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野球

2018年4月 4日 (水)

野球の不思議

 私は学生時代に野球をやっていたが、足掛け6年の現役期間だったが、内野の要のショートを守り、ルールについて精通しているつもりだった。
 しかし、ここ数年、ルールブック(野球規則)に掲載されている項目で、私が知らなかったことが数多く存在し、しかもそれはレアケースではなく、知らないと痛い目に遭う細かい規則があることを知り愕然となった。今日は、それを話題にしたい。

 1 難しいルール

 ① フォースアウトの置き換え

 私は小学生の頃の愛読書は「ドカベン」だったので、白新と明訓の一戦で起きた「ルールブックの盲点」がそうせ、それが甲子園の高校野球で実際に複数回起きたことがあり、驚いた。まずは映像でどうぞ!

 2012年8月13日の「濟々黌vs鳴門」。7回裏の濟々黌の攻撃でそれは起こった。1死1・3塁の場面で打者がショートライナーを放ち、野手がファインプレーでノーバン捕球。スタートを切っていた3塁ランナーは通常なら塁に戻らなければならないが、間に合わないと思い、そのままホームへ。ショートは3塁にボールを転送すれば問題なかったが、スリーアウト目を飛び出していた1塁ランナーを刺した。この場合、守る側はフォースアウトの置き換えをやらずに、そのままチェンジと思い込んでファールラインを越えてベンチへ。ここで主審にアピールすれば良かったが、それを忘れてしまったため、得点が認められてしまった。

 ②キャッチャーボーク

 高校野球、徳島大会での出来事。1-1の九回裏、城東の攻撃。先頭の3番・中西雄大外野手(3年)が右中間二塁打で出塁すると、4番・武口哲也内野手(2年)の送りバントで1死三塁に。ここで、サヨナラの大ピンチを迎えた阿波の鳴川真一監督(41)は満塁策を選択し、次打者への敬遠をバッテリーに指示した。そしてエース・吉本健人投手(3年)が、5番・前野一輝内野手(2年)に投じた2球目に、岡田正幸球審がボークを宣告。三走・中西が生還となり、城東のサヨナラ勝ちが決まった。
 このキャッチャーボークは敬遠の際に、投手の投げたボールが手元を離れるまでは捕手はキャッチャーボックスから出てはならない。早く出てキャッチすると、ボークが宣告されるのだ。しかし、現役捕手でもそんなルールを知っている者は少ない。屈辱で敬遠球を投げた投手は一切責任が無い。しかも動画映像のように勝敗を決する重要場面でのボーク判定は死刑を意味する。

 この主審がとった行動は100%正しいのだが、高校生でここまで求めるのは酷。いったんは捕手に注意や指導を与えて、二度目行ったらボークを宣告しても良かった気がする。2年生捕手だっただけに、一体何が起きたのかわからず、頭が真っ白になったのは間違いない。先輩に対して申し訳ない気持ちでいっぱいだったろう。

 ③走塁妨害か守備妨害か

 塁間で捕球態勢に入っている野手と走者が交錯し接触した場合、守備側が優先されるのが通例だが、一塁と二塁の一直線上で走者が走っていた場合はどうなるのか?

 ④完全捕球

 フライやフォースアウトで、いったん捕球し、その後、次の投球動作に入った際に落球した場合などは、その前のプレーは有効としてアウトが宣告される。
 混乱をきたすのは、その時間が短く、一連の動作とみなすのか、次の動作とみなすのかだ。しかしこれも誤審を招きやすいプレーだ。

 ⑤ベース上に2人の走者

 挟殺プレーの際によく起きるシーンだが、塁上に2人の走者がいる場合、前の走者に優先権(占有権)がある。それを知らずに前の走者がアウトと勘違いして塁を離れ、ボールを持った野手がタッチし、ダブルプレーになるケースが後を絶たない。

 他にベース踏み忘れや前のランナー追い越しなどがある。いずれも巨人の選手がよくやる凡ミス。

 2 アピールすればアウトだったのに

 ① バッターボックスをはみ出して打った場合

 伝統の巨人阪神戦でそれは起きた。好投手槇原が投じた敬遠のボールを打ってサヨナラ安打にした新庄剛志。しかし、よくみると、踏み込んだ際に、バッタボックスから足を出して打っている。サヨナラヒットを打たれたことで舞い上がってしまい、ピッチャーもキャッチャーも、野手もベンチの誰ひとりとしてこの「違法行為」をアピールしなかった。

 ② サヨナラホームランが取り消しに?

 それはミラクル近鉄がオリックスと戦った試合で起きた。3点ビハインドながら勝てば劇的優勝という重要な場面で、無死満塁で代打、北川が起用された。そこでミラクルが起きた。代打逆転満塁サヨナラ優勝決定ホームランという奇跡の一撃を放ったのだ。しかし、問題はその後だった。
 まだ、走者が塁間を走っている最中にもかかわらず、興奮した近鉄ナインがベンチを飛び出し、ダイヤモンド内になだれ込み、狂喜乱舞の大騒ぎ。これも逆転の走者がホームインする前だったので、冷静にアピールすれば、アウトだった。
 勝負の世界は不思議なもので、ホームランを打たれた瞬間に勝敗は決し、潔く負けを求めるようだ。特に力同士のぶつかり合いのプロの世界では、スタンドにボールが飛び込んだ時点で負けを認めてしまっているということだろう。

 正当な判断(ジャッジ)が出来る優秀な審判ならいいが、俄かアンパイヤ―だと、そんなルールすら知らない場合がある。そうなると本来はボークなのに、誤審(ミスジャッジ)によって取り返しがつかない場合がある。シーズン144試合もあるプロ野球ならいざしらず、一試合でも負ければそこで完全終了となる高校野球ではそれが許されない。
 審判もしっかりとした知識を植え付けて欲しい。

 今日のテーマとは全く関係ないが、野球の話題なので最後に加えたい。なかなか見られない野球のレアケースを紹介し、結びとしたい。

 1 二刀流・・・大谷が初めて実現
 2 スィッチヒッターはいるが、左右投げ投手はいない・・・茂野吾郎くらいか?
 3 全ポジションを経験・・・大昔にいたそうだが、オールラウンダーは木村拓也くらいか?
 4 2番ピッチャー・・・高校野球でもなかなか見たことが無い
 5 4番セカンド・・・二塁手は小柄な選手が多いせいか長距離砲は少ない 
            ヤクルトの山田とか明秀日立の選手くらい?
 6 ピッチャー交代で捕手が投手に・・・ドカベンの山田はやったが

 記事作成:3月31日(土)
 

2018年3月27日 (火)

名球会入りしていない名選手

 投手は200勝以上、打者なら2,000本安打がその加入条件となるNPBの名球会。最近は分業制が常態化しているため、250セーブが付加された。そして日米通算での記録達成でも加入が認められるようになった。
 一方では、いずれの条件も満たしていながら、入会を拒否したり、脱退する方も見られるようになった。一流プロ野球選手の称号とは言えなくなった名球会だが、私達の記憶に残る名選手でありながら、惜しくも名球会に入っていない選手がわんさかいる。

 本日はそうした「名球会入りしていない名選手」をセレクトしてお送りしたい。

 まずは名球会入りの条件を満たした選手を一覧で紹介し、惜しくもあと僅かのところで引退した選手を続けたい。

 <先発投手>

1 400 勝 金田 正一 1950-1969
2 350 勝 米田 哲也 1956-1977
3 320 勝 小山 正明 1953-1973
4 317 勝 鈴木 啓示 1966-1985
5 310 勝 別所 昭(毅彦) 1942-1961
6 303 勝 V.スタルヒン(須田 博) 1936春夏-1955
7 284 勝 山田 久志 1969-1988
8 276 勝 稲尾 和久 1956-1969
9 254 勝 梶本 隆夫 1954-1973
10 251 勝 東尾 修 1969-1988
11 237 勝 若林 忠志 1936春夏-1953
11 237 勝 野口 二郎 1939-1953
13 224 勝 工藤 公康 1982-2010
14 222 勝 村山 昌史 1959-1972
15 221 勝 皆川 睦男(睦雄) 1954-1971
16 219 勝 山本 昌広(山本昌) 1984-2015
17 215 勝 杉下 茂 1949-1961
17 215 勝 村田 兆治 1968-1990
19 213 勝 北別府 学 1976-1994
20 209 勝 中尾 輝三(碩志) 1939-1957
21 206 勝 江夏 豊 1967-1984
22 203 勝 堀内 恒夫 1966-1983
23 201 勝 平松 政次 1967-1984
24 200 勝 藤本 英雄 1942-1955

 日米通算で野茂英雄も条件を満たしている。

 惜しかった投手

 長谷川良平 197勝  あと3勝
 秋山    登 193勝  あと7勝
 松岡    弘 191勝  あと9勝

 一方、一時期エース級の活躍をしながら、名球会に届かなかった投手は・・・

 桑田真澄  173勝 ダイビングキャッチして肘を負傷したことが悔やまれる
 高橋直樹  169勝 東映・日本ハムのエース
 杉浦  忠  187勝 南海のスーパーエース 
 江本孟紀  113勝 南海時代、野村とバッテリーを組み、エースとして活躍 阪神移籍
 高橋一三  167勝 V9時代の左のエース 堀内とともに巨人を支えた
 西崎幸広  127勝 日本ハムのハンサムエース
 阿波野秀幸  75勝 近鉄のエースとして君臨したが、僅か75勝しかしていない驚き
 渡辺久信  125勝 西武のエースとして黄金時代を築いたメンバーのひとり
 川口和久  139勝 広島のエース
 山口高志   50勝 44セーブ 阪急のストッパーとして黄金時代を築いた
 齋藤雅樹  180勝 巨人のエース スリークォーター投で鋭く曲がるスライダーが武器
 西本  聖  165勝 江川と並び、80年代の巨人を支えた
 江川  卓  135勝 鳴り物入りで入団。実働9年で引退 オールスター8者連続三振
 西口文也  182勝 西武のエース ノーヒットノーランをあと一人で2回逃す
 星野仙一  146勝 巨人への対抗意識が強く燃える男だった。
 今中慎二   91勝 1990年代の中日のエース 細身から鋭い速球と球速差50キロも
              あるスローカーブで打者を翻弄した
 

<リリーフエース>

1 404 セーブ 岩瀬 仁紀 1999-
2 286 セーブ 高津 臣吾 1991-2007
3 252 セーブ 佐々木 主浩 1990-2005

 セーブポイントでは、たった3人しか名球会入りしていない。

 惜しい選手はコチラ(外国人助っ人を除く)

 小林 雅英 228セーブ  あと22
 藤川 球児 223セーブ  あと27 現役なので達成可能
 江夏  豊  193セーブ 
 馬原 孝浩 182セーブ

 往年の名選手でリリーフといえば、宮田征典、山口高志、大野豊、潮崎哲也などがいる。
 宮田はセーブという概念が確立する前のオールドプレーヤーだし、山口の剛速球は今では伝説だが、長く活躍できたわけではない。大野は晩年に抑えに転向したが、148勝138セーブ止まり。私が尊敬する津田恒美は90セーブだ。

 <打者>

1 3085 安打 張本 勲 1959-1981
2 2901 安打 野村 克也 1954-1980
3 2786 安打 王 貞治 1959-1980
4 2566 安打 門田 博光 1970-1992
5 2543 安打 衣笠 祥雄 1965-1987
5 2543 安打 福本 豊 1969-1988
7 2539 安打 金本 知憲 1992-2012
8 2480 安打 立浪 和義 1988-2009
9 2471 安打 長嶋 茂雄 1958-1974
10 2452 安打 土井 正博 1961-1981
11 2432 安打 石井 忠徳(琢朗) 1989-2012
12 2371 安打 落合 博満 1979-1998
13 2351 安打 川上 哲治 1938春-1958
14 2339 安打 山本 浩司(浩二) 1969-1986
15 2314 安打 榎本 喜八 1955-1972
16 2274 安打 高木 守道 1960-1980
17 2271 安打 山内 和弘(一弘) 1952-1970
18 2228 安打 大杉 勝男 1965-1983
19 2204 安打 大島 康徳 1969-1994
20 2178 安打 新井 貴浩 1999-
21 2173 安打 若松 勉 1971-1989
22 2167 安打 稲葉 篤紀 1995-2014
23 2157 安打 広瀬 叔功 1955-1977
23 2157 安打 秋山 幸二 1981-2002
25 2133 安打 宮本 慎也 1995-2013
26 2122 安打 清原 和博 1986-2008
27 2120 安打 小笠原 道大 1997-2015
28 2119 安打 前田 智徳 1990-2013
29 2108 安打 谷繁 元信 1989-2015
30 2101 安打 中村 紀洋 1992-2014
31 2097 安打 古田 敦也 1990-2007
32 2095 安打 松原 誠 1962-1981
33 2084 安打 松井 稼頭央 1994-
34 2081 安打 山崎 裕之 1965-1984
35 2064 安打 藤田 平 1966-1984
36 2062 安打 谷沢 健一 1970-1986
37 2057 安打 江藤 慎一 1959-1976
37 2057 安打 有藤 通世(道世) 1969-1986
39 2055 安打 加藤 秀司(英司) 1969-1987
40 2050 安打 和田 一浩 1997-2015
41 2041 安打 小久保 裕紀 1994-2012
42 2038 安打 新井 宏昌 1975-1992
43 2036 安打 阿部 慎之助 2001-
44 2023 安打 荒木 雅博 1996-
45 2020 安打 野村 謙二郎 1989-2005
46 2018 安打 柴田 勲 1962-1981
47 2017 安打 A.ラミレス 2001-2013
48 2015 安打 鳥谷 敬 2004-
49 2012 安打 田中 幸雄 1986-2007
50 2006 安打 駒田 徳広 1981-2000

 日米通算でイチロー、松井秀喜も条件を満たしている。投手に比べ倍以上の選手が名を連ねる現状を鑑みれば、打者の2,000本安打のほうが達成しやすいと言える。昔の選手は、先発なら40試合以上登板などザラだったが、今では分業制が進み、先発完投は少ないし、登板数も1シーズンで30試合程度だ。10勝を20年間続けてやっとなのに、そこまでたどり着くのは至難の業だ。

 惜しかった選手は・・・

 飯田徳治 1978安打 あと22本 名球会という組織が出来る前の選手
 毒島章一 1977安打 あと21本 名球会という組織が出来る前の選手
 内川聖一 1975安打 あと25本 現役(今季達成濃厚)
 小玉明利 1963安打 あと37本 名球会という組織が出来る前の選手
 福浦和也 1962安打 あと38本 現役(今季達成濃厚)
 谷  佳知  1928安打 あと72本 かつてはオリックスで首位打者を獲得 右打者
 井端弘和 1912安打 あと88本 高橋由伸の引退に感化されてユニホームを脱ぐ
 松永浩美 1904安打 あと96本 オリックスの核弾頭
 
 記憶に残る名球会に届かなかった名選手

 高田  繁  1384安打 柴田は名球会入りしているが、彼は13年で現役を終えた
 高橋由伸  1753安打 腰痛に苦しんだ まだまだやれたが、巨人監督就任で引退
 新庄剛志  1524安打 阪神、メッツ、ジャイアンツ、メッツ、日本ハムと渡り歩いた
 原  辰徳  1675安打 若大将もスランプに苦しんだ 巨人の4番の重責と闘い続けた
  篠塚利夫  1696安打 巧みなバットコントロールと広角打法で安打を稼いだが、腰痛
 真弓明信  1888安打 ナイスガイ 阪神の監督に就任したが結果出せず
 掛布雅之  1656安打 ミスタータイガースも2千本には遠かった 監督向きではない
 岡田彰布  1520安打 バックスクリーン三連発 阪神・オリックスの監督を歴任 
 石毛宏典  1833安打 原や岡田と同年代で、共に凌ぎを削った
 池山隆寛  1521安打 ブンブン丸の愛称でヤクルトの黄金時代を支えた 
 杉浦  亨    1434安打 若松一緒にヤクルトの功労者 長打力は凄かった
 高橋慶彦  1826安打 広島の俊足巧打の一番打者 遊撃手として守備も上手かった
 田淵幸一  1532安打 ホームランアーチストだったが、死球が選手寿命を縮めた
 大石大二郎 1824安打 近鉄の俊足巧打の一番打者 江川の三振記録を阻んだ
 松中信彦  1767安打 日本人で最後に三冠王を獲得したダイエーのスラッガー
  高木  豊  1716安打 俊足巧打 篠塚とタイプが似ていた スーパーカートリオ
 宇野  勝  1620安打 中日のショート 池山や山田タイプ 細身で長距離砲
 田代富雄  1321安打 中日の大島と似たスラッガー 大洋のオバQ
 島田  誠  1504安打 日本ハムの俊足巧打の中堅手 2074塁打
 柏原純一  1437安打 日本ハムの4番 お腹が出てホームランをかっ飛ばす
                 落合にタイプが似ていた 

 コメントはあくまで個人の感想です。

 さて、こうしてみると、一時期は大活躍しながら、ケガや故障、不調などで名球会に入れなかった名選手は大勢いる。記憶に残る名勝負を展開してくれたこうした選手達。これからも子ども達に夢や希望を与える存在であってほしい。
 

 記事作成:3月20日(火)

2018年1月13日 (土)

使えない巨人の歴代ドラフト1位

  過去、何度も当ブログで、巨人軍のスカウト人の目が節穴だらけだと指摘する記事を書いてきたが、今シーズンも前評判と違わぬ状況下にある。
 それは3年前の1位で大卒投手の桜井、一昨年1位だった高卒ルーキー野手の吉川尚に続き、今年は中央大卒の苦労人、鍬原投手までもが故障で出遅れ、2月のキャンプインは三軍で調整する見通しとなった。
 こうした毎年繰り返す不調を見抜けないスカウト陣にはへどが出る。まったく人を見抜く眼力もなければ、使えない選手ばかりを入団させるお粗末さだ。日本ハムを見習ってもらいたいものだ。齋藤祐樹は別として、新庄獲得→ダルビッシュ→大谷→清宮と大物スター選手を相次いで入団させ、球界でもトップクラスの人気球団となり、観客動員数も伸びている。

 私は昨秋、ドラフト1位で人気が集中するであろう清宮を避け、高校屈指のスラッガー、履正社の安田尚憲選手を単独指名して欲しいと願っていた。しかし、その願いは木っ端微塵に砕かれ、外れ1位も抽選で敗れ、結果、鍬原投手を指名した。爆弾を抱えているとの情報から鍬原は2位でも指名できたはずだ。西武から獲得した野上や鍬原では、昨シーズン14勝のマイコラスの穴を埋められるはずがない。

 どうしてこうも巨人のフロントは力量がないのか?それを証明するために、ここ10年間(H19~H28)の巨人のドラフト1位指名選手の一軍での成績を記載し、比較・検証したい。おそらく巨人命を貫き、指名拒否をした長野、菅野以外はあまり芳しくない成績だと思う。

 H19 村田透(大阪体育大学)

 1年目  0試合登板  0勝0敗 0セーブ  防御率 登板機会なし
 通算  15試合登板  1勝2敗 0セーブ  防御率 2.77

 3年間一軍登板がなく、戦力外通告となった。その後、アメリカに渡りメジャーの下部組織のAのインディアンスに入団するが、結果を残せず。2016年に日本ハムと契約、古巣巨人を相手に初勝利

 H20 大田泰示(東海大相模高校)

 1年目  3試合出場  打率 .000   0安打  0本塁打  0打点   1三振 
 通算 343試合出場  打率 .243 210安打 24本塁打 86打点 227三振

 将来の巨人の大砲を期待されたが、巨人では出場機会に恵まれず、ポジションも内野から慣れない外野へコンバート。芽が出ず、日本ハムにトレード後、出場機会を得て、水を得た魚の如く大活躍しているのは周知の通り。
 巨人には8年間在籍したが、225試合出場に留まった。巨人時代に通算100安打しか打てなかったのに、日本ハム移籍後、1年で110安打をマーク。ホームラン数も巨人の8年間でたった9本しか打てなかったのに、日本ハムでは15本と才能が開花した。いかに巨人が使い方が下手で実力を見抜けないかがわかる。

Murata Ohta
 
 H21 長野久義(ホンダ)

 1年目 128試合出場 打率.288  19本塁打  52打点  72三振
 通算 1093試合出場 打率.286 124本塁打 448打点 690三振

 巨人入団を熱望し、他球団(日本ハム・ロッテ)の指名を拒否し続けた。26歳でやっと念願の巨人に入り、独特な水平打法で1年目からレギュラーになり、2年目には首位打者を獲得したが、ここ2年間は成績はあまり芳しくない。開幕から前半戦の成績が良くない。

 H22 澤村拓一(中央大学)

 1年目 29試合登板 11勝11敗  0セーブ 174奪三振 防御率2.03
 通算 225試合登板 44勝41敗 73セーブ 641奪三振 防御率2.61

 中央大学の先輩の阿部とバッテリーを組み、2年目までは先発だった、チーム事情により原監督の命を受けセットアッパー、リリーフエースとして君臨した。しかし、トレーナーの施術ミスによって昨季はシーズンを棒に振った。近年はリリーフに失敗し、先発投手(特に菅野)の勝利投手をフイにする場面が多かった。その原因は太り過ぎで腕のしなりが無くなったから。下半身が使えずに制球を乱し、ボールが高く浮いて痛打されるケースが多かった。

Chono Sawamura

 H23 松本達也(英明高校)

 1年目 0試合登板  0勝敗 0セーブ 防御率0.00
 通算  0試合登板  0勝敗 0セーブ 防御率0.00 一軍試合出場機会なし

 2015年、10月5日に福田聡志が野球賭博に関与していた問題で、球団から告発を受けて調査していた日本野球機構の調査委員会は10月21日の中間報告で、福田、笠原将生と共に松本も2014年の試合で野球賭博に関与していたと発表した。11月10日、日本野球機構より福田、笠原とともに失格選手として公示された。残念な結果だった。

 H24 菅野智之(東海大・浪人)

 1年目 27試合登板 13勝6敗  0セーブ 155奪三振 防御率3.12
 通算 126試合登板 61勝33敗 0セーブ 763奪三振 防御率2.18

 今や巨人のエースではなく、球界を代表するエースに成長した。WBCでも好投した。とりわけ2017年シーズンは最多勝や最優秀防御率、勝率、沢村賞と総なめにする活躍だった。彼が投げると打線が沈黙し、またリリーフ陣が逆転され、勝敗がつかなくなるなど不運な一面があったが、昨季はそれも解消した。

Matsumoto Sugano2

 H25 小林誠司(日本生命)

 1年目 63試合出場  打率.255  2本塁打 14打点  26三振
 通算 400試合出場  打率.214 10本塁打 89打点 205三振

 WBCでは意外性の男やムードメーカーとして活躍したが、入団以降、鉄砲肩とは裏腹に打率が悪すぎて、いつしか吉川の台頭で正捕手の座も危うくなった。イケメンだが、成績でも男を上げて欲しい選手だ。

 H26 岡本和真(智弁学園高校)

 1年目 17試合出場 打率.214 1本塁打 4打点  4三振
 通算  35試合出場 打率.188 1本塁打 6打点 16三振

 過去3年間は高卒ということを考えても物足りない。将来のジャイアンツの4番候補として鳴り物入りで入団した大砲だが、出番が少ないため、ファーム暮らしが多い。大田泰示の二の舞になりそうな悪い予感がする。とにかく根気強く育ててほしい逸材だ。

Kobayashiseiji Okamoto

 H27 桜井俊貴(立命館大)

 1年目 1試合登板 0勝1敗 0セーブ  5奪三振  防御率8.31
 通算 20試合登板 0勝2敗 0セーブ 21奪三振  防御率6.03

 即戦力を期待されて入団した割には全く使えない。プロ初登板で肘を痛めるなど散々な結果。大卒なのに未だ勝ち星0はフロントの目がなかったことの証明だ。1試合平均6失点など並みの投手以下だ。あと2年ダメなら非情な巨人なら戦力外通告は間違いないだろう。目の色を変えて取り組んでほしい。

 H28 吉川尚輝(中京学院大学)

 1年目 5試合出場  打率.273 0本塁打 0打点 2三振
 通算  5試合出場  打率.273 0本塁打 0打点 2三振 

 こちらも大田、岡本と同じ轍を踏みそうな野手だ。高卒は4年間は育成と考えていいが、彼の場合は即戦力の大卒。出番の少ない巨人では言い訳は通じない。前述した2人が好例だろう。結果を残せなければクビになるのがプロの世界。腰を据えて危機感を持ってもらいたいものだ。

Sakurai Yoshikawa

 なぜか巨人の高卒ルーキーは芽が出ない。巨人は選手層が厚いため、選手の出場機会、つまり出番が巡ってこない。しかも即戦力ばかりをFAやトレードで集め、選手を育成するのも下手くそ。猫も杓子もこぞって巨人へというのは過去の話で、広島やソフトバンク、日本ハムなどの人気球団が台頭して来た今、巨人は魅力がなくなっている。しかもかつてのようにゴールデンタイムにナイター中継することもなくなった。出場機会がない巨人よりも、他球団で実力を発揮できる環境を望んでいる選手は多い。しかし、巨人の体質は旧態依然で何も変わらない。今年も西武の勝ち頭の野上を獲得した上、私が買っていた高木勇人を放出するハメになった。ありえない。3年前のエース級投手をプロテクトから外すという切捨て人事。
 
 さて、いろいろ巨人愛ゆえの厳しい鞭を振るったが、巨人の選手は、名門とか人気球団に在籍していることだけに満足し、死にもの狂いで戦っている印象は皆無だ。しかも入団時に莫大な契約金を貰う。ゆえに泥だらけになって血の滲む努力をしている選手はまず見当たらない。坂本に代表されるように、スマートでセンスだけで野球をやっている雰囲気だけしか感じられない。
 何が何でもスターティングオーダーに名を連ねるとかレギュラーポジションをとってやるという気概や闘志を見せてほしいものだ。
 キャンプインする前の今の状況では、昨年の4位どころか最下位転落、そして高橋監督のシーズン途中での休養、原監督復帰、あるいは村田ヘッドの監督代行が目に見えている。これ以上ファンを裏切らないで欲しい。

 最後に、気が早いが今年の戦力を見ての予想順位は以下の通りだ。

 1位 広島       1位 ソフトバンク
 2位 阪神       2位 ロッテ 
 3位 DeNA      3位 日本ハム
 4位 中日       4位 西武
 5位 巨人       5位 楽天
 6位 ヤクルト     6位 オリックス

 記事作成:1月10日(水)

 

2017年11月14日 (火)

欲しがり巨人の末路

 巨人ほど気の毒で残念な球団はないだろう。優勝を期待されながら、今年はBクラスに転落し、多くのファンを裏切った。それが災いしてか、シーズン終了と共に多くの選手が戦力外通告を受け、片岡や松本哲など、まだやれる選手でさえ引退を余儀なくされた。そうした切り捨ての風潮が昔から巨人にはあった。そして他球団の主力を引き抜く工作も健在のようで、古くは金田、別所、張本、松原など、投手はエース級、打者は4番クラスをトレードなどで峠を越えた頃合いを見て入団させ、最後のひと花を咲かせて花道を飾ってあげるという構図だった。

 FA制度導入の今では信じられないが、他球団の主力を何人引き抜いて巨人に入団させた実例を取り上げたい。たぶん金に物言わせた「なりふり構わぬ体質」が明るみになるだろう。そして巨人在籍時の成績と、他球団での成績を比較し、巨人に来るとその起用法が悪くてすぐにダメになることを例証したい。

 <投 手>

 1 金田正一(国鉄の大エース)

 巨人以前の成績 15年 353勝 267敗  勝率.569
 巨人での成績    5年   47勝    31敗  勝率.602

 巨人では晩年の5年間だが、平均9勝程度、しかし国鉄時代はシーズン平均23勝以上を記録している。

 2 別所毅彦(南海のエース)

 巨人以前の成績  5年  89勝  66敗  勝率.574
 巨人での成績   12年 221勝  112敗   勝率.663

 これも南海のエースだった別所を強引に引き抜き入団させた。

 3 阿波野秀幸(近鉄のエース)

 巨人以外の成績 11年 75勝 65敗  勝率.535
 巨人での成績   3年  0勝  3敗    勝率.000
 

 4 川口和久(広島のエース)

 巨人以前の成績 14年  131勝 122敗  勝率.517
 巨人での成績    4年    8勝  13敗    勝率.380

 5 工藤公康(ダイエーのエース)

 巨人以外の成績 22年 171勝 102敗   勝率.626
 巨人での成績    7年    53勝  40敗   勝率.569

 6 豊田 清(西武のリリーフエース)

 巨人以外の成績  12年 57勝  36敗  10ホールド  135セーブ  勝率.612
 巨人での成績    5年  9勝  14敗  22ホールド    22セーブ  勝率.391 

 7 杉内俊哉(ソフトバンクのエース)

 巨人以前の成績 10年  103勝 55敗  勝率.651
 巨人での成績   6年    39勝 22敗  勝率.639

 投手は軒並み他球団のエース級(リリーフエース級)を獲得しているが、別所を除き、成績は下がっている。これは昔はFAがなく、トレードで峠を越えた頃に、長年の労苦に報いるために巨人で引退を飾る選手が多かったからだろう。FA導入後、巨人に来た選手は皆、移籍前のほうが断然成績が良い。何事にも注目される巨人のプレッシャーは相当のようだ。金髪茶髪はもちろん、髭もダメ。昔は巨人は外車(ベンツ)に乗れというお触れまであったという。紳士であれという私生活も管理され、選手は優等生にならざるを得ず、実力を発揮できないで終わってしまうケースが多い。

 <打 者>

 1 張本勲(日本ハムの主力)

 巨人以前の成績 17年 2136試合 2435安打 414本塁打1341打点 率.319
 巨人での成績   4年    444試合  526安打   75本塁打 280打点 率.326
 巨人以後の成績 2年   172試合  124安打   15本塁打   55打点 率.242 

 2 松原 誠(大洋の4番)

 巨人以前の成績 19年 2154試合 2081安打  330本塁打 1172打点 率.278
 巨人での成績    1年   36試合     14安打   1本塁打    8打点 率.233

 3 蓑田浩二(阪急の主力)

 巨人以前の成績 12年 1273試合 1246安打 195本塁打 656打点 率.283
 巨人での成績    3年    147試合   40安打   9本塁打  22打点 率.230

 4 落合博満(中日の4番)

 巨人以外の成績 17年1884試合 2009安打 457本塁打 1345打点 率.313
 巨人での成績    3年 352試合  362安打   53本塁打  219打点 率.296
 

 5 清原和博(西武の4番)

 巨人以外の成績 13年 1452試合 1402安打 318本塁打 954打点 率.305
 巨人での成績    9年   886試合  720安打 207本塁打 576打点 率.223

 6 石井浩郎(近鉄の4番)

 巨人以外の成績 10年 784試合 778安打 146本塁打 463打点 率.292
 巨人での成績    3年 190試合 116安打  16本塁打  73打点  率.271

 7 広澤克己(実)(ヤクルト・阪神の4番)

 巨人以外の成績 14年 1509試合 1442安打 250本塁打 807打点 率.278
 巨人での成績    5年  384試合  294安打  56本塁打 178打点 率.257 

 8 ペタジーニ(ヤクルトのホームラン王)

 巨人以外の成績  5年 620試合  664安打 170本塁打 470打点 率.313
 巨人での成績   2年 217試合  218安打  63本塁打 165打点 率.305

 9 イ・スンヨプ(ロッテの主力)

 巨人以外の成績 3年 339試合 265安打  59本塁打 183打点 率.233
 巨人での成績   5年 458試合 421安打 100本塁打 256打点 率.274

10 江藤 智(広島の4番)

 巨人以外の成績 14年 1207試合 1094安打 263本塁打 724打点 率.273
 巨人での成績    6年   627試合    465安打 101本塁打 296打点 率.256

11 ローズ(近鉄のホームラン王)

 巨人以前の成績 11年 1439試合 1551安打 392本塁打 1100打点 率.288
 巨人での成績    2年  235試合 241安打   72本塁打   169打点 率.267

12 マルチネス(西武の4番)

 巨人以前の成績  2年 263試合 288安打 61本塁打  203打点 率.294
 巨人での成績   3年 275試合 209安打 43本塁打  147打点 率.291

13 ラミレス(ヤクルトの4番)

 巨人以外の成績 9年 1175試合 1351安打 232本塁打 842打点 率.297
 巨人での成績   4年  569試合  666安打 148本塁打 430打点 率.307

14 小久保裕紀(ソフトバンクの4番)

 巨人以外の成績 15年 1702試合 1670安打 319本塁打 1066打点 率.270
 巨人での成績   3年  355試合  371安打  94本塁打  238打点  率.286

15 小笠原道太(日本ハムの主力)

 巨人以外の成績 12年 1291試合 1375安打 240本塁打 756打点 率.319
 巨人での成績    7年   701試合   745安打 138本塁打 413打点 率.295

16 村田修一(横浜の4番)H29まで

 巨人以外の成績 9年 1158試合 1100安打 251本塁打 732打点 率.266
 巨人での成績   6年   795試合  765安打 109本塁打 391打点 率.273

 他球団から巨人に招聘されても、成績はガタ落ちするのが通例のようで、人気球団だけを有り難がって来ても、満足な成績は収めていない。皆、常勝のプレッシャーに負けていることが明らかだ。切り捨て球団の典型で、若手を上手く育てられない球団の体質がすべてを物語っている。プロ野球選手として大成したかったら、巨人以外のチームに入った方が選手寿命は長そうだ。飼い殺しに遭い、出番なくシーズンを棒に振るのがオチだからだ。清宮と安田はパ・リーグに入団するので伸びるだろうし、中村も地元の選手育成に定評のある広島なので、大きく育つのは間違いない。

  最後に、3年連続でV逸した巨人のシーズンオフの粛清が止まらない。すでに現役引退、自由契約、戦力外通告などで、今季、保有していた選手23人の、実質上クビ切りを断行した。残れた選手も恐々としているに違いない。勝負の世界なのだから、結果が出なければ解雇も仕方ない世界。しかし、巨人ほど使い捨て、飼い殺し、育成下手な球団はない。一シーズンで23人の大量クビ切りなど聞いたことがない。自らの育成下手の体質を逆手にとり、これみよがしに解雇通告とは・・・。血も涙もないし、本末転倒の大粛清だろう。
 しかも解せないのは、バッティングは酷いが地肩が強い小林と、今年芽が出てきた宇佐美という二枚捕手がいるにもかかわらず、10月のドラフトでは捕手ばかり3人を獲得した。まったくもって意味不明。2人を潰す腹か?やる気を殺ぐ補強だ。

 さて、これまで過去、江川、元木、長野、菅野など巨人一筋で浪人生活を送った選手もいた人気球団だったが、今となってはFA導入もあって、巨人のステータスは薄く、もはや魅力ゼロだろう。入団した後、実力があってもアピールする機会は与えられないし、捨て駒扱い。広島、日本ハム、西武などはどれほど選手を育てるのが上手いか・・・・。人気があっても実力を発揮できる出番がなければ元も子もない。育てる前に実力を見切ってクビを切られたら選手はひとたまりもない。こうした体質を続ければ、ファンの心はどんどん離れていく。今の巨人には魅力がない。他球団のエース級や4番打者を引っ張ってきて、ダメになればクズ同然に捨てる。これではもはや球界の盟主とは言えない。
 地方の球団(福岡ソフトバンクや広島カープ、東北楽天、北海道日本ハム)などに人気を持っていかれるわけだ。新人選手はそうした球団に入ったほうが、大きく育つ。出番も無く飼い殺しになるより、実力を発揮できる。

 ジャイアンツには他球団のそうした選手愛を見習ってほしいと思う。

 記事作成:11月5日(日)~8日(水)

2017年10月18日 (水)

伝説の名投手十傑

 往年の名投手といえば、400勝を挙げた金田正一を筆頭に、奇跡の日本シリーズ4連投で逆転優勝を飾り、「神様・仏様・稲尾様」と呼ばれた鉄腕・稲尾和久などがいる。他にも350勝を記録した米田哲也、フォークの神様と言われた杉下茂、ザトペッグ投法で長嶋茂雄と死闘を繰り広げた村山実など、それは個性的で記憶に残る投手だったに違いない。いずれも彼らは伝説といって相応しいほどの活躍ぶりだった。
 しかし、1964年生まれの私は、残念ながら彼らの現役時代の活躍は知らない。生で見ていたのはプロ野球をこよなく愛するきっかけとなった巨人V9の末期(昭和40年代後半)からだ。以来40年以上、プロ野球ファンとしてずっと見守り続けてきた中で、私が凄いと唸る名投手を10名挙げたい。
 今回は外国人投手を除き、現役も多少含めて、私が個人的に思う名投手10傑を挙げたい。

第10位 鈴木啓示
 
 近鉄のエースとして「草魂」をキャッチフレーズに球界を代表する左腕として君臨した。幼少の頃、訓練して左利きになったというから凄い。弱小球団だった近鉄で300勝を超える勝利数を挙げ、西本監督時、「ミラクル近鉄」として2年連続日本シリーズ進出の立役者となった。

 映像はコチラ https://www.youtube.com/watch?v=q8yO7EdNiy8

 第9位 佐々木主浩 

 横浜ベイスターズ在籍時には「ハマの大魔神」のネーミングで守護神として立ちはだかった。150km/h前後の剛速球と角度のある高速フォークで三振の山を築いた。メジャーリーグのマリナーズに渡り、イチローや城嶋とチームメイトとなった。日米での通算セーブ数は381にも上る。

 映像はコチラ https://www.youtube.com/watch?v=-8naSX2OoLQ

 第8位 ダルビッシュ有

 切れのある速球と数種類使い分けるスライダーを武器に変幻自在の投球を繰り広げ三振の山を築いた。WBCでも2連覇に貢献するなど、大物ぶりを発揮し、メジャーへ渡った。MLBでは登板過多や遠距離移動など慣れない環境もあって、肘にメスを入れることになったが、その後、復活。今季、シーズン途中で移籍したドジャースでの活躍が期待できる。
 私は東北高校在籍時から私は応援していた。東北に初の優勝旗をもたらすとすれば彼だと思っていたが、未だにその悲願は叶わない。 

 第7位 伊藤智仁 

 意外に思えた人も多かったかもしれないが、7位にヤクルトにいた伊藤智仁を推したい。彼の変化球は天下一品。僅か7年で現役生活に終止符を打ったが、個人的には伝説になり得る名投手だと思っている。彼の鋭く横に曲がるスライダーはバットにかすりもしない魔球だった。速球も150km/hを超えていた。相次ぐ故障に泣かされ短い現役だったが、個人的には秀逸した名投手だと今も思っている。

 第6位 江夏豊

 阪神では田淵と黄金のバッテリーを築き、剛速球を武器に決して逃げず、真っ向勝負。ONと名勝負を繰り広げた。とりわけオールスター戦では9者連続三振、広島ではリリーフエースとして優勝請負人とまで呼ばれ、対近鉄戦の日本シリーズでは、無死満塁、一打逆転サヨナラ負けという絶体絶命の場面でマウンドに上がり、「江夏の21球」で奇跡の優勝をもたらした。こうした数々の伝説を残し、記録にも記憶にも残る名投手となった。

 第5位 村田兆治

 ロッテのエースとして長年に渡り一筋に活躍。マサカリ投法という振りかぶった後に左脚を高く上げ、勢いをつけて投げ下ろすダイナミックなフォーム。150km/hを超える速球と、鋭く角度のあるフォークで三振の山を築いた。
 晩年、肘を痛め、ジョーブ博士の手術によって一線を離れたが、奇跡的に復活。サンデー兆治として日曜日ごとに登板。チームメイトだった落合博満が彼が投げると打ちまくった。通算215勝を挙げ、名球界入りを果たした。我が強いからなのかなぜか監督にはなれない。 

 第4位 大谷翔平

 若き球界のプリンス。誰もやったことがない球界初の「二刀流」に挑戦し、類稀な天賦の才能をいかんなく発揮した。同じプロ野球選手でも大絶賛で一目置く存在だ。190cmを超える伸張から低めに剛球を投げ込み、日本最速の165km/hをマーク。これだけでも凄いのに打者の腰を引かせるような角度のあるスライダー、150km/h近い速球から落ちる高速フォークは誰にも打てない。一昨年のプレミア12では160km/hを超す速球で韓国の打者をきりきり舞いさせた。残念ながら今オフにMLBに渡るという予想で、彼は一度も日の丸をつけてWBCに出場することがないかもしれない。

 第3位 野茂英雄

 社会人新日鉄堺時代からオリンピックに出場し、古田敦也とバッテリーを組み、メダル獲得に貢献した。近鉄に入団後も打者に背を向ける「トルネード」と呼ばれる独得な投球フォームから繰り出す伸びのある速球と鋭く落ちるフォークを武器に三振の山を築いた。鈴木啓示監督との確執から、メジャーに渡った。「ドクターK」と呼ばれ、「ノモマニア」と呼ばれる熱狂的なファンを作り出した。とりわけ、メジャーで2度のノーヒットノーランは圧巻だった。メジャーへの門戸を開いたパイオニアという意味でも尊敬に値する偉大な投手だ。
 イチローの才能を見出したのは仰木監督だったが、彼の個性的フォームを一切いじらず、彼のそのダイナミックなフォームをそのまま活かし、成功に導いたのも仰木監督だった。

 第2位 津田恒美

 個人的に大好きな投手。広島のリリーフエース。鬼気迫る形相で全身を使ったダイナミックな投球フォームで相手打者に気迫で立ち向かった。私は彼が南陽工業の時代から、彼の甲子園での投球をスコアブックにつけていた。それくらい魅了される投手だった。ファールで当時の巨人・4番だった原辰徳の腕をへし折った一球は伝説となった。「炎のストッパー」と呼ばれ、「弱気は最大の敵」という名言を残した。
 惜しくも悪性の脳腫瘍で32歳という若くしてこの世を去ったことが痛ましい。

 第1位 田中将大 

 楽天のエースとしてシーズン負け無しの24連勝を挙げ、リーグ優勝、クライマックスシリーズ、日本シリーズのいずれもで胴上げ投手になるという快挙を成し遂げ、球界を代表するスーパースターになった。気迫を全面に押し出しての投球はファンを魅了し、剛速球だけでなく、スライダー、フォーク、スプリットなど、多彩な変化球で相手打者を翻弄した。
 ニューヨークヤンキーす移籍後は、肘の故障などもあったが、術後に復活し、本場のヤンキーたちを熱狂させる活躍を見せている。

 これ以外にも、緩急自在の中日の今中慎二や、サブマリン投法という個性的なアンダースローで通算284勝を挙げた山田久志、山田と一緒に阪急の黄金時代を支えた抑えのエース・山口高志、江川の犠牲になりながら自らの職責を果たした悲運のエース・小林繁、平成の怪物と呼ばれた松坂大輔など伝説と呼ぶに相応しい名投手は大勢いた。

 記事作成:10月11日(水)

 

2017年10月 7日 (土)

プロ野球監督のデータ分析 

 今日はプロ野球の監督についての話題に触れたい。以前にも当ブログ記事において、いったいどういう性格の人が野球の監督に向いているのか書いたことがある。今回はその続編で、歴代プロ野球の監督で、通算勝利数や勝率を基礎データに、誰が優秀監督に当たるのかを考えながら、血液型やその性格の特徴や傾向をまとめたい。
 なお、血液型別性格診断等に興味のない方、その話題に批判的な思想をお持ちの方はここで退室ください。

 プロ野球監督の歴代勝利数(500試合以上)

順位 監督名 年数 試合数 勝利 負数 引分 勝率 優勝数(リーグ・日本一)の順

1 鶴岡一人 23 2994 1773 1140 81 0.609 11 2
2 三原脩 26 3248 1687 1453 108 0.537 6 4
3 藤本定義 29 3200 1657 1450 93 0.533 9
4 水原茂 21 2782 1586 1123 73 0.585 9 5
5 野村克也 24 3204 1565 1563 76 0.500 5 3
6 西本幸雄 20 2665 1384 1163 118 0.543 8
7 上田利治 20 2574 1322 1136 116 0.538 5 3
8 王貞治 19 2507 1315 1118 74 0.540 4 2
9 別当薫 20 2497 1237 1156 104 0.517
10 星野仙一 17 2277 1181 1043 53 0.531 4 1
11 川上哲治 14 1866 1066 739 61 0.591 11 11
12 長嶋茂雄 15 1982 1034 889 59 0.538 5 2
13 仰木彬 14 1856 988 815 53 0.548 3 1
14 原辰徳 11 1577 876 646 55 0.576 7 3
15 古葉竹識 14 1801 873 791 137 0.525 4 3
16 森祇晶 11 1436 785 583 68 0.574 8 6
17 中西太 14 1640 748 811 81 0.480 1
18 大沢啓二 13 1547 725 723 99 0.501 1
19 山本浩二 10 1359 649 681 29 0.488 1
20 梨田昌孝 9 1263 645 594 24 0.521 2
21 落合博満 8 1150 629 491 30 0.562 4 1
22 松木謙治郎 11 1255 628 602 25 0.511
23 根本陸夫 11 1351 598 687 66 0.465
24 白石勝巳 11 1359 581 736 42 0.441
24 岡田彰布 8 1141 581 521 39 0.527 1
26 浜崎真二 10 1203 535 639 29 0.456
27 石本秀一 12 1115 528 553 34 0.488 2
28 藤田元司 7 910 516 361 33 0.588 4 2
29 広岡達朗 8 966 498 406 62 0.551 4 3
30 若松勉 7 975 496 461 18 0.518 1 1

 血液型

 O型 藤本定義・水原茂・西本幸雄・上田利治・王貞治・星野仙一・古葉竹織・森祇晶・
    落合博満・秋山幸二・東尾修・バレンタイン

 A型 三原脩・川上哲治・仰木彬・原辰徳・梨田昌孝・岡田彰布・広岡達朗・渡辺久信
    ヒルマン

 B型 野村克也・与那嶺要・中西太・山本浩二・藤田元司・若松勉

AB型 鶴岡一人・大沢啓二・ 

  プロ野球選手はもととも球技に滅法強いO型やB型の社会。加えて親分肌で勝負勘が強いO型が有利の世界だ。ゆえにO型監督がもととも多い。ゆえに長く監督業に携わる者が多いことから通算勝利数で見るとこのようなO型上位の順位となる。

 プロ野球監督の歴代勝率(500試合以上)

順位 監督名 血液型 年数 試合数 勝利 負数 引分 勝率 優勝数(リーグ・日本一)の順

1 鶴岡一人 23 2994 1773 1140 81 0.609 11 2
2 川上哲治 14 1866 1066 739 61 0.591 11 11
3 藤田元司 7 910 516 361 33 0.588 4 2
4 水原茂 21 2782 1586 1123 73 0.585 9 5
5 天知俊一 6 777 439 316 22 0.581 1 1
6 原辰徳 11 1577 876 646 55 0.576 7 3
7 森祇晶 11 1436 785 583 68 0.574 8 6
8 濃人渉 8 813 442 343 28 0.563 1
9 落合博満 8 1150 629 491 30 0.562 4 1
10 秋山幸二 7 865 456 369 40 0.553 3 2
11 広岡達朗 8 966 498 406 62 0.551 4 3
12 仰木彬 14 1856 988 815 53 0.548 3 1
13 若林忠志 7 740 390 324 26 0.546 2
14 西本幸雄 20 2665 1384 1163 118 0.543 8
15 王貞治 19 2507 1315 1118 74 0.540 4 2
16 上田利治 20 2574 1322 1136 116 0.5378 5 3
17 長嶋茂雄 15 1982 1034 889 59 0.5377 5 2
18 三原脩 26 3248 1687 1453 108 0.537 6 4
19 東尾修 7 937 489 425 23 0.535 2
20 藤本定義 29 3200 1657 1450 93 0.533 9
21 星野仙一 17 2277 1181 1043 53 0.531 4 1
22 岡田彰布 8 1141 581 521 39 0.5272 1
23 与那嶺要 6 780 388 349 43 0.5265 1
24 渡辺久信 6 864 438 395 31 0.526 1 1
25 古葉竹識 14 1801 873 791 137 0.525 4 3
26 バレンタイン 7 966 493 450 23 0.523 1 1
27 ヒルマン 5 683 349 320 14 0.522 2 1
28 梨田昌孝 9 1263 645 594 24 0.521 2
29 西村正夫 8 721 365 339 17 0.5185
30 若松勉 7 975 496 461 18 0.5183 1 1

 監督在任が長いO型は勝利数こそ多いが、勝率を見ればさほど上位ではない。やはり緻密な野球を実践するA型には敵わない。しかし、O型選手は豪快さが持ち味で、細かいことは嫌い。だからA型の細かさに嫌気が差す。基本的にO型は年上には媚を売り、年下には命令するタイプなので、A型監督には嫌々でもうまく取り繕って取り入れられようと努力する。B型監督ではその天性の才能を感じ取り、立てることが出来る。O型監督ではのびのびやれるが、成績はあまり芳しくない。野球が雑になるからだ。それにO型はなんでも肯定的に結果をとらえる傾向が強く、自己反省もあまりしない。悔しいのは一時だけで立ち直りが早い。同じ轍を踏むことも十分ある。

 注目すべきは2015年を最後に監督を退任した原前巨人監督だ。データは2014年までのものだが、あの西武黄金時代を築いた森元西武監督の勝率を上回っている。やはり巨人愛が強い彼は、球団やチームへの思い入れが強く、どうすれば常勝チームを築けるか、真剣に考え、分析し采配を振るったことが見て取れる。12年間巨人一筋に監督を務め、Bクラス(4位)はたった一度で、11回はAクラス。リーグ優勝7回、日本一3度はずば抜けた成績だ。原監督は川上監督、広岡監督、藤田監督の流れを組む管理&分業野球の推進者だ。彼の洞察力は秀逸しており、川上監督以降最高の成績を残した功労者だ。彼が他球団の監督に招聘される前に、三顧の礼を持って再び彼を巨人に招くべきだろう。

 

 こうした血液型を含めた分析は私的な印象も受けるだろうが、こうしたデータを基にすればなるほどと納得できる部分もあろう。

 記事作成:10月1日(日)

2017年7月12日 (水)

FA選手の移籍後の成績(打者編)

 昨日は投手編をお送りしましたが、本日はFAを宣言して他球団へ移籍した選手が遺跡前と後で成績はどう変わったかを比較したい。では早速どうぞ!

   <打者>

 松永浩美      試合   安打   打率  本塁打  打点  盗塁数  三振数

  移籍前阪神   80    141  .298   3    39    15    70
  移籍後ダイエー 116     89  .294   8    31     3    70

 駒田徳広      試合   安打   打率  本塁打  打点  盗塁数  三振数

  移籍前巨人   122   109   .249   7    39    2     89
  移籍後横浜   130      149    .284   13    68    1     95

 落合博満      試合   安打   打率  本塁打  打点  盗塁数  三振数

  移籍前中日   119   113  .285   17   65    0     69    
  移籍後巨人   129   125  .280   15   68    1     56

 広沢克己      試合   安打   打率  本塁打  打点  盗塁数  三振数

  移籍前ヤクルト  130   136   .271  26    73    6    78
  移籍後巨人   131   107   .240  20    72    6    88

 石毛宏典      試合   安打   打率  本塁打  打点  盗塁数  三振数

  移籍前西武   111   101     .266  11    46    8    79
  移籍後ダイエー   52    24   .200   1    11    0    31

 清原和博      試合   安打   打率  本塁打  打点  盗塁数  三振数

  移籍前西武  130   125   .257   31   84    0    122
  移籍後巨人  130   115   .249   32   95    0    152

 江藤 智      試合   安打   打率  本塁打  打点  盗塁数  三振数

  移籍前広島  121   127   .291  27    79    9    80
  移籍後巨人  127   117   .256  32    91    7    92

 谷繁元信     試合  安打   打率  本塁打  打点  盗塁数  三振数

  移籍前横浜  137  117   .262  20    70    4    107    
  移籍後中日  130   96   .215  24    78    4    116

 片岡篤史      試合  安打    打率  本塁打  打点  盗塁数  三振数

  移籍前ハム   106  102   .254  16    62    1     62 
  移籍後阪神  120   97   .228  11    46    2    110

 金本知憲     試合  安打    打率  本塁打  打点  盗塁数  三振数

  移籍前広島  140  148   .274  29    84    5     99  
  移籍後阪神  140  156   .289  19    77    4     89

 稲葉篤紀     試合   安打   打率  本塁打  打点  盗塁数  三振数

  移籍前ヤクルト 135   116   .265  18   45    6     85
  移籍後日ハム 127   112   .271  15   54    3     82

 小久保裕紀    試合  安打   打率  本塁打  打点  盗塁数  三振数

  移籍前巨人   88   79   .256  19    55    1     68
  移籍後ソフトバンク124  129   .277  25    82    2     103

 小笠原道大    試合  安打   打率  本塁打  打点  盗塁数  三振数

  移籍前日ハム  135  155   .313  32   100   4     85
  移籍後巨人   142  177   .313  31    88   4     98

 新井貴浩     試合  安打   打率  本塁打  打点  盗塁数  三振数

  移籍前広島  144  161  .290   28   102   1     136   
  移籍後阪神   95  112  .306    8    59   2      83

 和田一浩     試合  安打   打率  本塁打  打点  盗塁数  三振数

  移籍前西武  138  158  .315   18    49    7     65
  移籍後中日  136  157  .302      16    74    1     71

 中村紀洋     試合  安打   打率  本塁打  打点  盗塁数  三振数

  移籍前中日  130  135   .274  24    72    0    119 
  移籍後楽天   77   58   .221   2    26    0     41

 内川聖一     試合  安打   打率  本塁打  打点  盗塁数  三振数

  移籍前横浜  144  182   .315   9    66    1     51
  移籍後ソフトバンク114  145  .338  12    74    4     48

 村田修一    試合  安打   打率  本塁打  打点  盗塁数  三振数

  移籍前横浜 144  134  .253   20   70    0     103
  移籍後巨人 144  130  .252   12   58    1      85

 片岡治大     試合  安打  打率  本塁打  打点  盗塁数  三振数

  移籍前西武  72   75   .290   4    28    9      35
  移籍後巨人 126  108   .252   6    32    24      51

 小谷野栄一    試合  安打  打率  本塁打  打点  盗塁数  三振数

  移籍前日ハム  84   72  .296   4    29    0     40  
  移籍後オリックス  56   54  .295    4    22    0     22

 今江敏晃    試合  安打   打率  本塁打  打点  盗塁数  三振数

  移籍前ロッテ  98  107   .287   1    38    2     35 
  移籍後楽天  89   89   .281   3        23    2     30

  今年移籍した糸井(阪神)、山口・森福・陽(巨人)、岸(楽天)は今年度の移籍で実績が無いために掲載は控えさせていただきます。

  さて、この結果をどうみるか。ずっと同じチームでやってきてそれなりの実績を残してきた選手も、所属チームが変ると、その環境に慣れるのに時間がかかるようだ。特に他リーグへの移籍は、対戦相手の投手や打者のクセや球種を覚えたりするのがひと苦労。投手の場合は配球も変るし、捕手のリードも異なる。打者も本拠地が変り、広い球場だと本塁打数が減る。したがって移籍が良いか悪いかは一概には言えないが、調査結果を見ると、移籍一年後はどの選手も苦労しているのがわかる。額面通りの働きが出来ないと期待はずれとか給料泥棒と叩かれる。プロも、お金に固執せず、まずは練習を一生懸命に行い、研究心を忘れず、絶えず努力をして欲しい。お金はシーズンオフに考えればいい。

 それにしても今年の巨人は異常。2年連続リーグ優勝を逃した結果なのか、FAで他球団の主力を根こそぎ獲ったという印象。まずトレードで日本ハムから吉川を獲得。その見返りに大器といわれ続けられながら育てられなかった太田を放出。そしてFAではDeNAのエース、山口とソフトバンクの中継ぎエースの森福を同時獲得。さらには元楽天の主砲、マギーまで獲得。そして12月中旬には日本ハムの一番打者、陽にも食指を伸ばした。また、メジャーの160キロ右腕のカミネロまで獲得した。全くの寄せ集め集団で、これでは生え抜きがやる気を失う。球団の浮沈は人づくりからという基本に立ち返って欲しい。

 平成28年11月下旬~平成29年7月5日(水)

2017年7月11日 (火)

FA選手の移籍後の成績(投手編)

 フリーエージェント制度が1993年に日本のプロ野球に導入されて早24年、それ以降、マネーゲームと呼べるほど、毎年シーズンオフには主力選手の争奪戦が展開される。しかも金持ちの特定球団ばかりが参入する恒例行事だ。
 このFAは、ドラフトで希望球団に入団できなかった選手が、一定期間、その球団にご奉仕し、実績を積んだ選手に与えられる恩恵で、反面、年俸が跳ね上がったり、主力選手を引き抜かれる見返りに、人的補償でとばっちりを受ける選手もいる。この時期、戦々恐々とする面持ちで迎える選手も多いことだろう。
 このFAによって他チームへ移籍した選手が、果たしてその後、どういう成績を残しているのだろうか?

 他リーグへの移籍は、対戦投手の球種や打者のクセを覚えるのに時間を要し、対応に苦慮する。また同じリーグでの移籍では、古巣との対戦では、強烈なバッシングを受ける。選手は、「他球団の評価を聞いてみたい」とか「より高い環境で野球をやりたい」などと口をそろえて言うが、大っぴらに口にしないものの実際は金。プロなのだから、より給料が高いところを目指すのは当然で、生活がかかっている。辞めて欲しいのは古巣への愛着とか言ってFAの席上で泣く選手が多いこと。感謝の涙を流せばファンが許してくれるとでも思っているのか?チームへの愛着があるのならFAを選択するなと言いたい。
 それはさておき、FAする選手というのは、一軍で実績を残し、一定期間活躍した選手と言うことができる。ゆえにレギュラーだったり、主力選手だったりする。それらの選手が他球団に移籍したからと言って、同じような成績を挙げられるものではない。特に年齢のピークを過ぎた30歳過ぎの選手が権利を取得するわけで、経験と実績だけで決断するのもどうかと思う。では論より証拠、FAした選手が翌年どういう結果を残しているか、移籍前と比較したい。なお、全員は紹介しきれないので、主力選手のみとしたい。

 参考にしたのは右のサイト http://baseballking.jp/ns/55006

 Wikipedia FA                  

 <投手>

 工藤公康     試合  勝  敗  セーブ  勝率   防御率  奪三振数

  移籍前西武   24  11  7    0   .611  3.44   124    
  移籍後ダイエー 22  12  5    0   .706  3.64    138    

 川口和久     試合  勝  敗  セーブ  勝率   防御率  奪三振数

  移籍前広島   27   7  10   0    .412   4.72   96
  移籍後巨人   17   4   6   0        .400   4.42   66

 武田一浩     試合  勝  敗  セーブ  勝率   防御率  奪三振数

  移籍前ダイエー 28  13  10   0    .565  3.62   103
  移籍後中日   25   9  10   0    .474  3.50    92

 星野伸之     試合  勝  敗  セーブ  勝率   防御率  奪三振数

  移籍前オリックス  26   11  7   0    .611  3.85    96 
  移籍後阪神      21   5  10   0    .333  4.40    85

 川崎憲次郎    試合  勝  敗  セーブ  勝率   防御率  奪三振数

  移籍前ヤクルト  20   8  10   0    .444  3.55   66
  移籍後中日   3    0   1   0    .000 34.71    3

 野口茂樹     試合  勝  敗  セーブ  勝率   防御率  奪三振数

  移籍前中日   13   3  6   0    .333  4.00    57    
  移籍後巨人    1   0  0   0    .000  9.00     1

  豊田 清     試合  勝  敗  セーブ  勝率   防御率  奪三振数

  移籍前西武   35   3  1   19   .750   3.97    31 
  移籍後巨人   38   1  4   13   .200   3.32    46  

  藤井秀悟    試合  勝  敗  セーブ  勝率   防御率  奪三振数

  移籍前日ハム  22   7  5    0    .583  3.53    63
  移籍後巨人   23   7  3    0    .700  3.76    91 

  杉内俊哉    試合  勝  敗  セーブ  勝率   防御率  奪三振数

  移籍前ダイエー  23   8      7       0    .533  1.94   177
  移籍後巨人   24  12   4   0     .750  2.04   172

 寺原隼人     試合  勝  敗  セーブ  勝率   防御率  奪三振数

  移籍前オリックス  16   6  8   0    .429   3.92   61
  移籍後ダイエー  16   4  6   0    .364   4.65   56

 久保康友     試合  勝  敗  セーブ  勝率   防御率  奪三振数

  移籍前阪神   44   3  4   6    .429   2.85   46  
  移籍後横浜   28  12  6   0    .667   3.33  119 

 大竹 寛    試合  勝  敗  セーブ  勝率   防御率  奪三振数

  移籍前広島 25  10  10   0   .500   3.37   100  
  移籍後巨人 22   9   6   0   .600   3.98    79

 中田賢一     試合  勝  敗  セーブ  勝率   防御率  奪三振数

 移籍前中日    40   4  6    0   .400   3.40   83 
 移籍後ソフトバンク  25  11  7    0    .611   4.34  116

 涌井秀章    試合  勝  敗  セーブ  勝率   防御率  奪三振数

 移籍前西武   45   5  7    7   .417   3.90   79  
 移籍後ロッテ    26   8  12   0   .400   4.21  116 

 成瀬善久     試合  勝  敗  セーブ  勝率   防御率  奪三振数

 移籍前ロッテ   23    9  11      0    .450   4.67   88
 移籍後ヤクルト 14   3   8       0    .273   4.76   46

 さて、投手編をお送りしたところで、今回は相当な量になってしまったので、打者編は明日お送りしたい。
 FAで移籍する球団は巨人が多い。しかし、他球団へ移籍して成功しても、なぜか巨人に来た投手はイマイチの成績に落ちることが圧倒的に多い。私は投手の成績を見る際には、勝利数ではなく、防御率が大事だと考えている。強力打線を味方につければ、多少点を奪われても、打撃でカバーしてくれる。防御率が3点台後半でも勝利数が多いのはそういうカラクリなのだ。移籍後のほうが防御率が低い投手は15人のうち、たった3人しかいない。したがって、移籍後に打者の特徴をを掴み、苦手コースを把握するのも時間を要することが歴然。

 明日は打者編をお送りしたいと思う。 

 記事作成:平成28年11月下旬~平成29年7月4日(火)

2017年6月23日 (金)

野球の話題

 今回も野球の話題をお送りします。プロ野球ファンを45年もやっていると、人間生き字引みたいなところがある。特に学生時代の頃の豆や旧知識は相当なもので、古き佳き時代の余韻に浸りたい面がある。そこで今日は、いくつかのテーマをごちゃ混ぜにしてその一端を披露したいと思います。

 1.「プロ野球選手の形容詞・代名詞・ニックネーム・異名」

 1 「エースのジョー」 ・・・・・・・  城之内邦雄
 2 「怪童」・・・・・・・・・・・・・・・・・ 中西太 尾崎行雄
 3 「8時半の男」・・・・・・・・・・・  宮田征典
 4 「打撃の神様」「赤バット」・・  川上哲治
 5 「鉄腕」・・・・・・・・・・・・・・・・・ 稲尾和久
 6 「フラミンゴ(一本足)打法」・ 王 貞治
 7 「月見草」・・・・・・・・・・・・・・・ 野村克也
 8 「安打製造機」・・・・・・・・・・・ 張本 勲
 9 「物干し竿」・・・・・・・・・・・・・  藤村二三男
10 「青バット」・・・・・・・・・・・・・・ 大下 弘
11 「草魂」・・・・・・・・・・・・・・・・・ 鈴木啓示
12 「悪太郎」・・・・・・・・・・・・・・・ 堀内恒夫
13 「ミスター赤ヘル」・・・・・・・・  山本浩二
14 「鉄人」・・・・・・・・・・・・・・・・・ 衣笠祥雄
15 「世界の盗塁王」「韋駄天」・ 福本 豊
16 「ザトペッグ投法」・・・・・・・・  村山 実
17 「ミスター」・・・・・・・・・・・・・・  長嶋茂雄
18 「牛若丸」・・・・・・・・・・・・・・・ 吉田義男 
19 「親分」・・・・・・・・・・・・・・・・・ 大沢啓治
20 「カミソリシュート」・・・・・・・・ 平松政次
21 「一発病」「怪物」・・・・・・・・・ 江川 卓
22 「塁間の青い稲妻」・・・・・・・ 松本匡史
23 「赤手袋」・・・・・・・・・・・・・・・ 柴田 勲
24 「オレ流」・・・・・・・・・・・・・・・ 落合博満
25 「ドカベン」・・・・・・・・・・・・・・ 香川伸行
26 「マサカリ投法」・・・・・・・・・・ 村田兆治
27 「カリブの怪人」・・・・・・・・・・ デストラーデ
28 「赤鬼」・・・・・・・・・・・・・・・・・ マニエル
29 「不惑の大砲」・・・・・・・・・・・ 門田博光
30 「フォークの神様」・・・・・・・・ 杉下 茂
31 「小さな大打者」・・・・・・・・・  若松 勉
32 「ファール男」・・・・・・・・・・・  高田 繁
33 「ヤッターマン」「絶好調男」・ 中畑 清
34 「若大将」・・・・・・・・・・・・・・・ 原 辰徳
35 「番長」「無冠の帝王」・・・・・ 清原和博
36 「デーブ」・・・・・・・・・・・・・・・ 大久保博元
37 「パンチ」・・・・・・・・・・・・・・・ 佐藤和弘
38 「雑草魂」・・・・・・・・・・・・・・・ 上原浩治
39 「曲者」・・・・・・・・・・・・・・・・・ 元木大介
40 「球界の春団治」・・・・・・・・・ 川藤幸三
41 「コンニャク打法」・・・・・・・・  梨田昌孝
42 「サブマリン投法」・・・・・・・・ 山田久志
43 「ミスタードラゴンズ」・・・・・・ 立浪和義
44 「ピッカリ投法」・・・・・・・・・・  佐野慈紀
45 「優勝請負人」・・・・・・・・・・   工藤公康
46 「ゴジラ」・・・・・・・・・・・・・・・   松井秀喜
47 「赤ゴジラ」・・・・・・・・・・・・・   嶋 重宣
48 「平成の怪物」・・・・・・・・・・   松坂大輔 
49 「満塁男」・・・・・・・・・・・・・・   駒田徳広
50 「ブンブン丸」・・・・・・・・・・・   池山隆寛
51 「振り子打法」・・・・・・・・・・・  イチロー
52 「ドクターK」「トルネード投法」・野茂英雄
53 「ハマの大魔神」・・・・・・・・    佐々木主浩
54 「いてまえ打線」・・・・・・・・・・  近 鉄
55 「ジョニー」・・・・・・・・・・・・・・  黒木知宏
56 「ID野球」・・・・・・・・・・・・・・・  野村克也 
57 「おかわり君」・・・・・・・・・・・・ 中村剛也
58 「ガッツ」・・・・・・・・・・・・・・・・  小笠原道大
59 「代打の神様」・・・・・・・・・・・  矢木 裕
60 「ハマの番長」・・・・・・・・・・・  三浦大輔
61 「ハンカチ王子」・・・・・・・・・   齋藤佑樹
62 「アニキ」・・・・・・・・・・・・・・・   金本知憲
63 「JFK」・・・・・・・・・・・・・・・・    ウィリアムス・藤川球児・久保田智之
64 「二刀流」・・・・・・・・・・・・・・    大谷翔平
65 「炎のストッパー」・・・・・・・・   津田恒美
66 「ギャオス」・・・・・・・・・・・・・  内藤尚行

 2.プロ入り後、打者転向した選手

 プロ野球選手はセンスがものを言う。投手でありながらバッティングが秀逸した選手は五万といた。高校野球では「エースで4番」はザラで、桑田や前田はバッターとしても十分やっていける抜群の野球センスを持っていた。

 王 貞治 高校2年の選抜大会で早実のエースとして全国制覇 その後世界一に
 柴田 勲 俊足巧打のスイッチヒッターだが、法政二高では優勝投手
 愛甲 猛  決勝で1年生エースの大輔と投げあい無失点記録を砕き、優勝した横浜の
        エース。投手としてロッテに入り、その後、打者転向 
 西田真二 PL学園で優勝投手になったが、広島入団後、打者として活躍した
 堂林翔太 中京大中京時代は日本文理と死闘を繰り広げた時のエース
 吉岡雄二 帝京高校ではエースで4番 甲子園優勝投手 高校通算51本塁打
 糸井嘉男  近畿大学では4年次、エースで春季5勝負けなしでMVPを獲得 日本ハム
  高井雄平  東北高校時代には、「高校ナンバー1の左腕投手」として、日本はもとよりメジ
       ャーリーグ球団のスカウトからも注目された。ヤクルト入団後、打者転向
  石井琢朗  足利工業高校時代は1年時から背番号1を背負い、2年時に夏の甲子園に
        投手として出場した。横浜・広島では打者として活躍した。
 嶋 重宣 東北高校では、投手として2年春の第65回選抜高等学校野球大会と夏の第
       75回全国高等学校野球選手権大会、3年春の第66回選抜高等学校野球大会
       と、3度甲子園に出場した。高校通算では28本塁打を記録している。
       広島入団後、打者に転向した。
 仁村 徹  上尾高校の右下手投げのエース投手として夏の甲子園に出場。東洋大学で
       は投手として通算75試合登板し29勝19敗、防御率2.12、155奪三振。3年生春
       は8勝2敗でチームの優勝に貢献し、最高殊勲選手、最優秀投手、ベストナイ
       ンを受賞する。大学野球選手権では、決勝で法政大学に敗れ準優勝に終わ
       る。3年生秋は6勝2敗で最優秀投手、ベストナインを受賞する。
       これほどの実績があっても中日入団後は投手としては1試合登板のみで二塁
       手に転向した。
 畠山 準 池田高校ではエースとして全国制覇。水野のひとつ上。南海では5勝を挙げ
       たものの、1988年に投球フォーム改造を失敗した影響で腰を痛めたため、打
       者に転向。その後、横浜に移籍した。

 ほかにも 三浦貴(西武)、安達智次郎(阪神)、寺本四郎(ロッテ)、織田淳哉(巨人)、
大久保美智男(広島)、片平哲也(広島)、上原厚司郎(西武)、大越基(ソフトバンク)、
遠山昭冶(阪神)、上田佳範(中日)などがいる。

 記事作成:6月14日(水)

2017年6月22日 (木)

名球会入りした選手の1年目

 今年のプロ野球界は記録ラッシュ。6月12日(月)現在で、中日の荒木とメジャーの青木が2,000本安打を達成した。さらにロッテの福浦、巨人の阿部、ソフトバンクの内川、阪神の鳥谷が今季中に2,000本安打に到達するのは間違いないところだ。
 打者の勲章とも言える2,000本安打。レギュラー定着し、100安打を20年続けないとクリアできない一流選手の証だ。
 
 一方、今季、投手で200勝を達成できそうな選手は残念ながらいない。巨人の杉内があと8勝で150勝だが、一軍登録もされておらず厳しい数字だ。また石川が152勝して今シーズンに臨んだが、あと4年以上かかりそうだ。

 このように名球会に入ることはプロ野球選手として名誉なことだが、必ずしもルーキーイヤーから活躍できた訳ではない。世界のホームラン王だった王貞治氏も入団一年目は僅か31安打で本塁打数は7。順風スタートだったわけではなく、打撃コーチだった故・荒川氏と二人三脚で打撃改造に取り組み、その後の成功に至った。ほかにも好不調の波があっただろうし、故障や怪我で休養を余儀なくされた選手も数多い。そこで今回の記事は打者なら2,000本安打、投手は200勝以上、記録した名選手の1年目の成績を取り上げたい。
 なお、全員紹介すると容量オーバーするので平成以降に達成した選手限定としたい。

 打者編 
                          1年目の成績                                  
        通算安打    出場試合  安打  本塁打  打点  打率    

イチロー    4308       40     24    0     5   .253
金本知憲   2539       5      0     0     0   .000 大卒
立浪和義   2480      110     75    4    18   .223 
石井琢朗   2432       17     2     0     0   .400 5打数2安打 
落合博満   2371               36     15    2     7   .234 ノンプロ出身
稲葉篤紀   2167       67     66    8    40   .307 
秋山幸二   2157        3      1    0     0   .200
宮本慎也   2133       67     11    0     4   .220
清原和博   2122      126    123        31    78     .304
小笠原道大  2120       44     94    21     7       .223入団時は捕手
前田智徳   2119       56     11    0     5   .256
谷繁元信   2108       80     27    3    10   .175 
中村紀洋   2101       11     6     2      5     .222
古田敦也   2097      106    70     3     26    .250   大卒  
松井稼頭央  2068       69     45    2     15     .221  
和田一浩   2050        17     4     0          2    .190 
小久保裕紀  2041       78     38        6     20    .215
野村謙二郎  2020       88     39    0     12       .258
田中幸雄   2012       14      4    1     4     .148
駒田徳広   2006       86     52   12     47   .286 

 2017シーズン時、現役選手イチロー、松井は2016年シーズン終了時点での通算記録を記載した。もちろん現役の荒木も今回は割愛したい。
 見てわかるように、入団1年目のルーキーイヤーには後の超一流選手と言えども、プロの壁にぶつかり、試合出場すらままならなかった。まして高卒ルーキーは、ファームで怪我をしない体作りから始まる。
 清原、松井、野茂、上原、松坂は別格として、それ以外は皆、下積みをしている。

投手編                       1年目の成績
        通算勝利数  登板数   勝   敗    S  奪三振   防御率

 工藤公康   224     27     1    1    0   29     3.41
 山本  昌   219      1     0    0    0    2    27.00

 平成以降、200勝投手が極端に少ない。これは完全分業制が進み、先発完投型が少なくなったためで、先発投手の登板数は1シーズン30試合未満のため、最多勝でも15勝前後。これでは勝ち星を200個積み上げるのは難しい。15勝を14年連続続けてやっと届く数字だ。

 さて、見てきたように、名球会に名を刻んだ名選手ですら、ルーキーイヤーや2年目くらいまでは芽が出ず、下積みをしていることがわかる。大卒でもノンプロ上がりでも、1年目からプロのスピードについていって実績を上げる選手は思いのほか少ないことが理解できる。
 やはり才能だけではダメで、地道な努力があってこその成功である。見てみると、大卒やノンプロ出身者は、高卒に比べて4~6年程度プロ入りが遅れる分、現役生活が少なくなる。22歳から40歳までやったとして19年間だ。毎年、怪我無くコンスタントに試合に出場して100安打を19年続けてもまだ届かないし、投手の場合は打者に比べて、肩や肘に故障を抱えやすく、選手寿命が短い。普通に考えて38歳で引退して16年程度だ。投手で名球会に入る選手が少ないのはそのためだ。中には工藤や山本のように50歳まで現役を貫く選手もいないことはないが・・・。16年間の現役でもプロ野球選手としては成功したほうだ。2年目まで芽が出なかったとして、15勝を残りの14年連続で続けた投手は、平成以降はいない。だとしたら、今後は200勝投手など出ないのではないか?という危惧さえ浮かぶ。
 あの甲子園を賑わした桑田真澄(173勝)でも到達できなかったし、松坂大輔ですら厳しい。怪物と言われた江川は巨人命を貫いた挙句に選手寿命を縮めた。巨人のエースだった齋藤雅樹も180勝止まり。
 現役選手でもっとも200勝に近いのはヤクルトの石川雅規だが、2016年終了時点で156勝。37歳であることを考え、今季のヤクルトの大低迷を見れば、10勝するのは厳しく、41歳までそれを続けるのは正直困難だ。
 また、故障続きの巨人・杉内は142勝。到底及びそうにない。 

 したがって、現代野球において、「名球会」に入ることは、ほんの氷山の一角と言えるだろう。
 今回の記事を見れば、超一流選手が、1年目から順風満帆なスタートを切っていないことがわかる。練習を重ね、同じチーム内で凌ぎを削ってポジションを獲得し、コンスタントに試合に出続けて実績を積まないと到底たどり着けない記録だと認識できる。
 ドラフト何位であろうが、実力がものいうのがプロの世界。ぜひ切磋琢磨し、心と体、そして技を磨き、記録にも記憶にも残る選手になってほしいものだ。

  記事作成:6月14日(水)~

    


 

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