2017年9月
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野球

2017年8月24日 (木)

この夏のヒーロー、最強捕手・中村奨成

 「第99回全国高校野球選手権大会」は熱戦につぐ熱戦で、ホームラン記録を塗り替えるほどの空中戦となった。とりわけ今大会で、一躍スターダムに伸し上った中村奨成(しょうせい)捕手を擁する広陵の躍進ぶりが目立った。この夏のヒーローは紛れもなく彼だった。初戦から複数の本塁打を放ち、仙台育英戦と決勝の花咲徳栄を除くすべての試合でホームランを放ったスラッガー。誰もがもう破れないと思っていた甲子園のスター・清原和博(PL学園)の1大会のホームラン数を超え、6本の本塁打を放った。しかも彼が対戦したチームは、すべて甲子園常連の強豪校ばかりだったため、何倍もの価値がある。
 ではこの夏、高校野球ファンの視線を釘付けにしたニューヒーローの足跡を回顧したい。

 まずは「熱闘甲子園」で放送された、広島大会の模様と、女手ひとつで育て上げた母親にホームランを捧げるなど、親孝行ぶりを発揮した親子の物語からどうぞ!

 1回戦 優勝7度を誇る「中京大中京(旧中京商)」との初戦

 6回表、0-2と劣勢のムードを吹き飛ばすソロホームランを右中間スタンドへ運び、さらに8回表にはダメ押しとなる2ランをライトポール際に叩き込んだ。(5打数4安打2本塁打)

 2回戦 今春の選抜大会まで3季連続で甲子園ベスト4の強豪で今大会優勝候補の一角の「秀岳館(熊本県代表)」との対戦。

 9回、ダメ押しとなる3ランホームランをレフトスタンドに叩き込んだ。これが自身3本目。凄いのは広角にホームランを打てる点。プロが注目する。4打数3安打(1本塁打)

 3回戦 11年連続出場中で、角度のあるチェンジアップを武器に1回戦12三振を奪い完封した好投手・斎藤郁也を擁する聖光学院との対戦。

 8回までにシーソーゲームで4-4の同点。しかし、9回、高めのボールとなる速球を、勝ち越しとなる2ランホームランをレフトスタンド中段に叩き込んだ。(4打数3安打1本塁打)

 準々決勝

 前日、優勝候補で春夏連覇を目指す大阪桐蔭を9回劇的な逆転サヨナラ勝ちを収めて勢いに乗る「仙台育英」との対戦。

 ホームランこそ出なかったが4打数2安打でチームの勝利に貢献した。

 準決勝

 甲子園常連で、過去に複数回優勝経験のある強豪の「天理」と対戦。

 稀に見るシーソーゲームを制したのは、中村捕手の1大会タイ記録、新記録となる2本のホームラン、7打点の活躍に尽きる。5号はセンターバックスクリーン、6号はバックスクリーンの左横に打ち込んだ。一体どこまで暴れまくるのか?あの32年前のPL学園・清原を超えた。(4打数3安打2本塁打)
 この日まで5試合に出場し、打率は驚異の6割9分6厘で、6本の本塁打に加え、17打点と38塁打数も新記録を樹立した。早実・清宮が不出場で、イマイチ盛り上がりに欠けると思われた今大会を、これほどまでに注目を浴びる大会に仕立て上げたのは彼の存在だったと思う。

 決勝

 3年連続代表の埼玉・花咲徳栄との対戦。西川、野村の長打力や1番太刀岡の機動力を絡めて序盤から攻め立てる。制球力が持ち味の綱脇、最速149キロの清水の両右腕が投手の軸。千丸や西川は昨夏も主力として甲子園を経験。そんな強豪校との対戦となった。

 大会屈指の綱脇投手・清水達也投手の前に今大会初三振(2三振)を喫したが、それでも広陵としての意地を示した。最後は4対14という思いがけない大差となったが、広陵を決勝まで導いたのはまぎれもなく中村選手だった。(5打数3安打2三振)
 1大会中の安打数も19安打となり、1986年の松山商・水口(のち近鉄、オリックス)に並ぶ大会記録となった。まさに怪物ぶりの活躍だった。

 今年の広陵は、1回戦から決勝まで6試合、甲子園常連校で、しかも強豪校とばかり対戦し、中村捕手の凄まじい活躍で勝ち上がって来て、決勝進出を果たした。残念ながら、決勝では、強打の花咲徳栄の前に敗れはしたものの、彼の活躍は色褪せることはない。
 彼が凄いのは捕手で軽々ホームランを打てるスラッガーという点。プロでも野村、田淵、福嶋、古田、城島、谷繁、阿部くらいしかホームランを量産したキャッチャーはいなかった。だから貴重だ。しかも強肩で進塁を許さない鉄砲肩。これはどのプロの球団も欲しがる筈。

 もちろん、プロの球をそうやすやすとはホームランできないだろうし、リードの面でも課題は多いだろう。しかし、これだけ守って打てるキャッチャーはなかなかいない。素材としては超一級品だけに、ぜひプロで活躍して欲しい。そして、日本を背負って立つような選手に成長して欲しい。個人的には幼少期からのファンだという地元・広島カープで活躍して欲しいと思う。西武が指名権を獲得する気もしないではないが、もし彼が広島に入団したら、今でもセ・リーグダントツの強さなのに、今後10年は安泰だろう。

 最後に、彼に関する動画をリンクし、今後の彼の活躍を祈念して結びとしたい。

 小林誠司も絶賛!!広陵高校の捕手・中村奨成の素顔とは

https://www.youtube.com/watch?v=0bM6qKze0MU&t=1s

 地元・広島が大フィーバー

 中村奨成選手の全ホームランと親子の感動話

https://www.youtube.com/watch?v=G8y2mH6-CD0

 記事作成:8月22日(火)~23日(水)

 

2017年8月19日 (土)

高校野球に見る超個性的校歌

 今年もまた球児たちの夏がやって来た。この記事を書いているのが8月13日(日)であり、まさに連日白熱した好ゲームが展開されている。
 幸いにして勝ったチームは、大観衆の面前で母校の校歌を歌うことが出来る。常連高校優勝を果たすチームは最大で6回も流れる。それゆえ、すっかりお馴染みとなり、観衆も共にくちづさむことが出来るほどだ。
 かくいう私も次の学校の校歌は今でも歌える。

 池田高校 「たたえよ池高、輝く池高、池高~池高~おお~われらが池高~」
 PL学園 「ああPL~PL~永遠の学園~永遠の学園~」
 横浜高校 「希望荒れ輝け横浜高校~横浜高校~」

 今回、私が紹介したいのは、甲子園に出場した学校で、何とも風変りで風流な超個性溢れる校歌だ。歴史的に浅い新設校に多い現象だ。シャレてて記憶に残る。

 至学館高校

 校歌にタイトルがついているのを初めて見たし、初めて聞いた。その名は「夢追い人」

一番高い所に登って
一番光る星を掴んだ
一番辛い道を選んで
一番強い心をまとった

海を渡る風が吹いた
カシオペアが近くに見えた
夢を追い続けた
そしてここまで来た
でもどうしてかな
熱い涙が止まらない

うつむきかけた時
君の顔が見えた
差し出された白い腕が
翼に見えた


いろんなことを経験したね
あんまり先を急がないでね
いろんな人に巡り会えたね
そんな旅なら悪くはないさ

オリンポスの丘の上から
女神様の歌が聞こえた
夢を追い続ける
もっと遠くへ行く
でもどうしてかな

いつもみんなにいて欲しい
一番星よりも夏の星座が好き
君がいれば夜を越えて銀河になれる

 健大高崎高校

Be together! Be together! Let's be together!
茜色の雲に向かって 空を行く 白い鳥の群れ
あの一羽 つぎの一羽も 翼に風をまとって羽ばたく
Be together! きらめく翼 支える風よ
Be together! 鳥を 彼方に 連れていってよ Wow wow...
あの風のように 君のココロに寄りそって飛べたら
ああ我らの健大高崎 高崎高校

 いきなりの横文字。フォークソングを思わせる歌詞とメロディに新たな息吹を感じさせてくれる。新進気鋭という印象がふつふつと湧き上がる。

 済美高校校歌

陽光(ひかり)の中にまぶしい笑顔
今 済美(ここ)にいるから出会えたね
共に学ぼう これからは
「やればできる」は魔法の合言葉

腕をとり 肩を組み
信じてみようよ
素晴らしい明日が展(あ)けるから

 「やれば出来るは魔法の合言葉」は、上杉鷹山の「為せば為る為さねば為らぬ何事も為らぬは人の為さぬなりけり」を女子高生にもわかるよう象徴的に言い換えたものでしょう。
つまり、「やれば出来る」と信じ、「やれば出来る」を合言葉にして頑張れば、どんな夢でも魔法をかけたように必ず叶えることができるよ……と言っているのです。実際「創部3年以内で甲子園優勝」という魔法のような実績を挙げたのですから大したものですね。

 明豊高校校歌

はるか果てしなく長いこの道
君はひとりで歩きつづける
暑い夏の日も冬の朝も
明日の光が見えない夜も
希望だけを支えに
未来を創る旅
夢をあきらめないで
勇気 自分を信じ
愛をその手で育てながら

 南こうせつ作曲という異色の校歌だが、曲調も彼らしくオールフォーク調。こちらもタイトルがあって「明日への旅」という。メルヘンチックで青春を物語るのに相応しく、そのまま合唱曲として使えそう。しかも作詞はこうせつさんの奥さんの育代さん。そして極めつけは校歌を歌っているのが南こうせつご本人というオマケ付きだ。

 ほかにも今年、甲子園に出場した日大山形の校歌も冒頭部分で「ボーイズビアンビシャス」で始まる意表を突く歌詞に驚いた。

 例外だが、我が福島県代表の聖光学院は11年連続出場という最多連続記録を樹立したが、勝どき後の校歌斉唱で、ナイン同士が小指を繋いで声高らかに歌っているのをご存知だろうか?男同士気持ち悪いという意見もあったが、これはミッション特有で、斎藤智也監督曰く、「心をひとつに」という意味合いがあるそうだ。

 さて、今は、こうした現代の若者ウケするような歌詞が描かれている。歴史と伝統をなおざりにされている気もしないではないが、世代が変わり、時代に迎合している感は否めないが、それが流行とか時代風潮なのだろう。

 記事作成:8月13日(日)

2017年7月12日 (水)

FA選手の移籍後の成績(打者編)

 昨日は投手編をお送りしましたが、本日はFAを宣言して他球団へ移籍した選手が遺跡前と後で成績はどう変わったかを比較したい。では早速どうぞ!

   <打者>

 松永浩美      試合   安打   打率  本塁打  打点  盗塁数  三振数

  移籍前阪神   80    141  .298   3    39    15    70
  移籍後ダイエー 116     89  .294   8    31     3    70

 駒田徳広      試合   安打   打率  本塁打  打点  盗塁数  三振数

  移籍前巨人   122   109   .249   7    39    2     89
  移籍後横浜   130      149    .284   13    68    1     95

 落合博満      試合   安打   打率  本塁打  打点  盗塁数  三振数

  移籍前中日   119   113  .285   17   65    0     69    
  移籍後巨人   129   125  .280   15   68    1     56

 広沢克己      試合   安打   打率  本塁打  打点  盗塁数  三振数

  移籍前ヤクルト  130   136   .271  26    73    6    78
  移籍後巨人   131   107   .240  20    72    6    88

 石毛宏典      試合   安打   打率  本塁打  打点  盗塁数  三振数

  移籍前西武   111   101     .266  11    46    8    79
  移籍後ダイエー   52    24   .200   1    11    0    31

 清原和博      試合   安打   打率  本塁打  打点  盗塁数  三振数

  移籍前西武  130   125   .257   31   84    0    122
  移籍後巨人  130   115   .249   32   95    0    152

 江藤 智      試合   安打   打率  本塁打  打点  盗塁数  三振数

  移籍前広島  121   127   .291  27    79    9    80
  移籍後巨人  127   117   .256  32    91    7    92

 谷繁元信     試合  安打   打率  本塁打  打点  盗塁数  三振数

  移籍前横浜  137  117   .262  20    70    4    107    
  移籍後中日  130   96   .215  24    78    4    116

 片岡篤史      試合  安打    打率  本塁打  打点  盗塁数  三振数

  移籍前ハム   106  102   .254  16    62    1     62 
  移籍後阪神  120   97   .228  11    46    2    110

 金本知憲     試合  安打    打率  本塁打  打点  盗塁数  三振数

  移籍前広島  140  148   .274  29    84    5     99  
  移籍後阪神  140  156   .289  19    77    4     89

 稲葉篤紀     試合   安打   打率  本塁打  打点  盗塁数  三振数

  移籍前ヤクルト 135   116   .265  18   45    6     85
  移籍後日ハム 127   112   .271  15   54    3     82

 小久保裕紀    試合  安打   打率  本塁打  打点  盗塁数  三振数

  移籍前巨人   88   79   .256  19    55    1     68
  移籍後ソフトバンク124  129   .277  25    82    2     103

 小笠原道大    試合  安打   打率  本塁打  打点  盗塁数  三振数

  移籍前日ハム  135  155   .313  32   100   4     85
  移籍後巨人   142  177   .313  31    88   4     98

 新井貴浩     試合  安打   打率  本塁打  打点  盗塁数  三振数

  移籍前広島  144  161  .290   28   102   1     136   
  移籍後阪神   95  112  .306    8    59   2      83

 和田一浩     試合  安打   打率  本塁打  打点  盗塁数  三振数

  移籍前西武  138  158  .315   18    49    7     65
  移籍後中日  136  157  .302      16    74    1     71

 中村紀洋     試合  安打   打率  本塁打  打点  盗塁数  三振数

  移籍前中日  130  135   .274  24    72    0    119 
  移籍後楽天   77   58   .221   2    26    0     41

 内川聖一     試合  安打   打率  本塁打  打点  盗塁数  三振数

  移籍前横浜  144  182   .315   9    66    1     51
  移籍後ソフトバンク114  145  .338  12    74    4     48

 村田修一    試合  安打   打率  本塁打  打点  盗塁数  三振数

  移籍前横浜 144  134  .253   20   70    0     103
  移籍後巨人 144  130  .252   12   58    1      85

 片岡治大     試合  安打  打率  本塁打  打点  盗塁数  三振数

  移籍前西武  72   75   .290   4    28    9      35
  移籍後巨人 126  108   .252   6    32    24      51

 小谷野栄一    試合  安打  打率  本塁打  打点  盗塁数  三振数

  移籍前日ハム  84   72  .296   4    29    0     40  
  移籍後オリックス  56   54  .295    4    22    0     22

 今江敏晃    試合  安打   打率  本塁打  打点  盗塁数  三振数

  移籍前ロッテ  98  107   .287   1    38    2     35 
  移籍後楽天  89   89   .281   3        23    2     30

  今年移籍した糸井(阪神)、山口・森福・陽(巨人)、岸(楽天)は今年度の移籍で実績が無いために掲載は控えさせていただきます。

  さて、この結果をどうみるか。ずっと同じチームでやってきてそれなりの実績を残してきた選手も、所属チームが変ると、その環境に慣れるのに時間がかかるようだ。特に他リーグへの移籍は、対戦相手の投手や打者のクセや球種を覚えたりするのがひと苦労。投手の場合は配球も変るし、捕手のリードも異なる。打者も本拠地が変り、広い球場だと本塁打数が減る。したがって移籍が良いか悪いかは一概には言えないが、調査結果を見ると、移籍一年後はどの選手も苦労しているのがわかる。額面通りの働きが出来ないと期待はずれとか給料泥棒と叩かれる。プロも、お金に固執せず、まずは練習を一生懸命に行い、研究心を忘れず、絶えず努力をして欲しい。お金はシーズンオフに考えればいい。

 それにしても今年の巨人は異常。2年連続リーグ優勝を逃した結果なのか、FAで他球団の主力を根こそぎ獲ったという印象。まずトレードで日本ハムから吉川を獲得。その見返りに大器といわれ続けられながら育てられなかった太田を放出。そしてFAではDeNAのエース、山口とソフトバンクの中継ぎエースの森福を同時獲得。さらには元楽天の主砲、マギーまで獲得。そして12月中旬には日本ハムの一番打者、陽にも食指を伸ばした。また、メジャーの160キロ右腕のカミネロまで獲得した。全くの寄せ集め集団で、これでは生え抜きがやる気を失う。球団の浮沈は人づくりからという基本に立ち返って欲しい。

 平成28年11月下旬~平成29年7月5日(水)

2017年7月11日 (火)

FA選手の移籍後の成績(投手編)

 フリーエージェント制度が1993年に日本のプロ野球に導入されて早24年、それ以降、マネーゲームと呼べるほど、毎年シーズンオフには主力選手の争奪戦が展開される。しかも金持ちの特定球団ばかりが参入する恒例行事だ。
 このFAは、ドラフトで希望球団に入団できなかった選手が、一定期間、その球団にご奉仕し、実績を積んだ選手に与えられる恩恵で、反面、年俸が跳ね上がったり、主力選手を引き抜かれる見返りに、人的補償でとばっちりを受ける選手もいる。この時期、戦々恐々とする面持ちで迎える選手も多いことだろう。
 このFAによって他チームへ移籍した選手が、果たしてその後、どういう成績を残しているのだろうか?

 他リーグへの移籍は、対戦投手の球種や打者のクセを覚えるのに時間を要し、対応に苦慮する。また同じリーグでの移籍では、古巣との対戦では、強烈なバッシングを受ける。選手は、「他球団の評価を聞いてみたい」とか「より高い環境で野球をやりたい」などと口をそろえて言うが、大っぴらに口にしないものの実際は金。プロなのだから、より給料が高いところを目指すのは当然で、生活がかかっている。辞めて欲しいのは古巣への愛着とか言ってFAの席上で泣く選手が多いこと。感謝の涙を流せばファンが許してくれるとでも思っているのか?チームへの愛着があるのならFAを選択するなと言いたい。
 それはさておき、FAする選手というのは、一軍で実績を残し、一定期間活躍した選手と言うことができる。ゆえにレギュラーだったり、主力選手だったりする。それらの選手が他球団に移籍したからと言って、同じような成績を挙げられるものではない。特に年齢のピークを過ぎた30歳過ぎの選手が権利を取得するわけで、経験と実績だけで決断するのもどうかと思う。では論より証拠、FAした選手が翌年どういう結果を残しているか、移籍前と比較したい。なお、全員は紹介しきれないので、主力選手のみとしたい。

 参考にしたのは右のサイト http://baseballking.jp/ns/55006

 Wikipedia FA                  

 <投手>

 工藤公康     試合  勝  敗  セーブ  勝率   防御率  奪三振数

  移籍前西武   24  11  7    0   .611  3.44   124    
  移籍後ダイエー 22  12  5    0   .706  3.64    138    

 川口和久     試合  勝  敗  セーブ  勝率   防御率  奪三振数

  移籍前広島   27   7  10   0    .412   4.72   96
  移籍後巨人   17   4   6   0        .400   4.42   66

 武田一浩     試合  勝  敗  セーブ  勝率   防御率  奪三振数

  移籍前ダイエー 28  13  10   0    .565  3.62   103
  移籍後中日   25   9  10   0    .474  3.50    92

 星野伸之     試合  勝  敗  セーブ  勝率   防御率  奪三振数

  移籍前オリックス  26   11  7   0    .611  3.85    96 
  移籍後阪神      21   5  10   0    .333  4.40    85

 川崎憲次郎    試合  勝  敗  セーブ  勝率   防御率  奪三振数

  移籍前ヤクルト  20   8  10   0    .444  3.55   66
  移籍後中日   3    0   1   0    .000 34.71    3

 野口茂樹     試合  勝  敗  セーブ  勝率   防御率  奪三振数

  移籍前中日   13   3  6   0    .333  4.00    57    
  移籍後巨人    1   0  0   0    .000  9.00     1

  豊田 清     試合  勝  敗  セーブ  勝率   防御率  奪三振数

  移籍前西武   35   3  1   19   .750   3.97    31 
  移籍後巨人   38   1  4   13   .200   3.32    46  

  藤井秀悟    試合  勝  敗  セーブ  勝率   防御率  奪三振数

  移籍前日ハム  22   7  5    0    .583  3.53    63
  移籍後巨人   23   7  3    0    .700  3.76    91 

  杉内俊哉    試合  勝  敗  セーブ  勝率   防御率  奪三振数

  移籍前ダイエー  23   8      7       0    .533  1.94   177
  移籍後巨人   24  12   4   0     .750  2.04   172

 寺原隼人     試合  勝  敗  セーブ  勝率   防御率  奪三振数

  移籍前オリックス  16   6  8   0    .429   3.92   61
  移籍後ダイエー  16   4  6   0    .364   4.65   56

 久保康友     試合  勝  敗  セーブ  勝率   防御率  奪三振数

  移籍前阪神   44   3  4   6    .429   2.85   46  
  移籍後横浜   28  12  6   0    .667   3.33  119 

 大竹 寛    試合  勝  敗  セーブ  勝率   防御率  奪三振数

  移籍前広島 25  10  10   0   .500   3.37   100  
  移籍後巨人 22   9   6   0   .600   3.98    79

 中田賢一     試合  勝  敗  セーブ  勝率   防御率  奪三振数

 移籍前中日    40   4  6    0   .400   3.40   83 
 移籍後ソフトバンク  25  11  7    0    .611   4.34  116

 涌井秀章    試合  勝  敗  セーブ  勝率   防御率  奪三振数

 移籍前西武   45   5  7    7   .417   3.90   79  
 移籍後ロッテ    26   8  12   0   .400   4.21  116 

 成瀬善久     試合  勝  敗  セーブ  勝率   防御率  奪三振数

 移籍前ロッテ   23    9  11      0    .450   4.67   88
 移籍後ヤクルト 14   3   8       0    .273   4.76   46

 さて、投手編をお送りしたところで、今回は相当な量になってしまったので、打者編は明日お送りしたい。
 FAで移籍する球団は巨人が多い。しかし、他球団へ移籍して成功しても、なぜか巨人に来た投手はイマイチの成績に落ちることが圧倒的に多い。私は投手の成績を見る際には、勝利数ではなく、防御率が大事だと考えている。強力打線を味方につければ、多少点を奪われても、打撃でカバーしてくれる。防御率が3点台後半でも勝利数が多いのはそういうカラクリなのだ。移籍後のほうが防御率が低い投手は15人のうち、たった3人しかいない。したがって、移籍後に打者の特徴をを掴み、苦手コースを把握するのも時間を要することが歴然。

 明日は打者編をお送りしたいと思う。 

 記事作成:平成28年11月下旬~平成29年7月4日(火)

2017年6月23日 (金)

野球の話題

 今回も野球の話題をお送りします。プロ野球ファンを45年もやっていると、人間生き字引みたいなところがある。特に学生時代の頃の豆や旧知識は相当なもので、古き佳き時代の余韻に浸りたい面がある。そこで今日は、いくつかのテーマをごちゃ混ぜにしてその一端を披露したいと思います。

 1.「プロ野球選手の形容詞・代名詞・ニックネーム・異名」

 1 「エースのジョー」 ・・・・・・・  城之内邦雄
 2 「怪童」・・・・・・・・・・・・・・・・・ 中西太 尾崎行雄
 3 「8時半の男」・・・・・・・・・・・  宮田征典
 4 「打撃の神様」「赤バット」・・  川上哲治
 5 「鉄腕」・・・・・・・・・・・・・・・・・ 稲尾和久
 6 「フラミンゴ(一本足)打法」・ 王 貞治
 7 「月見草」・・・・・・・・・・・・・・・ 野村克也
 8 「安打製造機」・・・・・・・・・・・ 張本 勲
 9 「物干し竿」・・・・・・・・・・・・・  藤村二三男
10 「青バット」・・・・・・・・・・・・・・ 大下 弘
11 「草魂」・・・・・・・・・・・・・・・・・ 鈴木啓示
12 「悪太郎」・・・・・・・・・・・・・・・ 堀内恒夫
13 「ミスター赤ヘル」・・・・・・・・  山本浩二
14 「鉄人」・・・・・・・・・・・・・・・・・ 衣笠祥雄
15 「世界の盗塁王」「韋駄天」・ 福本 豊
16 「ザトペッグ投法」・・・・・・・・  村山 実
17 「ミスター」・・・・・・・・・・・・・・  長嶋茂雄
18 「牛若丸」・・・・・・・・・・・・・・・ 吉田義男 
19 「親分」・・・・・・・・・・・・・・・・・ 大沢啓治
20 「カミソリシュート」・・・・・・・・ 平松政次
21 「一発病」「怪物」・・・・・・・・・ 江川 卓
22 「塁間の青い稲妻」・・・・・・・ 松本匡史
23 「赤手袋」・・・・・・・・・・・・・・・ 柴田 勲
24 「オレ流」・・・・・・・・・・・・・・・ 落合博満
25 「ドカベン」・・・・・・・・・・・・・・ 香川伸行
26 「マサカリ投法」・・・・・・・・・・ 村田兆治
27 「カリブの怪人」・・・・・・・・・・ デストラーデ
28 「赤鬼」・・・・・・・・・・・・・・・・・ マニエル
29 「不惑の大砲」・・・・・・・・・・・ 門田博光
30 「フォークの神様」・・・・・・・・ 杉下 茂
31 「小さな大打者」・・・・・・・・・  若松 勉
32 「ファール男」・・・・・・・・・・・  高田 繁
33 「ヤッターマン」「絶好調男」・ 中畑 清
34 「若大将」・・・・・・・・・・・・・・・ 原 辰徳
35 「番長」「無冠の帝王」・・・・・ 清原和博
36 「デーブ」・・・・・・・・・・・・・・・ 大久保博元
37 「パンチ」・・・・・・・・・・・・・・・ 佐藤和弘
38 「雑草魂」・・・・・・・・・・・・・・・ 上原浩治
39 「曲者」・・・・・・・・・・・・・・・・・ 元木大介
40 「球界の春団治」・・・・・・・・・ 川藤幸三
41 「コンニャク打法」・・・・・・・・  梨田昌孝
42 「サブマリン投法」・・・・・・・・ 山田久志
43 「ミスタードラゴンズ」・・・・・・ 立浪和義
44 「ピッカリ投法」・・・・・・・・・・  佐野慈紀
45 「優勝請負人」・・・・・・・・・・   工藤公康
46 「ゴジラ」・・・・・・・・・・・・・・・   松井秀喜
47 「赤ゴジラ」・・・・・・・・・・・・・   嶋 重宣
48 「平成の怪物」・・・・・・・・・・   松坂大輔 
49 「満塁男」・・・・・・・・・・・・・・   駒田徳広
50 「ブンブン丸」・・・・・・・・・・・   池山隆寛
51 「振り子打法」・・・・・・・・・・・  イチロー
52 「ドクターK」「トルネード投法」・野茂英雄
53 「ハマの大魔神」・・・・・・・・    佐々木主浩
54 「いてまえ打線」・・・・・・・・・・  近 鉄
55 「ジョニー」・・・・・・・・・・・・・・  黒木知宏
56 「ID野球」・・・・・・・・・・・・・・・  野村克也 
57 「おかわり君」・・・・・・・・・・・・ 中村剛也
58 「ガッツ」・・・・・・・・・・・・・・・・  小笠原道大
59 「代打の神様」・・・・・・・・・・・  矢木 裕
60 「ハマの番長」・・・・・・・・・・・  三浦大輔
61 「ハンカチ王子」・・・・・・・・・   齋藤佑樹
62 「アニキ」・・・・・・・・・・・・・・・   金本知憲
63 「JFK」・・・・・・・・・・・・・・・・    ウィリアムス・藤川球児・久保田智之
64 「二刀流」・・・・・・・・・・・・・・    大谷翔平
65 「炎のストッパー」・・・・・・・・   津田恒美
66 「ギャオス」・・・・・・・・・・・・・  内藤尚行

 2.プロ入り後、打者転向した選手

 プロ野球選手はセンスがものを言う。投手でありながらバッティングが秀逸した選手は五万といた。高校野球では「エースで4番」はザラで、桑田や前田はバッターとしても十分やっていける抜群の野球センスを持っていた。

 王 貞治 高校2年の選抜大会で早実のエースとして全国制覇 その後世界一に
 柴田 勲 俊足巧打のスイッチヒッターだが、法政二高では優勝投手
 愛甲 猛  決勝で1年生エースの大輔と投げあい無失点記録を砕き、優勝した横浜の
        エース。投手としてロッテに入り、その後、打者転向 
 西田真二 PL学園で優勝投手になったが、広島入団後、打者として活躍した
 堂林翔太 中京大中京時代は日本文理と死闘を繰り広げた時のエース
 吉岡雄二 帝京高校ではエースで4番 甲子園優勝投手 高校通算51本塁打
 糸井嘉男  近畿大学では4年次、エースで春季5勝負けなしでMVPを獲得 日本ハム
  高井雄平  東北高校時代には、「高校ナンバー1の左腕投手」として、日本はもとよりメジ
       ャーリーグ球団のスカウトからも注目された。ヤクルト入団後、打者転向
  石井琢朗  足利工業高校時代は1年時から背番号1を背負い、2年時に夏の甲子園に
        投手として出場した。横浜・広島では打者として活躍した。
 嶋 重宣 東北高校では、投手として2年春の第65回選抜高等学校野球大会と夏の第
       75回全国高等学校野球選手権大会、3年春の第66回選抜高等学校野球大会
       と、3度甲子園に出場した。高校通算では28本塁打を記録している。
       広島入団後、打者に転向した。
 仁村 徹  上尾高校の右下手投げのエース投手として夏の甲子園に出場。東洋大学で
       は投手として通算75試合登板し29勝19敗、防御率2.12、155奪三振。3年生春
       は8勝2敗でチームの優勝に貢献し、最高殊勲選手、最優秀投手、ベストナイ
       ンを受賞する。大学野球選手権では、決勝で法政大学に敗れ準優勝に終わ
       る。3年生秋は6勝2敗で最優秀投手、ベストナインを受賞する。
       これほどの実績があっても中日入団後は投手としては1試合登板のみで二塁
       手に転向した。
 畠山 準 池田高校ではエースとして全国制覇。水野のひとつ上。南海では5勝を挙げ
       たものの、1988年に投球フォーム改造を失敗した影響で腰を痛めたため、打
       者に転向。その後、横浜に移籍した。

 ほかにも 三浦貴(西武)、安達智次郎(阪神)、寺本四郎(ロッテ)、織田淳哉(巨人)、
大久保美智男(広島)、片平哲也(広島)、上原厚司郎(西武)、大越基(ソフトバンク)、
遠山昭冶(阪神)、上田佳範(中日)などがいる。

 記事作成:6月14日(水)

2017年6月22日 (木)

名球会入りした選手の1年目

 今年のプロ野球界は記録ラッシュ。6月12日(月)現在で、中日の荒木とメジャーの青木が2,000本安打を達成した。さらにロッテの福浦、巨人の阿部、ソフトバンクの内川、阪神の鳥谷が今季中に2,000本安打に到達するのは間違いないところだ。
 打者の勲章とも言える2,000本安打。レギュラー定着し、100安打を20年続けないとクリアできない一流選手の証だ。
 
 一方、今季、投手で200勝を達成できそうな選手は残念ながらいない。巨人の杉内があと8勝で150勝だが、一軍登録もされておらず厳しい数字だ。また石川が152勝して今シーズンに臨んだが、あと4年以上かかりそうだ。

 このように名球会に入ることはプロ野球選手として名誉なことだが、必ずしもルーキーイヤーから活躍できた訳ではない。世界のホームラン王だった王貞治氏も入団一年目は僅か31安打で本塁打数は7。順風スタートだったわけではなく、打撃コーチだった故・荒川氏と二人三脚で打撃改造に取り組み、その後の成功に至った。ほかにも好不調の波があっただろうし、故障や怪我で休養を余儀なくされた選手も数多い。そこで今回の記事は打者なら2,000本安打、投手は200勝以上、記録した名選手の1年目の成績を取り上げたい。
 なお、全員紹介すると容量オーバーするので平成以降に達成した選手限定としたい。

 打者編 
                          1年目の成績                                  
        通算安打    出場試合  安打  本塁打  打点  打率    

イチロー    4308       40     24    0     5   .253
金本知憲   2539       5      0     0     0   .000 大卒
立浪和義   2480      110     75    4    18   .223 
石井琢朗   2432       17     2     0     0   .400 5打数2安打 
落合博満   2371               36     15    2     7   .234 ノンプロ出身
稲葉篤紀   2167       67     66    8    40   .307 
秋山幸二   2157        3      1    0     0   .200
宮本慎也   2133       67     11    0     4   .220
清原和博   2122      126    123        31    78     .304
小笠原道大  2120       44     94    21     7       .223入団時は捕手
前田智徳   2119       56     11    0     5   .256
谷繁元信   2108       80     27    3    10   .175 
中村紀洋   2101       11     6     2      5     .222
古田敦也   2097      106    70     3     26    .250   大卒  
松井稼頭央  2068       69     45    2     15     .221  
和田一浩   2050        17     4     0          2    .190 
小久保裕紀  2041       78     38        6     20    .215
野村謙二郎  2020       88     39    0     12       .258
田中幸雄   2012       14      4    1     4     .148
駒田徳広   2006       86     52   12     47   .286 

 2017シーズン時、現役選手イチロー、松井は2016年シーズン終了時点での通算記録を記載した。もちろん現役の荒木も今回は割愛したい。
 見てわかるように、入団1年目のルーキーイヤーには後の超一流選手と言えども、プロの壁にぶつかり、試合出場すらままならなかった。まして高卒ルーキーは、ファームで怪我をしない体作りから始まる。
 清原、松井、野茂、上原、松坂は別格として、それ以外は皆、下積みをしている。

投手編                       1年目の成績
        通算勝利数  登板数   勝   敗    S  奪三振   防御率

 工藤公康   224     27     1    1    0   29     3.41
 山本  昌   219      1     0    0    0    2    27.00

 平成以降、200勝投手が極端に少ない。これは完全分業制が進み、先発完投型が少なくなったためで、先発投手の登板数は1シーズン30試合未満のため、最多勝でも15勝前後。これでは勝ち星を200個積み上げるのは難しい。15勝を14年連続続けてやっと届く数字だ。

 さて、見てきたように、名球会に名を刻んだ名選手ですら、ルーキーイヤーや2年目くらいまでは芽が出ず、下積みをしていることがわかる。大卒でもノンプロ上がりでも、1年目からプロのスピードについていって実績を上げる選手は思いのほか少ないことが理解できる。
 やはり才能だけではダメで、地道な努力があってこその成功である。見てみると、大卒やノンプロ出身者は、高卒に比べて4~6年程度プロ入りが遅れる分、現役生活が少なくなる。22歳から40歳までやったとして19年間だ。毎年、怪我無くコンスタントに試合に出場して100安打を19年続けてもまだ届かないし、投手の場合は打者に比べて、肩や肘に故障を抱えやすく、選手寿命が短い。普通に考えて38歳で引退して16年程度だ。投手で名球会に入る選手が少ないのはそのためだ。中には工藤や山本のように50歳まで現役を貫く選手もいないことはないが・・・。16年間の現役でもプロ野球選手としては成功したほうだ。2年目まで芽が出なかったとして、15勝を残りの14年連続で続けた投手は、平成以降はいない。だとしたら、今後は200勝投手など出ないのではないか?という危惧さえ浮かぶ。
 あの甲子園を賑わした桑田真澄(173勝)でも到達できなかったし、松坂大輔ですら厳しい。怪物と言われた江川は巨人命を貫いた挙句に選手寿命を縮めた。巨人のエースだった齋藤雅樹も180勝止まり。
 現役選手でもっとも200勝に近いのはヤクルトの石川雅規だが、2016年終了時点で156勝。37歳であることを考え、今季のヤクルトの大低迷を見れば、10勝するのは厳しく、41歳までそれを続けるのは正直困難だ。
 また、故障続きの巨人・杉内は142勝。到底及びそうにない。 

 したがって、現代野球において、「名球会」に入ることは、ほんの氷山の一角と言えるだろう。
 今回の記事を見れば、超一流選手が、1年目から順風満帆なスタートを切っていないことがわかる。練習を重ね、同じチーム内で凌ぎを削ってポジションを獲得し、コンスタントに試合に出続けて実績を積まないと到底たどり着けない記録だと認識できる。
 ドラフト何位であろうが、実力がものいうのがプロの世界。ぜひ切磋琢磨し、心と体、そして技を磨き、記録にも記憶にも残る選手になってほしいものだ。

  記事作成:6月14日(水)~

    


 

2017年6月 9日 (金)

巨人を追われた男たちの意地

 今年の巨人の不振は異常だ。FA制度導入以後、史上初のFA3人獲得を果たした巨人だが、まったく役立たずの状況で、一軍定着はクロスオーバーで左殺しの異名を持つ森福だけで、DeNAのエースとして昨季10勝以上をあげた山口と日本ハムの俊足巧打の切込み隊長役の陽岱鋼が故障で出遅れている。何のための大枚を叩いての補強かさっぱりわからない。
 過去、当ブログでは、トレードやFAで巨人にやって来た選手の、移籍前のチームでの成績とと巨人移籍後の成績を比較する記事を書いたが、今回はその逆を取り上げたい。つまり、巨人から他球団に移籍した選手の新チームでの移籍一年目の成績だ。層の厚い巨人ではスタメン出場など夢のまた夢の状況だった選手が、活躍できる場を得て、見違えるほどの変貌を遂げている選手がいかに多いか驚くはずだ。
 なお、材料としては巨人から移籍する直前の年と移籍したチームでの1年目を比較したい。

 小林 繁(阪神へ)

          登板数  勝利 敗戦   S   勝率   奪三振  失点  防御率
巨人最終年    43    13  12   2  .520   130   97    4.10
阪神1年目     37        22   9       1  .710   200   101  2.89

 いわゆる「江川事件」でとばっちりを受けた被害者。怪物と呼ばれた江川卓のわがままのせいで、意思に反して阪神へトレードさせられた。62勝(39敗)をあげて巨人のエースとして尽くしたにもかかわらず、無情な仕打ちで巨人を追い出された。翌年、巨人戦では負けなしのシーズン22勝を挙げ、見事リベンジを果たし見返した。

 駄々っ子のように他の選手に迷惑をかけた江川とは真逆で、その紳士的な大人の対応で無言を貫いて阪神に移籍し、22勝で最多勝を獲得した彼は、投手に関する賞を総なめにし、賞賛を浴びた。しかし、引退後、コーチや監督としての指導力や手腕が期待された矢先、病気で早くして亡くなられた。日本球界にとって大いなる損失となった。

 鈴木康友(西武へ)

          試合数  安打数  本塁打 打点   打率   盗塁
巨人最終年    85    24     3    9   .190    3    
中日1年目     119    86     11       30   .234    3

 巨人時代は守備固めの選手という印象だった。西武時代は奮わず、1年後にはまたトレードに遭ったが、中日では1年目から大活躍。4年後にはまた西武に戻った。打者としてはぱっとしなかったが、守備が上手で13年間も現役生活を送った。

 駒田徳広(横浜へ)

         試合数  安打数  本塁打     打点   打率   盗塁
巨人最終年  122   109     7     39     .249   1
横浜1年目   130   149    13     68   .284   0

 「満塁男」と呼ばれ、プロ初打席でいきなり満塁ホームランを放った。巨人では実力があるのに使ってもらえず、代打が多く、出番を求めて自ら移籍を希望した。そしてレギュラーに定着した横浜では打ちまくり、2,000本安打を達成した。もしあのまま巨人にいたら、出場機会が少なく、2,000本安打は実現できなかっただろう。

 仁志敏久(横浜へ)

          試合数  安打数  本塁打  打点  打率   盗塁
 巨人最終年   64     22      1     7   .185   1
 横浜1年目  137    150    10    45   .270   3

 いずれも横浜へ移籍した一年目は大活躍。安打数は約7倍 打率は大幅アップ
 巨人を出るとどうしてこうも変わるのか?リベンジに燃えるのか?

 二岡智宏(日本ハムへ)

          試合数  安打数 本塁打  打点  打率   盗塁
巨人最終年    31    24    1     7      .279   0
日ハム1年目   69    43    4    25  .253   0

 久し振りの巨人の打てる遊撃手だった。守備も上手く、スローイングが安定していた。イケメンで女性ファンからの熱い声援を浴びていたが、モテ男が災いして、山本モナとの不倫が原因でイメージを崩したという理由で巨人を追われた。

 林 昌範(日本ハムへ)

         登板数  勝利  敗戦  H  奪三振  防御率
巨人最終年   11    0    0   1   14    6.75
日ハム1年目  46    3    2   9   42    3.33

 巨人時代は貴重な左のセットアッパーとして活躍した。しかし、ノーコンで四球を連発し、自滅することが多かった。2008年、マイケル中村・工藤隆人との交換トレードで二岡智宏と共に北海道日本ハムファイターズに移籍した。すると前年比較で4倍の登板数。防御率も半分以下と好投した。現在はDeNAで現役を継続中。  

 

一岡竜司(広島へ)

          登板数  勝利  敗戦  H  奪三振  防御率
巨人最終年    9     0    0   0   8     5.23
日ハム1年目   31          2    0     16   27    0.58

 巨人時代は将来を嘱望された若手投手だった。しかしFAで大竹を獲得したことにより、人的補償でプロテクトを外れたことで、広島から指名がかかった。巨人時代は一軍での登板は少なかったが、広島へ移籍後はセットアッパーとして大活躍。31試合に登板し、失点は僅か3点という神がかり的な変貌を遂げた。

 矢野謙次(日本ハムへ)

          試合数  安打数 本塁打  打点   打率  盗塁
巨人最終年    8     1     0     1   .071   0
日ハム1年目   40    15     1     5   .197   0

 巨人時代は左キラーとして代打職人的な存在だった。パンチ力があって、長打力があった。12年間でレギュラー定着とまではいかなかった。2015年のシーズン途中に電撃的に日本ハムに移籍。途端にサヨナラ打を連発するなど大活躍。才能がありながら出番が少なく悲運。もったいない選手だ。

 大田泰示

          試合数  安打数  本塁打  打点   打率   盗塁
巨人最終年   62      23     4      13  .202     0
日ハム1年目  33     30     6          18   .250    0
(6月7日現在)

 将来の4番候補と目されていたが、巨人在籍8年間は出番も少なく鳴かず飛ばず。通算100安打に留まり、大砲とは眉唾で9本しかホームランが出なかった。40打点で打率も.229と低迷した。
 しかし、2017年シーーズンから日本ハムに移籍後は一軍定着し、ホームランを量産し、すでに8年間の巨人時代の総ホームラン数にあと3本で並ぶ。

 以上、見てきたように、トレードなどで巨人を離れると、一矢報いようと頑張ったり、リベンジ心が芽生え、「見返してやる」という心意気や男の意地が強くなる。予想通り、巨人時代はレギュラーに定着できず、苦虫を潰していた選手が、他球団に渡ると水を得た魚のように生き生きと輝く。
 確かに昔から巨人戦はテレビの中継が多く、毎試合プラチナチケットと呼ばれるほど球場は満員札止め状態で、人気が高かった。それが他球団からは妬まれる材料になった。巨人戦で負けて無様な醜態を晒せないと、エース級の投手をぶつけたりした。星野仙一や村山実のように、巨人を目の敵にして力投する男気のある選手も大勢いた。巨人戦には滅法強い打者もいた。

 やはり巨人は層が厚く、出番がなかなか回ってこない。レギュラーを勝ち取れる選手はほんの僅かだ。特に外国人助っ人との守備位置争いは熾烈で、外野は戦争状態。互いに潰しあいとなる。だから他球団に移籍すると、実力次第でレギュラーを手に入れられる分、ハッスルするのだ。
 「巨人命」を貫いた選手は、ダメになるのも早い。江川は9年間で現役を終えたし、浪人した選手も元木のように名球界に名を残す選手にはなれなかった。どちらがいいかはわからないが、常勝の宿命を背負い、相当なプレッシャーと戦いながらプレーするよりも、他球団でのびのび野球を行い、実績を挙げたほうが、プロ野球選手として大成したほうが賢明かもしれない。巨人にしがみついた結果、飼い殺しになるのが巨人選手の成れの果てなのだから。
 
 最後に、FA3人獲得や、日本ハムでエースとして活躍した吉川光夫投手のトレード移籍、楽天時代に大砲だったマギーや守護神カミネロの入団など盤石の補強でブッチギリ独走かと思われた今年のセ・リーグ。蓋を開けてビックリ。6月8日現在で、球団ワーストの13連敗を喫し、最下位のヤクルトに2.5差に迫られる5位と低迷している。大型補強が裏目に出て、実力がかみ合っていない。こういう負の連鎖が続く時には、サッカーでよくありがちな監督交代(休養)などのカンフル剤が必要だが、外様だらけの巨人コーチ陣に代行が務まるとは思えない。まして選手生活にピリオドを打たせて監督要請した経営陣が解雇を宣告できる訳もない。
 それでも球場は満員で、声援を送り続けているファンをこれ以上失望させないためにも、チーム改革を行い、チームを変身させてほしいものだ。

 記事作成:6月7日(水)

2017年6月 6日 (火)

シーズン途中で休養した監督

 日本のプロ野球は交流戦を含め、1シーズン144試合も戦う長丁場だ。そこには様々な名勝負やドラマがある。しかし、途中で成績不振を理由に「休養」に入る監督がいる。休養と言えば聞こえが良いが、それは個人の名誉保持のためであり、事実上の解任である。それが証拠に、シーズン中に復帰した監督は、病気や怪我による休養以外は皆無だ。勝負の世界はなかなかシビアだ。
 今年のシーズンも、オープン戦でダントツ首位だったロッテの伊東監督が、最下位に沈み、5月時点で自力Vが消滅するなど、「休養」の危機にさらされている。実績十分な監督だけに、選手の踏ん張りに期待したい。

 では、これまでに休養に入った監督はどれくらいいたのだろうか?調べてみた。

加藤喜作(南海軍:1942年、三谷八郎の退任に伴い監督代行に就任した岩本義行が監督
     代行を退任した為に「監督代行の代行」に就任)

宮崎剛(大洋ホエールズ:1972年に別当薫の休養に伴い監督代行に就任した青田昇が途
     中で体調を崩して休養した為に「監督代行の代行」に就任)

土橋正幸(ヤクルトスワローズ:1984年に武上四郎の休養に伴い監督代行に就任した中
     西太が途中で体調を崩して休養した為に「監督代行の代行」に就任)

島野育夫(中日ドラゴンズ:1995年に高木守道の休養に伴い監督代行に就任した徳武定
     祐が成績が安定せずに休養した為に「監督代行の代行」に就任)

 21世紀以降は・・・

02年9月25日 横浜 = 森祇晶監督 → 黒江透修代行

03年4月23日 オリックス = 石毛宏典監督 → レオン代行

03年9月 7日 中日 = 山田久志監督 → 佐々木恭介代行

https://www.youtube.com/watch?v=xIFFytEVBzY

08年5月21日 オリックス = コリンズ監督 → 大石大二郎代行

09年5月17日 横浜 = 大矢明彦監督 → 田代富雄代行 

10年5月26日 ヤクルト =  高田繁監督 → 小川淳司代行

12年9月25日 オリックス = 岡田彰布監督 →森脇浩司代行

14年6月 4日 西武 = 伊原春樹監督 → 田辺徳雄代行 

https://www.youtube.com/watch?v=LM8KL_t51HQ

15年6月 2日 オリックス = 森脇浩司監督 → 福良淳一代行 

https://www.youtube.com/watch?v=qdZt_8oBr6E

16年8月 9日 中日 = 谷繁元信監督 → 森繁和代行

https://www.youtube.com/watch?v=-Bik-BRBI94

【注】病気療養による06年王貞治監督(ソフトバンク)14年星野仙一監督(楽天)を除く

シーズン終了後に代行者が正式に監督就任した例

藤村富美男(大阪タイガース、1955年に岸一郎の退任により監督代行就任→翌1956年に
      正規に監督就任)

加藤春雄(近鉄パールス、1957年に芥田武夫の退任により監督代行就任→翌1958年に
      正規に監督就任)

藤本定義(大阪タイガース、1961年に金田正泰の退任により監督代行就任→翌1962年に
      正規に監督就任)

西沢道夫(中日ドラゴンズ、1964年に杉浦清の退任により監督代行就任→翌1965年に
      正規に監督就任)

長谷川良平(広島カープ、1965年に白石勝巳の退任により監督代行就任→翌1966年に
      正規に監督就任)

別当薫(大洋ホエールズ、1967年に三原脩の退任により監督代行就任→翌1968年に
      正規に監督就任)

濃人渉(東京オリオンズ、1967年に戸倉勝城の退任により監督代行就任→翌1968年に
      正規に監督就任)

金田正泰(阪神タイガース、1972年に村山実の指揮権の返上(現役投手に専念)により
      監督代行就任→翌1973年に正規に監督就任)

土橋正幸(ヤクルトスワローズ、1984年に武上四郎・中西太の退任により監督代行就任→
      翌1985年に正規に監督就任)

藤田平(阪神タイガース、1995年に中村勝広の退任により監督代行就任→翌1996年に
      正規に監督就任)

大石大二郎(オリックス・バファローズ、2008年にテリー・コリンズの退任により監督代行就
      任→翌2009年より正規に監督就任)

小川淳司(東京ヤクルトスワローズ、2010年に高田繁の退任により監督代行就任→翌
      2011年に正規に監督就任)

森脇浩司(オリックス・バファローズ、2012年に岡田彰布の退任により監督代行就任→翌
      2013年に正規に監督就任)

田辺徳雄(埼玉西武ライオンズ、2014年に伊原春樹の退任により監督代行就任→翌2015
      年に正規に監督就任)

福良淳一(オリックス・バファローズ、2015年に森脇浩司の退任により監督代行就任→翌
      2016年に正規に監督就任)

森繁和(中日ドラゴンズ、2016年谷繁元信の退任により監督代行に就任→2017年に正規
      に監督就任)

 ざっと振り返っただけでもこれだけの監督がシーズン半ばで「休養」し、解任されている。プロは結果がすべてと考えれば当然と言えば当然だが、やはり厳しい世界だ。あの長嶋監督や王監督ですら、巨人時代は、シーズン後に解任が発表された。選手としては超一流でも、監督としては結果が重視された。
 今シーズンを見てみると、ロッテの伊東監督は厳しい立場にあるし、中日の森監督も、このまま低迷を続けると、電撃的に「休養」に入って、コーチが監督代行するパターンに陥るかもしれない。

 また、信じたくは無いが、巨人の高橋由伸監督も2年連続でV逸すれば、解任の危機にある。かつて堀内監督は2年間指揮を執ったが、優勝できず、その責任を取って辞任した。今年の巨人はトレードや球界初のFA3人獲得で戦力補強したにもかかわらず、優勝を逃したとあらば、ナベツネ氏の逆鱗に触れ、監督交代も現実味を帯びそうだ。
 その兆候はすでに現れている。6月4日(現在)、10連敗を喫し、首位の広島とは9.5ゲーム差。昨季も4位とBクラスに沈み、2年連続で優勝どころかBクラスに甘んじればクビ宣告は時間の問題か?高橋監督のプライドを尊重すれば、自ら進退伺いを提出し、休養に入るしか道が無くなる。

 後任だが、原監督が復帰にはまだ時間を要しそうなので、桑田氏か松井氏に白羽の矢が立つかもしれない。原氏が日本代表監督に就任する可能性もあるし、そうなると巨人の監督人事はますます混迷するかもしれない。
 個人的に松井氏は監督には向いていないと思っている。細やかな野球は出来そうにない。監督は緻密で選手の調子の良し悪しを見抜く眼力と観察力に優れていなければ務まらない。松井氏はその素質に欠けている。打者出身だけに、打ち勝つ野球を掲げるかもしれないが、打線は所詮水もの。野球は投手力と守りが重要。畑違いのような気がする。

 今の巨人の窮地を救うには監督交代のカンフル剤が必要だが、歴代巨人軍の監督を見てもシーズン途中での休養は無い。たぶん今シーズン終了までは、球団社長やオーナーも我慢を重ねるが、原政権時代から3年連続でV逸となれば、監督交代は必至だ。

 記事作成:5月15日(月)~

2017年5月30日 (火)

最近の投手事情

 野球は投手力とよく言われる。どんなに強力打線でも、好投手の前では沈黙してしまう。実例を挙げると、4年前、「楽天」所属だった田中将大投手は、開幕からシーズン負けなしの破竹の24連勝を記録した。大エースとして奮闘し、見事球団創設初の日本一へと導いた。
 各球団、この絶対的エースがひとりはいて、共通しているのは決め球を持っているという点だ。エースは、そのチームの勝ち頭であり、顔でもある存在だ。しかし、特定の年数をNPBで過ごした後、メジャーに移籍するケースが後を絶たない。それに伴い、新たな戦力を整えるのに、チームは苦慮を強いられる。

 最近は、メジャーに流出する有望選手が多くなったが、それに伴い、聞きなれない言葉や投手に関わる事情が趣を異にしている状況下にある。今日はそれをテーマにしたい。 

 1 ピッチングフォーム

 かつてラジオのナイター中継では「ピッチャー振りかぶって第1球投げた」という実況をよく耳にしたものだ。しかし、最近はこの「振りかぶって」を聴かなくなった。この振りかぶってモーションを起こす投げ方は「ワインドアップ」という。それに対していったん胸の前にグラブを置いてからモーションに入る投げ方を「ノーワインドアップ」、ランナーがいるときに横向きでセットしてからモーションを起こすのを「セットポジション」と呼んだ。しかし、近年はランナーがいないにもかかわらず、終始「セット」で投げるピッチャーが多くなった。これは振りかぶると、勢いが付いて球威は増すが、その分、軸がブレやすくなり、結果コントロールが乱れ易い。その点、セットで投げると、全体のモーションが減る分、コントロールはつきやすくなるという利点がある。
 では、現在のNPBのピッチャーで、どんな選手がいるか分類したい。

 ○ワインドアップ (Wikipediaより引用)

 ワインドアップポジション(wind up position)は、2つの正規の投球姿勢の内の1つである。塁上に走者がいない場面でよく用いられる。

 一般的なワインドアップは、以下の様になる。

  1. ボールを両手で持つ。
  2. 自由な足(右投手の左足・左投手の右足)を投手板の後方に引く。この動作に伴い、両手を頭上に振り被る投手が多いが、振り被らず胸の前に構えたまま投げる(ノーワインドアップ)投手もいる(後述)。
  3. 自由な足を地面から離し、軸足で全体重を支え、利き手の向きに腰を捻る。
  4. 自由な足を投手板前方の地面に再び付けて踏ん張り、軸足で投手板を蹴り、その推進力を利用してボールを投じる。
  5. 投球の予備動作(テイクバック)をとってから投げる直前に腕をしならせるようにするが、腕を伸ばしたまま投げることは、ピッチングマシーンの腕が曲がらないことに例えて「アーム式」と呼び、故障の原因となるため忌避するべきとされている。

 一般的には、振りかぶるワインドアップポジションは、体を大きく使えるために球速を得られる一方、精緻なコントロールが難しいとされている。下半身強化は、身体のバランスを安定させてその問題を改善する目的もある。

 ○ノーワインドアップ(Wikipediaより引用)

 ノーワインドアップは動きに制限があり、球速が出づらいが、重心がぶれにくいのでコントロールしやすく、VTRによる解析・研究が活発になってからは、手元を見せないので球種が分かりづらいというメリットがある。また、球速についてはプロレベルでは大差ないという意見もあり、近年のプロ野球選手の多くがこちらを選ぶようになっている。

 ○セットポジション(Wikipediaより引用)

 セットポジションは、ワインドアップの条件に加えて自由な足の位置やボールの持ち方を制限した投球姿勢である。

 一般的なセットポジションは、以下の様になる。

  1. 自由な足を投手板の前方に位置し、片方の手を下に下ろして身体の横に付ける。
  2. ボールを両手で身体の前方で持ち、完全に静止する。
  3. 自由な足を地面から離し、前方に動かす。
  4. 自由な足を投手板前方の地面に再び付けて踏ん張り、軸足で投手板を蹴り、ボールを投じる。

 セットポジションはワインドアップポジションよりも速やかに投球することが出来、塁上の走者を牽制しやすいため、塁上に走者がいる場合に用いられる。

 ワインドアップではコントロールが定まらないなどの個人的な癖により、走者の有無に関わらず常にセットポジションを用いる投手もいる。

 始めからセットポジション・・・大谷翔平、

 2 決め球

 フォーク・・・杉下茂、野茂英雄、佐々木主浩、千賀滉大

 スライダー・・・伊藤、齋藤雅樹、ダルビッシュ有、松坂大輔

 カーブ・・・今中、工藤公康、山本昌、武田翔太

 シンカー・・・高津臣吾、齋藤雅樹、摂津正、

 チェンジアップ・・・杉内俊哉、岸孝之、金子千尋

 3 球種の違い

 メジャーに行く日本人選手が出始めてから、聞きなれない球種を耳にすることが多くなった。かつては曲がるボールはカーブと言ったが、最近は皆、スライダーと言う。スプリットとかカットボールとか、一体どんな変化球なのか想像も出来ない。

 スプリット(Yahoo!知恵袋より)

 正式には「スプリット・フィンガード・ファスト・ボール」というらしい。

 日本では一般的に浅く挟むとスプリット(スピードは早いけど落差が小さい)、深く挟むとフォーク(スピードはないけど落差が大きい)って言ってるけど、アメリカではどっちもスプリットなので深く考えなくてもいいんじゃない?まぁイメージ的にいうとゴロを取りたいときは浅く挟み、落差を小さくして引っ掛けさせてる感じはある。超高速のフォークというイメージ。
 田中将大投手の魔球はこの球種。他にも上原浩治、岩隈はスプリットの使い手。

 カットボール(Wikipediaより)

 直球の握りから人差し指を少し中指側にずらして握り、リリースの際にボールを切る(カットする)様に投げる。 直球とほぼ同じ球速で小さく鋭く変化するため、打者からは直球との見分けがつきにくく、直球と思ってスイングしに行った打者のバットの芯を外して凡打に打ち取る目的で使われることが多い。

 ツーシーム(Yahoo!知恵袋より)

 ツーシームはストレートの一種です。球種の名前です。名前の通り(ツー・・・二つの、シーム・・・縫い目)の通り、二本の縫い目に沿って人差し指と中指を掛けて投げます。
ちなみに、一般的な変化しないストレートのことをフォーシームといいます。
 しっかり縫い目に指をかけないためにボールの回転のかかりが悪くなり、回転が比較的少ないボールになります。
 また、二本の縫い目が回りながらホームベースに向かってくるため、一般的なフォーシームに対して空気抵抗が少なくなります。
 この様な理由でこのボールは不規則な変化をします。ストレートの一種なのに変化するのです。

 代表格はDeNAの山崎康晃や元広島の黒田雅樹、元巨人の桑田真澄

 スクリューボール(Yahoo!知恵袋より)

 シンカーは直球の軌道から曲がり落ちるのに対して、スクリューボールは逆方向のカーブのような軌道で、浮き上がってから落ちる。

 大野豊・山本昌・石川雅規

 さて、今日の記事は「Wikipedia」や「ヤフー知恵袋」の解説を借りた他力本願的な記事になったが、私自身、40年以上、NPBのファンを続けてきたが、近年の野球はわからないことだらけ。特に、ピッチャーに関する変わりようは異常で、日本人投手がメジャーに行き始めてから、その未知の情報が数多く入ってくるようになった。多くの球種があり、決め球となるような「魔球」もあることがわかった。そこは日本の10倍以上の年俸がありふれた夢世界。第一線で活躍し、生き残るためには多種類の魔球を操れないといけないらしい。

 記事作成:5月11日(木)~

2017年5月26日 (金)

給料泥棒と呼ばれて・・・

 これは私のことではない。今年4月に部長職に就き、睡眠時間は僅か4時間という状況に追い込まれながら、命を削って仕事に励んでいる。しかし、私よりも年齢が上の先輩は、役職を断り、仕事から逃げ続けても解雇されず、給料は私より上という、不可解にして不平等な勤務評定の中、それでも歯を食いしばって毎朝7時に出勤している。
 私はサラリーマンなので、たいした給与はもらっていないが、世の中には額面にはほど遠い仕事しかしていなくても超高給とリの職業が存在する。それはプロ野球界だ。

 恥も外聞もいなく、どの面下げて億単位の年俸を貰っているのかと怒り心頭だが、過去の栄光がものを言うこの世界では、怪我をして戦列を離れようが、故障後、調整に数年要しようが、「複数年契約」を勝ち取ったが最後、翌年に一度も試合に出なくても満額貰えてしまう、まさに「給料泥棒」を地で行くずるい選手を取り上げたい。
 なお、この記事は誹謗・中傷ではなく、そうした選手たちの奮起を促すために掲載することお断りしておきたい。

 1位 松坂大輔(36歳)

 西武からレッドソックスへは100億円という移籍金でメジャー入りしたものの、期待に背き、その後、日本球界のソフトバンクへ。過去の実績だけで1年4億円。4年間16億円もの複数年巨額契約を結んだものの、移籍後も原因は太りすぎの体型で、走りこみ不足と肘の故障で下半身が使えずに身体に切れがない。

 彼が図太いのはその神経で、給料泥棒を自負しながら、しめしめと満額をせしめて、責任を感じて返納することや、自ら減俸を申し出ることもない。彼はO型。がめつさと無神経さではまさに「怪物」だ。

 追記(H29.9)

 これほどまでに限界を突き付けられている彼なのに、未だに現役続行にしがみついている。H29シーズンは1試合しか登板していない。防御率は実に18.00。つまり1イニング投げて2点取られて降板してあとはそれっきり。それで年俸4億円。いいご身分だ。彼は金の亡者か?意地もプライドも捨てて、過去の栄光にすがりつき、3年12億円もの高額契約で、来年も現役を続け、まんまと4億円をせしめようという打算が見え見えだ。SOFTBANKはどこまでもお人よしだ。

 2位 杉内俊哉(36歳)

 彼もかつてはNPB一の高給だった。2011年時点で年俸は5億円だった。しかし、故障して一軍登板がないと、自主返納を申し出た。その額なんと4億5千万円の減俸。つまり10分の1に激減。プロである以上、意識はこうあるべきだ。彼はA型なので、責任感が強く、罪悪感などからこのような措置を選んだのだろうと察しがつく。
 しかしながら、この2年は登板機会がなく、ソフトバンク時代の栄光も霞みつつある。エースの「18」を背負った割には、巨人に来るとダメになる典型だ。
 ソフトバンク時代の10年間には103勝55敗で、様々な賞を獲得したが、巨人移籍後は2016年終了までの5年間で僅か39勝(22敗)。昨年は治療に専念し、登板機会ゼロ。今年も当番の目処は立っていない。

 3位 村田修一(36歳)

 以前は3億円の年俸を貰っていた彼だが、昨季オフに8,000万円減の2億2千万円で契約を交わした。もう後がない彼だったが、今年はマギーに定位置を奪われ、ベンチスタートが多くなった。かつてのホームラン打者の面影は無に等しい。代打要員に成り下がった。これで一般サラリーマンの生涯賃金である2億円以上貰っているなんてとんとおかしい。
 彼も横浜時代とは成績も差がありすぎ。巨人にFAしてダメになった一員。横浜の9年間でホームラン王を2度獲得したが、移籍後は最多でも25本だ。

 しかし、今年は気の毒な面もある。まだまだ第一線で主力でやれる体力がありながら、マギー獲得でサブに追いやられた。ここ一番では、ベテランの技と経験がものを言うのがペナントレースなので、彼が一番の被害者かもしれない。額面どおりの出番を与えないと、巨人に愛想を尽かすのも時間の問題だろう。

 4位 川崎宗則(35歳)

 彼はメジャーに夢を託したのが失敗の元だった。ソフトバンクでは俊足巧打で鳴らした彼だが、所詮体が小さく、メジャー向きの体型ではなかった。パワー不足で盛り上げ役で終わってしまった。あのまま5年間、日本に留まっていたら、とっくに2,000本安打を達成していたに違いない。今年電撃的に古巣に復帰を果たしたが、かつての姿はもう無い。

 NPB11年の成績 1,343安打 267盗塁 通算打率.294
 MLB5年の成績    150安打  12盗塁 通算打率.237

 5位 内海哲也(35歳)

 彼はもうエースとは呼べない。いつお払い箱になっても文句は言えない散々な状況だ。一時期は最多勝を獲得したが、数年前にピークは終わった。彼も太りすぎとプレッシャーに長年、心臓の弱さがネックだった。ピンチに陥ると顔が硬直し、相手への威圧も感じられない。高卒ですぐに巨人入りし、昨季で13年を過ごしたが、通算126勝89敗では真のエースとは言えない。巨人のエースは常に15勝以上をしなければならない。15勝を越えたシーズンはたった2回だ。この3年間は18勝(16敗)止まり。もう峠はとうに越えた。
 今年も5月20日現在で1勝4敗と悲惨な状況だ。今年ダメなら引退も覚悟しなければならない。
 昨季まで年俸4億円貰っていたが、2億円減でサイン。それでも今年、2億円貰っている。つまり一般サラリーマンの生涯賃金だ。額面どおりの投球をしているとは到底思えない。

 

 いずれもこのテーマに合致するのは巨人の選手に多い。契約段階で高給を貰うから、さほど実力のない選手も勘違いするのだ。貪欲さがなくなり、楽して契約更改で駄々をこねるようになるのだ。

 不思議なことに、今日取り上げた「給料泥棒」と思える選手は、いずれも35~36歳の同年代選手ばかり。見果てぬ夢を追い続け、自分の実力を分析する眼力も乏しく、アメリカンドリームに魅せられた面々だ。年間数十億円という額に目が眩んだ訳では無いだろうがあまりにも現実離れしていると思う。

  本人やファンは往年の雄姿に思いを馳せ、復活を望んでいるだろうが、プロの世界は実力社会。使えなくなった時点で「給料泥棒」だ。潔くユニホームを脱いで貰いたい。松坂などは、もう一生遊んで暮らせるだけの財を築いた筈だ。サラリーマンが汗水垂らして一生かけて稼ぐ給料を、1年で軽く追い越してしまう。いくら「夢を売る職業」でも、この高給待遇ぶりは目に余る。彼の場合は、1球投げて数千万円という単位に上る。いつまでも現役生活にしがみついていないで潔く引退してほしい。周りから見れば、単なる金の亡者に思えるだけだ。

 ところで、今年もまた巨人は低迷している。FAで獲得した3人のうち、一軍に生き残っているのは森福だけ。期待の陽と山口は一試合も出場できてない悲惨な状況。一方、巨人を追われた

 過去にも萩原(広島)、駒田(横浜)、二岡&林(日本ハム)、一岡(広島)、矢野(日ハム)、ロペス(DeNA)、大田(日ハム)は巨人では出番がなくても、他球団に行った途端で才能が開花し、見事な変身ぶりを遂げている。大田泰示は巨人時代の通算ホームラン数を5月時点でもうすでに超える大活躍。なぜこうなるのか?巨人の監督はコーチは選手を見る目がアホなのか?それとも選手層が厚すぎて実力のある選手を使えず、飼い殺し状態にあるからなのか・・・。だから他球団に移籍すると、水を得た魚の如くいきいきと活躍できる。

 そういえば、大学出身のドラ1の桜井や2位の早稲田出身の重信ですら頭角を現せず終いだ。他球団だったら、とっくに即戦力でレギュラーだろうに・・・。

 巨人もそうだが、実力の無い選手に高給を与えると、選手を甘やかすだけで、3億貰っていても、翌年鳴かず飛ばずだったら、5千万円まで減俸して当たりまえ。「働かざるもの食うべからず」は勝負の世界に生きる以上、当然の掟だ。厳しい査定で選手にやる気を植え付けさせ、発奮させるシステムを構築すべきだと思う。

  最後に、5月21日(日)時点での巨人(21勝20敗)の勝ち組と負け組みを区分けしたい。以下の通りはっきりしている。

 勝ち組              普通組           負け組(背信)

 菅野    5勝1敗    篠原  1勝1敗      内海  1勝4敗
 田口    4勝1敗    山口鉄 1勝1敗      宮國   0勝4敗
 マイコラス 4勝2敗    カミネロ 0勝1敗        森福   0勝2敗 
 大竹    4勝2敗       マシソン1勝0敗

 合計   17勝6敗            3勝3敗           1勝10敗

 野球は投手力がものを言う。先発陣は安定しているが、中継ぎが奮わないのは一目瞭然。内海と宮國は戦犯と呼ぶに相応しい背信ぶり。ファームで調整が必要。森福もFA組の中で唯一生き残っているが、合格点にはほど遠い。昨季ソフトバンクでの活躍から比べれば雲泥の差だ。
 巨人に来ると、ジンクス通り、成績はカタ落ちとなる。あれだけの戦力を補強しながら勝率5割程度では情けない。

 記事作成:5月20日(土)~21日(日)

 

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