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日記・コラム・つぶやき

2018年4月27日 (金)

時遊人SUZUのひとり言~グランドフィナーレ~

 2009年4月27日に開設した当ブログ「時遊人SUZUのひとり言」は、本日(2018年4月27日)を持ちまして終了させていただきます。長らくのご愛読に感謝と御礼を申し上げます。

 

 ブログタイトルの通り、昔と今の移り行く変化と現状を鑑みて、昔話として懐かしむといった趣旨で始めましたが、いつしか日々の雑感や旅行記、時々刻々の話題も取り上げ、さらには社会風刺や現在取り沙汰されている社会問題にまで踏み込んだ批判記事なども展開するに至りました。
 最後は、日常のストレス解消や認知症予防のための備忘録など多種多様な話題に首を突っ込み、無理して記事を書いてきたような状態に陥りました。

 そして気づけば、丸9年が経過し、3,500記事近くに上り、容量も残り僅かな状況となったことで、ネタ切れや仕事上の多忙化に見舞われ、体力的にもきつくなったことが終了を決断した大きな理由です。

 しかし、この9年で毎日3,000件を越えるアクセス数をいただき、当初の目的をほぼ達成でき、自身の中でやりつくした感(使命感を全うしたこと)もありました。

 その間、日本全国、時には世界各国から累計で800万件を超えるアクセスをいただき、その反響の大きさに驚くと共に、時には私の身勝手な記事に賛同や共感してくださる方のコメントに支えられ、また時には手厳しい叱咤激励があって、何とか今日まで続けて来れた次第です。改めて感謝×感謝です。

                                Kansya_2
 なお、終了を決断した昨年11月時点では、本日をもって「完全閉鎖」を考えていましたが、多くの方々から「終了」を惜しむ声がコメントとして寄せられたことから、以下のカテゴリー記事につきましては、引き続き閲覧できるようしたいと思います。

 4月28日(土)以降も閲覧可能なカテゴリーと記事

 1 郡山の話題(福島県の話題を含む)
  2 釣行記(余談)
  3 旅行・地域
  4 アクセス数が歴代10位以内に入る人気記事
 
   ① 若くして亡くなった有名人~続編~
   ② 郡山のミステリースポット
   ③ 福島県で起きたミステリー事件ファイル
   ④ B型男性に惚れやすいA型女性
   ⑤ O型女性に惚れやすいA型男性
   ⑥ 芸能人カップルに見る血液型相性
   ⑦ 今は無き郡山の建物・店舗
   ⑧ 芸能人に多い名前 ~男性編~
   ⑨ 引田天功の「世紀の大脱出」
   ⑩ 江戸川乱歩の「美女シリーズ」の亡き名優たち

 5 その他 管理人が必要と考えた記事

 6 ブログ終了後、再掲載を要望するコメントが寄せられた場合

 また、「ココログフリー」は、新規記事の更新がないまま一年が経過すると、自動的に閉鎖(削除)となってしまうため、「ようこそ釣り天国へ」と相互リンクしている「釣行記」に限り、不定期となりますが、備忘録も兼ねて随時更新したいと考えています。

 最後に、睡眠時間3~4時間という超多忙な日常から解放され、安息の日が訪れた時や、執筆意欲が再び湧いた時には別のブログ名で再開することもあるかもしれません。その際はまたよろしくお願いします。

                    
 

 それでは9年間お付き合いいただきまして、本当にありがとうございました。 (SUZU)

                  Kansya2

 

 

 

2018年4月22日 (日)

2018年4月期のCMベスト5 (終)

 その時期に流行ったり、何度も繰り返し放送され、注目を浴びた見慣れたCMを特集して掲載しているこの記事。今回もこの4月に放送されたCMから気に入っているCMを5作品お送りします。

 1位 JRA 勝負服編

 松坂桃李、高畑充希、土屋太鳳、柳楽優弥の4人が出演している人気シリーズCM
 この4月は「桜花賞」で、勝負服がテーマ。見る側も勝負パンツ?を履いている気持ちの入れよう。そのやりとりが面白い。

 2位 新垣結衣 ビオリス新cm 「あまりにもきれいで」30秒篇

 ガッキーはスタイル抜群で脚が長い!今年三十路だとは思えない・・・。

 3位 『Cook Do(クックドゥ)』

 今をときめく竹内涼真と、「君の腎臓を食べたい」で一躍脚光を浴びた美少女・浜辺美波が兄弟役を演じるCM。今年イチ押しの大ブレイクする予感の女優さんだ。

 4位 WOWOWに入りましょう。「合唱篇 30秒」   

 

柳楽優弥、有村架純が出演するWOWOW新CM WOWOWに入りましょう。「合唱篇」
柳楽が幼少の頃、合唱に出演したVTRを見て号泣、それを慰める有村の図。ほのぼのしていて好感が持てる。しかし、実際は子供の頃の懐かしのVではなく、指揮をしていたという勘違い・・・。

60秒バージョンはコチラ https://www.youtube.com/watch?v=xhvFOWUDRVg

 5位 ポカリスエットCM 「ぼくらの放課後」篇 30秒

 放課後、どこからともなく集まってくる高校生たち。新しい友だちとの出会い、面白いことの発見。ヒロインの八木莉可子さんを先頭に、原宿のストリートを約200人が全力で踊って駆け抜けます。
 連帯感、若さ、躍動感が溢れるこのシリーズ。今回も元気の良さがビンビン伝わって来る。   

60秒バージョンはコチラ https://www.youtube.com/watch?v=CPeaUgUEjTU

 なお、このシリーズ記事は今月27日の当ブログ終了に伴い、今回が最終回となります。ご了承ください。

2018年4月16日 (月)

「時遊人SUZUのひとり言」をご覧いただいている皆様へ

 「時遊人SUZUのひとり言」をご覧いただいている皆様へのお知らせです。

 4月27日(金)の当ブログ終了に向けて、現在、既存の記事を非公開化する作業を行っています。
 4月15日(日)現在で、3,484記事あったうち、2,500余りの記事を非公開にする処理を行いました。

 突然、閲覧できなくなった記事もあるかと思いますが、もしお気に入りだった記事で、再掲を希望される方は、コメント欄でお知らせください。再アップを検討したいと思います。

 

2018年4月13日 (金)

昭和世代の私が持っていたゲーム集

 今日の記事はやや私的な内容になって恐縮だが、当ブログを終了するにあたり、少しでも昔の出来事や思い出深いものを取り上げ、生きた証ではないが、爪痕を残したいと考えた。

然るに、今日のテーマは、昭和世代の私が小学生当時に遊んだり、実際に持っていたおもちゃやゲームを取り上げたい。ぜひ同世代の方は懐かしんで欲しいと思います。

 画像ではなく、それらの玩具を映像で回顧します。下のURLをクリックすると、懐かしい世界へとあなたをいざないます。

 1 パーフェクション 

 1972年にエポック社から発売された懐かしのおもちゃです。制限時間内に様々な立体図形を同じ形の穴に差し込んでいく単純明快な遊び。タイムオーバーになると、せっかくあてはめたコマがすべて飛び出す、黒ひげ危機一髪的なゲームだった。

 https://www.youtube.com/watch?v=YTz7pPB89zQ

 2 ボウリングゲーム

 卓上でたのしめるゲーム。昭和40年代は中山律子さんや並木プロなど女子プロボウラーが花盛りで、スポ根ドラマも制作放送された。

 https://www.youtube.com/watch?v=QwgtdR3GU6Y

 https://www.youtube.com/watch?v=thlXprYUPE0

 https://www.youtube.com/watch?v=QwgtdR3GU6Y&t=3s

 3 エポック社野球盤 

 少年時代にプロ野球の大ファンだった私は、野球盤を買ってもらった。図柄がオールスター仕様で、初めて消える魔球を体験し、衝撃を受けた。巨人の星の大リーグボールの影響か。

 https://www.youtube.com/watch?v=mE6MfcFgDQ4

 4 ピッチングマシン 

 軽いプラスチックのボールが7~8個セットでき、部屋の中でバッティング練習ができる代物。カラバットでかっとばし、当時は王選手の真似をしたものだ。反射神経も養える優れものだった。

 https://www.youtube.com/watch?v=L5-xd9Op8IQ

 5 ヨーヨー 

 小学校時代に大流行した。手で遊ぶゲームは、アメリカンクラッカーやルービックキューブ、知恵の輪などもあったが、ヨーヨーはアメリカナイズドしてかっこよかった。材質がガラスで、デザインがコカ・コーラやファンタなどのロゴが記されてあった。東京タワーや箒、ブランコ、犬の散歩などの大技があって、誰もが特訓した。

 https://www.youtube.com/watch?v=RXqbGYX5sBg

 6 磁石コマのおもちゃ

 これは子供騙しだが、結構遊んだ人も多いのではないでしょうか。

 https://www.youtube.com/watch?v=7xnCy0mbCKI

 7 ポンジャン(ポンジャラ)

 ウチの亡き父親は、それは麻雀好きで、週末には、職場の仲間を家に呼び、徹夜で麻雀に明け暮れたほどだった。その影響か、車・飛行機・船の3種類の牌で絵柄を揃えて上がる「ポンジャン」を買ってもらった。たぶん今でも実家の押し入れに眠っていると思う。

 https://www.youtube.com/watch?v=Q9gb6RWa7Ew

 8 アスレチックゲーム 

 スタートからゴールまでボールを運ぶ、障害物競走のようなゲーム。

 https://www.youtube.com/watch?v=KXQUydIqwZU

 9 バンダイ たのしいポッポ

 こうしたおもちゃもかつてあった。電源を入れるとエンドレスで起伏のあるベルトコンベアーが動き出し、ターゲットを一周させる単純なゲーム。

 https://www.youtube.com/watch?v=z6fxbcdogRw

10 プラレール

 高価だったがNゲージにハマった。お年玉などで少しずつ車両を増やした。特急ひばり号のボンネット型と鉄仮面型の両方を持っていたし、ディーゼル特急もあった。SLも所有していた。金遣いの荒い子供だった。

11 ウォーターゲーム 輪投げ

 今でも家内の実家にあり、息子と娘を連れて行った時に夢中になって遊んだ。水中輪投げのような仕組みの物と、パチンコのようにチップを小さいバスケットに入れる物があった。

 https://www.youtube.com/watch?v=PQZ-7nqCsvo

12 超合金ゲッターロボ 

 マジンガ―Zのものもあったし、ガンダムもあった。男子小学生が憧れた。

 https://www.youtube.com/watch?v=doX8BY8gHh0

13 沈没ゲーム 

 自分のカラーの玉を、全て中央の自分の色の穴に入れれば勝ちというゲームです。
  1)はじめに玉を同じ色の一番外側の溝に置きます。 この際、玉が落ちないようリング部分をずらしておきます。
 2)自分の手番が来たら、自分の玉が乗っているリングを1つ選び、それを左右に動かして、玉が1つでも下のリングに移動したら手番は終わります。
  3)リングを回して、中央の自分の穴を目指します。 もし、他人の穴に落ちれば、その玉は一番外からやり直しです。

 https://www.youtube.com/watch?v=Zf0tZ3M924U

14 勝ち残り大作戦 

 70年代に大ヒットした運と頭脳の戦略ゲーム。順番に穴が重なりあうようにスライドバーを引いていき相手のボールを落としていきます。自分のボールが最後まで残った人の勝ちです!

 https://www.youtube.com/watch?v=I6fqyUmksOo

 ほかにも「アメリカンクラッカー」、「ホッピング」、「ローラースルーGOGO」、「卓上パズル」、「オセロ」、「将棋」、「人生ゲーム」、「ソフトビニール怪獣」なんかもヒットしたおもちゃだ。

 記事作成:4月9日(月)~10日(火)

2017年10月15日 (日)

浜田省吾に心酔した学生時代

 一週間の充電期間の中で、自分がこのブログを通して何を伝えたいのか考えたときに、まず自分自身の足元を見つめ直したいと考え、原点回帰してみた。すると、私の人生の応援歌であり、大きな影響を与えてくれた人物のことを書こうという考えに至った。
 この9年間、拙い記事の連続で、恥ずかしい思いを自分自身で感じながら書き続けてきましたが、下手くそでも続けることで何かを感じとってもらえればそれでいいという結論に達し、ブログを再開することにしました。もうしばらくお付き合いいただければ有難いです。

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 学生時代の私は北海道で過ごした。今思えば34年も前の出来事で、懐かしい青春時代の想い出だが、当時は初めての親元を離れての生活のためか、自炊すらしたことがなく、すぐにホームシックになった。それでも同じアパートの隣室が同郷の友人で、浜田省吾を聴き、流行のスタジャンを格好良く着こなすオシャレなナイスガイで、私も彼の影響を受け、「sand castke」というLPレコードを聴いて、徐々に浜田省吾ワールドに引きずり込まれていった。毎日のようにラジカセで聴いて、彼の詩の美しさと楽曲に心酔していったのだった。
 以来、彼のアルバムはすべてレコード(当時はまだCDが無かった)からカセットテープに録音したものだった。貧乏学生だった私はすべてのLPレコードを購入できる訳も無く、専らレンタルレコードで我慢していた。
 たぶんここまで読んだだけでも、私の「浜田省吾愛」は感じ取っていただけたと思いますが、ではここで個人的趣向になって申し訳ないが、私が好きだった楽曲を挙げると以下の通りになる。

 1位 19のままさ             11位 陽のあたる場所      
 2位 家路                 12位 風を感じて
 3位 愛という名のもとに        13位 路地裏の少年
 4位 America                   14位 ラストショー
 5位 Midnight Flight                15位 遠くへ
 6位 もうひつとの土曜日              16位  散歩道
 7位 J boy                   17位 終わりなき疾走
 8位 丘の上の愛              18位 傷心
 9位 片想い                     19位 いつかもうすぐ
10位 君に会うまでは           20位 愛の世代の前に

 <この曲に寄せられたコメント>

 どんなに遠くても、孤独でも『この道(現在)』が『空(理想)』に出会える場所を目指し、懸命に生きるしかないんだと。深いね...。人生の応援歌です

 昔、別れた妻を思い出しました。辛い時、この曲を聞いています。毎日を一生懸命生きています。与えられた命、頑張って生きて行きます

 この歌で自殺するの止めました

 トラックに乗って30年目の秋に慢性腎不全になり緊急入院し透析が必要な体に。仕事を失い夢も希望もなくしてた時、この曲を聞いたらこみあげてくるものがあり涙が....思い切り泣いた。そして勇気をもらい前向きになれて社会復帰して10年。負けそうな時もあるけどこの曲を聞いて頑張れます。

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 こういうコメントを読むと彼の楽曲はメッセージソングそのものだし、人生の代弁者のような気がする。偽りのない感情で率直に表現する彼の作風は、ぐんぐん魂に響き渡る。人生の応援歌として聴いている人も大勢いることがわかる。

 ところで、こうしてランキング表示してしまうとよくわかるが、何か30年以上前の古い楽曲ばかりだ。当時、それくらい彼の曲との出会いは衝撃的で、本気で聴いていたことが窺い知れる。長髪にサングラス、ジーンズというお決まりのスタイルに、ストラップで肩からぶら下げたギター。私が学生時分に傾倒した彼も、今年12月で65歳を迎える。彼の演奏スタイルや作風はあまり変わらない。彼の奏でる名曲は私の人生そのものである。未だに恋愛模様を創作できる才能は敬服に値する。

 彼のナンバーに耳を傾けると、その詩の情景が浮かんでくるから不思議だ。たとえば私が1位に挙げた「19のままさ」は、一年間予備校通いをして浪人生活をしていた自分の境遇とドンピシャで当てはまり、共感できるし、「America」では、アメリカンドリームを夢見ていた若き日の自分と重なる。その歌詞は当時、英語をマスターしたくて必死でもがいていた日々と相通じる。
 20代の頃になって一人前に彼女が出来た私は、浜田省吾の歌詞に出てくるような恋愛を手本に、そうした雰囲気を演出した。「もうひとつの土曜日」の世界観や「愛という名のもとに」のような別れのシーンも経験し、まるでそれらは若き日の恋愛ストーリーそのものだった。「家路」は辛いときに人生の応援歌になった。このように、自分の人生を写した鑑であるかのように、彼の独特な世界をオーバーラップして、追従していたような気がする。そして「真実の愛」を探し求めていた気がする。
 今、この歳になってさすがに恋愛ソングはギャップがあって厳しいものがあるが、若き日の佳き想い出として脳裏に深く刻まれている。私にとっては終生、人生の手本であり、宝物であると思う。

 最後に、私のHP「趣味-ING」内の「風越波海(SUZUの詩のペンネーム)の世界」に掲載した詩をここでお送りし、結びとします。今回もお読みいただきありがとうございました。

 「海とバイク、そしてSYOGOと歩いた青春」

 学生時代の僕は バイクを愛し ひたすら海を目指していた
広い大空と大地に憧れて やってきた北海道の片隅で
僕は自分自身と向き合い 本当の自分を探すことができた
今思い返せば 夢のような日々を送った


あの頃の僕は夢も希望もなく 魂を隠して 
ただ毎日を平凡に過ごしてきただけの ただの道化師
北海道に来て僕は生まれ変わった 生きていることに疲れた時
人生につまずいた時 僕は決まってバイクを駆り より遠くを目指した

心を癒す潮騒のメロディー オホーツクの調べへのいざない
あの日見た朝焼けと心地よい潮風 海を渡るさざ波との競走
蜃気楼の彼方に続く一本道 焼け焦げたオイルの匂い
道すがら 幾多の場面が一服の清涼剤だった

ひたすらスロットルを握り、コーナーと一体になり
まるで自分の居場所を探し求めているかのように
必死にブラインドの先にある何かを追いかけていた
とりとめのない詩を心に綴り 生きた証をどこかに残したかった

北の大地で僕を慰めた心の風景 それは神無月の竜宮
夕日を背負い サロマとオホーツクの隙間をバイクで駆けた
瞳の奥に刻み込んだあの日の記憶
徒然なる旅先で心を洗い 生きる勇気を取り戻した愛しき日々


もうひとつ僕の心の支えだったもの それは一人身の孤独に耐え 
その傍らでいつも聞いていたSYOGOのラブソング
人生の応援ソングは いつも決まって SAND CASTLE
それを心の拠りどころにして 命の炎を燃やし続けた

SYOGOの歌詞に励まされ SYOGOの旋律に魂を揺さぶられ
SYOGOの歌声に 自分自身と向き合う勇気をもらった
いつしか彼の歌を口ずさんでいる自分がそこにいた

自分の存在意義を確めて 耐え切れず涙した夜もあった
時の移ろいに ただ虚しくて 人を妬みやるせない夜もあった
自らの過ちを認めたくなくて 葛藤した懺悔の日々
SYOGOと出会い 僕はこれまでの生き方を悔い改めた

ワインディングロードは人生そのもの 容赦なく迫り来る
コーナーを登るにつれ やがて拓ける視界 太陽は近づき 
今にも手が届きそうな雲のかけら 時の礫と必死に闘いながら
霧に行く手を阻まれた時も 嵐の夜も ひたすら駆け抜けた

それでも諦めず根を上げず 自分を信じた末に待っていたのは七色の虹
何も飾らず 奢り高ぶらず ありのままの自分をぶつけて歩いて行こう
格好じゃなく 見せ掛けでなく うわべだけの人生に終止符を打って
タフな奴には女神微笑む それを合言葉に僕は 北の大地を後にした


かつて北の大地の片隅で孤独と闘い 自分探しをしていた奴がいた
やがてそいつは大人になって夢を追いかけることの大切さを学んだ
北の大地で手に入れたもの それは夢を紡ぎ生きることへの道しるべ
北の大地で過ごした2年の歳月は 本当の自分を見出すための日々

やがて訪れる筈の憧れ地 東京は 北の大地の前で霞んで見えた
今 静かに瞳を閉じれば 瞼の裏に焼きついた風景画の数々
夕焼けに染まるオホーツクの砂浜 確かな足跡をそこに刻み込んだ
あの日の情景を 僕は胸にしまい込み 証に変えて今日も生きている

 「風越波海の世界」はコチラ http://tsuriten.la.coocan.jp/kazakosi.htm

 記事作成:10月11日(水)

 

 

2017年6月25日 (日)

私がお参りした有名人の墓

 生前会うことのできなかった方々に近づくには、歴史書や自伝を読むこともそうだが、その歴史の現場となった場所を訪ねて歩くことが手っ取り早い。しかし、大偉業や歴史に名を轟かせた偉人たちを偲ぶことが何よりの供養であり、思いを馳せるには近道だ。
 私は旅の先々で、こうした有名人たちの墓参りを実施してきた。今日ままず、それを題材にしたい。

 ~私がお参りした歴史上の人物のお墓~

 1 近藤勇・・・新撰組組長 会津若松市天寧寺 過去2度お参りした。

 2 正宗・・・ 天下の名刀「正宗」を生んだ刀鍛冶職人 鎌倉大覚寺にお墓がある

 3 中野竹子・・・薙刀の名手で、会津戊辰戦争で活躍した 坂下の法界寺にある

 4 佐々只三郎・・・坂本龍馬を暗殺したと言われる 京都見回り組 会津武家屋敷内

 5 西郷頼母・千恵子・・・会津藩の筆頭国家老で会津戊辰戦争で中心的役割を果たし
              た。妻の千恵子は、西郷頼母邸で身内21人と共に自刃した。

 6 萱野権兵衛・・・会津戊辰戦争の家老で、戦争責任を一手に背負い切腹 天寧寺

 7 松平容保・・・会津藩最後の君主 松平家御廟にある

 8 白虎隊士・・・自刃した飯盛山に眠っている 唯一生き残った飯盛貞吉も分骨された

 9 二本松少年隊士・・・二本松市の大隣寺に墓がある

 ~私がお参りした芸能人・スポーツアスリートの墓~

 1 天知茂・・・明智小五郎役として一世を風靡した。知性とニヒルさに長けていた

 2 石原裕次郎…日活の大スターで「太陽にほえろ」や「西部警察」のボス役 

 3 坂井泉水・・・ZARDのヴォーカル 2007年5月に不慮の死を遂げた 墓の場所は秘密

 4 円谷幸吉・・・1964年東京五輪の男子マラソン銅メダリスト 郷土の誇り

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 死ぬまでにお参りしたい有名人

 1 乃木希典・・・日露戦争時の陸軍大将 明治天皇崩御の際に夫人と共に自決

 2 三島由紀夫・・・作家だったが、革命を起こそうと自衛隊員に決起を呼びかけ自決

 3 福沢諭吉・・・私の大学の創始者 学問のすゝめの著者 

 4 諸葛孔明・・・三国志の英雄にして名軍師 「三顧の礼」「水魚の交わり」 

 5 手塚治虫・・・漫画の神様 ブラックジャック、ジャングル大帝レオ

 6 土方歳三・・・新撰組副長 会津のために戦い、函館戦争に参戦して戦死した

 7 山本五十六・・・連合艦隊の総司令官 

 8 赤穂浪士四十七士・・・忠臣蔵の英雄 泉岳寺に眠っている

 9 いかりや長介・・・ザ・ドリフターズのリーダー

10 尾崎豊・・・カリスマシンガー 若くして謎の怪死を遂げた

11 美空ひばり・・・戦後の銀幕のスター 数多くの伝説を残した

12 テレサ・テン・・・時の流れに身をまかせ、愛人、つぐないなど日本で活躍した台湾人歌手

13 村下孝蔵・・・ギターの弾き語りで「初恋」「踊り子」「少女」など名曲を生んだ

14 河島英伍・・・ギターやピアノの弾き語り 男臭さが滲み出た

15 高倉健・・・孤高の名優 「網走番外地」「幸福の黄色いハンカチ」「駅」「鉄道員」

16 津田恒美・・・広島カープの守護神 炎のストッパーと呼ばれた 脳腫瘍で若くして亡くなった

17 シンボリルドルフ・・・1980年代に活躍した最強馬 トーカイテイオーの父

18 オグリキャップ・・・奇跡の名馬 引退レースの有馬記念で伝説を残した

19 田中好子・・・キャンディーズの元メンバー 解散後は女優として復帰した

20 夏目雅子・・・未だに語り継がれる名女優 「鬼龍院花子の生涯」の演技は圧巻

21 河島英五・・・男臭い歌が良く似合う「酒と泪と男と女」「時代おくれ」「野風増」

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 私が思う往年の名優30人

 1 高倉健          16 森繁久彌      31 牟田悌三
 2 石原裕次郎       17 志村喬        32 岡田英次
 3 天知茂          18 芦田伸介      33 荒井柱
 4 萬屋錦之助       19 三国連太郎     34 若山富三郎
 5 渥美清          20 原田芳雄      35 根津甚八
 6 勝新太郎         21 長谷川一夫     36 夏夕介 
 7 大滝秀治         22 上原謙        37 荻島真一
 8 松田優作         23 加藤嘉        38 田村高廣
 9 緒形拳          24 宇津井健      39 川口浩
10 夏八木勲         25 竹脇無我      40 松山英太郎
11 丹波哲郎         26 蟹江敬三      41 和田浩二
12 小林桂樹         27 川谷拓三      42 中条静雄
13 菅原文太         28 名古屋章      43 大川橋蔵
14 二谷英明         29 松方弘樹      44 赤木圭一郎 
15 笠智 衆         30 小林昭二      45 本郷功次郎 

   記事作成:5月23日(火)

2017年6月 3日 (土)

念願のフラガールショーを満喫!

 「スパリゾートハワイアンズ」。旧名は「常磐ハワイアンセンター」。そこは私にとって因縁の曰くつきの場所だった。
 幼少の頃、プールで迷子になった私は、危うくプールに落ちそうになったところを近くにいた人に助けてもらったという出来事があったらしい。3~4歳の頃のことで、私は全く記憶に無い。また、平成初期、いわきの職場にいた時に、忘年会で訪れたことがあった。そして6年前にフラガールのロケ地を探訪した際に、無人の仮設ステージを見物しに建物を覗いたとき以来だった。

 その時の記事はコチラ
 http://tsuri-ten.cocolog-nifty.com/blog/2011/11/post-245b.html

 今回、6月1日(木)・2日(金)の両日、仕事で会議がこの場所であって、久し振りに訪れたのだが、私にとって「フラガール」の踊りを生で見るという長年の悲願がようやく叶った。今日はその模様を画像で紹介したい。

 夜の部のショーは、20:40から21:10まで連日レイトショーで行われているが、その日は強制的に二次会への出席を義務付けられ、途中、抜け出してちゃっかり見物したのだった。

 フラガールは私にとって憧れの存在だった。それは震災で「全国きずなキャラバン」を展開し、被災者たちを勇気づけ、義援金への感謝を伝えるものであった。

 当時の主要メンバーであるマルヒア由佳里さん(震災時リーダー)やソロダンサーのプアリリア樹さん、オーリノ苑未さん、モアナ梨江さんなどは引退されてしまったが、今も多くがメンバーとして残っていて、知り合いであるウイラニ綾華さんやロゼラニ幸恵さん、マカレア麻衣さん、レイピカケ水貴さんなどは未だに現役で頑張っている。

 私が見たのは21:00~21:30までの「ポリネシアン・グランドステージ」だった。

 前半は見過ごしたが、ハワイノ踊り、「負けないで」、体験コーナー(50人以上がステージ上へ)、ファイヤーナイフダンス、タヒチの踊りからメインの「オテア」、エンディングの「虹を」までだった。次回はいつ見られるかわからなかったため、100枚以上デジカメで撮影し、同時に動画撮影も実行した。

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 有料の予約席「プレミアムシート」(土日1,500円)の観客は、ショー終了後、フラガールと一緒に記念撮影が出来る時間があった。
 ところで、私の知り合いの大河原綾華さんは、「ウイラニ綾華」というソロネームを貰い、練習中の怪我で若干遅れたが、3月3日にソロデビューを果たしていた。
 私が見に行った時は、ソロでのダンスはなかったが、今や「レイピカケ水貴」さんと二枚看板(ツートップ)になった彼女のデビュー時の映像をリンクしてこの記事を閉じたい。

 3月3日の映像→ https://www.youtube.com/watch?v=aNMz8VdrWC4

 高校時代、高飛び込みの選手だった彼女は、度胸が素晴らしい。彼女の笑顔は癒しを与えてくれる。今ではリーダー格と言っても良いくらい、ダンシングチームの中でも欠かせない存在となった。

  時間が無くて、フラガールミュージーアムを見ることが出来なかったのは残念だった。

 記事作成:6月2日(金)

2017年5月 6日 (土)

ちょっと昔の旅 ~想い出の場所回顧~

 このGWを利用して、過去にタイムスリップする意図で、想い出のスポットへ足を運んでみた。それはもう四半世紀近く経つ、家内と出会った場所や結婚式を挙げた場所、そして14年が経過した実の父とお別れをした場所だ。
 時間と言うのは無情なもので、人を老化させるだけでなく、記憶まで薄らいでしまうものらしい。そうした想い出のひとコマまでも奪われないように、今回、この訪問を思い立った次第だ。ちなみに訪問したのは朝から快晴青空の5月4日(金)のAM6:14~AM7:00だ。
なお、時系列ごとではなく、この日に訪問した順番に掲載します。

 1 家内と出会った場所 「カフェテラス四季」

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                                                内部はこうなっている
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 平成5年に私たちは叔母の紹介で出会った。ガーデンテラスがあってオシャレな造りだった。ここのパスタは美味かった。「ワンスアポンアタムインアメリカ」や「カフェドカフェ」、「飛行船」が定番の食事場所だった。

 https://tabelog.com/fukushima/A0702/A070201/7000242/

 https://tabelog.com/fukushima/A0702/A070201/7003718/

 2 結婚式を挙げた場所 「椿山荘」(現在は記憶の森)

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 久留米の桜の名所、五百渕公園のほとりにある結婚式場。平成6年7月3日、ここの神殿式で結婚式を挙げ、その後、新装なった「グランプラス」(実際は当て字の漢字表記)という会場で披露宴を行なった。

 https://kiokunomori.cocolonet.jp/

 訪れて見て驚愕。純白なイメージを漂わせえる白亜の式場にリニューアルし、昔の面影はどこにもない。外観もエントランスの造りも劇的に変わった。一周したが、池の周囲では付近住民によるボランティア活動が朝早くから行われていた。

 3 父親を見送った「懐想記念館久留米」(現:たまのやこころ斎苑久留米)

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 父親の高校時代の同級生が社長を務めていた「サークル」という互助会に入会していたため、やはり久留米にあったセレモニーホールで葬儀告別式を執り行った。平成15年の年も押し迫った12月29日に亡くなり、大晦日に須賀川市の火葬場で焼骨し、正月明けの1月6日、雪が降る中で告別式を行った。

 http://www.e-sogi.com/detail_hall/id1000000000-009676.html

  訪ねたこの日は催事はなさそうで、駐車場もガラガラで閑散としていた。催事場が暇なのは喜ばしいことと認識・・・。

 4 水天宮

 小学生の頃に亡き父親と何度もキャッチボールやノックをしてもらった想い出の場所。親父が亡くなった時、この目の前にある「懐想記念館」で通夜をやった折、夜中に水天宮を訪れ、夜空を見上げたら、真冬だったため、満天の星空が美しかったことを思い出した。

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 子供の頃はあんなに広く感じたのに、とても小さく狭く感じたのは、自分が成長した証と実感した。早朝にもかかわらず、バックネット付近で親子がキャッチボールしていた。あの日の自分と重ね合わせることができた。

 5 結納を交わした場所 

 平成6年1月に結納を交わした。家内の振袖姿を初めて見た。家内は当時、鈴木杏樹に似ていて、身長も164cmあってスリム美人だった。

 http://www.homemate-research-wedding.com/dtl/20000000000000001147/

 残念ながら、いくら探しても持つからず。もしかしてもう解体した?趣のある屋根がドーム型でエレガントな造りの建造物だったのだが・・・。
 その後、内環状線沿いのステーキ宮と郡山信金にあったその建物は「オフィスタツミ」という会社になり、そこからR49線を越え、200mほど南東に行った「記憶の森」の北側へ移転したことが判明した。

 6 父親が亡くなった病院跡

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 震災で損傷を受け、その後閉鎖。しばらくはそのまま建物自体はそこにあったが、希望が丘へ移転した。その後、取り壊された。
 平成15年12月28日の仕事納めに母親から電話を貰い、病院嫌いで渋る親父を無理やり連れて行ったら、40℃の高熱で即入院。翌朝には亡くなってしまった。私は痰を器官に詰まらせた医療ミスだと疑っていたが、タバコの吸いすぎで肺気腫を患い、呼吸器疾患だったと思う。翌日、医師に呼び出されたときには意識不明。心電計は横に一直線の波形で、長男到着時を死亡時刻とした。看病もせず、ひとりで天国へと旅立ってしまった。
 年の暮れだったこともあり、実家から至近で、当番医がここしかなかったため、やむを得ずこの病院に連れて行ったが、大病院に行っていたら、もしかしたら助かったかもしれないという懺悔の気持ちがしばらく続いた。

 7 結婚前、結婚後に最初に移り住んだ富久山町のアパート

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 「愛の巣」はR288から少し入ったところにあった久保田字本木のアパートだった。平成6年4月から移り住み、子供が生まれた後の平成7年12月下旬まで約1年8か月暮らした。当時は益子建築工業の参加のマストモ設備が工事を請け負った新築物件だった。部屋が3つある3DKで、家賃は56,000円だった。2階の南端の角部屋だった。
 家内の実家からも近く、当時私は船引町にある職場へ通勤していたので、郡山市街地を通らなくて良かったので、通いやすいメリットがあった。

 http://www.homes.co.jp/archive/b-9182694/u-20476940/

 実際に訪ねてみると、住んでいたのはもう20年前なので、いくら当時新築とはいえ、かなり年季が入って古くなっていた。20年の歳月とはこんなにも変わらせてしまうのか・・・。

 さて、個人の感傷に浸るような手前味噌な記事になったが、「人に歴史あり」を地で行くものとなった。この四半世紀、様々なことがあった。2人の子供に恵まれ、両者ともに大学生となり、長男は一流のハウスメーカーへの就職が内定した。技術職で設計を希望している。

 今回は個人情報を暴露してしまった感が強い記事になってしまったが、他人が見たら何の変哲も無い個人の感傷のようなものになってしまった。しかし、人には忘れられない人生の足跡や証のようなものがあり、それを備忘録としてどこかに留めておきたいと願ってのものだということを理解いただきたい。

 最後に、長い歳月を経て、名称が変わったスポットも多い。いろいろあったが、半生を振り返ると決して良いことばかりではなかったが、波乱万丈ではなく、大過なく、安定した生活を送れたことは、家内に感謝しなければならないだろう。

 記事作成:5月4日(木)~5日(金)

2017年2月13日 (月)

日本にもあった危険なカルト教団

 はじめに

 今回の記事は、宗教に関しての個人の私見を述べたものであり、特定の宗教団体を中傷するものではありません。かつて宗教の名のもとに、それに没頭するあまり、前後不覚に陥ってしまい、その結果、犯罪行為に走り、世間を騒がせた教団が複数あった。再発防止に向け、警鐘を鳴らす意味でここに掲載したい。 

 日本は憲法で「信教の自由」を定めており、誰がどの宗教を信仰してもお咎めがない時代である。かつては隠れキリシタンとして踏み絵や西洋では魔女狩りが横行した時期があった。しかし、いくら信教の自由があっても、それに没頭し、のめり込むと、理想と現実の区別が無くなり、その中でしか生きられなくなる。そして法を侵し、犯罪行為に走る例も少なくはない。外国ではイスラム教徒を中心に、宗教差別や派閥争いで紛争や戦争が絶えることは無かった。「宗教」の名のもとに殺戮や人殺しを行っては、その存在意義が失われてしまい、それこそ本末転倒だ。
 今日は、宗教は人の死に切っても切れない存在だが、陶酔しすぎた挙句、常識を見失い、周りが見えなくなり、犯罪に走った教団を取り上げたい。ここでいう「カルト教団」とは、信者を死に至らしめたり、逮捕者を出すなどの犯罪行為を行った一味ということだ。日本で起きたもの限定で掲載したい。

 イエスの方舟

  65年頃から、聖書を研究する宗教団体「イエスの方舟」 に入信した女性が家出し、家族から捜索願が出されるということがあった。彼女たちは 教祖「千石イエス」らと共同生活を送っていたが、その家族たちが「娘を返せ」と押しかけ、イエスの方舟の一行は各地を転々とした。
       80年7月、行方をくらませた「方舟」の一行が熱海で発見された。

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 しかし、この団体は強制的な拉致などではなく、信者自らの意思で出家したものであり、逮捕者はなく、教祖も不起訴となったが、当時世間を騒がせ、ビートたけし主演でドラマ化もされた。

 真理(みち)の友教会

 1950年に和歌山県で宮本清治が教祖となり設立された。「正しい人生を歩んで心を清めること」、「救いを死後の天国に求めること」などを教義に掲げる。一部の信者たちは宮本の自宅で集団生活を送っていた。
 1986年10月、教祖の宮本清治が病死し、その夜、真理の友教会は、浜の宮海岸に近い集会所に信者70人ほどが集って「お別れ会」を行なった。翌日の早朝、浜の宮海岸で、宮本の妻、義母、養女を含む7人の女性信者の焼死体が発見され、灯油を用いた集団焼身自殺とされた。

 オウム真理教

 かつて存在した麻原彰晃を開祖とする日本の仏教系(原始仏教、チベット仏教)の(新興)宗教団体。一般市民に向けて、日本で初めて化学兵器のサリンを使用し、大量殺戮を行ったことで世界を震撼させたテロリズム行為を行った組織でもある。上九一色村に巨大なサティアンと呼ばれる施設を建設し、一般社会と隔離した中で、修行と称し、信者を出家させ、財産を差し出させ、共同生活を行っていた。信者はヘッドギアを被り、微弱の電波を流すなど。洗脳行為を施し、脱走できないようにした。
 また坂本一家弁護士殺害や松本サリン事件、VXガス噴霧、目黒公証役場の職員を誘拐拉致して殺害、国家公安委員長の狙撃、更には地下鉄サリン事件を起こし、組織的な凶悪犯罪を次々実行した。犯罪史上まれに見る凶悪事件で、未だに教祖であった麻原以下、死刑判決が確定した幹部たちが刑を執行されないのも疑問だ。

Oum Oum2

  このカルト教壇が怖いのは、東大出の医師や有名大学出身者が幹部を務め、トップエリートたちが入信し、ピラミッド型の組織を形成し、絶対神だった麻原の指示命令で動いていた。

 女性祈祷師による信者連続殺人事件

 別名「福島悪魔払い殺人事件」と呼ばれる、凶悪犯罪事件であり、1995年に福島県 須賀川市で発覚した自称祈祷師の女と信者らが、除霊と称して信者7人に激しい暴行を加え、殺害と重傷を負わせた事件。
 1994年の暮れから1995年の6月まで、祈祷師の女E宅にて「キツネが憑いている」などとお告げを受けた信者7人を、Eの娘Fと信者の男Gと同じく信者の男Hが中心となって『悪魔払い』や『御用』と称して殴る蹴るなどの暴行を加え、4名を殺害、2名を傷害致死、1名に重傷を負わせた。
 同年7月5日、重傷を負った女性信者Iの入院をきっかけに、警察がE宅を家宅捜査したところ、信者6名の腐乱遺体を発見、4人を逮捕した。後に被害者であるIも、暴行に加わっていたことが発覚して逮捕された。この事件による死亡者は、逮捕されたGの妻、男性信者J、Jの妻、Jの娘、男性信者K、女性信者Nの6名。

 この主犯格の江藤幸子は死刑判決を受け、最高裁で判決が確定後、2012年9月27日、宮城刑務所において死刑が執行された。

 https://www.youtube.com/watch?v=cboUOf_fA9I

 私は2年前、この現場となった民家を訪れ、遠巻きに写真を撮ろうとしたが、それまで一度も壊れたことがないデジカメのSDカードがぶっ壊れた。悪霊的な作用があったとしか思えない。それ以来、もう二度と近くには行かないことに決めた。

 パナウェーブ研究所

 千乃裕子を教祖及び代表とする千乃正法会という宗教組織の一部門で、新宗教団体の一つである。「スカラー電磁波は人体にとって有害である」と主張している。また、電磁波から身を守るために白装束を身にまとっている。また、移動用の車両には、電磁波を防ぐ効果があるという渦巻き模様の図柄を貼り付けている。 

 山中に砦やアジトを築き、信者が共同生活を送っていた。車や建物、周囲を白い布やトイレットペーパーで覆うなど、とにかく白装束で異様な服装、怪しげないでたちであった。マスコミが連日のように押しかけ、話題になったが、映像のように重機で威嚇するなど、言動・行動ともに異常であった。

 ライフスペース

 もともと自己啓発セミナーであったが、次第に変質していき、主宰者がインドのサイババに指名された「シャクティパット・グル」であると自称(サイババはこの件を否定)するようになったり、「シャクティパット」と称する相手の頭部を手で軽く叩く行為で病気を治せるといった主張をするようになる。
 1999年11月11日、あるホテルから成田警察署に「4か月以上も宿泊している不審な客がいる」との通報を受け、署員が同ホテルの部屋を捜索。ミイラ化した男性遺体が発見された。
 主宰者は「ミイラには15℃の体温があり、死んでいれば0℃になるはずであり、従ってミイラは生きている」「自らの体には血液ではなく空気が流れている」と荒唐無稽な主張を行い有名となる。
 後に、この「ミイラ事件」で主宰者に殺人罪での有罪判決が出ている。これは、脳内出血で入院していた男性を連れ出し、適切な治療を受けさせねば死亡する可能性が高いことを知りながらも、適切な治療を受けさせず死亡させたという趣旨の判決である。

 法の華三法行

 かつて存在した新宗教団体。教祖は福永法源(本名:福永輝義)。「宗教を超えるもの」だとして『超宗』を自称し、『天行力』の大看板を掲げ、テレビやラジオで放送枠買い取り番組を流したり、著書の広告を四大新聞に打つなどして知名度を上げ、東京ドームで『天行力大祭』を挙行した1995年の最盛期には、公称信徒数10万人を豪語した。

 しかし、足裏診断と称する個人面談において「前生の悪い因縁を放っておくとガンになる」「このままでは2001年に人類は滅亡する」等の脅し文句で信者の不安を煽り、仏舎利と称する物や福永の手形色紙等を売り付けた他、「法納料」の名目で多額の金銭を巻き上げた行為が詐欺罪に問われた。
 2000年に教組の福永と幹部のほぼ全員に当る12名が摘発された。被害総額は600億円以上に達し、事件発生当時には豊田商事事件に次ぐ大型詐欺事件であった。
 翌2001年3月29日に教団は破産宣告を受け、宗教法人としても解散処分を受けた。

 「最高ですか~」が決め台詞で、信者は「最高で~す!」と叫ぶ異様な雰囲気だった。

 https://www.youtube.com/watch?v=Q2XMMXcVYs0

 エホバの証人

 1985年、交通事故で輸血しないと自分の息子が死亡する危機的状況にもかかわらず、信教の聖書に則り、両親が輸血を拒否し、結果、息子を死に至らしめた事件が発生。

 http://www.jwstudy.com/ja/blood_suzuki_dai/

 わが子の命よりも宗教の掟を優先させた親の所業に、当時物議を醸した。

 また、宗教ではないが、矯正施設でシゴキが原因で暴行して生徒を死なせた「戸塚ヨットスクール」事件もあった。また、千葉県君津市にある某寺では、飼っていた虎二頭が逃げ出し、山狩りなどを決行したが、結局一か月見つからず、最後は射殺される事件も発生した。寺の境内で猛獣を飼うなど、宗教家は一般人の感覚とはズレ、麻痺しているとしか思えない事件が続発した。

 それにしても、日本には様々な新興宗教が存在する。郡山にも「創価学会」、「立正佼成会」、「幸福の科学」、「霊波之光」、「生長の家」、「エホバの証人」、「顕正会」、 「真澄寺院」などの支部がある。これらは危険なカルト教団ではないし、それらが悪いとは言わないが、自分で信仰するだけならいっこうに構わないが、周囲を巻き込んだり、勧誘をしないで貰いたい。自らの信じる宗教があるのは良いが、それを他人に押し付けるのは趣旨が違う。
 かくいう私も北海道に住んでいた時に、当時、日本でもっとも信者の多い超有名な宗教法人の勧誘を受けたが、きっぱりと断った。勧誘された友達だと思っていた奴とはそれっきり疎遠になった。人を巻き込むのはやはり違うと思う。それに宗教に嵌ったり、凝る人というのは、或る意味信念が強く、人の意見に耳を貸さない人が多い。攻撃性があったり、批判的であったり。得たいの知れない宗教団体(教団)は、何をしでかすか怖いし、断ると報復されるのではという不安が付きまとう。存在しているだけで脅威となる。自分の信念に基づき、自分だけで信仰して貰いたいものだ。
 
 また、本来、人を救うためにある筈の宗教で、中東や西欧では宗派対立が激化し、宗教の名のもとに殺し合いを演じている。何事もバランスが大事で、それにのめり込むとろくなことがない。活動資金を得るために虚偽の献金報告や不正送金問題、政治家への違法贈賄などで悪質な犯罪を組織ぐるみで行っている団体もあるやに聞く。反社会的行動を行うのは宗教の名を語る暴力団と一緒だ。

 なりふり構わず自分が信じた道を邁進するのが宗教の恐ろしさで、まぁ何事もほどほどで、あまりのめり込まないことをお勧めしたい。

 最後に、日本の宗教団体の信者数のトップ10を付記したい。(西野神社社務日記より)

 1位 神社本庁       約 6,800万人
 2位 幸福の科学      約 1,100万人
 3位 創価学会             約 827万人
 4位 浄土真宗本願寺派 約 694万人
 5位 浄土宗                 約 606万人
 6位 立正佼成会         約 428万人
 7位 高野山真言宗     約 410万人
 8位 日蓮宗                 約 385万人
 9位 天理教                 約 163万人
10位 霊友会        約157万人

 この統計を見てびっくり!新興宗教が数多くランクインしている事実。他人には内緒で、こっそり信仰している人がいかに多いことか・・・。結婚してその宗教が判明してびっくりするケースも多そうだ。ちなみに私は上のどこにも属していない。檀家が如宝寺なのでバレバレだが・・・。弘法大師・空海が祖だ。

 記事作成:2月11日(土)

 追記

 この記事を書いた翌日、またしても芸能界に衝撃的なニュースが沸き起こった。前日、「にじいろジーン」を体調不良を理由に番組を欠席した女優の清水富美加が「幸福の科学」への出家を理由に、芸能界を電撃引退することを発表した。信じられない。事務所との契約がまだ残っているのに、出演予定の番組をすべて一方的に自主キャンセルするなど、やはり宗教にのめりこんだ結果、周囲が見えなくなり、お世話になった方々にまでも迷惑をかけることになった。それにしてもこの番組はベッキー、その代役の清水と不祥事が連続し、祟られているとしか思えない。

 私が取り上げたテーマが、その直後に注目を浴びるというジンクスはまたしても証明された。
 

2017年2月 3日 (金)

ただただ懐かしい物を列挙します!(続編)

 前回、同じタイトルの記事で「ただただ懐かしい物」を200個列挙した記事を掲載したが、今回はその続編をお送りしたい。私の人生も半世紀を越え、振り返れば懐かしいものだらけだ。カテゴリーを分けずに、思いついたものをただ羅列しただけなので、何の脈絡もないが、個人のつぶやきやひとり言だと思い、お付き合い下さい。
 今日は更なる続編を期待して100個に留めたい。では早速どうぞ!

201 ドカベン
202 日の丸の国旗(現代は何%の家庭が所有していることか)
203 陣取り(子どもの遊び)
204 水飲み鳥
205 コマネチ
206 てなもんや三度笠(シャボン玉ホリディ) 
207 ニャロメ
208 ふくしま未来博(福島県限定)
209 ぶら下がり健康器
210 沢田研二

211 東京タワーのペン立て付き卓上日めくりカレンダー
212 おっまかせコール
213 金さん銀さん
214 ずいずいずっころばし
215 ブリキのおもちゃ
216 学生カバン(潰して持ち歩いた)
217 とびだせものまね大作戦
218 マカロニほうれん荘
219 書初め
220 ビールの一気!

221 初恋
222 女子大生ブーム
223 お立ち台(ジュリアナ東京)
224 木枯らし紋次郎
225 手まり
226 ワンレングス
227 川口探検隊
228 がきデカ
229 サビオ(絆創膏)
230 天中殺ブーム

231 ムー一族
232 いたずらウォッチング
233 泉重千代さん
234 ABBA
235 打ち水
236 あさま山荘事件
237 三億円事件犯人のモンタージュ
238 NHK少年ドラマシリーズ
239 キックボクシング(沢村忠・富山勝治)
240 漫才ブーム

241 絵日記
242 ももひき&ズロース
243  日産グロリア
244 交換日記
245 山田漆器会館(福島県限定)
246 組体操
247 Dr.スランプアラレちゃん
248 鎌田行進曲
249 行水
250 高子沼グリーンランド(福島県限定)

251 ロンドンブーツ
252 おニャン子クラブ
253 野呂圭介(元祖どっきりカメラ)
254 旧車(ソアラ・クレスタ・シルビア・スープラ・プレリュード・インスパイアなど)
255 ポマード
256 夏休みの友(福島県限定?)
257 鉄道唱歌
258 郡山レジャーセンター(福島県限定)
259 テトラパック牛乳
260 寅さん

261 彫刻刀とバレン
262 WAYOUTやVANのトレーナー
263 帰るコール
264 仁丹
265 リトマス試験紙
266 文通
267 あ・い・う~(おかぁさんといっしょ)
268 HOT DOG PRESS
269 少年キング
270 リーゼント

271 Hi-C
272 ぽったん便所
273 5時から男
274 寒風摩擦
275 へちま日記
276 テクノヘア
277 空気椅子
278 本当は怖いグリム童話 
279 日本沈没
280 すごろく

281 ノストラダムスの預言
282 大リーグ養成ギブス
283 ロッキード事件
284 それは秘密です!
285 京樽
286 ビッグベストテン
287 板垣退助の百円札 菱川師宣の五百円札 伊藤博文の千円札
    聖徳太子の五千円札 一万円札
289 ランラン・カンカン
290 福笑い

291 気くばりのすゝめ
292 夜のヒットスタジオ
293 伊藤さやか「陽あたり良好」
294 たけちゃんマンとブラックデビル
295 ホッピング 
296 青春ドラマ「俺は男だ」「飛び出せ青春」「われら青春」「ゆうひが丘の総理大臣」
297 マジカル頭脳パワー 
298 ひし美ゆりこ
299 けん玉
300 「俺たちの○」シリーズ 旅、朝、祭など

 こんな記事を思いつくあたりは、やはり歳をとった証拠だ。自分はまだ半生としか思っていないが、時間の経過に伴い懐かしいものがどんどん増えていく。

 記事作成:1月7日(土)~

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