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音楽

2018年2月17日 (土)

第69回全国植樹祭ふくしま2018大会テーマソング【GReeeeN/福ある島】

 今年6月、我が福島県で全国的なイベントが開かれる。それは南相馬市で開催する「第69回全国植樹祭ふくしま2018」だ。
 原発事故以降、我が福島県は復興とは名ばかりで、林業や水産業は最盛期の10%程度にしか満たない散々な有り様だ。風評被害は少しずつ払拭されつつあるが、それでも震災前に比べたらまだまだだ。
 そんな中、全国植樹祭がここ福島県で開かれることは喜ばしく、大変意義深い。県民は、復興の旗印の下、普段の生活を取り戻すために並々ならぬ努力をしてきた。もちろん全国、いや世界中の方々の善意の輪の中で、支援を無くしては、ここまでの生活は成し得なかった。
 その方々へのお礼や感謝の気持ちを示す格好の舞台を用意してくれた。
 その後押しをしてくれているのが、我が福島県郡山市にyかりのあるバンド「GReeeeN」だ。今大会のテーマソングの楽曲を提供してくれた。かつて平成7年に開催された「ふくしま国体」のテーマ曲「JUMP!」を「アルフィー」が歌い、大いに大会を盛り上げてくれたように、今年もこの曲が福島を元気づけ、そして世界中の人々に「福島は元気です」とPRすることになるだろう。

 第69回全国植樹祭ふくしま2018大会テーマソング【GReeeeN/福ある島】

 全国植樹祭(ぜんこくしょくじゅさい)は、国土緑化運動の中核的な行事として、1950年に 山梨県で第1回が開催されて以来、毎年春に開催されている。
 大会の前身は、「愛林日植樹行事」に遡り、1950年からは、山梨県で「植樹行事並びに国土緑化大会」として第1回が開催された。1970年の第21回(福島県)から現在の名称になり、今日に至る。かつて参加者の規模が1万人を超えることは珍しくなく、平成14年に山形県金山町で開催された会場では12,000人を数えたが、2000年代にはいると地方自治体の資金難や広い植樹会場を設営することが困難などの理由で縮小傾向となり、平成25年の鳥取県南部町の会場ではスタッフを含めて7,000人規模となっている。

 大会式典では、天皇の「おことば」、天皇・皇后による「お手植え・お手まき」行事、県内外の参加者による記念植樹、国土緑化運動ポスターコンクール等の表彰行事、大会宣言が行われることが恒例となっており、国民体育大会・全国豊かな海づくり大会と並び「三大行幸啓」の一つに位置付けられている。しかし、2009年の第60回(福井県)からは天皇の公務負担軽減策の一環として植樹祭式典での「おことば」は取りやめになった。

 1977年の第28回(和歌山県)からは、秋に過去の植樹祭での手植え・手まきにより成長した木の手入れ(枝払いなど)を行う全国育樹祭が行われている。これは皇太子・皇太子妃が出席するものとされ、現在は皇太子徳仁親王と雅子妃が出席している。

 私の姉夫婦は現在、南相馬市に居住を構えている。しかも、今年のこのビッグイベントは直接指揮する立場にある。ぜひ成功を願っている。

 記事作成:2月6日(火)
 

2018年1月 6日 (土)

再ブレイクするバブリーソング

 昨年、30年前のバブル期のヒットソングである荻野目洋子が歌った「ダンシングヒーロー」がリバイバルで再ブレイクした。そのきっかけは登美丘高校ダンス部の奇抜な80年代ファッションによるパフォーマンスと独特な踊り、そして平野ノラの芸風で80年代のバブル景気が再脚光を浴びた相乗効果によるものだった。

 1 ダンシングヒーロー by 荻野目洋子

 元祖本家本元のアイドル時代の映像です。

 登美丘高校ダンス部のPVはなんと3,500万件を超えるアクセス数があった。

 2 Venus by 長山洋子

 私は荻野目洋子の次にヒットを予想するのは、やはり元アイドルで、現在は演歌歌手に転身した長山洋子が、やはり30年前の1986年に歌ってヒットした洋楽のカヴァーである「Venus」だと思う。ノリノリダンス曲なので、登美丘高校ダンス部にぜひ踊ってもらいたい。

 3 淋しい熱帯魚 by Wink

 アイドルとしてピンクレディー以来の「レコード大賞」を受賞した大ヒット曲。腕を交差させる独特な振りを皆なカラオケで真似していた。フランス人形を彷彿させる可愛らしい女性デュオだった。相田翔子は和服が良く似合う典型的な純日本美人だ。

 4 CHA-CHA-CHA by 石井明美

 この曲は1980年代に流行った明石家さんま主演のドラマ「男女7人夏物語」の主題歌として脚光を浴びた。こちらも同時期に流行した「ランバダ」と同様にダンスミュージックで、この曲で石井明美が大ブレイクした。

 私はこの80年代のバブリーソングが再ブレイクする理由は、当時流行歌として聴いていた若者たちが、40代以上の親世代となり、その子供たちには新鮮に映ること、そしてもうひとつは、80年代はアイドルブームがあって、バブルの好景気と相まって、歌謡曲が全盛期を迎え、カラオケ等の普及によって、世にこうしたノリノリの曲が流行したことによる。だから、親世代がカラオケで歌っているのを聴いたその子供たちが、耳に残る曲として歌い継いでいるのだと思う。
 本日挙げた4曲は、30年も前の古歌だが、「ダンシングヒーロー」の再ブレイクによって、今後、脚光を浴びるであろう曲を先取りしてお送りした。

 記事作成:1月5日(金)

2017年5月25日 (木)

カラオケ映像に出演するべっぴんさん

 1990年代の世相というと、バブルがはじけた頃だった。音楽界はアイドルブームが下火になり、バンドブームが沸き起こった頃だ。その頃はレーザーディスクを用いての映像カラオケブームがあった。それに伴い、当時のモデル張りの美男美女がそうした映像に登場し、あまりの綺麗さに歌うのを忘れて見とれた記憶がある。
 今日は、あまり思しろくないかもしれないが、カラオケ映像に出て来る美女やべっぴんさんうを取り上げたい。

 異邦人 久保田早紀

https://www.youtube.com/watch?v=rq5WRRLT7PA

 かもめが翔んだ日 渡辺真知子

 愛人  テレサ・テン

 桜坂 福山雅治

 夜明け 松山千春   

 思い出のビーチクラブ  稲垣潤一   

 ドラマティック・レイン 稲垣潤一

   

 空も飛べるはず スピッツ

 愛という名のもとに 浜田省吾

 SWEET MEMORIES 松田聖子

   

 聖母(マドンナ)たちのララバイ  岩崎宏美

 最後のHoly Night  杉山清貴   

 ゆうこ 村下孝蔵   

 結構、恋愛ストーリーや失恋、別れなどが描かれていて、実際の恋愛模様の縮図があらわされてあったと思う。一種のバイブル的なドラマ仕立ての凝った作りになっていたように思う。
 今から20年以上も前の映像が多く、私も20代後半から30歳前半の頃に、よく仕事帰りや飲み会時の二次会のカラオケスナックで歌った曲が多い。郡山市のアーケード内にあった「One Day」で男女10人以上のグループでよくお酒を飲みながらカラオケをやったり、オシャレなプールバーでビリヤードを突いたものだった。
 あの青春の日々はもう戻らないが、不思議と記憶の中に鮮やかに息づいているものだ。

 記事作成:5月7日(日)

2017年3月 4日 (土)

福島出身の3人の歌姫③

 3日連続の特集記事の最終日。彼女の存在を知る人は、もしかするとまだ少ないかもしれないが、列記とした福島市在住のシンガーソングライターだ。地元愛が強くて、楽曲のあちこちに福島のスポットが登場するし、MVも福島市内でロケを行う入れ込みよう。では最終回、私が取り上げるのは「MANAMI」だ。

 プロフ

  1992年6月2日生まれの24歳 血液型はO型 出身地は東京だが、福島在住

 公式HP http://profile.ameba.jp/manamiutautai

 福島えがお

 《MANAMIコメント》
                                                       
震災以降、福島には笑顔が少なくなったという言葉を聞き、笑顔が生まれるきっかけにな­るような曲を作りたいと思いこの曲を作りました。福島のこと、福島への思い、そして福­島が好きだ、というメッセージを込めています。一度聴いたら思わずふくしまふくしま~­♪と口ずさんでしまうような、耳に残りやすいサビのメロディも特徴的です。
今回のミュージッ­クビデオは、MANAMIと同郷のコマ撮りアニメーション作家・ワ­タナベサオリを監督に迎え、阿部綾子(U-ONE MUSIC)協力のもと、福島で撮影しました。
 このMVで登場したスポットや出演者はオール福島。
 四季の里、福島駅、東口駅前広場、コラッセふくしま、12F展望ラウンジ、飯坂温泉あし湯処 ちゃんこちゃんこの湯、Cafe ひらなが、荒川運動公園、布引 風の高原、猪苗代湖、株式会社poptoon、福島市観光コンベンション協会、福島市観光PRキャラクター・ももりん、ふくしまから、はじめよう。キビタン。

 タイトルの通り、笑顔を貰える名曲だ。メッセージソングとしてはほんわかしそうな印象。

 
 Familiar Train  ※飯坂線公認応援ソング   

 4th mini album「HAPPY MY LIFE」に収録されている。

 かみだのみ

 カフェスマ〜酪王カフェオレと笑顔〜 30秒CM 

  2016年4月15日〜6月30日に開催した酪王カフェオレ40周年記念キャンペーン「カフェスマ〜酪王カフェオレと笑顔」でお寄せ頂いた笑顔がCMになりました!ご応募頂いた皆様、本当にありがとうございました。
ちょっと長めの30秒バージョンです。

 3日連続でお送りして来た地元密着の3人の歌姫たち。ついつい応援したくなってしまう存在だ。福島県民はもちろん、県外の方にもぜひ彼女たちの歌声に触れてほしい。そしてできれば応援をして頂きたいと思う。真剣に音楽に向き合い、音楽をこよなく愛し、郷土愛が滲み出た大切な、大切な福島県出身のシンガーだから・・・。

 記事作成:2月21日(火)

2017年3月 3日 (金)

福島出身の3人の歌姫②

 彼女もまた郷土愛の塊のようなシンガーだ。「MV」では県内の風景をバックに歌い、その美しい自然や有名観光地をさりげなくPRしてくれている。彼女は今や全国区のシンガーに成長したが、福島市出身で地元の高校を卒業した。
 彼女の楽曲は、地元のローカルCMなどにも使われている。今回紹介する、ここでいう彼女とは「片平里菜」だ。まずはプロフから。

 福島県福島市出身、23歳のシンガーソングライター。 「閃光 ライオット2011」にて1万組の中から審査員特別賞を受賞したことで、プロ契約。2013年8月7日シングル「夏の夜」でデビュー。
 公式HPはコチラ http://www.katahirarina.com/

 どこかミステリアスな雰囲気を秘めている。

 待望の1stアルバム「amazing sky」に収録されているヒット曲「Come Back Home」をどうぞ!

 1st Single 「夏の夜」 https://www.youtube.com/watch?v=a0T5SOMQUtU

 3rd Single 「Oh JANE」

  5th Single 「誰にだってシンデレラストーリー」

 https://www.youtube.com/watch?v=AxRasAVnj-M

 「女の子は泣かない」 https://www.youtube.com/watch?v=6DRYcobqWho

 6th Single 「この涙を知らない」 https://www.youtube.com/watch?v=_h221n54I34

 「始まりに」 https://www.youtube.com/watch?v=hmQ7yxKfixI

 最後に勇気を貰える名曲「誰もが」のPVをどうぞ!
 今年で9年目となる、TOKYO FM『SCHOOL OF LOCK!』とロッテのお菓子「Toppo」によるコラボレーション受験生応援菓子『トッパ(Toppa)』第9弾の全国発売を記念して公式ムービー公開!
                                                      

 透き通るような高音ボイス。感情移入した楽曲の数々。すべてアコースティック一本での弾き語り。古風な印象もあるが、逆に21世紀では新しい風を感じるガールズシンガーだ。

 記事作成:2月21日(火)

2017年3月 2日 (木)

福島出身の3人の歌姫①

我が福島県は「合唱王国」として知られている。特に、郡山エリアは全国に名だたる名門校である「安積黎明高校(旧:安積女子高校)」や躍進著しい「郡山高校」などが全国合唱コンクールの常連校で、毎年のように上位入賞を果たしているのは周知の通りだ。女子の歌声は心に響き、また癒しを与えてくれる。そんな福島県にあって、シンガーソングライターとして頑張っている三人の歌姫がいるのをご存知だろうか?
 以前も当ブログで県内出身のシンガー「Shimva」を特集したことがあったが、今日から3日連続でそんな故郷を愛する女性シンガーを取り上げてみたい、その美しい歌声と抜群のセンスでメロディーメーカーとなっている実力、さらには無意識のうちに惹きつけられるその魅力を存分に楽しんで欲しい。
 では初日の今日は、私が一押しのこのシンガーです。

 1 菅野 恵(すげのめぐみ)

 彼女のプロフを紹介するHPはコチラ http://me-gu.net/

 「The Challenger」は5thミニアルバム『Hello to U』に収録されている曲で、FTVで放送している「 きみこそ明日リート」のテーマソングとして人気がある。彼女は福島市出身のシンガーソングライター。一回聴けばそのメロディーが耳に残り、つい口ずさみたくなる楽曲を多く提供している。

 どうですか?元気が湧いて来る曲だと思う。福島県内で注目の未来の中高生のアスリートを紹介する福島テレビの番組が「きみこそ明日リート」だ。毎回、自分の夢に向かってひたすら頑張っている選手を取り上げ、ダイヤの原石を発掘する県内では高視聴率の番組だ。第1回目の放送はこの人だった。

 

 福島県の高校陸上界のホープで、東京オリンピックへの期待がかかる遠藤日向君。私としては「箱根駅伝」を走る彼の雄姿を見たかったが、自身の堅い意思で実業団への就職を決めた。

 4thミニアルバム「Delicious」の収録曲「メッセージ」が福島銀行CMソングに決定!県内民放4局で放送している。

 さらに「運命の恋」も名曲だ。イントロ部分と歌詞が素敵だ。

 地元密着で、故郷を愛し、震災後に元気と生きる勇気を与えてくれている特別な存在のような気がしている。時々女神のように思えることもあるし、可愛らしい風貌と大人びた歌声のギャップにやられている。今後も応援していきたい。ぜひ良い歌を作り続けて欲しいと願う。

明日は片平里菜、明後日は 「MANAMI」取り上げる予定です。

記事作成:2月21日(火)

2016年12月14日 (水)

カラオケ映像に登場する美しすぎるモデル

 カラオケをやった人なら誰でも一度は思うことだが、画面に登場する男女は、たいてい芸能人かモデルなのだが、酔った勢いもあるかもしれないが、吸い込まれるほど綺麗で美しすぎて、ついその映像に釘付けになっている自分に気づく。1990年代頃にカラオケ産業が隆盛し、多くのカラオケ映像が制作された。今から20年以上も前なのに、そこに登場するモデルがべっぴんさんなことに驚かされる。もしかしてあの頃の若い自分と重ね合わせて美化して見えてしまうのかもしれないが、今、動画サイトの映像を見てもついつい見とれてしまう、今日は私の好みで恐縮だが、そんな美しすぎる女性たちを特集したい。名も知らないモデルたちだが、心ときめかせてしまう。

 異邦人

 Hello,my Friend 

 上の2本は同じモデルさんを使っている。

 幸せな結末

 以前この動画はもう少し画質が良かったが、劣化している。ここに登場する女性は、実は10年前に勤務していた職場にそっくりな女性がいた。スポーツ万能で、オリンピック選手だった。

少女 村下孝蔵 

かざぐるま  村下孝蔵

DOWN TOWN BOY 

ひこうき雲

 1990年代を彷彿させる映像だが、今見ても美しい人は美しい。

 記事作成:10月4日(火)~

2016年8月 3日 (水)

個性派&コミック系バンド

 かつて「ヤマハ音楽振興会」主催の音楽イベント「ポプコン」が行われていた。そこで大賞を受賞した曲やバンドは、その後、世界歌謡祭に出場し、グランプリを獲得すれば、メジャーデビューが約束され、決まっていいほど大ヒットに結びついていた。代表的な人に、中島みゆき、世良公則とツイスト、クリスタルキング、円広志などがいた。中にはユニークな個性派バンドも数多く登場した。
 まだ「コスプレ」が市民権を得る前の1980年頃、世の中はアイドル全盛期を迎えていた。そんな中、派手な出で立ちでコミカルな楽風で魅了したバンドがあった。今日はそれをテーマにしたい。

 TOM★CAT

 1978年に東京造形大学で結成されたバンド「FUNKY NOISE」を前身とする。その後、「NOISE MAKER」を経て1984年に「TOMCAT」を結成。同年10月、第28回 ポピュラーソングコンテストに出場して「ふられ気分でRock'n' Roll」でグランプリを受賞。同年11月、第15回世界歌謡祭グランプリ受賞曲でもある同曲でデビュー。顔からはみだす大きなサングラスと宇宙服を思い起こさせるようなビニール地のコスプレが特徴だった。彼女自身はとても小柄で、小学生を髣髴させる外見ながら、キーボードを叩きながら歌い、しかも早口でまくしたてる歌詞で息継ぎもなく一気に歌い上げていた。

 アラジン

 名古屋商科大学フォークソング同好会のメンバーを中心に結成された。1981年、『第12回 世界歌謡祭』グランプリを獲得した「完全無欠のロックンローラー」でヒットを飛ばしたが、あとはヒット曲に恵まれず、2年ほど活動したのち1983年に解散。後に「一発屋」と呼ばれるバンドである。
 彼らもまた世界歌謡祭グランプリ受賞バンド。多人数バンド。ヴォーカルでリーダー高原は、バリバリリーゼントにきんきらきんのド派手衣裳に身を包み、コミカルな振り付けとフィフティーズ時代を彷彿させるコスプレで踊りも決めていた。元祖コミカルバンドのような登場ぶりだった。

 たま

1984年に3人で結成され、1986年に4人となり、1990年にメジャーデビューして「たま現象」とも言われるほど話題になった。1996年から再び3人になり、2003年に解散した。フォークロックを基調とした独特の音楽で異彩を放った。
1990年にリリースされた「さよなら人類」では、独特なリズム回しと山下清ばりのランニングシャツで歌うスタイルは評判を呼び、その個性的すぎる楽曲で第32回日本レコード大賞・最優秀ロック・新人賞を総なめにした。

 聖飢魔II 

 1982年(魔暦紀元前16年)12月末に結成。1983年(魔暦紀元前15年)3月23日に初黒ミサ(コンサート)を行う。1985年(魔暦紀元前13年)に大教典(アルバム)『聖飢魔II〜悪魔が来たりてヘヴィメタる』で地球デビューし、翌年に発売した小教典(シングル)「蝋人形の館」の大ヒットで一躍有名になる。デビュー時の公約では1999年(魔暦元年)7月で活動を終えるはずだったが、事情を知らない侍従(マネージャー)がその後の予定を入れてしまったために解散を延期。1999年12月31日23時59分59秒、「地球征服を完了した」として解散し、光の中に消えていった。

デビュー当初は、バンドのコンセプトに沿った奇異な外見や、デーモン小暮閣下らによる独特のパフォーマンスで世間の話題を集めた。赤色や金色に染めて逆立てたヘアスタイル・歌舞伎の隈取り風の顔の模様(本魔たちによれば、それが素顔であり、メイクではない)や、文字通り悪魔的な世界観に則った歌詞、ヘヴィでラウドな演奏などである。音楽を媒介にして悪魔教を布教するために組織された「教団」であると主張している。目的は地球征服を完遂して解散すること。各構成員は地獄から来た悪魔だとしている。

 デビュー当時は「KISS」の二番煎じかと思ったほど、派手な化粧とハードロック調やヘビメタの路線で、他のバンドと一線を画した。

 米米CLUB

 文化学院のサークル仲間だった石井竜也、小野田安秀、大久保謙作らにより、卒業後の1982年秋に結成。アマチュア時代から積極的にメディア出演を繰り返し、1985年にレコードデビュー。主な代表曲は「浪漫飛行」、「君がいるだけで」。
 正式メンバーであるダンサーチーム「SUE CREAM SUE(シュークリームシュ)」の他に、サウンド的に必要不可欠であるインストバンド「BIG HORNS BEE」を筆頭にサポートメンバーを多く抱える大所帯バンドである。石井の手掛ける本格的な舞台美術やコンサートでの寸劇、映像製作などを特徴としていた。
 石井の監督作品映画『ACRI』の興行失敗などが影響しバンドの維持が困難になり1997年に解散。

 彼らをコミックバンドと評するのは、ファンの怒りを買うし、失礼な話だと思うが、ファンクミュージックをベースとした楽曲や演奏技術、メンバーの音楽センスは、高く評価する声もあったが、奇抜な衣装やメイク、コントのようなMCやキャラクター重視で寸劇混じりの演出などにより、デビュー当初は“イロモノ”として扱われることが多かった。当時、同じソニー系列のレコード会社に所属していた聖飢魔II、爆風スランプと合わせて「ソニー三大色物バンド」と呼ばれていたこともあった。

 ビジー・フォー

 こちらはコミックバンドの典型だが、ものまね主体のコンセプトで1980年から今日まで、ものまね番組には欠かせない存在となった。結成時は4人組だったが、リーダーだったウガンダ・トラが他界。以降はグッチ裕三とモト・冬樹の2人組ユニットとして活動継続し、お茶の間の人気を得た。特に、洋楽を完全コピーしたグッチの歌の上手さと、もはや芸人化したモトとの絶妙なやりとりが好評を博し、ひっぱりだこになった。

 ゴールデンボンバー

 ヴィジュアル系エアーバンド、パフォーマンス集団。メディアでの略称は金爆(きんばく)。2004年にボーカル鬼龍院翔とギター喜矢武豊を中心に結成。エアーバンドという形式を採っているため基本的にボーカル以外のメンバーは「当て振り」であり、ライブではメンバーによるコントや楽曲に合わせた個性的な振り付けなど様々なパフォーマンスを行っている。キャッチコピーは「笑撃のライブパフォーマンスと、奇才・鬼龍院翔の創り出すクオリティーの高い楽曲で注目の究極のエアーバンド」。

 2009年10月、7枚目のシングル「女々しくて」がCMソングに起用され、大ヒット。その独特なコスプレが話題を呼び一気にブームに乗り、紅白歌合戦にも出場した。

 こうして見ると、現代では「ヴィジュアル系」と呼ばれているが、1980年代は「変った奴ら」くらいにしかなかった。竹の子族が原宿を席巻していた時代頃から、こうした個性派揃いのバンドやコスプレをコンセプトにしたユニットが世に登場してきた印象が強い。

 今後はどんな個性派バンドが登場するのか、1990年代を彩った「イカ天」バンド世代が親となり、その子供たちが必ずや影響を受け、再ブームが起きるのは間違いないとみている。それは80年代のアイドルブームの影響で、モー娘。やAKBなどの多人数アイドルユニットが再燃したのと同じだ。どうやらミュージックシーンは、ファッションと同じで時代回帰を繰り返すものらしい。

 記事作成:7月18日(月)

2016年7月23日 (土)

女性ヴォーカリストバンドの名曲集

  今日は古い記事で申し訳ない。実は3年も前に執筆を開始したのに、その後ずっとストップしていたものだ。記事のストックが少なくなってきたことを鑑み、これから、そんな出し惜しみしてきた記事を断続的にアップしていきたいと思います。あしからず。

 1990年代に「イカ天」が流行し、バンドブームが隆盛した。1960年代のGSブーム、1970年代のニューミュージックブーム、1980年代のアイドルブーム、そしてこの90年代のバンドブームと、ミュージック界は、歴史を繰り返すものらしい。そんな90年代において、特に際立って登場してきたのが女性ヴォーカルのバンドや女性だけで結成した「ガールズバンド」だった。ビジュアル系という新たな分野も誕生し、ミュージックシーンはより華やかになった。
 今日は、90年代を鮮やかに彩ったガールズバンドや女性ヴォーカルのバンドを取り上げたい。
 

 My Little Lover ~Hello Again~昔からある場所

http://www.youtube.com/watch?v=2LsYMrG1cr4

 Every Little Thing  ~出逢った頃のように~

http://www.youtube.com/watch?v=hcU_9vhXWYE

  globe ~Can't Stop Fallin' in Love~

http://www.youtube.com/watch?v=4ctWvVAmQpo

 Zone ~Secret base~君がくれたもの

http://www.youtube.com/watch?v=mRgcXn9P_OY

  Whiteberry ~夏祭り~

http://www.youtube.com/watch?v=Fty3wMAxVjI

 Princess Princess ~Diamonds~

http://www.youtube.com/watch?v=z9q4D_vbSi8

  PINK SAPPHIRE  ~P.S. I Love You~

http://www.youtube.com/watch?v=AMdR2fvcfhw

 リンドバーグ ~今すぐKiss me~

http://www.youtube.com/watch?v=RcubEBboyyY

 Dreams come true  ~決戦は金曜日~

http://www.youtube.com/watch?v=4ZQxNmeKgEU

 レベッカ ~フレンズ~

http://www.youtube.com/watch?v=LJP68KO4bTs

 JITTERIN JINN  ~プレゼント~ 

http://www.youtube.com/watch?v=LwtuFLaSkwE

 Hysteric Blue 春~spring~

http://www.youtube.com/watch?v=mekNXuwPfLs

 ZOO ~Choo Choo Train~

http://www.youtube.com/watch?v=rWzpAsiiDV8

 ガーデンズ ~エンドレスサマー~

http://www.youtube.com/watch?v=IgDkLF3Moj0

 SHOW-YA ~限界 LOVERS~

http://www.youtube.com/watch?v=v0AKfZGCNMs

 JUDY AND MARRY ~そばかす~

http://www.youtube.com/watch?v=nq_j3k8XY7g

 パーソンズ ~DEAR FRIENDS~

http://www.youtube.com/watch?v=EsHMwnl0t_M

 思いつくだけでもこんなにある。それほど賑わいを見せていた時代だ。この時代はバブルの遺産で、その後の不況に立ち向かう頃合だった。
 しかし、ジャンルはロック系が多く、パワーとエネルギーを与えてくれるような楽曲が幅を利かせていた。
 2000年以降は「モーニング娘。」や「AKB48」グループの登場で、やや1980年代に戻った感が強いが、いずれまたそのバンド世代に青春時代を過ごした方たちが、親世代となり、その影響をモロに受けた子供世代が再びバンドに目覚め、再びバンドブームが尾きりのは間違いないところだ。
 アイドルの曲はメロディーやテンポがよく、万人受けするが、本格的に音楽を追求するとかパワーという面では見劣りする。時代背景に適応したよりエネルギッシュな、そしてハードなミュージックの再興が待たれる頃だ。

  記事作成:平成25年10月5日(土)

2016年5月27日 (金)

坂井泉水の命日に寄せて

 今日5月27日は、2007年のこの日に不慮の死を遂げたZARDのヴォーカル「坂井泉水」さんの9回目の命日にあたる。あの日から早9年とは、時の流れとは何と薄情なのかと一抹の悲しみを覚える。私はデビュー当時からずっとZARDの熱烈なファンだった。いやもっと遡れば、彼女が本名の「蒲池幸子」名義で、モデルとして登場していた頃から、ピュアで清楚でお嬢さん風の容姿に心惹かれていた。そしてどこか悲しげな影があって、謎めいた雰囲気にも。彼女のCDは毎回欠かさず購入し、聴き入っていた。
 しかし、あの日、NHKのニュースで彼女の急死が報じられ、我が耳を疑ったものだ。「何かの間違いだ!嘘であってほしい・・・」。そんな気持ちと共に、打ちひしがれた絶望感が全身を襲ったのだった。その衝撃のニュースはコチラ。

 https://www.youtube.com/watch?v=gqBj2x-eTwo

 彼女は生前、照れ性で自己表現が苦手な性質でありながらも、精一杯音楽を通じて私たちにメッセージを送り続けてくれた。時に悩みを吹き飛ばすような曲も書いてくれたし、人間が抱える内面の葛藤、悩みも打ち明けるように書き綴った詩歌は琴線に触れた。その美しくも儚い印象の詩は、人々の心に安らぎと癒しを与えてくれていた。それは今も変わらない。現に、私の車のCDにはいつも彼女のアルバムを入れている。彼女がその限られた命を燃やして訴えたかったことは何だったのか。切ない乙女心か?生への執着か?美しいものへの憧れか?人間の本質を包み欠かさず表現したと個人的には思っている。

 本日は彼女の命日にあたり、以前も当ブログで紹介した記事「坂井泉水FOREVER」を再掲することで、彼女を偲び、彼女の存在を永遠の記憶の中に閉じ込めたいと思う。10年経っても20年経っても、坂井泉水という素晴らしいアーチストがこの世に存在していたことを忘れないために。そして彼女の遺した遺作とも思える楽曲の数々を後の世代に語り継ぐために・・・。8年越しとなる哀悼の意を捧げたいと思います。ではお送りします。

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 「坂井泉水FOREVER」

 1990年代、その女性は日本のポップス界において最も光彩を放ち、輝いていた。彼女が出すシングルやアルバム曲は、毎週ヒットチャートの上位を独占。テレビアニメの主題歌に幾度となく起用され、誰もが口ずさめるシンプルでアップテンポでリズミカルなメロディーライン。しかし、神は無慈悲にも彼女に永遠の輝きを与えることはなく、試練を授けた。傍目には順風満帆の歌手人生に見えていたが、いつしか忍び寄る病魔に蝕まれ、あのような非業の死を遂げるとは思いもしなかっただろう。いやそれともそれも承知の上での覚悟の事だったのだろうか・・・。

 生前、彼女のデビューは秘密のベールに包まれていた。覆面歌手(ユニット)として、公の場に姿を見せることを頑なに拒むかのような身の置き方であった。まるで正体不明で、一時「彼女はこの世に実在しないのではないか」との憶測も飛び交うほどであった。デビュー当時の松山千春を彷彿させる、そんな不思議な存在だった。一体どんな人が歌っているのだろうと興味津々だった。独特な鼻にかかった甘ったるい声質。それでいて艶やかで伸びのある美声。初めて彼女の姿を見た時、私は言いしれぬ衝撃と感動を覚えた。「何て美しい女性なのだろう」と。ピュアな印象と透明感を醸し、現代の若い人には珍しいくらい独特な落ち着き。そしていつも伏し目がちで少し影を感じさせる妖しい雰囲気の持ち主。何もかもが魅惑的で神秘的。
 彼女はデビュー前、様々な職業をこなしていた。OL、レースクイーンやモデル、、そして時には、その美形な顔立ちとスタイリッシュな体型を活かしてカラオケのPVやセクシーイメージビデオにも出演した。
 しかし、もしかすると、そうしたシンガーとしての地位を確立する以前の過去を包み隠そうとしてテレビ出演を拒み、CDリリースのみで自分の感性を発表する場とし、そのような存在形態を確立しようと模索していたのかも知れない。そして彼女の雰囲気の中にあるそうした「影」の部分を自然に作り出していたのかもしれない。彼女のCDジャケットやZARDのボーカルとして撮影された画像は、殆どがカメラ目線はなく、素顔を見せることを避けているかのように伏し目がちかあるいは遠目に撮影したものばかりである。ファンならずともここで言う「彼女とは誰なのか」もうおわかりだろう。そう、彼女とはポップス系ユニット「ZARD」のボーカルだった「坂井泉水」である。

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 彼女の歌声は1990年代、世の中を席巻し、テレビ、ラジオ、CDショップなどでは毎日のようにBGM替わりに流されていた。リリースする曲がすべてメガヒット。私は8cmCDの時代から、ずっとZARDのシングルを所有していた。デビュー曲の「Good-bye My Loneliness」から遺作となった「グロリアスマインド」まで。シングルは実に45枚発表された。
 オリコン調べによる(2009年6月現在)ランキングによると、アーティスト・トータル・セールス(CD総売上枚数)は3,743万枚で歴代7位の記録。
 シングル:1,768万枚(女性ボーカルアーティスト歴代2位)
 アルバム:1,971万枚(女性ボーカルアーティスト歴代4位)
 シングルTOP10獲得数:43作(歴代5位タイ)(女性ボーカルアーティスト歴代2位)
  90年代アーティスト・トータル・セールス:3位(女性ボーカルアーティスト1位)
 シングル1位獲得数:12作(女性ボーカルアーティスト歴代4位)
 シングルTOP100チャートイン数:45作(90年代デビューアーティスト歴代2位)
 アルバムミリオン獲得数:9作(歴代4位タイ)
 アルバム連続ミリオン獲得数:9作(歴代1位)
 アルバム1位獲得数:11作(女性ボーカルグループ1位タイ)

 以上、実に輝かしい記録を遺した。

 <私の好きなZARDの曲ベスト20>

 1位 「揺れる想い」・・・1993年5月19日発売 最高位1位
 2位 「マイフレンド」・・・1996年1月8日発売 最高位1位
 3位 「永遠」・・・1997年8月20日発売発売 最高位1位
 4位 「負けないで」・・・1993年1月27日発売 最高位1位
 5位 「心を開いて」・・・1996年5月6日発売 最高位1位
 6位 「君に逢いたくなったら」・・・1997年2月26日発売 最高位2位
 7位 「きっと忘れない」・・・1993年11月3日発売 最高位1位
 8位 「この愛に泳ぎ疲れても」・・・1994年2月2日発売 最高位1位
 9位 「風が通り抜ける町へ」・・・1997年7月2日発売 最高位3位
10位 「愛が見えない」・・・1995年6月5日発売 最高位2位
11位 「こんなにそばに居るのに」・・・1994年8月6日発売 最高位1位
12位 「Good-bye My Loneliness」・・・1991年2月10日発売 最高位9位
13位 「眠れない夜を抱いて」・・・1992年8月5日発売 最高位8位 
14位 「君がいない」・・・1993年4月21日発売 最高位2位
15位 「運命のルーレット廻して」・・・1998年9月17日発売 最高位1位
16位 「息もできない」・・・1998年9月17日発売 最高位3位
17位 「瞳閉じて」・・・2003年7月9日発売 最高位4位
18位 「もう少しあと少し」・・・1993年9月4日発売 最高位2位
19位 「あなたを感じていたい」・・・1994年12月24日発売 最高位2位
20位 「痛いくらい君があふれているよ」・・・1999年10月14日発売 最高位5位
次点  「この涙  星になれ」・・・1999年12月1日発売 最高位5位

  シングル曲ではないが、「Oh my love」も大好きな曲だった。

 タイトルを見ると、彼女はまるで自らの死期を悟り、悲しい別れを暗示しているかのような意味深なネーミングばかりである。タイトルを知らなくても、そのサビの部分やメロディラインの一部を聴いただけでも一度は聞き覚えのある曲ばかりに違いない。

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 次に、デビュー前から彼女がスターダムにのし上がるまでの経歴をここで簡単に振り返ってみたい。
 彼女は1967年2月6日神奈川県平塚市生まれ。秦野市育ち(小学校4年より)。本名は蒲池幸子。血液型はA型。秦野市立西小学校、秦野市立西中学校、神奈川県立伊志田高等学校卒業。中学時代は陸上部で活動をする傍ら、ギタークラブでも活動していた。高校時代は硬式テニス部に所属。松蔭女子短期大学を卒業後、不動産会社にOLとして約2年間勤務した。
 しかし、転機が訪れた。街頭でスカウトされ、スターダストプロモーションに所属し、本名「蒲池幸子」でモデル活動を行う。モデル時代の公式プロフィールは1969年生まれとなっていた。この時期、セミヌード写真集「nocturne」を出している。1989年(22歳) からドラマや人気歌手のPV、更にはバラエティ番組のアシスタントなどに多数出演する。東映カラオケのPR活動などで地方のカラオケ店を巡業する。この企画はZARDでの歌手デビュー後の1991年3月まで続いた。日本エアシステムのフルロードキャンペーンのキャンペーンガール。
 1990年(23歳)の時には日清カップヌードルレーシングチーム(2輪)のレースクイーン。岡本夏生は同期。 6月、写真集『Body Works』出版。 6月21日、ビデオ『SEXY SHOOTING』(サザンクロスビデオアーツ)発売。7月24日、写真集『NOCTURNE出版。モデルやグラビアアイドルとして順調に仕事をこなしていた。 冬にはフジテレビ系番組『オールナイトフジ』のグラビア美少女のコーナーに出演。 その他、雑誌グラビアに多数掲載される。これらは華やかで決して下積みとは呼べないが、彼女がひた隠しにしたかった過去だったのかもしれない。
 そしてまたまた一大転機が訪れた。1990年8月に所属の「スターダストプロモーション」の代表取締役、細野義朗にビーイング社長、長戸大幸を紹介されオーディションを受ける。長戸に才能を認められ、坂井泉水として音楽ユニット「ZARD」結成の準備に入る。そして念願だった歌手デビューを1991年(24歳)で果たすこととなった。2月10日にシングル「Good-bye My Loneliness」でデビューし、 以降、音楽活動を続ける。それ以降の活躍については前述の通り。

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 感動のクルージング初ライブ(1999)

 「美人薄命」とは彼女のために用意された言葉なのかも知れない。運命の悪戯に翻弄され、天国と地獄の両方を味わい、人知れず病気と闘い、ひとり天国へと旅立っていった。ファンにあまりにも突然の悲しい訃報を残しただけで・・・。彼女は素顔を晒すことはあまりなかった。あれだけの美貌の持ち主ながら、結婚もせず、女性としての幸せを掴むことすら望まなかったように思える。ここから先の文面は、ややショッキングなため掲載するかどうか迷いに迷ったが、彼女の人生を締め括るエピローグなので、やはり包み隠さず全てを掲載したい。

Sakai11  2000年以降、子宮筋腫、卵巣のう腫、子宮内膜症と次々に病気を患い、通院の日々が続いた。その年のNHK紅白歌合戦を「体調がすぐれないため」として出場を辞退した。2006年4月、仕事中に体調が悪化したため、病院で検査をうけたところ子宮頸癌が発見される。6月1日に慶應義塾大学病院で病巣の摘出手術を受けて、7月に退院。 2007年年4月、肺への転移が見つかり、再入院。入院中は抗ガン剤による治療を受け、治療後のアルバム製作とコンサートツアーに向けて作詞を行うなど、再始動を目指していた。しかし、5月26日朝の5時40分頃、目撃者の証言によれば、入院先の病院内のスロープの手摺りに腰をかけていたのだが、そこから3メートル下に予期せぬ転落をして、駐車場で仰向けに倒れているのを通行人に発見される。ICUで緊急処置を受けたが、翌5月27日午後3時10分、後頭部強打による脳挫傷で急死し、還らぬ人となってしまった。倒れていたのが早朝6時前という時刻で、あまりにも不自然で不可解な突然死に、事件事故の両面から検証が行われたが、自殺とみられる兆候はなかったことから事故として処理された。これからという矢先の40歳という若さでの孤独な旅立ちであった。しかし真相は本人にしかわからない。闘病生活に疲れ、死を予感して、または先行きを不安視しての発作的に自ら落ちたのかも知れない。彼女の葬儀は青山葬儀所で、しめやかに親族だけの密葬として執り行われた。そして、レコード会社と所属事務所の合同音楽葬としてファンとのお別れ会が6月27日に青山斎場で開かれ、往年のヒット曲が会場に流れる中、四万人を越える大勢のZARDファンが詰めかけ、あまりにも唐突で早すぎる死を悼むと共に、彼女との永遠の別れを惜しんだ。

 彼女の衝撃的な死から早いもので9年の月日が流れた。私は未だに彼女がもう過去の人だという事実を受け止めきれないでいる。彼女のPVを見ると居た堪れない気持ちになる。今でも「名探偵コナン」のエンディングテーマに坂井泉水の声が鳴り響く時がある。私は毎日のように彼女のベスト盤CD(MD)を聞きながら、職場までの道のりを往復運転している。彼女の甘い歌声、時には「彼女が生涯をかけて伝えたかったことは何だったのか」という文字通り命題に至るまで深く考えさせられ、身につまされて感じることもしばしである。もう二度と生で歌う姿を見ることは叶わないが、彼女のあの愛らしい、そしてちょっと照れた素振りで歌う姿やスタイル、笑顔、そしてその美声を永遠に忘れはしない。
「坂井泉水、フォーエバー(永遠なれ)!」

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 最後に在りし日の彼女の歌声をどうぞ!

http://www.youtube.com/watch?v=lvYW1KDIPlI&feature=related

 「心を開いて」

「♪人と深く付き合うこと 私もそんなに得意じゃなかった
でもあなたを見ていると 私と似ていてもどかしい
そういうところが たまらなく好きなの♪」

 この部分歌詞が大好きで、おそらく彼女自身もこういう生き方をしていたのだと思う。

 Oh my love

http://www.youtube.com/watch?v=dbqrY2vmSQ4&list=RD02OZEt21pk6pM

 関連記事(我が永遠なる歌姫)はコチラ↓

http://tsuri-ten.cocolog-nifty.com/blog/2010/02/post-abd8.html

 彼女を追悼するファンの想い

 ZARD 坂井泉水さん 追悼◆その足跡と魅力

 彼女の面影を偲ぶ「ZARD Small Live」はコチラ

https://www.youtube.com/watch?v=fU494K-3cps

 貴重な映像集(長嶋茂雄とのデュエット映像あり)

https://www.youtube.com/watch?v=bCnvub0JtFo

 
 記事作成:3/26(木)

 <関連記事>

 坂井泉水さんのお墓参りの記事はコチラ ↓

http://tsuri-ten.cocolog-nifty.com/blog/2013/10/1022-6804.html

 * ご親族の強い意志により場所が特定できないような処置を施してあります。予めご了承ください。

 坂井泉水さんの転落事故現場訪問の記事はコチラ ↓

http://tsuri-ten.cocolog-nifty.com/blog/2013/10/1023-1efb-1.html

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