2018年11月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30  

ニュース

2018年4月26日 (木)

2018年のニュースと話題になった人(終)

 毎月話題となったニュースをその都度書き留め、年末に1年間の総括として公開してきた本記事も、今回で見納め。年の途中だが、4月25日までの出来事を箇条書きで紹介したい。  

 <全国・世界で起きたニュース>

 1月 
  
  箱根駅伝、青学が4連覇 優勝候補の神奈川大と駒大がシード落ち 
  アンパンマン号が出動するハプニング
  埼玉県でタイヤパンク被害続出
  北朝鮮、金総書記が強気の発言連発 核のボタンが机の上にある 韓国すり寄る
  星野仙一氏、すい臓がんで急死 70歳 悼む声ぞくぞく  
  女子高生が刺されたり、高齢者に撥ねられる事件事故が相次ぐ
    米軍ヘリ、また沖縄の海岸に不時着
  成人の日で着付け「はれのひ」が夜逃げ 被害者300人以上 社長は逃亡して上海
  カヌーの選手、ライバルのドリンクにドーピング違反薬物の混入を自白し発覚
  爪楊枝ボーガンでアホな大人3人が傷害罪で逮捕
  タイで15年間逃亡を続けた殺人犯が逮捕
  猫からウィルス感染で死亡
  ももクロの有安杏果が卒業&芸能界引退を発表
  愛知県のスーパーでフグの肝臓を販売 客が食べてしまう事故 健康被害なし
  仮想通貨ビットコイン乱高下で大損者続出
  小室哲哉、不倫疑惑騒動の責任を取り、芸能界引退
  高橋克也の無期懲役が確定 これでオウム全被告の刑確定 麻原の執行はいつか
  またしても大相撲界で不祥事 大砂嵐が無免許運転で追突事故
  草津白根山で噴火 雪崩も発生し、自衛隊員ひとり死亡 スキーヤーが1名不明
  大相撲でまたまた不祥事 春日野部屋で暴行事件の逮捕者が出ていたが報告せず
  平幕の栃ノ心が優勝
  東京でも積雪 全国的に異常低温
  スーパーブルーブラッドムーン(皆既月食)
  集団登校の列に70歳の女が運転する車が突っ込み、7歳女児が死亡
  札幌の自立支援関連施設で火災 11人が死亡

 2月

  大阪で重機が歩道に突っ込み、小学生の女児が死亡 運転手を逮捕
  俳優の豊原功補が小泉今日子と不倫
  乃木坂46の生駒里奈が電撃卒業を発表
  貴乃花親方が理事選出馬も落選
  佐賀県の民家に自衛隊攻撃型ヘリ・アパッチが墜落して炎上 隊員2名死亡
  眞子さまの結婚、小室家の週刊誌報道も影響してか再来年に延期
    北陸地方で豪雪被害 連日の積雪で車100台以上が雪に埋まり立ち往生 
  台湾で大きな地震 建物倒壊で死者も
  平昌五輪契機に南北融和姿勢強調 五輪を政治利用顕著 日本勢振るわず
  強風で延期、中止、日程変更続出
  カーリング娘が連日熱戦 ケガから復帰の羽生がSP首位
    羽生が大会連覇で金、宇野が銀獲得 列島が大興奮 大怪我から奇跡の復活劇
  藤井五段が羽生に勝ち、決勝でも勝って優勝。一気に六段に昇進
  小平奈緒が500mで五輪新記録で金メダル
  女子団体パシュートで日本が五輪新で金メダル 高木美帆は金銀銅獲得
  マススタートで高木が金メダルで初代女王に
  LS北見のカー娘が3位決定戦でイギリスに逆転勝ちで銅メダル 
  メダルは過去最多の13個(金4、銀5、銅4) そだね~やもぐもぐタイムが話題に 
  カー娘、帰国後、故郷・北見に凱旋で地元大フィーバー

 3月

  伊調馨選手が栄コーチをパワハラで告発
  イチローが電撃マリナーズ復帰 上原は古巣巨人に復帰濃厚
  米朝会談濃厚 和平への模索が進む
  上原浩治が巨人に復帰 手薄な投手陣の穴埋め
  6人殺害のペルー人に死刑判決
    森友問題のデータ改ざん問題で佐川国税庁長官が辞任
  オウム死刑囚7人が移送 執行間近か
    大坂なおみ快進撃 世界ランク上位を次々撃破してツアー優勝。
    南北融和ムード一気に加速
  

 4月

 加山雄三のクルーザー「光進丸」が全焼
  エンゼルス大谷鮮烈デビュー 初先発初勝利に加え、本拠地で初打席初ホーマー
 土俵上で市長が卒倒 女性看護師が救命措置中に伝統優先で土俵から降りるアナ
 ウンスに批判続出
 大谷3試合連続ホームランの驚愕
  鹿児島県日置市で5人殺害 父親、親類の殺人容疑で38歳の男を逮捕
  大谷フィーバー続く今度は投手として7回1死までパーフェクトに抑え全米を魅了
 ハリルホジッチ監督、電撃解任 後任に西野氏
  松山刑務所大井造船作業場から受刑者が逃走、行方不明 尾道向島に潜伏?
 大分で土砂崩れ 5人が生き埋め
 自衛隊日報の存在、加計&森友学園問題を巡り、国会紛糾
 米英仏がシリアを空爆
 福田財務次官がセクハラ発言連発で辞任
 新潟県知事が出会い系で援助交際・買春で辞任
 霧島連山で噴火
 北朝鮮が核実験中止・ICBM発射を廃止宣言 裏切りの歴史に懐疑的な見方も
 元赤ヘル 衣笠祥雄氏が死去 連続試合出場世界記録で国民栄誉賞受賞
  カナダで車を暴走させる単独テロ発生 10名が死亡
  TOKIO山口が女子高校生に酒を飲ませ、強制わいせつで書類送検

 <福島県内で起きたニュース>

 1月 福島駅西口で不審物処理
          郡山市さくら通り長者交差点で飲酒運転の車が店舗に突っ込む事故
     聖光学院が選抜に選ばれる
     1月23日~30日異常低温で毎日積雪で除雪作業 郡山市で-11℃
     インフルエンザが猛威 患者が4,000人を超える

 2月  南東北総合病院で院内感染
    郡山市富久山町福原のアパートで殺人事件 24歳の男が交際相手を殺害

 3月  心臓移植で渡米した中川西祐綺ちゃん腸管に穴が開き亡くなる
     サタふく、神谷アナ、藺草アナが卒業 自転車でGO!も終了 

 4月  福島市で父親を殺し出頭
     三春~浪江線が再開通  

 <今年話題になった人物>

 1 星野仙一
 2 有安杏果
 3 小室哲哉
 4 生駒里奈
 5 小泉今日子
 6 カー娘(藤澤・吉田知・吉田・鈴木夕・本橋)
 7 大杉漣
 8 福田財務次官
 9 新潟県知事
10  衣笠祥雄

2015年8月12日 (水)

大事件・大事故の第一報

 事件や事故の第一報を伝えるメディアには、テレビの番組放送中にテロップで割り込む「ニュース速報」がある。あの注意を惹く「ピピッ」という短いアラーム音が鳴る奴だ。あれを聞くと「何事か?」と一斉に画面に視線を向ける。しかし、もっと大事故や大事件ともなれば、番組の最中に差し込む緊急ニュースがある。最近では、東日本大震災がそれに該当したし、少し前でも、9.11同時多発テロもあった。
 今日は、そうした緊急性を要するニュースの第一報や報道特番をお送りしたい。 

 日航機123便墜落事故

https://www.youtube.com/watch?v=_TywYLS9LLU

https://www.youtube.com/watch?v=dnOHtLf6KUk

https://www.youtube.com/watch?v=wzj7wj965eA

https://www.youtube.com/watch?v=4RISM7E8NEw

https://www.youtube.com/watch?v=RVeafLvJpWo

 1985年8月12日、お盆前の帰省や旅行で満員(524人)の乗員乗客を乗せた、羽田発大阪行きの日航ジャンボ機123便は、離陸直後に圧力隔壁が爆発し、垂直尾翼が吹き飛んだ。そのまま操縦不能に陥り、ダッチロールを繰り返した末に、群馬県の御巣鷹山の尾根に墜落した。520人が死亡し、その中には国民的歌手の坂本九を始め、当時の阪神タイガースの球団社長も乗っており、この事故で帰らぬ人となった。
 この事故から今年で30年。多くの方々が犠牲になったこの事故の教訓を後世まで伝えなければならない。520人の命日にあたるこの日、あえて掲載させていただきました。

 地下鉄サリン事件

 事件の経緯 https://www.youtube.com/watch?v=M4HYQEBllas

 カルト教団の凶行だった。麻原尊師を頂点に、ピラミッド型に絶対権力制度を構築した「オウム真理教」が犯したテロ事件だ。坂本弁護士一家殺害や、仮谷さんを拉致して殺害、VXガスや猛毒サリンを生成。そして地下鉄の車内でまき散らし、多くの罪のない人々を死に至らしめた。現在、事件に関わった者が全員逮捕され、間もなく裁判も終結する。よって、多くの死刑囚の刑が執行される見通しだ。
 首謀者の麻原彰晃(松本智津夫)が、上九一色村のサティアン内の隠し部屋で逮捕された時の映像も凄まじかった。手にインコを携え、防毒マスクに身をくるんだ捜査員が大挙して家宅捜索し、麻原彰晃の身柄を拘束した。当時、ヘッドギアによる洗脳や空中浮遊修行、ポア、ハルマゲドン、麻原尊師を崇めるあの歌も話題になった。上祐史浩広報担当や土谷正実、林郁夫、井上嘉浩、早川紀代秀、故・村井秀夫らがその中心的メンバーだった。

 9.11同時多発テロ

https://www.youtube.com/watch?v=ufwRTsdSHL0

 夜の23時頃、急に切り替わった映像を見て、この事実を受け止められなかった。当初、何かの映画のCG映像かと思った。ニューヨーク摩天楼の超高層ビルから噴き出す黒煙。そのうちにワールドトレードセンターのツインタワーのもう片方のビルに、ジェット旅客機が突っ込み、オレンジ色の炎と共に、破片が飛び散る異様さ。開いた口が塞がらなかった。

 阪神淡路大震災

https://www.youtube.com/watch?v=gEsd4LBZIZI

 この一報は強烈だった。まだ夜が明けきらない朝方に発生し、夜明けと共に、その被害状況が明らかになった。阪神高速道路の橋桁が横倒しになり、神戸の繁華街の巨大ビルが斜めの状態で傾き、新幹線のレールは宙ぶらりんの状態。崩壊した高架橋から今にも落ちそうな大型バス。死亡者の数が時間の経過と共に増加。何度、これで止まってくれと祈ったかしれない。

 毒入りカレー事件 林眞須美容疑者逮捕

 この事犯も奇妙だった。多くの罪なき同じ町内会の人々を、毒物混入によって無差別に殺人行為に及び、その後、マスコミの執拗な追及に何食わぬ顔で、普段通りの生活を送れる無神経さ。死刑判決が確定した今も、生きながらえている。突然に命を奪われて死んだ人間は浮かばれない。

 秋葉原連続殺傷事件

 

https://www.youtube.com/watch?v=O_vTXIfc1lA

https://www.youtube.com/watch?v=D6D-pKCh3TM

 どうしてこんな身勝手な犯罪者が生まれるのだろうか?殺すなら誰でもよかった」とか。「死刑になりたくて」という短絡的な理由で無差別殺人を計画し、決行してしまう。「そんなに死にたいなら、自殺しろ」とでも言いたくなる。
 たまたまそこに居合わせて、鬼畜のような凶悪犯に出くわしたばかりに命を奪われた人やその家族はたまったものではない。

 JR福知山線脱線転覆事故第一報

 運転士の操作ミスによって100名を越える人命が失われた。遅れを取り戻そうと、制限速度を大きく超える速度で、右カーブに進入。急ブレーキをかけたが、バランスを失った先頭車両がコースアウトし、脱線転覆。沿線に建っていたマンションの1階駐車場に突っ込み、後続車3両が次々とめり込む壮絶な事故だった。
 当時、NHKの記者がたまたま事故列車に乗り合わせていた。現場から緊迫した状況を生リポートした。車両に挟まれて圧死した乗客がほとんどで、列車内から救出する作業が手間取った。ステンレス製の頑丈な車両が、マンションの支柱にグニャリとL字型に折れ曲がった凄惨な状況は、その衝撃の大きさを物語っていた。

 東日本大震災(閲覧注意)

 この映像は、個人的には見るのを憚りたいものだ。しかし、数百年後に再び巨大地震が起きた時に、同様の被害や犠牲者を出さないためにも、しかと後世に語り継ぐものだと考え、あえて掲載した次第だ。苦労して建てた我が家をいとも簡単に押し流す自然の猛威。なすすべもなく、ただ茫然と立ち尽くすしかない。未だに行方不明者が多い現状、このような映像は、被災者には辛い記憶を呼び起こすだけかもしれないが、上記の意図を汲んでいただければ幸いです。

 福島中央テレビだけが撮影したスクープ映像。全世界に配信された。3号機は間違いなく核爆発だ。津波によって全電源を喪失した後、炉心溶融が起き、核燃料が溶けて容器外に流れるメルトダウンを起こしていた。異常なほど原子炉隔壁が高温に晒され、水蒸気爆発を誘発。その時に大量の放射性物質が大気中にばらまかれた。我が国初の大規模原子力災害事故だ。当時の民主党政府は、あまりにも危機管理が脆弱で、初期対応のまずさが、今でも解決困難な状況に陥らせている。

最後は事件事故ではないが、私が経験した中で最も大きな、そして深い悲しみに襲われた速報をお送りします。

 昭和天皇崩御

 

 昭和64年1月7日午前6時33分に崩御となった。激動の昭和を生きてこられた天皇がお亡くなりになり、昭和はここに終わった。小渕恵三官房長官(当時)が新元号「平成」を発表し、ここに平成がスタートした。

 さて、本日の映像は時々刻々緊迫した状況を伝えるものである。すべてが真実の映像だけに、圧倒される。中には触れたくないニュースもあったかもしれない。しかし、同じ轍を踏まないためには、こうした事件や事故があったことを教訓として学び、過ちを繰り返さないことが、犠牲者へのせめてもの供養につながると考えている。

 記事作成:7月13日(月)~7月14日(火)

2014年9月12日 (金)

11日は災害・大事故の特異日?

 ニュースがない日は無い。ニュースは時代や社会を映す鏡の役目を果たし、たいていの場合は良いニュースより悪いニュースばかりで、その大半は悲惨な事件や甚大な事故の報道だ。そんなニュースを時系列で遡り、紐解いて日付を探れば、どういう因果か「11日」に悪い出来事が集中していることが判明した。語呂合わせでは「いい(良い)日」なのに、奇怪にも大規模災害や大事件、大事故がどれほど多く発生していることか。今日はそんな世にも不思議な偶然を検証したい。

 まず、この記事を書いている今日は9月11日。そう、もうおわかりだろう。2001年の同日に発生した「アメリカ同時多発テロ」から13年が経過した。アメリカ国民にとってこの日は生涯忘れない特別な日となった。私自身もそうだった。13年前の今日、夜中の11時過ぎに、ふとテレビをつけると、突然にニュース映像が中継画面に切り替わり、ただならぬ異様な状況が飛び込み、画面に釘付けとなった。それは、「ワールドトレードセンター」のツインタワーの片方から黒煙が立ち上っている絵だった。すぐさま「タワーリングインフェルノ」を思い出し、超高層ビル火災かと考えた。するとほどなく旅客機がその画面にフレームインしたと思った次の瞬間、もう片方のビルめがけて突入したではないか?我が目を疑った。一体何が起きたのか理解できなかった。映画の特撮映像か?あたかも悪夢を見ているようだった。テロリストたちによって旅客機が乗っ取られ、乗客もろともビルに突っ込む自爆テロ行為。一瞬にして爆発し、ビルはオレンジの炎に包まれた。このテロにより、このビルで働く多くの人々の命が失われ、まるでだるま落としのようにビルは一直線に崩壊した。この国家を揺るがす非常事態は、ニューヨークだけでとどまらず、アメリカ国防省(ペンタゴン)にも別の旅客機が突っ込み、炎上する事件が起きた。これが俗に言う「アメリカ同時多発テロ」で、ウサマ・ビン・ラディン氏を首謀とする国際テロ組織、アルカイダの仕業だった。

 また、日本でも11日に纏わる大規模自然災害が起きた事は周知のところだ。
 2011年3月11日、14時26分に発生した「東日本大震災」では、2万人近い人々が地震や大津波によって死亡、あるいは行方不明となった。日本では経験したことが無いような「マグニチュード9.0」という巨大地震に加え、太平洋のプレートが三箇所ずれ込むことで、巨大津波を引き起こした。高さ20mを越える大津波に、沿岸部は壊滅状態。陸前高田市や旧志津川町の南三陸町は街自体が消えた。大勢の市民が犠牲となり、未だ発見されない行方不明者が多数いる。
 また、津波で全電源を喪失した福島第一原子力発電所では、制御不能の危機的状況に陥り、1号機と3号機が水素爆発。建て屋もろとも吹っ飛び、メルトダウンによって放射性物質が拡散。「レベル7」という、我が国最悪の重大事故を招いた。半径30km以内は立ち入り禁止。数万人規模で避難を余儀なくされたのだった。

 この2つだけ見ても11日は不吉で、大規模災害や多くの方の命が失われるような大事件や大事故をもたらす特異日なのかと考えてしまうが、この数字が表す意味は、思いも寄らぬほど重く厳しいものだった。

 ではその根拠として、これまでに「11日」に発生した大きな出来事を列挙したい。

1855年 (11月11日) 安政の大地震 M6.9 死者4300人以上
1899年 (10月11日) 第二次ボーア戦争が始まる
1905年(9月11日)佐世保弾薬倉庫爆発事故339人死亡
1914年 (8月11日) 第一次世界大戦: フランスがオーストリア・ハンガリー帝国に宣戦布告。
1935年 (7月11日) 静岡地震。静岡市・清水市などで死傷者9299人。
1939年(5月11日)ノモハン事件
1940年(11月11日)休戦日吹雪144人死亡。
1941年 (12月11日) 第二次世界大戦: ドイツ・イタリアがアメリカ合衆国に宣戦布告。
1942年(5月11日)大洋丸沈没1300人死亡。
1942年 (10月11日) 第二次世界大戦・ソロモン諸島の戦い: サボ島沖海戦
1951年(2月11日)居昌事件(子供を含む719人が虐殺される。
1953年(5月11日)ワコトルネード発生144人。
1955年(4月11日)カシミールプリンセス号爆破事件16人死亡。
1955年(5月11日)第三宇高丸沈没168人死亡。
1955年(6月11日)ルマン災害83人死亡
1962年(1月11日)ワスカラン・ペルー地滑り(4000人死亡)
1965年(4月11日)バームサンデー竜巻発生271人死亡。
1966年(3月11日)菊冨士ホテル火災30名死亡。
1968年(9月11日)エールフランス1611便火災墜落事故95人死亡
1970年(5月11日)ラバックトルネード発生26人死亡。
1973年(7月11日)ヴァリグ・ブラジル航空820便墜落事故124名死亡
1977年(8月11日)山梨県観光バス転落11人死亡
1979年(7月11日)日本坂トンネル火災事故7人死亡焼失車両173台
1980年(10月11日)アルジェリア大地震発生2万人以上死亡。
1981年 (6月11日) イラン・ゴルバフ地方でマグニチュード6.7の地震。死者約8000人。
1982年 (11月11日) デスブログの創始者誕生
1985年(5月11日)英国ブラッドフォード・サッカー場火災50人以上死亡。
1986年(2月11日)伊豆半島のホテル大東館火災で24名死亡。
1987年(10月11日)タミル市民殺害
1988年 (8月11日) テロ組織アルカイダ結成。
1991年(7月11日)ノリス・エアチャーター便DC8墜落事故261人全員死亡
1994年(4月11日)ルワンダの学校襲撃。2000名のうち大半が虐殺。
1994年 (12月11日) 第一次チェチェン紛争勃発。
1995年 (7月11日) 7.11水害。新潟県上越地方・長野県北信地方で集中豪雨が発生。
1996年(4月11日)池袋駅構内大学生殺人事件
1996年(5月11日)エベレスト大量遭難事件8人死亡
1997年 (3月11日) 茨城県東海村の動燃再処理施設で爆発事故。労働者37人が低レベルの放射線に被曝。
1998年(1月11日)シディー大虐殺(103人殺害)
1998年(12月11日)エアバスA310墜落事故101人死亡
2000年 (9月11日) 濃尾地方で集中豪雨(東海豪雨)発生。名古屋市周辺を中心に甚大な被害。
2000年 (11月11日)オーストリアケーブルカー火災事故。トンネル内の火災で155人が死亡。スキー合宿中の日本人中学生も巻き込まれた。
2001年 (9月11日) アメリカ同時多発テロ事件。
2003年(8月11日)パリ熱波144人死亡
2004年 (3月11日) スペイン・マドリードで通勤列車が連続爆破テロ。死者199人。
2005年(12月11日)イギリスバンスフィールド油槽所火災43人死亡。
2006年(7月11日)ムンバイ列車爆破事件209名死亡
2007年(4月11日)アルジェリア爆破事件33人死亡。
2009年 (1月11日) インドネシアのカリマンタン島沖で地元フェリーが沈没。死者100名以上。
2009年(3月11日)ヴィネンデン銃乱射事件16人死亡。
2009年 (8月11日) 静岡沖地震 M6.5
2011年 (3月11日) 東日本大震災を引き起こした東北地方太平洋沖地震発生。
2012年(4月11日)史上最大規模の「横ずれ型」M8.7地震がインドネシアのスマトラ島沖で発生。
2012年(7月11日)九州北部豪雨発生27人死亡
2012年(8月11日)イラン北西部地震306人死亡
2012年(9月11日)リビア領事館襲撃事件米大使を含む4名死亡

 これだけ11日に事件や事故が集中している事実を単なる偶然と捉えるか?確率的には約30分の1。なのにこの数の多さは何なのか?神からの無言の警告なのだろうか。「そんなのどうでもいいじゃないか」と無碍に扱い、軽く片付けてしまって大丈夫だろうか?

 11日ではないが阪神淡路大震災もまた1.17(1月17日)と11に纏わる。

 また、これも奇妙な一致だが、「通り魔事件」は6月と9月に多く発生している。

 池田小学校児童殺傷事件(宅間守)・・・2001年6月8日発生

 秋葉原通り魔事件(加藤智大)・・・2008年6月8日発生

 6月8日は不吉な事件が多く、フォークランド紛争が起きたのもこの日だし、日本海軍が誇る軍艦「陸奥」が原因不明の火災で沈没したのもこの日だ。したがって、もし、東海地方で長年危惧されている南海トラフ大地震が起きるとしたら、この日をおいて他にないと思っている。

 また、同じ6月に発生した「深川通り魔事件」(川俣軍司)は6月17日だった。

https://www.youtube.com/watch?v=Ozc7CnmQL3w

 9月に起きた「通り魔事件」は、「池袋通り魔事件」、「下関通り魔事件」、「吹田市通り魔事件」がそうだ。

 最近は、常識ない犯罪者によって何の罪も無い善良な一般人が犯罪に巻き込まれ命を絶たれる事件が相次いでいる。あってはならない残忍な事件。見ず知らずの人間に、たまたまそこに居合わせただけで命を奪われることがあっていいものか。だとしたら神など本当にいりのか。正しい行いをしている人間が鬼畜のような悪魔に命を絶たれるのだ。この世に神など存在しないとさえ思える。それが運命だとしたらなんと不釣合いなことか。今回の内閣改造で法務大臣が谷垣氏から女性閣僚に代わった。えてして女性は命の尊厳を重んじるため、死刑執行命令書に判を押さない懸念がある。死刑判決が出たものは、残忍な方法で複数の人間の命を奪った極悪非道の悪党だ。死刑囚として判決確定後、数十年も命を長らえているのは不平等以外の何者でもない。被害者は突然に命を奪われ、その後人生を全うできなかった未練だけが残る。遺族の悲しみと犯人に対する憎しみはいかばかりかと察するに余りある。殺人行為は断罪するしかないのだ。生きながらえて重い十字架を背負わせ、罪を償わせるという考えが現在の法規だが、殺された人間に対して、どう罪を償えるというのか。死んだ人間は二度と帰ってこない。人を殺した人間に更正の機会を与えるという考えは根底から間違っている。被害者の氏名を明らかにし、殺人者のプライバシーは明かされないというマスコミ報道にも疑問符が付く。殺人者に人権など無に等しい。複数の命を奪わなければ死刑に相当しないという永山基準は悪の慣例にすぎない。裁判官が死刑を宣告するのが怖がっているだけだろう。鬼畜のような振る舞いには、法令を遵守し、死刑確定後、半年以内に速やかに執行してもらいたい。そうでなければ、悪戯に大臣自身が法令を軽視していることになるし、死刑囚が増え続けるだけだ。冤罪の疑いがある場合を除き、本人が罪を認め、確定死刑囚の身にあるものは、食事のために国民の血税をつぎ込むような「特別扱い」はやめてもらいたいものだ。法務大臣や裁判官、刑務官になった以上は、その職責を全うしてもらいたいものだ。

 終盤はやや焦点がブレたが、今日のテーマに掲げた「11日」が、もし犯罪や事件、自然災害が発生する特異日だとしたら、私たちは過去の出来事を、自らの戒めとし、二度と同じ過ちを犯さないように教訓とするべきだと思う。

 記事作成:9月11日(木)
 

 

2014年7月29日 (火)

半世紀の衝撃事件・事故・自然災害

 時間が経つのは早いもので、私がこの世に生を受けて、今年で半世紀を迎える。その人生の節目で記念すべき年に当たり、私の重ねて来た年輪と共に、様々な出来事があった。嬉しいニュースも数多くあったが、どちらかと言えば世間を震撼させる事件や目を覆いたくなる惨状のほうが記憶に残る。そこで今日は、自分の歩んで来た人生の中で、一体どのような出来事があったかを振り返りたい。

 1964年(昭和39年)0歳 

 東京オリンピック開催・東海道新幹線開通・新潟地震

 1965年(昭和40年)1歳

  アメリカ軍による北ベトナム爆撃(北爆)開始・全日空貨物機失踪事件・夕張鉱業所でガス爆発

 1966年(昭和41年)2歳

 ビートルズ来日公演・全日空ボーイング727型機が東京湾に墜落し133人全員死亡

 1967年(昭和42年)3歳

 ツイッギー来日。日本にミニスカートブーム到来・グループサウンズブーム・ミニスカー小大流行

 1968年(昭和43年)4歳

 三億円事件・川端康成ノーベル文学賞・霞が関ビル完成・十勝沖地震

 1969年(昭和44年)5歳

 アポロ11号月面着陸・東大安田講堂事件・パンタロン大流行

 1970年(昭和45年)6歳

 大阪万博・福岡大ワンゲル部・羆襲撃事件・よど号ハイジャック事件・三島由紀夫割腹自殺事件

 1971年(昭和46年)7歳

 全日空機雫石衝突事故・明治公園爆弾事件・ボウリングブーム・大久保清連続殺人事件

 1972年(昭和47年)8歳

 札幌五輪(日の丸飛行隊)・あさま山荘事件・日中平和友好条約・千日デパート火災・パンダブーム・横井庄一帰国

 1973年(昭和48年)9歳

 熊本大洋デパート火災・オイルショック買占め・巨人V9達成

 1974年(昭和49年)10歳

 三菱重工爆破事件・モナリザ来日・小野田寛郎帰国

 1975年(昭和50年)11歳

 長嶋引退・第二次ベビーブーム・広島赤ヘル旋風・沖縄海洋博

 1976年(昭和51年)12歳

 ロッキード事件・モントリオール五輪・コマネチブーム

 1977年(昭和52年)13歳

 756号フィーバー・スターウォーズ封切り・青酸コーラ無差別殺人事件

 1978年(昭和53年)14歳

 ピンクレディーブーム・スーパーカーブーム・成田空港管制塔占拠事件

 1979年(昭和54年)15歳

 日本坂トンネル火災事故・第2次オイルショック

 1980年(昭和55年)16歳

 長嶋監督退陣・王引退・大平首相死去・一億円拾得事件・川崎浪人生金属バット両親殺害事件

 1981年(昭和56年)17歳

  深川通り魔殺人事件・北炭夕張新炭鉱

 1982年(昭和57年)18歳 

 ホテルニュージャパン火災・全日空機羽田沖墜落事故・ロス疑惑

 1983年(昭和58年)19歳

 イッキブーム・アキノ暗殺事件・勝田清孝連続殺人事件・日本海中部地震・大韓航空機撃墜事件

 1984年(昭和59年)20歳

 女子大生ブーム・三井三池炭鉱有明抗火災・世田谷局ケーブル火災・グリコ森永事件

 1985年(昭和60年)21歳

 おニャン子クラブブーム・バブル景気・つくば科学万博・日航機墜落事故・犀川スキーバス転落事故(日本福祉大学)・三菱南大夕張炭鉱爆発事故

 1986年(昭和61年)22歳

 チャレンジャー号爆発事故・私をスキーに連れてって(スキーブーム)・岡田有希子投身自殺・トリカブト保険金殺人事件・バブル景気

 1987年(昭和62年)23歳

 国鉄民営化(JR発足)・石原裕次郎死去

 1988年(昭和63年)24歳

 上海列車事故(高知学芸高校)・自粛ブーム・東京ドーム開場・青函トンネル開通

 1989年(平成元年)25歳

 昭和天皇崩御・東京埼玉幼女誘拐殺人事件(宮崎勤)・女子高生コンクリート詰め殺人事件・美空ひばり死去

 1990年(平成2年)26歳

 礼宮と川島紀子結婚・バブル崩壊・センタ-試験開始・猛暑で水不足

 1991年(平成3年)27歳

 雲仙普賢岳火砕流災害・溶岩ドーム・信楽高原鐵道列車衝突事故・石井舞ちゃん行方不明事件・加茂前ゆきちゃん行方不明事件

 1992年(平成4年)28歳

 バルセロナ五輪岩崎恭子金メダル・学校5日制スタート・長谷川町子死去

 1993年(平成5年)29歳

 北海道南西沖地震(奥尻島大津波)・皇太子・雅子さま御結婚・Jリーグ開幕・ドーハの悲劇・逸見政孝がガンで死去

 1994年(平成6年)30歳

 中華航空140便墜落事故・大江健三郎氏がノーベル文学賞・松本サリン事件発生

 1995年(平成7年)31歳

 阪神淡路大震災・福島国体開催・地下鉄サリン事件・八王子スーパー殺人事件・福島悪魔払い殺人事件

 1996年(平成8年)32歳

 豊浜トンネル崩落事故・羽生善治7冠・藤子F不二雄死去・O157猛威・ルーズソックス
 郡山市で男子高校生が女子高生を殺害し、母親が死体遺棄を幇助

 1997年(平成9年)33歳

 たまごっちブーム・神戸連続児童殺傷事件(酒鬼薔事件)・山一證券経営破たん・福田和子逮捕

 1998年(平成10年)34歳

 長野五輪・和歌山毒物カレー事件・黒澤明死去・タイタニックブーム・怪物松坂春夏連覇

 1999年(平成11年)35歳

玄倉川水難事故・地域振興券・ジャイアント馬場死去・石原都知事

 2000年(平成12年)36歳

 ミレニアム問題・シドニー五輪高橋尚子金メダル・小渕恵三死去・有珠山大噴火・世田谷一家殺害事件

 2001年(平成13年)37歳

 うつくしま未来博・附属池田小事件・アメリカ同時多発テロ事件・歌舞伎町ビル火災・明石花火大会歩道橋事故・武富士弘前支店強盗殺人放火事件

 2002年(平成14年)38歳

 日韓共催サッカーW杯・韓流ブーム(冬のソナタ)・住民基本台帳

 2003年(平成15年)39歳

 コロンビア号空中分解事故・鳥インフル発生・オレオレ詐欺横行・郵政民営化

 2004年(平成16年)40歳 

 スマトラ島沖地震・新潟中越地震・アテネ五輪メダルラッシュ

 2005年(平成17年)41歳

 JR福知山線脱線事故・愛地球博

 2006年(平成18年)42歳

 トリノ冬季オリンピック荒川静香金メダル・大雪による被害・ライブドアの堀江社長が証券取引法違反容疑で逮捕

 2007年(平成19年)43歳

 赤ちゃんポストの設置を認可・新潟県中越沖地震が発生・ZARDの坂井泉水死去
 会津若松市高校生による母親殺害事件

 2008年(平成20年)44歳

 秋葉原通り魔事件

 2009年(平成21年)45歳

 桜島が爆発的噴火・裁判員制度開始

 2010年(平成22年)46歳

 チリコピアポ鉱山落盤事故・はやぶさ地球帰還・高速道路無料化・猛暑で熱中症

 2011年(平成23年)47歳

 カンタベリー地震・東日本大震災・福島原発事故・計画停電

 2012年(平成24年)48歳

 笹子トンネル天井板落下事故・東京スカイツリー開業・山中伸弥がノーベル賞受賞

 2013年(平成25年)49歳

 東京スカイツリーからの本放送開始・富士山が世界文化遺産に登録

 2014年(平成26年)50歳

 マレーシア航空370便行方不明事件・韓国フェリー沈没事故

 参考 

 「戦後日本で起きた大惨事事故」

 http://tsuri-ten.cocolog-nifty.com/blog/2013/06/post-757c.html

 「日本で起きた平成の大惨事」

 http://tsuri-ten.cocolog-nifty.com/blog/2012/09/post-dade.html

 記事作成:7月5日(日)~

 追記(7/29)

 今回、このような記事を書いたところ、長崎県佐世保市で女子高校生が同級生を殺害し、遺体を解体する事件が発生した。動機は「人を殺してバラバラにしてみたかった」というもの。人命を何だと思っているのか。理解しがたい。
 このような猟奇的な事件は後を絶たない。我が福島県の会津若松市でも男子高校生が母親を殺害し、首を切断して警察に自首する事件(この高校生は保護観察処分)があったし、郡山市では高校生同士のカップルの間で殺人が行われ、母親が死体遺棄を幇助する事件が起きた。また、神戸で起きた中学生が小学生を殺害し、生首を校門に吊るした酒鬼薔薇聖斗事件も異常としか言いようがない。

 個性重視、価値観の多様化、人間関係構築の欠落が招いた凄惨な事件は、危険ドラッグの蔓延も重なり、ますます増える危惧を抱く。早急の対策が急務であることは明らかだ。

2014年3月11日 (火)

3.11 あの日を忘れない~震災3周年~

 「3.11」。今日はあの日から3年経過した記念すべき日。私は生粋の福島県民で、被災者のひとりだ。あの日の出来事を生涯忘れることはない。実際にあの巨大地震(郡山市は震度6弱)を体験し、釣りによく出向いた浜通りの海岸や漁港を巨大津波が襲った。私が暮らす郡山は福島県の中央に位置しているため、津波の被害は免れたが、その後発生した福島第一原子力発電所の爆発事故により、「汚染地帯」のレッテルを貼られた。挫折と屈辱を味わい、県民は県外に避難するなど、人口は激減し、活気は消え失せた。未だに農業では風評被害を受け、漁業は再開の目途が立たないまま。県内のあちこちにモニタリングポストが設置され、立ち入り禁止区間だらけで交通は寸断。陸の孤島と化した町には空き巣が入り込む「非人道的行為」が横行している。人間不信にさえなった。放射線は今でも毎日0.3~0.4で推移し、年間の放射線量は国が健康上安全と定める1ミリシーベルトを優に超える高い数値。子供が甲状腺検査で異常が見られるなど、徐々に健康被害が明るみになってきている。また、除染は一向に進まず、3年経った今でも我が居住地の八山田界隈は行われていない。そして、どこぞの首相がほざいた「原発事故収束」にはほど遠く、今でも「汚染された廃棄物」が未処理で未解決のままである。汚染タンクの置き場がなくなり、追いつかない。中間貯蔵施設は、どこも引き受け手がなく、結局は県内で自己処理を余儀なくされている。絆とは名ばかりで、世界からは「広島・長崎・福島」と憐れみの対象として全世界にその名を轟かせている現実がそこにあった。それに輪をかけて汚染水漏れの問題が新たに浮上し、中間貯蔵施設は本県に設置しなければならない状況。おそらくは、どこも引き取り手は現れるはずはないから、そのままそこが「最終放棄施設」になることは火を見るより明らかだ。
 福島県は、震災以降、まるでビフォー・アフターの如く、劇的に変貌してしまった。今日は丸3年目の節目に当たるが、我が福島県が置かれている状況は、何も変わってはいないことを改めて全国に訴えたいと思う。

 では、3月11日のこの日を忘れないために、私が体験した3年前の状況を三度掲載し、記憶が薄れないよう、今年もまた備忘録とし、さらには真の復興を願い、激励する県内に関わる歌を6曲リンクしたい。

 

 その日は午前中、息子の中学校の卒業式に参列した。その後、和風レストラン「まるまつ」で昼食をとり、その後、「ケーズデンキ」でブルーレイデッキの商談をし、時間潰しに思いつきで桑野にある「ブックマート」に立ち寄り、立ち読みをしていたのだった。

 平成23年3月11日午後2時46分

P7161959 P7161960

 上の場所で「携帯の緊急地震速報」が鳴り、急いでカウンター左側の出口へ駆けた。

                     ↓

P7161961 P7161962

 間髪入れずに体験したことがないような大きな揺れが襲いかかった。外では車が前後に激しく揺れ、今にも飛び出しそうだった。大きなガラスにヒビが入った。

                     ↓
P7161963 P7161967

 この外灯が倒れてきそうな感じだった。ほどなく入口から次々と人が外へ飛び出してきた。車に飛び乗り、車が前に飛び出ないように必死でブレーキペダルを踏み続けた。

                     ↓

P7161964 P7161966 

 車内から見ると、目の前の4階建てマンションが前後に傾くように大きく揺れ、隣りの和風レストランの瓦屋根が次々落下。運転席で必死にブレーキをかけながら「早くおさまれ!」と祈りながら「うわっうわっ!」としか言葉が出て来なかった。この時、とんでもない大変な出来事が起こってしまったことを悟った。

 そして突如周辺は猛吹雪に・・・。この世の終わりを思わせるような長くて激しい揺れがなおも続いた。3分くらい大きな揺れが続いた後、ようやく収まってきたところで、自宅や実家の状況が気になり、ひとまず自宅へ向かう。信号が消え、かっぱ寿司の東側の狭い通路を迂回した。ファミマの交差点から左折し、R49に入り、バイパスを駆け上がってとにかく自宅まで飛ばして帰った。すると幸いにも自宅は崩れてはいなかった。断続的に大きな揺れが襲いかかり、自宅前の電柱が大きく揺れる余震がずっと続いた。家具が倒れ、玄関から容易に室内に入れない状況だった。やがて卒業式後、外食していた息子たちが帰宅し、家族の無事を確認した。更に、携帯ワンセグテレビで状況確認。次々飛び込んでくる情報で、災害の状況が明らかに。「大津波警報」という聞きなれない文言がテロップで流れ、アナウンサーの必死の形相で、事の重大さを認識したのだった。幸い自宅は停電は免れたが、水道がストップした状態だった。電話は震災直後からまるで通じず、実家の安否は不明だった。

 動画で振り返る福島県(郡山中心)の状況

  ラジオ福島(2分41秒から)

 スタジオの物音から判断すると、2分41秒から5分24秒までずっと大きな揺れが続いていたことが解る。つまり2分43秒もの長い間、震度6クラスの大地震が継続して発生していたことになる。深作アナウンサーは努めて冷静に身の安全の確保を訴え続けた。一切取り乱すこともなく、アナウンサーの鑑だ。

 「震災を忘れないために」

 地震発生時・直後の映像 http://www.youtube.com/watch?v=dkdHZKefQOI

 福島原発爆発の瞬間映像 http://www.youtube.com/watch?v=2sKsWPf4WUs

 「被災者への激励ソング」

  I love you & I need you ふくしま

 我が同級生、箭内道彦が監修する県内出身者バンド「猪苗代湖ズ」の名曲。紅白出場も果たした激励ソング。47都道府県出身の方が福島へメッセージを送っている。

 息吹 by AERIAL

 震災で施設が破損し、休業に追い込まれた「スパリゾートハワイアンズ」。しかし、フラガールたちは決してめげていなかった。常磐ハワイアンセンター開業以来となる「全国キャラバン」を展開し、被災者の慰問と激励、それに日本各地を周遊し、全国の方々に「福島は元気です」というメッセージを伝える旅に出た。その彼女たちの活動に心打たれたシンガーがこの曲を作り、彼女たちにエールを送ったのだった。

 虹を架けよう~福島バージョン~  by Bikkis

 もともとは宮城県の復興ソングとして作られた曲だったが、福島県バージョンも誕生した。さとう宗幸の呼びかけで、他の歌手たちも賛同。岩崎宏美や沢田知可子、日野美歌、山寺宏一、浅野ゆう子、サンドウィッチマン、アンガールズらがチャリティーソングに加わった。「♫僕らを育てたこの町に~虹を架けよう~♪」が涙を誘う。全市町村が歌詞に登場する。人々の笑顔と逞しさに

 みんなのうた by 松本梨香with南相馬みんな共和国

 この曲は、どちかというと小さい子を対象とした激励ソングで、どちらかといえば童謡的な要素も含まれている。幼稚園生はお遊戯で踊り付きで踊れそうな曲調。多大な被害をもたらした南相馬市(旧原町市)民を励ます意図で制作された。覚えやすいメロディーで、すぐ口ずさめるような内容になっている。

 桜舞う町で by 普天間かおり

 

 美しいメロデイー。沖縄出身の普天間香りが歌う名曲だが、彼女は震災前も後も、ラジオ福島のパーソナリティーを務めていることから、県民を元気づけようと、震災直後からこの曲をずっと歌っていた。夜の森は桜のトンネルで有名な風光明媚な土地柄。同時に夜の森駅は、シーズン中ともなると、プラットホームが一面のツツジが咲き乱れ、電車の車窓から、観光客の目を楽しませてくれていた。

  卒業 by 高橋 優

 大トリを飾るのは、私が大好きな楽曲。JR東日本が復興を祈念してSLを東北本線を走らせた。沿線には浜通り出身の多くの被災者が避難して住んでいる仮設住宅がある。開催当日、大勢の住民がSLを迎えて手を振った。これは企画自体も凄いが、多くの被災者の心を合わせる「絆」としての役割を果たしてくれた。決して一人ではない。みんな温かく見守っていることを確かめ合うような、お祭りムードの県民総出の一大プロジェクトとなった。最後にホームで手を振る女の子の表情がすべてを物語っている。この子たちの手に新しい福島の未来が委ねられている気がしてならない。

 記事作成:1月26日(日)

 追記

 過去、チリ地震やスマトラ沖地震などM8を超える巨大地震があった場所は、100%の確率で、その6~8年後に、再びM8程度の巨大地震が起きている。さすれば、日本では2017年から19年頃に、再び大津波が襲うような巨大地震が東日本の太平洋の海底を震源地とした場所で必ず起きるはずだ。もし19年に東京でも前回のあの地震と同規模の巨大地震が起きれば、招致に成功した2020年東京オリンピック開催に水を差すことになる。施設はダメージを受けたり、鉄道や交通網が寸断され、帰宅難民やまたもや計画停電という緊急事態が起こり得るのだ。しかもオリンピックの競技会場や選手村は、ウォーターフロントに面した地区に建設される。津波が東京湾に押し寄せれば、施設の損傷も免れない。果たして無事開催ができるのか、非常に危惧されるが、何か事前の対策はないものだろうか。

 

2013年6月14日 (金)

戦後日本で起きた大惨事事故

 戦後に我が国で起きた事故について取り上げたい。私がこの世に生を受けて半世紀近く経つが、それだけでも毎年のようにマスコミを賑わす大きな事件や事故が相次いで発生している。もちろん人災と思しきものや自然災害も含まれているが、一度の事故で大勢の人命が奪われるような事故はあってはならない。本来、こういった類のテーマはデリケートな部分であり、被害者遺族の感情を考えると、総合的に推し量るのが得策だが、実際にこうした悲惨な事故が後を絶たない現状を憂い、その再発防止と今後の教訓や戒めとするために敢えてお送りすることを予めお断りしたい。なお、今回掲載するのは、戦後の100名以上の人命が失われてたケースという限定でお伝えしたい。なお、ご遺族の方の心情を最大限考慮し、映像の埋込み処理は自粛し、アドレスだけの紹介にとどめたいと思う。

 ~航空機・船舶・鉄道事故~

 桜木町事故

 1951年(昭和26年)4月24日13時45分頃、神奈川県横浜市の日本国有鉄道(国鉄)東海道本線支線(京浜東北線、現在は根岸線の一部)桜木町駅構内で発生した列車火災事故である。ドアが開かなかったため脱出できず、多くの死傷者を出した。犯罪的所業によるものではないが、桜木町事件と呼ばれることもある。この事故後、自動扉つきの客車内には乗降扉非常圧搾空気開放弁(非常ドアコック)の設置と表示が義務化され、緊急時にドアを乗客が手動で開けられるよう法律が改正された。死者は106人に上った。

http://www.youtube.com/watch?v=vhSqaNHSIrQ
http://www.youtube.com/watch?v=NfziGZsaW-s
http://www.youtube.com/watch?v=ClWXxoJczd4
http://www.youtube.com/watch?v=8y0SqHR9lKk

 洞爺丸事故

 1954年(昭和29年)9月26日に青函航路で台風第15号により起こった、国鉄の青函連絡船洞爺丸が沈没した海難事故である。修学旅行中の中学生を含む、死者・行方不明者あわせて1155人に及ぶ、日本海難史上最大の惨事となった。

http://www.youtube.com/watch?v=Md6OmZr5w8M
 

 紫雲丸事故

 日本国有鉄道(国鉄)の宇高連絡船「紫雲丸」が1947年(昭和22年)6月9日の就航から、わずか9年間に5度にわたって起こした事故の総称である。なお、そのうち2件は死亡者を発生させた。また、その中でも最大の被害を出した1955年(昭和30年)5月11日の5回目の事故を指す場合が多い。1955年(昭和30年)5月11日午前6時56分、上り第8便で運航中、同じ宇高連絡船・下り153便大型貨車運航船「第三宇高丸」と衝突して沈没。最大の被害を出した事故であり、国鉄戦後五大事故の1つでもある。「紫雲丸事故」といった場合はこの事故を指すことが多い。修学旅行中の広島県豊田郡木江町立南小学校(現・豊田郡大崎上島町立木江小学校)の児童などを中心に死者168名を出した。

 第五北川丸沈没事故

 1957年4月12日は穏やかな天気であり、「西の日光」といわれる生口島(当時:広島県豊田郡瀬戸田町、現在:広島県尾道市瀬戸田町)・耕三寺には大勢の団体参拝客や花見客が訪れていた。午後0時半に瀬戸田港から尾道港への帰途についた芸備商船の定期客船であった第5北川丸(総トン数39t、旅客定員77名、船員7名、合計定員84名)が出航した。この客船は、定員が84名であったにもかかわらず、235名(うち子供12名)という旅客定員の3倍超の乗客と乗員4名を乗せていた。しかも同船は建造から33年(1924年建造)経過した老朽木造船であり、乗員5名のうちひとりを別の用事のために下船させたため、船長自らが切符整理を行い、舵を当時16歳の甲板員見習(事故により死亡)に任せていた。生口島瀬戸田港から尾道港に向け出航しておよそ10分後、佐木島西方にある寅丸礁(事故後、灯台が設置された)と呼ばれている暗礁に座礁・転覆し、あっというまに沈没してしまった。付近を航行していた運搬船や漁船がただちに救助に当たったが、船内に閉じ込められるなどして死者・行方不明113名、負傷者49名を出す惨事になった。

 南海丸遭難事故

  •  1958年1月26日の17時ごろ、徳島地方気象台は強風注意報を出したが、紀阿連絡航路の南海汽船(後の南海フェリー)所属の旅客船「南海丸」は、17時30分頃に和歌山市に向け徳島県小松島市(現在の徳島小松島港)から出航した。
  • 同日18時28分ごろに無線電話で危険を知らせる連絡を最期に消息を絶った。当時、南海丸がいた紀伊水道の沼島付近は平均風速17ないし20メートル、平均波高4ないし5メートルの悪天候であったものと推定されたため、直ちに僚船や海上保安庁の巡視船らによる救助体制がとられた。
  •  翌々日の28日16時ごろに紀伊水道沼島の南西2.4海里の水深約40メートルに沈没している船体が発見された。その後船体は引き上げられたが、旅客139名乗組員28名の167人全員が死亡もしくは行方不明となる大惨事になった。

     三河島事故

     1962年(昭和37年)5月3日21時37分頃、東京都荒川区の日本国有鉄道(国鉄)常磐線三河島駅構内で発生した列車脱線多重衝突事故である。「国鉄戦後五大事故」の一つ。

     常磐線三河島駅構内で、貨物線から進行方向右側の下り本線に進入しようとした田端操車場発水戸行の下り第287貨物列車(D51 364牽引、45両編成)が、出発信号機の停止信号を行き過ぎて安全側線に進入し脱線。先頭の機関車と次位のタンク車が下り本線上に飛び出した。その直後に、三河島駅を4分遅れで出発し下り本線を進行してきた上野発取手行きの下り第2117H電車(6両編成)が下り本線を塞いでいたタキ50044に衝突。先頭車と2両目の車両が脱線し、上り本線上に飛び出した。さらに約7分後、その現場に上野行きの上り第2000H電車(9両編成)が進入し、線路上に降りて移動中だった2117Hの乗客多数をはねた上、上り本線上に停止していた2117Hの先頭車と衝突した。これにより2117Hの先頭車と2両目の前部が原形を留めず粉砕された。上り2000Hは先頭車が原形を留めず粉砕され、2両目は築堤下に転落して線路脇の倉庫に突っ込み、3両目も築堤下に転落、4両目が脱線した。結果、死者160人、負傷者296人を出す大惨事となった。

    http://www.youtube.com/watch?v=BShBCb7z95Y
    http://www.youtube.com/watch?v=xcn_076aayA
    http://www.youtube.com/watch?v=FcyBshjoEw0
    http://www.youtube.com/watch?v=_vvI4-zunRs

     鶴見事故

     1963年(昭和38年)11月9日21時40分頃に日本国有鉄道(国鉄)東海道本線鶴見駅 - 新子安駅間の滝坂不動踏切(神奈川県横浜市鶴見区)付近で発生した列車脱線多重衝突事故である。上下列車合わせて死者161名、重軽傷者120名を出す大惨事となった。なお、当日には福岡県大牟田市の三井三池炭鉱でも死者458人を出す大爆発事故が発生しており、「血塗られた土曜日」「魔の土曜日」と呼ばれた。

    http://www.youtube.com/watch?v=c2bOpe3DLus

     全日空羽田沖墜落事故

     1966年2月4日に東京湾の羽田空港沖で起きた全日空のボーイング727-100型機の墜落事故。合計133人全員が死亡し、単独機として当時世界最悪の事故となった。

    https://www.youtube.com/watch?v=26gBYZxXtbo

     飛騨川バス転落事故

     1968年(昭和43年)8月18日、岐阜県加茂郡白川町の国道41号において、乗鞍岳へ向かっていた観光バス15台のうち、岡崎観光自動車所有の2台のバスが、集中豪雨に伴う土砂崩れに巻き込まれて増水していた飛騨川に転落し、乗員・乗客107名のうち104名が死亡した事故である。日本のバス事故史上における最悪の事故となった。

    https://www.youtube.com/watch?v=Gd9iyC42-pI

     全日空雫石飛行機衝突事故

     1971年7月30日に発生した航空事故(空中衝突)である。岩手県岩手郡雫石町上空を飛行中の全日本空輸の旅客機と航空自衛隊の戦闘機が飛行中に接触し、双方とも墜落した。自衛隊機の乗員は脱出に成功したが、機体に損傷を受けた旅客機は空中分解し、乗客155名と乗員7名の計162名全員が犠牲となった。1985年8月12日に「日航ジャンボ機墜落事故」が発生するまで、最大の犠牲者数を出した国内の航空事故であった。

     現場付近は「慰霊の森」という慰霊碑を伴う追悼施設が建立された。

    https://www.youtube.com/watch?v=bDchRvK8fss

    http://www.youtube.com/watch?v=t32do07Hz7M

      犀川スキーバス転落事故

      1985年1月28日、日本福祉大学の学生ら総勢46名を乗せた三重交通バスは、北志賀高原の竜王スキー場へ向かっていた。午前5時45分。犀川に架けられた大安寺橋にさしかかる手前の左カーブで、バスはガードレールを破り水深4メートル、水温4度という極寒の犀川に転落。転落地点は下流に建設された笹平ダムのダム湖にあたる。総46名のうち、乗客の大学生22名、教員1名、運転手ら2名、合計25名の命が失われた[。助かった21名のうち8名も重軽傷を負った。

    https://www.youtube.com/watch?v=XhHNRekEGX8

     日航機墜落事故

     1985年(昭和60年)8月12日18時56分に、日本航空(JAL、正式名はJAPAN AIRLINES)123便、東京(羽田)発大阪(伊丹)行、ボーイング747SR-46(ジャンボジェット、機体番号JA8119)が、群馬県多野郡上野村の高天原山の尾根(御巣鷹の尾根)に墜落した事故である。運輸省航空事故調査委員会による事故調査報告書によると、乗員乗客524名のうち死亡者数は520名、生存者(負傷者)は4名であった。死者数は日本国内で発生した航空機事故では2013年1月の時点で最多であり、単独機の航空事故でも世界最多である。この日はお盆の帰省と重なり、満員の乗客が乗っていたことで被害を拡大させた。乗客の中には阪神タイガースの球団社長や相撲部屋の親方、更には世界的なシンガーの坂本九さんや宝ジェンヌも含まれていた。奇跡的に4名が生還した。

    http://www.youtube.com/watch?v=ciDERYL06lk

    http://www.youtube.com/watch?v=jqlC_LphagA

     中華航空140便墜落事故

     1994年4月26日午後8時16分頃、台湾の台北を出発し名古屋空港へ着陸しようとしていた、中華航空140便(エアバスA300-600R型機、機体記号B-1816:1991年製造)が名古屋空港滑走路34へのILS進入中に失速し、滑走路東脇に墜落した。また台北に帰る燃料も積載していたため燃料が炎上した。この事故で乗客256名、乗員15名の合わせて271名のうち日本人154名を含む乗客249名と乗員15名の合わせて264名が犠牲になり、乗客7名が重傷を負った。生存者はいずれも主翼の桁の上付近に着席していた乗客であった。犠牲者数は1985年(昭和60年)の日航ジャンボ機墜落事故に次ぐ、日本史上ワースト2位であり、国内の空港で起きた事故の犠牲者数では日本史上最悪である。

     JR福知山線脱線事故

     2005年(平成17年)4月25日に西日本旅客鉄道(JR西日本)の福知山線(JR宝塚線)塚口駅 - 尼崎駅間で発生した列車脱線事故である。乗客と運転士合わせて107名が死亡し、562名の負傷者を出した。原因は運転士の精神異常とATC装置のセットミス、更にはオーバーランを起こしたり、カーブを制限速度を大幅に越えるスピードで進入したことによる脱線であり、沿線左側のマンションの駐車場に突っ込み、大破。L字型に折れ曲がり、救出が難航したことが死傷者を増大させた。

    http://www.youtube.com/watch?v=ngWgFz94Eo0
    http://www.youtube.com/watch?v=vB6GMp3rANM
    http://www.youtube.com/watch?v=jN2jH9r1B6g

     他にも交通機関による重大事故には、1968年のK機長の逆噴射による日本航空羽田空港沖墜落事故(1982年)、信楽高原鐵道列車衝突事故(1991年)も記憶に新しい。個人的に印象にあるのは、1988年に横須賀沖で起きた海上自衛隊潜水艦「なだしお」と遊漁船「第一富士丸」の衝突事故だ。30名が死亡した。

    http://www.youtube.com/watch?v=wes8j5gufuo

    http://www.youtube.com/watch?v=TK6ZJn0D0rU

     ~炭鉱・トンネル事故~

     二又トンネル爆発事故

     1945年11月12日に、福岡県田川郡添田町落合の日田彦山線彦山駅から南方500mにあった二又トンネル(鉄道路線は未開通)において、アメリカ軍が大日本帝国陸軍の隠していた火薬を焼却処理しようとしたところ大爆発を起こし、山全体と多数の民家が吹き飛ばされて死者147人、負傷者149人を出した事故である。

    http://www.youtube.com/watch?v=gk8dVxRZqFY

     三井三池三川炭鉱炭じん爆発事故

    1963年(昭和38年)11月9日午後3時10分頃に、三井鉱山三池鉱業所三川鉱(三川坑)第一斜坑の坑口から約1,500メートル付近の斜坑で炭塵爆発が起きた。当時、坑内は1,200人以上の労働者が従事しており、死者458名、一酸化炭素中毒(CO中毒)患者839名を出した。

     他にも93名死亡の北炭夕張新炭鉱ガス突出事故(1981年)、、三井三池炭鉱有明鉱坑内火災(1984年、死者83人)、三菱南大夕張炭鉱ガス爆発(1985年、死者62人)など痛ましい炭鉱事故が相次いだ。また、トンネル事故では、1979年の日本坂トンネル火災事故 や1996年2月10日の豊浜トンネル岩盤崩落事故 、昨年起きてしまった 笹子トンネル天井板落下事故がある。

    http://www.youtube.com/watch?v=wLmc7j8tn58

     ~火災事故~

     千日デパート火災

     1972年(昭和47年)5月13日、大阪市南区(現在の中央区)千日前の千日デパートで起きた火災。死者118名・重軽傷者78名、沖縄の復帰を間近に控えた日本のビル火災史上最悪の大惨事となった。

    http://www.youtube.com/watch?v=hQWvC1h6s1E

     熊本大洋デパート火災

     1973年(昭和48年)11月29日午後1時15分に、熊本県熊本市中央区下通1丁目3番10号にあった百貨店の「大洋デパート」(鉄筋コンクリート地下1階、地上13階建て・一部9階建て)で発生した、火災事故である。従業員の誘導で従業員60名・客70名ほどが屋上に避難して助かった。はしごで救出された人数は67名。また、増築用の足場を利用して25名が救出された。この火災で3階以上延べ1万3500平方メートルを全焼し、年末に向けての買い出し客や従業員、工事関係者ら103人が死亡、124人が重軽傷を負うという、日本のビル火災では大阪市の千日デパート火災に次ぐ大惨事となった(千日デパートはいわゆる寄り合い店舗であり、百貨店ではないため、デパート火災としては史上最悪)。当時は衛星回線を使ったテレビの全世界中継が始まっており、ヨーロッパで実況放送が放映されていた。私自身もニュースで生中継される火災現場の映像を今でも覚えている。

    http://www.youtube.com/watch?v=-UYXkRN_52s
    http://www.youtube.com/watch?v=vuLCqZv8ew0

     他には1982年2月8日のホテルニュージャパン火災、2001年に起きた歌舞伎町ビル火災(44名死亡)がある。

    http://www.youtube.com/watch?v=BszKkM2nmAU 
    http://www.youtube.com/watch?v=LSfNju4yD-M



     ~その他~

     彌彦神社将棋倒し事故

     1956年(昭和31年)1月1日午前0時過ぎ、新潟県西蒲原郡弥彦村の彌彦神社(弥彦神社)拝殿前で初詣客が新年の餅蒔きに殺到、玉垣が崩れて将棋倒しになった事故並びに事件。群集事故の一つである。当時の弥彦神社は照明設備が整っておらず周囲が暗かった事、多くの警察官がバス駐車場の交通整理に割り振られて境内にいなかった事も事態に拍車をかけ、この状態が午前1時近くまで30~40分間続き、死者124人・重軽傷者77人を出した。

    http://showa.mainichi.jp/news/1956/01/post-3475.html

     同様の事故は、2001年の明石花火大会歩道橋将棋倒し事故(247名死傷)である。

    http://www.youtube.com/watch?v=V9TZciSMlnc

     橋北中学校水難事件(津海岸集団水難事件)

     昭和30年7月28日(1955年7月­28日)に三重県津市の津市立橋北中学校の女子生徒36人が、同市中河原海岸(文化村­海岸)で水泳訓練中に溺死した水難事件。穏やかな浅瀬で一瞬にして多くの生徒が亡くな­ったためオカルト扱いされることも多い。

    https://www.youtube.com/watch?v=_jIIzk0ljeA

    再現・検証VTRはコチラ https://www.youtube.com/watch?v=HUrqNzRJQIs

     ~外国で起きた日本人絡みの事故~

     高知学芸高校上海列車衝突事故(1988年3月21日、29名死亡)

    https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%8A%E6%B5%B7%E5%88%97%E8%BB%8A%E4%BA%8B%E6%95%85

     水産高校実習船「えひめ丸」ハワイ沖衝突沈没、(2001年2月10日、9名死亡)

    http://www.youtube.com/watch?v=M73dWVhdQDQ

     
     さて、過去をほじくり返すような内容になったが、今回掲載したのは、二度と同じような悲惨な事故を起こさないという切なる願いからである。いつ何時、思いもよらない災難や事故が降りかかり、どこで命を落とすかわからない。このような事故は本来あってはならないもので、基本的に事故は人災であり、細心の注意を払ってさえいれば未然に防げるものである。それを怠ったばかりに巻き込まれ、人生を閉じるようなことがあっては死んでも死にきれない。金で命は買えないという点を再認識し、自己防止に向けた取り組みを厳重にしてもらいたいものだ。

     参考 「日本の事故一覧」は コチラ

              「戦後日本で起きた大惨事列車事故」はコチラ

     記事作成:5月26日(日)

    2013年3月11日 (月)

    震災の記憶(2周年)

     今日であの未曾有の大災害をもたらした「東日本大震災」から2年が過ぎ、3年目を迎えることとなった。2万人近い人々が地震や津波によって命を落とした。街を見渡せば、未だに瓦屋根があの日のまま放置されていたり、ブルーシートがかけられたままの光景があちこちに見られる。一見、表面上は平静を取り戻したかのように見えるが、主な施設や公園には忌々しい放射線値を測るモニタリングポストが立ち、未だに農業・水産業は大打撃を受けたままである。外部&内部被曝によって、いつ甲状腺がん発病するかわからない状況下の中、我が故郷・郡山は、あまりニュースで取り上げられなくなった「原発」の見えない恐怖と背中合わせの中で、生活しているのである。今日は、まる2年を迎えた震災記念日にあたることから、早く忘れたい記憶ではあるが、決して忘れてはならぬあの日の出来事を記憶の中に残すべく、震災の日のことを回顧し、亡くなられた方々のご冥福を祈り、合わせて黙祷を捧げ、追悼も行いたい。

     平成23年3月11日午後2時46分

     その日は午前中、息子の中学校の卒業式に参列した。その後、和風レストラン「まるまつ」で昼食をとり、その後、K'sデンキでブルーレイデッキの商談をし、時間潰しに思いつきで「ブックマート」に立ち寄り、立ち読みをしていたのだった。

    P7161959 P7161960

    上の場所で「携帯の緊急地震速報」が鳴り、急いでカウンター左側の出口へ駆け足。

                         ↓

    P7161961 P7161962

    間髪入れずに体験したことがないような大きな揺れが襲いかかった。外では車が前後に激しく揺れ、今にも飛び出しそうだった。大きなガラスにヒビが入った。

                         ↓
    P7161963 P7161967

    この外灯が倒れてきそうな感じだった。ほどなく入口から次々と人が外へ飛び出してきた。車に飛び乗り、車が前に飛び出ないように必死でブレーキペダルを踏み続けた。

                         ↓

    P7161964 P7161966 

    車内から見ると、目の前の4階建てマンションが前後に傾くように大きく揺れ、隣の和風レストランの瓦屋根が次々落下。運転席で必死にブレーキをかけながら「早くおさまれ!」と祈りながら「うわっうわっ!」としか言葉が出て来なかった。この時、とんでもない大変な出来事が起こってしまったことを悟った。

     そして突如周辺は猛吹雪に・・・。この世の終わりを思わせるような長くて激しい揺れが続いた。3分くらい大きな揺れが続いた後、ようやく収まってきたところで、自宅や実家の状況が気になり、ひとまず自宅へ向かう。信号が消え、かっぱ寿司の東側の狭い通路を迂回した。ファミマの交差点から左折し、R49に入り、バイパスを駆け上がってとにかく自宅まで飛ばして帰った。すると幸いにも自宅は崩れてはいなかった。断続的に大きな揺れが襲いかかり、自宅前の電柱が大きく揺れる余震が続いた。家具が倒れ、玄関から容易に室内に入れない状況だった。やがて昼食から息子たちが帰宅し、家族の無事を確認した。更にワンセグで状況確認。次々飛び込んでくる情報で、災害の状況が明らかに。「大津波警報」という聞きなれない文言がテロップで流れ、アナウンサーの必死の形相で事の重大さを認識したのだった。幸い自宅は停電は免れたが、水道がストップした状態だった。電話は震災直後からまるで通じず、実家の安否は不明だった。

     動画で振り返る福島県(郡山中心)の状況

     ① ラジオ福島(2分41秒から)

     スタジオの物音から判断すると、2分41秒から5分24秒までずっと大きな揺れが続いていたことが解る。つまり2分43秒もの長い間、震度6クラスの大地震が継続して発生していたことになる。深作アナウンサーは努めて冷静に身の安全の確保を訴え続けた。一切取り乱すこともなく、アナウンサーの鑑だ。

     ② 郡山市内の店舗のカメラ

    http://www.youtube.com/watch?v=iuL5szlZIkY

    http://www.youtube.com/watch?v=RAA18wCKpzw

    http://www.youtube.com/watch?v=FX7l1-0CXRc

    http://www.youtube.com/watch?v=w3dy4DUPH88

     ③ 堂前の小料理屋の客が撮影した動画

    http://www.youtube.com/watch?v=FqQIc0Jic0g

     ④ アミューズパーク郡山(旧郡山スケートセンター)

    http://www.youtube.com/watch?v=DwP5VLVonJ4

     ⑤ FTVの社内カメラ

    http://www.youtube.com/watch?v=bAlrizLNN9M

     ⑥ 4号バイパス(日和田のJUSCO前付近)

    http://www.youtube.com/watch?v=hJvidAganrc

     ⑦ うすい百貨店周辺

    http://www.youtube.com/watch?v=J7yubGtkKMQ

    http://www.youtube.com/watch?v=QK2O5lrRurk

     ⑧ 郡山駅

    http://www.youtube.com/watch?v=NWuwHtZtHfY

    http://www.youtube.com/watch?v=emyJZTklhhs

     ⑨ 富田町界隈(カインズホーム)

    http://www.youtube.com/watch?v=RUY5buYYLWM

     ⑩ 震災後の状況(外国人撮影)

    http://www.youtube.com/watch?v=zUGs3V85uAo

    http://www.youtube.com/watch?v=jWfNct5imr8

     ⑪ 福島第一原発の水蒸気爆発

    http://www.youtube.com/watch?v=r3tG_E0XGck

    http://www.youtube.com/watch?v=eLr5_UxhoTA

    http://www.youtube.com/watch?v=7V-0XBdS86A&list=PLD19730E43CC6D63F

     「東日本大震災120秒で振り返る衝撃映像集」 *閲覧注意

     「東日本大震災」国家存亡の危機180秒映像! *閲覧注意

     「1000年後に残したい映像」

    http://www.youtube.com/watch?v=dkdHZKefQOI

     今も放射線被害が続き、風評被害にも苛まれている状況が続いている。農業、水産業は再開の目処が立たない状況が続いている。原発周辺の町(大熊・双葉・浪江・富岡)は未だに立ち入り制限されたままで、誰も住めない状態である。避難所生活や仮設住宅に移住したままである。県外に散らばった県民は、一体いつになれば故郷に戻れるかわからない。この2年、未曾有の災害だったこともあり、政府の対応は後手後手で、未だに私が暮らす郡山市は除染が進まないでいる。いつになったら元の平穏な生活に戻れるか先が見えないが、福島県民としてプライドを失わず、前を向いて協力しながら一歩ずつ前進していきたい。

     記事作成:1月19日(土)

     

     

    2013年3月 8日 (金)

    本当にあった身の毛もよだつ事件

     何か最近はオカルトチックな事件・事故の話題にばかり終始している感がある。あまりよろしくない傾向だが、日本でいっこうに凶悪犯罪が無くならない現実を憂い、「犯罪を犯すと行く末はどうなるか」を正当な判断をもって考えてもらいたいと思い、今回も記事を執筆してみた。
     これまで日本や世界各地で大勢の何の罪もない普通の生活を営んでいた人々が、予期せぬ犯罪に巻き込まれて命を落としている。それは人間の手によるものとは限らないが、多くの場合、亡くなられた方々は、それを予知できぬまま犠牲になっている。最近では、グァム島で起きた無差別殺傷事件、そして京都亀山で起きた未成年者による暴走運転での巻き添えなどがある。やはり日本は治安が良いせいか、普段から自分が犯罪に巻き込まれるなどという認識は、日常生活からは縁遠い存在であり、その不安を微塵も抱いていないのが実情だろう。しかし、今やいつどこで命を落とすかわからない時代に成り下がってしまった。したがって、常に犯罪予防への防衛線を張る必要があるように思われるのだ。今回は、これまで日本で起きた凄惨な事件を振り返ることで、多少なりとも危機意識の啓発に役立てていただきたくて、本テーマを設定した次第である。

     三毛別羆襲撃事件

     三毛別羆事件(六線沢熊害事件、苫前羆事件とも呼ばれる)とは、1915年(大正4年)12月9日 - 12月14日にかけて、北海道苫前郡苫前村(現:苫前町古丹別)三毛別(現:三渓)六線沢で発生した、日本国内で最も大きな獣害(じゅうがい)事件。羆(ヒグマ)が数度にわたり民家を襲い、当時の開拓民7名が死亡、3名の重傷者を出すという被害があった。しかも真冬に冬眠できなかった3mを越えるような大型の羆は、食料を求めて凶暴化し、次々と村人に襲いかかり、女性ばかりを連れ去り、人肉を貪り食う異様な有様だった。

     事件を再現した映画「リメインズ~美しき勇者たち」 *閲覧注意

    http://www.youtube.com/watch?v=g8UHPNLsBTw

     現在の事件現場付近の映像

    http://www.youtube.com/watch?v=u3NuxLb9udQ

    http://www.youtube.com/watch?v=8GF_S0b9V8I

     私は数年前に「奇跡アンビリーバボー」で取り上げた再現VTRを見て、この悲惨な事件を知った。私が北海道に住んでいた時には、こんな事件があったことすら知らなかった。苫前はバイクツーリングで2回、通った町だ。当時は、ヒグマの恐ろしさなど微塵も考えたことなどなかった。この事件を知って、熊への認識がガラリと変わった。

    http://www.youtube.com/watch?v=bgkmUS0QQPk

    http://www.youtube.com/watch?v=y6V0Y-xlwXw

    http://www.youtube.com/watch?v=Va0dxsYVyBM

    http://www.youtube.com/watch?v=HqbQhOxsU_Y

    http://www.youtube.com/watch?v=zdd3_B92VcI

    「苫前町郷土資料館」はコチラ http://blogs.yahoo.co.jp/babacyan2006/47471204.html

     津山30人殺し事件

     津山事件(つやまじけん)または津山三十人殺し(つやまさんじゅうにんごろし)は、1938 年(昭和13年)5月21日未明に岡山県苫田郡西加茂村大字行重(現・津山市加茂町行 重)の貝尾・坂元両集落で発生した大量殺人事件。犯人の姓名を取って都井睦雄事件ともいう。2時間足らずで30名(自殺した犯人を含めると31名)が死亡し、3名が重軽傷を負うという、犠牲者数がオウム真理教事件(27名)をも上回る日本の犯罪史上前代未聞の殺戮事件であった。

    http://www.youtube.com/watch?v=gshn2jE4bpc 「八つ墓村」(閲覧注意)

     映画「八ツ墓村」のモデルになった事件としてあまりにも有名。自ら結核を患い、徴兵されなかった悔しさと、村人に結核によって相手にされなくなったことを恨んだ末に殺人鬼と化し、次々と村人たちの家を深夜に廻って殺害を繰り広げた。幼い子供や女まで無差別に殺人を重ねた。日本刀や猟銃などを武器に、頭には鬼を彷彿させるような出で立ちでロウソクを2本差し、寝込みを襲った。最期は自刃して終わったため、真相は闇に葬られた。

     白昼、マスコミの面前で行われた殺人事件

     豊田商事永野会長刺殺事件とは1985年(昭和60年)6月18日に発生した殺人事件。
     豊田商事は現物まがい商法による悪徳商法によって被害者数は数万人、被害総額は  
    2000億円の巨大詐欺事件を起こした会社として社会的に注目されていた。
     1985年6月18日、大阪市北区にあった永野一男豊田商事会長のマンションの玄関前に「今日逮捕」との情報を聞きつけてマスコミ取材班が集まっていた。午後4時30分過ぎ、被害者の元上司に当たる自称右翼の男二人が永野の部屋の前に姿を現した。二人は張り込んでいたガードマンに「永野に会わせろ」と要求。連絡を取るためにガードマンが階下に下りた後、二人は元部下の被害者6人から「もう金はええ、永野をぶっ殺してくれ」と頼まれたと報道陣に語った。そして窓の格子を蹴破り、窓ガラスを破って侵入、永野の頭部など全身13箇所を銃剣で刺した。当時永野の住んでいた部屋のドアの前などには大勢のマスコミがいたが、誰も止めようとはしなかった。
     永野は直ちに病院へ運ばれたが、腹部を刺されたのが致命傷となり、出血多量により約45分後の午後5時15分に息を引き取った。この時の永野の所持金はわずか711円だった。部屋から出た犯人らは、「警察を呼べ。俺が犯人や」と報道陣に語り、マンションから出たところで逮捕された。

    http://www.youtube.com/watch?v=noThDnRwb0c

     マスコミは目の前で起きた惨劇の傍観者にしかぎない。これは許されざる行為だ。目の前で犯罪が行われるのが確実な状況下で、止めることもせず、みすみす人ひとりの命を消し去ってしまった。

     三菱銀行北畠支店人質籠城事件(梅川事件)

     三菱銀行人質事件(みつびしぎんこうひとじちじけん)は、1979年(昭和54年)1月26日に 大阪府大阪市住吉区万代二丁目の三菱銀行北畠支店(現三菱東京UFJ銀行北畠支店 )に猟銃を持った男が押し入り、客と行員30人以上を人質に立てこもった事件。
     事件発生から42時間後に立てこもっていた梅川昭美(うめかわ あきよし、1948年3月1日 - 1979年1月28日)がSAT の前身である大阪府警察本部警備部第2機動隊・零(ゼロ)中隊により射殺。梅川は警察官2名、行員2名(うち1名は支店長)の計4名を射殺、女性行員を裸にして盾代わりに並ばせるなどもした。
     大阪府警察本部は梅川に投降するよう交渉を続けたが、最終的に犯人射殺で解決するに至った。戦後、日本の人質事件が犯人射殺という形で解決した事件は、1970年の瀬戸内シージャック事件、1977年の長崎バスジャック事件とこの事件の3つだけであり、三菱銀行人質事件以降、存在しない。

    http://www.youtube.com/watch?v=lxW0HSDKnbw

    http://www.youtube.com/watch?v=lTrbna13G34

     この実話の凶悪事件は、映画化された。宇崎竜童主演の「TATTO<刺青>あり」だ。

    http://www.youtube.com/watch?v=hC5Y-YNwHeU

     他にも、古くは行員が大量毒殺された帝銀事件(犯人とされた画家の平沢貞通は最期まで執行されずに獄中生活を強いられ病死)、連続幼女誘拐殺人事件(犯人宮崎勤は死刑執行)や小平事件(犯人小平義雄は死刑執行)、一連のオウム真理教事件、更には殺人鬼と呼ばれた大久保清や勝田清貴による連続殺人事件、秋葉原の歩行者天国連続殺傷事件、大阪の教育大学附属池田小乱入殺傷事件(宅間守は死刑執行)、酒鬼薔薇聖斗事件など挙げたらキリがない。

    http://matome.naver.jp/odai/2132988308885473201

     これらの凄惨な事件を目の当たりにすると、自分の命は自分で守るしかないという危機意識の啓発が必要に思われる。そしてつい先日、谷垣法務大臣が死刑を命じ、3人の死刑囚が執行されたが、凶悪犯罪を引き起こせば、その行く末は死刑をもって償うしかないという厳罰化への波と風潮の盛り上がりが求められる。もちろん、犯人を死刑に処したところで犠牲者が生還するわけではないし、その罪が消えるわけではない。同じ苦しみを味あわせることで、どれほど犠牲者が無念だったかを瀬戸際で思い知らせるしか方法がない。人を殺した者に更生させる意味などない。人名の貴さを説いたところで殺された人間は生き返らないのだから。遺族の憤りは収まらないし、更生など何の意味も持たないのだ。何も罪のない人間が、面識もない極悪非道の犯罪者に場当たり的に殺され、あの世に葬り去られながら、一方で殺した人間が、刑期を終え、表面的に罪を償って社会復帰できたら、明らかに不公平だし、この世に生きながらえていること自体腹だたしいではないか。弁護人や死刑廃止を訴えている人間は、「人命尊重」などを旗印に運動している偽善者に過ぎない。もし愛する家族が残酷な方法で殺害され、見るも無残な姿で発見されたら、絶対に犯人を許しはしないだろう。自分の手で殺したい衝動に駆られることだろう。それを防ぐ意味でも死刑制度は必要なのだ。

     それよりむしろ私が重視したいのは、犯罪を起こさせない方策である。そのためには、公共心や道徳心を幼少期から育てる教育が必要であろう。隣りに誰が住んでいるかもわからないような都会の住環境。プライバシーを優先し、個人主義の生き方が尊重された結果がこれである。孤独に苛まれ、どういう環境下で犯罪行為への布石が打たれたかは不明だが、少なくとも円滑な人間関係が構築されれば、未然に防ぐことが可能だったのではないだろうか。これ以上、意図せぬ犯罪によって何の罪もない人間が巻き込まれ、命を落とすようなことがあっては断じてならない。

     記事作成:2月21日(木)~24日(日)

    2012年9月24日 (月)

    日本で起きた平成の大惨事

     平成もまもなく4半世紀が経とうとしている。故小渕恵三元首相が官房長官だった時に、「新しい年号は平成です」と言って「平成」の文字の書かれた額を報道陣に掲げたシーンを昨日のことのように覚えている。

    http://www.youtube.com/watch?v=_4vKp3BGecs

     この24年の間に、世の中は激動し、様々な事件・事故があった。もちろんその最大なものは、昨年(平成23年3月11日午後2時46分)に発生し、未曾有の大災害をもたらした「東日本大震災」と「福島第一原子力発電所事故」であることは言うに及ばない。また、平成7年(1995年1月17日午前5時46分)に発生した「阪神淡路大震災」もまた日本人が大勢犠牲になる痛ましい大規模自然災害であった。この2つは別格であるとして、それ以外に多くの人災、あるいは自然災害があった。今回は、そうした平成において日本で発生した重大な事件や事故の中で、とりわけ図らずも、一度に大勢の方々が亡くなったものを取り上げたい。これらを振り返ることで、警鐘を鳴らし、同じ過ちを繰り返さぬために、災害への備えを万全にするよう意識の啓蒙を図れれば幸いである。そして「天災は忘れた頃にやってくる」という教訓の意味を再認識したい。

     なお、今回は被害者や犠牲者の遺族感情を最大限考慮して、動画映像の埋込み処理はいたしませんのでご了承願います。

     1 北海道豊浜トンネル巨大岩石崩落事故 

     1996年2月10日の朝、積丹半島にある豊浜トンネルの入口­上の巨大な岩盤が崩落。通行中の小樽行きの積丹線の路線バスと乗用車1台が巻き込まれ、バスの乗客18人と乗務員、乗用車の運転者の計20人が犠牲となった。事故当時、各テレビ局が救助活動の模様をニュースやワイドショーで連日生中継した。崩落した岩盤を取り除き、救助隊が中に入るまでに一週間を要した。原形を留めないほどぺしゃんこになったバスがブルーシートに覆われて出てきた映像は、事故の壮絶さを物語っていた。死因は大部分が圧死だった。現在は事故現場はトン­ネルの再整備により陸路では行けなくなったため、古平側に「セタカムイ防災祈念公園」が作られ、慰霊碑と慰霊堂、トイレが設置されている。

    http://www.geosites-hokkaido.org/geosites/site0040.html

    http://www.nicovideo.jp/watch/sm18058748 (ログイン必要)

    http://www.youtube.com/watch?v=F_q0lmolWQI&feature=related

     2 玄倉川水難事故

     これは人災である。1999年8月14日、前日から降り続いた雨で、大雨洪水警報が発令されている中、再三再四の避難指示を無視し、川の中洲でキャンプを強行し、ダムの放流で急激に増水した急流に巻き込まれて事故に遭遇した。しばらくは中洲に取り残された18人が身を寄せ合い、救助を待っていたが、難航する救助活動で、消防隊員の目の前で次々流され1~9歳の子供4人を含む13名が水死する大惨事となった。

    http://www.youtube.com/watch?v=JTmfBDkGoE4

    http://www.youtube.com/watch?v=p-CQe8sRm8Q

     3 信楽鉄道衝突事故

     平成3年5月14日午前10時30分頃、滋賀県信楽町黄瀬の貴生川-紫香楽宮跡間で、信楽高原鉄道の信楽発貴生川行・普通列車とJR西日本の京都発信楽行・臨時快速電車が正面衝突し、42人の死者と614人の重軽傷者を出す大惨事となった。

    http://www.youtube.com/watch?v=X8Zhrd38rnY&feature=related

    http://www.youtube.com/watch?v=TK6ZJn0D0rU&feature=related

     4 福知山線脱線転覆事故

     2005年(平成17年)4月25日に西日本旅客鉄道(JR西日本)の福知山線(JR宝塚線)塚口駅 - 尼崎駅間で発生した列車脱線事故である。乗客と運転士合わせて107名が死亡、562名が負傷した。原因は運転士の精神異常による速度超過で右カーブを曲がりきれず脱線し、左のマンション駐車場に突っ込み大破。ATC装置の故障など安全装置の不作動が指摘され、当時のJR西日本の社長を始め幹部が業務上過失致死罪で起訴されたが、理不尽にも無罪判決が言い渡された。

    http://www.youtube.com/watch?v=DVGmJB86yPg

    http://www.youtube.com/watch?v=H06YlK38l04

     5 雲仙普賢岳火砕流大災害

     1991年(平成3年)6月3日午後4時8分に大火砕流が発生し、取材に当たっていた報道関係者16名(アルバイト学生含む)、火山学者ら4名(クラフト夫妻と案内役、アメリカ地質調査所のハリー・グリッケン)、警戒に当たっていた消防団員12名、報道関係者に同行したタクシー運転手4名、警察官2名、選挙ポスター掲示板撤去作業中の職員2名、農作業中の住民4名の合わせて死者行方不明者43名と9名の負傷者を出す惨事となった。

     これは自然災害で、避けられなかった事故である。大自然の猛威に晒された時の人間の無力さをまざまざと見せつけられた瞬間だった。

    http://www.youtube.com/watch?v=r0gFFJUsIrE

    http://www.youtube.com/watch?v=fZda6KjXdhQ&feature=fvwrel

    http://www.youtube.com/watch?v=4fmnNP25IL0&feature=fvwrel

    http://www.youtube.com/watch?v=i8TGl7wQfxM

     一連のオウム事件や連続幼女誘拐殺人事件、大阪の児童殺傷事件、秋葉原殺傷事件などは世間を恐怖に陥れた凶悪犯罪ですが、事故ではなく、計画的に行われた事件であるため、今回のテーマに外れると判断し、掲載しませんでした。

     多くは鉄道など大量輸送手段で起きた事故である。その日、普段と何ら変わらぬ一日を過ごす筈だったのに、悪魔に見出されたかのように最期を迎える事故現場へといざなわれて行く。まるでたまたま乗り合わせた乗客全員が運命共同体であるかのように・・・。当人にしてみれば、まさか自分がその日、事故に巻き込まれて命を落とすなど想像もしていなかった訳で、そう考えると何時、何処で自分自身に「死」がやってくるかわからない。

     今年8月、ルーマニアで起きた女子大生殺害事件もまた、まさか前日まで自分がそんな犯罪に巻き込まれようとは予想もできなかった筈だ。これを「運命」という言葉で片付けるにはあまりにも殺生というものだろう。ある日突然、予期せぬまま奪われてしまった命。さぞかし被害者は無念だったと思うし、やり残したことがいっぱいあっただろう。死の間際、何を思ったのだろう。外傷の痛みや死への恐怖、断末魔の苦しみを味わったのだろうか。彼らの直面した心情を察すればあまりある。

     私たちはこうした予想だにし得ない事件を前にすると、今日一日生きながらえたのは「たまたま運が良かっただけ」なのだろうか?人生80年のこの時代に、病気で若くして天に召される命もあれば、この世に未練を残しながら愛する人を残して先立つ命もある。また、交通事故で一瞬にして失われる命もある。かといえば、100歳まで長生きし、子供や孫たちに看取られながら天寿を全うする命もある。そう考えれば「生きているうちが華」で、自分で命を絶つことほどもったいないものはないのではないだろうか。

     結びに、時代は違うが、死に直面しながらも最後まで希望を捨てず、すさまじい「生」への執念を感じるVTRを紹介したい。1985年に御巣鷹の尾根に墜落した「日本航空123便の事故」の交信記録である。この機長と副操縦士のやりとりは、絶望の淵をさまよいながらも、乗客の命を救うために懸命に命の炎を最後まで燃やし続けた「証」だったと思う。         

     さて、あなたは何を感じとってくれたでしょうか。

    http://www.youtube.com/watch?v=jqlC_LphagA&feature=related

     記事作成:8月26日(日)~27日(月)

     

    2012年4月11日 (水)

    震災の記憶 ~海が豹変した日~

     正直のところ、この日のブログは、私の震災の記憶と記録のためだけに留め、公開しないつもりだった。津波によって亡くなられた方々の遺族や今も行方がわからない方を抱える家族の心情を察すれば、このような類の記事は、辛い過去をほじくり返されるだけのように思えたし、二重の苦しみを生み出すだけにしか思えないと思ったからだ。まして故郷を失い、住む場所を奪われ、仮設住宅で暮らす数万人の方々の心情を逆なでする訳にはいかないからだ。「あったはずの物がその日を境に無くなり、そこにいるのが当たり前だった人がいない」。これらは既に父親を早くに亡くしている私にとっても痛いほどわかる深い悲しみである。されど、被災者の方々の話として「私達の大切な家族を奪い、私達を苦しめた地震と津波は憎いけれど、決して海を嫌いになったりはしない」というのを聞いて、決心がついた。思い出したくない出来事に蓋をして見て見ぬふりをするよりも、今回の想定外として片付けられようとしている原発や津波の被害を教訓として、二度と同じ目に遭わないように活かしていくことこそが、犠牲者に対する最大の供養ではないのかと思い、掲載することとした。私自身も福島第一原発から60kmしか離れていない場所に居を構えている被災者のひとりとして、同じ苦しみをこれからも背負い、分かち合いたいために、「命の記録」として今回の記事をアップする苦渋の決断をぜひともご理解頂きたい。これは10年先、100年先まで決して忘れてはならない出来事なのだから・・・。

     然るに今回は、被災者の心情に配慮し、埋め込み処理を行わず、「You tube」のアドレスのみを記載し、北から順に掲載することにした。何度もニュース報道などで見たであろう地震や津波の映像が流れるので、あの日の出来事を思い出したくない方は決してクリックしないで頂きたいと思います。

    <宮古> 

    http://www.youtube.com/watch?v=5ej6c54qCa0

    http://www.youtube.com/watch?v=5A_Cvbd67a4

    <釜石市>

    http://www.youtube.com/watch?v=HR_6W7GdWPs&feature=related

    http://www.youtube.com/watch?v=2sYkC1WeDvk&feature=related

    http://www.youtube.com/watch?v=jmbAfe-hbH0&feature=related

    http://www.youtube.com/watch?v=fFu_rh4mpGQ&feature=relmfu

    http://www.youtube.com/watch?v=IcmNAEjl6OQ&NR=1&feature=fvwp

    <山田町>

    http://www.youtube.com/watch?v=Da4Sqx6Z6jY

    http://www.youtube.com/watch?v=KAV7SdXJzoo&feature=related

    <大樋町>

    http://www.youtube.com/watch?v=slmgLBP4iyU&feature=related

    http://www.youtube.com/watch?v=I4qZCnsfnUw&feature=related

    遊覧船「はまゆり」が赤浜の民宿の屋上に乗っていたことで知られる場所です。

    <大船渡市>

    http://www.youtube.com/watch?v=pC52MVqsEFw&feature=related

    http://www.youtube.com/watch?v=1Fbv9vVo80g

    http://www.youtube.com/watch?v=bek2OVEoc6c&feature=related

    <陸前高田市>

    http://www.youtube.com/watch?v=P1uvCaiGGGo

    http://www.youtube.com/watch?v=e-ZOC3bpsyM&feature=related

    http://www.youtube.com/watch?v=mKNhaTjYjUU&feature=related

    奇跡の一本松と言われた木がある場所です。

    <気仙沼>

    http://www.youtube.com/watch?v=v1V3wCpdAvY&feature=related

    http://www.youtube.com/watch?v=IR0z5CMh8Zs&feature=relmfu

    http://www.youtube.com/watch?v=TF5dwnlO_GU&feature=related

    http://www.youtube.com/watch?v=0M3C_DkLr2Y&feature=relmfu

    http://www.youtube.com/watch?v=Vj3DZnzlUzc&feature=relmfu

    <南三陸町(旧志津川町)>

    http://www.youtube.com/watch?v=GtG_e9pwWmk&feature=related

    http://www.youtube.com/watch?v=pkuFw5BWz6o&feature=related

    http://www.youtube.com/watch?v=IlwetVea250&feature=related

    http://www.youtube.com/watch?v=FlQ5iywCLMs&feature=related

    防災庁舎で「遠藤未希」さんが命懸けで避難を呼び掛けた町です。

    <大川小付近>

    http://www.youtube.com/watch?v=DW0dqWR4S7M

    http://www.youtube.com/watch?v=LbSu3sEhZr4&feature=related

    http://www.youtube.com/watch?v=HNJWV0pmUcc&feature=relmfu

    <女川町・東松島町付近>

    http://www.youtube.com/watch?v=nAPt1_hnMmo&feature=fvsr

    http://www.youtube.com/watch?v=XCJJKkHoLek&feature=related

    <石巻市>

    http://www.youtube.com/watch?v=gluWVySBVOU&feature=related

    雄勝町ではビルの屋上に「MKB」の大型バスが乗ったことで有名になった場所です。

    <塩竈港>

    http://www.youtube.com/watch?v=ZuAhx_ZYcvE&feature=related

    <仙台空港付近>

    http://www.youtube.com/watch?v=YANatbCq9Zw&feature=fvst

    <仙台市若林区・名取周辺>

    http://www.youtube.com/watch?v=FM-Y61Y8MEU&feature=related

    http://www.youtube.com/watch?v=rWgvX1FGK4I&feature=relmfu

    http://www.youtube.com/watch?v=rBgEnmaWxa8&feature=relmfu

    http://www.youtube.com/watch?v=AhfAkeOJaI8&feature=related

    <相馬市>

    http://www.youtube.com/watch?v=Hr2pd3BbT8M

    http://www.youtube.com/watch?v=fkmjXoILYto

    http://www.youtube.com/watch?v=ibewcn1-mEI&feature=related

    http://www.youtube.com/watch?v=BSbpCKUffoY&feature=related

    http://www.youtube.com/watch?v=b6xcjplPF2A&feature=fvsr

    <南相馬市>

    http://www.youtube.com/watch?v=p6NzsxuJ78g&feature=related

    http://www.youtube.com/watch?v=p1zL3SRC6Dg&feature=related

    http://www.youtube.com/watch?v=EDilbYcvI5M&feature=related

    http://www.youtube.com/watch?v=Gc8fCC2efDo&feature=related

    <浪江町・請戸漁港>

    http://www.youtube.com/watch?v=XGvI_RHZ7f4&feature=related

    http://www.youtube.com/watch?v=4dgfESUstf8

    http://www.youtube.com/watch?v=f3n0Om1Kpxs&feature=related

    http://www.youtube.com/watch?v=KOH0e2ffXSo&feature=related

    <福島第一原子力発電所>

    http://www.youtube.com/watch?v=wVv2K5PAxw0&feature=related

    http://www.youtube.com/watch?v=fsb1p2xksi4&feature=related

    http://www.youtube.com/watch?v=OdoSkTWlEyM&feature=fvwrel

    <久之浜・四倉周辺>

    http://www.youtube.com/watch?v=c6yAy0K1gxU&feature=related

    http://www.youtube.com/watch?v=XfxvvdDkd7I

    <塩屋崎・薄磯海岸付近>

    http://www.youtube.com/watch?v=HIVs-E9XODE&feature=related

    http://www.youtube.com/watch?v=hsV3GxPdy5k&feature=related

    http://www.youtube.com/watch?v=OuCcyhyVwVc&feature=related

    <江名&中之作漁港周辺>

    http://www.youtube.com/watch?v=ZQzi_oEvRP8

    http://www.youtube.com/watch?v=Gw2a5WQr7vY

    http://www.youtube.com/watch?v=B6N38ner3W8

    http://www.youtube.com/watch?v=fGoU4aMLCAM&feature=related

    私の釣りのホームだった場所です。

    <小名浜>

    http://www.youtube.com/watch?v=xEoOGGDq9po&feature=related

    http://www.youtube.com/watch?v=svCuF-PEqT8

    http://www.youtube.com/watch?feature=endscreen&v=LB4OWW_EXkM&NR=1

    http://www.youtube.com/watch?v=SqViKoSp95I

    http://www.youtube.com/watch?v=1RA_4FIu7U4&feature=related

    アクアマリンふくしまやマリンタワー、ららみゅうなど多くの観光客で賑わっていた場所です。

    <岩間・小浜付近>

    http://www.youtube.com/watch?v=ewDtaObsugk

    http://www.youtube.com/watch?v=rUuOjQNqm2g

    <特定不能場所>

    http://www.youtube.com/watch?v=anHEC2Cmh5Q&feature=related

    <総集編>

    http://www.youtube.com/watch?v=5jsJWIlcERs&feature=related

    http://www.youtube.com/watch?v=S_IbXPcqoEg&feature=related

    http://www.youtube.com/watch?v=FTaMYRO9zzk&feature=related

     今回の記事は、地震列島日本において、同じ経験を二度と味わいたくないという意味から、敢えて掲載させていただきました。折しも今日は、あの大震災以後、最大余震があった日からちょうど一年にあたる特別な日である。あれだけの大きな出来事があって、時と共に記憶がどんどん薄れていくのがどうしてもいたたまれない。震災があった場所や被害の大きさを覚えておくために、それらの場所をいつでも特定できるように残しておきたかったのだ。そして、「天災は忘れた頃にやって来る」という言葉の意味をもう一度理解し、防災意識を高めていく必要が私達日本人にはあると思う。野田首相が震災から一年後の11日に「被災地の瓦礫処理」の訴えを国民へのメッセージとして発信した。その際、野田佳彦首相は11日、東日本大震災から1年となったことを受けて首相官邸で記者会見し、 被災地のがれき処理に関して「日本人の国民性が再び試される」と述べた上で、法律に基づいて都道府県に文書で受け入れを要請する方針を明らかにした。 同族意識に訴え、強く国内に協力を求めたのである。もちろん放射性物質に汚染された本県の瓦礫の処理は強硬に拒まれるであろうが、それ以外の瓦礫に関してはモニタリングを厳しく実施した上で、被災地の苦しみを少しでも理解してほしいと考える。日本は今、最大の危機に立たされている。苦しんでいる人を目の前にして、あなたはどういう行動が取れるだろうか?自己中心的な発想で見て見ぬふりで逃げますか?それとも・・・。

     記事作成:3月19日(月)~21日(水)

       

        

    福島県の天気


    無料ブログはココログ