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小説

2013年3月13日 (水)

シュートショートの神様「星新一」

 星新一をご存知だろうか。私が彼の存在を知ったのは、恥ずかしながら今年の2月下旬のことだ。それも職場の同僚に言われて初めて、彼が日本人SF作家の草分けで、私が生まれた頃に、既に数十年後の未来像を描き、文字通り「空想小説」(SF)を描いた第一人者であったことを。その同僚は私に、彼の代表作5冊を実家の埃まみれになった本棚から見つけてくれて、貸してくれた。するとどうだろう。あまりに奇想天外なストーリーと予期せぬ結末につい吸い込まれ、「マイ国家」を3時間足らずで200ページを読破してしまった。彼の小説は「ショートショート」と呼ばれ、その名の通り、一話完結の話が3~5ページと短く、多忙でせっかちな私にはもってこいの小説だった。外国で言えば、アメリカの短編小説作家の「オー・ヘンリー」のような存在か。

 中学時代にNHK「少年ドラマシリーズ」の「なぞの転校生」や「未来からの挑戦」を見て、SF小説にハマり、読み漁った時期があったが、それは眉村卓や光瀬龍の作品が殆どだった。今回、星新一の作品を知り、まさに眉村卓は彼の作風を継承しているように思えた。つまり、最初にこのショートショートの分野を確立したパイオニアは星新一ということになる。翌日にはブックオフで、彼の作品を5冊買い込んだ。今後も時間を見つけては読みふけりたいと思っている。それにしても半世紀も前の世にあって、夢物語として予知、あるいは予見したようなことが、50年を隔てた今、不思議にも実現している事象が殆どであり、彼がまさしく稀代のSF作家であったことが見て取れる。
 前置きが長くなったが、それでは早速、彼の足跡を振り返り、アニメ化した作品で振り返ってみたい。最初に断っておくが、このストーリーは30年から50年ほど前に考え出されたものばかりである。いかに彼が先見の明を持ち、ユートピアなどの未来社会の出来事を仮想し、空想していたかがわかると思う。

 <星 新一のプロフ>

Hoshi  本名・星 親一、1926年〈大正15年〉9月6日 - 1997年〈平成9年〉 12月30日)は、日本の小説家、SF作家。
 父は星薬科大学の創立者で星製薬の創業者・星一。森鴎外は母方の大伯父にあたる。本名の親一は一のモットー「親切第一」の略で、弟の名前の協一は「協力第一」の略。 
 1926年(大正15年)、東京府東京市本郷区曙町に生まれる。1948年(昭和23年)、東京大学農学部農芸化学科を卒業した。

 多作さと作品の質の高さを兼ね備えていたところから「ショートショート(掌編小説)の神様」と呼ばれているが、『明治・父・アメリカ』、父親や父の恩人花井卓蔵らを書いた伝記小説『人民は弱し 官吏は強し』などのノンフィクション作品もある。71歳で間質性肺炎で死去。
 彼の作品、特にショートショートは通俗性が出来る限り排除されていて、具体的な地名・人名といった固有名詞が出てこない。例えば「100万円」とは書かずに「大金」・「豪勢な食事を2回すれば消えてしまう額」などと表現するなど、地域・社会環境・時代に関係なく読めるよう工夫されている。さらに機会あるごとに時代にそぐわなくなった部分を手直し(「電子頭脳」を「コンピュータ」に、「ダイヤルを回す」を「電話をかける」に直すなど)がされていて、星は晩年までこの作業を続けていた。激しい暴力や殺人シーン、性行為の描写は非常に少ないが、このことについて星は「希少価値を狙っているだけで、別に道徳的な主張からではない」「単に書くのが苦手」という説明をしている。加えて、時事風俗は扱わない、当用漢字表にない漢字は用いない、前衛的な手法を使わない等の制約を自らに課していた。
 ショートショートの主人公としてよく登場する「エヌ氏」「エフ氏」の名は、星の作品を特徴づけるキーワードとなっている。「エヌ氏」を「N氏」としないのは、アルファベットは、日本語の文章の中で目立ってしまうからだと本人が書いている。

 「彼の生涯」

http://www.youtube.com/watch?v=HHSrHE_pHC8

http://www.youtube.com/watch?v=aik2D8dFY1A

http://www.youtube.com/watch?v=l4bmOodpu8o

http://www.youtube.com/watch?v=fqOsmI5xNTQ

 代表作

 ようこそ地球さん(1961年(昭和36年)・・・31篇収録。星によると「ガガーリン少佐を乗せた初の人工衛星発射のおかげもある」とのこと。
 気まぐれ指数(1963年(昭和38年)・・・ユーモアミステリー小説。初の長編。東京新聞に連載された。NHK(少年ドラマシリーズ)、NET(「おれの番だ」に改題、植木等出演)でテレビドラマ化もされた。
 はじめてのSF長編。S-Fマガジンに連載された。
 気まぐれロボット(1966年(昭和41年)・・・のちに『きまぐれロボット』に改題。子ども向けショートショートに童話を加えたもの。
 マイ国家(1968年(昭和43年)
 ひとにぎりの未来(1969年(昭和44年)
 宇宙の声(1969年(昭和44年)
 だれかさんの悪夢(1970年(昭和45年)
 未来いそっぷ(1971年(昭和46年)
 ボッコちゃん(1971年(昭和46年)
 誰も知らない国で(1971年(昭和46年)
 さまざまな迷路(1972年(昭和47年)
 にぎやかな部屋(1972年(昭和47年)
 おかしな先祖(1972年(昭和47年)
 たくさんのタブー(1976年(昭和51年)
 地球から来た男(1981年(昭和56年)
 これからの出来事(1985年(昭和60年)
 つねならぬ話(1988年(昭和63年)

  •  <動画化された作品>
  •  ① アフターサービス
  •  ② ボッコちゃん
  •   
  •  ③ 逃走の道


  •  ④ 紙幣


  •  ⑤ 神

  •  ⑥ 悪夢

     ⑦ おーいでてこーい
    http://www.youtube.com/watch?v=gEb-cYuzD90

     ⑧ よごれている本
    http://www.youtube.com/watch?v=V1jxBMlQ3yw&list=PLCECA551838F0F281

     ⑨ 生活維持省
    http://www.youtube.com/watch?v=cRxJPpfEUdc

     ⑩ 夢と対策
    http://www.youtube.com/watch?v=ngE659UIq5s

     ⑪ 宇宙の男たち
    http://www.youtube.com/watch?v=iY_1eH5pbqw

     ⑫ 欲望の城
    http://www.youtube.com/watch?v=yPLq9U7Vl2w

     ⑬ ゆきとどいた生活
    http://www.youtube.com/watch?v=lRB17LFz_Cg

     ⑭ 椅子
    http://www.youtube.com/watch?v=fPTIxJdW6eY

     彼が同じ小説家から一目置かれる理由は、天下の東京大学を卒業するほどの秀才にもかかわらず、それをおくびにも出さず、知識をひけらかすこともしないで、淡々と自分の創作に邁進していた点である。無論、そこには傲慢さもゴリ押しもない。しかも圧倒されるのは、通常ならちょっと学を積み、文学者や作家ともなれば、普段目にしないような堅苦しい感じや語句を好んで用い、やたらと難解な古めかしい表現を使いたがる。威厳を上げようとか、とかく大学教授にありがちな堅物傾向に陥る。ものだがさも自分はこれだけのボキャブラリーを有しており、なおかつ学があるということをアピールしようと訝しげに並べるものだが、、彼にはそういう卑しい発想がない。一部の学術的に知的レベルが高い学識者や大人にはウケはいいだろううが、これは万人向けで大衆ウケするような類ではない。
     しかしながら星新一は、そういう高慢さも片意地張った部分も持たない。子供から大人までもが楽しめるような大衆文学にのめり込み、電車の中の移動時間やちょっとした休憩時間に誰もが気軽に読みふけることが可能なくらいの文字数で収め、その中にきっちりと高度なオチまで設けている。敢えて老若男女が一読しただけで、何の先入観もなくスっと入っていけるような平素な文体を用い、一篇が3~5頁程度の短編集を提供することにひたすら奔走した。長々と平坦で辛辣な文面を並べ立てるのではなく、少ない文章にしっかりと起承転結を盛り込む最高のテクニックを用いた。非合理的な概念はすべて排除し、自然体で未来のアイディアが湯水のごとく湧いてくるのだった。
     彼が「ショートショートの神様」と呼ばれる所以は実はそこにあったのだ。もっともSF小説の場合、ほとんどが空想を思い描きながら筆を下ろすために難しい文体だと表現が堅くなり、読者は戸惑い、理解が追いつかない。なぜならイマジネーションがその都度寸断されてしまうからだ。それをことごとく排除したのだった。

     今回、遅まきながら彼の作品と出会い、その作風に触れ、先を読むことの大切さを身にしみて感じた。そして夢を思い描くことも。夢は一見現実不可能だが、科学技術の発展を見越して考えれば、もしかすると世紀を超えて実現に至るかもしれない。空想家とはそうした作業を具現化する超能力者のような気がする。しかし、彼は単なる空想だけでは終わらず、どこかで警鐘を鳴らしている。豊かな生活を続けた末に待ち構えているものは・・・。引き換えに何を失うか。足元を見て生活することの大切さを痛切に皮肉とユーモアを交えて描ききっている。それにしても彼はもう故人であるが、彼の作品には続きがあるように思えてならない、毎回含みを持たせ、その先の教訓を読者に考えさせるからだ。そして、まるで麻薬にも似た感覚で、また読みたい気にさせてしまう。そう言えば、彼の別作品を読みたい衝動に駆られてきた。

     「星新一に関するブログ」

    http://www.hoshishinichi.com/

  •  記事作成:3月2日(土)
  • 2010年10月28日 (木)

    白虎の魂 飯盛の地に果てぬ  ~峠の虚像~

    およそ1年前に「会津の魂」というタイトルの記事の中で下記の時代小説を認めたたことがある。私の祖父母は生粋の会津人で、特に5年前に亡くなった祖父は、「ならぬものはならぬ」の頑固一徹の厳しい精神が骨の髄まで宿り、どこを切っても会津の血が流れるほどの根っからの会津武士道を全うした人だった。もちろん剣道六段で師範の資格も有していた。今回は二度目の掲載となるが、尊敬する祖父を偲ぶとともに、会津武士道を忘れないために敢えて二度目の掲載に踏み切った。幕末の時代背景を噛みしめながらとくとご覧あれ。

    時は幕末 京の都は暗雲垂れ込める政変の世 
    倒幕 維新を叫ぶ勤皇の獅子に敢然と立ち向かい
    幕府最後の砦 京都守護職の命を拝した容保
    尊皇攘夷が旗印 長州の策略をことごとく排除し
    天下に名を轟かせた会津藩 その配下で一躍
    その存在を世に知らしめた新撰組
    戦の度に翻る誠の紋章はまさしく時代の象徴
    されどその栄華はほんの一時に過ぎなかった

    禁門の変で会津は討幕派の憎しみを一身に背負い
    その後 龍馬の仲立ちで 薩摩がまさかの寝返り
    同盟が成り立つや 一気に形勢は逆転

    慶応四年 鳥羽伏見の戦いでの敗北を機に 
    錦旗が討幕派に落ちると 末代将軍慶喜は身を案じ
    城を抜け江戸へと逃げ帰る 
    あれほど忠誠を誓った筈の将軍家の唐突な翻意 
    会津は後ろ盾を失い 京を追われた
    やがて謂れのない逆賊の汚名を着せられ 
    倒幕の嵐の中へと呑み込まれていった

    「勝てば官軍負ければ賊軍・・・」気がつけば朝敵
    孝明天皇より授かったご宸翰も もはや過去の遺物
    やがて戦の舞台は北へと移り 押し寄せる薩長連合
    その猛威の前に退却を余儀なくされた

    Tsurugacastle

    奥州会津 そこは美しい山河に囲まれた四十二万石の
    城下町 剣に生き 忠義を尊び 生真面目で情け深い
    それが会津人の魂
    その後戦況悪化に伴い士中二番隊 白虎隊が結成された
    歳の頃は十八にも満たぬ紅顔無恥の少年たち
    日新館の学び舎で鍛えた強靭な精神と身体
    「ならぬものはならぬ」の尊い教え
    よもや会津の豊かな自然が血で汚れることなど
    誰一人として想像した者はいなかった

    やがて西軍が白河の関を攻め落とし その後母成を攻略
    会津への玄関口 日橋川に架かる十六橋を突破し
    一気に城下へなだれ込む 強大な武力の前に
    ことごとく退却 そして敗走 戦況は誰の目にも明らか
    ほどなく白虎隊に下った出陣の命 廻し文のお触れ
    やがて城下のあちらこちらで戦火が立ち上り
    噴煙のさ中で見る悪夢 それはまるで地獄絵図

    戸の口原で奮闘した白虎隊だったが 圧倒的な数の前に
    あえなく後退 隊士たちは四方八方散りじりに
    命からがら戦場から敗走 崖をよじ登り谷間を下り
    洞穴を潜り抜け 疲れ果てた末に辿り着いた運命の地
    そこは飯盛山に中腹にある松林 小高き丘より
    隊士たちが見たものは 燃えさかる己の故郷 
    そして火の海の先には 激しく燃える五層の天守閣
    鶴ケ城の異名をとる美しき城も もはや落城寸前 
    息を呑む悲惨な光景に「もはやこれまで」と誰もが
    死を覚悟 「生き恥を晒すなら死を以って尊しと成す」
    それこそが武士道 それこそが武士の本懐
    かくして副隊長篠田儀三郎以下隊士十六名は
    遅れをとるまいと次々切腹 全員が潔く自ら命を断った

    僅か十代で国を想い 故郷を護り そして儚く散った
    会津の空の下 その瞼には父母の姿を思い浮かべ
    死んでいったに相違ない
    悲運なことに この時隊士が見たものは 燃えさかる
    城下の噴煙であって 事実城はまだ落ちてはいなかった

    Byakkotai

    時同じ頃 敗色濃厚となり 筆頭家老西郷頼母邸では
    もうひとつの悲劇があった
    妻千重子 子供 親類縁者二十一名の集団自決であった
    うたかたの夢は潰え 敵に辱めを受ける前の
    壮絶な最期であったとされる

    「なよ竹の 風にまかする身ながらも
               たわまぬ節はありとこそ聞け」

    その後も薩長の容赦ない攻撃の前に 会津藩はただただ
    成すすべなくたじろぐばかり 頼みの援軍は来たらず
    奥羽列藩同盟の血判などどこ吹く風 孤立無援の篭城戦
    小田山に据えられた 南蛮渡来の大砲の集中砲火に
    勝敗はあえなく決した 明治元年九月 会津は降伏した
    それは白虎隊の悲劇の僅か十六日後のことであった

    Byakko

    あれから百数余年が経ち 
    平穏な時世にあって 当時を偲ぶ名所を訪ね歩いた
    四十九号国道 強清水より峠を深く分け入れば
    そこは歴史を辿る旅路 そこで繰り広げられた時代絵巻
    遠い昔の出来事が現世に甦る
    旧街道に架かる滝澤峠を下れば 城下へ続く一本道
    その出口にあるのは戊辰戦争時の本陣跡 
    柱には今も生々しく残る刃の跡 その南側一帯こそ
    白虎隊ゆかりの地 飯盛山 非業の死を遂げた場所には
    終焉を印す墓標 眼下に広がる綺麗な街並み 
    霞の彼方にうっすらと浮かぶ 鶴に例えし美しき城
    白虎隊士も見たであろう丘の上より あの日の光景を
    しかと見届け脳裏に刻み込む

    そして高台の石畳には 肩を並べて佇む十九の墓石
    彼らの早すぎる死を悼み 線香を手向ける人々が
    今も後を絶たない 
    そしてその外れの山林にひっそりと立つ 飯沼の墓
    彼こそ全員が自刃した筈の白虎隊士の唯一の生き残り
    まさに歴史の目撃者 そして生き証人 皮肉にも彼が
    生き残ったために 壮絶な白虎隊の悲劇が
    後世まで語り継がれることとなった

    志半ばで戦火に倒れ散っていった 勇ましき会津人の魂
    それを心の奥底で感じ 夕焼けに染まる天守閣を
    しかとこの目に焼きつけ 会津を後にした

    終戦から早幾歳月 こよなく会津を愛し美しき山河を守り
    死んでいった多くの防人たちの魂の叫び 
    今もこの胸に去来して止まず
    その遺志を引き継ぎ 天下泰平の世を続けることこそ
    我等が使命 そして彼らへの何よりの供養
    今の会津があるのは 多くの犠牲があるおかげ
    会津白虎の魂は 脈々と現世に受け継がれ息づいている

    彼岸獅子が秋の訪れを告げる頃 決まって私は
    今は亡き祖父母の郷里会津を訪ね 来し方行く末を案じ
    いにしえの歴史を胸に刻み、思いを馳せるのである


    「もののふの猛き心にくらぶれば 数にも入らぬ我が身ながらも」

     薙刀の名手で 若くして戦場に散った中野竹子の辞世の句である

    Aizubyakko

    2009年5月26日 (火)

    ジェット気流が夜空を闊歩する時刻

    八十年代 僕が大学生活を送っていた頃
    世間はバブルの絶頂期 人々は身も心も潤い飽食の時代とまで云われた
    そんな物がありふれた日常にあって
    僕が欠かさずに聞いていたFMラジオの長寿番組があった

    午前零時 誰もが寝静まった夜半に 80.0MHzにダイヤルを合わせれば
    そっと流れてくる癒しの音楽 そして魅惑の世界へのいざない

    その人はラジオの向こう側から異国のBGMに乗せて
    独特の低い口調で リスナーにせつせつと語りかけてきた
    心を酔わせる甘い囁きは 星の輝きにも似た煌く夢の欠片を優しく包み
    やがていつもと変わらぬナレーションが この胸をときめかせる


    「遠い地平線が消えて ふかぶかとした夜の闇に心を休める時
    遥か雲海の上を音もなく流れ去る気流は 限りない宇宙の営みを告げています
    満天の星を頂くはてしない光の海を 豊かに流れゆく風に心を開けば
    煌めく星座の物語も聞こえてくる 夜の静寂の何と饒舌な事でしょうか
    光と影の境に消えていった遥かな地平線も 瞼に浮かんで参ります」


    その番組の趣旨は 日本にいながらにしてさまざまな国々の街角を旅し
    異国情緒を存分に満喫できるところにあった
    彼がコックピットで奏でる言葉のメロディーに 乗客たちは酔いしれて
    やがて安らぎを覚え まことしやかな憩いのひとときを見出す
    いつしかジェットストリームの虜になっている自分自身に気づかされる

    まるでリスナーは雲上を漂う夜間飛行をナレーションと共に追体験する
    機内の窓辺では星屑たちが夜空を乱舞し 目映い光の渦を演出する
    心地よい銀河の子守唄 過ぎ行く時間は太平洋上で一日の元に舞い戻る

    当時 暇を見つけては旅に出ていた自分の生き方と相通ずるものがあり
    詩をしたためながら 好んで聴いていた至福の一刻(ひととき)

    しかし物の道理には 初めがあればいつかは終止符を打つ時が訪れる
    彼は声優の魂ともいえる喉の病を患い 四半世紀務め上げてきた
    機長の座を降り後進に道を譲ることを決断した 1995年暮れの事だった

    彼のフライトでは エピローグはいつだって穏やかだった

    「夜間飛行のジェット機の翼に点滅するランプは 遠ざかるにつれて
    次第に星の瞬きと区別がつかなくなります
    お送りしておりますこの音楽も美しく あなたの夢に溶け込んでいきますように
    また明日 午前零時にお会いしましょう・・・」
    それが決まりごとになっていた いつもの約束のメッセージだった

    そして最終フライトで彼の遺した最後の言葉は その後語り継がれる伝説となった

    「25年間 私がご案内役を務めて参りましたジェットストリームは
    今夜でお別れでございます 長い間本当にありがとうございました
    またいつの日か 夢も遥かな空の旅でお会いしましょう
    では皆様 さようなら よいお年をお迎えください」

    その時彼は 自分の死期が近いことを悟っていたに違いない
    そして操縦桿を静かに置いてから わずか二ヵ月後の翌年二月 
    新しい時代の夜明けを迎えることなく 見果てぬ夢とその美声を残し  
    彼は永遠の眠りに着いた 享年六十三


    ジェットストリーム それは心地よい夜の静寂へいざなう音楽の定期便
    その後彼の遺志は受け継がれ 午前零時の同じ時刻に今もフライトは続いている

    世相とは無縁の天上夢幻の世界 ジェット気流が夜空を闊歩する時刻
    彼は今夜も 世界のどこかの空を旅していることだろう

     

    2009年5月23日 (土)

    「遠い日の記憶」

    小学校の通学路にあった古ぼけた木造の駄菓子屋
    決まり事のように店番をするのは割烹着姿のおばあちゃん
    そこは子どもたちの溜まり場 いつも夕刻は自転車の列
    小銭で一個から買える選り取り見取りのお菓子の山
    そして籤で当たる多彩なおもちゃ そこは子どもの宝の在り処
    そんな夢を育む場所で 僕には忘れようにも忘れられない過去があった

    あれは小6の秋 いつものように学校帰り友達と駄菓子屋で待ち合わせ
    おばあちゃんは いつも子どもたちの相手で忙しそう
    それでいてどこか嬉しそう そんな日常の中で僕に魔の手が忍び寄る
    その日どうしてもほしいカードを見かけた でもお金が足りなかった
    僕はとっさに嘘をついてしまった 「この前の買い物の時お釣りが足りなかったよ」
    そう言ってまんまと100円をせしめてしまった

    家に帰って親の顔を見た途端 全身を襲う罪悪感そして虚脱感
    僕はおばあちゃんを裏切った あんなに優しいおばあちゃんを

    あの日から僕は後ろめたさから その駄菓子屋に行かなくなった 
    帰り道もわざと遠回りして 次第に友達からも離れていった
    その後 そのまま小学校を卒業し その店と反対方向の中学へ入った
    だけど心の奥のどこかにそのことが引っ掛かっていた いつも・・・

    高校入学後は 僕の心の傷も癒えて 部活に熱中する日々を過ごした
    やがて東京の大学へ進学し親元を離れての生活 そしてそのまま東京に就職した
    あの日の出来事は日常の忙しさの中で すっかり遠のいていた

    仕事に就いてようやく お金を稼ぐことの大変さを身を持って知った
    営業の帰りに信号で止まった車の中で ふと古びた駄菓子屋を見つけた
    その時 遠くセピア色に色褪せた記憶が僕の脳裏に鮮やかに甦ってきた
    「あのおばあちゃんはどうしているかな そうだあの日の過ちをお詫びにいこう」

    正月久しぶりに実家に帰省した 
    その折 十五年ぶりに立ち寄ったあの日の場所
    しかしそこに駄菓子屋はもうなかった 
    建物は既に取り壊され 空き地と化していた

    近所の人に聞けば 駄菓子屋のおばあちゃんは今から十年前に亡くなり
    元々ご主人とは戦争で死に別れ 身寄りがなく独りでお店を切り盛りしていたため
    その店はその後町に引き取られ 今から五年前に取り壊されたという
    知らなかった 何も知らずにいた そんな自分がやるせない

    幼い日の記憶を手繰り寄せ あの日の出来事を追憶
    空き地の前で呆然と立ち尽くし 涙がとめどなく溢れた 
    遠い日の過ちを心から悔いた できることなら生きてるうちに一言謝りたかった

    その空き地に分け入り おばあちゃんが立っていた場所を探し当て
    折れた木の枝で穴を掘り あの日の100円をそこに埋め手を合わせた

    「おばあちゃんご免なさい 随分遅くなったけどあの日のお金を返すよ」
    「どうか安らかにお眠りください・・・」

    ようやく今 十五年の時を経て 長年の胸の痞えがとれた
    帰り道 涙が止まらなかった でも人として大切な何かを取り戻した気がした 

    すると僕の心の中で おばあちゃんの笑顔が浮かんでは消えた・・・

     

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