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2017年10月27日 (金)

日本で地震が少ない都道府県ランキング

 東日本大震災以降、我が福島県は定期的に発生する余震に頭を痛めている。ただでさえ、震災の大津波によって全電源喪失という非常事態を招き、そしてメルトダウン、水素爆発、大気中への放射性物質大量拡散という最悪の結果を辿った。
 かつて20年前まで、福島県は首都機能移転の最有力候補であった。これほど原発が集中し、地震の多発している土地柄に、よくぞ移転しようと考え、誘致活動を繰り広げたものだ。
 そのために、空港を作り、港湾を大規模整備し、トライアングルハイウェイを建設するなど、首都機能移転運動はイケイケ状態だった。県民の多くが今も避難生活を強いられている現状を鑑みると、首都機能を移転しなくて幸いだったと心底そう思う。

 さて、私は地震は大嫌いで、もういい加減にしてほしいと思う。できれば地震のない地域に引越しして、趣味の海釣りに精を出しながら、畑でも耕して余生を平穏に過ごしたいと願っている。

 では、今回のテーマになるが、日本全国、一道一都二府43県ある中で、一体どの地域が地震が少なく、安全なのだろうか?では防災データベースに掲載されていた資料を基にその結果を記載したい。

日本では震度4以下が発生しても、日常生活に支障をきたすことはまずありません。
そこで、震度5弱以上の地震の累計を気象庁の観測データより抜粋して、1923年~現在(9月11日観測データ)の累計発生数を都道府県別にまとめました。

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 <地震が都道府県ランキング・・・震度5弱以上の発生件数>

 第 1位  2回 富山県、岐阜県、大阪府
 第 4位  3回 愛知県、滋賀県、島根県、岡山県、香川県、福岡県、佐賀県
 第11位  4回 高知県、長崎県
 第13位  5回 福井県、京都府、徳島県
 第16位  6回 愛媛県
 第17位  7回 三重県、奈良県、和歌山県、鳥取県、山口県
 第22位  8回 山形県、群馬県、石川県

 第25位 10回 秋田県(日本海中部地震)
 第26位 11回 宮崎県
 第27位 12回 神奈川県
 第28位 13回 広島県、沖縄県
 第30位 14回 兵庫県(阪神淡路大震災)
 第31位 15回 埼玉県、大分県
 第33位 19回 千葉県、鹿児島県
 第35位 20回 山梨県
 第36位 22回 青森県、栃木県
 第38位 27回 長野県
 第39位 30回 岩手県(東日本大震災)、静岡県
 第41位 35回  熊本県(九州北部大地震)
 第42位 36回 新潟県(新潟地震)
 第43位 41回 北海道(奥尻地震・日高地震・釧路沖地震など)    
 第44位 44回 宮城県(東日本大震災)
 第45位 46回 茨城県(東日本大震災)
 第46位 55回 福島県(東日本大震災)
 第47位 72回 東京都(関東大震災、東日本大震災)

 やはり関東から東北にかけての太平洋側は「地震頻発県」と言える。太平洋プレートの沈み込みとその境界が集中しているためで、福島県沖や茨城県沖、宮城県沖が震源地になるケースがやたら多い。意外だったのは、太平洋沖の各県よりも首都東京がダントツに大きな地震に見舞われている点。
 こうしてみれば、北陸地方や中国地方、四国地方が地震が少ないことが統計から明確となった。しかし、南海トラフなどは、神奈川県から大阪までの沿岸部、さらには四国の太平洋側の沿岸部は、今後30年以内にマグニチュード7.0以上の大地震が起きる危険性が80%近い。いや、近い将来必ず大地震が発生し、津波被害や建物の倒壊被害が起きる筈だ。今こそ「備えあれば憂い無し」を実行して欲しい。万が一大津波が襲ってきた場合の避難場所は確保できているか。家族の安否を確かめに、自宅に戻る途中で津波に飲み込まれて命を落とした方々も大勢いる。今もなお行方不明者は数千人規模でいる。たぶん、海に流され、海中に引きずり込まれてしまったのだろう。白骨化し、海底に沈んでしまっている。同じ轍を踏まないためには、日頃から、バラバラに避難し、決して自宅に戻らないなどの申し合わせをしておく必要があるだろう。

 もし大都市圏で関東大震災規模の大地震が発生し、太平洋沿岸が大津波に飲み込まれた場合、数十万規模での犠牲者が出るとの予測もある。火山大国、地震大国の日本は、過去、繰り返し多大な犠牲を払ってきた、その教訓を生かしていかなくてはならない。

 最近、岡山県の吉備が首都機能移転に適しているという地質学会の結論があった。はたして本当にそうなのか?これまで地震があまり起きていないから安全と言えるのか?これまで溜めていたものを今後、一気に吐き出して大地震が起きる危険はないのだろうか?過去93年間のデータで、大地震があまり発生していないからといって一概に安全とは言えないようだ。むしろ、今まで発生していなかった分、プレートのひずみが溜まっていて、かつてない大きな地震が発生する可能性があるかも知れないのだ。
 また、都道府県の活断層の数や地域の占める面積が異なるため、一概に地震が発生する確率が高いとも言えない。面積が広ければ広いほど、観測される確率は必然的に増えるということを頭の片隅に置いておかなければならない。

 不安は尽きないが、今こそ防災意識を高め、万が一を常に意識し、準備を進めていかなければならない。

 記事作成:10月10日(火)

2017年10月20日 (金)

金髪とヤンキーが多い都道府県

 今日の記事は批判や誹謗ではなく、中立的な立場から事実を指摘したい。世の中には変なくくりがある。「日本三大××」などもその類だ。最近知ったことが、女性蔑視と受け取られかねないのが「日本三大ブス」というのがあって、仙台・水戸・名古屋なのだそうだ。私はその全ての都市を訪問したが、いずれも女性の美しさのレベルが高く、とてもブスなどとは言えない状況だった。私は美人との誉れ高い秋田県に4度行ったが、素肌や色白という点ではダントツだが、ファッションや化粧して美しく見せる技量は3県のほうが上に思えた。
 さて、今回お送りしたいテーマは、田舎に行くにしたがって、身なりや外見が柄が悪く、派手になるという点だ。大都会ではまずひと目を気にして出来ないド派手な服装や髪型も、地方のほうが多くいるし、車も改造し、酷くなる。人はどこかで目立ち、注目されたいという意識があるようで、地方に行くほどその歯止めが利かなくなる。そう論じる根拠を示したい。「ド派手ヤンキーが多い都道府県はどこか?」というアンケートの結果を見たら、私の予想通り、あの県が1位だった。

 1位 茨城県        11位 兵庫県
 2位 千葉県        12位 東京都 
 3位 福岡県        13位 愛知県
 4位 大阪府        14位 岡山県
 5位 沖縄県        15位 京都府
 6位 神奈川県       16位  青森県
 7位 広島県        16位 滋賀県 
 8位 栃木県        18位 静岡県
 9位 埼玉県        18位 奈良県 
10位 群馬県        20位 佐賀県 

 資料:Uタウンネット調べ「全国ヤンキーが多そうな県は?」

http://j-town.net/tokyo/research/results/188543.html?p=all

 イメージどおり茨城がダントツで901票。2位の千葉が368票なので、3倍近い票を集めた。それほどガラが悪く、垢抜けしない。派手で目立とう精神が多い県だというのが認識できる。東京から比較的近いのに、こうなるのは、バカにされないように目立ちたいという心理の表れのような気がする。
 不思議だが、ヤンキーや金髪が多いのは関東地方に集中している。東京を除き、ベスト10の中に6県すべてが入っている。世間の人はそういうイメージを持っていることにほかならない。
 また、関東以外では、もともと福岡と広島はヤ~さんが多い。何か意気がっている印象で、自分を大きく見せ、威圧するようなイメージがある。これは個人的見解かもしれないが、任侠映画に多く出演した「菅原文太」さんの影響が強い。また、沖縄、千葉、神奈川は「成人式」での悪態行為で有名だ。人口が多いから目立つということもあるが、まさに「やんちゃ」な県と言えそうだ。
 それに関東出身者に言わせると、関西人は「我が強く、怖い」という印象がある。ズケズケと人の心に土足で踏み込んでくるイメージがある。

 逆に東日本大震災で大打撃を受けた東北の太平洋側の3県はヤンキーは少ない。全国の方々に支援をしてもらい、善意のありがたさを十分身にしみて知り、そんな意気がっていられないのだ。苦労を分かち合い、絆の力で復興を目指している福島県は、あれ以降、ヤンキーはグッと減った。震災3年後に行われたこのアンケート調査では宮城は21位、福島は29位、岩手は40位。昔に比べ、ガラが悪いという印象はかなり薄らいだ。
 このアンケートは決してイメージ先行ではなく、地元茨城県民もその自覚があるようだ。茨城県民がヤンキーで金髪が多いと思う人は72%とダントツに多かった。

試しにヤクザが多い都道府県の統計を調べてみた。

 1位 大阪府
 2位 京都府
 3位 岡山県
 4位 三重県
 5位 福岡県・愛知県

 続いて暴走族が多い県

 1位 福岡県 (59グループ921人)
 2位 広島県
 3位 神奈川県(横浜ナンバーの暴走族が圧倒的に多い)
 4位 埼玉県
 5位 茨城県
 6位 千葉県

 東京は江戸川区や足立区が突出して多い。

 ちなみに茨城県出身の有名人(芸能人)を挙げると

 鈴木奈々、劇団ひとり(デビュー当時は茨城県民のヤンキーネタ)、池内博之、白石美帆
 アントニオ猪木(でしゃばって北朝鮮へ単独訪問)、梅宮辰夫、田村英里子、永作博美
 栗山千明、倍賞美津子、本田博太郎、三浦春馬、羽田美智子、中島ゆたか、柳生博
 渡辺篤史、渡辺徹、渡辺裕之、磯山さやか、来栖あつこ、高橋朱里、マギー司郎
 松居直美、江戸むらさき、綾部祐二、渡辺直美、ノブ、武双山、雅山、稀勢の里、高安
 水戸泉、瀧本誠、塚田真希、小林孝至、豊田泰光、仁志敏久、広澤克実、美馬学
 曽ヶ端準、大津祐樹、京川舞、片山晋呉、柴田国明、藤田菜七子、梶山静六

 歴史上の人物

 中臣鎌足、平将門、徳川光圀、徳川斉昭、徳川慶喜、間宮林蔵

 さて、これを読んで、さぞかし茨城県民はご立腹かと思うが、これは私の私見ではなく、全国の方々がイメージしているアンケート結果から明らかになった事実だ。全国の人は茨城をこいうイメージで見ているということだ。「やっぱり」と共感できる部分も多いと思うが、茨城は関東の一角として埋もれてしまっている。この現状を打破できるかどうかは県民の意識改革にかかっているのはいうまでもない。

 記事作成:10月7日(土)

  追記

 この記事を書いた後の10月12日(木)に、「2017全国都道府県魅力度ランキング」が発表された。この記事に相通じるものがあって、茨城県が5年連続最下位となった。東京からも近いにもかかわらず、それがかえっていつでも行けるというドキドキ感やワクワク感を掻き立てないということか。日本三大名瀑の「袋田の滝」や水戸の偕楽園など、観光地はあるのになぜなのか?我が福島県も原発事故の風評被害もあり、2011年以降、ジリジリと順位を下げているが、それでも34位。せっかく今年、NHKの朝ドラ「ひよっこ」の舞台となったのに、あまり誘客に繋がっていない。それは観光協会などが、大々的な誘客キャンペーンなどのPR作戦をしていないのではないだろうか。
 そして何より、今回のテーマのように、茨城は田舎臭くて、三大ブス、垢抜けしないヤンキーが多い、納豆などのマイナスイメージが多いからではないだろうか。
 茨城県民がこうしたデータを紳士に受けとめて、危機感を持つことこそが重要なのではないだろうか?

2017年10月12日 (木)

命の洗濯(紅葉と温泉)

 現在ブログを休止中ですが、15日の再開を前に、本日12日(木)、久々の休暇を利用して命の洗濯をさせて貰ったため、今日だけ特別に記事を掲載いたします。

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 ブログを休んでいる間、念願の休暇を取った。夏に土日なく働きづくめだった日々から、ようやく解放され、振り替え休暇が貰えた。
 本音を言えば、ゆっくり家でゴロゴロするか釣りに出かけたいところだったが、天気がイマイチで風も強く、波も2m、小潮という最悪のコンディションで、山に切り替えた。といってもトレッキングや登山ではなく、かねてから行きたかった磐梯熱海温泉の「ケヤキの森」遊歩道を歩き、その後、母成峠を北へ向かい、中ノ沢温泉の露天風呂に入りたいという計画を練った。もちろん、働きに出ている家内に言える訳もなく、内々に仕事に行く振りで、いつもと同じ7時前に家を出て行くことになった。以下は経過を綴りたい。

 10月12日(木)くもり/小雨/晴れ

 6:59 自宅発ー東原セブンイレブンから喜久田街道へ。
 7:12 喜久田のトライアルへ 店内ガラガラ 気温19℃ ヨーグルト、お茶、生寿司、お
     にぎり、のど飴、パン、そして衣料品を購入して1,486円 7:19発
 7:32 「ケヤキの森散策路」のため駐車場探し 美術館のPはダメ 清稜山倶楽部Pへ
     従業員が見回り、監視カメラもあって断念 華の湯方面の足湯の先に「ケヤキの
     森」専用駐車場という表示あり その中へ入って駐車 湯溜槽タンク2つの西隣り
     ここまで13.7km走行
 7:35 標識入口から入り、橋を渡ると目の前に朱い鳥居 源泉神社 標識に従って散
     策 お茶を持って飲みながら歩く。川沿いの清稜山倶楽部の裏手を進む 木の説
     明や野鳥の説明図などが所々にある。森林地帯 紅葉はまだまだでまだ木々の
     葉は緑。緩やかなアップダウンでまさに散歩コース しかしインターロッキングに苔
     が生えて滑りやすい。マムシ、ミツバチの巣注意の看板 熊は大丈夫か 蜘蛛の
     巣多い。「天空のケヤキ」という標識あり 木立の中なので意外に暗い カメラの
     感度を上げる。展望スペースに向かう三差路で犬連れのおじさんと挨拶「この急
     な階段はきついですか?」と尋ねたらさほでもないらしい。熊出ますか?と聞いた
     ら出ないという返答。一応は「365日の紙飛行機」を口ずさみ、口笛を吹くなど警
     戒しながら進む。息切れは多少。時々写メしながらなのでそんなにきつくはない

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 7:53 展望スペースへ ベンチあり。帰りは雨に濡れた散策路で靴底が汚れる。足元
     を気遣いながら下る。東屋あり。元の石畳みの散策路に戻る。そのままカーブし
     て200m歩けば朱塗りの橋で終点。川も風情があって素敵。橋の先のゴールは
     なんと美術館の駐車場。

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 8:00には散策路終了 実際の散歩はゆっくりでも30分かからない。ここから風が強い 
     中、旧49号線沿いを歩く。結構遠くて時間かかる。太田熱海病院前、すると磐越
     西線を2両の電車が郡山方面へ走って行った。さきほどの犬連れのおじさんと再
     びすれ違う。東屋のある温泉街入口を左折。清稜山倶楽部の斜め向かいに足湯
     を発見。

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 8:10 登山の疲れを癒すのに入ってみる。無人で貸し切り。結構暑い。脚の疲れがと
     れる。なんとテレビまである。フリーWI-FI完備。12分くらい湯につかる。誰も来な
     い。そして駐車場に戻る。メモ書きする。腰痛が・・・。目の前に容量130㎥もので
     かい黄緑色の丸い貯湯槽が2つ並ぶ。

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 8:27 駐車場発 母成方面へ向かう いったん西に走り、セブンイレブンから右折して
     熱海トンネル経由で左折。磐梯熱海ICの前を素通り 県道24へ 高速の高架橋
    下をくぐり、観音様の石仏が並ぶ駐車エリアで停車し、いつもの卑猥な岩を撮影
 8:33 進行方向に虹が・・・。

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 8:38 やがて目と鼻の先に虹が最接近したところで路肩に停車して写メ。
     取り締まり警戒でのろのろ走行 小雨ぱらつく ピラミッド形の三角山

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 8:42 釣り堀&あやめ園通過
 8:43 石莚ふれあい牧場入口(25.9km) そして母成峠へ ゆっくり走行
     すこしずつ葉が色づき始める 後続車を気にしながらのんびり走行
 8:48 水無川 気温は16℃ 路側帯で停車して紅葉の写真 やっとバス通過
     谷を挟み、向こう岸の山肌は紅葉が綺麗  路面がウエットに

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 8:56 畜産試験場手前にあるP入口から右折 すると探し求めていた「戊辰戦争古戦
     場」を示す石碑があった。私に釣られて別の乗用車も来たがすぐ退参。トイレを探
     していた模様。その後私ひとり 一礼して戊辰戦争の活躍に感謝
     確かに石碑には大鳥圭介や土方歳三の文字が・・・。ここで会津のために戦って
     くれたことを感謝 周辺の防塁や砲台跡などを記した地形図があるが、風が強い
     一度、紅葉の写真を撮りながら、ガードレールの先まで歩いて砲台の方へ向かう
     が、万が一熊に襲われでもしたら、発見されないと思い、怖くなって、引き返す。
     タバコの箱を捨てて行った不届きものがいるようなので、周辺のゴミを拾い車内
     へ  私も腹ペコでトイレに行きたくなるが、神聖な場所で立ちションは出来ない。
     デジカメのメモリーカード残量不足に 車内で不要な画像を50枚程度削除し容量
     を確保する。気温は14℃に さすがに山の上は寒い

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 9:15 母成峠のPを出発 するとすぐその先の右側に「戊辰の役戦没者慰霊碑」の標
    識   時間があれば帰りに立ち寄りたい。 また牧場草原地帯の坂の途中で右側
    に、沼尻スキー場の男坂・女坂の急斜面の壁が見えた。
 9:20 農園食堂あり そして下り坂から中ノ沢温泉街へ HPで見て興味があった大阪
    屋を探す。先に花見屋があって、その先の左側に建物、そしてその斜め向かいに
    大阪屋の専用P
 9:22 大阪屋P到着 ここまでで37.5km 店先に入浴500円の小さい標識あり
    呼び出して店主のおじさん登場 これから温泉入浴できますか?と聞くといつでもO
    Kという返事 9時からだと思って時間を調整して来たがそれも不要 500円を払い
    通路に従って10m先の浴場暖簾をくぐる。すぐに脱衣場 そして無人の温泉へ
    硫黄の香りが凄い 屋内を素通りしていきなり「夢の湯」という石段を下って露天風
    呂へ。紅葉もあり。湯船の地面が青白い塗装により、乳白色。岩風呂であちこちか
    ら岩が湯船から突き出し、右側に戻る感じで洞窟風呂がある。探検気分。念のた
    めデジカメと財布、メガネを持参。奥まった先にも旅館宿泊者専用の入口があり、
    脱衣棚と籠がある。そこに財布類を置いた。気持ちよく無人の貸切風呂状態で湯
    に浸かっていると、おばさんが掃除にやって来た。いろいろ話しかけた。温泉宿自
    体は昭和を思わせる造りと、古民家、民芸茶屋を想像させる雰囲気で旅情を誘う
    が、平日の朝ということもあって、ガラ空き状態は有り難い。湯気でメガネが曇る。
    他に客が誰もいないことをいいことに、写メ撮りまくる。最後に屋内風呂で体を洗
    い、上がる。洗面所で髪と体をドライヤーで乾燥させ、服を着て出ようとして、メガネ
    が無いことに気づく。慌てて戻る。しかし、ジャージのズボンをまくり上げ、飛び石を
    ジャンプしながら洞窟内を捜索しても脱衣カゴにも見当たらなく焦る。すると、岩風
    呂の石の上に置き去りしてあった。硫黄の香りが全身を包む、これは家内に一発
    でバレる。
    ロビーへ戻る。右手に食事会場と思しき囲炉裏が4つ並ぶ和室がある。雰囲気が
    あってGOOD!民芸の調度品が素晴らしい。天狗や昭和初期の三菱製のミシン
    中ノ沢温泉街のパンフとドライブマップを頂戴した。おじさんに声を掛けて退去

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 9:57 車へ戻り、宿全体の写メ 出発 次はせっかくここまで来たので姫沼へ
    下り坂で工事のためS字カーブ 片側通行 右手に旧沼尻軽便鉄道の駅舎だった
    建物を写メ その先の丁字路を右折して国道115へ 前回訪問で入口見つから
    なかった反省から、注意してスローペースで進むと、すぐにそれらしき場所を発見
    左折して林へ分け入ると、何もない廃墟同然の姫沼からおばさん運転の軽が出て
    きてびっくり・・・なぜあそこから出て来た?犯罪の匂いが・・・・。死体でも捨てに来
    たのか?
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10:01 4年前に続き2度目の訪問。正確には幼少の頃、亡き父親に連れられ、ここで
    釣りをした想い出があるので3回目。昔は姫沼アートランドというレジャー施設だっ
    た。ひっそりと誰もいない秘境。今日も訪問者は私くらい。しかし、紅葉には早過
    ぎ。やはりここは隠れた紅葉スポットだが、11月の晴天青空の日に来ると湖面に
    映る紅葉もあってなおさら綺麗。車でその先まで行ったが、電力会社の施設があっ
    て、Uターン。もう使われることのないブランコや滑り台などの遊具が放置されてい
    た。あと二週間後が紅葉にはベストだ。

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 姫沼の詳細 http://bunbun.hatenablog.com/entry/2016/08/24/072534

 http://www.interact-photogallery.net/lake/pondHimenuma/pondhimenuma.html

10:07 姫沼レストランの廃屋を見送り、退去。交通量が多く、なかなか国道に出られな
    い。わかくさ幼稚園のマイクロバスを追って再び母成峠へ向かう。途中、沼尻スキ
    ー場が見える地点で停車して写メ。14℃あったので、まだ紅葉も雪も先のようだ。
    途中、車が左側の路側帯に停車し、ポリタンクに清水を汲んでいた。
    幼稚園バスが意外に飛ばす。煽るつもりもないので十分車間距離をとって、ゆった
    り走行。怖くなって慰霊碑は立ち寄らず。くねくね。この道はおそらく20回以上は
    走っているはず。仕事終わりにナイタースキーに随分通った。凍結した雪の峠道を
    よく走ったものだ。怖さを知らず若かった・・・・。

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10:23 ゆっくり制限速度を守っても交通量がほとんどないのでスイスイで料金所へ
     前を飛ばす幼稚園バスはそのまま「ふれあい牧場」へ。どうやら遠足だったよう
    だ。懐かしいCDを聴く 三角山へ 古墳ではないのか?
10:32 高玉城址へ 石碑が見えた。その先の磐梯熱海ICのすぐ先の歩道にロケ隊
    が!5人ほどの撮影スタッフとカメラに向かって話す若い女性。知っているアナウン
    サーかと思ったら、全く知らない顔だった。旅番組か食べ物屋の紹介か?もしかし
    たら地元の高校生女優、「箭内夢菜」のVR動画の撮影?
       18℃ そのままバイパスを郡山方面へ。
10:41 トライアル左折し、喜久田小学校方面へ右折 喜久田街道をばく進 
10:48 帰宅 走行距離は73.3kmだった。

 仕事を休み、ブログも休止中の12日、命の洗濯をさせていただいた。しかしやっぱりそこは習慣と言うのは恐ろしいもので、やはりチョイ旅でもこうして記録として残して置きたいと思うのはやはり悲しい性か。
 先週金曜日、仕事のストレスから血圧が180に上昇し、下も100を越えるという非常事態に見舞われた。これ以上働きすぎると、脳血管障害か心臓病の危機と思い、今回の休養となったが、まさしく命の洗濯をさせていただいた思いだ。今週末と来週末、いずれも仕事で休めないことから、ここいらで休息をとらないとマジで過労死するかもしれないとの不安感いっぱいだった。半日でも体を休め、精神のリラックスを図れて何よりだった。

 しかし磐梯熱海温泉よりは多少遠いが、硫黄泉が強く湯量も多い中ノ沢温泉も片道30kmちょっと思えば楽。平日ならば他の客の視線を浴びることなく、ゆったりとした気分で温泉に浸かれ、しかも貸し切り状態だ。タオル持参で入浴だけなら500円ポッキリ。ワンコインで旅情満喫は嬉しい。大阪屋さんの露天風呂はなかなかいい。ぜひ4か月に1回、年3回は訪れてみたい温泉場だ。他には花見屋、西村屋、平澤屋旅館も日帰り入浴が500円。

 さて、今日は7時から11時前の4時間弱だけでこれだけのことが出来た。今日の一日は、7年後に退職する私のモデルケースになるかもしれない。たぶんこんな休日を過ごしているに違いない。    

2017年8月21日 (月)

意外な福島自慢

 ここ数年、「福島あるある」とか「福島の法則」などお国自慢する本が出回っている。私がブログで書いた内容をそのままパクッたかのような内容が織り込まれている。何を隠そう、某出版社から、この手の本の発売を企画していると、私にライターにならないかとオファーがあった。それほど大学4年間を除き、半世紀近く福島県内に在住した私にとっては、地元ネタには事欠かない。
 そんな地元愛を自負する私だが、意外にも福島県民ですら知らない、あるいは忘れている事実を今日は3つ取り上げたい。

 1 新撰組の沖田総司は白河藩士の子

 剣の達人にして新撰組のメンバーだった厚顔の美少年・沖田総司は、実は奥州白河藩士の子として江戸の白河藩屋敷で生まれた。9歳頃、江戸市谷にあった天然理心流の道場・試衛館(近藤周助)の内弟子となり、のちに新選組結成の中核となる近藤勇、土方歳三とは同門にあたる。若くして試衛館塾頭を務めた。
 新撰組は会津藩のお抱えとして激動の幕末の戦乱の中、天下に名を残す活躍を見せた。池田屋騒動で倒幕派を蹴散らし、戊辰戦争の血生臭い歴史の中で中心的役割を果たした。

 ほかにも忘れがちな有名人で福島県生まれには、あの怪物・江川卓も福島県いわき市生まれだ。さらにはゴジラやウルトラマンの生みの親である円谷英二監督、五輪マラソンで初のメダルをもたらした円谷幸吉選手も県内出身者だ。

 2 納豆消費量日本一

 2015年に都道府県民ひとりあたり、年間ナンパック食べているかを示した「納豆消費量ランキング」で福島県が1位になった。しかも市町村別では福島市が1位。納豆生産No.1の水戸市をも凌ぐ「納豆大好き市」なのだ。

       上位5県                下位5県
 1位 福島県 21.8パック     47位 和歌山県 5.9パック  
 2位 群馬県 21.5パック     46位 高知県   7.6パック
 3位 長野県 21.1パック     45位 徳島県   7.6パック
 4位 秋田県 21.1パック     44位 沖縄県   7.8パック
 5位 青森県 21.0パック     43位 大阪府   7.9パック

 全国平均は13.6パックで、関西方面は消費量が低い。最下位は和歌山県でたった5.9パックで、2ヶ月に1パック食べないという悲惨な結果が得られた。関西はうまいものの宝庫で、未だに納豆を「腐った豆」扱いだ。面白いことに、納豆好きは北日本が多く、納豆嫌いは西日本に偏っている。

 参考資料はコチラ https://region-case.com/rank-h27-natto/

 ちなみに私は、年間300パックはくだらない。冷蔵庫には常時4個入りのパックが4個はストックしてある。

 3 日本三大まんじゅうが郡山発の「薄皮饅頭」

 いったいいつ、誰が決めたのか定かではないが、しきりに女優の竹下景子さんがCMでそうアピールしている。10年前まで、そんな事実はどこにもなく、話題になったことすらない。みのもんたがMCしているお国自慢のテレビ番組でそうなったのではないか?と勘繰りたくなる事実だ。私も何度も柏屋の本店を訪れ、薄皮饅頭を数え切れないほど食べているのに、これが「日本三大饅頭」などという話はどこにもなかった。
 ちなみに3大饅頭のあとふたつは東京都中央区の塩瀬総本家が生産している志ほせ饅頭、そして岡山県の大手饅頭伊部屋が売り出した大手まんぢゅう。

 地元民である私ですらこのような事実を知らなかったのにはカラクリがあった。

 それは、三笠書房出版』が発刊している書籍に『日本の「三大」なんでも事典』というものがあり、そこの中の「日本三大饅頭」の一つに、福島県郡山市にある老舗菓子店の柏屋の'薄皮饅頭'ががランクインしたというだけの話。だから正式に国が認定したわけでもなければ、国民の人気投票で決定したわけでもなんでもない。「ミシュラン」にも及ばない、特定の出版社の一企画でそうなっただけの話。それを製造元の柏屋がこれを機に全国的に大々的にCMで宣伝しているだけにすぎない。

 当の薄皮饅頭は、今から150余年前、郡山宿(福島県)で誕生した柏屋の薄皮饅頭は、「旅人の心を癒す」という創業からの理念を守り、現在も交通の要衝を中心に販売を展開して、多くの人々に愛され続けている。

 記事作成:8月11日(金)

2017年7月 7日 (金)

盛岡出張1泊2日の旅

 今回の出張は仕事なので旅とは言えず掲載をどうすべきか迷ったが、4月に部長職に就任してしまい、仕事以外での旅行はかなり制限された生活を余儀なくされるために、観光ではないものの、敢えてアップする決断に至った。
 今回は盛岡市への1泊2日の強行軍となったが、何かの備忘録や参考資料になればと思い、記録としてしたためたい。

 7月6日(木)晴れ

  午前中は出張の準備のため、自宅で過ごす。
 12:45 自宅発 徒歩で郡山富田駅へ 5分くらいと思っていたら甘かった。12分もか
     かった。
 12:57 初めて富田駅を利用。しかし奥羽大学の生徒が10人程度いる。
     券売機で190円区間を購入。1分遅れ 優先席に座る。向かい側には若いカップ
     ルが我が物顔で優先席に陣取る。マナーもへったくりもないバカども。立ち席も多
     い。5分ほどで郡山駅へ。便利になった。以前なら車で行き、駐車場の心配があ
     った。新幹線改札口ですでに待っていた連れ2人と合流。待合室で30分時間を
     潰す。NEWDAYS お茶151円
 14:04 郡山駅発 やまびこ51号 女性車掌カッコいい。8号車4番ABC 話込んでい
     たらあっという間に仙台へ。早い。仙台駅乗り換え 隣りのホーム 8号車同士
     歩かずに済む。でも暑い・・。鈴木沙喜代アナのいる仙台 楽天スタジアムは見え
     ず・・・。
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 14:54 仙台駅発「はやぶさ51号」8号車12番ABCに やはりはやぶさは速過ぎ
 15:37 盛岡駅着 こちらも仙台から40分で到着の早業炎天下、ホテルまで結構歩く  
       北上川の橋を渡る 土手の花々きれい 盛岡は郡山より人口少ないが街が大
       きい。   
 15:50 ホテル東日本へ 赤茶色 ビューホテルアネックスのような作り チェックイン
       808号室 なんとツインにひとり!朝食のみで9,300円のカラクリはこれ!
       シャワーを浴びる!職場のメールが届く 遠野英治郎の水戸黄門再放送
       岩手はテレビ局が民放4局 フロントに宿泊証明依頼

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 17:00 ロビー集合 徒歩で夕食会(情報交換会)へ 街角に案内板を持ったオレンジ
             色のTシャツを着た方々があちこちに!わかりやすい
 17:15 メトロポリタンニューウィング盛岡へ なんと立食で2時間・・・
      先月、ハワイアンズで会ったいわき地区の女性と再会 美人の女性も
      福島地区の元同僚とも再会

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 17:30~19:30 バイキング形式の夕食会 セレモニーが長くて乾杯まで暇食う
       鏡割り 余興で地元出身のオペラ&ボサノバ歌手の歓迎ソング
       その後、ミスさんさ踊り4人+お囃子10人によるさんさ踊り披露
       ミスさんさ踊りの4人が全員美人揃い 本田美奈子似の小顔美人、私好みの
       色白美人も・・・来場者560人の視線を釘付けに。
       バイキング形式のオードブル+岩手県の地酒コーナー、盛岡三大麺(じゃじゃ
       麺わんこ、冷麺)の食べ放題も!何度も取りに行く。肉ばっかり 満腹
       途中から連れの会長が行方不明に・・・。副会長とお開き後に戻る
       徒歩でホテルに戻る。19時半過ぎても夕暮れで明るい 岩手山がくっきりシ
       ルエット 盛岡は一昨年の7月依頼 去年は秋田訪問で素通り

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 左から於本莉枝さん、駒井理咲さん、恒川舞さん、日山佳那子さん、村山優さん

 この日は村山さんはお休みだった。恒川さんの人気は凄かった!

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 19:37 ホテルへ すでに会長は部屋に戻っている
       その日は疲れて「モニタリング」を見ながらウトウト寝入る。
       この日の行事は、いわゆる歓迎レセプションで、明日が本番。

 7月7日(金)快晴

      七夕の日に盛岡の地にいる不思議。4時台に目覚める。6:30過ぎに会長の部
     屋へTEL 昨日消えた真相は、知り合いに会って、あちこち連れまわされていた
      何気に帰りのJR券を眺めていたら、近ツーやはり発見ミス 精算時にやけに
     安いと思ったら、乗車券は郡山駅までだったが、新幹線の仙台からのやまびこの
     新幹線特急券が福島駅までとなっていた。速攻で担当者の携帯に電話するが出
     ない。
      7:00朝食は14Fの朝日が眩しいスカイレストラン。バイキング形式。
     地元の食材の海鮮丼や冷麺もある。またしても食いすぎ 
      部屋に戻って近ツーから折り返しTEL 事情説明したら平謝り
      朝のうちに駅で切符の変更をして差額を支払うようアドバイスを貰う
      連れから3,000円ず徴収し、旅費と日当を渡す。押印。
      シャワーを浴びて速攻髪の毛乾かし
      8時半ロビー集合のはずが、先にチェックアウト 宿泊証明書を受け取る

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  8:23 先にホテルを出て、灼熱の中、700m歩いて8:28盛岡駅へ 地下から入り
     みどりの窓口探すのにひと苦労。朝からオレンジTシャツ案内係が道案内
     北口の窓口へ。いつもの通り、俺の前には客待ち多い。
      事情を話し切符3枚、乗り換えも含めて変更。せっかくはやぶさとやまびこ、出
     入り口近くの号車だったのに、2号車と6号車に変わる。差額2,250円(ひとり
     750円) 2人と合流 係員のTシャツお揃い 金遣うわ・・・。看板も
     東西通路を渡り、西口へ。郡山よりも都会で公共施設充実 駅近くにホールがな
     いと不便 岩手朝日放送も目の前 デッキも広い。革靴足痛い。

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 8:52 会場入り いったんエスカレーターで降りて受付 クロークあり わんこキャラ
     席は指定 前から4列目の中央の通路側
 9:30 オープニングセレモニー 詩の朗読 挨拶長い
     午前中、研究協議 各6県代表のプレゼン 最後の寸劇は笑い
12:00 昼食幕の内弁当とお茶 ホール内で食す 
      その間 演奏 古い・・・ピンクレディーメドレーほか
12:38~13:00 駅へ往復 暑い・・・地下道から入る遠回り みどりの窓口
     事情を説明し、領収書を発行してもらう その間、催しひとつ見逃す
13:00 毛越寺の住職の「藤里明久」氏の講演を聞く 
15:20 伝統芸能「鹿踊り」
15:40 最後のアトラクション(合唱)やはり古い ピンクレディー&キャンディーズほか
      引継ぎ楽都くん 最後は「川の流れのように」で会場一体となって大合唱
16:10 閉会 合唱でお見送り 駅の土産屋のレジめちゃ混む
      カモメの玉子ミニ3箱3,077円 連れにコーヒーとカフェオレをおごる。380円

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15:50発 はやぶさ24号 こどもが大挙して降りる。なかなか乗れず。2号車16番ABC
      E氏、他の乗客の迷惑を顧みず、大きな声でしゃべりっ放し ワゴンサービスの
      女性の足が綺麗でびっくり!いわきの元同僚女性も3つ前の席に
      同じく乗り換え

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16:29 仙台駅着 隣りにいたやまびこ148号に乗り換え 6号車まで歩く 7番ABC
16:35 仙台駅発 ここでもしゃべりっ放し スピードゆっくりに感じる 
17:14 郡山着 在来線の切符売り場へ 190円で購入 ここで東北本線のE氏と別れ
      1番戦へK氏と2人でホームに並ぶ 4両編成だが、17時台の帰宅ラッシュと
      重なり人だかり 気温30℃越える蒸し暑さ
17:42 郡山駅発 何とか座る K氏と別れる 次回は8月5日のバスによる視察研修
      13日後には仙台3泊4日、来月は新潟長岡へ 忙しい
17:46 富田駅下車 暑さの中徒歩。革靴きつく、左足の裏が痛む 水ぶくれ
      西日眩しい やはり徒歩12分は遠い。自転車が必要か?
18:00 帰宅 結局背広は手に持って2日間移動しただけで、シワになっただけ。

 費用

 旅費と宿泊代、弁当代は職場から
 お茶代 151円+380円
 JR代  380円
 土産代 3,077円          
 情報交換会(夕食)3,000円      総費用 6,988円  
        

    
 
          

 

 
      
 
 

 

2017年7月 3日 (月)

ありがとうの東北新幹線(35周年)

 かつてJRのキャッチフレーズで「ありがとうの新幹線」というのがあった。国鉄時代の1982年に大宮~盛岡間で暫定開業し、その後JRとなって、上野駅、東京駅開業に至った東北新幹線。私が住む郡山市もその恩恵にあやかり、それまで在来線特急で2時間半以上かかっていた上野までの片道所要時間が1時間半と大幅に短縮され、高速交通時代を迎えた。その後も、東北新幹線は北へと伸び、新青森までつながり、昨年は遂に道民悲願の函館北斗駅への北伸が実現した。
 このように時間の経過とともに新幹線は整備が進み、日本全国にそのネットワークが広がっている。新幹線の開通は人の往来を活発化し、交流が盛んになる。青森~東京間の日帰りはもはや夢ではなく現実のものとなった。
 そこで今日は、開業から35周年を迎えた東北新幹線が、どのような変遷を辿ったか、その歩みを画像や映像を交えながらDATAを紹介したい。

 画像貼り付け中心で 映像はリンクのみ

 1971年(昭和46年)11月28日 東北新幹線着工 福島・仙台駅など起工式

 1982年(昭和57年) 6月23日 大宮~盛岡間開業 「やまびこ」「あおば」

Omiyakaigyo Ohmiyaliner

 1985年(昭和60年) 3月14日 上野~大宮間開業

Ueno

 1987年(昭和62年) 4月 1日 JR東日本(民間営業)へ移行

 1990年(平成 2年) 6月23日 2階建てグリーン車登場

 1991年(平成 3年) 6月20日 東京駅開業

 1994年(平成 6年) 7月15日 オール2階建て新幹線「MAX」登場

 1997年(平成 9年)10月 1日 「あおば」廃止
               12月20日 新オール2階建て新幹線「MAX」登場

 2002年(平成14年)12月 1日 盛岡~八戸間開業 「はやて」運行開始

 2010年(平成22年)12月 4日 八戸~新青森間開業 東北新幹線全線開業

 2011年(平成23年) 3月 5日 「はやぶさ」運行開始
                3月11日 東日本大震災発生全線運行停止
                    4月29日  全線運転再開

 2016年(平成28年) 北海道新幹線開業(新青森~函館北斗間)

 東北新幹線車両

 200系・・・初代営業車両。先頭車両は2種類の形状があった。緑色のライン。通称「鼻
       高美人」。雪の多い東北を走るのに耐雪・耐寒設備が施された。
       昭和57年~平成25年まで使用

 E1系・・・・新幹線では初めて全車2階建て車両とされ、「MAX」の愛称で親しまれた。
       平成6年~平成24年まで使用

 E2系・・・JR東日本の新幹線標準型車両として位置づけられて登場した。現在でも東北   
      新幹線と上越新幹線で活躍している。平成9年以降使用

 E4系・・・E1系と同様に全車2階建て仕様車両。独特なロング・ノーズデザインが印象
      的。現在では上越新幹線でのみ使用。平成9年~平成24年まで使用

 E5系・・・最高速度320km/hを誇る東北新幹線の最新型車両。新幹線初の「グランク
      ラス」が設定された。 

 参考記事:6月23日付「福島民報」

さて、東北新幹線の東京駅乗り入れによって、我が東北も高速鉄道のネットワークの仲間入りを果たした。かつては特急や急行で上野駅まで行き、山手線か京浜東北線に乗り換えて東京駅まで向かったものだ。それが今やホームの移動で乗り換えが可能になった。これは楽チンだ。同時に時間短縮だけでなく、日本列島が近く感じられるようになった。今や函館北斗から鹿児島中央まで日本列島を縦断した。これがリニアへ移行すれば、半分の時間になる。その頃はもう私はこの世にいないが、おそらくは狭い日本がますます狭く感じるだろう。その礎を築いたのはこの新幹線の開業だと思う。
 私は個人的には旧国鉄カラーのクリーム色と赤いライン入りのL特急に思い入れが強いが、緑のラインが田園風景が多い東北の地にはよくマッチする。最近は「はやぶさ」や「こまち」、「つばさ」の新型車両が闊歩しているが、この新幹線が私の第二の故郷の札幌の地まで延伸することを楽しみに待ちたいと思う。

 記事作成:6月23日(金)

2017年6月19日 (月)

福島県の宝

 日本の都道府県で3番目の面積を誇る福島県は、観光資源に事欠かない。浜通り・中通り・会津と縦に3地方に分かれ、それぞれに特色がある。
 しかし、2011年の東日本大震災の大津波の影響で東京電力福島第一原子力発電所で爆発事故が起き、放射性物質拡散被害によって我々の生活は一変した。
 あれから6年、私たちの生活は少しずつかつてを取り戻しつつあるが、未だに立ち入りを制限されたり、通行を規制される場所も多い。復興と言う言葉だけが独り歩きしているが、除染によってフレコンバッグと呼ばれる真っ黒な大きな袋が、あちこちに点在する始末。
 しかし、私た県民は風評被害にもひるまずおののくこともない。昔の生活を取り戻すために前進あるのみだ。
 ぜひ皆さんも、ご支援をお願いしたい。そういう意味で、福島県の宝というタイトルの記事を書いて、名所や名産などをPRしたい決意だ。

 1 磐梯山と猪苗代湖・・・青空の時に湖に映える磐梯山 まさに天鏡!
                 冬にはしぶき氷が名物 裏磐梯は山体崩壊が顕著

 2 大内宿・・・江戸時代にタイムスリップしたかのような茅葺屋根の民宿通り
          長ネギ一本で食べる高遠そばが名物 「美人専用」のベンチがある

 3 金賞5年連続日本一の地酒・・・清冽な水と酒米のコラボで名酒がズラリ!

 4 フラガール・・・スパリゾートハワイアンズのダンシングチーム 全国きずなキャラバン

 5 安達太良山の紅葉・・・ゴンドラで楽しめる 夏はイルミネーションが綺麗

 6 尾瀬・・・群馬県との県境にある尾瀬 水芭蕉の里

 7 会津藩士と鶴ヶ城・・・幕末に起きた戊辰戦争で悲劇の舞台となった
                新撰組の足跡を辿り、会津藩士の生き様を学ぶ土地柄

 8 会津の農法・・・世界遺産に申請したいほどの古来からの卓越した農法

 9 安積疎水・・・国家事業で行われた干害対策工事 久留米から移植し従事した

10 滝桜・・・三春町にある日本「三大桜」 その子孫が全国に散らばっている 

11 花見山公園・・・春には大勢の観光客で賑わう。

12 喜多方蔵の街とラーメン 蔵の造りの馬車が走る 古い町並みとラーメンが名物

13 左下観音堂・・・会津美里町にある岩に沿って建てられた舞台造りの建造物

14 相馬野馬追・・・クライマックスの御神旗争奪戦がハイライト 勇壮な時代絵巻 

15 小名浜大花火大会・・・小名浜港で夏に繰り広げられる花火 海面に映える様は圧巻

16 名湯・・・土湯・飯坂・東山・野地・磐梯熱海・岳・芦ノ牧・常磐湯本・中の沢など温泉三
       昧

17 スキー&スノボパラダイス・・・磐梯山周辺には多くのスキー場が点在する

 <珍スポット>

 三春・遊郭跡・・・城下町だった三春の片隅に遊郭だった建物跡が密集している

 UFOの里・・・UFOで町おこし 町中いたるところに宇宙人 石焼きラーメンが名物

 原町無線塔跡・・・昭和56年まであった200mを超える大無線塔

 相馬百尺観音・・・製作途中で、今は上半身しか完成していない

 <福島が誇る偉人>

 円谷英二・・・ウルトラマン・ゴジラの生みの親 須賀川市出身

 円谷幸吉・・・東京五輪男子マラソン銅メダル 期待が重圧となって自ら命を絶った

 野口英世・・・黄熱病の研究に生涯を捧げた 南米やアフリカでは英雄 

 ディーン・フジオカ・・・須賀川市出身でアジアで活躍中 イケメンだけでなく多芸

 ほかにも春日八郎や俳優の西田敏行らがいる。

 <ホラースポット>

 雪割橋(西郷村)・・・自殺の名所 中島村の村長もここで自ら命を絶った

 お化けペンション(翁島)いろいろな噂が飛び交う廃ペンション 稲川淳二も訪ねた

 蓬莱橋(福島市)・・・投身自殺の名所

 西向ロッジ(箕輪スキー場近く)・・・廃墟となって放置されている全国一のホラースポット

 黒塚・・・二本松市安達ケ原にある鬼婆伝説発祥の地 

 さて、好き放題書き綴ったが、全国の方々の観光なくして、真の復興は成し得ないと考えている。ぜひ、我が福島県を訪れて、福島の良さに触れて感じてほしい。

 記事作成:6月6日(火)~

2017年4月29日 (土)

私が今、無性に行きたい場所(北海道編)

 学生時代、2年間を過ごした北海道。自分を精神的に強くしてくれた大地だ。東京に移った後でも、私は第二の故郷と思ってきた。その後、5回に渡って北海道を訪れているが、そこは広々北海道(北海道はでっかいど~)。東北6県+新潟県を足したよりも広い。まだまだ行足りていない。今年こそはと毎年北海道に夢を馳せるが、年々仕事が多忙になり、自分の時間が持てないのが現状だ。
 では、バイクツーリングや電車、車で何度も訪れた北海道で、私が行きたくて仕方ないと思っているスポットを取り上げたい。

 1 タウシュベツ川橋梁

 人造湖である「糠平湖」の東湖畔にある。旧国鉄士幌線コンクリートアーチ橋梁群の中でも、特に代表的なコンクリートアーチ橋 です。 ダムの水が少ない1月頃から凍結した湖面に姿を現し、水位が上昇する6月頃 から沈み始め、8-10月頃には湖底に沈みます。 

 タウシュベツ川橋梁への林道

 http://www.kamishihoro.jp/place/00000072

 https://www.youtube.com/watch?v=YX8h5Z35_TM

 ヒグマが出没するスポットなので、訪問は細心の注意と備えが必要。雑木林を抜け、静かな湖面をたたえる糠平湖の湖畔に、この世のものとは思えない風景が姿を現す。幻想的で古からの歴史の重みを感じ、さいはて感や情緒、旅情を掻き立てられる場所。ぜひ一眼レフ持参で訪れたい。
 しかし、近年は風雨や地震によって損傷が激しく、崩壊の危険もあるという。もしかすると完全な橋梁の状態で見られるのは今年いっぱいかもしれない。

 タウシュベツ川橋梁にいたる林道 https://www.youtube.com/watch?v=DUdK2O_XKmE

 実際に訪れた人の「たどり着けなかった?」動画

 https://www.youtube.com/watch?v=4OQhllnZQF8

 2 幾寅駅

https://www.youtube.com/watch?v=Xj6eIK2lCx0

 高倉健が主演した「鉄道員(ぽっぽや)」で幌舞駅として登場した実在する駅。しかし、南富良野に位置し、この近くは何度も走ったにもかかわらず、映画上映が後だったために、一度も訪ねたことがない。1985年に「かなやま湖」を訪ねたし、狩勝峠は4~5回通って、落合という集落も何度もバイクや車で走っている。しかし、当時は話題にも上らなかったために、単なる通貨圏で、立ち寄ることなどなかったのだ。今思えば、実に勿体ない。
 映画「ぽっぽや」に感動して、実の娘を亡くしながら、小さな駅長としての任務を全うした男の生きざまに惚れ込み、いつかは訪ねたいと希っている。根室本線のこの駅は
 残念ながら、廃止となり、この駅舎にはもう二度と電車が止まらないのだ。

https://www.youtube.com/watch?v=1Vh7TKF-6Qs

原作は、140万部を超えるベストセラーとなった浅田次郎の短編小説「鉄道員(ぽっぽや)」(第117回直木賞受賞作)。
本作が5年ぶりの映画出演となった主演の高倉健と共に名匠・降旗康男監督と撮影・木村大作のコンビが、北海道の厳しくも美しい自然を詩情豊かに映像化。

https://www.youtube.com/watch?v=MTFDUsc3aQo

https://www.youtube.com/watch?v=7p5SF5WJv2U

 3 三毛別ヒグマ襲撃現場

 事件のあらまし https://www.youtube.com/watch?v=CMUVL94NWTg

 その昔、北海道開拓に携わり、ここに居住していた集落を3mもあろうかという巨大ヒグマが次々襲撃し、大惨事に見舞われた。
 1915年(大正4年)の月、道北の留萌管内苫前村三毛別六線沢(現在は苫前町三渓) の開拓集落で起きたヒグマによる連続襲撃事件は、死者8名、とりわけ民家に避難 ていた女性や子供が犠牲になった。

 もちろんここへは冷やかしで行くのではない。悲惨な出来事で犠牲になられた開拓民を追悼しに行くのだ。もとからここはヒグマの生息地なのだから、肝試し気分や無防備で行ってはならない神聖な場所だ。

 さて、私が特に訪ねたい3つの場所を列挙したが、他にも未踏の地である「利尻島」や「礼文島」にも行ってみたい。また、オロロン鳥の生息地である「天売島」や「焼尻島」もまた訪れたことがない。
 行ったことがある場所で再訪したいのは、納沙布岬、黄金道路、神威岬の念仏トンネルと水無立岩だ。若い時分にバイクを乗り回した熟年ライダーが回帰しているようだが、私自身は次回バイクに乗るのは死ぬ時だと認識しているので、福島空港から空路で千歳空港まで行き、そこでレンタカーを借りることになると思う。退職してからでは時間の余裕はあるが、収入が無くなるので、仕事をしている今のうちに訪ねたいと思う。

 記事作成:4月22日(土)

2017年4月23日 (日)

THE 激変北海道

 私が北海道で学生生活を送っていたのが1984年4月から1986年2月までの約2年間だった。もう33年も前の出来事になった。その間、時の経過と共に劇的に変わってしまったものが数多い。私にとってはちょっと前の出来事なのに、「歳月人を待たず」は確かだった。
 そこで、今日のテーマはタイトルが示す通り、劇的に変貌してしまったものを取り上げたい。

 1 駅舎

  ①岩見沢駅

  残念ながら  年に漏電が原因とみられる火災が発生し、昔の青い屋根の駅舎が影も形
 も無くなり、近代的な赤レンガとガラス張りの駅舎に生まれ変わった。

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  ②足寄駅

  国鉄時代は木造の小さな駅舎だったのに、最近立て替えられて、現代風にリニューアルされた。道東の小さな田舎町だった足寄を全国区に押し上げたのは松山千春の功績だ。
 私は千春の生家を2度訪ねたことがある。自宅のガレージの上に。彼のでかい肖像画が立てかけられ、一発でそれとわかる。彼はこの町のヒーローであり、この町の功労者だ。足寄と言えば松山千春、千春と言えば「足寄」なのだ。

Asyoro1Asyoro2

  ③ 上砂川駅

 歌志内線が廃止になり、その後、「昨日、悲別で」の悲別駅として登場した上砂川駅も解体か保存かで揺れた。しかしファンの聖地として残すことになった。線路は撤去されたが、駅舎自体は90度角度を変え、移築された。私がいた頃は、廃止前で、テレビドラマそのままの風景画展開されていた。ホームから見える、炭鉱の黒いズリ山など、雪とのコラボが悲壮感や荒廃感を醸し出していた。

Kamisunagawa1Kamisunagawa2

 ④ 函館駅

 私がいた頃は、青函連絡船が現役バリバリで就航していた。それが今や北海道新幹線が函館北斗まで開通し、函館がぐっと近くなった。古くさい駅舎だったのが、一新された。要塞っぽい鉄の塊のような印象になった。かつてはゴチャゴチャしていたが、スッキリスタイリッシュに変貌を遂げた。

Hakodate1Hakodate2

 ⑤ 稚内駅

 最果てを思わせるような萎びた駅舎だったのが、改築と言うより完全リニューアルして超近代的な駅舎に生まれ変わった。

Wakkanai1Wakkanai2

 ⑥ 幸福駅

 旧広尾線にあった幸福駅。昭和50年頃に「愛国から幸福へ」という記念切符が発売され、一大ブームを巻き起こした。その後、廃線になり、今は駅舎と僅かなレールが保存されているだけ。カップルの聖地として未だ根強い人気を誇る観光地だが、実際にディーゼル列車が運行していた当時を知る私としては、何か物足りなさを感じる。

Koufuku1Koufuku2

 2 函館五稜郭タワー

 私はここを4回訪れていて、2回ほど昔の五稜郭タワーに上ったことがある。しかし、1964年竣工の昔のタワーは高さ60mと低くて、星型の五稜郭の全景を見渡すことが出来なかった。それが今やタワー自体が建て替えられて、2006年に完成したタワーは107mと1.7倍も高くなって全景が収まるようになった。

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 私が北海道に住んでいたのも31年も昔の出来事になった。当時はバイクを駆って北海道中を旅してまわった。今でも心の中にある原風景は色褪せることはないが、そんな想いとは裏腹に、この30年で、建造物は劇的に変化してしまっていた。3年前は道北や道東までは足を伸ばせなかったが、時間に余裕が出来たら、当時の面影を探し求めて旅してみたいと思う。

 逆に、当時とあまり変わっていないスポット

 ① ラーメン横丁
 ② 羊ケ丘展望台
 ③ 札幌テレビ塔
 ④ 時計台
 ⑤ 富良野駅

 記事作成:4月9日(日)

2017年4月22日 (土)

菅船神社&サタふくロケ隊追撃

 ここ福島県では、今、桜前線が東のいわき地方から西の会津地方へと移動中で、ここ郡山も西部地区まで移動して来た。去年より3週間遅れての開花で、17日(水)の暴風天候で一気に散ってしまった感がある。

 しかし、22日(土)放送の「サタふく」で浜ちゃんぽのコーナーで、浜中アナが浄土松公園から中継した桜がまだ満開なのを見て、急に「菅船神社」を訪ねたくなった。ロケ中の浜中アナが、次に移動するのが「逢瀬公園」と予想して、それを追跡することにした。もしかしてバッタリ遭遇ということもあるかのしれないと密かな期待を抱いて、11:45発、つまり「サタふく」が生放送中の時間帯に訪問したのだ。

11:45 自宅発 午前中、かかりつけの医院&薬局で2往復したばかり。あにくのくもり空
     で少々肌寒い。日差しはある。いきなりRFCラジオから私の大好きな玉置浩二の
      「メロディ」が流れ、くちづさむ。
      インター線に出て、R49を突っ切り、その後、コパルのセブンを左折、ベニマルの
    前を通り、右折して河内へ向かう片平街道へ。信号のタイミング、ことごとくOUT!
 
11:57 王宮伊豆神社前。いったん停車して写メ。

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12:00 河内入り口でグリーンメロディー番組始まる 長寿番組
12:07 菅船神社着 10.5km 先客はゼロ FTVの中継車もなし。実は過去7度訪れ    
     ている大好きなパワースポットだが、境内の桜を期待したが、杉並木しかなく、桜
     は全然ない。だから人も誰もいないのだ。いつものように写メを撮りながら参拝。
     石段が徐々にきつく感じられ、息切れも激しい。心臓バクバクでやばい。絵馬に市
     内の高校名と個人名が書かれて未だにぶら下がっている。お賽銭を投入し、お参
     り。
      神社は2月の伊勢神宮以来。2年前に初めて訪れて、すっかり気に入り、以来、
     1年で4回は訪れている。
      次に「サタふく」ロケ隊が逢瀬公園に行くと踏んで、そちらへ向かう。 浜ちゃんは
     おそらく、ここから2kmしか離れていない逢瀬公園を訪問中とみた。中継車がきっ
     とある筈だ。
      生中継に映るのは職業柄まずいので、遠巻きに見物&証拠写メを撮りたかっ
     た。

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12:10 菅船神社発。河内のクランク状の狭い路地で、カーブミラーに映っている筈なの
     に、突っ込んでくる軽。DQNだ。

12:16 逢瀬公園Pへ。満開の桜見物なのか駐車場は満車に近い。それでも中央階段の
     そばに駐車。FTVのロケバスや中継車なし。もしかして山頂の展望台のPに駐
     車?
      石段を上り、芝生の広場へ 桜の下で弁当食べてる家族連れあり。やがて植物
     園へ。そして桜の広場との分岐となる道路に出た途端、なんと上のほうから下って
     こちらに向かってくるロケ隊を発見!その距離100m!このままでは中継に映っ
     てしまうと慌てて方向転換。斜面の散策道へ逸れる。すると、浜中アナの話し声が
     異様にでかい。林の木立から歩いて芝生の広場へ向かうロケ隊を写メ。

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上から下って来るカメラをプリントした白いトレーナーを着ているのが浜中順子アナ
FTVスクールで彼女に会ったことがある姉の話だと、画面で見るあの人柄そのままで、気さくで気配りが素晴らしい人だったという。青学出身で血液型はB型だ。

 アップで見るとこんな感じ↓ 本人とスタッフ3人で移動中(カメラ・音声・ディレクター)
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      いったんやりすごし、滝のある展望台広場へ。桜と鯉のぼりのコラボ。展望台の
    頂上部で若い高校生くらいの男女がピクニックシートを敷いて宴会。展望台からの
    眺望を堪能。市街地はうっすらだが、ビッグアイや高層マンションも見渡せた。
     強風が吹いている。その後、ロケ隊を追って芝生の広場へ向かう。携帯でワンセ
    グが見えたのに忘れる。いつ生中継されているのかチェックすれば良かった。中継
        外の時に声をかけて話ができたのに・・・。

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     芝生の広場でロケ隊発見。浜ちゃんがカメラマンや音声さん、スタッフと大きな声
    ではしゃいでいる。周辺は桜並木で、家族連れや子供たちが芝生の斜面を滑り台に
    して遊んだり、お弁当を食べて、桜の季節を満喫していた。いったんトイレへ。

     50m離れた場所で証拠の写メを撮って、復路へ。スタッフらしき若い男が、漬物を
    お盆に乗せてロケ隊のほうへ。ちょうどすれ違う。

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     来た道を引き返し、中央階段を下りてPへ。黄色いレンギョウも綺麗。

12:42 Pへ戻り、すぐに出発。前の黄色いど派手な宇都宮ナンバーのロードスターが我
     が物運転のDQN野郎。50キロの道路を40キロで走ったかと思えば、いきなりア
     クセル全開で先行車に追いつき、煽ったり、こういう自分本位の運転は事故って死
     んだほうがいい!栃木県民の恥さらしだ。

                             Img_2026_r

12:46 王宮伊豆神社へ。桜吹雪が気持ちいい。ここも杉並木で、桜は街道添いの1本
     のみ。桜吹雪のシャワーを浴びた。

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12:48 同上 発 車内暑くなる。13℃ ぽか陽 信号OUTばかり

12:59 帰宅 走行距離は22.1km

 帰宅後、録画しておいた「サタふく」をチェック。自分が映っていないかドキドキ・・・

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 11:48、自宅を出発した直後に、展望台からの景色を中継していた・・・

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12:17はちょうど私が逢瀬公園のPに到着した時刻 浜中さんはサボテン園から中継中

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私が下山し、帰ろうと駐車場に戻った頃に、さきほどの芝生の広場から中継が始まった!

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私がすれ違った時にスタッフが持って行ったのはまさにこのお盆と漬物!
ちゃっかり生中継にも登場した・・・。

 編集後記

 本日(4月22日(土))は、北海道に関する記事「THE 激変北海道」をアップしましたが、急遽、桜見物を兼ねたこのロケ隊追撃の記事を差し込んだため、明日、再度アップします。

  記事作成:4月22日(土) 
     

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