス&アリオン戦いで、マット上で卍固めとコブラツイストを並列でかけた瞬間のひとコマだ。

 <キックボクシング>

 沢村忠の真空飛び膝蹴りも伝説だが、私は東洋ウェルター級チャンピオンで必殺の回し蹴りで相手をマットに沈めた富山勝治と花形満の戦いを挙げたい。1972年 日本ウェルター級王座決定戦でのひとコマで、名試合との呼び声の高い一戦だ。

 1970年代は大相撲、プロレス、キックボクシングが三大格闘技だったように思う。

 <柔道>

 山下対ラシュワンも捨てがたいが、私は敢えてバルセレナオリンピックの古賀稔彦を挙げたい。バルセロナ入りしてから、吉田秀彦との稽古中、足に重傷を負った。出場が危ぶまれたが、強行で出場し、吉田の声援を受けながら逆境からの金メダルを獲得したシーンだ。

 <プロ野球>(巨人・阪神戦)

 V9がかかった甲子園球場での巨人阪神戦。前日、ナゴヤ球場で阪神が中日に敗れたことで、巨人が最終戦で阪神に勝てば優勝、V9達成という試合になった。前日、試合を行っていたナゴヤ球場のレフトスタンドのすぐ先を、新幹線で移動中の巨人ナインが素通りして行った。そして明けた決戦結果は予想外の一方的な展開。先発堀内は、阪神に二塁を踏ませない完璧な内容でリリーフした高橋一三の力投もあって完封継投。巨人がV9の大金字塔を樹立した。
 私は当時、小学生で、生放送の画面を食い入るように見ていた記憶がある。

 ほかにも楽天が日本一に輝いた2013年の田中将大のリリーフシーンが忘れられない。

 <ボクシング>

 私が真っ先に挙げたい日本人の世界チャンピオンは、ファイティング原田でも具志堅用高でもない。伝説のチャンピオンと呼ばれた「大場政夫」だ。大場はタイの挑戦者・チャチャイチオノイとの5度目の防衛戦に臨み、1Rにダウンを奪われ、右足をねん挫し、劣勢に立たされながらも、不屈の闘志で12Rに逆転KOでタイトルを防衛した。その三週間後、彼は自慢のスポーツカーで首都高速を走行中、スピードを出し過ぎてカーブを曲がり切れず外壁に激突し、反対車線に飛び出し大型トラックと正面衝突し、即死でこの世を去った。

彼の人生は波乱に富んだもので、輝かしさとともに事故で無くなった悲劇のヒーローという印象が濃い。太く短く駆け抜けた人生だった。

 <大相撲> 北の湖vs貴ノ花 (昭和50年三月場所・優勝決定戦)   

 私が伝説の一番だと今でも思っているのは、初めて国技館(あの頃は蔵前)に座布団が舞った伝説の一戦だ。それは当時最強横綱の名声を欲しいものにしていた大横綱。北の湖と小兵ながら人気抜群の大関の貴ノ花の一戦だ。実は千秋楽までもつれこんだ優勝争いで、本割で貴ノ花は北の湖に敗れた。そして優勝決定戦となった。この大一番に勝った貴ノ花は初優勝を遂げた。強すぎて嫌われることの多かった北の湖を下しての悲願の優勝に、日本中が沸き返った瞬間だった。

 さて、私が記憶しているのは昭和の名勝負が多い。冒頭でも書いたが、スポーツは筋書きのないドラマなので、何が起きるかわからないわくわく感と、勝利のために真剣に取り組む姿勢が人を惹きつけ、感動を巻き起こす。今日挙げたのは、ほんの一部であり、機会があれば、他のスポーツ、例えばバレーボール、スキーのジャンプ、競泳、テニスなど多種多様にある伝説の一戦を続編としてお送りしたい。

 記事作成:1月7日(土)

2017年1月22日 (日)

期待の若手① 「大相撲の救世主」

 当ブログでは、これまで「伝説の男」というシリーズ記事を不定期に掲載してきたが、今回は「期待の若手」と題し、今後、絶対人気が出るであろうアスリートや注目株の俳優(女優)をクローズアップしてお送りしたい。

 今回は、来場所、新入幕が予想される「宇良」という力士を取り上げたい。彼は小柄ながら、土俵際の粘り腰やかつて「技のデパート」と言われ、超人気者だった「舞の海」を髣髴させるような力士だ。

 まず、私が彼を取り上げた理由がよくわかる動画をどうぞ!

 バック転や首で前転を繰り返しできる相撲取りなんて初めて見た。土俵際にめっぽう強く、スゴ技を連発する。

 驚異の粘り腰

 土俵際、追い詰められてえび反り状態になりながらも、寸でのところで踏みとどまり、逆襲をかけ、見事「渡し込み」で勝利。驚異の粘り腰は、舞の海とか智ノ花を彷彿させる。

 小兵が巨漢力士を倒す醍醐味が大相撲であり、様々な技を繰り出し、土俵になぎ倒す様は圧巻。そんなスケールの大きい相撲が真骨頂の小柄力士が「宇良」だ。彼のプロフを見てみたい。

 <宇良>

Ura 本名:宇良和輝(うら かずき)1992年6月22日生まれの24歳。大阪府寝屋川市出身。木瀬部屋所属。最高位は東十両筆頭(2016年9月場所)。血液型はB型。
 結構、歳が行ってると思ったら、学生相撲出身。推薦で関西学院大学教育学部に進学し、1年時に全国学生相撲個人体重別選手権65kg未満級で優勝、3年時から肉体改造に取り組んだこともあって、4年時に無差別級で3位に入った。
 2013年にはロシアで開催された第2回ワールドコンバットゲームズ相撲軽量級で世界一になった逸材。
 レスリングの経験を活かした撞木反り、居反り、足取りなどの珍しい技を繰り出す取り口の相撲は“アクロバット相撲”と評され入門前から注目されていたことから、入門記者会見では報道陣100人が詰めかけた。

 デビューは2年前の2015年5月場所。序の口でいきなり全勝優勝し、その大物ぶりを発揮。
続く夏場所でも7戦全勝。僅か2場所で三段目昇格。9月場所でも5勝2敗で勝ち越し、すぐに幕下昇進。11月場所では7戦全勝した。
 さらに2016年1月の初場所でも幕下8枚目で6勝1敗、続く春場所で幕下2枚目で6勝1敗で関取(十両)昇進を果たした。幕下通過までデビューから38勝4敗の圧倒的な強さで、番付をみるみる上げた。
 そして翌5月場所では、いきなり二桁勝利となる10勝(5敗)をマークして大器をうかがわせる。
 翌7月場所も十両8枚目で11勝4敗の好成績。しかし幕内入りのかかった翌9月場所で6勝と初の負け越しを経験。番付を十両五枚目に下げたが、年末の九州場所で8勝7敗と再び勝ち越しを決めた。
 2017年初場所(今場所)でも好成績を収め、来場所は待望の中入りを果たすだろう。

 彼は「相撲道」の固定概念を覆すような取り組みが持ち味なのは、「舞の海」と同様、血液型がB型だからだ。この型は、型にはまったオーソドックな相撲を嫌い、オンリーワンを追求し、自分スタイルを築く。奇襲戦法などセオリー無視で、ゆえに見ていて面白いし、相手は何を仕掛けて来るかわからない不安に駆られる。毎日、決まり手が違うので、わくわく感は半端ないし、人気が出る。若くして才能を発揮し、プレッシャーを楽しみに変えてしまう天賦の才能の持ち主。

 続いて、実際のB型らしい彼のユニークな取り口と珍しい決まり手を幾つか動画で紹介したい。たぶん、この映像を見ただけでも個性的で、ファンが増えるに違いない。

  <腰投げ>

 【土俵際の魔術師 宇良】2016大相撲夏場十日目 十両、宇良対出羽疾風戦 宇良は大技の「居反り」が失敗するが瞬時の切返しで十両では6年ぶりの腰投げで土俵際の大逆転勝利!

  <たすき反り>

 立ち合い、天風、左が入り、一気に押す!宇良、天風のわきの下をくぐり、反る!一瞬、居ぞりが決まったかと思ったが、場内のアナウンスは「たすき反り」!

 首ひねり、ひっかけ、渡し込み

 

 どーです?魅力いっぱい夢いっぱいの「舞の海」以来の待望の期待大の力士という意味がわかったでしょうか?
 特に、私が彼を推したい理由は、番付最上位を望めるだけの素質がある彼は、モンゴル出身ではない、純国産力士という点だ。生粋の関西人で、才能とぜひ、大成してほしい。今後、テレビ各局のスポーツ番組では、ぜひ「今日の宇良」という特集コーナーを組んでほしいくらいだ。ますます彼の一挙手一投足から目が離せない!

 今回のテーマ記事ですが、これからも不定期ながら、期待の若手を見つけ、シリーズ化してお送りしたいと思います。

 記事作成:1月16日(月)

 

2016年12月 1日 (木)

スポーツ大会最多優勝者(チーム)ランキング

 スポーツは健康の増進につながり、運動不足解消や肥満予防のためにも最適だ。その種類は多種多様。そして様々な場所でその技を競う競技大会も催されている。その最高峰はオリンピックで、各国から選りすぐりの選手が一堂に会し、その技術力を競い合う。
 私はスポーツは見るのもやるのも好きだが、これまでいろいろなプロのスポーツに接してきて、果たしてそのNo.1は誰なのか、あるいはチームはどこなのか気になっていた。そこで今回は、有名な国内、そして主要な国際大会での最多優勝回数ランキングで表してみた。

 1 センバツ高校野球 最多優勝校

 1位 中京大中京(愛知) 4回
 1位 東邦(愛知)      4回
 3位 県岐阜商(岐阜)   3回
 3位 広陵(広島)      3回
 3位 PL学園(大阪)    3回
 3位 横浜(神奈川)    3回
 3位 箕島(和歌山)    3回

 2 夏の甲子園 最多優勝校

 1位 中京大中京(愛知) 7回
 2位 広島商(広島)    6回
 3位 松山商(愛媛)    5回
 4位 PL学園(大阪)    4回
 4位 大阪桐蔭(大阪)   4回
 6位 龍谷大平安(京都) 3回

 センバツも夏の高校野球も古豪と呼ばれる学校が上位を独占。中京大中京は、前身が中京商業だった。やはり甲子園は伝統あるチームが多く出場している。

 セ・リーグ 最多優勝チーム

 1位 巨人  36回
 2位 中日   9回
 3位 ヤクルト 7回   

 伝統の巨人・阪神戦というが、歴史が古いというだけ。強豪同士という意味ではなくなった。
現に広島が6回、阪神はたったの5回しかリーグ優勝していない。つまりセ・リーグでは5番目。阪神ファンは期待を裏切られても根気強く応援している。もう少し優勝を本気で目指してほしい。

 パ・リーグ 最多優勝チーム(前身を含む)

 1位 西武     21回
 2位 ソフトバンク  17回
 3位 オリックス  12回

 西武は前身の西鉄時代から最強だった。広岡監督が立て直し、同じ巨人OBの森監督が盤石なものにした。ソフトバンクは南海・ダイエーが強かった。また、オリックスはイチローの影が濃いが、やはり昭和の頃の阪急が回数を稼いだ。福本、長池、加藤、山田、足立、山口、マルカーノ、ウィリアムスなど最強軍団で、黄金時代を築いた。

 日本シリーズ制覇

 1位 巨人  22回(あくまで昭和時代の貯金がものを言っているだけ)
 2位 西武  13回(1980年代以降は、最強チームでスター選手揃い)
 3位 ソフトバンク 7回(鶴岡南海時代、ダイエー、ソフトバンクと常勝チームを築いた)
 4位 ヤクルト 5回(やはり広岡監督が強くし、野村監督が盤石にした)
 5位 オリックス4回(上田阪急、仰木監督)
 5位 ロッテ   4回(金田・バレンタイン監督)

 ドラフト制度の導入により、戦力の均衡化が図られて以降、巨人の優勝はめっきり少なくなった。いかに原監督が頑張ったかがわかる。また、他球団では、落合、星野、ヒルマン、秋山監督は名監督の部類に入ると思う。

 ワールドカップ男子サッカー優勝国

 1位 ブラジル   5回
 2位 イタリア    4回
 2位 ドイツ      4回 
 4位 ウルグアイ  2回(第1回・第2回開催のみ優勝で出場国が少なかった)
 4位 アルゼンチン   2回

 ブラジル、イタリア、ドイツはW杯常連。やはりプロサッカーリーグがある国は強い。

 バレーボールW杯優勝国

 男子                女子
 1位 ロシアソ連  6回     1位 中国   4回 
 2位 アメリカ   2回      1位 キューバ 4回
 2位 ブラジル   2回      3位 イタリア 2回

 ウィンブルドン(テニス)最多優勝者

 男子                女子
 1位 フェデラー 7回     1位 ナブラチロワ  9回 
 2位 サンプラス  7回     2位 グラフ      7回
 3位 レンショー  6回      2位 セリーナウィリアムス 7回
 4位 ドハティー  5回      4位 ビリージーンキング 6回
 5位 ボルグ   5回        4位 スザンヌ・ランラン  6回

 マスターズ(ゴルフ)最多優勝者

 1位 二クラウス    6回
 2位 パーマー      4回
 2位 タイガーウッズ 4回
 4位 ゲーリープレイヤー 3回
 4位 デフレー     3回
 4位 サムスニード   3回
 4位 ニックファルド  3回
 4位 フィルメケルソン    3回

  往年の名選手が上位を独占。ウッズも最近優勝回数がめっきり減った。離婚調停や訴訟などプライベートでのゴタゴタが痛い。

 オリンピックサッカー最多優勝国

 1位 ハンガリー   2回
 2位 イギリス    2回
 2位 ウルグアイ    2回
 2位 ソ連ロシア   2回
 2位 アルゼンチン  2回 

 女子は5大会のみ実施でアメリカが4回優勝

 夏季オリンピック最多金メダル獲得者 

 1位 フェルプス   23個(米国) 競泳
 2位 ラリサ・ラチリナ 9個(ソ連) 体操
 2位 バーヴォ・ヌルミ  9個(フィンランド)陸上
 2位 マークスピッツ  9個(米国) 競泳
 2位 カール・ルイス  9個(米国) 陸上
 2位 ウサイン・ボルト 9個(ジャマイカ)陸上

 夏季オリンピック日本人最多金メダル獲得者

 1位 加藤沢男  8個 体操     8位 監物泳三  3個 体操
 2位 中山彰規  6個 体操     8位 内村航平  3個 体操
 3位 小野 喬   5個 体操     8位 野村忠宏  3個 柔道
 3位 遠藤幸雄  5個 体操     8位 吉田沙保里 3個 レスリング
 3位 塚原光男  5個 体操
 6位 北島康介   4個 競泳
 6位 伊調 馨   4個 レスリング

 冬季オリンピック最多金メダル獲得者

 1位 ビョルン・ダーレン  8個  ノルウェー バイアスロン
 1位 ビョルン・ダーリ  8個  ノルウェー クロスカントリー
 3位 マリット・ビョルゲン    6個  ノルウェー クロスカントリー
 3位 エゴロア      6個  ロシア    クロスカントリー
 3位 ヴィクトル・アン  6個  ロシア    ショートトラック
 3位 ソディア・スコブリコーワ 6個  ソ連      スピードスケート
 7位 クラウディア・ペレーシュタイン 5個 ドイツ   スピードスケート
 7位 ラリサ・ラズチナ   5個  ロシア    クロスカントリー
 7位 クラス・ツンベルグ 5個  フィンランド スピードスケート 
 7位 トーマス・アルスゴール 5個  ノルウェー  クロスカントリー
 7位 ボニー・ブレア   5個  アメリカ    スピードスケート
 7位 エリック・ハイデン 5個  アメリカ    スピードスケート

 冬季オリンピック日本人最多金メダル獲得者

 1位 荻原健司 2個 ノルディック複合
 1位 河野孝典 2個 ノルディック複合

 3位は以下の12人で各1個

 笠谷、三ヶ田、阿部、清水、里谷、船木、岡部、斉藤、原田、西谷、荒川、羽生

 さて、長々と書き綴ったが、各スポーツにおいて、優勝者のリストをまとめてお送りしてみた。本日挙げた選手やチームは、全国大会や国際大会において頂点を極めたトップアスリートであり、 最高の賛辞を持って受け止められるべきヒーローだ。
 先駆者がいて、それらをリスペクトし、彼らを目標に頑張っている選手がいるということも事実だ。こういう記事を書くと、そのアスリートの偉大さが身にしみて感じる。
 今、日本で注目のアスリートとなれば、錦織圭、大谷翔平、内村航平、松山英樹、高梨沙羅、羽生結弦らが真っ先に思い浮かぶ。国際大会で活躍できる日本を代表するアスリートと言える。ぜひ、少年少女に夢を与え続ける存在であってほしいと願う。

 記事作成:11月15日(火)  

2016年9月23日 (金)

美しきアスリートたち第六弾

 10ヶ月ぶりにこのシリーズ記事を書くこととなった。それは今年がオリンピックなどスポーツイヤーで、美人女性アスリートたちのテレビへの露出度が高かった。近年のスポーツ界は、ビジュアル系にも、目を惹くような美しすぎる人が多く、「えっ、こんな綺麗な人がこのスポーツをやるの?」と驚かされることがある。特に、女子プロゴルフ界は美人が豊作だ。
 では、私が美人アスリートだと思う方々を5人紹介したい。

 森 美穂(女子プロゴルフ)

 1992年12月19日生まれの23歳。三重県出身。福井工大附属高校卒。京セラ所属。
 身長157cm、体重50kg。血液型はA。趣味は釣り。

 2005年、12歳で中部ジュニア(12歳~14歳の部)で優勝し、その後は同大会を3連覇。07年には14歳で国内女子ツアー「フジサンケイレディスクラシック」に出場。予選落ちとなったが、この頃から注目を浴びる選手となる。07年、08年、10年ナショナルメンバーに加わり、09年には「日本女子オープン」で23位タイに入る活躍を見せた。2011年にアマ資格を放棄してプロ宣言した。15年7月に5度目の挑戦でプロテストに合格した。

 出口クリスタ(柔道)

  1995年10月29日生まれの20歳、長野県塩尻市出身。階級は57kg級。身長160cm。血液型はO型。段位は初段。組み手は右組み。得意技は大内刈。父親がカナダ出身のハーフ。

 野瀬 瞳(競泳)

 1988年12月17日生まれの27歳。競泳選手。専門は平泳ぎ。 スポーツクラブフェニックス(大野城スイミングクラブ部門)所属。

  •  2009年、北九州市の九州共立大学経済学部に入学。直後の日本選手権では50mでは優勝(日本新記録)、100mでは2位、200mでは3位となり、世界水泳ローマ大会の出場切符を手に入れた。
  •  馬淵優佳(飛び込み)

    https://www.youtube.com/watch?v=nwIYGZyVghE

     1995年2月5日生まれの21歳。飛込競技選手(JSS宝塚所属)。 兵庫県宝塚市出身。 両親は中国出身。父は寺内健を育てた馬淵崇英。身長163cm
     3歳で水泳を、6歳から飛込競技を始めた。
     2012年、インターハイの板飛び込みで3連覇を果たす。
     立命館大学スポーツ健康科学部4回生。

     藤田光里(プロゴルファー)

     1994年9月26日生まれの21歳。身長165cm、体重56kg、血液型はO型
     飛鳥未来高校卒業。レオパレスリゾート・グアム所属。趣味は音楽鑑賞とショッピング。

     グアム島にあるレオパレス21所有の施設レオパレスリゾート・グアムを練習の場としている。2015年1月からはレオパレスリゾート・グアムに所属先を変更したが、レオパレス21が所有する、ゴルフ場、ホテル、コンドミニアム、スポーツ施設を持つ、総合リゾート施設であり、練習の場としても最高の環境である。実妹(藤田美里)もゴルフ経験があり、ファッションモデルとして活動していて姉の試合にはキャディーを務める時もある。
     2015年4月のフジサンケイレディスクラシックでは最終日最終組で回り、6人が通算6アンダーで並ぶという混戦の中、最終18番ホールでのグリーンエッジからの第3打をパターで打ち、バーディーを獲って通算7アンダーとしてツアー初優勝を果たした。

     美人の妹「美里」はコチラ

     さて、今回も懲りもせずにこのテーマで記事を書いたが、最近日本では、男性アスリートよりも女性アスリートが国際大会で好成績を挙げるケースが多い。それだけ注目度も増すのだが、それが美人という付加価値が付くと大注目で、その競技自体が脚光を浴びることとなる。今年のリオ五輪でも、競泳の池江選手や新体操の畠山選手のように、美人というだけで話題を独占してしまう。かつてもバドミントンの潮田玲子やシンクロの青木愛、体操の田中理恵、ビーチバレーも浅尾美和などが注目された。どうやら美人は徳らしい。

     記事作成:9月18日(日)

    2016年8月23日 (火)

    記憶に残るリオ五輪名場面ベスト10

     大きな感動を残してスポーツの祭典「リオオリンピック」は幕を下ろした。17日間にも渡る熱戦の中で、毎日深夜まで応援し、昼夜逆転で時差ボケや睡眠不足に陥った日本人は数多いと思う。前回のロンドン大会を凌ぐメダル獲得の快挙に、連日絶叫していたのは私だけではないだろう。4年後の東京オリンピックに繋がる日本勢の活躍にはまこと見ごたえがあった。そんなリオ五輪を振り返り、私が個人的に感動した記憶に残ったシーンをランキング形式で取り上げたい。

     1位 内村航平、大逆転の体操個人総合

     完璧な演技をしてもウクライナのオレグ・ベルニャエフ選手がその上を行く安定した演技で首位に立ち、最終の1種目を残して、逆転は絶望的と思われる0.9の差の2位。世界選手権6連覇中の絶対的エースの内村は、緊迫した場面でも動じず、最後の鉄棒で完璧な演技で3つの離れ業をすべて成功。着地も「王者の着地」と実況に言わしめたように、ピタリと止め、最終演技者のベルニャエフ選手の演技を待つ。そのベリニャエフは、守りに入って業の難易度を下げ、結果着地も乱れた。14.868をマークすれば優勝だった場面で14.800と伸びず、その瞬間、奇跡の大逆転金メダルを獲得することになり、オリンピック連覇を達成した。
     そして、話題となったのが、息子を溺愛する内村のお母さんの応援パフォーマンスや妻・千穂さんの美しさも際立っていた。

    Uchimura

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     2位 卓球女子、苦しみながら銅メダル獲得

     日本のエース石川佳純が太腿を痛め、個人でまさかの初戦敗退。準決勝のドイツ戦でリードしながらまさかの逆転負けで、キャプテンとしての重責に押しつぶされていた福原愛。敗戦後は放心状態で、大丈夫かと心配させたが、その後、「先輩たちを手ぶらで帰すわけにはいかない」とまで言い放った、大舞台にも物怖じしない15歳の伊藤美誠の活躍とエース石川の復活もあり、3位決定戦でシンガポールを倒して銅メダルを死守。2大会連続でのメダル獲得の快挙に日本中が沸いた。
     それにしても、予選で戦ったポーランドにしてもドイツにしても、さらには3位決定戦で戦ったシンガポールにしても、ほとんどが中国選手が帰化しての上位進出。結局は母国ではレベルが高い激戦なので代表入り出来ず、外国に帰化して活路を見出しているだけ。また、福原愛選手は台湾選手との結婚も可能性が高いので、今後の動向が注目される。私は、今回のメダルを土産に現役引退する気がしている。
     そして2020年の東京オリンピックでは、石川が27歳で伊藤が19歳。実は伊藤美誠の世代は怪物世代と呼ばれ、凄い選手が五万といて、伊藤でも団体戦メンバーに残れるかという強豪ぞろいだそうだ。これも幼い頃の愛ちゃんを見て、彼女に憧れて卓球を始めた世代だけに、彼女の存在や頑張りが卓球界に与えた影響は計り知れないのである。

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     3位  バドミントン女子、タカマツペアの抜群のコンビネーション

     聖ウルスラ学院時代からのペア。なんと余り物同士で組ませたというから驚き。ひとつ年上で姉御肌の高橋と長いものに巻かれるタイプの松友の抜群のコンビネーションが冴え渡り、横に並ばず、くるくるめまぐるしくポジションを入れ替えてショットを繰り出す日本勢に相手ペアは翻弄された。安定した試合運びで終始リードし、あれよあれよという間に決勝進出。決勝ではデンマークのペア相手に苦戦するも、16対19の劣勢から粘りの5pt連取で大逆転V。ロンドン大会で日本人ペアが銀メダルを獲得した実績がここでも生きた。

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     4位 卓球男子団体、悲願のメダル獲得

     波田陽区そっくりの日本のエース水谷準の大活躍で、見事銀メダルを獲得。同じく準決勝で敗れた女子団体のドイツ戦の雪辱を見事果たしてくれた。
     これは男子卓球界においては、オリンピックでのメダル獲得も初の快挙で、東京オリンピックに弾みがつくものと期待される。20種類もあるという変幻自在のサーブで相手を翻弄。粘り強いラリーを制し、強豪を撃破して行った。派手なガッツポーズや大の字に倒れこんで、張本からクレームがついたが、ギリギリのところでやっている選手たちに、ケチをつけず「あっぱれ」を挙げて欲しいものだ。

    Pingpon_boy

     5位 体操団体、復活の金メダル

    こちらも前半は劣勢だった。予選で失敗やミスを連発し、4位で決勝に残ったものの、苦手のあん馬から演技スタートした日本。いきなり山室が落下し、まさかの6位スタート。しかし、失敗しない加藤やキーパーソンといわれた田中佑典が完璧な演技で巻き返し、全員のチームワークで巻き返し、最終種目の床の前にロシアに次いで2位に順位を上げ、最終種目で逆転して金メダルを獲得したのだった。アテネ以来、12年ぶりの王座奪還だった。

    Taiso_goldmedal_2

     6位 女子レスリング、登坂、伊調、土性、終了間際に逆転金メダル

     リオオリンピックも終盤に入った8月18日の早朝、日本人3人が、相次いで残り数秒のギリギリのところで逆転し、金メダルを獲得した。追い詰められた瀬戸際の局面でも決して諦めずに攻め続け、三者共に対戦相手のバックをとり、2ポイント追加で3対2、2対2と逆転した直後にタイムアップ。
     伊調馨はアテネ、北京、ロンドンに続きオリンピック4連覇の大偉業なる。天国の亡き母親に捧げる涙の金メダルだった。これで柔道で3連覇した野村忠宏選手ですら獲れなかった国民栄誉賞は間違いないだろう。
     そしてその歓喜の翌日、信じられない出来事が。霊長類最強とまで言われ、金メダル大本命だった吉田沙保里選手が、決勝でアメリカ選手に敗れた。誰もが目を、そして耳を疑った筈だ。しかし、過去3連覇し、今大会は日本選手団の主将を務め、過度の期待を背負わせすぎた。反対に吉田を倒したアメリカの選手のコメントが泣かせた。「彼女は私の中ではヒーローだった。彼女に憧れ、彼女と対戦するのを夢見てレスリングを続けてきた。」と述べ、感動を誘った。私たちはたとえ銀メダルでも、彼女が「すみません」と謝罪したことに、何の恥ずべきことはないと思っている。彼女が日本のレスリングを建て直し、女性でもこんなに強くなれることを身を持って証明した第一人者だからだ。感謝しても仕切れない。堂々と顔を上げ、胸を張って帰国して欲しいし、私たちは彼女の頑張りや労苦を讃えたい。そしてその敗戦の1時間後には、初出場となった川井梨紗子選手が金メダルを獲得した。東京五輪に向けて若い世代が育ったのも、吉田選手というお手本や目標があったからだ。世代交代ではなく、若手とベテランの融合で、五輪でまた金メダルを目指して頑張って欲しいと思う。

    Riowrestling

     7位 男子100m×4リレー、アジア新記録で初の銀メダル

     末続、高原などのスター選手に加え、朝原がアンカーを務めるなどして初めてリレーで銅メダルを獲得した北京五輪以来、8年ぶりにメダルを獲得する快挙を成し遂げた。サムライのパフォーマンスで入場した4人のアスリート(山県、飯塚、桐生、ケンブリッジ飛鳥)。大観衆、大歓声の中、プレッシャーをはねのけ、絶妙のアンダーハンドパスのバトン受け渡しの技術が生きた。準決勝の1組を1位通過した日本だったが、決勝はあのジャマイカの隣りのレーンを走り、なんとガトリンやタイソン・ゲイなどスター選手をそろえたアメリカよりも先にゴールに駆け込んだ。金メダルのパウエルやボルトを擁するジャマイカに敵わなかったが、東京五輪に弾みをつける銀メダルだった。しかもそのタイムは中国越えの37秒60。北京の銅メダルが38秒15だったことを考えれば、0秒55短縮したことになる。100m9秒台が一人もいない日本が、37秒6なのは、絶妙のバトンパス技術の成果だと思う。

    Riorelay

     8位 萩野、日本勢初の金メダル 400m個人メドレー

     日本競泳陣を奮い立たせる起爆剤となった彼の力泳だった。幼少期からのライバルだった瀬戸公也も銅メダルに輝き、日の丸が日本、掲揚台に昇った。今大会はロシア勢が国家ぐるみのドーピング疑惑で出場停止を余儀なくされ、多数が不出場という状況下だったが、それでもこの快挙は凄かった。

    Haginoseto

     9位 金藤、200m平泳ぎ金メダル

     ロンドン五輪では代表落ちし、一時は引退を本気で考えたが、家族の支えや師事する加藤コーチの激励により、現役続行。
     今大会では、競泳陣の応援団長的な存在で、指揮を鼓舞し、自身も金メダルという快挙を達成し、日本中を感動の嵐に巻き込んだ。
     彼女自身はサッカーの澤穂希さんにそっくりで、その個性的な風貌とキャラクターで人気者となった。

    Kaneto

     10位 柔道男子、全階級でのメダル獲得

     井上監督が「選手を信じて良かった」という発言の通り、お家芸の柔道ニッポン復活の威信をかけて、この4年間、死に物狂いで稽古に励んできたその苦労が報われた。ポイントを獲ると、逃げ回る外国勢の汚い姿勢に対し、日本は美しい一本を目指し、正々堂々と戦った。その違いがこの結果に結びついた。北京、ロンドンは女子柔道が圧倒的に強かったが、ようやく東京に繋がる結果を残してくれた。

    Jyudo

     11位 19歳の白井健三、新技を種目別で繰り出し、銅メダル

     次世代エースとも内村航平の後継者とも呼ばれながら、全くプレッシャーなど微塵も感じない堂々とした演技を披露。実は練習では一度も成功したことのない自らの名前がついた大技をさらに進化させ、五輪の場で攻めの境地を貫き、本番で成功させた。ユルチェンコ3回転捻りをさらに進化させ、もう半回転。ロンダードで後ろ向きに踏み切り、3回転半ひねって、さらに回転中に着地点が見えない前向き着地という難関の業だった。演技点は最高点の6.40であえて最高の舞台の五輪でチャレンジし、成功させただけにそのインパクトは大きかった。彼も内村と同様、両親が体操一家で、幼少の頃から自宅にあった長い特製のトランポリンで業を磨いた。やはりスポーツは卓球もそうだが、幼少期からの英才教育と環境とがものを云うようだ。彼は精神的にも強く、いいキャラだ。団体の表彰式の際に、メダルホルダーを受け取り、「これ何ですか?」「歯ブラシ立て?」とチームメイトに聞くなどムードメーカーになるとともに、プレッシャーを感じず、堂々とした態度に驚かされた。東京五輪では、間違いなく、日本のエースになっていることだろう。

    Shirai

     12位 女子柔道・田知本、姉に捧げる金メダル

     オリンピック代表選考会で破れ、出場を逃した姉妹の姉に捧げる金メダルをゲット!押さえ込みで25秒経過し、勝利した直後に顔を上げた田知本選手の達成感の表情は鳥肌が立った。山口百恵さんに似ていると思ったのは私だけだろうか?表彰式後、メダルを姉に掛けてあげたシーンを感涙もの。

    Tachimoto_sister

     13位 錦織圭、日本人初のメダル獲得!

     3位決定戦で圧倒的に対戦成績の悪かったナダル選手を破り、銅メダルに輝いた。

    Nishikori

     以上が、私が独断と偏見で選んだ感動名場面だ。他にも探せばいくらでもあるが、あえてこれらを選出させていただいた次第だ。

     日本人選手以外で、私が思う名場面は・・・

     第1位 中国人の飛び込み選手、表彰後にプロポーズ

    Rio_propose

     リオ五輪で銀メダルに輝いた中国選手が、表彰式でチームメートの男子選手に プロポーズされた。女子3メートル板飛び込みに出場し、銀メダルを得た中国の何姿選手がチームメートの男性選手秦凱氏にプロポーズされたのは14日だった。そのやり方が実にドラマチックだった。秦選手は男子シンクロ3メートル板飛び込みで、前の週に銅メダルを獲得している。14日、何選手が銀メダルを首にかけた直後、そばに寄ってきたのが秦選手。ダイヤモンドの指輪が入った赤いケースを手にした秦選手は、何選手を抱きしめて耳元に向けて言葉をつぶやいた。「何かが起きるぞ!」会場の聴衆は二人から目を離せない。秦選手は何選手から体を離し、肩膝をついた状態でプロポーズの言葉を語り出す。まるで映画の一場面だ。何選手は、秦選手と向かい合って一言一言を聞きながら涙をためてゆく。秦選手が最後の言葉を言い終わって、赤いケースを高く掲げると、何選手はうなずいた。聴衆から歓声が上がる。指輪を箱から取って何選手の指にはめてあげる秦選手。歓声がさらに大きくなる。思わず胸が熱くなるような感動的な光景である。
     会場内の大きな歓声に包まれる二人。「なんてロマンチック!」「おめでとう!」-この場面をテレビで見ていた多く人もそう思ったに違いない。 (Yahoo!ニュースより)

     第2位 執念のヘッドスライディング金メダル

    Head_sliding

     女子400メートル決勝を 行い、バハマのシャウナ・ミラーがゴール直前で豪快なヘッドスライディングを披露。 デッドヒートを演じた米国のアリソン・フェリックスとの勝負で優勝を勝ち取った。

     第3位 ボルト、特例で五輪出場。でも強かった・・・100m3連覇の偉業なる

    Bolt

     ジャマイカの国内予選を欠場し、特例措置で出場が認められたボルトは、やはり強かった。100mに続き、200m、100m×4リレーも制し、3大会連続3種目3連覇の偉業を成し遂げた。 

     第4位 陸上女子5000メートル予選、接触手転倒した2選手に特例措置

     16日に行われたリオ五輪の陸上女子5000メートル予選で、レース中に転倒するアクシデントに襲われながらも、助け合ってゴールした2人の選手が決勝進出を認められた。同日、大会主催者が発表した。スポーツ選手らしい振る舞いで称賛を集めたのは、女子5000メートルに出場したニッキ・ハンブリン(ニュージーランド)とアビー・ダゴスティーノ(米国)の2人。ドラマが起こったのは、ゴールまで残り2000メートルほどの地点だった。
     ダゴスティーノの足がハンブリンの足と接触すると、2人はもつれあうようにして転倒。メダル獲得の夢がついえたと思ったハンブリンは、がっくりとトラックに倒れ込んでいたが、その彼女に立ち上がるよう優しく声をかけ、完走を促したのがダゴスティーノだった。 ダゴスティーノは接触で足首を痛めていたが、ハンブリンはあえて彼女を待つようにして走り、励ましながら2人は完走を果たした。
     当初はどちらも予選敗退に終わったかに思われた2人だが、大会主催者は後に19日の決勝進出を認める判断を下した。オリンピック精神のお手本の行為に大岡裁きとも言うべき特別措置が取られ、両者は決勝進出を果たした。

    Rio_spirit

     第5位 ブラジル、男子サッカーで悲願の金メダル

     信じられないが、今までブラジルの男子サッカーは、オリンピックで一度も金メダルを獲得したことがなかった。ワールドカップでは最多の5度の優勝を飾っているサッカー最強国が、母国開催での至上命題を達成するために、オーバーエイジで白羽の矢を立てたのが英雄・ネイマールだった。日本時間8月21日に行われた決勝のドイツ戦では、延長戦でも決着がつかず、ついにPK戦へ。5人目でドイツのシュートをGKが止め、最終的にネイマールがゴールを決めて初の栄冠をブラジルにもたらした。スタジアムは狂喜乱舞の大騒ぎだった。
    Rio_soccer

     第6位 競歩で諦めない男!2回倒れても歩き続けた

    男子50km 競歩で序盤、トップを“独歩”したフランスのヨハン・ディニズ選手 。スタートから2時間が過ぎて失速。その後、フラフラになりながらも、倒れても、歩き続けた。そしてゴールにたどり着いたとき、なんと順位は8位入賞!最後まで歩き続けたディニズ選手。

      残念だったニュース

     1 施設が未完成だったり、移動撮影用のカメラが落下し、観光客が負傷した事故

     2 アメリカの競泳金メダリストが、強盗に襲われた。しかし実際には酒に酔って器物損
      壊を隠蔽するための狂言だった。

     3 飛び込みのプールが一夜にして緑色の藻だらけに!

     そして大会をいっそう盛り上げたNHKの「オリンピックハイライト」のテーマ曲がこれ!

     安室奈美恵が歌う「HERO」。荘厳な雰囲気が漂い、オリンピックの名シーンが次々浮かび上がってきそうで、全身を感動が包み込む。今夏、一番耳と記憶に残る一曲になった。

     さて、毎回オリンピックの度に思うことは、スポーツは感動を与えてくれる存在だということ。日本人アスリート達の頑張りや活躍を見て、そのスポーツに関心が高まり、競技人口が増えることもあるだろうし、それを引き継ぐジュニア世代のモチベーションアップに繋がると思う。しかもメダル獲得数は前回のロンドン大会を超える41個と過去最多。これは世界第7位の好成績。ロシアが国家ぐるみのドーピング疑惑で不出場だったことを差し引いても、その活躍ぶりは顕著だった。
     そして地球の裏側であっても、連日報道され、その熱戦振りが伝えられ、日本人は興奮の坩堝と化し、感激する。それはやはり、国を背負い、母国の名誉のため頑張り抜く、スポーツ特有の筋書きのない正々堂々とした戦いだからに他ならない。彼らの陰の汗と涙の努力に思いを馳せる時、涙を禁じえない。本来のスポーツの意義を実感する、それがスポーツということになる。

     さて、2020年の自国開催となる東京オリンピックではどんな物語が見られるのだろうか?おそらくは体操は白井健三が中心、卓球女子は伊藤美誠と平野美宇、陸上は今回出場がならなかったサニブラウン・ハキームも出場していることだろう。そして野球とソフトボールが復活し、オールプロ+メジャーリーガーでのドリームチームが編成されるだろう。自国開催で予選免除なので、全種目出場できる。そのために国家ぐるみの強化策が敷かれ、各競技のレベルアップは間違いない。楽しみは尽きない。そして、毎回、オリンピックには意外なホープやスターが誕生する。4年後はどんな新星が登場するのだろうか?今からそれを楽しみにしつつ、今回の記事を閉じたい。

    <次回の東京五輪をPRするPVも流れた閉会式の模様>

     記事作成:8月17日(水)~22日(月)

    2016年8月18日 (木)

    劇的な幕切れ

     スポーツは真剣勝負で筋書きのないドラマと実感できる映像を紹介したい。最後まであきらめないで頑張れば何かあることを実感でき、ドラマ以上にドラマティックというのがよく理解できると思う。

     横澤由貴 アテネ五輪女子柔道

     アテネオリンピック準決勝。相手は世界女王のキューバ人のサボン。先にポイントを奪われ、敗戦確定的の中で迎えた残り10秒。最後の捨て身の一発を狙い、組み合ったのが残り3秒前。そして袖釣りこみ腰の技をかけたのが、残り1秒前だった。相手を回転させ、畳の上に背中から投げ下ろした。その瞬間、実況の三宅アナは大絶叫、会場は大騒ぎとなった。横澤選手が見せた執念の奇跡の大逆転劇は、人々を感動させた。「諦めなければ何とかなる」を身を持って示してくれた劇的勝利だった。

     残り0.9秒の奇跡 バスケ

     それはインターハイの山口県大会決勝戦。徳山商工高校VS誠英高校の一戦だった。最後、残り1秒未満という絶体絶命の中で、一か八かで遠投したボールが、まるで魂が乗り移ったかのように、ゴールネットに吸い込まれていった。これは練習の賜物ではなく、運命の一投であって、それを神様が導いてくれたような劇的な逆転だった。努力を重ね、最後まで勝利を信じ粘って行けば、勝利の女神が微笑むことがあるという運命的なシーンだと思う。地獄から天国。誰もが諦めかけた場面で起死回生のショットだ。会場は狂喜乱舞の大騒ぎ。

     小学生のミニバスケットボール決勝で起きた奇跡の一投はコチラ

     ゴール前の油断 スノーボードクロス

    https://www.youtube.com/watch?v=LZR91ogniVE

     トリノ五輪でそれは起きた。アメリカのジャコベリスは独走状態であったにもかかわらず、最後の油断で金メダルを逃す事態に。彼女は圧勝ムードでゴール手前の山へ。そこで普通にゴールすれば金メダルだったのに、観衆にアピールしようとボードに手を当てて、カッコよく決めようとしてバランスを崩し、着地に失敗して転倒。その脇を2位の選手がすり抜け、ゴール。気づいたときには後の祭りの結末となってしまった。まさにゴール3m直前での悲劇であった。後悔してもしきれないワンシーンとなった。この日のために猛練習を重ねてきたのに、ほんの一瞬の気の緩みや油断で、手中の金メダルを逃してしまった。

     棚ぼたの金 オーストラリアのショートトラック選手

     2002年のソルトレイクシティ五輪で起きた世界一幸運の持ち主。オーストラリアのショートトラック選手のブラッド・バリーは幸運に恵まれすぎた選手だ。最終ラップで前を行く4人の選手が相次いで接触して転倒。最後尾を滑っていた選手が悠々とゴールして金メダル獲得。こんな嘘のようなシーンが現実に起きてしまった。これは決勝だけでなく、準決勝でも同じことで棚ボタで決勝に残り、最大の見せ場の決勝でも再現された。このオーストラリアの選手は神様の手厚いご加護で守られているようだ。ありえないことが実際にオリンピックという最高の舞台で2度も起きてしまったのだから。

     シティ、大逆転優勝

     それはイギリスプレミアムリーグ最終決戦で起きた奇跡。優勝を争う相手マンチェスターユナイテッドは、すでに勝利を収め、負ければ優勝を逃す極限まで追い詰められた局面で地獄から天国へのシーンが展開された。ロスタイム、2点リードされたシティ。観客も諦めムードを一変させた。勝つか引き分けでシーズン優勝がかかる最終試合で、2点差を追いつき、劇的な優勝を成し遂げたのだった。この最終試合までもつれ込み、1点勝負でロスタイムまで運命を託したゲームは日本でもあった。横浜マリノスだった。最終節で4チームに優勝の可能性がある緊迫した状況。3位のマリノスは負ければ優勝どころか4位に叩き落ちるゲームで、ロスタイムでゴールし、他球場の結果を待つ。首位に立った鹿島がロスタイムで同点ゴールを奪われ、優勝をもぎ取った。

     星稜高校、9回、8点差を逆転し、甲子園出場

     これを魔物と言わず何と言うのか?誰も予想しないことが起きた。野球の世界で9回ウラで8点差なら、誰の眼にも敗色濃厚で、逆転できる可能性は1%もなかった筈だ。それを最後まで諦めず、繋いで繋いで、ランナーを溜め、打者一巡の猛攻で大逆転劇をやってのけた。一回でも負ければそこで終戦となる切羽詰った状況下で、誰もが目を疑う大殊勲。これを奇跡と言わずして何と言う。

     

     さて、こういう奇跡のシーンを見ていると、何事も最後の最後まで諦めてはいけないということが理解できる。「勝負は下駄を履くまでわからない」という言葉があるが、それはこういう奇跡が現実的に起こり得ることを示唆しているのだろう。

     記事作成:8月13日(土)

    2016年8月12日 (金)

    リオオリンピックに関する雑感

     リオオリンピックがブラジルで開幕し、連日熱戦が展開し、報道も過熱している。日本人が活躍すると、特番で報道し、選手を追いかけまわし、その家族やゆかりの人たちもこぞって出演し、生い立ちや幼少期の様子を紹介する。奥さんの内助の功をクローズアップして日本国民の情に訴えたり、美談にしてしまう。便乗もいいところだ。こうした偏向報道に違和感を覚えるのは私だけではないだろう。勝ち馬に乗るように、活躍した選手は論功行賞とばかりに、バカ騒ぎしてまるで神の如く崇めたて、メダルを取れず敗北した選手には目もくれない。頑張った時間は等しいのに、どうして殊勲者だけをチヤホヤするのだろうか?
     今回はオリンピックを見ていて感じることを取り上げたい。

     1 マスコミがメダルメダルと騒ぎすぎ

     知らないうちの過度の期待をかけ、選手にプレッシャーを与えてしまっている。メダルを取れないと見向きもしない。報道姿勢が大問題だ。逆にメダリストは崇め奉り、何度も繰り返し報道する。エピソードを紹介し、あまり関係が薄い人たちがコメントを寄せたり、ともにその快挙を喜んだり讃えたりする。メダルを獲らないと相手にされない風潮がある。

    選手は確かに金メダルを目指して日々、厳しい練習に耐え、努力に努力を重ねている。たとえ力一歩及ばず取れなくても、その栄誉を、その頑張りを大いに讃えて欲しいものだ。

     2 やはりプレッシャーに弱い日本人選手

     柔道は金メダルを期待されながら、道半ばの予選で敗れ、こぞって43位決定戦に廻った。何とか銅メダルは獲得できるものの、いずれも悔しい結果に終わった。体操もそう。世界王者の「内村航平」ですら「オリンピックには魔物がいる」と言わしめたように、今大会も鉄棒で落下し、種目別決勝に進めなかった。他の選手も連鎖反応で失敗の連続。これは目に見えないプレッシャーが襲い、知らず知らずのうちにリズムを狂わせられ、普段どおりの演技が出来ないことを示す。

     これは小学生の頃からの学校教育に問題がありそう。日本では、右ならえの体質が未だに根強く、一斉教育で、皆が同じことをさせられる。個性の伸張ではなく、百葉ひとからげで、皆同類にまとめられてしまう。
     アスリートは他人と同じことをしていたら絶対に世界では勝てない。心身の鍛錬は、同じ括りの教育の中では育たない。ロシアや中国などは、有能なアスリートは国直属のアカデミーでスパルタ式の猛特訓を受ける。競争原理も激しく、ついていけないと退所させられる厳しい世界だ。日本のようにクラブ活動の延長で生ぬるい体質のトレーニングでは、絶対に世界で勝てる選手にはならない。背負っているものが違いすぎる。

     それが証拠に、サッカーやバレーなどではシュートを外しても、点をとられても、たとえ負けても苦笑いしている。もっと悔しさを全面的に押し出せばいいのに。
     アスリートは、何年もかけて苦労してトレーニングを積んできたのだから、負けた時にはもっと悔しさを出すのが自然な姿だ。ところが日本人アスリートは外国人とは違う。
     周囲の目を気にしたり、視聴者に暗い顔を見せて落胆させたり不安にさせたくないという感情が働くのか?視聴者を不快な気持ちにさせたくないから、あえて取り繕っているように思えてしまう。あえて作り笑いを見せて周囲を安心させるのか?日本人の感情とはそういうものなのか・・・。

     そして、あの内村航平もまた、緊張を和らげようと「ポケモンGO」に傾倒。請求額が50万円というのもどこか感覚がズレている。緊張のほぐし方が根本から間違っている。これで日本中の期待を裏切った。オリンピックには魔物がいると名言を吐いたが、実はその魔物を創り出したのは自らの不摂生だったのではないか?自信が過信となってしまった典型例のような気がしてしまう。残念すぎる。幸い、団体で挽回して金メダルを獲得したので、そのバッシングの矛先は避けられたが、もしふがいない成績で終わったら、かなりの批判を浴びたに違いない。

     3 日本に勝てばそれでいい韓国

     韓国人の日本に対する憎悪の感情は消えることがないことがスポーツをみてもありありだ。過去、国際試合で政治的なプラカードや横断幕を掲示し、場にそぐわない批判行動をして厳重注意を受けたことが何度もあった。
     サッカー男子がナイジェリアに5失点で負けた試合でも韓国国内では日本を酷評。常に上から目線で日本をこき下ろしたいようだ。バレー女子も一回戦で韓国に負けた時もネット上では日本はスポーツ後進国で韓国の足元にも及ばないと囃し立て、柔道男子でも海老沼が韓国人に負けた時も、国旗を振りかざし馬鹿騒ぎ。
      彼らの言動や行動を見ていると、世界一になれなくても日本にさえ負けなければそれでいいという風潮がある。

     完膚なきまでに日本を叩きのめしたい。それが韓国人の本性で、こんな歪んだ国家と友好関係など築けるはずがない。
     従軍慰安婦問題も、日本側が百歩譲って政府間で解決策を妥結しても、肝心の国民は納得していないし、たとえこの問題が円満解決したとしても、次は竹島領土問題や靖国問題を盾に日本をバッシングして金銭を巻き上げようと画策するのは見え見え。もう韓国とは国交断裂で良いのではないか?一切日本には関わらないで貰いたい。

     4 天国と地獄

     これは毎回見ていて痛切に感じる事例。例えば、今回の競泳は連日メダルラッシュで日本を勢いづける起爆剤というか原動力になっているが、その中でも萩野公介は400m個人メドレーでは金メダルを獲得して一躍ヒーローになったが、その後に出場した200m自由形では7位と惨敗した。
     また、あの無敵の絶対世界王者の内村でさえ、団体で悲願の金メダルを余裕で獲得したと思ったら、最終種目の鉄棒を前に1位のウクライナの選手に対して0.91の第2位。絶望的な状況の中、最高の演技を最後の着地まで成し遂げた。そして相手の選手も失敗無く終えたため、銀メダル確定かと誰もが思った。しかし、結果は14.80で0.09の僅差で大逆転2連覇を果たした。腰痛に見舞われながら、失敗無くすべての演技を美しい体操を成し遂げた結果が金メダルという最高の栄誉で完結した。

    https://www.youtube.com/watch?v=WK5AouiHna4

     昔から良いことがあると、次は悪いことが交互に来ると言われる、運も相殺されてプラマイゼロとなる。彼の場合、金メダルを獲得したことで運を使い果たした感じがしたのは私だけではないだろう。
     良いことは長く続かない典型例かもしれない。団体、個人総合で金メダルを獲得した内村航平選手には、そういう意味でも、別の意味で注意を払ってほしい。たとえば自身や家族の健康面とか事故、怪我などだ。

     5 メダリストは生い立ちや家族まで丸裸にされる

     メダリストになるとその取材は半端ない。家族や親族の反応や友人、知人にまでコメントを求められ、殊勲者との関係まで暴露される。その過熱振りは異様で、両親、兄弟、妻、子供までに及ぶ。連日のようにワイドショーで取り上げられ、そのフィーバー振りは凄まじく、その快挙の余韻に浸りたい日本人の感情を代弁してくれている。
     確かに競技に専念するためには、家族の理解や支え、内助の功は欠かせない。そうした普段見られない感動エピソードを紹介するのはわかる。日本中を感動させる演出やその裏にあった苦労を取り上げたいのはわかる。しかし、大フィーバーしすぎると、ひとたび負けると見向きもされなくなる。現に一回戦で敗退した卓球の石川佳純選手は、テレビに出なくなった。
     また、メダルを逃した選手もスポーツニュースですら取り上げられない。この差は日本人特有の「勝ち馬に乗る」という概念そのものだ。

     そしてひとたびメダリストとして注目されれば、次の東京五輪での活躍を過度に期待しすぎる傾向になる。すると、銅メダルに甘んじたり、メダル獲得を逃したりした場合、バッシングが凄まじいのでないかという危惧が浮かぶ。こうした悪い風潮は絶対に避けなければならない。そうしないと我が福島県の英雄、円谷幸吉選手のような悲劇が再現されてしまう危険性が高くなる。そのことは日本国民は温かく見守ってほしいと切に願う。

     

     さて、オリンピックは「スポーツの祭典」といわれる国際試合だ。それだけにその努力や技術は世界最高峰だ。筋書きのないドラマだけに真剣勝負が展開され、その努力の数だけ感動を呼ぶ。今オリンピックは4年後の東京オリンピックの前哨戦となるだけに日本の底上げや技術力の向上が求められていた。しかし、前回のロンドンで金7を含むメダル総数38を上回る勢いで連日メダルラッシュが続いているのは明るい兆しだ。
     きっと日本選手が帰国する際には、前回を越えるフィーバーが予想される。心からお疲れ様を言いたい。そして4年後の「東京オリンピック」に向けて、私たちの夢を繋いでほしいと願う。

     記事作成:8月8日(月)

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