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趣味

2015年2月17日 (火)

雑誌付き組み立て模型?

 かなり以前に、「ディアゴスティーニ」の商法について当ブログで取り上げたことがある。最近は、従前に輪を掛けて製作模型が凄みを増している。その商法を模倣した別雑誌も便乗登場するケースもあとを絶たない。なぜ流行るのか?創刊号を激安にして、手頃な値段設定で発売し、一度でも購入すれば、その模型を完成するまでは、毎回購入し続けなければならないからだ。途中で購入を忘れたり、買いそびれると、せっかくの大作模型が未完成で終わってしまう。
 これらは、1970年代頃に流行ったプラモデル愛好家から大絶賛されている。年のころで言えば、50代~70代の方々だ。ボケ防止や手先の衰えにももってこい。屋内でできる趣味がひとつ増える。ひとたび作品が完成すれば、この上ない喜びだし、苦労が報われるし、自らの組み立て、ひとつの作品として完成するため達成感も味わえる。また、部屋のインテリアとして飾ることで、毎回眺めることもできるし、何より出来栄えがよければ訪問客にも自慢できる。それを話題に話に花を咲かせることもできる。
 さらに嬉しいのは、孫が喜ぶことだ。男子なら誰もが一度は憧れた鉄道、戦車、飛行機、自動車、バイク、お城などの工作模型。孫とのコミュニケーション向上にも一役買う。孫に尊敬されることうけあいだ。

 では、これまでどんな「付録?模型」があったか振り返りたい。下のURLがあるものは、紹介動画を見ることができます。

 「週間フェラーリを作る」

http://yaplog.jp/987dreams/archive/740

 「零戦をつくる」

http://hobbycom.jp/workshop/special/13.html

Ferrari Zero_battle

 「HMSヴィクトリを作る」(帆船模型)

 「スズキ HAYABUSA GSX1300R」

Victory Hayabusa

 「隔週刊 ハーレーダビッドソン・プレミアムコレクション」

 「ランボルギーニ・カウンタック」

Harrey Countac

 「隔週刊 自衛隊モデル・コレクション」

 「マイ3Dプリンターを作る」

Selfdefence 3d

 「ロボット(ロビ)を作る」

 「蒸気機関車C57を作る」

Robi C57

 「F14トムキャットを作る」 販売元:アシェット・コレクションズジャパン

 http://www.f14tomcat.jp/home.html

 「国産鉄道」

F14 Railway

 「日本の貨物列車」

http://www.kamotsu.jp/home.html


 この手の作品は、往年の模型愛好家、つまりはオールドファンにはたまらないシリーズだろう。時間の無い方でも、毎週付いて来るパーツだけを組み立てていけば、相応の時間は要するものの着実に完成に近づける。しかも毎回少ない部品のため、雑に扱わないだろうから、仕上がりも一味違う筈だ。

 マイナスポイントは、創刊号こそ「釣り値段」のため、ついつい買ってしまうと、途中でやめられなくなる。これまでの苦労が水の泡なので途中で、飽きたとしてもついつい買わざるを得なくなる。また多忙で一度でも購入しそこなえば、これまた未完成になり、悔いだけが残る。結果的には完成する頃は、ふつうにプラモデルを買うよりも高くつく。パーツごとだと何号まで購入すれば完成なのか先が見えない。毎週1,000円程度の出費だとそんなに負担にはならないという皮算用だ。しかし、敵もさるもので、毎回販売価格が異なることがある。精巧なパーツを付録に付ける時は、特に値が張る。最初は格安でも、徐々に値段を吊り上げていく。冷静に考えれば、悪徳商法に値するが、それでも完成が見えれば、読者は購入せざるを得ない。そのあたりも出版社(制作会社)は、模型愛好家の心理まで計算しているに違いない。

 ところで、記憶を穿り返せば、昔からこの手の付録付きの雑誌はあるにはあった。学研の「学習」と「科学」などはまさにそうだった。しかし、最近は「雑誌(解説書)付きの模型」という意味合いが濃い。これは本末転倒で、ここまで来ると、書籍ではなく、玩具であり、どちらがメインだかわからなくなっているのが現状だ。

 しかしこの手の雑誌は需要があるのは間違いない。書店では、過去の売れ残りなのか、バックナンバーが結構平台に並んでいたりする。販売時期を過ぎればすぐに撤去や返品はしないようだ。このあたりは通常の雑誌の販売形態とは一線を画している。

 最近、活字離れで出版業界が危機に瀕している中で、こうした手法がひとり勝ちのように思える。最近は100万部を突破するようなベストセラーが少なくなっているだけに、関係者は一筋の光明を見た思いだろう。だから類似した模倣雑誌が自ずと増えるのだろう。

 しかしながら、今はある意味ブームに乗っかって追い風が吹いているが、やがては飽きられる時が来る。要は企画勝負で、ファンが食いつくようなシリーズ物が毎回出せるか、編集者の腕の見せ所かもしれない。

 最後に、私が考えた企画を列挙し、結びとしたい。

 1.「自分だけの街を作ろう」 自分でジオラマを制作する。建築に興味のある人には人気が出る筈。毎回、商店や学校などのミニチュアの建物模型が付録で付く。

 2.「86レビン製作」 かつてFRで人気があったかっとびマシン。峠でのローリングに嵌った人必見。

 3.「CBX400F」を作る。 30年前にブームになった旧車なのに未だに高値で取引される。後輪が動けば完璧。

 4.「ボーイング747」 いわゆる製造&運行中止したジャンボジェット。屋根が開いて内部(客室や操縦席)が見れる。 

 5.「姫路城を作る」 いわゆる日本のお城シリーズ。「熊本城」「大阪城」も続編として有。

 6.「世界遺産を作る」 版権が難しいが、「ピラミッド」、「エッフェル塔」などを組み立てる。

 7.「エンジンを組み立てる」 動力の仕組みを学べる優れもの。メカに強くなれる。

 8.「アポロを組み立てろ!」 「サターンロケット」「アポロ月面着陸船」「司令船」など

 9.「宇宙ステーションを作る」 ISSの模型を組み立てる。

10.「バッティングマシンで遊ぼう」 子供が大喜びの遊びを自宅で組み立てる。

11.「L特急はつかり」 先頭車両を作る 廃止された人気寝台特急 座席などリアルに 

12.「リニアモーターカーを製作せよ」 リニアモーターカーの原理も同時に学べる。

13.「食品サンプルの作り方」 外国人に大人気の食品サンプル。リアルさに驚愕。これを携帯ストラップやキーホルダーに加工する。自分だけのオリジナルを作れる。

14.「陶芸入門」 自分だけの器を簡単に作る 焼いてくれるレンタル窯の紹介も。

15.「人体模型」 等身大の人体模型を組み立てる。医学志望の学生がヒトの体の内臓や脳の配置、血管や神経、筋肉などの構造を学べる。

 また、他社で古谷一行主演の「金田一耕助」のDVDシリーズが発売された。ということは、天知茂主演の「江戸川乱歩」の「美女シリーズ」も解説付きで商品化されるのでは・・。

 中には版権が難しいものもあるが、ぜひ採用を検討して欲しい。

 記事作成:1月27日(火)

2011年1月 9日 (日)

最強サラブレッド列伝

 私はサラブレッド(競走馬)が大好きだ。とは言っても、ご当地福島県には中央競馬管轄のJRA福島競馬場があるのだが、わざわざ競馬場まで行って観戦したり、馬券を買うことはしない。乗馬をしたことも未だかつて一度もない。では何故なのか。単にあの一迅の風の如く颯爽と駆け抜ける姿に惚れ込んでいるのだ。美しい毛並み、艶のある引き締まった馬体、上品で華麗な歩み、どれをとっても惚れ惚れしてしまい、我を忘れるくらい陶酔してしまう。私見だが、競馬ファンには悪いが、これを賭け事の道具にするなんて自分には到底理解できないのだ。だから、実際に競馬場に足を運び、ライブで見れば、臨場感や熱気などが直に伝わり、興奮の坩堝と化し、恍惚の極致に達するのだろうが、私自身は専ら解説付きの特定席であるテレビの競馬中継を見て楽しんでいるだけに過ぎない。それでも画面を通してひしひしと心を打つ感動を与えてくれる、そんな馬たちの織りなすドラマが大好きである。

 ところで、私は大学時代、教養課程の2年間を北海道にあるキャンパスで過ごしたことはこれまで何度も触れてきたが、その2年間を有効活用し、250ccバイクにてツーリングなるものを敢行し、様々な場所を訪れた。その中でも1・2を争うほど大好きだった場所が、日高地方に点在する牧場巡りだった。苫小牧から襟裳岬に向けて太平洋側の国道を走らせると新冠から静内にかけてその牧場地帯が現れる。その周辺は通称「牧場銀座」と呼ばれるほど、大小様々な牧場が密集している。一面の草原地帯に馬を放牧し、サラブレッドを育成しているのだ。その内陸に15kmほど入った辺りに、明和牧場というのがある。そこに競馬ファンを熱狂させ、競馬ブームの火付け役になったとされる、かの有名な名馬がいた。今はもう亡くなって久しいが、当時現役を引退し、種牡馬として第二の人生を送っていた。その史上最強のサラブレッドと謳われた名馬の名は「ハイセイコー」。そこで私は、たった二人きりの対面を果たしたのだその時の感動は今も忘れはしない。引退してもなお、凛として気品に溢れた雄姿は独特のオーラを発し、他の馬とは存在感が全く違っていた。それ以外にも覆面スタイルが印象的だった「グリーングラス」もこの目でしかと見届けた。

 そして昨年7月、無類の強さを誇り、人気・実力共に不世出の名馬がこの世を去った。彼の死を悼み、人間よりも豪華なお葬式まで執り行われ、別れを惜しむファンが数多く詰めかけた。ファンは彼の名を連呼し絶叫し涙を流した。当時、彼の人気は絶大で、彼を模した馬のぬいぐるみや関連グッズは飛ぶように売れ、サラブレッドには珍しい白い芦毛も注目を浴び、一大ブームを巻き起こした。そう、彼の名は「オグリキャップ」である。

 さて、前置きが長くなったが、早速、今回のテーマである「最強サラブレッド列伝」について語りたい。それぞれの競馬ファンには、一押しの馬や記憶に残るサラブレッドがいるであろう。必ずしも世間一般の人気とは合致しないだろうが、あくまで私個人の好みということでベスト10を発表したいと思う。(トップ3は詳細の解説付き)

 1位 シンボリルドルフ(1981年3月13日~現在29歳)

Shinbori  日本競馬史上4頭目のクラッシック三冠馬であり、また初めて無敗でクラシック三冠を達成した。三冠を含め、GI競走で通算7勝。1984年度優駿賞年度代表馬および最終週4歳牡馬、1985年度同年度代表馬および最優秀5歳以上牡馬。主戦騎手は岡部幸雄。1987年、顕彰馬に選出された。馬名「シンボリ」は馬主の冠名、「ルドルフ」は神聖ローマ帝国の皇帝ルドルフ1世にちなんで名づけられた。その競走成績・馬名から、「皇帝」、または「七冠馬」と称される。父パーソロンはリーディングサイアーに2度なった名種牡馬。母スイートルナはシンボリ牧場が生産した名馬スピードシンボリの産駒。日本では15戦13勝という驚異的な勝率を残し、生涯獲得賞金は6億8482万円を超えた。主な重賞勝利は皐月賞、菊花賞、有馬記念(以上1984年)、春天皇賞、ジャパンカップ、有馬記念(以上1985年)など。シンボリルドルフと言えば「ルドルフ戦法」とも呼ばれた好位抜出型の典型と思われているが、実際には日経賞での逃げ切り、ダービーでの差し切りなど多様性に富んでいる。主戦であった岡部も著書の中で「平均的な勝ちパターンとすれば好位抜出型だが、ルドルフは自在性も多様性も持っている。その気になればテンからの大逃げも、最後方からのゴボウ抜きも出来るんだ。他馬が我慢できずに手前を替えるところでも手前を替えずにガマンできるのでタイムロスやスタミナの消耗が少ない。又、手前の替えも非常にスムーズであった」と、コーナリングの上手さがルドルフの強さを支える大きなポイントであったと舌を巻いたほどだった。常にレースは2着に3~4馬身差をつけるほどの圧勝だった。引退後、シンボリルドルフは公開入札という広く株主を募集する手法で10億円(2000万円×50株)のシンジケートが組まれ、北海道門別町のシンボリ牧場で種牡馬生活に入った。1世代目の産駒が1990年デビューし、その中から自身に勝るとも劣らないGI4勝の二冠馬トウカイテイオーを出した。このトウカイテイオーにより、父子2代連続の無敗での皐月賞・東京優駿の二冠制覇を達成した。外見的特徴では、人間で言う額の眉間に白く三日月型の蒙古斑があった。私が北海道在住時に夢中になっていた馬だ。彼が生きているうちにひと目見ておきたい。

http://www.youtube.com/watch?v=G1kk3VlmJp8

http://www.youtube.com/watch?v=nsexBRC8MjI

http://www.youtube.com/watch?v=FGfCfXelHWc

 2位 ハイセイコー(1970年3月6日~2000年5月4日30歳で没)

Haiseiko  競馬ファンのみならず国民的な人気を集め、「第一次競馬ブーム」「ハイセイコーブーム」と呼ばれる一大社会現象を巻き起こした。1984年にJRA顕彰馬に選出。1970年に北海道日高支庁新冠町の武田牧場で誕生。父のチャイナロックはハイセイコーの誕生までにもタケシバオー(1969年春の天皇賞優勝馬)、メジロタイヨウ(1969年秋の天皇賞馬)、アカネテンリュウ(1969年菊花賞優勝馬)と3頭の八大競走優勝馬を輩出し、1973年には中央競馬のリーディングサイアーを獲得した種牡馬であった。母のハイユウは競走馬時代に地方競馬(南関東)で16勝を挙げ、内3回はレコードタイムを記録した快速馬であった。ハイセイコーの競走馬としての生き様は、地方競馬出身の野武士が単身で中央競馬のエリート集団に挑んだという構図で語られることが多いが、中央競馬の馬と同様に、血統的にはハイセイコーもまた当時の良血(エリート)であった。その後、2年半の現役生活の中で、1972年7月のデビュー戦以降無傷の10連勝を飾った。主な重賞獲得は弥生賞・皐月賞・高松宮記念などで、22戦13勝であった。しかし、菊花賞や天皇賞、有馬記念などの優勝経験はない。競馬マスコミは中央移籍当初からハイセイコーを「怪物」「地方出身の野武士」と評し、その人気を煽り立てた。また、集団就職などで地方から上京し、都会で働いていた者たちには、地方競馬から出てきて中央競馬の一流馬たちに戦いを挑むハイセイコーに自身の姿を投影する者が多く、これがブームの根底を支える事になったとも言われる。NHK杯でデビュー以来無敗の10連勝を達成すると全国的な知名度と人気を獲得。「競馬を知らない者でもハイセイコーの名は知っている」と言われた。ハイセイコーが出走したレースのテレビ中継の視聴率はそれぞれNHK杯で20.2%、日本ダービーで20.0%(フジテレビ)、9.6%(NHK)を記録した。引退後も、明和牧場には多くのファン(赤木駿介によると、1975年はのべ30万人)が訪れ、新冠町はハイセイコーの故郷として全国的に有名になった。新冠町がハイセイコーの名前を冠した農作物を発売すると爆発的な売り上げを記録したという。有馬記念を最後に競走馬を引退し、翌1975年1月、東京競馬場で引退式が行われた。通常は最後の直線を500mほど走らせるところを、調教師の判断でコースを一周させた。ハイセイコーの引退直後に増沢末夫が『さらばハイセイコー』をリリースし、約45万枚の売り上げを記録した。

http://www.youtube.com/watch?v=ZzCfC9eaUcE

http://www.youtube.com/watch?v=6FkURlVLy-8&feature=related

 3位 オグリキャップ(1985年3月27日~2010年7月3日)

Oguri  「平成三強」の一頭。第二次競馬ブーム期にハイセイコー以来といわれる高い人気を得た。父・ダンシングキャップ、母・ホワイトナルビーの子として生まれ、芦毛の美しい馬として1987年5月に笠松競馬場でデビュー。8連勝、重賞5勝を含む12戦10勝を記録した後、1988年1月に中央競馬へ移籍し、重賞12勝(うちGI4勝)を記録した。その活躍と人気の高さは第二次競馬ブームを巻き起こす大きな要因のひとつとなったといわれる。オグリキャップは女性にも人気を集め、多くの「オグリギャル」と呼ばれる女性ファンを観客として競馬場に集める原動力となった。32戦22勝(地方競馬時代含む)の成績を残して競走馬を引退した後は種牡馬となったが、中央競馬の重賞優勝馬を輩出することはできず、2007年に種牡馬を引退した。1988年度のJRA賞最優秀4歳牡馬、1990年度のJRA賞最優秀5歳以上牡馬および年度代表馬。特に引退レースとなった1990年12月23日の有馬記念は、私にとって生涯忘れられないラストランになった。誰もが彼の体力の衰えを案じ、無事に走りきってくれればそれでいいと考えていた。しかし、彼は妥協を許さなかった。最後の直線で抜け出すと、往年の走りを彷彿させる粘りで、一着でゴールし、大観衆の喝采を浴びた。ウィニングランで鳴りやまぬオグリコール。競馬場が感動で震えていた。その快挙から2週間後の1月13日に行われた引退式では、誰もが涙し、誰もが彼に感謝し、競馬場が涙でぬれた一日となった。そして多くの競馬フリーク、オグリファンに見送られて彼はターフを去った。1991年、顕彰場に選出。愛称は「オグリ」、「芦毛の怪物」など。彼は、落ち着いた性格の持ち主であった。オグリキャップの落ち着きは競馬場でも発揮され、パドックで観客の歓声を浴びても動じることがなく、ゲートでは落ち着き過ぎてスタートが遅れることがあるほどであった。優駿スタリオンステーション内で複雑骨折による安楽死処置にて25歳で没。その死は日本のみならず、共同通信を通じてイギリスのレーシングポストなどでも報じられた。オグリキャップの死を受けて、同馬がデビューした笠松競馬場では場内に献花台と記帳台を設け、7月19日にお別れ会を催した。JRAでも献花台・記帳台を設置するなど追悼行事を営み、感謝状を贈呈した。引退後に同馬が繋養されていた優駿スタリオンステーションにも献花台が設置された。さらに、中央競馬とホッカイドウ競馬ではそれぞれ7月に追悼競走が施行された。7月29日には新冠町にあるレ・コード館でお別れ会が開催され、700人が出席。全国で集められた1万3957人分の記帳が供えられた。

http://www.youtube.com/watch?v=dVr0x7aydls

http://www.youtube.com/watch?v=bybV0_t_DnU

http://www.youtube.com/watch?v=BkWwDLdVj8I&feature=related

http://www.youtube.com/watch?v=4L41ed-mL-E&feature=related

http://www.youtube.com/watch?v=GFPMwbm7uik&feature=related

http://www.youtube.com/watch?v=yg9P8KgMqgc&feature=related

http://www.youtube.com/watch?v=hFVGggc9VDY&feature=related

http://www.youtube.com/watch?v=-IPoPImD5ew&feature=related →泣かせます!

 4位以下については、主な経歴だけとさせて頂く。

 4位 テンポイント(1973年4月19日~1978年3月5日)

Tenpoint  トウショウボーイ・グリーングラス とともにTTGと称される。 1975年8月に競走馬としてデビュー。関西のクラシック候補 として注目を集め、額の流星と栗毛の馬体の美しさから「流星の貴公子」と呼ばれた。クラシックでは無冠に終わったが、5歳時に天皇賞(春)と有馬記念を優勝した。後者のレースでトウショウボーイと繰り広げたマッチレース(2頭にグリーングラスを加えたTTGの三つ巴の戦いとして取り上げられることもある)は競馬史に残る名勝負のひとつといわれる。1978年1月に海外遠征に向けての壮行レース中に骨折し、43日間におよぶ延命治療の末に死亡した。1975年度優駿賞最優秀3歳牡馬、1977年度代表馬および最優秀5歳以上牡馬。1990年に中央競馬の顕彰馬に選出。主戦騎手は鹿戸明。父はコントライト、母はワカクモ。北海道早来町吉田牧場で出生。

http://www.youtube.com/watch?v=MlT2tgtRVG4&feature=related

 5位 シンザン(1961年4月2日~1996年7月13日35歳没)

Shinzan  1960年代に活躍した日本の競走馬、種牡馬。史上2頭目 、戦後初のクラシック三冠馬。1964年・1965年啓衆社賞年度代表馬。1984年に顕彰馬に 選出された。八大競走の勝利数から「五冠馬」と呼ばれる。その走りは「鉈の切れ味」と形容された。1965年に有馬記念。秋の天皇賞を勝利したため、五冠馬と呼ばれることもある。デビュー時はあまり期待されていなかったが次第に頭角を現し、クラシック三冠(皐月賞、東京優駿、菊花賞)、宝塚記念、天皇賞(秋)、有馬記念といった当時牡馬が獲得可能なGI級競走をすべて制した。デビュー戦から引退レースまでの連続連対数19は、中央競馬におけるレコードである。「シンザンを超えろ」のキャッチフレーズとともに、この後長らくシンザンは日本競馬の目標であった。競走馬引退後は種牡馬となり、ミホノシンザン、ミナガワマンナをはじめ、優秀な産駒を輩出。種牡馬引退後も1995年にサラブレッドの最長寿記録、1996年には軽種馬の最長寿記録を更新するなど最期まで注目を集めた。19戦15勝。父はヒンドスタン、母はハヤノボリ。

http://www.youtube.com/watch?v=W6Z_uP4GO8Q

 6位 ディープインパクト(2002年3月25日~現在8歳)

Deep_impact  史上6頭目のクラシック三冠馬(史上2頭目の無敗での三冠馬)である。2008年に顕彰馬に選出された。ディープインパクトはレース時の体重が436-452kgで、サラブレッドとしては小さな体型である馬として知られている。後方待機からの強烈な追い込みが身上であった。道中は中団から後方につけ、4コーナーから一気にまくりあげて他馬をごぼう抜きするという豪快なレーススタイルで数々のビッグレースを制した。特にジャパンカップでは、追い込み馬には不利とされるスローペースの中、道中最後方から直線で全馬を差し切って勝利した。 ディープインパクトの強みは優れた瞬発力とスピード、そして末脚の持続力である。実際、上がり3ハロンのタイムは日本国内のレースでは全レースで出走馬中最速であり、東京優駿(当時)、菊花賞、天皇賞(春)、ジャパンカップ、有馬記念(4歳時)等ではレース史上最速であった。また、天皇賞(春)ではいつも通りの後方待機策から残り600m付近で早くも先頭に立ったにも関わらずそのまま押し切っており、そのトップスピードの持続力は卓越していた。14戦12勝の圧倒的強さを誇った。生涯獲得賞金額は14億5455万円を超え、歴代2位であった。主戦騎手は武豊。父はサンデーサイレンス、母はウインドインハーヘア。

http://www.youtube.com/watch?v=5ERb1QUnIjU

http://www.youtube.com/watch?v=QH-LFeWUPjA&feature=related →凄いです!

 7位 トウカイテイオー(1988年4月20日~現在22歳)

Toukai  主な勝ち鞍は 1991年年皐月賞、東京優駿(日本ダービー)、1992年ジャパンカップ、1993年有馬記念など。日本調教馬として最初の国際G1競走優勝馬である。1991年度JRA賞年度代表馬、最優秀4歳牡馬および最優秀父内国産馬、1993年度JRA賞特別賞。1995年、JRA顕彰馬に選出。七冠馬シンボリルドルフの代表産駒である。母はトウカイナチュラル。12戦9勝。生涯獲得賞金は6億2563万円。主戦騎手は岡部幸雄、田原成貴。出生は北海道新冠町の長浜牧場。彼のエピソードで欠かせないのは1991年5月に行われた東京優駿のレースの表彰式を終えてのことだった。競馬場内の出張馬房に戻る時点で歩様に異常を来しており、診療所でレントゲン撮影が行われ、その結果、左後脚の骨折が判明。3日後には公式に「左第3足根骨骨折・全治6ヶ月」と発表され、年内の休養を強いられたことだった。その後も合計4度に渡る骨折と故障を繰り返しながらも、不屈の精神で這い上がり、その度奇跡の復活を遂げたことである。長いブランクの後、1年ぶりに出走したGIレースで見事優勝し、「奇跡の馬」として脚光を浴びた。翌1994年も現役を続行、天皇賞(春)を目標に調教が進められていたが、復帰予定の大阪杯を筋肉痛で回避。半月後には前回故障の患部である左前トウ骨を再び骨折し、4度目の休養に入った。以後は秋の天皇賞に目標が切り替えられたが、状態の回復が思わしくなく、天皇賞に間に合わないとの判断から引退が発表された。10月23日には東京競馬場で引退式が挙行された。当日のメイン競走はオープン特別競走であったにも関わらず、重賞が行われた前週を1万人超上回る、10万人以上のファンが訪れた。

http://www.youtube.com/watch?v=ypZ0aWdPOwg&feature=related

http://www.youtube.com/watch?v=Kjd-Js3NbQM&feature=related

 8位 トウショウボーイ(1973年4月15日~1992年9月18日19歳で没)

Tousyoboy  1970年代半ばにテンポイント、グリーングラス と共に「TTG時代」を作り、「天馬」と称された。主な勝ち鞍は皐月賞、有馬記念、宝塚 記念など。1976年度優駿賞年度代表馬および最優秀4歳牡馬。競走馬を引退した後に種牡馬としても大きな成功を収め、三冠馬ミスターシービーをはじめ7頭のGI級競走優勝馬を輩出。特に中小生産農家に絶大な信頼を寄せられ、「お助けボーイ」と呼ばれた。1984年、JRA顕彰馬に選出。父はテスコボーイ、母はソシアルバターフライ。出生は北海道静内町の藤正牧場で、主戦騎手は池上昌弘、福永洋一、武邦彦ら。サラブレッドとしては1976年1月から1977年12月までの2年間レースに出場。15戦10勝で獲得賞金額は2億8077万円。皐月賞や有馬記念で優勝したが、当時並みいる強敵揃いの中だったので、G1級制覇は他には宝塚記念と高松宮杯など。しかし、1992年8月5日、トウショウボーイが脚を痛がる様子が見られ、検査が行われた。この結果、蹄葉炎を発症していることが判明する。以降は職員総出の治療・介護が行われたが、病状の進行は止められず、9月18日に安楽死の措置が執られた。

http://www.youtube.com/watch?v=QNYGKMW3r1s

 9位 ミスターシービー(1980年4月7日~2000年12月15日20歳で没)

Mr_cb  日本競馬史において同名の競走馬が2頭存在するが、私が好きなのは2代目である。ミスターシービー(2代目)は1980年、北海道浦河町の千明牧場生産。1983年に中央競馬史上3頭目の牡馬クラッシック三冠を達成し、後に種牡馬になった。1983年度優駿賞年度代表馬、最優秀4歳牡馬。父内国産の三冠馬は現在のところ本馬のみである。1986年、JRA顕彰馬に選出。父はトウショウボーイ、母はシービークイン。デビューは1982年11月から1985年4月までレースに出走し、当時、驚異的な末脚の追い込みで「捲りの刺客」と呼ばれた。主な重賞勝利は皐月賞・菊花賞・秋の天皇賞だった。当時の史上最強と謳われたシンボリルドルフとのジャパンカップ及び有馬記念での一騎打ちは競馬ファンの関心を一心に集めた。その後脚部不安を生じて休養、夏に調教を再開したものの、直後に骨膜炎を発症して復帰を断念し、引退。同年10月6日に東京競馬場で引退式が雨の中で執り行われた。15戦8勝。獲得賞金は4億959万円。主戦騎手は天才と呼ばれた吉永正人。

http://www.youtube.com/watch?v=vzelVgdxuHg

10位 グリーングラス(1973年4月5日~2000年6月19日)

Greengrass  テンポイント、トウショウボーイとともに、三 頭の馬の頭文字を取ってTTGと称され、三強の一角を担った。クラシック戦線最後の 菊花賞で花開いた晩成の馬で、第三の男とも呼ばれた。主な勝ち鞍は菊花賞、春の天皇賞、有馬記念など。1979年には年度代表馬と最優秀5歳以上牡馬に選出される。競走成績26戦8勝。4歳時、グリーングラスの単勝5250円は、今も菊花賞の単勝最高払い戻し金額である。父はインターメゾで母はダーリングヒメ。出生は青森県七戸町の諏訪牧場。獲得賞金は3億2845万円。安田富男、嶋田功、岡部幸雄、大崎昭一。彼のトレードマークと言えば緑色の覆面スタイルであろう。これがウケて人気にも火がついた。私は、彼が現役引退後、余生を送っていた北海道の牧場で、彼との対面を果たした。最期は佐賀県のエンドレスファームで柵に衝突し粉砕骨折し安楽死となった。彼もまた、競馬ブームの中、一世を風靡したサラブレッドということができるだろう。

http://www.youtube.com/watch?v=J_Sqy_O3Pzs

 さて、あなた好みの馬は登場したでしょうか?もちろん有名どころを挙げればキリがない。メジロマックイーンも一時代を築いた名馬として捨てがたいし、日本産の馬としてジャパンカップを初制覇したカツラギエースもまた強かった。先行し大逃げする快速逃亡馬だったサイレンススズカもいた。結局は、先行逃げ切り型か最終コーナーから直線で猛然と追い上げて抜き去る差し馬か、あるいは牡馬か牝馬かなど、個人の好みによるところが大きいだろう。また、トウカイテイオーのように度重なる故障や骨折を乗り越えて、見事復活を果たし、優駿の名をほしいままにしている最強馬もいる。毎年、天皇賞や菊花賞、日本ダービーなどの重賞レースは、多くの競馬ファンが詰めかけ、プロ野球やサッカー観戦を遙かに凌ぐ16万人もの大観衆に包まれる。筋書きのないドラマを自分の目に焼き付けようと必死で声援を送り、勝負の駆け引きや抜きつ抜かれつの手に汗握るデッドヒート、騎手の手綱裁き、そして競走馬が本来秘めている闘争心を呼び覚ますゴール前の直線での激走を見守る。そして僅か鼻の差や頭ひとつ差での大逆転のゴールインを演出する。これらの出来事が複合的に相まって、身震えが来るほどの感動ストーリーを呼ぶのであろう。

 最後に、JRAが過去に行った「20世紀の名馬100」というテーマの人気投票の結果も合わせて掲載したい。投票総数は548,845票。

3冠馬 牝馬 殿堂馬

『20世紀名馬100』ベスト10 得票数
ナリタブライアン 21戦12勝 37,798
スペシャルウィーク 17戦10勝 31,061
オグリキャップ 32戦22勝 27,866
サイレンススズカ 15戦9勝 25,110
トウカイテイオー 12戦9勝 24,782
シンボリルドルフ 16戦13勝 22,521
シンザン 19戦15勝 17,159
ハイセイコー 22戦13勝 15,302
エアグルーヴ 19戦9勝 14,182
エルコンドルパサー 11戦8勝 13,667

『20世紀の名馬100』11位~100位
11 ライスシャワー 41 トウメイ 71 ナイスネイチャ
12 メジロマックイーン 42 メジロブライト 72 エアジハード
13 グラスワンダー 43 ナリタトップロード 73 ダイタクヘリオス
14 テンポイント 44 トキノミノル 74 サクラバクシンオー
15 マヤノトップガン 45 ウイニングチケット 75 タイキブリザード
16 タイキシャトル 46 スーパークリーク 76 サクラチトセオー
17 ミホノブルボン 47 バブルガムフェロー 77 マーベラスサンデー
18 ミスターシービー 48 イナリワン 78 キタノカチドキ
19 メジロドーベル 49 フサイチコンコルド 79 マチカネフクキタル
20 ビワハヤヒデ 50 シルクジャスティス 80 タニノチカラ
21 ヒシアマゾン 51 メジロライアン 81 ヤエノムテキ
22 トウショウボーイ 52 フジキセキ 82 コダマ
23 サクラローレル 53 メジロラモーヌ 83 アカネテンリュー
24 タマモクロス 54 メイセイオペラ 84 クリフジ
25 ホクトベガ 55 ジェニュイン 85 ファレノプシス
26 グリーングラス 56 タニノムーティエ 86 ダイユウサク
27 テイエムオペラオー 57 エリモジョージ 87 ミホシンザン
28 サニーブライアン 58 ダンスパートナー 88 オフサイドトラップ
29 タケホープ 59 ファビラスラフイン 89 ナリタタイシン
30 セイウンスカイ 60 キョウエイマーチ 90 レガシーワールド
31 ダンスインザダーク 61 トロットサンダー 91 ツインターボ
32 マルゼンスキー 62 カツラノハイセイコー 92 カブトシロー
33 スピードシンボリ 63 ヒカルイマイ 93 ウメノファイバー
34 ステイゴールド 64 テスコガビー 94 マサラッキ
35 ノースフライト 65 サクラスターオー 95 ニホンピロウイナー
36 カブラヤオー 66 カツラギエース 96 フラワーパーク
37 メジロパーマー 67 ヤマニンゼファー 97 セントライト
38 ベガ 68 アイネスフウジン 98 ネーハイシーザー
39 タケシバオー 69 キーストン 99 メイズイ
40 アドマイヤベガ 70 サッカーボーイ 100

 http://www.youtube.com/watch?v=E-3Da1suKVA&feature=related

 この結果をみればわかるように、この投票を実施した年に近い時期に活躍していた馬しか印象に残っていないような気がする。もちろん、世代的にリアルタイムでその活躍した時期を経験しなければ、その馬の本当の凄さを認識することはできないだろう。したがってこのような人気投票結果となったに相違ない。しかし、いずれにしても、どの馬をみても重賞レース(GI)で一度は勝利している名馬中の名馬であることに間違いはない。「サラブレッド」、その響きは良いが、調教師と共に過酷なトレーニングを乗り越えて、やがて檜舞台に立ち、第一線で華々しい活躍をする競走馬たち。何か人間の人生模様や生き様、社会の縮図に似て、思わず惜しみない声援を送ってしまう。これからも競馬史に残るような名馬の出現、名勝負・名レースを期待して結びとしたい。

 <JRA感動PV>

 誕生編→ http://www.youtube.com/watch?v=hj1zGPleEfk&feature=related

 デビュー編→ http://www.youtube.com/watch?v=Ol7mbahVrbc&feature=related

 G I 編→ http://www.youtube.com/watch?v=IWU-vF0JozQ&feature=related

 ラストラン編→ http://www.youtube.com/watch?v=TjldXGyKr6I&feature=related

 胸が詰まる動画
     → http://www.youtube.com/watch?v=YHhvI1k7qoc&NR=1&feature=fvwp

 なかなか勝てない馬がいる編
     → http://www.youtube.com/watch?v=wKtAj0tfOus&feature=related

 飛んでくる馬(ブロードアピールの伝説の差し切り)
     → http://www.youtube.com/watch?v=QYGCMtCW8Lc&feature=related

       http://www.youtube.com/watch?v=MLihD26xRX8&feature=related
       

 <当ブログ・HP関連リンク>

 競馬に関する詩

 http://homepage3.nifty.com/tmsuzu/My%20homepage%20177.htm

 競馬に関するエッセイ

 http://homepage3.nifty.com/tmsuzu/My%20homepage%2014.htm

 

 記事作成:1/7(金)

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