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郡山の話題

2017年7月 8日 (土)

開成山屋内水泳場内覧リポート

 当ブログで、過去3度に渡って郡山市開成に建設中だった「開成山屋内水泳場」の工事の進捗リポートをお送りしてきましたが、このたび工事が竣工。郡山市内の小中学生が夏休みに入る今月の22日(土)にオープンを迎える運びとなった。
 そこで7月8日(土)に現地で内覧できる機会を得たので、それに参加して来た。今日はその報告をしたい。なお、見学時間は13:20~14:45

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中は予想以上に広く、暖かい 屋内長水路は県民の悲願だった
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北側が10レーンの長水路で南側が床可動式の8レーン短水路
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コンピューター室と最新のデルPCなどが10台以上設置
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電光掲示板 これだけで数億円  内部へと潜入
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左がロッカールーム兼更衣室 ここに360名分のロッカー設置
右はシャワー室 入口にカーテンがつく
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 洗面室と下足入れ 男子は緑、女子はオレンジ色に統一
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長水路 北側を望む その先には陸上競技場が見える
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こちらは25mの短水路 車いす用のスロープまで完備
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スタンドを望む 648席あるが、ベンチタイプで仕切られてはいない
12ブロックで高さ5列 席の間がかなり広くて余裕ある 身障者を考えての仕様
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水深はなんと2m 大人も足がつかない深さ だから泳力テストが必要
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アリーナからギャラリースタンドを望む左側が階段と会議室
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採暖室 男女で仕切られている 電光掲示板の文字も大きくて見やすい
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スタート台はまだ設置されていない ロビーにあるモニター
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左が券売機 右は事務室から先に広がるロビー 正面はエレベーター
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長い通路 各部屋へと通じる     右はスタンドに上る階段
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身障者専用のエレベーター      右は階段を上がって会議室方向
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スタンドも十分 盛岡市民プールに造りがそっくり
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スタンドの南側の奥より全景を望む 結構な広さ
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ベンチの段差の間がかなりゆとりがある 車いすでも移動可能
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二階からプールを見下ろす 2階の通路も広く、マットで選手は休養可
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採暖室方面を望む 事務室兼通告(放送)室 ちょっとした会議が持てる
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各音響や空調の機械類 右は防犯カメラのモニター 不審者をシャットアウト
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機械室 普段は絶対にお目にかかれない
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左が倉庫(用具入れ)スタート台、タッチ板、バックストロークレッジを収納
右は会議室で見晴らしは最高
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これは入口ロビーにある会場の見取り図

 <注意事項>

  ここで泳ぐには、事前に泳力テストを受けて合格したものだけとなる。したがって一般の大人や高校生が飛び込みで行って泳ぐことは出来ない。
 そして泳がずにスタンドで見学だけの人は料金が無料とのこと。

 <データ>

 開館時間 9:00~21:00
 休館日 毎月第1月曜日、年末年始
 料金   一般600円 高校生400円 小中学生300円 幼児200円
 レーン数 50m(長水路)は10レーン、25m(短水路)は8レーン
 深さ・・・50mは2m 25mは0~1.4mの可動式
 観客席 長ベンチタイプで648席
 駐車場 47台分
 他の設備 会議室・事務室・ロッカールーム・更衣室・WC・温水シャワールーム・採暖室
        電光掲示板 
  総工費 43億円(34億円は復興災害交付金で9億円は郡山市負担)

 なお、西側の空きスペースはゲートボール場となり、大きな大会では駐車場として使用も可能だとか。そうなれば200台は駐車できそう。

 <感想>

 当初は、震災復興支援金で放射線被害などにより運動不足になった子供たちの解消目的で建設される筈が、市会議員の働きかけで国際大会も開催可能な施設、設備を整え、ここまで立派な屋内水泳場が完成した。
 屋内の長水路を整えたプールの建設は福島県民の念願でもあった。平成7年に開催された「ふくしま国体」では、カルチャーパークに仮設スタンドを建てて行われた。あれから22年。やっと悲願が叶った。
 7月22日(土)のオープンに向けて、最後の外回りの工事が最終段階に入った。あとは駐車場の問題をどうクリアしていくかだ。8月後半の「市民体育祭」、9月の「県高校新人体育大会」、10月の「東北新人体育大会」とすでに予定が入っているようだ。
 どのように使われていくのかが大いに楽しみであり、期待が持てると思う。

 記事作成:7月8日(土)

2017年7月 6日 (木)

郡山の魅力再発見!46 ~私のルーティーンスポット~

 突然ですが、私の稚拙なブログを読んでくださっているみなさんは、思い悩んだときや壁にぶつかったときに、どうしていますか?酒?スポーツ?逃避行?

 私はそんな時、決まって訪れる場所がある。この4月から部長職を仰せつかり、仕事に行き詰ることが多くなった。人間関係で躓くことも多く、解決困難な窮地に追い込まれた際、私は必ず郡山市西部にある「菅船神社」へ足を運ぶ。この場所は、私が週一で訪れている「ユラックス熱海」のフロントに置いてあった逢瀬町のガイドマップに掲載されていたパワースポットで、一昨年の5月に初めて訪れてすっかり嵌まってしまった。
 郡山在住45年目の私だが、こんな素晴らしい場所があったとはつゆ知らず、それ以来、2ヶ月に一度のペースで訪れ、すでに8回も訪ねている大好きな場所となった。

 何が魅力なのか?いつ訪れても無人で、じっくりと情緒感や神聖な気分を満喫できる点にある。杉並木に囲まれたそこは、途中斜めに曲がった200mほどの石段を上り、境内もご立派。まさかこんな人里離れた山奥に、これほど荘厳な拝殿などの古い佇まいがあるとは夢にも思わなかった。周囲は侘び寂びの雰囲気が満載で、そこに佇むと、自分自身を取り戻せそうな気がする。なぜなら何を隠そう私の姓は、元を正せば「神主」などの聖職にあったらしい。自然のまま、無意識のうちにこうしたパワースポットを求めて足を運んでしまう。

 では、過去何度もこの場所を当ブログで紹介しているが、改めて紹介します。

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 この境内は花見の季節、桜があるわけでもなく、梅雨の季節の風物詩である紫陽花がるわけでも何もない辺鄙な場所だ。しかし、私は神道や宗教に傾倒しているわけでも何でもないのに、この場所に吸い寄せられるように足を運んでしまう。年に4回は訪れている。

 杉林が林立し、昼間でも薄暗く、過去7回の訪問で、誰ひとりとして参拝者と出くわしたこともない静寂なこの地は、人を原点に立ち返らせるような魔力すら感じてしまう。

 この場所は、人に紹介せず、私だけの秘密のスポットにしておきたかったが、このような市街地から10km以上も離れたこの地に、このような厳かで森羅万象を感じ取れる神社があることを知ってほしいという一念で、今回この記事をしたためた次第です。

 記事作成:平成29年6月中旬

2017年6月18日 (日)

開成山屋内プール工事進捗リポート(6月18日現在)

 来月下旬オープン予定の「郡山しんきん開成山屋内水泳場」。地元の金融機関である「郡山信用金庫」が命名権を年額210万円で取得し、オープンイヤーはこのようなネーミングとなった。
 過去、三度、当ブログにてこのプールについて工事の進捗状況レポートを掲載してきたが、一ヶ月前になり、ほぼ施設が完成し、オープンを待つだけになったこの日、最後のレポートを行うべく取材を行った。実は5日前から風邪をこじらせ、最悪の体調だったが、次第に記事の在庫を使い果たしてきたため、病に鞭打って出かけてみた。

 6月18日(日)現在の模様をどうぞ!

  7:05に自宅を出て、トライアル経由で開成山球場入り口へ。通常ならそこで車止めの柵があるのだが、この日は中まで入れてサブトラックの脇に駐車。
 10分間で一周。昨日までの晴天青空とは異なり、白い雲に覆われイマイチコントラストがはっきりしない。

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 前回と異なるのは、工事用の柵や足場は取り払われ、全貌が明らかに。思ったよりも大きい。建物周辺のエクステリアの工事を残すのみで、本体はほぼ完成していた。

 ここは、市民待望の50m(長水路)と可動式の25m(短水路)の2つのプール+640席のスタンドを収容した本格的な室内プール。平成7年の国体でも屋内のプールがなく、カルチャーパークスタンドに仮設の観客席を設けて大会を実施した経緯がある。したがって長水路の屋内プール実現は県民の悲願でもあった。
 奇しくも、震災があった2011年以降、放射線被害によって、屋外でスポーツを自粛を余儀なくされた子供たちの運動能力低下を懸念し、国が災害復興にと義捐金などを配分。議員や水泳連盟の働きかけや陳情を重ね、設計にこぎつけ、昨年から着工。途中で品川市長が、大手ゼネコンから市内の工事業者への発注を地元企業に変更指示したことで、4月オープンの予定だったのに、工事が大幅に遅れた。大手ゼネコンでなければ、屋根のR形状の施工が不可能といわれていたためで、設計からやり直したようで、紆余曲折の末に、ようやく7月にオープンを迎えることとなる。
 当初は、子供たちの体力増進だけの目的で、大会等は一切行わない予定だったが、再三再四に渡る陳情での末、大会開催はもとより、当初計画にはなかった観客席の設置、電光掲示板設置もGOサインが出た。
                                                                                                               
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 南側のガラス面から見ると、どうやらプールに水が入っていた。内側の広さは窺い知ることは出来なかった。

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 しかしながら、もったいないのは、水泳場の西側の空きスペース。車なら300台は駐車できそうな場所がありながら、ここに植栽するという。ただでさえ、総合体育館や野球場、陸上競技場など多くのスポーツ施設が密集し、小中高の体育大会が開かれる土地柄なのに、駐車場が少ないと前から問題になっていた。
 なのに、それを解消する絶好の空きスペースがあるのに、なぜかここを駐車場にしないのか?市の役人や市長はこうした実情をきちんと把握しているのか?

 聞いたところによれば、福島県内が夏休みに入る7月22日(土)がオープン日らしい。そして、その杮落としの大会として、7月29日(土)30日(日)に開催される予定の「福島県総合体育大会水泳競技」を開催できるよう調整を図っているようだ。なんでも今年の県総体は会津が会場だったが、南東北インターハイ開催に伴い、宿の確保が出来ないとの理由で、郡山開催に変更になったようだ。となれば、県内の小中高の県大会レベルの大会はすべてここで行われるようになるのではないか?県の中央にあるという立地条件や宿泊の面でも融通が利く。

  いずれにせよ、間違いなく来月下旬、つまりあと一か月後の7月22日(土)にはオープンする。気になるのは入場料だが、ボイラーや照明など維持費が相当かさむのは間違いない。屋外プール時代のような子ども一回80円というわけには行かず、同じ市の施設であるユラックス熱海の屋内プールが1回500円ということを踏まえれば、大人500円、小中校生は400円が妥当なところではないのか・・・。

  後日、入場料が正式に決定された。

 一般(大人)600円、高校生400円、小中学生300円

 大人が高すぎ。プールに入らなくても観客席で見学するだけでも同額かかる。

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Kaiseizanpool_2

Kaiseizanpool2

 参考資料

 https://www.city.koriyama.fukushima.jp/162000/sports/okunaisuieijou.html

  バス停案内

 https://togetter.com/li/1107349

 記事作成:6月18日(日)

 

2017年5月11日 (木)

郡山の魅力再発見!45 ~郡山PR映像アラカルト~

 今日は郡山市が制作した観光PR用の動画を紹介したい。郡山出身の「YouTube」アイドルユニットの「まこみな」が出演し、郡山の魅力を余すことなく紹介している。双子ダンスで全国的に有名になった2人が郡山の名産や名所を巡り、誘客に一役買っている。
 では早速どうぞ!

 郡山市観光PR映像-LOOK編-

 まこみな」をナビゲーターに起用した郡山市の観光PR映像。猪苗代湖や布引風の高原、銚子ヶ滝、緑水苑など、自然豊かな郡山の魅力を伝える。まこみなの袴姿も要チェック!

 郡山市観光PR映像-HISTORY編-

 「まこみな」をナビゲーターに起用した郡山市の観光PR映像。日本遺産や世界かんがい施設遺産に認定された「一本の水路」にまつわる安積歴史博物館や十六橋水門、開成館などをまこみなが明治期の衣装を着て巡る。

 郡山市観光PR映像-FEEL編-   

 「まこみな」をナビゲーターに起用した郡山市の観光PR映像。高柴デコ屋敷や磐梯熱海温泉、四季の祭りを巡る。まこみなの浴衣姿は必見!

 郡山市観光PR映像-いこいこ♪郡山- 

「まこみな」をナビゲーターに起用した郡山市の観光PR映像。猪苗代湖や布引風の高原、磐梯熱海温泉、高柴デコ屋敷やスイーツ店などを巡る。

 まこみな出演!「コ・コ・コ・コ・こおりやま♪」 / うねめ牛・里の放牧豚篇   

 郡山市出身の「まこみな」が歌と双子ダンスで郡山産ブランド食材をご紹介!

 まこみな出演!「コ・コ・コ・コ・こおりやま♪」 / あさか舞・郡山ブランド野菜篇

  郡山市出身の「まこみな」が歌と双子ダンスで郡山産ブランド食材をご紹介!

 郡山の観光大使と言っていい存在の二人。キャッピキャピの二人が明るく元気よく郡山をPRしてくれることで、ビジネスだけでなく、観光客を招き入れて、経済効果をもたらしてくれたらありがたい。

 記事作成:5月1日(月)

2017年3月30日 (木)

郡山の魅力再発見!44 ~郡山の謎~

 我が街「こおりやま」に関する記事を過去、当ブログで何度書いたか知れない。私はあしかけ44年間も郡山に住んでいるが、未だに知らないことが多い。今日は、個人的に感じている疑問点を解決するため、「郡山の謎」を七つ、自主的にセレクトし、その解決策を模索したい。なお、過去、「郡山の魅力再発見!⑬」や「郡山の魅力再発見!⑯」でも同じサブタイトル、テーマで記事を書いたので、被っている部分も幾つかあるが、2017年現在の雑感として受け止めていただけたら幸いです。

 1 郡山の遺跡の謎

 大安場古墳が有名だが、それも平成に入ってからの話。私はその近くの  団地に何度も訪れたが、昭和の時代は、そんな古墳や遺跡の話など聞いたことがなかった。郡山の阿武隈川の東側は「ざい」と呼ばれ、田んぼと畑しかない過疎の村の印象だった。
 ところが、ここや東山霊園の近くにある横穴式古墳(小川蝦夷穴)が見つかったり、静御前堂がある裏手に古墳があったり、また市街地のど真ん中、清水台のさくら通り沿いでも昭和の時代に遺跡が見つかったことがある。

 古墳・・・大安場、清水台、針生古墳、田村町、咲田、守山、喜久田、福原に数多く点在

 清水台遺跡は、奈良~平安時代に安積郡の郡役所が設置された場所で、これが現在の「郡山」の名称の元にもなっている。松風堂というお菓子屋さんがあったさくらセンタービルの向かい側。現在はライオンズマンションが建っている場所だ。

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 そして遺跡ではないが、歴史の不思議が市内にはいくつかある。中町付近に「陣屋」という旧地名があるが、それは一体どこにあったのか、「郡山城」とはどこに存在したのか、謎が謎を呼ぶ事態となっていて、未だ解明されていない部分が多い。また郡山にはかつてお城が散在していた。守山城、熱海城、安子ヶ島城、片平城、高玉城などだ。
 詳しくは「余湖さんのブログ」をご覧ください。

 2 郡山銘菓「ままどおる」の名前の由来

  郡山の三大菓子と言えば、三万石のままどおる、エキソンパイ、柏屋の薄皮饅頭だろう。誰が決めたのか、薄皮饅頭は「日本三大饅頭」なのだという。私の子供の頃はそんな話は聞いたことが無い。個人的には隣り町「三春」が本店の「かんのや」ゆべしも捨てがたいし、中町の大黒屋のスィーツやよしだやのどら焼きも推したいところだ。
 しかし、東京地区でもCMで流れる、ミルクたっぷりの甘菓子「ままどおる」は旅や帰郷の土産、ご贈答にも喜ばれ、人気が高い。ところでこの「ままどおる」というのはどういう意味なのだろう。地元では毎日のように夕方のローカルニュースで、かの有名なCMが流れている。それは「♪まま~まま~ままどおる~、ミルクたっぷりママの味~まま~まま~ままど~る~♪」という節だ。それほどソウルフード化している人気スィーツなのだが、その名前の由来は全く存じ上げない。たぶん、多くの郡山市民はそうなのではないだろうか?そこで調べてみた。

 郡山銘菓「ままどおる」はバターのたっぷり入ったミルク味の餡を生地で包み焼き上げた和菓子。この「ままどおる」とは、スペイン語で"お乳を飲む人々"の意味。だから歌にも「ミルクたっぷりママの味」 という歌詞が出てくるという理由だ。これは納得。

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 3 浄土松公園の「きのこ岩」はどのように誕生したのか

 私は子供の頃から郡山西部地区にある浄土松公園を訪れたものだ。そこに少年自然の家を建て、小学校の頃、お泊り学習で、キャンプファイヤーや周辺の山を探検して廻る「フィールドワーク」を実施した。その一角に奇妙な場所がある。まるでトルコの世界遺産、カッパドキアを彷彿させる奇岩群がにょきにょきと聳えたっている。その名も「きのこ岩」という。福島県の名勝天然記念物に指定されているが、このような場所は郡山広しといえど、この一帯だけである。
 震災で損傷が激しいが、このきのこ状の岩の自然の造形美はどうやって創造されたものなのか?
 郡山市の観光案内HPによると、「浄土松は古くから知られた名所で、松の緑が点在するありさまは日本三景の松島に似ていることから「陸の松島」と呼ばれています。特に「きのこ岩」と呼ばれる奇岩は断層によって分断された地層が、それぞれ風化に対する抵抗度が違うため、風浸の度合いが異なり、長い年月を経てキノコ状になりました。」とある。
 つまり、もともと白亜の岩肌だったものが、断層が分断されて長い年月を費やして、今の形状になったということだ。しかし残念ながら、2011年3月11日発生した「東日本大震災」により、崩壊が著しく、昔は遠足などで岩山に登って探検ごっこやかくれんぼが出来たのだが、今は危険箇所になっていて、立ち入りを制限されている。

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 4 郡山のソウルフードの「クリームボックス」はどこが発祥か

 郡山市民に愛されているパンといえば、誰もが「クリームボックス」を挙げるだろう。厚みのある食パンの上にミルク風味の白いクリームが乗っているパンだが、その味は知っていてもその発祥、つまり開発して販売した一号店がどこなのか?を知る人は少ない。郡山で一番有名で老舗の「大友パン」?「ロミオ」?それとも安高前の「ガトーナカヤ」?
 Wikipediaにも「1976年に市内のパン屋が駅前で販売を始めたのが起源とされる。」としか記載されていない。その後、その美味さが評判を呼び、郡山市のご当地パンとして知られるようになり、2016年4月からはクリームボックスを通じた町おこし事業として同市のパン店18店舗を巡る「スタンプラリー」が行われている。

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 5 本当に静御前は郡山の地で果てたのか?

  源義経の妾となった絶世の美女といわれし「静御前」。全国に墓標があって、どこで亡くなったかも諸説あってミステリーだが、郡山の西部地区には、どういうわけか静御前に纏わる不思議な足跡が残っている。兄の源頼朝の討伐の命から逃れるため、義経は弁慶を伴って、奥州の地へと逃げ延びた。しかし、史実では、平泉の地で討たれたことになっている。彼を慕って後を追った静御前が、郡山の地に達した時に、義経が死んだとの報を受けた。悲観した静御前は、郡山市三穂田町、現在「免許センター」のある場所の北向かいにある池(美女池)に身を投げ、亡くなったという言い伝えがある。不憫に思った村人が、彼女の魂を祀った場所にお堂を建てた。それが現在の静御前堂であり、その一帯を静町と名づけるに至った。
 しかし、これは迷信にも思えるが、こじつけにしては上手くできている話だ。

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 6 郡山のグルメは何なのか?

 我が福島には食の名産品が多数ある。例えば、福島と言えば「円盤餃子」が真っ先に思いつくし、喜多方や白河と聞けば「ラーメン」と即座に答えが出る。浪江と言えばB級グルメで全国一に輝いた「浪江焼きそば」だし、山都と聞けば「そば」という答えが返って来る。会津は「味噌カツ」や「味噌田楽」、「こづゆ」、「日本酒」という特産品があって、観光土産には欠かせない。
 では商都・郡山は何なのか?あまり思いつかない。最近になって、郡山には食のグルメが無いことに気づいた行政が、あれこれ思案して開発したのが「グリーンカレー」だった。イマイチ、認知度が低く、グルメになりきれていない。酪王カフェオレやクリームボックスには到底及ばない。ままどおるやエキソンパイ、薄皮饅頭の比ではない。残念ながら、郡山特産のグルメ産品は今のところ無いと言わざるを得ない。海沿いではないので海産物や海鮮ではない。
 今、郡山が躍起になってPRしているのが「鯉に恋する」というキャッチフレーズで売り込みを強化している「鯉料理」だ。元から郡山市は「鯉」の養殖が盛んな土地柄で、郡山の西部地区、南インターチェンジ周辺はその産地と言える。
 以前は「あさか米」というブランド米やきゅうりの産地として名を馳せたが、東電の水蒸気爆発事故で放射性物質拡散によって、風評被害が酷く、その面影は無い。よって、代わって力を入れているのがこの鯉と地元のぶどうを使ったワインの製造のようだ。
  
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 7 なぜ郡山にはホテルや旅館が多いのか?

 これは簡単。奥州街道の宿場町として栄えたから。昔の旅人の疲れを癒すため、江戸時代頃から旗屋が多く作られた。その名残だろう。かの松尾芭蕉も旧暦4月29日に郡山に一泊したことが随行した曾良日記によって明らかになっている。その場所は不詳で今もどこに宿泊したかは謎である。しかし曾良日記によれば「宿ムサカリシ」(むさくるしい)という記載があることから、大名や旗本が泊まるような旅籠ではなく、粗末な宿だったようだ。
 かつて、郡山の老舗旅館というと、さくら通り沿いの清水台にあった「ホテル染本」を思い浮かべる。現在は高層マンションが建つ。しかし、今や駅前を中心に全国チェーンのシティホテルが軒を連ねている。つい先だっても旧丸井跡地の駅前一等地に「ダイワロイネットホテル」が建設され、話題をさらった。私が中心市街地で知るだけでも以下の通り。

 1 ダイワロイネット
 2 ワシントンホテル
 3 ビューホテル
 4 ビューホテルアネックス(旧郡山国際ホテル)
 5 ホテルロイヤル郡山
 6 ホテルプリシード郡山
 7 郡山シティホテル
 8 ホテルα1郡山駅東口
 9 アパホテル
10 大八ホテル
11 磐梯の湯ドーミーインEXPRESS郡山
12 ルートイン郡山インター
13 ルートイン郡山警察署前
14 コンフォートホテル郡山
15 チサンホテル
16 ホテルα1長者
17 スターホテル
18 ホテルクラウンヒルズ(旧第一イン)
19 東横イン
20 スマイルホテル郡山(旧西小野屋)
21 ホテルハマツ
22 ビジネスホテル増花
23 セントラルホテル
24 うねめ旅館
25 旅館君好

 ざっと挙げただけでもこんなにある。よく共倒れしないと思うが、実は平日はどこも満室状態だ。観光地ではないため土日はさほど混まないが、出張のビジネスマンがよく利用する。シングルが多く、値段も手ごろだからだろう。また、福島県の中央に位置する郡山市はどこに行くにも交通至便であり、また学生のスポーツの大会も多く、需要が多いのだ。やはり昔とった杵柄ではないが、宿場町としての歴史をそのまま受け継いでいるようだ。

 私がイメージする郡山トップ10

 1 クリームボックス
 2 酪王カフェオレ 
 3 郡山駅西口再開発(ビッグアイ・歩行者用デッキ)
 4 安積疎水
 5 うすい百貨店
 6 緑豊かで公園が多い(開成山・荒池・五百渕・香久池・酒蓋・芳山・21世紀・麓山等)
 7 交通の要衝(鉄道5路線、高速2路線、国道3路線、福島交通バス等)
 8 ホテルハマツ
 9 ままどおる
10 エキソンパイ

 さて、いろいろ書き綴ったが、郷土愛を感じていただけたでしょうか。学生時代を郡山で過ごした方々が、都会へ就職するケースが多いと思う。稚拙で恐縮だが、当ブログの記事を読んで、時々、故郷を懐かしく思い出して欲しいという一心で、「郡山の話題」を続けてきたが、少しでも癒しになったり、ふるさとを恋しく回顧して貰えたら幸いです。

 記事作成:2月23日(木) 

2017年3月25日 (土)

郡山のデンジャラスゾーン

 以前、「郡山のミステリースポット」という記事を書いたが、未だに反響が大きく、3年以上経過した今でも毎日ランキングトップで、その記事だけで1日に200件近いアクセスがある。地元在住の方はもとより、こうしたミステリアスな場所は気になるところらしい。
 ところで郡山は、今でこそ音楽都市としての位置づけを確固たるものにしたが、昭和40年代頃にはやくざや暴力団一家が陣屋や堂前近辺に組事務所を構え、抗争を繰り広げた物騒な時代があった。郡山駅前のアーケードで銃の乱射事件があったり、平成17年11月には郡山の某中学校前のテナントビルにも銃弾が撃ち込まれたことがあった。戦々恐々とする中で、今でも訪れないのは当然だが、近寄らない方が無難な場所が郡山にはある。そんなスポットを取り上げたい。なお、この記事に誹謗中傷の意図はないことを先に申し上げておきたい。

 1 福島朝鮮初中級学校(市内守山)

 郡山市にこのような朝鮮系の学校があることすら知らない郡山市民が多い筈。開校以来、もう46年も経過している。学校なので危害を加えられるようなことは全く無いが、「在日コリアン」と呼ばれる子どもたちが15名所属しているようだ。ここに暮らす方々が、普段郡山のどこに住んで、どういう生活を送っているのかを考えたら少し怖い気がする。先日も北朝鮮の金総書記の異母兄弟にあたる、金正男氏が巧妙に仕組んだ計画により暗殺された。自らが企てながら、その罪を外国人の実行犯の女性二人になすりつけ、国家ぐるみの犯行を疑われると、捜査するマレーシア政府や警察を批判するような暗躍国家だ。そんな常識が通用しない輩が在日して、このような場所に潜伏し、反日教育を受け、秘密裏にスパイ活動を行っているとしたら・・・。

 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A6%8F%E5%B3%B6%E6%9C%9D%E9%AE%AE%E5%88%9D%E4%B8%AD%E7%B4%9A%E5%AD%A6%E6%A0%A1

 以下、動画サイトにアップした方からの書き込みをそのまま掲載します。

 福島県郡山市に朝鮮学校があるということを知って実際にいってみました。国道4号線から国道49号線をいわき方面に進むと守山小学校という場所があり、そこから坂道をしばらく進むと朝鮮学校があります。福島の朝鮮学校では今も在日が民族教育でわずかに残って勉強しているみたいです。
 さて、朝鮮学校は単に在日朝鮮人の歴史を教える民族教育なのか?日本を貶める反日教育を実践する在日特権の巣窟なのか?それとも北朝鮮は地上の楽園であるとカルト宗教のようにマインドコントロールする洗脳教育なのか?
 実際に朝鮮学校にいってみると山奥の分校みたいなもので門は閉ざされ、日本人は入れませんでした。自分なりにギークな場所に実際、足を運んで色々、自分なりに考えることもあってそれなりには参考にはなりました。

 私は、個人的になんの利害関係もないし、一切かかわっていないので何の脅威も感じていない。しかし、朝鮮情勢は緊迫の度合いを増し、特に北では、武器や兵器を備え、一説によると、原爆を20発以上もすでに装備しているというアメリカ国防省の情報もある。国際社会を無視した脅しの瀬戸際外交を続け、国家の総書記である金正恩は、義母兄弟の金正男を巧妙な工作によって殺害した張本人のくせに、事実を捏造し、歪曲し、マレーシア政府を非難するあくどさ。武器や兵器を製造、輸出して外貨を荒稼ぎするテロ支援国家の何物でもないし、国際社会の災いの種を作るゴミでしかない。
 このような悪の枢軸のような恐怖政治で何人もの国民を処刑しておきながら、誰も逆らえない。国外にどんな繁栄や幸福があるのかすら国民は知らされていない。この国だけは戦前の姿のまま時間が止まっている。国民は世界がどれだけ科学技術が発展して、豊かな生活を送っているか知る術もないのだ。
 そういう核開発も辞さず、何かにつけミサイルをぶっ放す悪徳国家が、同じ地球に存在しているといだけでザワザワする。
 こういう「暗躍国家」だったり、日本を強烈にバッシングし続けている国直属の「朝鮮人学校」が郡山に存在しているというだけでデンジャラスだ。在日二世、三世の子供が通う学校であり、ここだけが郡山の中で「異国社会」だ。

 2 朝鮮総連郡山支部&韓国民団(麓山通り)

 誰が制作してアップしたかわからない動画だが、この情報は正しいのだろうか?普段何の気もなしに通っていた道。水道局前のマンションは、小学生の時分、エレベーターを使って探検ごっこをした場所だったり、近くに元・着物(躾)会館があった。そんな小学生の頃によく遊んだ庭にような場所が、実は朝鮮総連の郡山支部があったとは・・・。

 3 朝鮮人密集地(鶴見坦の文化通り)

 文化センターから麓山通りを西に向かい、FCT入口と公会堂の交差点、そして内環状線、そしてその先、R49線に至る県道は、実は在日韓国人の多く居住している地域なのだという。真偽のほどは不明だが、こういう動画をアップしている以上は、確かな根拠があってのことだろう。他を批判することでしか生き延びれない韓国人は大嫌いで、北朝鮮、中国、日本から批判を浴びて四面楚歌の今でも、自分たちの捻じ曲がった主張を正そうとしない。こういう輩が郡山に潜んでいるとしたら恐ろしいし、一刻も早く郡山から出て行って欲しい。

  また、3月22日(水)にWBCで日本が準決勝でアメリカに惜敗した時も、韓国人のコメントは「日本が負けて気分がいい」とか「ざまぁみろ」とか口汚く罵るなど日本をこき下ろすようなコメントだらけだった。こんな性根が腐りきった民族しかいない国と同盟や友好関係など築く理由など無い。慰安婦少女像を世界中に建設して、日本を悪者に仕立て上げようと画策する発想は、やはり朝鮮民族の負け犬根性の塊で、日本統治のおかげで貧乏国家から近代国家へ発展を遂げたことに感謝すらせず、恩を仇で返すことばかりに終始する。民度は低いし、相手を批判することで、自分たちの優位性を保とうとしたり、見下そうとする敵対思想を植えつける教育しかできない愚直な国家は破滅しかありえない。北朝鮮にミサイルを撃ち込まれてさっさと滅亡したほうが国際社会の平和安定のためには良いのかもしれない。

 4 あづま陸橋から西側エリア

 この話題は本来タブーなので、多くは語れないが、交通量が激しく、しばし渋滞するあづま橋の西側の専門学校近辺のエリアには近寄らない方が安全のためには良さそうだ。首都圏資本の「東横イン」が近くにオープンして久しいが、あの辺の土地の事情を知って建てたのかと不思議に思えるほどだ。

 誰かがアップしたこのようなサイトがネットにあった。閲覧には十分注意して下さい。

 ① http://ヤクザ.net/index128.html
 ② http://ヤクザ.net/index405.html

 この情報はマジで怖いので、画像や動画は埋め込みしません。あしからず。

 5 東北本線&東北新幹線沿いの高層マンション

 我が街・郡山は、本町の高架橋沿線に、13階建て以上の高層マンションが立ち並ぶ。「大島てる」の事故物件でも示されているように、投身自殺が多く発生しているミステリーゾーンでもある。何が怖いって、たとえば投身自殺の場面を偶然目撃した場合、夢に出てきそうで夜も眠れない。またたまたまその周辺を好奇心で訪ねて、万が一上空から人が降って来て、巻き込まれたら、命を落とすことも十分考えられる。やはり「君子危うきに近寄らず」だ。

 ① http://www.oshimaland.co.jp/?p=p8tssnwz

 ② http://www.oshimaland.co.jp/?p=8flnxs53

 ③ http://www.oshimaland.co.jp/?p=q2wivniz

 また、毎日のように首都圏を中心に人身事故のニュースがあり、その都度、ダイヤが大幅に乱れ、多くの乗客が足止めを食うなどの大迷惑を被る。乗換えができなくなり、ビジネスチャンスを逸したり、乗り継ぎの飛行機に乗り遅れたり、一体どれだけの人に多大な影響を与えるのかわかっているのか!死のうとしている人間は、周囲のことなどお構えなしかもしれないが、日本人なら他人に迷惑をかけないで貰いたい。

 人身事故マップサイト(回答する記者団)はコチラ

 http://kishadan.com/map/railway-human-accidents/

 人身事故速報ニュース

 http://www.cna-news.jp/archives/category/iod

 6 郡山の無法危険スポット

 郡山には頭がイカレているとしか思えないエリアがある。それは郡山市富田の庭球場周辺。と言っても市外の方には伝わらない。D銀行の富田支店がある界隈だ。毎月私がお世話になっているS医院より北西側が問題のスポットだ。何がおかしいか列挙したい。

 ① 交通ルール無法地帯

 去年の12月16日付の「郡山交通危険地帯」の記事でも取り上げたスポットを再度掲載したい。それほど交通ルール無視の危険な場所だからだ。
 町東一丁目交差点と呼ぶが、「ほっともっと」と庭球場の前の信号は信号無視だらけ。赤信号でも平気で突っ込んでくる。そこは郡山インター線なのだが、特に、R49線からビッグボーイ前の下り坂を下って来て、バイパス高架橋に向かう手前にある信号だ。ここはたまに白バイが取り締まりを行っているが、本当に酷い。そこで集中取り締まりを行えば、根こそぎ違反者で溢れかえる筈だ。

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上の画像では、右側から左に向かう車が信号無視だらけ
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↑ この方角からの信号無視がやたら多い

 語弊のないように言っておきたい。これはもちろん、このエリアに住んでいる方とは無縁だ。ここを通るドライバーがイカれているという話だ。ここは小学生の通学路でもあるので、事故が起きる前に、予防線を張る意味で、取締りを強化してほしい場所だ。

 ② 選挙ポスターに中傷の貼り紙を貼る特殊エリア

 富田町上ノ内という地区だが、D銀行界隈の電柱をご覧いただきたい。各電柱ごとに或る議員のポスターが貼られているが、あろうことか、その議員の顔の上に、その人を批判する悪口が書かれた紙が顔の上に貼られている。いたるところの電柱がそうなっている。近くには交番もあるのだが、このような悪行が罷り通っている。こうした行為は犯罪である。よほどその議員に怨みでもあるのだろうか?かなり強烈な誹謗中傷の文言が書かれている。確か「こいつは国賊で・・・」というような文言だったと思う。あまりにも酷い。

 3月10日時点では貼ってあったが、この記事に掲載しようと19日に証拠の写メを撮りに出向いたら、すでにポスターごと取り外されてあった。付近の住民が行政か警察に連絡して撤去したのだろう。

 7 放射性汚染廃棄物の保管場所

 3月19日(日)の朝、家内の祖父母が眠る東山霊園にお彼岸の墓参りに行った。昨年の秋以来だったが、前回とは明らかに異なる異様な光景に、思わず絶句した。それは霊園内のいたるところに放射性廃棄物を詰め込んだ黒いバッグ(フレコンバッグ)が所狭しと並んでいたのだ。しかも管理事務所近くの運動場トラックがある広場がもっとも多くのフレコンバッグが並んでいた。市民のオアシス的な場所にこのような危険物が山のように積まれてある特殊な光景・・・。

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上の場所がトラックのある広場で、グラウンドの上にシートが敷かれている
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上のようなありさま。銀のフェンスで仕切られ、そこに無数のフレコンバッグ・・・

 これでは死んだ人間もたまったものではない。安住の地どころか、死んでも汚染まみれか?郡山市はなにゆえ、ここに汚染物質を保管することを許可したのか?市民に何の説明もない。他の市町村より多額の税金を奪い取っておきながら、こういうお粗末な行政では情け無い。

 今回紹介した場所は、一般の方々も暮らしている場所であり、くれぐれも興味半分で訪ねたりしないでほしい。トラブルの元だし、何かあった場合には自己責任でお願いしたいと思う。また、業務妨害にならないようにしていただきたい。それをお願いして結びとします。

 記事作成:3月7日(火)~19日(日)

2017年3月12日 (日)

郡山公共施設工事進捗リポート(3月11日現在)

 昨年12月18日に、開成山に建設中の「屋内水泳場」と間もなく開業する郡山富田駅に関する工事進捗状況をリポートしたが、あれから3ヶ月近く経過し、どこまで進んだか気になったので、今回は震災発生日の3月11日(土)に「開成山水泳場」を訪問し、その状況を取材したので報告したい。

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 昨年の12月18日のリポート以来、3か月後の再訪だったが、前回とほとんど変わっていない。かなり遅れているのか?北側の外壁の足場に工事請負業者の「陰山建設」と「八生建設」の横断幕が掲げられてあった。写メしていたら、見知らぬおばさんに声を掛けられた。中央図書館が現在改装中で、この近くに図書館がないか?という問いかけだった。なんでも東京から引っ越したばかりで、地理がわからないという。希望ヶ丘図書館、安積図書館くらいしか思いつかなかったので勧めたが用を足さなかった。

 夏休み中の7月オープン予定だったと思う。当初は3月末完成で、4月オープンの予定だったが、在京の大手ゼネコン会社の落札に品川市長が難色を示し、一時は決定業者が宙に浮くという失態を演じ、工事が大幅に遅れた。そして、半ば強引とも思える市長の鶴の一声により、市内の建設会社への工事を決めたた。しかし、設計段階で、誤差ミリ単位の精度が求められる屋根の形状だったため、特殊工法でなければ建設が難しいと言われ、耐震性や安全面で市内の業者で大丈夫かとの懸念があった。
 こうした経緯があったことで、まさかの真夏のオープンとなった。極論では真夏に屋内プールをオープンしても意味がない。シーズンオフにこそ利用価値がある施設だけに、工事を遅らせた市長の責任は重い。

2017年3月 6日 (月)

郡山の魅力再発見!43 ~意外な素顔~

 本日は我が街・郡山に纏わる話で、意外な一面を取り上げたい。驚きや興味を持って読んでいただけたら幸です。

 1. さくら通りには一軒もガソリンスタンドがない!

 私が驚くのは、さくら通り沿いには現在、ガソリンスタンドが一軒も無いのをご存知だろうか?昔はハマツの向かいに「丸善石油(コスモ)」、増子文房具の隣りの遊佐燃料、「日産生命」があった場所の隣りに給油計がひつとしかない「大協」のミニスタンド、ツルハドラッグとドコモの場所は「朴(ボーキ)」の昭和シェルがあったし、安積黎明の西隣りにカメイのGS、内環状線との交差点にもあったし、ニコニコこども館の西側に「出光」、開成山のR49の手前に「モービル」と計7軒もあった。それが新さくら通りまで行かないとGSが無いのも寂しい限りだ。一方、八山田の内環状線沿いやインター線沿いには隣接するGSがあるなど過当競争気味だ。
 昔は「エッソ」、「モービル」の外資系や「丸善」、「共同」、「出光」、「日石」、「JOMO」、「昭和」、「SHELL」といくつもあった。今は郡山だと「太陽」、「ムナカタ」など地元系のGSも点在している。そういえば、昔CMでも流れていた「マクサムコーポレーション」はどうしたのだろう?どこかと吸収合併したのだろうか?

 2. 郡山界隈には酒蔵が7軒もある!

 酒といえば会津地方(会津若松や南郷、喜多方)周辺という印象があるが、我が街にも多くの酒蔵、いわゆる造り酒屋がある。

 1 笹の川(郡山市安積町) 「笹の川」「すべて山田錦」
 2 佐藤酒造店(富久山町・旧国道) 「藤乃井」
 3 若関(久留米)       「さかみずき」、「生貯蔵うすにごり」
 4 仁井田本家(田村町)   「穏」、「金寶」、「自然酒」、「田村」
 5 渡辺酒造本店(西田町) 「雪小町」、「袋吊り」

 6 佐藤酒造株式会社 2の佐藤酒造店とは別で三春にあるが、郡山の地酒ということ
              になっている。「三春駒」が主力 
 7 (有)玄葉本店 田村市船引町だが、郡山の地酒として紹介されている「あぶくま」が
             主力 あの玄葉光一郎衆議院議員の実家だ。

 3. 郡山を題材にした歌

   磐越西線(狩人)

 正確に言うと、「郡山」を歌った曲ではなく、磐梯山、会津若松、新潟までの沿線を旅しながら、失恋の傷心を癒すという内容。「狩人」お得意の旅シリーズだが、「あずさ2号」の二番煎じという印象は否めないが・・・。「郡山」という歌詞が登場するため、ここで取り上げた。

 4. 郡山にある外国(エスニック)料理の店

 中華料理・・・姑娘飯店、龍宮城、開成など
 台湾料理・・・味世(安積永盛)
 メキシコ料理・・・メヒコ、楽天AMIGO、カッフェ イルソーリト
 イタリア料理・・・Ristrante Martello、ラ・ギアンダ、ディーバ、パール・イルチェントロ
 ベトナム料理・・・カフェドベトナム 澤上商店、bun bun
 タイ料理・・・ライタイ、ASIAN BAMBoon、チャバー、hitosara
 フランス料理・・・ふらんす厨房Kei、BISTRO Bonne-chere、たにかわ、アーマ・テラス
 スペイン料理・・・フュージョンダイニング勇庵、カメレオン郡山、キッチン杉の子

 「食べログ」、「ホットペッパー」、「タウンページ」などで情報をかき集めても、ドイツ料理やロシア料理、トルコ料理などの専門店は郡山には見当たらない。インド料理はカレーが主流だが、家庭で気軽に食べられる人気メニューなので、専門性が薄いということで割愛しました。

 5. 郡山にあるタウン誌・フリーペーパー

 「月刊こおりやま情報」
 「リビング郡山」
 「月刊街こおりやま」
 週間郡山「ザ・ウィークリー」
 aruku広報こおりやま 
 情報誌スタイル郡山「Style」
 だいすきHughug(ハグハグ)

 詳しくはコチラ

 残念ながらこの5月で、「月刊街こおりやま」が500号達成を記念し、その役目を終えたとして、終刊(廃刊とは言わない)となることがわかり、郡山市民は残念に思っているに違いない。私は郡山の歴史を始め、多彩な記事の数々にお礼を言いたい。

 6.郡山にはテレビ局2社とラジオ局3社ある!

  福島中央テレビ(池ノ台)と福島放送(桑野)
  ふくしまFM(神明町)・ココラジ(清水台)・おだがいさまFM(富田町)

 私はBCL世代なので、ラジオをよく聴いた。海外の短波放送で英語力向上に努めた時期もあったし、ベリカードを求めて「受信報告書」を国内外の放送局に送りまくって、100枚以上かき集めた。しかし、私にとって大事な宝物なのに、母親はゴミ扱いし、私に無断で捨ててしまった。漫画もそうだが、どうして母親は勝手にそうするのか、未だに私は理解できない。
 最近は、ラジオを室内で聞くことはまずなくなった。通勤の車の中で聞くだけになった。「ラジオ福島」は大和田新さんの琴線に触れるような話術が大好きで、若くして病気で亡くなった「後藤さちか」さんについて、毎回話題として触れ、彼女の存在を後世に伝える試みを継続して行っている。その人間性の素晴らしさも尊敬している。

  7. どこの小学校の近所にもあった駄菓子屋

 金透  扇屋 日東病院近くのえびや商店 
 橘   伊東商店・今泉商店(駄菓子の卸問屋で小売もしている)
 桃見台 3店もあった 山田アパート前の橋本商店、
     東北電力桃見台アパートの南向の四つ角にあった駄菓子屋
     桃見台保育所の南西側にあった駄菓子屋
     いずれも店頭にはガチャガチャ(ピーコック)が置いてあった。
 芳山  まるせい文房具
     おのざわ あだち屋

 大成  今井文房具店 磯倉商店
 薫   公園の南東側 
 芳賀  ショップくりちゃん
 桑野  学校のまん前
 行徳  くまがい
 開成  喜楽堂

 ほかにも小原田小学校や行健小学校の近くにも駄菓子屋があった。

 かつては放課後は駄菓子屋がたまり場になっていて、着物に白い割烹着スタイルのおばあちゃんが店番をしていたものだ。10円から買えるお宝の山。たまにプレミアもののプラモなどが山積みの棚の奥に眠っていることがある。年代もののおもちゃやそこにしか置いていないというような掘り出し物がわんさかだ。

 記事作成:2月5日(日)~3月5日(日)

2017年3月 5日 (日)

郡山富田駅工事進捗リポート(3月5日現在)

 前回のリポートから早2ヶ月。実を言えば、開業を約一ヵ月後に控えた2月26日(日)に取材へ出向いたが、鉄壁の防護柵(立入り禁止柵)に断念した経緯があった。しかしそれにもめげず、開業前、最後の取材を敢行したので、富田駅工事進捗を伝える最終記事を掲載したい。
 なお取材日は3月5日(日)の朝で、日曜日にもかかわらず、工事の作業者がいたので、写真撮影だけという条件で許可を貰って中に入ったことをお断りします。

 デジカメで写真撮影しようとするといきなり逆光で眩しい。

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   自転車置き場はほぼ完成。盗難防止用に一台ずつ留め具あり
                                                         
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     こちらが駅の南側の入口 レンガ調で落ち着いた構え

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            構内の案内図 自動改札の無人駅

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  玄関前のアプローチ部分はまだ未完成 右側のガラス張りが待合室

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      高架橋(跨線橋)の下に設けられたバリアフリーのトイレ

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高架橋の内部。ようやく屋根がついたが、中央分離部が山型になっているため、
自転車を曳いて昇降は難しい作り。コンビニ側へ自転車では渡れない印象

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身障者への配慮も忘れてはいない。もしかしてエレベーターで自転車も移動?

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会津若松方面を望む 内環状線の高架橋が交差 喜久田街道は交通量が多いので
写真撮影は恥ずかしい 真新しいので靴泥をつけないよう最大限の配慮で入場

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郡山方面を望む 構内は待合室を除き、ほぼ完成している 電光掲示板もついた

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         自転車置き場の入口付近からホームを望む

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              コンビニ側の駐車場より

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コンビニ側の高架橋だが、出口はこちらではなく、喜久田街道側だったのが意外

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  arukuのマンションの駐車場側 こちらに跨線橋の出入口があった

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  ご覧のように、ホームや駅舎はすでに完成している。あとはホームと向かい側のコンビニへの高架橋と駅南側のアクセス道路、それに周辺整備だ。それもあと一ヶ月、急ピッチで行って完工する手はずになっている。5日の時点では、高架橋の落下防止柵が取り払われ、ほぼ完成しているように見えた。そして駅周辺の工事も進んでいて、自転車置き場も完成している。 

 もうすでに上下の本数も発表され、4日には新ダイヤに改正された。私は飲み会に行く時に使うことくらいだが、自宅からこの駅まで徒歩7~8分の私にとって、実に利便性が向上する。

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 私が町内会長を務めたのが12年前、その以前からずっと市に陳情を重ねて来た悲願がようやく実を結ぶ。苦労した分、ぜひ何度も利用させて貰いたい。

 記事作成:3月1日(水)~5日(日)

2017年2月18日 (土)

昔話⑭ ~郡山のあの場所は今~

 昭和50年頃、私が小学生時分に遊び場だった駅前周辺が、ここ数年激変している。一世を風靡した建物やビル、店舗が次々姿を消し、かつての経済県都としての商業都市の面影は駅前周辺には無くなり、寂しい限りだ。昭和50年代にあった有名スポットが、今はどう変わったかというテーマで今回はお送りしたいと思う。

 1 郡山中央スケートリンク
 
  昔の画像や写真は一切残っていないし、ブログ等で掲載している方も少ない。今はビ
 ッグアイの西向かいの三共郡山ビル(北館)がある辺りだ。入口から入ると、まっすぐ進
 めばスケートリンク場(貸し靴ロッカーなど)で右側の鉄製の階段(よくマンションの外付
 けにあるようなスチール製の非常階段)を半2階ほど上がると、一列しかないベンチつき
 の観客席の通路があって、そこから真下で滑っている人たちをガラス越しに見学できた
 ものだ。リンク自体は狭くて、テニスコート一面分くらいしかなかったと思う。娯楽が少な
 かった時代なので、駅前でこの施設は、逆に若者にとっては有難かった。その見学でき
 る通路も寒くて長く居られなかったと記憶している。
           40年前の駅前                現在の駅前

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 中央スケートリンクがあった方面を撮影した画像です。

 2 丸井郡山
 
  空洞化により駅前に長らく空きビルとして放置されていたが、2年ほど前に再建策が
 まとまり、東京資本のダイワロイネットホテルが土地を買い取り、建設が始まった。駅前
 には信じられないほどのホテルが林立しているが、平日は予約がとれないほど満室らし
 い。
  アパホテル、大八、ワシントン、シティホテル、ビューホテルアネックス、α1、コンフォー
 ト、ドーミーイン、ホテルロイヤル、プリシード、東横インなど過当競争気味だが、それで
 も満室というから凄い。
  ここへ来て駅前の一等地に新築されるこのホテルはビジネス系で一泊6,000円程度
 の安さなので、利用者は多い筈だ。
      10年前の丸井           現在の旧丸井跡地
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 ホテル誕生に水を差して申し訳ないが、丸井時代にここの屋上から飛び降り自殺があったし、またここの工事中に人間の遺体が出てきた話は事実だ。そこを都市型ホテルって、心霊スポットや都市伝説になりそうだ。昭和の頃、西友、丸光の屋上から、平成20年代にも駅前の全国チェーンのホテルでもカップルが飛び降り自殺しているので駅前は稀に見るミステリースポット化している。
 
 3 丸光百貨店
 
  今年2月初旬に、旧丸光百貨店があったエリートビル42(通称朝日生命ビル)が解体
 されるニュースが飛び込んできた。かつては地下にあった食品売り場やラーメン屋で買
 い食いした想い出があるし、エレベーターが珍しい時代に、木製ヘリボーンタイル張りの
 フロアの7階おもちゃ売り場もよく訪ねたし、屋上の回転遊具やスマートボール型ゲーム
 機で遊ぶなど慣れ親しんだ場所だけに、少年時代の想い出が染み付いたスポットとして
 残して欲しかった。
         昔の丸光                   現在の旧丸光

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  4 第一うすい、第二うすい(百貨店)
 
  第一は中町中央パーキング、第二はリニューアルしたうすい百貨店となって改築され
 た。一時期は高級志向が災いし、客足が遠のき、経営難に陥ったが、三越の支援を受
 け、再建された。今では7階ワンフロアにジュンク堂書店が入り、十分楽しめる仕様とな
 った。
    
       昔の第2うすい                現在のうすい
Usui1Usui2
 
 5 ダイエー(トポス)
 
  郡山駅前周辺に数多くの駐車場を構える「三井のリパーク」に生まれ変わった。高架
 橋で本館と別館をつなぐほど、巨大スーパーだった敷地を利用し、これまた巨大駐車施
 設が誕生した。
              30年前のダイエーの様子
 
          FCTのニュース映像より
 現在は・・・・

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 あの広大な敷地全体を平面駐車場に

 6 東北書店
 
  ここも郡山一の蔵書数を誇る書店だった。市民のオアシスとして、待ち合わせや駅前
  などの飲み会までの時間つぶしによく利用した。確かフロアごとに書の種類が異なり、5
 階くらいまであった。奥に向かって細長い売り場だった。
  ここも昨年、ダイエーと同様、リパークに吸収された。

     20年ほど前の東北書店(左がアーケード入口で右が西側の裏口)
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 7 津野デパート
 
  銀色のパネルの外壁で、ここは呉服呉専門店という位置づけだった。昭和の時代に閉 
 店し、今では「ホテル第一イン」として改築されて使用している。
 
     50年前の津野本店           現在の旧津野本店の跡地

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 8 山ノ井(山乃井)
 
  かつては雑貨屋、文具など多種多様な店が同居していた。内部がL字型にドッグレッグ
 していて、床が土間であり、照明がやたら暗かった想い出がある。中央通側と、駅前大
 通側の両方に出入り口があった。その後、改築し、エスカレーター完備の近代的ビルに
 生まれ変わり、「カルチャーセンター」として多彩なスクールを開業した。

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 左上の写真は「郡山商工会議所」のHPより引用させて頂きました。ここでの想い出は、漫画を描くのに、インクやケント紙、羽箒、ペン先、スクリーントーンなどを買いに行ったことだ。私は金遣いの荒いバカ息子だった。

 9 郡山東宝
 
  かつてゴジラやモスラなどの怪獣映画を上映した映画館があった。今では富士館ビル
 として雑居ビルになり、飲み屋街となっているが、その前は「ワタナベスポーツ」だった。
 その数軒隣りには、よく父親に連れて行ってもらったが、県内初の回転寿司だった「元禄
 寿司」があった。こちらも暗くて狭くて細長い店だった。
                                              
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10 映画館ストリート(駅前アーケード界隈&2丁目周辺)
 
  アーケードにあった大勝館やスカラ座、テアトルなどが犇めき合っていた。もっと昔には
 駅前に松竹や大映などの映画館もあったと聞く。パレス系は駅前に「東映パレス」や「洋
 画パレス」、「パレス1、2」などの映画館を所有していたが、庶民の娯楽が映画だった古
 き佳き時代だった。
  ロマンポルノの殿堂だった大勝館も2009年11月をもって閉館し、今は駐車場。そし
 てスカラ座は現在、第2増子ビルで、居酒屋「まめ膳」などが入る雑居ビルになった。  
  ほかにも駅前大通沿いにあった佐藤書店、少し離れるが、清水台の八幡坂にあった
 叶屋書店、ピカデリー郡山(ライブハウスになっていた時期あり)、染本ホテル(現在駐
 車場)があった。また、堂前には「郡映」という、まるでほったて小屋のような入口の映画
 館もあった。私はピカデリーでスターウォーズ第一作、郡映でキングコングを観た。
                                                        
Taisyoukan
 
11 角海老
 
  昔の郡山市は凄かった。市街地の一等地である駅前大通りと中町商店街への入口と
 なる中央通りの角、つまり現在、郡山ビューホテルアネックスが建つ場所に焼き鳥屋が
 あった。その名は「角海老」。近くを通ると食欲をそそる焼き鳥の香ばしい香りと煙が漂
 っていた。何を隠そう、そこの外国人を思わせる風貌のべっぴの娘・Oさんと私は中学生
 の頃、同じクラスだった。現在は移転し、安積黎明高校の南向かいに建つ、立派な塀構
 えの高級割烹料理の料亭「京香」になっている。
  「角海老」は、郡山では知らない者がいないほど有名店で、明治17年創業の老舗。今
 では郡山唯一のスクランブル交差点のある繁華街にど~んと店を構えていたから凄
 い!専門は「すき焼きと牛鍋店」ということだが、私の印象では「焼き鳥専門店」という
 認識だった。
  時代を越える味とおもてなし
  「京香」のHP= http://www.kyo-ka.jp/about.html 
 
 
12 旧三森峠
 
 世の中、私と同じことを考えている方々はいるもので、今はトンネルで便利になった「県道6号郡山湖南線」。通称三森峠だが、今から20年以上前に新道が開通し、ヘアピンカーブが連続した旧三森峠と山頂部にあった旧三森トンネルは閉鎖された。その後、20年ほど時が経過し、6年前には未曾有の大震災に直面した。おそらく土砂崩れや草木の増殖により、道路も寸断され、トンネルまでは足を踏み入れられない状況に陥った筈だ。
 当時、私は会津に1年間住んでいて、この峠を通ったり、スキーの帰りに、あるいはバイクで何度も走行した想い出が詰まった場所だった。特に頂上部にあったトンネルは暗くて不気味。心霊スポット化するほど不気味な所だった。そこの広場からは郡山市街を一望でき、夜は夜景も楽しめた。またトンネルの上には、遺跡の発掘を記念して、縄文式住宅を再現した「古代の村」もあったし、黄色い建物の「峠の茶屋」も存在した。団子が名物だったらしい。
 ここを最近、歩いて山を登り訪れた方がいた。やはり、閉鎖後、どうなっているか気になったのだろう。閉鎖前までは、皆、この勾配がきついクネクネ道を必死で登ったに違いない。想い出がいっぱい詰まった生活用道路だったに違いない。では、その方のブログと映像をどうぞ!
 
 
 なんと旧三森峠トンネルは埋め戻されていた。おそらく、心霊スポット化して、訪問者が訪れるのを恐れた市が業者に頼んで土で塞いだのだろう。もし肝試しで訪れて、土砂崩れや落石で怪我や死亡すれば、まず発見されないだろうし、熊に襲われれば一巻の終わり。また、滑落でもすれば行方不明となってしまう。だから懸命な措置だと思う。
 ついでに昭和45年の郡山の映像もおまけに見てください。三森峠は 3分15秒から登場します。
 
 
 さて、半世紀前に思いを馳せれば、「あそこに昔○○があったなぁ~」とか、「あの店の人は今どうしているかな」とかいろいろな感慨が去来する。それだけ長く我が街・郡山に暮らし、愛着が湧いたということだ。若い頃は、こんな田舎から出て東京で暮らしたいと思っていたが、震災を契機に、さらに地元愛が深まった。東京は年に数回遊びに行く場所であって、土地や物価は高いし、隣りに住む人の名前も知らないなど人間関係が希薄で、地方出身の身からすれば人が住む場所ではないと悟った。
 今後も、こうした地元の話題を続々提供する予定ですので、ぜひ懐かしんで欲しいと思う。
 
 おまけ
 
 こんな記事を書いた途端、残念な知らせが届いた。
 2月12日(日)に昔から行きつけの理容所に行ったら、いつも置いてある「街こおりやま」が、この5月を以って、その役目を終えたという理由で、廃刊になることがわかった。郡山の歴史や人など様々な情報を掲載し、地元密着型で親しまれた老舗タウン誌だった。昭和50年の創刊以降、昨年、500号を迎えたばかりなのに、この報に残念がる市民も大いに違いない。
 以前、当ブログで、郡山にあるタウン誌を特集した記事を書いたが、まさかの老舗人気タウン誌がその役目を終え、自らの意思で廃刊を決めた。郡山の歴史や昔の写真など、当ブログも参考にする点が多々あったので、心から感謝し、ご苦労様を言いたい。

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 記事作成:2月10日(金)~12日(日)

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