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日記・コラム・つぶやき

2017年11月19日 (日)

お知らせ

 おことわり

 仕事の都合と体調不良により、しばらくの間、当ブログ記事の更新を停止させていただきます。(SUZU)

 なお、多くの方々にアクセスをいただいていることに、心から感謝申し上げますが、スパムやフィッシング詐欺防止のため、同一IPアドレスの方が短時間内に200記事以上のアクセスが集中しますと、自動的に「忍者バリア」が作動し、アクセスが出来なくなりますのでご注意願います。この安全措置は一週間ほどで自動解除となります。

 

2017年11月 6日 (月)

ただいま充電期間 Part2

  前回に続き、今週も休養期間のため、新たなブログ記事の更新(掲載)を休止させていただきます。
 10月14日(土)に自宅で頭頂部を強打する事故に見舞われ、それ以降、頸椎にも激痛が走り、片頭痛や肩こりに苛まれ、執筆が難しくなったためです。
 
 更新を楽しみにされている方には申し訳ありませんが、ご了承ください。
 
 なお、再開は早くても11月13日(月)以降とさせて頂きます。

  また、再開後も毎日更新はできませんので、ご了承ください。

2017年10月30日 (月)

最近見かけないモノ

 過去、当ブログでは30年以上前の昔によく目にしたり、使われていたものの記事を書いた。当ブログの基本コンセプトは「時を遊ぶ」にある。時代を遡り、昔なつかしいモノや流行などを振り返り、青春時代を回顧することが目的なのだ。
 では今回もその初心を忘れずに「最近見かけなくなったモノ」について10個取り上げたい。年齢を重ね、子どもではなくなったから、おもちゃのような類で、もう世代的に使わなくなり、見かけなくなったものも含まれている。

 シャーベット

 降雪地帯では、雪が解けてシャーベット状になるとか、よく耳にする言葉だが、私が幼少の頃、夏場のおやつとしてよく食べたのがこのシャーベット。氷を入れる容器に水で溶いた粉末状の「ハウス」のシャーベットを入れて、冷凍庫で凍らせれば、3時間ほどで完成する。まぁ、サイコロ型のアイスという感じだが、しゃきしゃきで歯ごたえや舌触りが良い、子供には絶品の氷菓子だ。

  アドバルーン

 昭和の時代に、よくデパートの屋上などから上空に向かって伸びた宣伝広告でアドバルーンがあった。それが高層ビルの建設ラッシュにより、空が狭くなるにつれて需要が減ったという。同じように、宣伝の媒体として、セスナ機が上空を飛びまわって、地上に向けて巨大スピーカーから大音量で店の宣伝を行う光景も見られなくなった。
 ここ郡山では、昭和の時代に、二本松にある「北風木工所」のチャーター機が上空を旋回し、広告メッセージを流したものだ。
 もっと見なくなった宣伝媒体は、チンドン屋だ。私が幼少期には、よく駅前アーケードなどで、派手な身なりで列を作ったチンドン屋が練り歩いていた。

 紙芝居屋

 こちらも小学生時分には、近所の公園でよく目にした。自転車に機材を積んだ紙芝居屋のおっちゃんがどこからともなく現れて、多くの小学生を集めて紙芝居を披露する。その後、水飴やニッキを薄焼き煎餅に挟んだお菓子を売りさばいていた。
 かつて虎丸町のさくら通りに「ベニマル」があった。東邦銀行郡山支店の隣りの、今は芳山公園になっている場所だが、その北側に、今も鐘堂公園がある。そこでよく紙芝居が上演されたものだ。

 行商

 小学生時分、放課後に家に帰ろうと昇降口を出ると、なぜかいろいろな行商が店を開いていた。売り物は様々で、針金細工のゴム鉄砲から、カブトムシ、クワガタ、ヒョコなどの生き物まで小学生を相手に行商を行っていた。おそらく、市内各地の小学校を転々として商売をしていたようで、我が芳山小学校前では、3ヶ月に一回のローテーションで商売人が現れたものだ。

 正月の遊び

 凧揚げ、独楽まわし、羽子板、すごろく、福笑い、かるたとりなど、昔の子供たちが遊んだであろう日本古来の正月の遊びが斜陽となってしまった。今はお年玉で買ってもらったゲーム機が主流で、外で遊ばなくなった。残念だ。
 正月に限らず、現代っ子は「だるまさんがころんだ」や「おしくらまんじゅう」「花いちもんめ」「ケンケンパ」「グリコ・パイナップル・チョコレートじゃんけん」「缶蹴り」などもやらないだろう。
 また昔なら当たり前だったお正月の慣習もなくなった。祝日にどの家庭の玄関に飾ってあった「日の丸」の旗も掲揚していないし、門松や注連縄も少なくなった。縁起物のだるまや鏡餅は果たして何パーセント飾っているだろう。

 ツムラバスクリン

 昔、一世を風靡した入浴剤。血行促進で体を温める効果があり、1970年代頃から宣伝を大々的に行い、売れに売れた。最近は「花王のバブ」やアース製薬の「バスロマン」に押されているが、我々の世代は「バスクリン」のイメージしかない。

 記事作成:8月20日(日)~

2017年10月15日 (日)

浜田省吾に心酔した学生時代

 一週間の充電期間の中で、自分がこのブログを通して何を伝えたいのか考えたときに、まず自分自身の足元を見つめ直したいと考え、原点回帰してみた。すると、私の人生の応援歌であり、大きな影響を与えてくれた人物のことを書こうという考えに至った。
 この9年間、拙い記事の連続で、恥ずかしい思いを自分自身で感じながら書き続けてきましたが、下手くそでも続けることで何かを感じとってもらえればそれでいいという結論に達し、ブログを再開することにしました。もうしばらくお付き合いいただければ有難いです。

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 学生時代の私は北海道で過ごした。今思えば34年も前の出来事で、懐かしい青春時代の想い出だが、当時は初めての親元を離れての生活のためか、自炊すらしたことがなく、すぐにホームシックになった。それでも同じアパートの隣室が同郷の友人で、浜田省吾を聴き、流行のスタジャンを格好良く着こなすオシャレなナイスガイで、私も彼の影響を受け、「sand castke」というLPレコードを聴いて、徐々に浜田省吾ワールドに引きずり込まれていった。毎日のようにラジカセで聴いて、彼の詩の美しさと楽曲に心酔していったのだった。
 以来、彼のアルバムはすべてレコード(当時はまだCDが無かった)からカセットテープに録音したものだった。貧乏学生だった私はすべてのLPレコードを購入できる訳も無く、専らレンタルレコードで我慢していた。
 たぶんここまで読んだだけでも、私の「浜田省吾愛」は感じ取っていただけたと思いますが、ではここで個人的趣向になって申し訳ないが、私が好きだった楽曲を挙げると以下の通りになる。

 1位 19のままさ             11位 陽のあたる場所      
 2位 家路                 12位 風を感じて
 3位 愛という名のもとに        13位 路地裏の少年
 4位 America                   14位 ラストショー
 5位 Midnight Flight                15位 遠くへ
 6位 もうひつとの土曜日              16位  散歩道
 7位 J boy                   17位 終わりなき疾走
 8位 丘の上の愛              18位 傷心
 9位 片想い                     19位 いつかもうすぐ
10位 君に会うまでは           20位 愛の世代の前に

 <この曲に寄せられたコメント>

 どんなに遠くても、孤独でも『この道(現在)』が『空(理想)』に出会える場所を目指し、懸命に生きるしかないんだと。深いね...。人生の応援歌です

 昔、別れた妻を思い出しました。辛い時、この曲を聞いています。毎日を一生懸命生きています。与えられた命、頑張って生きて行きます

 この歌で自殺するの止めました

 トラックに乗って30年目の秋に慢性腎不全になり緊急入院し透析が必要な体に。仕事を失い夢も希望もなくしてた時、この曲を聞いたらこみあげてくるものがあり涙が....思い切り泣いた。そして勇気をもらい前向きになれて社会復帰して10年。負けそうな時もあるけどこの曲を聞いて頑張れます。

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 こういうコメントを読むと彼の楽曲はメッセージソングそのものだし、人生の代弁者のような気がする。偽りのない感情で率直に表現する彼の作風は、ぐんぐん魂に響き渡る。人生の応援歌として聴いている人も大勢いることがわかる。

 ところで、こうしてランキング表示してしまうとよくわかるが、何か30年以上前の古い楽曲ばかりだ。当時、それくらい彼の曲との出会いは衝撃的で、本気で聴いていたことが窺い知れる。長髪にサングラス、ジーンズというお決まりのスタイルに、ストラップで肩からぶら下げたギター。私が学生時分に傾倒した彼も、今年12月で65歳を迎える。彼の演奏スタイルや作風はあまり変わらない。彼の奏でる名曲は私の人生そのものである。未だに恋愛模様を創作できる才能は敬服に値する。

 彼のナンバーに耳を傾けると、その詩の情景が浮かんでくるから不思議だ。たとえば私が1位に挙げた「19のままさ」は、一年間予備校通いをして浪人生活をしていた自分の境遇とドンピシャで当てはまり、共感できるし、「America」では、アメリカンドリームを夢見ていた若き日の自分と重なる。その歌詞は当時、英語をマスターしたくて必死でもがいていた日々と相通じる。
 20代の頃になって一人前に彼女が出来た私は、浜田省吾の歌詞に出てくるような恋愛を手本に、そうした雰囲気を演出した。「もうひとつの土曜日」の世界観や「愛という名のもとに」のような別れのシーンも経験し、まるでそれらは若き日の恋愛ストーリーそのものだった。「家路」は辛いときに人生の応援歌になった。このように、自分の人生を写した鑑であるかのように、彼の独特な世界をオーバーラップして、追従していたような気がする。そして「真実の愛」を探し求めていた気がする。
 今、この歳になってさすがに恋愛ソングはギャップがあって厳しいものがあるが、若き日の佳き想い出として脳裏に深く刻まれている。私にとっては終生、人生の手本であり、宝物であると思う。

 最後に、私のHP「趣味-ING」内の「風越波海(SUZUの詩のペンネーム)の世界」に掲載した詩をここでお送りし、結びとします。今回もお読みいただきありがとうございました。

 「海とバイク、そしてSYOGOと歩いた青春」

 学生時代の僕は バイクを愛し ひたすら海を目指していた
広い大空と大地に憧れて やってきた北海道の片隅で
僕は自分自身と向き合い 本当の自分を探すことができた
今思い返せば 夢のような日々を送った


あの頃の僕は夢も希望もなく 魂を隠して 
ただ毎日を平凡に過ごしてきただけの ただの道化師
北海道に来て僕は生まれ変わった 生きていることに疲れた時
人生につまずいた時 僕は決まってバイクを駆り より遠くを目指した

心を癒す潮騒のメロディー オホーツクの調べへのいざない
あの日見た朝焼けと心地よい潮風 海を渡るさざ波との競走
蜃気楼の彼方に続く一本道 焼け焦げたオイルの匂い
道すがら 幾多の場面が一服の清涼剤だった

ひたすらスロットルを握り、コーナーと一体になり
まるで自分の居場所を探し求めているかのように
必死にブラインドの先にある何かを追いかけていた
とりとめのない詩を心に綴り 生きた証をどこかに残したかった

北の大地で僕を慰めた心の風景 それは神無月の竜宮
夕日を背負い サロマとオホーツクの隙間をバイクで駆けた
瞳の奥に刻み込んだあの日の記憶
徒然なる旅先で心を洗い 生きる勇気を取り戻した愛しき日々


もうひとつ僕の心の支えだったもの それは一人身の孤独に耐え 
その傍らでいつも聞いていたSYOGOのラブソング
人生の応援ソングは いつも決まって SAND CASTLE
それを心の拠りどころにして 命の炎を燃やし続けた

SYOGOの歌詞に励まされ SYOGOの旋律に魂を揺さぶられ
SYOGOの歌声に 自分自身と向き合う勇気をもらった
いつしか彼の歌を口ずさんでいる自分がそこにいた

自分の存在意義を確めて 耐え切れず涙した夜もあった
時の移ろいに ただ虚しくて 人を妬みやるせない夜もあった
自らの過ちを認めたくなくて 葛藤した懺悔の日々
SYOGOと出会い 僕はこれまでの生き方を悔い改めた

ワインディングロードは人生そのもの 容赦なく迫り来る
コーナーを登るにつれ やがて拓ける視界 太陽は近づき 
今にも手が届きそうな雲のかけら 時の礫と必死に闘いながら
霧に行く手を阻まれた時も 嵐の夜も ひたすら駆け抜けた

それでも諦めず根を上げず 自分を信じた末に待っていたのは七色の虹
何も飾らず 奢り高ぶらず ありのままの自分をぶつけて歩いて行こう
格好じゃなく 見せ掛けでなく うわべだけの人生に終止符を打って
タフな奴には女神微笑む それを合言葉に僕は 北の大地を後にした


かつて北の大地の片隅で孤独と闘い 自分探しをしていた奴がいた
やがてそいつは大人になって夢を追いかけることの大切さを学んだ
北の大地で手に入れたもの それは夢を紡ぎ生きることへの道しるべ
北の大地で過ごした2年の歳月は 本当の自分を見出すための日々

やがて訪れる筈の憧れ地 東京は 北の大地の前で霞んで見えた
今 静かに瞳を閉じれば 瞼の裏に焼きついた風景画の数々
夕焼けに染まるオホーツクの砂浜 確かな足跡をそこに刻み込んだ
あの日の情景を 僕は胸にしまい込み 証に変えて今日も生きている

 「風越波海の世界」はコチラ http://tsuriten.la.coocan.jp/kazakosi.htm

 記事作成:10月11日(水)

 

 

2017年10月 8日 (日)

ただいま充電期間

 今日から一週間程度、新しい記事の更新を中断させていただきたいと思います。

 2009年4月に当ブログを開設して9年目、震災の5日間を除き、ほぼ毎日のように更新を続けて参りましたが、今年から部長職となり、過労死?になりそうなほど多忙な日々に加え、土・日も休暇がない状況が続き、ブログ記事を書く時間がとれないためです。

 また、ここ一ヶ月、一日の閲覧数が2,500件以下に減り、私自身が毎日更新する必要性を感じなくなったことも理由のひとつです。現在も、更新可能な記事は10以上ストックがあることはありますが、あまり急を要しないため今回の決断に至りました。

 なお、誠に勝手ながら、一日のアクセス数が2,000件を下回った際には、当ブログを閉鎖しようと心に決めて、毎日更新を続けて来た経緯もあるため、場合によっては突然の閉鎖宣言もありますので、予めご容赦ください。

 毎回、更新を楽しみにしてくださる読者の方には申し訳ありませんが、諸般の事情をお汲み取り頂き、ご了承願います。

 今のところ、再開は10月15日(日)の予定ですが、事情によっては延びる可能性もあります。(SUZU)

2017年10月 6日 (金)

未完成記事一挙蔵出し!第七弾

 一度は執筆を始めながら、時期を逸し、旬でなくなったために掲載できなかった記事や途中で断念した記事がわんさかある。
 今回も未完成だが、途中まで書きかけで、ほったらかしにしたボツ記事を一挙公開したい。

 1 気づけば年下になった故人

 私が幼少から青年期に見ていたテレビなどで活躍されていた芸能人やスポーツ選手。早くして亡くなった方も多いが、気づけば、私より年上だった方々よりも自分の年齢が上回ってしまった。つまり私のほうが長生きしているというか、いつの間にか年上になってしまった。今日はそうした方々を取り上げたい。(なお、年齢は2017年8月現在で計算)

逸見政孝 48歳 ご存命なら72歳
松田優作 40歳 ご存命なら67歳
村下孝蔵 46歳 ご存命なら64歳

河島英五 48歳 ご存命なら65歳
古尾谷雅人 45歳 ご存命なら60歳
沖 雅也 31歳 ご存命なら65歳

石原裕次郎 52歳 ご存命なら82歳
美空ひばり 52歳 ご存命なら80歳
江利 チエミ 45歳 ご存命なら80歳

田宮二郎 43歳  ご存命なら81歳
川口 浩 51歳 ご存命なら80歳
三浦洋一 46歳 ご存命なら63歳
三波伸介 52歳 ご存命なら87歳
三島由紀夫 45歳 ご存命なら92歳

 私が好きだった天知茂さんは54歳で亡くなった。そう考えると働き盛りの時に亡くなったのだ。 女性は美人薄命なる言葉があるが、こういう方々を見ていると、人生は太く短く生きるか、細く長く生きるかのどちらかだと思う。その密度は同じで、本日のテーマは前者に当たる。
 そして昔の人は、随分大人だったと思う。彼らの年齢を自分が越えてみてつくづくそう思う。

 2 歴代夏季オリンピックの注目選手たち

 1964年 東京

 アベベ(エチオピア)・円谷幸吉(男子マラソン)
 東洋の魔女(女子バレーボール)
 ボブ・ヘイズ(男子100m走)
 ドン・ジョランダー(水泳)
 猪熊功・アントン・ヘーシンク(柔道)
 遠藤幸雄(体操)

 1968年  メキシコ

 親友のために走った君原健二(男子マラソン)

 1972年 ミュンヘン

 1976年 モントリオール

 白い妖精コマネチ

 1980年 モスクワ

 1984年 ロサンゼルス

 カールルイス、山下泰裕

 1988年 ソウル

 ベンジョンソン、池谷西川コンビ

 1992年 バルセロナ

 古賀稔彦

 1996年 アトランタ

 ジョイナー

 2000年 シドニー

 イワンソープ

 2004年 アテネ

 2008年 北京

 北島康介

 2012年 ロンドン

 2016年 リオデジャネイロ

 記事作成:1月31日(火)~

 3 イメージがダブるプロ野球選手

 打者

 清水隆行(巨人)と亀井善行(巨人)

 どちらも共通しているのは左打者のダウンスイングが売りで、ライナー性の打球を外野席に運ぶ。ここぞと言うときにホームランを放ち、危機を救う。足も速く、一番打者として最適だったが、なぜか両者共に固定されなかった。

 金本知憲(阪神)と片岡篤史(日本ハム)

 パワーがあって、全力で強振するバッティングフォーム。力で外野まで打球を運ぶ印象が強い。

 中村紀洋(近鉄)と平田良介(中日)

 豪快なバッティングフォームは瓜二つ。やや太めの体型も似ている。

 清原和博(西武)と中田翔(日本ハム)

 体型や顔つき、打撃フォームまでそっくりだ。PL学園と大阪桐蔭と大阪にゆかりのふたり、坊主頭まで同じ。

 松井秀喜と筒香嘉智

 どちらも日本を代表するような長距離スラッガー。意外なのはWBCでも4番を張った強打者の筒香だが、昔スイッチヒッターだったと聞いてびっくり。スイッチは俊足巧打の一番打者に多いのだが、あのパワーヒッターで右も打てたら、どうなってしまうのか・・・。両者ともに高卒でプロ入りしながら即戦力のホームラン打者だった。入団当初は細身だったが、みるみる体が大きくなった。

 ほかにも福本豊と島田誠、柏原純一と落合博満、高木守道と仁志敏久はダブってしまう。

2017年9月25日 (月)

未完成記事一挙蔵出し!第六弾

 一度は執筆を始めながら、時期を逸し、旬でなくなったために掲載できなかった記事や途中で断念した記事がわんさかある。
 今回も未完成だが、途中まで書きかけで、ほったらかしにしたボツ記事を一挙公開したい。

 1 世界に誇れる日本のお宝番付

「よくぞ日本人に生まれけり」ということを海外旅行に行く度に実感する。日本人の礼儀正しさ、日本の技術力、そして治安の良さや四季などの気候風土も素晴らしい。これらは自画自賛ではなく、外国人も日本人の凄さに舌を巻き、畏敬の念すら抱いている。
 そこで、私は今回、世界に誇れる日本の製品や人物、自然などをなんでも番付にしてみた。

      東                                      西

 アニメ               横綱     漫画(Naruto・ポケモン・ドラえもん・サザエさん)
 富士山            大関      ビデオゲーム(ファミコン・DS・プレステ・携帯ゲーム等) 
 イチロー             関脇        大谷翔平
 紅葉                 小結      王貞治
 ウォシュレット        前頭1      TOYOTA
 家電製品           前頭2     スーパーカブ
 リニアモーターカー 前頭3      アシスト自転車
 桜                   前頭4      姫路城  
 伊調馨             前頭5       歌(民謡・演歌)
 治安                    前頭6     吉田沙保里
 AV                     前頭7     新幹線
                        前頭8 
                        前頭9      美空ひばり
              前頭10 
                        前頭11 芸人(コント・漫才・落語・ものまね)
 安倍晋三        前頭12
              
 記事作成:平成28年11月13日(日)

 2 驚愕のストリートパフォーマー

 街角で大道芸や芸術性の高いパフォーマンスを披露する人たちがいる。時に類稀な、かつ超人的な天賦の才能を発揮し、周囲を驚かせる。今日は国内外を問わず、驚愕のパフォーマたちを取り上げたい。

 ① 瞬時に宇宙を描く - 海外の路上スプレーアート

https://www.youtube.com/watch?v=36lZPqL8y3Q

https://www.youtube.com/watch?v=mUFvObj7pMs

https://www.youtube.com/watch?v=VmLkxAoAnT8

 まさか天才と呼ばれし芸術家の生まれ変わりではないとは思うが、こうした美的センスは遺伝ではないかと思う。これは先天的に備わっている天賦の才能ではないのか?いくら努力しても感性はそんなに研ぎ澄まされるものではない。

 ② コストコで発見された天才ピアノ少年

 

 天才とは年齢に関係なく、幼少であってもその才能を発揮する。まるで誰かの生まれ変わりではないかと予想させる。

 芸は身を助くというが、何か一芸秀でた物があれば、それで生活は成り立つことを証明してくれる動画だったと思う。

 記事作成:平成28年5月7日(土)

 3 長く現役を貫いたアスリート

 かつてプロのアスリートは或る年齢に達すると引退を考えたものだ。例えばプロ野球は、40歳がその判断の目安となったし、サッカーは35歳前後がピークだった。ところが、近年は衰え知らずの体力のある選手が数多く出るようになった。選手寿命が延びるのはもちろん、引退を考え始めた選手の励みになったり、カリスマや手本として崇め、勇気付けられる人がどんなに多いことか。今回は長く現役を貫いたトップアスリート達を紹介したい。

<プロ野球>

野村克也
山本昌
イチロー
工藤公康

 ちなみに長嶋は39歳(現役17年)、王は40歳(現役22年)で引退した。

<スキージャンプ>

葛西紀明
船木和喜

<サッカー>

三浦知良(カズ)
中山雅史

<大相撲>

魁皇

<テニス>

クルム伊達公子

 彼女は今も現役だから凄い!先ごろ復帰したが、彼女には限界という二文字は無い。

 記事作成:5月頃

 4 カッコ良すぎるPV&映像集

この手の話題は、過去何度も当ブログでお伝えしてきたので、少し心苦しい。動画サイトにアップされてある映像で、私がチョーカッコいいと思ったものをセレクトして紹介したい。

 1.Boeing 747-400 All Nippon Airlines and Cathay Pacific   

 ANAのテーマソングになったテレビドラマ「GOOD LUCK !」のDeparture 。旅客機が発着するシーンや空の上を飛行する場面を散りばめた天上の世界観を描いたPV

 穂高岳山荘に救助ヘリ着陸

2010年7月31日、午後2時。登山者がヘリを要請。腰を打ち下山不可能と判断した。要救援者を助けるため、濃霧の中から突如、救助ヘリが現れた。その様はまさに救世主のよう。

 平成26年12月~

 「タイトルと書き下し文で終わった記事」

 5 プロ野球の名選手が多い都道府県と出身高校
                                                      
 日本のプロ野球(NPB)には名選手たちの功績を讃える「名球会」というのがある。打者なら2,000本安打、投手なら200勝というのが、その入会の条件で、一流選手の証としてプロ野球史にその名を刻むこととなる。1980年代以降、先発完投型の投手が減り、完全分業制となってからは、250セーブというのも加わった。いずれにしてもレベルの高い日本のプロ野球会において、長らく活躍し、人気も兼ね備えたトップ選手ということができる。
 そこで疑問に思ったのが、名球会に入っている名選手の出身地はどこが多く、そして出身高校はどこが多いのか気になり、調べてみた。一体、名選手を輩出する率が高いのはどんな所なのか検証したい。

 6 相撲の四股名の旧名

 まるで「出世魚」のように名前が変わる事象に相撲の「四股名」がある。有名どころでは、横綱「日馬富士」(旧名・安馬)がいるが、我が福島県出身の郷土力士にも「斉須」(→寶國)や「玉ノ洋」(→玉乃島)らがいる。これは入幕から四股名でデビューする力士もいれば、本名のまま初土俵を踏み、番付が上がり、十両や幕内、あるいは三役に昇進した際に、いかにも力士らしい名前を、部屋の親方につけて貰う場合があるし、さらに出世が見込まれる有望株には、その部屋ゆかりの名や親方の一字を頂くケースもある。「○○富士」とか「○○島」、「○○海」、「北の○」、「出羽の○」、「千代の○」などだ。さらに郷土にちなんだネーミングになる場合もある。前述した福島県出身の「寶国」は、「宝の山・磐梯山」から捕ったと容易に想像できる。また、先代が横綱だったりすると、後世にその名を残すために、何代にも渡って同じ四股名を使用することもある。「朝潮」や「若乃花」、「貴乃花」がそうだった。このように、四股名はその謂れや出発点を探れば面白い発見があると思うが、今回は、今の四股名になる前、あるいは引退した力士がかつて付けていた名前について紹介したい。

 以上、書きかえのままストップしてしまっていた記事を一挙掲載した。蔵出しとは呼べないような稚拙な記事ばかりだが、溜まっていたものを吐き出すかのように、今回はスペースを割いた次第だ。どうか諸般の事情をご理解いただき、ご容赦願いたいと思います。

2017年9月20日 (水)

奇想天外な発想

 過去、人類は一見バカバカしく見えたり、実現不可能な発想で、周囲から異端児と思われるような人物が多くの発明を生んできた。エジソンやベル、ワット、ガリレオなども周囲から相手にもされず、評価もされなかった面々だ。しかし、人並みはずれた発想力と想像力、そして実行力があって、他に類のない新しい発明を生み出してきた。逆から言えば、人と同じことをしていては創造力は磨かれないし、何も新しいものは生み出せないといえるだろう。
 そこで私もいろいろと人が考えないようなアイディアを考えてみた。私の頭では到底実現は不可能だが、夢見ることは出来る。

 1 迫り来る台風を弱風化できないか

 台風は、フィリピンやインドネシアの沖合いで発生することが多かった。それが近年、地球温暖化に伴う海水温の上昇で、日本の東側の海上で発生し、迷走を重ね、発達した状態で日本を縦断したり、関東や東北地方から上陸することも起きるようになった。
 ひとたび台風が上陸すると、大雨や突風などで各地に甚大な被害を及ぼし、家屋だけでなく人命を奪う多大な損害を与える。
 そこで私は意図的に台風の進路を変えたり、それを人工的に弱風化できないか考えてみた。
 台風の発生メカニズムを考えれば、可能ではないのか?台風は海水温が高いところで、水蒸気が上昇気流を発生させ、それが幾重にも発達して台風化する。これを日本直撃、あるいは日本から遠距離にある段階で弱体化できないかと。
 例えば、弾頭部に高度1万メートルクラスの「瞬間冷却剤」を格納したミサイルを射ち込み、上空1万mで台風の目の真上で爆発させて冷却剤を拡散させれば、上空の大気が冷やされ、小型化されるのではないだろうか?

 1980年代の日本で、日照り続きの天候が長らく続き、雨が降らず、水不足が深刻化した年に、「人工降雨実験」というのを敢行したことがあった。実際は、この実験を行う寸前に雨が降って、実験そのものが中止になったそうだが。その試みとは逆転の発想だ。
 もし地上から台風の目めがけてミサイルを撃ち込むことが不可能なら、宇宙ステーションに同じ性能のロケットを打ち上げ、ISSを基点として、そこから台風の目めがけて、弾頭を搭載した指令船のようなロケットを落下させて、大気圏突入後に爆発させて、冷却材を大量に散布する方法はできないか。冷却材も大気圏突入の際に燃え尽きてしまうかもしれないので、新開発の特殊な薬剤を使用する。

 とにかく現代は、地球温暖化の影響で、思いも寄らぬ気象事変が起きている。台風は9月が相場だったのが、6月~8月と時期が早まった。長時間豪雨が続き、洪水だけでなく落雷の危険も高まっている。また、スーパーセルという巨大積乱雲の渦が発生したり、自然災害が西日本を中心に相次いで起きた。毎年、これで多くの方の命が失われている事実を認識し、国はその対策に積極的に乗り出さなければならない。

 2 非常事態にキャビンを切り離し、パラシュートで地上に帰還するシステム

 飛行機は墜落したら、まず助からないと見たほうがいい。毎年8月もお盆近くなると、1985年に起きたあの日航機墜落事故のニュースと映像が流され、事故の恐怖にさらされるが、航空機の安全対策についてはあまり触れられないでなおざりにされて来た。乗員乗客の人命を第一に考えれば、事故が起きれば一環の終わりではなく、人命を救うための知恵をしぼり、対策を最優先すべきだ。このたび、誰も考えなかった手法で、これは実用化すべく、発案された。それが以下の通り。

 事故が起き、コントロール不能に陥った機体を、キャビンだけを切り離し、複数のパラシュートで機体の水平を保ち、地上に降ろすという斬新で究極のアイディア。落下寸前にエアバッグを膨らませ、ショックを和らげる緩衝装置付き。そして、海上に落下した場合でも、機体が沈まないように工夫が施されている。事故機にたまたま乗り合わせた場合、「運が悪かった」ではひとたまりもない。一便につき300人ほどからいる乗客の生命を第一に考えてこのような安全対策が実現されるのであれば、いくら大金を注いでも惜しくはないだろう。そうなれば飛行機は世界一安心安全な乗り物となるであろう。
 

 3 周囲にあわせて速度を全自動でコントロールし、渋滞が起きない新交通システム

 AI技術を駆使し、運転をコンピューターで完全自動化できる新交通システムの開発。絶対に事故らないように、各信号や電柱に設置した装置から電波を発信して各車の速度を制御し、最短時間で目的地まで到着できるように、すべての車を完全コントロールする新交通システム。渋滞が起きないように信号や車の流れを制御でき、歩行者の安全も保障される。アクセルやブレーキを踏む必要が無い完全オートドライブなので、お年寄りの踏み間違いやスピードオーバーで暴走する車など起こりえない。
 日本の技術力をもってすれば、あと20年後には間違いなく実用化されていることだろう。

 4 痩せる薬

 女性の美容への飽くなき追求は凄まじい。これまでダイエットとかシェイプアップとか、何度もチャレンジした女性は多いことだろう。痩せたいあまり、拒食症に陥る人までいるほどだ。そうしたニーズに応えて、これまで様々な商品が市場に出た。サプリや中国産の痩せる石鹸などがそうだ。
 私は食生活こそが人の体を作るという観点から、食べて太るのであれば、飲めば痩せる薬があってもいいと思う。おそらく、一粒飲むだけで満腹感が得られ、一日のカロリー摂取を大幅に削減できる薬効がある薬の開発だ。もしかするとすでに処方されているかもしれないが、それが市販薬としてドラッグストアで気軽に買えるようにすれば、わざわざ苦労しなくてもスリムな体型を手に入れられる。
 しかも私が考えるのは、単に満腹感を味わえるだけでなく、その一錠に、必要なビタミンやミネラル、食物繊維などが含有されているという魔法の薬だ。
 もしこれが実用化されれば、世の女性はこぞってこの薬を買い求めるだろうし、採算を取れるどころか、大儲けできるだろう。もしかすると、ノーベル賞も夢ではないかも・・・。

  5 北朝鮮のミサイルを迎撃する新システム

 8月29日(火)の早朝、いきなりJ-アラートが鳴り響いた。北朝鮮が日本に向けたミサイルを発射した。ロフテッド発射で、大気圏もしくわ成層圏というかなり高い高度を飛行し、落下時はマッハ20もの加速度で海上に向かったため、迎撃は難しいとの専らの見解だ。
 誤差が数キロという中で、万が一核弾頭を搭載されら、日本などひとたまりもない。しかも現在停止中の原発をピンポイントで同時攻撃されたら、イージス艦のシステムでは防ぎきれない。北朝鮮は常識が通じない亡国。よって何でも仕掛けてくる脅威は否めない。
 そこで私は新迎撃システムを考えた、高出力レーザーシステム搭載の日本独自の人工衛星を日本海上に打ち上げ、そこから宇宙に向かって打ち上げられた北朝鮮のミサイルを、速度が落ちる最高到達地点でビームで破壊する。そうすれば、散り散りになった部品が大気圏再突入する際に、燃え尽き無害化できる。
 実現はそんなに簡単ではないが、日本の技術力をもってすれば可能ではないか。

6 家庭用全自動散髪機

 今やAIなども含めコンピューター社会。車だって自動ブレーキシステムが標準装備されるようになった。家庭生活の中で、コンピューター制御の機器の導入でますます便利な生活が送れるようになった。しかし、未だに実現されないのが、散髪方法で、理髪店に行って1時間は鏡に向かい、床屋さんの手で駆られる。しかし、自宅に散髪マシンがあれば、わざわざ床屋に行く手間や時間、費用が節約できるのではないか?コンピューターに予め頭部の形や輪郭、髪質などのデータを入力し、コンピューターが予め、その人に最適な髪型を割り出し、その通りにカッティングし、さらには洗髪、そしてマッサージ、乾燥まで自動でやってくれる装置。また、雑誌のなりたい髪型をスキャナで読み込めば、その通りに刈り込んでくれる。散髪代が浮き、時間も節約できて助かると思う。

 記事作成:8月16日(水)~

2017年9月10日 (日)

あれから何年?(2017年版)

 「光陰矢のごとし」という言葉は、歳をとるほど身近に感じる。昔のことはよく覚えているのに、最近のことは覚えられない。口に出るのは30年も前に聴いていた懐メロばかりだ。時間というのは「来し方行く末」、誰にも等しく与えられているのに、俗世間ではあっという間だったり、やたら長く感じることが多々ある。昔、体験した出来事が記憶として蘇ればよいのだが、8割方は忘れてしまっているものが多い。人間の記憶は曖昧なもので、次々と飛び込んでくる新しい情報に翻弄されて、「あの出来事っていつだったっけ?」とか「それってそんなに前だっけ?」ということが付き物だ。
 そこで今回は、以前も同様の記事を書いたと思うが、アットランダムに時代を代表する事件や出来事を取り上げ、あれから何年経過しているのかを検証したい。

 <私が思う100大できごと>

 1 あさま山荘事件 1972年(あれから45年経過) 
 2 ロッキード事件(田中元首相逮捕)1976年(あれから41年経過) 
 3 石原裕次郎死去1987年(あれから30年経過) 
 4 福知山線脱線転覆事故 2005年(あれから12年経過) 
 5 関東大震災1923年(あれから94年経過) 
 6 三島由紀夫自決事件1970年(あれから47年経過) 
 7 秋葉原通り魔事件2008年(あれから9年経過) 
 8 深川通り魔事件(川俣軍司)1981年(あれから36年経過) 
 9 ロス疑惑(三浦事件) 1984年(あれから33年経過) 
10 吉展ちゃん誘拐殺人事件 1963年(あれから54年経過) 

11 オウム真理教地下鉄サリン事件 1995年(あれから22年経過) 
12 竹の子族ブーム1980年(あれから37年経過) 
13 世田谷一家殺害事件 2000年(あれから17年経過) 
14 よど号ハイジャック事件 1970年(あれから47年経過) 
15 雲仙普賢岳噴火で火砕流 1991年(あれから26年経過) 
16 女祈祷師殴打殺人事件1995年(あれから22年経過) 
17 べレンコ中尉亡命事件(函館空港にミグが緊急着陸)1976年(あれから41年経過) 
18 附属池田小事件2001年(あれから16年経過) 
19 東日本大震災2011年(あれから6年経過) 
20 阪神タイガース優勝(バース・掛布・岡田3連発)1985年(あれから32年経過) 

21 野茂英雄がドジヤース入団 1995年(あれから22年経過) 
22 チャールズ皇太子・ダイアナ妃成婚1981年(あれから36年経過) 
23 たまごっち大ヒット1996年~1998年(あれから21年経過) 
24 日本航空123便墜落事故1985年(あれから32年経過) 
25 松坂大輔が決勝でノーヒットノーラン1998年(あれから19年経過) 
26 阪神淡路大震災1995年(あれから22年経過) 
27 マイケルジャクソン死去 2009年(あれから8年経過) 
28 東京ドーム開業 1988年(あれから29年経過) 
29 ルーズソックス全盛1993年~1998年(あれから24年経過) 
30 ピンクレディーがUFOでレコード大賞1978年(あれから39年経過) 

31 御嶽山噴火 2014年(あれから3年経過) 
32 ジュリアナ東京全盛期1991年(あれから26年経過) 
33 札幌オリンピック、日の丸飛行隊が表彰台独占1972年(あれから45年経過) 
34 王貞治756号フィーバー 1977年(あれから40年経過) 
35 ミレニアム問題 1999年(あれから18年経過) 
36 斎藤祐樹、田中将大の投げ合いで決勝戦延長再試合2006年(あれから11年経過) 
37 ダイアナ妃、自動車事故で死去1997年(あれから20年経過) 
38 ハレー彗星接近 1986年(あれから31年経過) 
39 高知学芸高校上海で列車衝突事故1988年(あれから29年経過) 
40 24時間テレビ始まる 1978年(あれから39年経過) 

41 国鉄分割民営化(JRに)1987年(あれから30年経過) 
42 We Are the World 大ヒット 1985年(あれから32年経過) 
43 洞爺丸遭難事故  1954年(あれから62年経過) 
44 山一證券、経営破たん1997年(あれから20年経過) 
45 美空ひばり死去1989年(あれから28年経過) 
46 長嶋茂雄引退(セレモニー)1974年(あれから43年経過) 
47 ビートルズ初来日1966年(あれから51年経過) 
48 江夏の21球 1979年(あれから38年経過) 
49 ノストラダムス予言ブーム 1999年(あれから18年経過) 
50 東京スカイツリー竣工 2012年(あれから5年経過) 

51 三菱重工ビル爆破事件 1974年(あれから43年経過) 
52 フセイン大統領処刑 2006年(あれから11年経過) 
53 大韓航空機爆破事件1987年(あれから30年経過) 
54 9.11アメリカ同時多発テロ2001年(あれから16年経過) 
55 羽田沖旅客機逆噴射墜落事故 1982年(あれから35年経過) 
56 三毛別羆事件 1915年(あれから102年経過)  
57 山口百恵引退1980年(あれから37年経過) 
58 上野動物園パンダブーム(あれから年経過) 
59 新宿西口バス放火事件 1980年(あれから37年経過) 
60 東海道新幹線開業 1964年  (あれから53年経過) 

61 湾岸戦争開始1990年(あれから27年年経過) 
62 千葉県君津市神護寺トラ騒動 1979年(あれから年経過) 
63 ホテルニュージャパン火災 1982年(あれから35年経過) 
64 フィリピンアキノ大統領暗殺事件1983年(あれから34年経過) 
65 三菱銀行北畠支店猟銃立て籠もり(梅川)事件 1979年(あれから38年経過) 
66 イラク戦争開戦 2003年(あれから14年経過) 
67 タクシー運転手が1億円拾得1980年(あれから37年経過) 
68 松田聖子・神田正輝結婚 1985年(あれから32年経過) 
69 東京タワー竣工 1958年(あれから59年経過) 
70 長嶋茂雄、天覧試合でサヨナラホームラン1958年(あれから59年経過) 

71 大阪千日デパート火災 1972年(あれから45年経過) 
72 イチロー200本安打達成 1994年(あれから23年経過) 
73 豊浜トンネル岩盤崩落事故 1996年(あれから21年経過) 
74 東京五輪開催 1964年(あれから53年経過) 
75 なだしお衝突事故 1988年(あれから29年経過) 
76 中華航空140便墜落事故(名古屋)1994年(あれから23年経過) 
77 東京ディズニーランド開園 1983年(あれから34年経過) 
78 三和銀行オンライン詐欺事件(伊藤素子)1981年(あれから36年経過) 
79 大洋デパート火災 1973年(あれから44年経過) 
80 巨人V9達成 1973年(あれから44年経過) 

81 三河島事故 1962年(あれから55年経過) 
82 尾崎豊死去1992年(あれから25年経過) 
83 三億円事件 1968年(あれから49年経過) 
84 ビキニ環礁水爆実験 第五福竜丸被爆 1952年(あれから65年経過) 
85 笹子トンネル天井板落下事故 2012年(あれから5年経過) 
86 ナホトカ重油流出事故 1997年(あれから20年経過) 
87 富士見産婦人科事件 1980年(あれから年経過) 
88 全日空機雫石墜落事故 1971年(あれから年経過) 
89 歌舞伎町ナイタイビル火災 2001年(あれから16年経過)
                                                                                                                
90 USJ開園2001年(あれから16年経過) 
91 帝銀事件 1948年(あれから69年経過) 
92 日本坂トンネル火災事故 1979年(あれから38年経過) 
93 グリコ森永事件1984年(あれから33年経過) 
94 松川事件 1949年(あれから68年経過) 
95 軽井沢スキーバス転落事故 2016年(あれから1年経過) 
96 北炭夕張新炭鉱ガス突出事故 1981年(あれから36年経過) 
97 瀬戸内シージャック事件 1970年(あれから47年経過) 
98 豊田商事会長刺殺事件1985年(あれから32年経過) 
99 女子高生コンクリート詰め殺人事件1988~89年(あれから28年経過) 
100 連続幼女誘拐殺人事件(宮崎勤)1988年(あれから29年経過) 

 さて、前回も同じような結論だったと思いますが、いかに自分の記憶が曖昧で、時間の経過を感じる。こうした出来事を通じて時間の長さを実感できればいいと思う。知らないうちに時間が経ち、多くの事件や事件のせいで、感覚が麻痺し、いつしか忘れ去られてしまう。そこで命を落としたり、事件に巻き込まれて犠牲になった人間はゲームのようにオールクリアで甦ることはない。ただ単に運が悪かったでは片付けられない気がする。
 よって、多くの出来事が前の出来事を覆い隠してしまう前に、温故知新ではないが、時々過去の出来事をこうして振り返ることも、人生の中には必要な気がする。 

記事作成:8月31日(木)

2017年7月28日 (金)

つい口に出てしまうフレーズ

 今から30年以上前、糸井重里氏を筆頭に「キャッチコピー」など分野と職業が脚光を浴びたことがあった。CMなどで、覚え易いように節をつけたり、その言葉を聞くと、その商品をイメージするなどだ。それで、結構、商品名を覚えてもらったり、「○○と言えば」「これ」というように消費者の心を条件反射の如くキャッチできれば、もうコピーの価値が上がり、宣伝効果を高める目的が達成されたようなものだ。

 1. セブンイレブン

 「♪セブ~ンイレブ~ン」 →  「いい気分~♪」

https://www.youtube.com/watch?v=eCl-aDYlQ40

 2. アイフル

 「どうする~?」 →  「アイフル~♪」

 3. ハウス食品 

 「♪みんな満足~ハウスのグラタン」 →  「また作ってね~」

 4. ミスタードーナツ

 「♪ いいことあるぞ~」 → 「ミスタードーナッツ♪」

 5. タマホーム

 「♪ ハッピーライフ、ハッピーホーム」 → 「タマホ~ム~♪」

 6. ファミリーマート

 「♪あなたのコンビに」 → 「ファミリーマート♪」

 7. ヨドバシカメラ

  「♪ま~るい緑の」 → 「やまてせん~♪」
 「♪新宿西口駅の前~」 → 「カメラはヨドバシカメラ~♪」

https://www.youtube.com/watch?v=gbJ_zSWrmY8

 8. ローソン

 「♪開いてます~」 → 「あなたのロ~ソン♪」

https://www.youtube.com/watch?v=SREtDbwzmEk

 9. 浅田飴

 「咳声のどに」 → 「浅田飴」

https://www.youtube.com/watch?v=0EAniPUpTU0

10. 太田胃酸 

 「ありがとう太田胃酸」 → 「いい薬です」

https://www.youtube.com/watch?v=n0K7RGxnMbQ

11. 明治製菓

 「♪チョッコレ~ト、チョッコレ~ト」 → 「チョコレ~ト~は明治~♪」 

https://www.youtube.com/watch?v=DdOrWnz_QkI

12. カール 

 「♪それにつけても」 → 「おやつはカ~ル♪」

https://www.youtube.com/watch?v=bkQd1Q6x4xc

13.アコム

 「♪はじめての~」 → 「アコム~」

https://www.youtube.com/watch?v=viL0gMs_99I

14.ニベア

 「♪ニベアクリ~ム」→ 「ニ・ベ・ア」

15.かっぱえびせん

 「やめられない止まらない」 → 「かっぱえびせん」

https://www.youtube.com/watch?v=HDsoVqGm69o

16. 「明治ブルガリア~」 → 「ヨ~グルト」 

 このようなメロディーに乗せて企業名や商品名がすっと口から出て来るようになれば、CM製作の意図は成功だ。それがその商品なり製品の代表格になるからだ。CMであの俳優がPRしているから、きっと良いものなんだろうと、消費者あるいは視聴者にはイメージが植え付けられる。そういう意味でも、節にあわせて、商品名を覚えこませるのは効果的で、企業戦略としては最高の媒体利用と言える。

 記事作成:1月25日(水)~

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